23 しょうじょ は よわさ を
「――そうだな。リーフィ・リーングライドは面白い剣士だ」
続けなさい、というパスタの言葉に頷いたフウタが放った一言目は、なんとも具体性に欠けるものだった。
怪訝そうな顔をしたパスタは、フィールドで向き合うリーフィとイズナを眺めて呟く。
「なに? 馬鹿にしてんの?」
「お前ほど性格ねじ曲がってねえよ。一緒にするな」
「じゃあどういう意味よ」
「あの構えを見てみろ」
イズナと向き合うリーフィの刀の構え方を指摘するフウタ。
本来"刀"の構え方は多岐に渡ると言われている。流派によっても異なれば、その流派の中でも幾つも構え方があるという。
両手で大きく振りかぶった上段。
正面に構え、切っ先を相手に向ける正眼。
切っ先を低く構え、肩を乗り出すような形で構える下段。
などなど、他にも多くの構えがあるのをフウタは知っている。
幾つかの例を並べたフウタは、その上でリーフィの構えを指して言う。
「あれは《桜花一刀流》っていう流派の構えで、"枝垂桜"って呼ばれてるんだ」
「へえ。あの負け犬には随分と勿体ない名前ね」
「言ってやるなよ。それに、入門したての剣士は誰だって名前負けするものだってオーシャンが言ってたぞ」
「他人事なのがあんたらしいわ」
「我が事のように語る方が傲慢だろ。……話戻すぞ。あれ、枝垂桜なんだけど枝垂桜じゃないんだ」
「……どういうこと?」
眼下に見下ろす彼女の構えは、確かにパスタも見たことのないものだった。
刀を握った両手を自らの頬の傍まで持ってきて、刀はまるで枝垂桜のように刃で弧を描いている。
桜花一刀流、枝垂れ桜。そう聞くとなるほど、さまになっているようには見えるのだが、枝垂れ桜ではない、とはどういう意味だろうか。
「俺は桜花一刀流の剣士も知ってるけど、本来枝垂れ桜は切っ先を自分の目線と重ねて狙いを定める構えなんだよ」
「……そう見えるけど」
「いや、あれは"切っ先"を相手の顔に向けているだけだ」
「……あんたがそう言うならそうなんでしょうけれども。どう違うわけ?」
「結構違う。たとえば、そうだな。弓の構えって矢の目標を定めるために目線を合わせたりするものなんだよ」
「あー……はいはい。それなら分かりやすいわ。でもそうすると、リーフィのは」
「矢を相手の顔に向けてるだけ。自分の目線とかは全く関係ない」
「下手くそなんじゃないの」
「そこが面白いとこなんだ」
じ、とフウタはリーフィを見据える。その瞳が金色を帯びる。
「――リーフィの剣は桜花一刀流でありながら桜花一刀流じゃない。……そうだな、まるで、桜花一刀流を模して独学で至った別種の剣術だ」
どんな競技も、幼少期は生まれ持ったセンスだけである程度勝負が出来る。
頭を使う勝負にせよ、身体を使う勝負にせよ。
リーフィは御多分に漏れず類稀な身体能力を所持したお転婆少女で、村の少年たちに混ざるどころか、彼らを従えるガキ大将のような役割を持って子供たちの中で遊んでいた。
喧嘩が強かったかと言われるとそうでもないし、体格が良かったかと言われても答えは否。村の子供たちとそう変わらない見た目のまま――しかし何が強かったかと言えば、彼女は幼い頃から剣術を習っていた。
『お前は何れ、強くなるぞ』
穏やかに褒められるほどに舞い上がり、しかし歓喜は正しく熱量となって多くの技術を――とりわけセンスを磨いていったリーフィは、子供たちとの中で喧嘩になろうと、無手で制圧できるほどに"目"と"反応"が良くなっていた。
自分が強くなる感覚が楽しくて、ますます剣術にのめり込み。
いつも褒めて伸ばしてくれる優しい父にして師範である男の背中を、いつか越えるのだと無垢な憧れを胸に秘めていた。
彼女の家の剣術道場は、王国では殆ど使い手が居ない"桜花一刀流"。
廃れたとも言っていい。変幻自在に相手を苦しめるその業は、自らが修得するのも難易度が高いのだ。
そして。
『――おやじ? ……おやじ?』
先の戦で、父が死んだ。
なんてことはない、戦いに敗れ、討ち死にしたのだ。
愕然とするリーフィに差し伸べられた手は、リーングライド男爵家からの養女の話。
元々、リーフィの父はリーングライド男爵にいたく気に入られており、彼の頼みでこの地に道場を開いていたという。
であれば、跡は自分が継ぐ。桜花一刀流道場は娘である自分が継ぐ。
その訴えは、しかし。
リーングライド男爵には、ただの一度も受け入れられなかった。
――だから。
そう、だからだ。
父親の意志は自分が継ぐ。桜花一刀流を建て直すことだけが、ただそれだけが彼女の目的だった。
桜花一刀流を建て直すためには箔が必要だ。
幾らリーングライド男爵でも、武闘大会で成績を残せば文句は言えないだろうと。自分と桜花一刀流はここまでやれるんだと、その証明が欲しかった。
――証明が欲しかっただけだから。到る覚悟と、桜花一刀流の誇りをも、路銀ついでに使い切ってしまったことに気付けぬままだった。
「おれがよわい?」
「……認めたかぁ、ねえよな。震える足も、情けないくらいの緊張も、嫌にうるせえ胸の音も。全部が全部だせえって分かってるから、嘘を吐くんだ」
ぽつぽつと、呟くようにイズナは言った。
それはどこか自嘲のようにも聞こえる。けれど気のせいだと首を振った。
こんなに。こんなに強い奴に、自分の何が分かると言うんだ。
「うるせえ」
けれどああ。そう言われたお陰で、震えは止まった。
そのことには感謝してやる。
「――テメエにおれの何が分かる!!!」
《桜花一刀流:散華》
だ、と駆けるリーフィの一刀は、鮮やかな手首の返しと共に、舞い落ちる花のように複雑な軌道を描いて放たれた。
美しい剣閃は確かにイズナの腹部を捉え、そのまま切り捨てんと振り抜かれる。
だが、一瞬のステップバックで半歩下がったイズナの腕がぐ、と伸びた。
その拳は垂直に刀の柄を穿ち、すっぽ抜けるように刀が宙を舞う。
「しまっ――」
「俺ぁ馬鹿じゃねえけど、分かんねえよ。分かるのは、気持ちだけだ。テメエと俺とじゃ何もかも違うだろうよ」
けどな。
そう呟くと同時、丸太のような腕が振るわれ、リーフィの腹部に叩き込まれる。
「――今のままじゃ無理だって。このままじゃ勝てねえって思った時に、荷物を捨てちゃダメなんだ。全部背負ったまま、背負って平気になるまで、ひたすら鍛錬するしかねえんだよ」
「が、はっ」
「貰ってけ。弱ぇ先輩からの説教ついでだ」
振り抜かれる拳に抵抗する間もなくリーフィは吹き飛ばされた。
大の字に転がり滑って、鮮やかな蒼が視界に広がる。
降ってきた父親の形見の刀が顔の傍に突き刺さり、たった一撃でのされたことが分かった。
――情けない。
じわ、と瞳から涙が溢れだす。
荷物を捨てちゃダメなんだ。
そんなこと、言われるまでもなく分かっている。
桜花一刀流を本当に立て直したいなら、名分だけじゃなくて、もっともっと自分が強くなるべきで。でも武闘大会で負けているようでは、"父親"は納得してくれなくて。
じゃあどうすれば良いんだと頭を抱えて、とりあえず建て直すために名分だけを欲した己。
そんな心根で、目の前の男のような本当の武人に勝てるはずがない。
無いのだと。そう思ってしまう自分が居るからこそ、アイルーンやイズナという猛者を見ただけで、戦う前から比較して怯えていた。
そんな自分を――鏡を見るのが嫌だった。
だから、カッコつけられる場所だけを捜して粋がった。
そこに本当の自分は居ないと分かっていたのに。
――情けなくて涙が出る。もう、どうしようもないじゃないか。
だって、自分がカッコつけるためだけに動いていることを認めてしまったら。
虚勢を張らずに、真っ直ぐ自分を見てしまったら。
「おれは……おやじが死んだことも……かっこつける理由にしてるみたいじゃないか……!!!」
それだけは。それだけは違うのに。
桜花一刀流を復興したい。武闘大会で名声を得たい。"父親"を見返したい。
ああ、全部が全部、カッコいい自分が目当てだとも。ださいところなんて見られたくない。情けない姿をさらすくらいなら逃げ出したい。
だってその程度の想いしかないからだ。
けれど。荷物を捨てきった先にある最後の1つ。それだけは。
おやじが死んで、おやじが大事にしていた流派が廃れることだけは。
絶対に、止めなければならない。
でも。もう。
目を擦った彼女が、それでも立つ気力も無くてあふれ出る涙と格闘していた、その時だった。
「――おい。立てよ」
「……ふぇ?」
慌てて、目を擦った。その先に居たのは、――最初にイズナに挑んでいた双剣使いの男。
「そんなに痛かったのか」
「ちが、違う!」
「んなら立つぞ。ヤツを倒す」
「えっ」
「協力しろ」
「なんで? お前、4人に入れればいいんじゃねえのか?」
「馬鹿かお前」
呆れたように、彼は眉を下げる。
むっとしたリーフィに、彼は続けた。
「最終目標は優勝だろうが。あいつが決勝まで残ってたら、とてもじゃねえが勝てねえからな。今のうちに退場してもらうんだよ」
こっぴどくやられた腹を摩りながら、口角を上げる双剣使い。
「そ、そんなこと良いの?」
「ああ? 良いに決まってんだろ。39人VS俺とか言い出したのアイツだぞ。ならお言葉に甘えようじゃねえか」
武闘大会は、一番強い奴を決める勝負だと思っていた。
だから彼の言葉は予想外で。
そして、そこまでして決勝に残りたいというのが、理解出来なかった。
一番強い。それが証明出来てこその武闘大会優勝だとばかり考えていたせいで。
「お前、なんでそこまでして優勝したいの?」
「あ? んなもん決まってんだろ」
へっ。と爽やかに笑う彼は――
「金だよ。5000万ガルド貰ってハンターなんかやめて悠々自適に暮らすのさ。たまに闘剣大会に出るっつー娯楽も貰えたら最高にハッピー」
「ええ……?」
「なんだ? 崇高な目的が欲しかったか? バーカ。カッコつけたってしょうがねえだろ。んなもん、幾ら俺みてえのが取り繕って大義名分拵えたって――本当にカッコいい奴には敵わねえんだよ」
どこか遠い目をする彼は、具体的にどんな人間と会ったのかは分からなかったが。
「――だからカッコつけるのは意味がねえ。素直に生きろよ少年少女。それに、腹殴られたのムカつくだろうが」
にか、と彼は笑った。
腹が殴られたことがむかつく、なんて武闘大会でなにを言ってるんだ、と思わなくもなかったが。それすらもきっと、カッコつけない男の証。
「――いいぜ、乗った」
「おし、きりきり立てや。残り4人になっちまう前に、あの野郎を倒す」
立ち上がったリーフィは、突き刺さった刀を抜いてイズナを見据える。
彼がどんな思いで、"荷物を捨てるな"と言ったのかは分からない。
言っていることは分かる。でも、無理だ。だって。
――おれは、そんなに強くないから。
だからここでイズナを下す。怖いけれど、厳しいけれど。
『お前に剣の仕事など出来ん。女の仕事を全うしろ。婚約の話もある』
"父親"に連れ戻されたら、その時がタイムリミットだと分かっているから。
だから、今は。どんなにカッコ悪くても、勝利を手にすることが大事なんだ。
その気持ちこそ、"弱さを認められた"ことだと露知らず。
「ところでお前、なんでおれを相棒にしたんだ?」
「あまり数揃えても連携なんて上手くいかねえのと――そうだな」
ちらりと、リーフィの刀に目をやる彼。
「王国来る途中に襲われた魔獣に、えらい目に遭わされてな。そこ助けてくれた奴が居たんだ。武器も使わずに、気づいたら魔獣倒しててよ……」
どこか遠い目をして、彼は続ける。
「聞いたら武器が使えねえ呪いを受けてるっつーのに、俺たちを助けに飛んできてくれたらしいんだ。……なんだろな。動きが刀使うヤツのそれだった。だから大した話じゃねえよ。――目の前で"刀"折るのが偲びねえってだけのな」
「……へぇ」
唇を尖らせたリーフィは、双剣使いと並び立ってイズナへと歩みを進める。
「かっけえじゃん、お前。十分」
「バッカおめえ。――世の中な、逆立ちしたって俺らじゃ敵わねえほどカッケエヤツってのは居るんだよ。でもま」
相対するは、イズナ。イズナ・シシエンザン。
「――敵わねえほどカッケエヤツは居ても、敵わねえほど強ぇヤツってのは居ねえんだよ」
双剣使いが構える。
イズナが応じるように槌斧を振るった。
「良いな。その台詞は俺も好きだ。敵わねえほど強ぇヤツはいねえ!! そうだ!! だから俺も挑み続けることにした!! お前らの目的の為に俺が邪魔なら、かかってこい!!」
「――イズナ・シシエンザン」
「む?」
「おれは、よわいことを認めねえ。おれが認めたら、誰もついてこねえだから!!」
構えるは桜花一刀流。
「――卑怯だろうがなんだろうが、ここでお前を脱落させる!」
「……良いじゃねえかおい」
改めてイズナが槌斧を担ぎ、拳を握り、臨戦態勢を作って吼える。
「俺は負けねえけどよ。でも今のお前は、きっと俺よりも強ぇぜ!!」
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桜花一刀流:散華の文字化けは仕様です。





