22 フウタ は かいせつ している!
『――試合開始!!』
バトルフィールドに集うは40人。
予選第二回戦の勝ち残り椅子はたったの4。
一回戦より10人も少ないはずなのに、40人という人数はそれでもフィールドに散らばるには多すぎた。
どう戦えば4人に生き残ることが出来るのか。
その答えを、彼らは一回戦の勝利で彼らなりに弾き出していた。
無論、その答えは1つではない。だがどれも正解と言えた。
無理に戦わない。
厳しそうなら数で当たる。
休む時間を設ける。
時には息を殺す。
或いは――。
どん、と石突がフィールドの中心に叩きつけられた。
バトルフィールド中央など、全員から狙われてもおかしくないような場所で、彼は吼える。
「――全員纏めてかかってこい!! 俺VS39人!!」
――そう、或いは。全員吹き飛ばすか。
「舐めてんじゃねえぞ、イズナ・シシエンザン!!」
イズナの挑発に真っ先に乗ったのは、控室で言葉を交わした双剣使い。
彼は槌斧を左剣でいなし、そのままイズナの懐へ潜り込む。
上がった歓声は一瞬。
イズナの宣言に盛り上がった矢先、飛び込んできた男への――イズナに吹き飛ばして貰いたいと願った観客の期待は掻き消え、その代わりに驚きが場を包み込んだ。
あの双剣使いもやるんじゃないか、と。
「そう簡単に攻略出来たら、"壱之太刀"にまで這い上がれてはいないんだよ」
呟いたのは、歓声の中で試合を見据える青年だった。
瞳を金色に染め上げてフィールド全てを俯瞰する彼の呟きを、隣に居た少女は目線だけを寄越して返す。
「昨日言ってた黒鷹空手?」
「それもそうだし――あの双剣使いにも問題がある」
「へえ」
裂帛の気合と共に格上相手に挑みかかる双剣使いの振るう剣は凄まじい。
風を薙ぐような音とともに、イズナの肩口から切り捨てんと襲い掛かる。
――青年も、あの双剣使いのことは憶えていた。
一回戦ではその腕前を持って休みなく戦い抜き、最終的に10人のうちの1人として収まった。バトルロイヤルなのに随分と考え無しな戦法で、けれどそれは逆に言えば力のごり押しで勝利出来た証。
だが既に青年の瞳には彼の軌跡が映っている。
彼の戦い、彼の鍛錬、彼の技。その全て、青年は見透かした上で呟いた。
「惜しいな。次回はどうなるか分からないけど」
腕を組む彼の口角は僅かに上がっていて、楽しそうだ。
イズナと双剣使いの試合を、始まったばかりだというのに楽しんでいる。
――隣の少女からすれば、イズナが強いということしかわからない。
現状、双剣使いは打開策もなく双剣を振り回しているようにしか見えないし、イズナはいつになったら双剣使いを吹き飛ばすのか、なんてことしか考えられていなかった。
イズナは槌斧で周囲の敵を跳ねのけながら、片腕で双剣使いの相手をするなどという離れ業で観客を沸かせてはいるものの。
双剣使いの方には、なんというか"華"がない。
だというのに、随分と隣の青年は楽しそうなことだ。
だから肘でどついた。
「いてえな」
「痛いのはこっちよ死ね」
「じゃあ痒いな」
「余計腹立つわねクソ無職。……説明しなさいよ」
何がそんなに面白いのか、話してみろ。
その問いに、クソ無職――もといフウタは頷いた。
「あの双剣使いは確かに強い。反応速度も素早いし、双剣を振るう速さも一流のそれだ。イズナの黒鷹空手を相手にあそこまで双剣で太刀打ち出来ているのも、彼の"目"と、反応する"身体"の凄さの恩恵だ」
「いやに褒めるじゃない」
「それだけ大したものだってことだよ。イズナは、天下八閃の中では動きが鈍重な方ではあるけれど――それでもマイナーリーグと比べたら圧倒的に速いんだ」
なお、得物を振るう速度で言ったら最速は群を抜いてオーシャン・ビッグウェーブ。
身体の動きの速さで言ったら、僅差だがプリム・ランカスタが頂点だ。
「そのあいつを前に"後手"で受けきっているというのは、天下八閃クラスの反応速度を持ってるってことになる」
「……え、天下八閃になりえる存在ってこと?」
「んー、反応速度だけで言えば、かな。今のところは、他のステータスは伸びしろ次第。ただ、反応速度に限っては凄いと同時に穴でもある」
「っていうと?」
「――"後手"に回らざるを得なくなっている時点で、双剣使いの方に勝利はない」
じっと双剣使いを見据えるフウタの瞳。
「彼はね。多分、魔獣狩りのハンターか何かだ」
「へぇ。凄く強そうに聞こえるし、現にイズナと渡り合ってるように見えるけど?」
「そう、渡り合えてる。たとえばこれが、プリム相手だったら一瞬でやられてるだろうね」
「さっき言ってた速度の違い?」
「それもあるけど、一番大きいのは――圧倒的な対人経験の不足だ」
その瞬間だった。
イズナが小さく身を屈め、槌斧で以て周囲に居た闘剣士を吹き飛ばした。
大振りな槌斧に出来た明確な隙に、インファイト真っただ中の双剣使いはここをチャンスだと思ったのだろう。
右剣を構え、左剣を振るい、仕留める決意を固めて一閃。
だがその飛び込みを――まるで待っていたかのように腰溜めにされていた拳が放たれた。
突きあげるような一撃は腹部を突き刺し貫くようなそれ。
たまらず胃液を吐き出しながら宙へと吹き飛ぶ彼を、容赦なく槌斧が襲い掛かる。
慌てて双剣を交差させる彼だが、その右剣は完全に叩き壊され、勢いのままに双剣使いは吹き飛んでいく。
「……明確な隙は突く。それがハンターの流儀だ。相手は獲物で、一戦で相手を殺すのが仕事だからね。そのせいで、イズナ側の視点が見えていない」
「イズナ側の視点?」
「ああ。イズナはあの通りのバトルスタイルだから、誰しもが今の双剣使いみたいに隙を狙うんだ。――そして弱点を丸出しにして生きていられるほど、天下八閃は安くない」
「なるほど、ね」
それに、とフウタは続ける。
「"後手"に回って自分の力に頼った戦い方をせざるを得なかったのは、単にイズナに読み合いで負け続けていたからだ。対人戦闘だからこそ活きるブラフやフェイントといったものに、多分耐性が無い。逆に言えば――」
「……それを身に付けられれば、十分に強い選手になりうる。だから、惜しいって言ったのね」
「そういうこと」
自分で言っていて、耳の痛い話ではある。そうフウタは息を吐いた。
対人戦闘経験が乏しいわけではないが、読み合いで負け続け、腕にものを言わせて地力のごり押しで戦わざるを得なかった、なんて体たらくを、先ごろ無人のスペクタクラで演じたのは己なのだから。
「――うん。やっぱり」
「どうした?」
無意識に唇に触れながら、少女は試合に目をやった。
フィールドぎりぎりで踏みとどまった双剣使いが軽く血を吐きながらも、立ち上がって左剣を構えた。
ハンター上がりのバトルスタイルで、ここまでやってきた。
そう聞くだけで、イズナの一発を耐えるのも魔獣との戦いで得たタフさなのだろうかとか、想像は働く。
たとえば、観戦に来た客の中に、同業のハンターが居たとして。彼が試合に出ているのを知ったら、応援するのは間違いなく彼だろう。
だがこうして彼の仕事を知らなければ、ただの見知らぬ闘剣士で終わるに違いない。
「あたしの考えていることは、多分間違いじゃないって話よ。それより」
「うん?」
「――続けなさいよ。面白いことになってきたわ」
そう口角を上げるパスタの視線の先には、イズナ・シシエンザンと。相対する――リーフィ・リーングライドの姿があった。
「おれと、勝負しろ!!」
その叫びは、少女にとっては決死の勇気を振り絞ったものだった。
先の双剣使いとて、相応の実力者であることは承知の上。
自分の実力など、この場に置いてはたかが知れていると自覚もした。
だがそれでも、声を張り上げる。
目の前の男にとって、自分など露ほどの価値もないと分かっていながら。
「おう、いいぜ!!」
だから。その必死に絞り出した言葉に対してあっけらかんと応じられた時は思わず息を飲んだし、
「お前がどんな戦い方するのか、まだ知らねえからな!! はっはっは!」
「――っ、え。おれの、こと」
「当たり前だろうが!! 俺は馬鹿じゃねえからな!!」
――ああ、なるほど。
リーフィは息を吐いた。
控室での双剣使いとのやり取りは、心底羨ましく感じたものだった。
だが、納得する。双剣使いが思わず笑ってしまったのも頷ける。
強者に記憶されるなど、そんなに嬉しいことがあるのなら。
『勝てもしない場所に居る意味もなくない? 勝てませんでしたー、おれはしょせん田舎で棒きれ振り回してるのがせいぜいのあまちゃんでしたー。そうやって鼻垂らして媚びて帰れよ負け犬』
『おれの刀がすげえんだって、それを見せ付ける手っ取り早い機会が今回の大会だったってだけだ。他にも、やりようはあるだろ』
『でも一番嫌いなのは……負けても良い、って思う人間』
ああ。これで、良かったんだ。
そう思って、心を躍らせ、自分の居る場所に熱を上げる。
逃げた自分はもう居ない。ここに立ったのだから、棄権した奴らとは違う。――だからこそ。
「おれの刀を見ろ!!」
「へぇ……吼えたな。悪いが小娘」
にや、と口角を上げたイズナが身構える。
「俺はちっとばかし……"刀"相手には厳しいぞ」
びりびりびり、と闘気が迸る。
肌をひりつかせるような強烈なそれは、熱量だけなら一回戦の"あの女"と同じだ。
――あの女ほど怖くはない。殺そうという意志は感じられない。
なのに。なのにどうして、同じくらいに"強い"んだ。
思わず半歩を退くリーフィは、刀の切っ先をイズナに向けたまま動けない。
「こねえのか?」
「……ぐ、ぅ」
思い出してしまった。
アイルーン・B・スマイルズという絶対的な絶望。
心を折られたその瞬間のことを、喉元を過ぎた熱のように忘れ去っていただけだ。
あの時無理だと折れた心を、幾ら後になって思い出して「今なら平気」と嘯いても。
背中を引っ叩かれて気合を入れられても。
怖いものは怖い。
その怯えたような瞳を見たイズナは、失望するだろうか。路傍の石のように己を見るだろうか。
この期に及んで無意識に周りからの評価ばかりを気にしてしまう自分が嫌になる。
ならば目の前の男に挑みかかり、華と散るくらいしてみせろ。頭はそう思うのに、心は震えて動けない。
そんな彼女に。
正面に立つ、この場において最強格の闘剣士は。
「お前"も"、弱いな」
どこか穏やかな表情で眦を下げ、優しく笑って、そう言った。
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