15 フウタ は メイド と はなしている!
「……失敗した?」
「申し訳ありません」
夜。燭台に点る鉱石の明かりに照らされて、男はデスクから顔を上げた。
正面には、頭を下げる秘書官の姿。
「資金は潤沢に用意した。中抜きされて、粗雑な"暗殺者"でも掴まされたのか?」
「いえ、手練れ中の手練れを雇うことが出来ました」
「なら何故」
「その……例の、王女の客とやらが」
「……馬鹿な」
「事実です。唯一生き残っていた男から聞きだしました。顎を砕かれていたので、筆談ですが」
差し出された巻紙を受け取り、座った男は頷いた。
「受け取った。もういいぞ」
「はっ」
部屋を出ていく背中を見送ると、男は巻紙を開く。
「邪魔な録術を排除できると思ったが……」
記されていたのは、フウタという客人が暗殺者を退けた細かい情報。
「……まさか、あの噂は真実なのか?」
小さく呟いた。
「――ライラック王女が、外から騎士候補を連れてきたというのは」
――王城。フウタの客室。
「騎士候補?」
腕立て伏せをしていたフウタは、聞きなれない言葉に首を傾げた。
「なんかめったくそ噂になってるぞっ? 姫様が外から騎士候補を連れてきたーって!」
「俺のこと?」
「姫様が他に外から拾ってきたものなんてありませーんよっ?」
「事実だけど、もの言うな、もの」
一回、二回、と丁寧に顎を絨毯に付けながらの腕立て伏せ。
鍛錬を続けるフウタの上で、コローナは言う。
「なんでも、可憐なメイドさんの危機を救ったとかー?」
「他人事みたいに言うなぁ。キミのことだろ?」
「ほかに誰も救ってないんですーっ?」
「救うも何も、俺の知ってるメイドはコローナだけだ」
「ふむー……じゃあやっぱ誰か見てたかー、生き延びたマンが居たかー……?」
いつものように、気の抜けた声で悩むコローナ。
フウタが腕立てをする度に、背に乗っかっている彼女が上下に揺れる。
珍しくコローナが静かなものだから、気になったフウタは問いかけた。
「……そもそも、騎士候補って何なんだ?」
「えっ? 知りたいっ? 知りたいっ?」
「そりゃまあ、この国のことは全然知らないしな。教えてくれ」
「かしこまりましたーっ! そですねー、ざっくり言うとー」
「言うと?」
フウタと目を合わせたコローナはあくどい顔をして呟く。
「……姫様の奴隷」
「えっ」
「冗談ですよっ」
ぺろりんっ、と舌を出したコローナだった。
「要は王族にとっての第一の従者と言いますかっ。側近といいますかっ。王家の伝統で、最も信頼する護衛を立てるんですよっ」
「護衛ってことは、つまり」
「そですねっ。強い人を立てますねっ。現に姫様以外の王家の人たちはもう騎士を付けてますし? ――ただまあ」
どっせい、とコローナはフウタの背から飛び降りる。
「もう国家間戦争が起こるような時代じゃないんでー、どっちかっていうと、王家と近しいところにどこの派閥が居るか、っていうアピールの意味合いが強いですかねーっ」
「……王家の騎士を輩出している派閥である、っていう権力的な側面か」
「おー、フウタ様賢いっ! 正解したお前には昨日のメロンをプレゼントっ」
「そ、そうか……」
気づけばテーブルの上に、綺麗にカットされたメロンが鎮座していた。
昨日のフルーツは結局全部、何故かフウタの自室に置いてある。
コローナのお金で買ったものだが、とても食べきれる量ではない。
彼女がフウタの部屋でぱくぱく食べているとはいえ、フウタも協力しなければどんどん傷むだろう。
「凄く甘くておいしいから、良いんだけどさ」
高級だからかは分からないが、どれもこれもフウタがこれまで食べたフルーツの中で一番おいしかったのは事実だった。
「それで、王女様は自分の騎士を用意してなくて、外部から腕の立つらしい人間を引っ張ってきたから噂になっている、と?」
「そゆことですねっ。……なんで、メイドを助けたことが知れ渡ってるのかはさておき」
「……誰かが見てたか、或いは、あいつが報告したか、か」
「あいつー?」
フウタのベッドに飛び込んで、サイドテーブルのマスカットをつまみながら、コローナは振り返った。
もはや、自分のベッドを好き放題していることに、フウタは何一つ突っ込まなかった。
「ナイフを投げていた男だけは、殺さなかったからさ」
「あ、そうだったんですかっ。分かんなかった!」
殺した相手に対しては、ナイフでの暗殺術を模倣して相対した。
だが、ナイフを投擲した男に対しては、相手の使った護身術を模倣した。
それだけの話だ。丁寧にトドメを刺しても良かったと、今となっては思うけれど。それよりも、コローナが傷なり毒なりを受けていないかの方があの時は心配だった。
とりあえずの安全を確保する方が、フウタにとっては優先度が高かった。
「なーるーほーどー。それなら説明は付きますかねーっ」
「説明?」
「なんで噂になってるのかって話ですよー。誰かに見られたかなーって考えてたのでっ」
「そうか……。噂ってそういうもんなのか」
「はいー?」
「暗殺者が任務しくじったことを、そんなに広めるかなって」
「あー……そうじゃないんですよ、フウタ様っ」
髪がくしゃくしゃになるのも構わないようで、ごろごろとフウタのベッドを転がりながら、彼女は言う。
「噂の出所は、まあこの際良いんですよっ。誰かさんが流したくて流してるんでしょーしっ?……ただ、広まるには、裏付け君ってやつが必要なんですねっ」
「広まるのに必要なのが、彼の証言だったってこと?」
「おー、賢い! そんなお前にはカットしたブラッドオレンジをプレゼントっ」
ベッドから跳び起きて、慣れた手つきでオレンジをカットし、先ほどのメロンの横に置くコローナ。
「ま、暗殺者本人の証言ってわけじゃないでしょーけど。暗殺者を差し向けた奴が、王宮の貴族とかなら……そいつだけは噂を真に受けるでしょっ? 誰かが本気で信じてると、それが噂の補強になるわけですよっ」
「……つまりコローナは、王宮関係者が俺たちを襲ったって思ってるのか」
「他にわざわざ、王宮のいちメイドなんかを狙う奴居ませんよっ。人質としては弱すぎますしねーっ」
フウタの腕立て伏せがぴたりと止まった。
「フウタ様? どしたの? もっとフルーツ食べる?」
「……コローナ」
「はいはい、お騒がせお掃除メイド、コローナちゃんですよっ? なんですそんな、まじめーな顔して。元から真面目なのに、真面目ゼータみたいになっちゃいますよっ?」
立ち上がったフウタは、しかめ面をしてコローナに迫る。
ずんずんと迷いなく突き進んでくるフウタに、さしものコローナも少し慌てた。
最後には、両肩をがっと強く掴まれたのだから、猶更だ。
「おっとっと、女の子には気ぃ使えー? なんだなんだー? プロポーズかー? シチュエーションとしては悪くないけど、場所とか考えよー? もっとメイド、ロケーションが素敵なところを所望――」
「俺の隣に居てくれ」
「ぴっ?」
コローナの顔が赤くなる。
「いやあの、ちょっとフウタ様? メイド、冗談のつもりだったんだけど。てゆか、こんなの相手にするとかやめとけー? 趣味悪いぞっ?」
「冗談なものかよ」
「えっ。あのあの。待って。ほんと待ってください。メイド、どんなに好きになったとしても姫様のものに手を出すつもりはないってゆーか」
真っ直ぐ見つめられる、真剣な眼差しに貫かれて、コローナはたまらず目を逸らした。
女は、と一口に語ることは必ずしも出来ないが。
最低限以上に好意を抱いている相手に向けられる強い視線というのは、少なからず快感を覚えてしまうものだ。
コローナのように、罪悪感を覚えてしまえば尚のこと。
それが背徳感に変化して胸を打ってしまうのは、コローナ本人にとっても驚きだった。まともな年頃の少女のような感性が、自分にも残っているとは、と。
だから、次の言葉で安堵する。
「――俺が守るから、離れないでくれ」
「……あー。なるほどなるほどっ。はいはいそゆことですねっ。フウタ様が、メイドに生きてて欲しいって思ってくれてること忘れてましたっ」
「何を言うんだ。俺は、キミに生きていて欲しい。当たり前だ!」
「うん、熱を入れないで欲しいですねっ。お互いに空回っちゃってて最高にコメディですよフウタ様っ」
「俺にとって、キミは心を救ってくれた恩人なんだ」
「あ、続くんですねっ」
「だから、キミの命が狙われていると聞いて、1人にすることなんてしたくない」
「ままま、王宮内では平気ですよっ。奴らもおばかじゃありませんしっ」
ぐい、とフウタを引き剥がしつつ。
「それに――どうせ今回のことも、姫様の計画のうちでしょうしねっ」
そう告げて、部屋の空気を元に戻した。
流石に、あの雰囲気のまま話をするのは、コローナは御免だった。
小さく、色んな感情の籠ったため息をついて。
妙に熱いので、軽く手で顔を扇いだ。
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