17 フウタ は よせん を かんせん している!
「世の中って本当に不本意なことだらけよね」
「それに関しては同意だけども」
スペクタクラの観客席には、切り株の年輪のように通路が走っている。
複数ある闘技場の入り口のうち、自分の持つ席に近い入場門でチケットを見せ、入場していく形は公国のコロッセオと同様だ。
フウタは優待席に案内される人間なので、この通路とは縁は無いのだが、戻りがけに何となくパスタと連れ立って歩いていた。
この通路は観客席の最上層に近い位置にあり、幸い立ち止まったところで彼らのせいで試合を見ることが出来ない客というのは居ない。
元々パスタの身長如きでは誰の目を遮ることも出来ないのだがそこはそれ。
フウタとパスタの二人は、遠く眼下で広がるバトルロイヤルに視線を落としていた。
既に試合は第五試合。
50人を10人に絞るという目的で行われるこの試合は、フウタの目からは盛り上がっているように見えていた。
「……」
「しかしなんでわざわざ最上段まで上がってから自分の席に戻ろうとしたんだ?」
「それはぁ、お兄ちゃんと少しでも長く一緒に居たくってぇ」
「やけくそになってるのは分かるけど、誰も幸せにならないからその辺にしとけ」
「そうね……」
がっくりと肩を落とすパスタであった。
「理由は単純よ。観客の様子も見ておきたかった」
「良い盛り上がりっぷりじゃないか。公国のコロッセオも、そうそうここまでの熱気にはならないよ。有名選手が居るわけでもないのに」
「……さて、どうかしらね」
す、と"経営者"の瞳が眇められた。
観客の声援という名のノイズも一切遮断した彼女の頭脳は、冷静に周囲を俯瞰する。
――違和感は、あった。
ただその違和感が何なのかを、いまいち言語化出来ていないというのが今のパスタの状況だった。
しかしこの引っかかりは、"経営者"として見過ごせない。
大きなビジネスチャンスをふいにする気がして、パスタは腕を組む。
「5試合目ともなれば、本来はもう少しだれてくるものよ。もう、開会式から2刻以上の時間が経っている。なのになぜこんなに盛況なのか……分かる?」
「えっ……いや、どうだろう。コロッセオもそうだったからなぁ」
「じゃあ聞くけど、コロッセオとこのスペクタクラの違いは?」
「違いか。……大会形式とか?」
その答えに、パスタは静かに首を振った。
「そんな細かいことよりも、もっと大きな枠組みの話よ。コロッセオは、毎日こんな感じだったんでしょ?」
「ん? ああ。細かな違いはあるけど、盛り上がりはこんな感じだ」
「じゃあ、その違いってなに?」
「そりゃあ」
広い広いスペクタクラを一望するフウタ。
観客は超満員。それはきっとパスタのプロデュース力があってこそ。
喧騒の種類が異なるかと言われれば、少し難しいところだ。
彼らの歓声の細かな分類なんて、フウタには知る由もない。
ただ、フウタが気付いていた明確な違いと言えば。
「やっぱ、特定の選手に対する応援かな。たとえば横断幕だったり、グッズだったりっていうのは、有無は大きい。でも、みんなスペクタクラのグッズは買ってくれてるみたいだしな……」
そう。パスタの提案で、この闘技場ではオリジナルグッズを販売していた。
安物の布で作ったタオルだったり、木扇だったり。そういったものを身に着けている人々の姿は多いから、フウタの目にはコロッセオととんとんに見えた。
が、パスタはそこで口角を上げる。
「へぇ。案外分かってるじゃない」
「そう、か?」
「ま、こっからは"経営者"の領域ね。多分、今日の興行収入はコロッセオと大差ないでしょう。でも、手を打たなければこれからずっと下り坂よ」
「えっ」
「――見て」
パスタが指さした先に居たのは家族連れだ。
男の子が夢中になっているのに対して、妻は子供の面倒に手一杯のようだ。
次にパスタが差した先には、恋人同士らしき二人。時たま声を上げてはいるものの――お互いで話をしている時間が大半だ。
「あんまり、闘剣に興味がなさそう?」
「そう。新しく出来たものに対しての興味で、あたしは客をここに呼び込んだ。あとは見世物の力でこの客を引っ張るしかないけれど。……このままだと、魅力に欠けるってことね」
「闘剣が、魅力に欠ける?」
「あんたさっき良いこと言ってたのよ。選手のグッズを買う人が多いって話。あれ正解。最初から闘剣に興味があるなら――新しく出来た建物のグッズなんて買わないわ。あんなの単なる記念品よ」
「っ……」
目を見開いたフウタと、パスタの目が合う。
ふ、と笑った彼女は無意識に唇を撫でながら、全体を俯瞰して続けた。
「ま、だからこそ今がスペクタクラのグッズの売り時なんだけど」
「――要は、観光客を闘剣のファンにしないとダメってことか」
「そうね。で、どうもコロッセオ同様無策にはいかないみたい。何故だと思う?」
「それは……さっき言ってた選手のファンを作るってことか?」
「……と、ライラックは考えているようね。でも」
先ほどの家族連れの妻が、席を立った。
トイレにでも向かうのかと思ったが、競技場から背を向けた瞬間にどこか疲れたような溜め息をみせる。
家族連れで観光に来たはいいけれど、拘束時間も長くて子供の相手も大変、といったところだろうか。
「――それじゃ、遅すぎる」
「別の手段が必要なのか」
「手段を考えるよりも前に、解決すべき問題を明確にすべきよ。今日の盛り上がりはただの新しいものへの興味だけ。何故か。それは――公国と違って、闘剣に馴染みがないからよ」
「つまり?」
「忘れたの? 彼らの大半は、わざわざ王国のいろんな場所から旅行に来た連中よ。引き留められないの。――引き留められない以上、彼らの故郷に"楽しかった"と広めて貰えなきゃ負け。わざわざ田舎からここにやってくる路銀を払う価値があると、思わせなきゃ負けなの」
「そうか。だから、"遅すぎる"のか」
本選がこの後に控えているとはいえ、だ。
王都へ旅行に来ている人間の主目的は、確かに闘剣、ひいてはスペクタクラだろう。だが、思ったよりも満足してしまったら? もう、スペクタクラを見るのは十分だと思ってしまったら?
明日も彼らの戦いが見たい、そう思わせられなければ、彼らは王都の別の観光を楽しむだけだ。
そして王都をそこそこ楽しんで帰った彼らは――スペクタクラの闘剣を見るべきだ、とは言ってくれないかもしれない。
『ま、こっからは"経営者"の領域ね。多分、今日の興行収入はコロッセオと大差ないでしょう。でも、手を打たなければこれからずっと下り坂よ』
リフレインするパスタの言葉に、フウタは眉根を寄せる。
「どうするんだ?」
「……あたし自身、あんたと皇子の試合を楽しんじゃったから、"あれを見られるなら金を出す"と判断したけれど。……少し外したわね」
そう呟き、彼女は予選の行われている会場へと目をやった。
そして告げる。
「あんたとあいつだから、あんなに剣戟自体が絵画のように価値を感じられたのよ。――この試合じゃ、何が起きてるのか全然わからないわ」
「おう……そうか。その、ありがとう」
「何照れてんの馬鹿じゃないの? あんたはむしろそのくらい出来ないと生きる価値ないわよ?」
「なんでそんな純粋な瞳で人の命の価値を値踏みできるの?」
いつも通りの軽口を交えつつも、彼らの目は真剣だった。
パスタは武人ではない。武人ではない彼女が"金をとれる"と判断したのはひとえにバリアリーフとフウタの試合が素人目にも"美しかった"からだ。
これを見せてくれるなら幾らでも、と思ったが、予選会の試合を見ていると、なんというかごちゃごちゃしていてよく分からない。
確かに彼らが戦っている必死さは伝わってくるものの。
だからといって、特定個人を応援でもしない限りは、どう楽しんでいいのか分からないかもしれない。
そういうものだと割り切って眺めながら大事な人との団欒を楽しむ。そういう催し程度にしか、認識されていない気がした。
「素人が芸術家の展覧を楽しみに行くのと同じよ。画商でもなければその本質に気付けない――なら彼らが楽しむのは絵画ではなく、その時間。言ってしまえば、絵画でなくとも良いのよ」
「……それは、素人を鍛えなきゃいけないってことか?」
「いいえ? 金を落とす客は素人よ。――むしろ主催者が、素人を楽しませられなきゃ意味がない」
どうしようかしらね、と鼻を鳴らすパスタ。
フウタは少し考えて思う。
第五試合が終わり、次の試合までのインターバルを設けている競技場を眺めながら。
素人を楽しませる。スター選手をプレゼンするまでの時間もない。
けれど。彼女の言うことを信じるなら、徹頭徹尾が、そう。
「でも、要はそれって、主催者側でどうにか出来る問題ってことか?」
「出来るというより、しなければならない問題ね」
「……なら、要はお前ならどうにか出来るんじゃないか?」
主催者側が解決策を出せるのなら。それはつまり、彼女の領分であるということ。
そんなふとした問いかけに、パスタは一瞬呆気に取られて。
互いを見つめること数セコン。目を瞬かせた彼女は――歪に口角を上げた。
「簡っ単に言ってくれるじゃない……!」
「やー、見えてる問題もどうにか出来ない経営者に、俺のこと任せるの不安だなー」
「安い挑発ね。そんなこと、微塵も想ってない癖に」
「まーな。俺に出来ることなら何でもやるけど、手は要るか?」
「……」
考え込むパスタの邪魔をするのもなんだと、フウタは闘剣の会場に目を向ける。
第六試合が開始される合図が響き渡り――フウタは目を見張った。
「――うぉっしゃぁあああ!!!」
その咆哮は、この距離で見守っていたフウタにすら届く声量。
振るわれるは槌斧、纏めて吹き飛ぶ6人の剣士。
「俺の名前は――イズナ!! イズナ・シシエンザン!!」
だん、と足踏みするだけで石作りのステージが陥没する。
石突で突くだけで音と共にステージがひび割れる。
「よう、テメエら!! 纏めて全員かかってこい!! 俺VS49人!!! それくらいやってやらなきゃ、お客さんも盛り上がらねえよなァ!!!!」
フウタは、辛うじて。
そう、辛うじてパスタから話を聞いていたからこそ、観客たちに目を配る余裕があった。
もしも彼女と話をしていなかったら、イズナがどう活躍してくれるのかとそればかりに意識がいって――彼ら同様釘付けになっていただろう。
団欒に興じていたカップルも。
子供連れの夫婦も。
誰も彼も、急に凄まじいことを宣言した男へ注目せざるを得ない。
第五試合まで、あれだけの闘剣士たちがしのぎを削ってきたから猶の事。たった1人で全員に挑むなどという無謀に、彼らの好奇心は吸い寄せられる。
そして、彼は。
「俺は!!!!! 強ぇぜ!!!!!!」
槌斧を振るう速度は最速。
剣士を吹き飛ばす方角すら気を配り、声援を送る客に対して笑顔まで向けて声を上げる。
――元・壱之太刀は伊達ではない。
最終的に伍之太刀へと番付が落ちたとはいえだ。
それでも、どうすれば観客が盛り上がるか、どうすれば楽しい闘剣が出来るのか、それを肌で知っているかのような、そんな。
「オラオラどうしたァ!! びびってんじゃねえぞ!!」
本当に、49人を相手に戦い始めたイズナ・シシエンザンという男に、次第に観客たちの声援は集中する。
やれ、おせ、あと5人。
4、3、2、1とカウントダウンは、誰が音頭を取ったわけでもないのにこの闘技場に響き渡る熱烈な声援。
最後の1人に到るまで全員を本当に吹き飛ばした彼は、赤銅の髪を払って槌斧を掲げ、叫んだ。
「俺はイズナ!! イズナ・シシエンザン!!! ブッ込んでくんで、よろしくぅ!!!!!!!!」
爆発的な声援とは、このことを言うのだろう。
たったの1試合だ。
僅か数ミニトに満たない時間で、一瞬で観衆の心を掴んで見せた。
これが。
これが、"闘剣士"。
これが、元【天下八閃】の真骨頂。
「……大したものね」
思わず呟いたパスタに振り向いたフウタは、頷くことしか出来なかった。
「ライラックのヤツがここまで想定していたかは、判断しかねるけれど。これで数日は持つかもしれないわ」
だから、と彼女は腕を組む。
「あたしはあたしで、やれることを考える。もしかしたらあんたにも仕事があるかもしれないから、宜しく」
「ああ、分かった」
頷くフウタに背を向け、闘技場を出ようとする彼女。
引き留めるつもりは無かった。考え事をしているのなら、彼女の集中を邪魔する理由は一つもない。
だが。
「あっ」
口から零れた言葉に、パスタが振り向き。彼と同様、フィールドへと視線を落として目を見開く。
その先には、キャップを被った刀の少女。リーフィ・リーングライド。
第七試合は、彼女の登場する試合だったかと納得する中で。
「――なるほど。イズナさんも随分と派手にやるものですわね」
日傘を差した金の少女が。
第七試合のフィールドに足を踏み入れた。
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