49 ほんせん いっかいせん が おわった!
『試合終了――!!!! 勝者、フウタ・ポモドーロ!!!』
その言葉が、耳に触れた。
思い返すのは、がらがらの観客席。白けたような溜め息と、そして対戦相手の苛立たし気な瞳。
それが、どうだ。
「勝ったああああああああああああああああ!!」
「兄貴いいいいいいいいいいい!!」
「イズナが負けたぁああああああああ!!」
聞き取れるだけで、この量。
聞き取れない、ただの騒音と化した彼らの声なら、無限にも聞こえる。
ああ、これが、声援を"向けられる"という感覚か。
これが、闘剣士が勝利を讃えられるという感覚か。
解説席で立ち尽くしたあの時は、分からなかった。この全身に叩きつけられる声援をこそ。
闘剣士を讃える声と言うのだと。
「……」
顔を、上げた。
槌斧を力なく下ろし、ただ棒立ちで周囲を見やった。
最初に目に入ったのは、もちろん眼前の挑戦者だ。
「――負けちまった」
「ああ」
「……モチすけに何て言やあ良いんだろうなァ」
「それは、俺には分からない」
大の字に転がった男を見下ろして、フウタは首を振った。
モチすけとイズナが、どんな約束をしたのかフウタは知らない。
だから、彼に答えを告げることは出来なかった。
ただ、鍛錬の軌跡を見た。
フウタを倒すために、2人がどれほどの努力を積んだのかは知っている。
適当なことを言うつもりもない。
フウタに言えることは、ただ1つだった。
「いつでも、待ってる」
「――っ」
賞賛も慰めも空虚になる。
再戦を。いつなりと再戦の機会を待つ。
それが、それだけがフウタに出来る唯一の、イズナにかける言葉だった。
「はっ……」
けれど。
それで、十分だった。
「ああ」
互いに交錯する視線は一瞬のこと。
イズナから目線を上げたフウタの視界に飛び込んでくるのは観客席。
フウタの試合が終わった後だというのに満席で、そして皆がフィールドから目を離さずにいた。
それが、どんなに嬉しいことか。どんなに願ったものか。
フウタの視界の端。一般客席の、高い位置に見つけた金の二房。
ほんの豆粒程度の大きさにしか見えないけれど、それでもフウタには十分で手を振った。
楽しそうに振り返してくれる少女に微笑み、フウタはぐるりと客席を見渡す。
そして最後に、解説席へと目をやった。
リヒターが何事か口走っているようだが、そこはそれ。
その隣の少女はフウタと目が合うなり、鼻で笑った。
あの女、と口角を上げて。
フウタは最後に、視界の端にもう1人の少女を見つけた。
フウタが出てきた方の通用口。観客席から見えない程度の暗がりに1人、壁に背を預けて待っている。
フウタは胸を張って真っ直ぐに門の中へ、選手専用通路へとその歩みを進めたのだった。
「ライラック様」
「……やりましたね」
柔和に微笑む彼女の前に立ち、フウタは頭を下げた。
「おかげで、ここまでくることが出来ました」
「わたしの力は、そう大したものではありません。貴方と、ベアトリクスの功績でしょう」
「それも、ライラック様の采配ですから」
「そうですか? そう言われる分には、悪い気はしませんが」
未だ歓声が色濃く聞こえる通用口で、2人は言葉を交わす。
ライラックは楽しそうに、どこか悪戯っぽいくらいの笑顔を浮かべながら指を振った。
「願いに届いた気分はどうですか」
「……まだ、ふわふわとしていてよく分かりません。ただ、本当に……夢のようです」
「です、か」
優しく頷いた。
フウタと目を合わせ、彼女は踵を返す。
「残念ですが、貴方の快進撃は明日までです」
「俺だって負けませんよ」
「言いましたね?」
「はい」
小さく笑うライラックの瞳は本気だ。
「わたしは人生でやらなければならないことが多くある。チャンピオンになるという夢を叶えるのは、早ければ早いほど良い。――分かりますね? 容赦はしませんよ?」
「容赦……ですか」
「はい。この身の全力をもって、貴方に勝つ。その時は、貴方が見上げる空に喝采を響かせましょう」
握りしめた拳と、語る言葉は真実だ。
初めてフウタが実感した、喝采。それを当たり前のように享受する彼女は。
誰も成し遂げたことのない、フウタを倒した上での大声援を受け取ろうとしている。
不思議と、それが彼女になら出来ると、そう思えてしまう。
負けるつもりはないけれど、もし負けるようなことがあれば――きっとその時はフウタも聞いたことのないような爆発的な盛り上がりを、スペクタクラが魅せることだろうと。
「喝采、ですか」
「はい」
確かに、そこで勝負したら勝てないだろう。
などと考えを巡らせつつも。
フウタは隣の少女と並んで歩きながら、思う。
やはりライラックは本当にフウタに勝とうとしているのだと。
勝負事に八百長などしない。
「対戦カードは、くじ引きだったんですよね?」
「はい。でなければ、貴方と準決勝で当たるようなことにはしませんし」
「ですよね」
「……」
じ、と視線。
今の問いは何なんだ、と不可解なものを見る目はしかし、すぐに氷解したように納得を見せる。
「ああ。本当に聞きたそうにしていた人にはこう言っておいてください。弄るなら、アイルーンとわたしが初戦から当たる可能性の方をどうにかすると」
「あ、はは」
苦笑いするしかないフウタに、ライラックはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「フウタにまでそんな風に思われていたとは、心外です」
「俺は、ライラック様が対戦カードを仕組むとは思ってませんでしたよ」
「仕組みましたよ?」
「えっ!?」
嘘だろう、と目を見張るフウタに、ライラックは人差し指を口元に当て。
からかいが成功した童女のように。
「フウタの試合を最後にする、というだけですが」
「ライラック様……」
「ふふ。どうでしたか――本日最後のプログラムは」
ああ、この人は本当に。
『――人間は、"職業"の奴隷ではない。貴方は身をもってそれを魅せつけてくれました』
『人間である以上、"職業"には絶対に縛られます。ですが、"経営者"だから経営者になれるわけではない。優れた"経営者"は、そのための努力をしています。それを、"職業"の恩恵、で片づけるこの世界がわたしは――』
いつか彼女の語っていた言葉を思い出す。
今。"無職"の闘剣士が喝采を浴びた。
それはきっと、彼女にとっても喜ばしいことで。
「最高のひと時でした」
「それは、良かった」
顔を合わせて2人。どちらからともなく、柔和に微笑んだ。
バトルフィールドで喝采を浴びていた男が、ようやくその面を上げた時。
大歓声を浴びることに明らかに慣れていない面構えで、ふらふらと観客席に視界を巡らせているのが随分と滑稽だった。
チャンピオンであった癖に、どうしてこんなにも耐性が無いのか。
感動をありがとう! などと叫ぶ観客席よりも、あちらの方がずっと感極まっていないかと。
――バカね。
勝者がそんな顔をしていることもそう。
それに、"悪役"の路線は消えていないと分かっているはずなのに、敗者と随分友好的な態度を取っていることもそう。
怒鳴りつけてやることも出来た。
"経営"の方針に反するようなことをするなと、それこそ商会の下っ端と同じように。
でも。
何故かそうすることが出来なくて。
そっと目元を擦って、顔を上げた。
ちょうどそんな時だ。彼と目が合ったのは。
慣れ合うつもりはないと言った。これ以上距離を縮めるつもりはないとも言った。
仕方のない男だ。とはいえ確かに、"妹"として応えなければ、それはそれで不自然なのも事実だった。
とりあえず、鼻で笑った。
別に、これで終わりではない。今日のクライマックスではあったけれど、今日がクライマックスではないのだ。
そう自分に言い聞かせるようにして。
それでも、しっかりと声援を自分のものにした彼を褒めてやらないのも何か違うかと考えを巡らせた彼女は。
くまのぬいぐるみを抱えていたその右手を大きく掲げ、親指を突き上げて彼に応じようとして――その勝ち気な笑顔が固まった。
彼は既に通用口の方へと、随分と早足で向かっていて。
その先には、1人の少女。
瞬間、酷く気持ちが冷めていくのを感じた。
――ま、そうよね。
何を1人ではしゃいでいるのだか。
冷や水を浴びせられたような感覚はしかし、「これで良いのだ」と自分に言い聞かせるには、頭を冷やすには十分で。
彼女は静かに、その上げかけた腕をゆっくりと下ろした。
――夜。パスタのおうち。
「知らなかったぞコラァ!!!」
ばん、と食堂のテーブルを叩き、フウタとパスタを睨みつけるリーフィに、2人は顔を上げて一言。
「聞かれなかったし」
「聞かれなかったからな」
「逆にどう聞けってんだよ!!」
口角泡を飛ばして叫ぶリーフィの袖をくいくいと引く感覚。
「んだよ!」
見ればなぜか拳闘ポーズをとったメイドが1人。
「お前が"優待枠"だな!?」
「分かるかそんなもん! こんなひょろくせえ男がイズナに勝てるなんてどうやったら分かるんだ!!」
「経験不足ね、坊や……」
「お前誰なんだよ!!」
「メイドは流離いの闘剣士……」
「え、いや、うそ、マジで?」
「んなわきゃーない」
「はったおすぞ!?」
フウタのせいでメイドの虚実の判断すら怪しくなってきたリーフィ。
こんなとっぽい男が闘剣士なら、メイドが闘剣士でも不思議は無い。
そう思ってしまったらメイドの思うつぼであった。
「メイドは実際、お前より強い……!」
ゆらりと構えるメイド。
「闘剣士でもねえのに負けるかよ」
「どうかな? メイドは魔導術を巧みに使う……!」
「な、魔導術――う、嘘こけ!」
助けを求めるようにフウタを見るリーフィだが。
「それはマジだぞ」
「マジなのかよ!?」
驚愕に目を見開くリーフィと、得意げにシャドーで拳を繰り出し始めるメイド。
しかし。
「基本家事とかの便利なヤツだけど」
「しおしおしお」
「うわ……しおれた……」
「なんで言っちゃうんですかフウタ様ぁ……もっとリーフィで遊びたかったのに」
「人で遊ぶなこのクソメイド……!!」
盛大にため息を吐くリーフィは、ふとそこで気が付いた。
やけにリーフィを構う、彼らの視線に。
中でも1人、頬杖をついてこちらを見つめる目に彼女は顔を向けた。
「……どうしたのよ負け犬」
「ま゛!?」
「おいパスタ、お前人がせっかく」
「元気そうだし良いんじゃない。気を遣ってやるほどの価値ないでしょ」
「言いたい放題だなてめえ!?」
はー、と嘆息するリーフィの表情には、確かに悲壮感はない。
本選で負けた悔しさは色濃く残ってはいるけれど。感情の整理は、既に闘技場で済ませてきた後だった。
「でもごめんなパスタ。おれ、勝てなかった」
「謝るなんて傲慢ね。あたしは別に勝って欲しいなんて一言も言ってないわ」
「そうだっけ」
気落ちしていないからこそ言える、今朝の決意に対する謝罪。
それもあっさりと蹴られて、リーフィはふと思い出した。
『せいぜい頑張りなさい。それなりに見届けてあげるわ』
『おう。……おれは、負けねーよ』
言われてみればその通りだった。と。
とはいえだ。
むしろ気落ちどうこうで言えば。
「……パスタこそ、なんか元気なくねえか?」
「元気も何も、普通よ」
「そか?」
元気が無い、覇気がない。
どことなく気力に欠ける。そんな印象。
やはり疲れているのだろうかと小首を傾げるリーフィ。
普段であれば、負けたリーフィに対してもう少しぎゃーすかと罵って来るような気がしないでもない。
負け犬呼ばわりでも十分すぎるほどとはいえ、それも特にダメージを受けるほどではなかった。
何やら元気がないのを少し心配して、兄たる男に目をやれば。
彼も少し気になったのか、僅かばかり顎を引いた。
ならまあ、大丈夫だろう。
あとのことは、兄もどきに任せよう。そう、リーフィは1つ欠伸をした。
心は整理がついても、身体はもう限界だった。
リーフィ・リーングライドの武闘大会は、ここに終わったのだ。
今日は早く寝て――明日からまた、元気になろう。
ああ、でも。枕カバーは明日、自分で変えよう。
整理がつくのと、吐き出すのはまた違うから。
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王道なレビューせんきゅー!!





