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たとえば俺が、チャンピオンから王女のヒモにジョブチェンジしたとして。  作者: 藍藤 唯
たとえば俺が、王女のヒモからチャンピオンにジョブチェンジしたとして。
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131/334

19 しょうじょ は メイド と。



 桜季(はる)の夜はそれほど肌寒くはない。


 勢いに任せて飛び出した。転がるように玄関扉を打ち開き、星の光を遮る庇が無くなったあたりで足を止めた。


 整備された美しい庭園は、夜の優しい明かりに照らされてきらきらと夜露を反射する。


 大きくため息を吐いた。


 何もかも嫌になる。苛立ちは止まらない。

 かといって貴族に本気で手を上げるわけにいかないだろうと考えて――


『悔しいふりしてれば誇りが保たれるとでも思ってるの? 唇巻き込んでおいて、血も流せない癖に? よっわ。ざーこ』


 ぐ、と拳を握りしめた。


 悔しいふりなんかじゃない。本当に悔しくて涙が出そうだ。

 心の底では分かっている。

 きっと自分の限界はここなんだって。あそこで怒りに任せてあの女を殴りつけることも出来なかった。


 言い訳を見つけて逃げ出した。


 そっちの方が理性的だって。そっちの方が人間として正しいって。


 でも。


「血を流せばいいだなんて、そっちの方がおかしいだろ……」


 自分は間違っていない。

 間違っていない理由なんて、探せばいくらでも出てきた。

 どの理由を並べても、自分は間違っていないと胸を張って言える。


 言えるはずなのに。


 どうして、"正しい"とは言えないのだろうか。


 あの殺人鬼じみた目をした金髪の女は危険だ。

 強さは自分とは格が違った。挑んだところで馬鹿をみるだけだと分かっている。

 だから戦う意味なんてない、怪我したら今後の鍛錬に支障が出来る。

 鍛錬をして次勝てればそれでいいじゃないか。

 今回は修行が足りなかった。

 彼女と違う大会に出れば、同じ優勝が出来るかもしれない。


 それみろ。賢いのはどっちだ。

 あんな風に煽って、自分が負けたら責任は取れるのか。


『――その刀、とても似合わないわ』


 うるさい。うるさいうるさいうるさい。


 何れ似合う女になる。だから今は雌伏の時なんだ。


 武人でもない癖に、分かったようなことを言うな。


 そうだ。何かと戦ったこともない癖に。



「まー、飲めよっ」

「うわっ!?」


 その時だった。

 横合いから突き出されたグラスを、頬にぶつけられたのは。


「お、お前。コローナ」

「まー、飲めよっ」


 こんなにも深刻な時に、相も変わらずお気楽な奴だ。

 そう毒づいて、上から下まで彼女を見て鼻で笑った。


「なんだよ。武人でもねえくせに、おれにかける言葉なんかねえだろ」

「まー、飲めよっ」

「それしか言えねえのかよお前は!!」


 グラスを引っ手繰った。

 そして一気に飲む。


「ぶぉっへっは!? なんだこれ!!」

「酢!!!」

「お前ばっかじゃねえの!?」


 げっほげっほとせき込んで、涙目で彼女を睨みつける。

 星明りに照らされる彼女は美麗で、可愛くて。とても、ただの侍従とは思えない。


「……なんだよ。当主命令で、いやがらせか?」

「――メイドの当主、この屋敷には居ないよ」

「えっ?」


 よっこしょー、と雑に腰かけたのは、鳥の為に作られた水飲み場。

 幸い乾き切っているようだが、躊躇なく屋敷の備品に座る彼女の姿にあっけに取られるリーフィ。


「なんだ、間諜か何かってことか?」

「んーん。お前が当主だと思ってるのはね、ライラック王女――姫様の……なんだ? ヒモ? で、メイドはそのお付き。みたいな」

「……ええ!?」


 急に叩きつけられた衝撃の事実に、先ほどまで抱いていた怒りも何もかも一瞬吹き飛ばされて。

 目を瞬かせたリーフィに、いたずらっぽくメイドは微笑む。

 唇に人差し指をそっと添えて、星明りの下。


「内緒でしたっ」

「おいおいおいおい……え、つまりどういうことなんだよ」

「パスタも、フウタ様も、貴族じゃないよ。お前が思ってるのとは違うし……お前とも、違う」

「…………」


 暗に。自分が貴族であるということは、彼女にも露見していると伝えられて。


「ヒモにこの屋敷が与えられたのは、分かるかもしれないけど。じゃあパスタは何なんだよ」

「微妙に違うけどそれでいいやっ。パスタはねー……大切なもの、全部なくしちゃったんだ」

「えっ?」

「色々あって、今はフウタ様と一緒に居るけど。パスタが言ってた誇りも、お金も、家族も全部。全部ない。……あんまり、メイドの口から言えることも、言える筋合いもないけどさ。でも、ぬくぬくしてないよ」

「……なんだよ、それ」


 見上げる屋敷の明かりが、なんだか今までと全く違う色合いを帯びているように見えてしまって、リーフィは口を閉ざした。


 ヒモっていうのは、正直ちょっと良く分からない。


 けれど、一緒に居る彼女は、つまり。


「なんだ、匿われてるってことか?」

「んーん。そうでもない」

「はぁ!? 外出る時にフード被ってたのだって、じゃあそういうことなんだろ!? じゃあ何してるってんだよ!」

「また立ち上がるために、フウタ様と組んで頑張ってるんだ」

「……一度、全部失くして?」

「うん。メイドが知ってるだけで一回だけど、あの感じだと何回もかな」


 さらっとした語り口から放たれる、信じるならば随分と重い話。


 家族も、金も、そして外を出歩くことが出来ないほどに追い詰められた。

 それでどうして、平気で次を求められるんだ。


「なんだ。フウタに頼ったのは、媚びでもしたのか? 篭絡すればいいって?」

「パスタじゃ篭絡は無理かもですけど」

「さらっとひでえな」

「でも。……あの2人、メイドのせいでめっちゃくちゃ仲悪かったからなー。この数月で少しだけ距離が縮まって、メイドはほっとしてるのですよ。……嘘。もうそろ、もうそろ距離縮まるの終わってもいいとも思ってる今日この頃のメイドです」

「……知らねえけどよ」


 がしがしと頭を掻いて、彼女は首を振った。


「この数月の付き合いには見えねえ。お前、嘘ついてんじゃねえのか?」

「……」


 返答は、ただの微笑みだった。

 それが何よりも雄弁に、リーフィを試しているようで。

 くそ、と一つ吐き捨てた。


「……なんだよちくしょう。あの女、自分(てめえ)も酷い目に遭ってる癖に、よくおれにあんなこと言えるな」


 泣き交じりの呟きと一緒に、腕で乱暴に目元を拭う。

 そっと差し出されたハンカチを振り払った。


「触るんじゃねもががががが」

「一度振り払われたくらいじゃめげないっ」

「何をわけのわかんねーこと……っ」


 弾かれたハンカチを、無理やり押しあてに来た行為の話のはずなのに、どうして妙に心に突き刺さる。

 

 一度振り払われたくらいじゃ、めげない。




『棒きれを振り回すだけで何の役に立つというのだ』



『思い上がるのもそのくらいにして、大人しく教育を受けろ』



『お前に剣の仕事など出来ん。女の仕事を全うしろ。婚約の話もある』






『――うるせぇ!! 本当の父親でもねえ癖に!!!!』






 ハンカチを、叩き落とした。


「……うるせえよ。ちくしょう。メイドの癖に、貴族相手によくもこんな」

「あー、よく言われたっ」


 ハンカチを拾って、軽く土を払いながら彼女はにこにこと笑みを崩さない。

 そのハンカチを、もう一度彼女は差し出す。


「でもさー? お前、いつまでも泣き止まないじゃん?」

「……お前とか、言うな」


 すん、と鼻をすすって。


「おれが間違ってるっていうのかよ」


 そう、ぼんやりと星々を見上げて呟いた。


「おれの刀がすげえんだって、それを見せ付ける手っ取り早い機会が今回の大会だったってだけだ。他にも、やりようはあるだろ」

「かもねっ」

「……あいつはヤバい。あの金髪は、間違いなく何十人もぶっ殺してる。命をなんとも思ってねえって顔してやがるんだ」

「……そっか」


 その視線が、どこか生温かいものに感じてしまって。

 居心地が悪くて、リーフィは叫んだ。


「おれだって人間ぶっ殺したことくらいある!! でも、……でも、気分は最悪だった。あの化け物みてえなのとは、絶対違う。おれには分かる」


 安い見栄だと分かっていても。

 結局、なんの得にもならない自慢話だったとしても。


 凄いと思ってくれる人がいないからこそ。

 自慢話をしたくなる。


 見てくれる人がいないからこそ。

 不幸自慢をしたくなる。


 お前らなんかよりおれの方がよほど凄いんだ。よほど悲しいんだ。


 こんなおれは、お前らよりもずっと険しい道を生きてきたって。


 だから、ふとした言葉に、我に返ってしまうのだ。



「――メイドは、人を殺したこととか、傷をつけたこととか、ないからよく分かんないけどさ」



 生温かいと錯覚した視線は、なんてことはない。慈愛の笑顔だ。


 人なんて、殺したことが無い方が、いいに決まってるのに。


 何をやっているのだと、自己嫌悪ばかりが募っていく。


「でも……正しいとか、間違ってるとか。そーゆーので考えるのは、やめた方が良いと思うんですよ」


 そっと自分の胸に手を当てて、目を閉じる彼女の呟き。


 いつかを想起して、ゆるゆると首を振って。


 正しいと思ってしたことで、色んな人に迷惑をかけたことを思い返す。


「その時メイドは、間違ってないと思ってたんだけどさ。今思い出すと、間違ってないメイド、あほだなーって思う」

「……なんだそれ」

「意外と、気づいてないことって多いってことですよ。正しいか間違ってるか、そもそも判断する材料足りてるって言える?」

「材料……」

「メイドのレシピ、めっちゃ美味しい自信あるけどさ。これが一番美味しいって、言えないよ。だって、まだやってないこといっぱいあるもん」


 何をもって正しいとするのか。

 何をもって間違っているとするのか。


 それを、どうして断定できるのか。


 間違っていないのに胸を張れなかったあのもやもやは?



「……おれ、なにか、分かってないのかな」

「しらねー」

「おい!!」

「やーい武人武人ぶじーん。お前らにしかわかんねーとかカッコつけてるなら探してこいや! その刀振り回したら、振り回したやつにしかわかんねーことがあるんだろ!?」


 握りしめるは、父親の形見の刀。


 武人でもない一介のメイドに窘められて、思わずリーフィは宙を仰いだ。



「ああ、でもね。メイド、一個分かることあるよ」

「……なんだよ」


 にへら、と少女は笑う。屈託なく、いつも通り。

 けれど何だろう。

 その表情は今までで一番。


 侍従でしかない少女のはずなのに、あまりにも綺麗で。




「メイドにとっては、ぜんっぜん正しくないわがままがね。一番、かっこいいんだ」




 その一言は、誰かを想うように儚く美しく。気づけばリーフィは魅せられてしまっていた。








 



『――負けるのが嫌いなのよ』



『……負けを正当化するヤツが嫌い。負けを見るのが嫌い。負けるのが嫌い。……負けを、認めるのが大嫌い』


『でも一番嫌いなのは……負けても良い、って思う人間』


『あたしは――勝つ為なら何だってやる悪党(・・)よ。弱者が大嫌い。強者を殺し尽くしたい。だから、舐めたこと言ってる人間が近くにいるだけで、自分が腐っていく気がする』


『だからあの自称用心棒を突き飛ばした。それだけのこと』






『――そうやって突き飛ばされた方は、立ち上がれれば強いんじゃないかって』

『はっ。二度目のチャンスがあるだけ甘いのよ。……って、これはあたしも同じね』






 扉の前で、1人呟いた。





「ああ、こいつら。みんな厳しいなぁ」



 好き勝手言いやがって。


 答えは出ないままだけれど、とりあえず。



 二回戦には、行こう。


 そう決めて、刀を握った。

素敵なレビューせんきゅー!!


NEXT→4/10 11:00

※作中ネームドキャラで人殺してないのはめいどーずだけ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どんどんめいどーとぱすたなべがいいおんなになっていくじゃないですか・・・
[一言] めいどーはやっぱり最の高だぜ! 知った口を聞きすぎない、わからないことはわからない、しらねーと言えるのも大事だ! 嫉妬するのも大事だ!ヒロインのレゾンテートル的に...たぶん? 姫様と仲…
[良い点] めいどー! [一言] コローナ尊いコローナ最高(*´Д`)
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