09 フウタ は メイド と あそんでいる!
――王都某所、衛兵詰め所。
王都の人通りの多い地点や、路地の交差点に幾つも置かれている衛兵の詰め所は、基本的には王都の便利な治安維持組織だ。
元々は王城を守る近衛兵であった彼らは、戦争で多く数を減らした。
しかし、補充は上手くいかなかった。王族の信用ある貴族しか就任を許されていなかったからだ。
変化があったのは、先代国王の時代。
人数を増やす代わりに、彼らは王城の警護から王都の警護へと役目を変えた。
ゆえに王族直轄でありながら、王都を守る平民の兵士たちという構図が仕上がったのである。
詰め所の1つ1つはそう多くない。区画に1つずつ存在する支部こそ練兵場を備えた大きなものだが、普段彼らが有事に備えて待機しているのは、なんてことのない小さな建物だ。
十数人入るのがやっと。そんな場所で、市民の声に応えて荒事を留めたり、道案内をしたりと幅広く活動している。
そんな彼らの中でも、出世株の腕利きが配属されるのが、この街門付近の詰め所だった。
「おい、聞いたかよ。ビル、ベン」
「あ?」
「なんだよ」
詰め所のテーブルに突っ伏していたビルと、その後ろで仕事の書類に目を通していたベンの元に、ずかずかとボブが戻ってきた。
往来で老人の探し物を手伝うという面倒な仕事は、終わったのだろうか。
ベンは顔を上げてボブを見据える。
すると、彼の表情は随分と暗かった。
「どうしたんだよボブ。お前にそんな暗い顔は似合わないぜ」
「そうだぜボブ。お前は毎日面白いことだけ言ってりゃいいんだよ」
「うるせえやい」
ボブはここから離れた南国の生まれで、その陽気さがウリだった。
誰が言ったか、面白南国人ボブ。
そんなボブの暗い顔に、ビルとベンの双子は顔を見合わせる。
「マジにどうしたんだ?」
「俺らに話せることなら相談してみそ」
「相談ってわけじゃねえよ。俺も衛兵長から聞いたばっかなんだけどよ」
言いにくそうに、寂しそうに、彼は言った。
「イーストウッドの騎士が、殺人鬼"アリア"を討伐したって」
「……」
「……」
もう一度、ビルとベンは目を合わせた。
「……え、良いことじゃねえか」
「騎士様万々歳。手柄でも欲しかったのか?」
「そうじゃねえよ!!」
ボブは泣きそうな顔で叫んだ。
「じゃあもう、アリア様にはお会いできねえってことじゃねえか!!」
「ボブてめえ!?」
「お前ほんといい加減にしろよ!?」
何がアリア様だ!! とテーブルを引っ叩くビル。
こっちは死にかけたんだぞ!! と書類を引き裂くベン。
「お、落ち着けよ兄弟。俺はただ、あのおみ足様を」
「おみ足様ァ!?」
「血濡れたブーツだっただろうがァ!!」
「その感触が最高に惨めで良かったんだ!!」
「ボブてめえ!?」
「俺らの仕事分かってて言ってんのかコラァ!」
がく、と肩を落とすボブ。
「そうだよな……俺たちは衛兵。国家の飼い犬。所詮、あの方との運命の糸は交わらない定めだったんだ」
「なんだこいつ気持ち悪ぃな」
「……ともあれだ。落ち着けボブ、ビル」
引き裂いてしまった書類を、もう一度せっせと作り直しながらベンは言う。
「殺人鬼"アリア"はイーストウッドの討伐隊が片づけたって発表があった。俺たちはもう、奴に目を光らせる必要は無いってことだ」
「なんでぇベン、知ってたのか」
「まあな。……ただ」
羽ペンをくるくると回しながら、ベンは後頭部で腕を組んだ。
思案するのは、あの時の光景。
「俺たちを無理くりどかせて突っ込んでった、あの自信満々な騎士。あいつの言ってたことが嘘じゃなけりゃ、騎士団の中でも相当な腕利きだったとか吼えてやがった」
「……それがあっさり殺されたのに、騎士団の手に負えるのかって話か?」
ビルの問いかけに、静かに頷くベン。
一瞬、詰め所に沈黙が降りる。
ベンの言う通り、確かにそこは違和感としてのしかかる。
騎士団の男が嘘を言っていたかもしれない。死んだ彼は大したことがない男だったのかもしれない。所詮は十把一絡げの男で、他の騎士なら"アリア"を討伐出来たとも考えられる。
だが、10人で襲い掛かっても傷一つ負わせることが出来ずに返り討ちにされた彼らが、20人でなら彼女を殺せたのかと言われると、微妙だ。
"アリア"と相対したからこそ分かる、あの闘気と言う名の殺意。
あれに、人間が勝てるのか?
鎌首をもたげる疑問は恐怖と共に、どうしたって拭えない。
「……とはいえ、だ」
そう、幾つものケースを考える2人に、ベンはへらっと笑った。
「俺たち下っ端が何を考えたところで、どうすることも出来ねえのも本当だ」
「ま、そりゃそうか」
あっさりと思考を放棄するビル。そして。
「つまり……おみ足様は生きている可能性も」
「ボブてめえ!?」
「生きていたとしたら街がやべえ以上のことは何もねえよ!! お前にワンチャンなんか欠片もねえ!!」
がやがやと騒がしい、王都街門詰め所。
と、そこに、往来から扉をくぐってやってくる、新たな客人。
「――すみませーん! オルバ商会12支部にはどうやっていけばいいでしょうかー」
衛兵を頼ってきた一般人を、3人は笑って出迎えた。
「おーう、そこはとりあえずちょっと遠いから覚悟しろよ」
「ここ真っ直ぐ行って、このマークの宿屋が見えたら――」
そんなビルとボブの手厚い道案内を眺めて、ベンは1人書類仕事をしながら思う。
俺たちはこれでいい。
変に頭を使ったところで、何が出来るわけでもないのだ。
ただ、下っ端は下っ端らしく、王都の日常を支えていく。
だから、まあ。
「そういう意味じゃ、ボブの土下座は大正解だった、ってところかねえ」
――殺人鬼"アリア"の討伐は、伯爵家次男コンラッド・A・イーストウッドによって果たされた。
そのスクロールをつまらなそうに眺めながら、ベンは"アリア"の手配書をゴミ箱に投げ捨てた。
――パスタのおうち。
「るーんぱっぱー、うんぱっぱー」
ぱたたー、と廊下をモップ掛けして走っていくコローナ。
「ぱっぱらぱっぱらうんぱっぱー」
ぱたたー、と廊下をモップ掛けして戻って来るコローナ。
「んっぱぱんっぱぱぱっぱらぱー」
ぱたたー、と廊下をモップ掛けして走っていくコローナ。
彼女を捜しに屋敷を散策していたフウタは、内廊下のT字路で、通り過ぎるコローナを見つけたのだ。
呼び止めようと思って、なんとなくやめた。
それはそれは楽しそうに掃除をする彼女の笑顔に、「あとでもいいかな」とそんな気持ちが芽生えたのだった。
だから、彼女がフウタに気付いて急停止した時が、会話のきっかけだった。
「フウタ様。どうしたんです?」
「あーいや、掃除の邪魔になるなら、後でも良いかなって」
「掃除しながらでも良いですよっ。いやー……ばっちぃですね、このお屋敷!」
「凄い良い笑顔だ」
それはそれは掃除のし甲斐がありそうに、彼女は満面の笑みで応える。
「それとも、急ぎで真面目な用事かー? ならメイド、妹様に辞表を出してくるのですよっ」
「真面目な話1つでメイドやめるのか……」
「妹様はメイドがちょっとでも仕事を残していると、それはそれは凄惨なお仕置きを」
「どこで生えたの、その設定」
「ポモドーロ邸の謎……」
「歌劇か何かかよ」
ポモドーロ邸の謎。なんだろう、メイドさんは見た、みたいな殺人サスペンス歌劇だろうか。
というより。
「雇われてないでしょ、そもそも」
「ぺろりんっ」
いつも通りの、楽しそうなメイドスマイル。
「――へくちっ」
「締まらないなあ」
「めいどー……この時期は毎年しんどいっ!」
「何の病気なんだろうな」
「わかんない!」
「わかんないて」
おいおい、と頬を掻くフウタ。
「一度、"癒師"に見て貰った方が良いんじゃないか?」
「そですねー。毎年死ななかったから平気だと思うけど……じゃあ、聞いてみますよっ」
「うん、そうしてくれ」
彼女が、ずっと元気で居てくれればそれでいい。
柔らかい笑みと共に頷いたフウタに、コローナは小首を傾げた。
「それで、何用かー?」
「そう、だな。ちょっと、相談かな」
「相談ですかーなるほどー」
モップを立てかけ、腕を組むコローナ。
「――なんか、久しぶりですねっ」
「そうかな?」
「そですよ。フウタ様ったら、もう悩むことなんて何もない! みたいな感じでしたし」
「言われてみれば、最近は悩むようなことは、無かったかな」
初めて王城に来た頃は、そう。
何度も何度も、彼女の言葉に救われたものだった。
そうして何とかやってきて、ライラックとの関係もよくなって。
それで。
「ほ?」
目の前でこうして呑気に目をぱちくりさせている彼女と、離れ離れにならずに済んで。
彼女とライラックの仲も、目に見えて良くなって。
言われてみれば確かに、フウタに深刻な悩みなどというものはない。
けれどそれは。
「だとしたら、やっぱりコローナのおかげだよ」
「さてはて。何かしたっけかー。メイド、結構てきとーなことばっかり言ってる気がするのですよ」
「それにきっと、助けられてきたんだ。――だから多分、今もこうして最初に聞きにきたのは、キミのところだったんだと思う」
「へー」
相変わらずの、流すような彼女の返事に苦笑い。
興味がなさそうなその返答には、きっといつも、ちょっとした照れが入っていたのだと今なら分かる。
「で、どしたい」
「何から話したものかな。……放っておいて、って言われたけど、放っておきたくない時ってどうすれば良いと思う?」
「……」
ぱちくり、ぱちくり。
「ふむー」
気の抜けた、悩むような声。
「まあ、だいたい分かっちゃったのですよ」
「え、マジで!?」
「メイドの鋭い瞳、味わっていけー?」
「そ、そうか」
ぺしぺしと、フウタの腹部に放たれるジャブ。
全く痛くはないものの、ふと気付いた。
彼女に触れられるのも、久々であることを。
見下ろせば、前髪に隠れて見えない彼女の瞳と、ふりふりと揺れる金の二房。
「コローナ?」
「やだなー、なんかさー、うん、ちょっとやだなー」
「えっ」
「まーほら、あれですよっ」
顔を上げた彼女は、にこにこといつも通りの笑顔のままに告げる。
「メイド、放っておいて良いよって言ったのに、無理やり引っ張られちゃったじゃないですかっ」
「それは」
思い返すまでもない。
昨日のことのように鮮烈に記憶に刻みついている、あの日々のこと。
目の前の彼女を捜して走り回り、そしてようやく手を届かせた、演舞場のこと。
「これとは違うさ。俺は、コローナに居なくなって欲しくない一心で」
「わー照れるー」
「棒読み!?」
本心なのに、目をそらされて適当に返事されたのは、些かショックがぬぐえないフウタであった。
少し朱に染まった頬を隠すように、結んだ金髪を弄りながら彼女は言う。
「そんなに違わないですよ。放っておいて欲しいのは、引っ張って欲しい"理由"がないから。引っ張られた先に、期待できるようなことがないからなんですよ」
「コローナ……」
コローナが言っていたのは、フウタの視点ではなく、コローナの心境のこと。
そっと胸に手を当てて微笑む彼女の笑顔は、普段とは違う、ほんのりとした優しく柔らかいそれ。
独りで、放っておかれたら変化はなかった。
このままでいいと、本気で思っていた。
だってそれは、変わってしまった先に希望なんて見えないから。
引っ張って貰った先に、幸せな想像なんて出来ないのだ。
だって、知らないものを、思い浮かべることなんて出来ないのだから。人間誰しもそうでしょう?
「じゃあ、俺が強引に聞きだせば良いってことか?」
「んーん」
その問いに、ゆるゆるとコローナは首を振る。
「わたし、貴方が来たから首ちょんぱ辞めたんだよ?」
「……」
「わたしにとっての貴方だったから、生きてみようって思ったんだよ。そこが、きっと貴方が、わたしの時と、その人とで感じてる違い」
ふ、と笑って、彼女は続けた。
「と、メイドは思うわけですっ」
「キミにとっての俺だった、から」
「そーそー。じゃー、もう一個ヒントあげるっ」
ぴし、と指を立てて。
「メイドが最初、自分の"職業"のこと、フウタ様に打ち明ける気にならなかったのは何ででしょーかっ」
「……それは、なんだろう」
「正解はーーー、だららららららー、だん! フウタ様のこと、よく知らなかったからです」
「……そ、っか」
「うむうむ」
ご満悦とばかりに腕を組んで頷く姿は、まるで老師か何かのようだ。
「ありがとう、コローナ」
「ふふ。恩に思うなら、きちんと返しなさい。坊や……」
「誰だよ……」
「ぺろりんっ」
お決まりのポーズに、フウタは破顔して背を向ける。
「仕事の邪魔してごめんな。ありがとう!」
廊下の奥へと去っていくフウタを、コローナはひらひらと手を振り見送る。
最後にもう一度振り返った彼は目にした。
窓から差し込む夕焼けが照らす、少女の満開笑顔。
見えなくなったフウタの向かった方角に、彼女は一瞬だけ儚げな笑顔を見せて。
「まー、メイドは内容についてはよく分かんないけどさ」
ふう、と息を吐いて、すぐにいつものメイドスマイル。
「仕事のパートナーとしてやってくなら、仲良しの方が良しなのですよっ」
さーて、お掃除お掃除っ。
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