15 ぶとうたいかい かいまく!
どん、と撃ち上がるは炎。
幾つもの火柱に沸き立つのは、悲鳴ではなく歓声だ。
王国の国旗と、それから武闘大会を示す刀と刀が描かれた旗。闘技場の外周壁に掲げられた旗たちの間に、魔導術による火柱が上がる。
高さにして50メレトを超えるその壁の先から放たれる炎はまさに天を突くようで、王都の今の盛り上がりを感じさせるものだった。
すり鉢状に、ぐるりとフィールドを取り囲む観客席は、闘技場から遠くなるにつれ高く。どの席でも戦いが見られるようになっている。
手前の特等席は、王侯貴族に王都議員やその家族といった、地位ある者にのみ許されているとはいえ。
それでもぎっしりと埋まった席は、フィールドからも見応えがあるものだった。
ゆうに50000人を収容できるという設計の円形闘技場はしかし、その熱気だけでも体感しようという市民たちによってその外周やコロッセオ周辺の大通りまでも埋め尽くされる始末である。
内部の熱気はすさまじく、立っているだけで汗をかくほどだ。
それでもこの陽気の中で、直接客席に陽光が当たらずに済んでいるのは、設計の妙とでも言おうか。
「公国のコロッセオよりも凄い熱気じゃないか……」
ぼやくように、青年――フウタは言った。
クッションこそ無いが、座りやすい加工がされた1人掛けの木製チェア。
ひじ掛けも付いて、侍従が控えるスペースもある優待席。
事前の告知で、自前でクッションを持ってくるようにと連絡があったこともあり、比較的ゆったりとフィールドに目を向けることが出来ていた。
眼下に広がるフィールドには、ぎっしりと、人人人。
開会式ということもあり、予選に参加する闘剣士たちはフィールドに集められていた。
およそ、2000人を超える人数。ここから絞られていくというから、相当だ――そう思っていたが、どうやら"経営者"の少女曰く、予想よりも遥かに集まってしまったから、予選はさらに厳しくなるらしい。
予選に出場する、自称フウタの護衛の少女はそれを聞いていっそう気を引き締めていた。
そんな彼女はどこに居るのだろうかと、フィールドを見回して――フウタは早々と諦めたが。
「……それでも、優待席に座れて良かったと言うべきかなあ」
恐る恐る背後を振り返れば、優待席などと違って長椅子に詰めかける人々の姿がぎっしり。
公国のコロッセオと違って横断幕や鳴り物の類を用意している者は居ないとはいえ、それは選手の知名度よりも面白いもの見たさに人々がやってきた証拠でしかない。
面白いものを一目見たい。その好奇心を最大限煽ったパスタのプロモーション能力の高さを見せつけられたような、そんな気分だった。
「そうだな。一般客席に座るのは、僕も御免被りたい」
と、隣から声。
一般客席があのありさまなのだ。優待席とはいえ、隣の人間のぼやきが聞こえる程度の距離でしかない。
見知った顔で良かったと、胸を撫でおろすフウタであった。
「……なぁ、リヒターさん」
「なんだ」
「…………痩せた?」
「素直にやつれたと言っていいぞ。ははっ」
「おぉ……もぅ……」
思わず顔を覆うフウタ。どうしてこんな盛り上がりの中、1人だけ気落ちしなければならないのか。
しかしどうしようもないだろう。頬がこけ、目にクマを作った、近しい年齢の青年のあんまりな姿。
服装だけは立派におろしたての煌びやかな貴族らしさを保っているのが、逆に哀愁を漂わせている。
「私に挨拶は無いの? せっかく、ついに始まるっていうのにさ!」
「あー、うん、まあ。元気だったか、プリム」
「何その扱い!? 元気ですけど!? え、なんかフウタくんに悪いことしたっけ!?」
「いや……目の前の人のこの惨状を作り上げた諸悪の根源だと思うと、ついな」
「つい、で思いついて良い悪口の量じゃなくない!? 諸悪の根源っつった!?」
「いや、だって……」
震える指で、隣に腰かける青年を指させば。
彼の後ろに護衛として控えていた少女は、ひょっこりと青年の顔を覗き込んだ。
つー、と頬を伝う涙。頬がこけているせいで途中で滴り落ちた。
「……分かって、くれるか」
「なんとなく……?」
「朝から晩まで王女殿下にこき使われ、赤髪のガキの思い付きに振り回され、ようやく帰ってきたと思ったら馬鹿な身内の尻拭いを淡々と部下に報告され、ようやく夜中に終えて泥のように眠れば、蛮族に叩き起こされ鍛錬と称して引きずり回される日々……」
「予想の数倍酷かったわ」
「武闘大会が近いからと、日に日に食生活にまで口を出してくる蛮族……毎朝、食べ物を見るのが嫌になるまで食わされる……」
「おぉ……」
「仕事の休憩中も鍛錬を想い出して、翌朝までに改善をどうのと。どうして僕がそこまでしなきゃならないんだ……」
何を言えば、彼が元気になってくれるだろうか。
そんなことを考えるより先に、少女が唇を尖らせる。
「そりゃあ、この大一番でリヒターくんの活躍を願えばこそじゃないか」
「活躍して何になるんだ! 闘剣士になるつもりはないぞ!」
「ぶー。私はただ、リヒターくんとも、こういう場で一緒に楽しく決闘したいだけなのにさ」
「貴様というヤツは……」
大きく嘆息して首を振るリヒターと、十字鎗にもたれかかりながらぶちぶち不平を漏らす鎗使いのコンビに、フウタは少し眦を下げた。
プリムの言葉は全部が本心で、きっとそれをリヒターも分かってしまっている。
結局、リヒターは彼女を甘やかしているというか、絆されてしまっているようで。
一緒に楽しく決闘したい、などという物騒な蛮族の台詞すら、仕方ないから叶えてやるかと付き合ってしまう長男気質。
それはきっと、フウタの目から見てもダメな貴族たちの面倒を見続けてきてしまっているからこそ。
と、その時だった。ぱたぱたと足音がして、優待席後方の通路を駆けてきた少女の姿に、リヒターが口元を引きつらせた。
「めいどー!」
金の二房を揺らしながら、彼女はフウタに手を振ってやってくる。
そうして彼の後方へと収まって、ひょこっと彼の話し相手――つまるところ、プリムとリヒターへと目をやった。
「めいどー! プリムももっぴーも元気してましたー?」
「元気だよー」
ひらひらと手を振り返すプリム。
そして。
「はい、たった今ありったけの元気が失われましたー」
「め、めいどっ!?」
なんだって、とばかりに目を丸くする彼女に、リヒターは鼻を鳴らす。
「メイド服を視界に入れることすら苦痛だ」
「……」
「コローナすてい! 落ち着け!! モップを置くんだ!!」
光の消えた瞳でモップを振りかぶるコローナを必死に止めるフウタであった。
「大丈夫ですよフウタ様っ」
にこ、と微笑む彼女。
「そ、そうか?」
「そうですよっ。ただ、ここで大会の一回戦を始めてやるだけだ……!」
「待て待て待て待て」
しかし未だに瞳からは光が失われたままだった。
「ま、守れプリム!! 何のための護衛だ!!」
「えぇ……護衛としての初仕事が、これ?」
「むしろこの時くらい役に立て穀潰しめ!」
「好きにやっちゃいなよコローナちゃん」
「プリム貴様あああああ!!」
うぉっしゅうぉっしゅ。
「……リヒターさん、ハンカチ使ってくれ」
「ありがとう。ハンカチを用意する前に、そこの金髪くるくるぱーを止めてくれた方が、感謝したが」
「ごめん。俺は、この子には出来るだけ自由に生きて欲しいんだ」
「死ね」
ハンカチで遠慮なく顔を拭ったリヒターは、しかし何故だろう。先ほどまでのやつれ方はどこへやら、何だか輝いて見えた。
磨かれたからかもしれないが。
「まあいい。それ、始まるぞ。開会式が」
リヒターが顎をしゃくった先。
刻限を知らせる鐘の音と共に、大きく鳴らされるファンファーレ。
リヒターにならい、フウタが席を立てば。
同時に、周囲の人々皆が同じように起立した。
フィールドの中央には、煌びやかなドレスを身に纏い、即席の舞台へと登壇する1人の少女の姿。
ざわざわと、一般客席を中心にどよめきは収まらないまま。
しかし何故だろう。
彼女に近い、フィールド上の闘剣士たちは一様に静まり返っていた。
そして。
『――古来より』
清涼な声が、文字通り"響いた"。
「これは……」
「魔導術らしいですよっ」
目を見張るフウタに、ぽそっと耳元でメイドのワンポイントアドバイス。
この闘技場の至る所に、彼女の声が反響した気がした。
『――戦いとは、人々の生きる力でした。相手よりも強いことを示し、獲物を狩り、外敵を討つ』
気付けば、一般客席からも、雑音が聞こえることがなくなり。
『――武器を変え。形を変え。連綿と受け継がれてきた、戦いという概念に紐づく人々の紡いだ系譜』
あの小柄な少女の、突発的に始めた演説に、誰もが聞き入っている。
『――ここに、その終着点を』
歌うように、手を払い。闘技場の全てを見渡すようにくるりと回って見せた彼女と、まるで目が合ったように全ての人々が錯覚する。
『――戦いを、娯楽に。さあ、皆で楽しみましょう。ああ』
胸に手を当て、彼女は一度瞑目し、間を置いて、告げた。
『申し遅れました。わたしは、ライラック・M・ファンギーニ。王国第一王女にして、今回の催しの主催者です』
わっ、と。
巻き起こった歓声。
たった今王女と名乗った彼女を、フィールドの中央で見上げていた少女は思わず身震いした。
彼女が、ライラック第一王女。
今回の武闘大会を開催し、自ら参加するという王国最高の剣士。
そんな人と、戦えるかもしれない場に自分は居るのだ。
打ち震えるような思いで、己の刀をぎゅっと握りしめる。
「いよいよ、始まるんだな……!!」
リーフィ・リーングライドは、ただ胸を高鳴らせた。
『――まずは予選会。方式はバトルロイヤル。人数が多いので、複数のグループに分けた上で、3回戦まで勝ち抜いていただきます』
「んぁ? おい、ありゃどういう意味だ?」
フィールドの闘剣士たちに揉まれながら、少女を肩車した青年がぼやいた。
肩車された少女は手で庇を作り、演説する王女を見据えて無表情で告げる。
「想定を遥かに超える選手登録数に予選方式を変えた模様です。数十人からなるグループ予選を3回勝ち抜くことによって、本選へと駒を進められるとのことです。狭き門にはなりますが、2000人中の4人になれば良いとのこと。マスターの居た場所のマイナーリーグよりも簡単です」
細かくいうなれば。
2000人を40グループに分ける一回戦。勝ち抜けるのは50人中10人。つまり、400人にまで絞られる。
そこから10グループに分ける二回戦。勝ち抜けるのは40人中4人。つまり、40人にまで絞られる。
そして、40人を4グループに分ける三回戦。勝ち抜けるのは10人中1人。
本戦に進める4人が、ここで決まるという寸法だ。
「つまりはアレだ」
口角を上げ、青年は豪快に笑う。
「全員薙ぎ倒しゃ良い」
「マスター。まあ合ってますけど、マスター」
「合ってるなら良いじゃねえか。見てろよモチすけ。俺は、強ぇからよ」
「――はい。借金返済が掛かっています」
「それを言うなっつうんだ」
イズナ・シシエンザンは、愉快気に口角を釣り上げた。
『本選は、予選を勝ち抜いた4名と――王城の選抜した優待枠の選手による勝ち抜き方式で行います。本日は紹介出来ませんが……そのうち1つは、わたしの枠であることは伝えておきますね』
にこりと微笑む王女に、熱を上げる者たちは多い。
中でも、王都衛兵ともなるとその感激は一入と言えた。
なにせ遥々遠方よりやってきた者たちと違い、何度もその姿を見たことがあるからだ。
手が届きそうで届かない、そんな場所に居る王女であればこそ、彼ら衛兵は総出でエントリーをぶちかました。
「殿下ー!!! 殿下ー!!!」
「っべえ、目の前にいるよ! 目の前にいるよ!!」
「ライラック様の足も良いな……」
「ボブてめえ!?」
「もはや見るべきは足しかないんかお前」
仲良し衛兵3人組も、その例に漏れることはない。
王都を騒がせる事件も幕を引いたとなれば、ただ王都の一員として祭りに参加するのも一興。
王都始まって以来の大騒ぎに、彼ら3人も快哉の声を上げた。
『トーナメントを越えれば、そこに栄誉ある優勝が待っています。優勝賞金は5000万ガルド。艱難辛苦を極める道かとは思いますが――皆さんの健闘を、わたし自らお祈り申し上げます』
「何が何でも、優勝は優待枠で勝ち取らねばならん。何故だか分かるな」
嫌に真剣な表情で、腕を組んだリヒターが言った。
「まさかとは思うが、賞金の話か?」
「ああ。5000万ガルドを払う能力は、無いと思って貰おう」
「うっそだろあんた!?」
「これは殿下にも黙っていることだ。ぶっちゃけ財政的に無理だった」
「おいおいおいおい」
汗をだらだら流しながら告げる彼に、背後の少女は楽しげに言った。
「でもさでもさ、リヒターくん! 王女様が言ってたじゃん!」
「なにをだ」
「また借りればよろしいって!!」
「事故って死ね」
「ただの悪口!!!」
プリム・ランカスタはただ武闘大会を楽しみにしていた。
リヒター・L・クリンブルームは、相も変わらず心労を湛えていた。
『――本日は武闘大会、ひいてはこの場所の始まり。であればこそ、わたしはとても大切で、素敵な思い出にしたい。それには、予選に参加する皆さんと、そして見届ける観客の方々の力が必要です。どうか、最後までお楽しみくださいね』
フィールドの外れ。
錆びた鉄のような色の傘を差した少女は、優雅な笑みと共に中央で謳う王女に目をやった。
ぴったりと合う視線。互いに微笑む金と銀。
「楽譜通りに歌いましょう。本選でまみえるその時までは」
彼女は自ら視線を外し、盛り上がる闘技場に背を向ける。
「ふふふ――ああ。楽しみですわ。昂ってしまって、胸が締め付けられるよう」
だから、と最後に振り返り、彼女は。
アイルーン・B・スマイルズは、王女ライラックに手を翳した。
願わくば、この手で捻り潰せることを。
強者と呼ばれる、誰も彼もを。
『――それでは』
一息吸ったライラックは、もう一度この場所の全てに目を向ける。
いつか願った。
闘剣士のチャンピオンになってみたいと。
貴方の見た景色を、いつか見てみたいと。
その一歩目を、今日歩み出す。
胸を張って言える。この場に居る誰よりも、自分が、この日を一番楽しみにしていたと。
さあ、示そう。
天を突くように突き上げた拳に、指を立て。
『ここに――王都アイゼンハルト、円形闘技場スペクタクラに』
王都コロッセオという仮称を撤廃し、ここに宣言する。
その名も、"円形闘技場スペクタクラ"。
『――第一回、武闘大会の開幕を宣言します!!』
はちきれんばかりの歓声が、スペクタクラを埋め尽くした。
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