08 フウタ は けいえいしゃ と はなしている!
――王都第十二区画、裏路地。
数十人の衛兵たちが、この場所に集められていた。
イーストウッド直属の騎士たちは未だ殺人鬼を追っているが、衛兵たちの義務はそれではない。
むしろ、その殺人鬼によって殺された人間の処理、そして包囲網を縮める為にこの場所にやってきた。
油断はせず各々武器を握ってはいるものの、彼らの仕事は遺体の片付け。
凄惨な死にざまに眉を寄せながら、彼らは粛々と遺体運びを続けていた。
「……どうやったらこんなことになるんだ」
「滅茶苦茶痛いだろ、これ」
ぶつぶつと呟きながら、顔面が抉れたような遺体を運ぶ彼ら。
先ほど、王都コロッセオの見張りに立っていた衛兵が2人死亡したという知らせが入った。
数多くの目撃者がいる中で堂々としたその行い。悲鳴を上げた通報者たちによって衛兵たちが駆け付けた時には既に容疑者はその場には居らず。
また、心当たりがあると言っていた受付嬢によって、容貌が符合した。
堂々と武闘大会にエントリーしていったというから思わず閉口する衛兵長であった。
アイルーン・ベアクロウ・スマイルズ。
武闘大会に出場するつもりなのだろうか。
これだけ指名手配をされておきながら、随分と堂々としたものだと舌を巻く。
今回の被害者は3名。
いずれも武闘大会に出場登録をしていた腕利きの傭兵であったそうだ。
それが纏めて3人葬られたことに、固唾を飲む衛兵長。
と、その時だった。
「――間に合いましたか」
「で、殿下!?」
供を連れて、この裏路地を訪れた少女の姿に思わず衛兵長は声を上げた。同時、仕事に従事していた衛兵たちも衛兵長へと顔を向ける。
銀世界のように美しく靡く髪と、鍛錬用の軽鎧に身を包んだ彼女は、ライラック・M・ファンギーニ。
王国の王女が何故こんなところに、と驚く彼であったが、すぐさま状況を理解し礼を取った。
「連絡も取らず押しかけてしまって、ごめんなさい」
「とんでもございません! しかし……」
ここには、王女に見せられるようなものは何もない。
そう思う衛兵長の横を、ライラックはすり抜けていく。
「あ、殿下」
「大丈夫です。わたしとて、この国の王女。国民の死に向き合えないほど、柔な女ではありません」
珍しく鋭い彼女の口調に、衛兵長は黙り込むしかなかった。
そっと手を組み祈って、遺体と向き合うライラックの瞳は真剣そのもの。
衛兵たちですら顔をしかめた惨い骸を前にして、彼女はほんの僅かに目を細めるだけだった。
その気高さと、民を想う優しさに胸を打たれる衛兵長を置いて、ライラックが供として連れてきていた少女が告げる。
「……間違いないよ。……あ、です」
一瞬、感情の無い瞳が供の少女を映した。
思わず訂正する少女は、ここが"公的な場"であったことを思い出す。
慣れなくとも、敬語の1つも使えなければ、あとで何が起こるか分からない。
「……プリム。間違いがない、とは?」
「この死体の状況が、あいつのやり口と符合するってこと……です」
やり口、という物言いに眉をひそめるライラック。
続きを促すような視線に頷いて、プリムは遺体の額に手をやった。
ぬちゃり、と血に触れるのも厭わず、告げる。
「闘剣士に限らず、武人には自分の技ってものがあるじゃん……あるじゃないですか」
「ええ。わたしにも、貴女にも」
「うん。で、この死に方は確実に、あいつの"必殺技"のせいです」
「……"必殺技"?」
ここが公的な場でないならば、ライラックは実に胡乱なものを見る目を向けていただろう。
衛兵たちに無理を言ってやってきた現場であればこそ、控えめなライラックの問いかけに、プリムは頷いた。
「必ず殺す技。もろに食らって生きてたヤツなんて、この世に1人しか居ない。この技を受けたら最後、ほぼ確実に死ぬ」
「受けないように、立ちまわるということですか」
「フウタくんでさえ、あいつのあの技は避けざるを得ない。って言えばヤバさ伝わる? ります?」
「……です、か」
ただ事ではないと認識して、ライラックは遺体の状況をまじまじと見つめた。
どうやら下手人は元【天下八閃】漆之太刀、アイルーン・B・スマイルズで確定だ。
武人の目で見ても確実だというのだから、最早疑いようもない。
「具体的に、どういう技なのですか」
問われて、プリムは嫌そうに口を開いた。
「――《鎮魂歌》」
「……マッド、イーター?」
うん、と頷いたプリムは、遺体の頭を持ち上げ、後頭部を示す。
「ここに掴んだ痕があるじゃないですか。分かる、ます?」
「ええ。凄い力ですね」
後頭部に痕が残るような握り方など、頭の骨が砕けていてもおかしくはない。
イズナ・シシエンザンの黒鷹空手とはまた別種の、素手を使った技だとライラックは納得する。
「このまま地面なり壁なりに叩きつけて」
「叩きつけて?」
「雑巾みたいに、壁や地面を抉るように滑らせる一撃必殺」
「……随分と、惨い技ですね」
なるほど、《鎮魂歌》とは土を食らうのではなく、土を食わせるという意味だった。
壁にせよ地面にせよ、まず呼吸も出来ないだろう。顔などという、鍛えようのない弱点をそんな万力じみた力で擦りつけられたら、なるほど。
一撃必殺とは、よく言ったものだ。
「後頭部を掴まれたら終わり、ですか」
「そういうこと。あ、です」
こうして、必殺技とやらの犠牲者がぽんぽん出ている以上、出し惜しみをしているわけでも無ければ、撃ちづらい技でもないのだろう。
ライラックは1人、小さく目を細めた。
――元オルバ商会別邸、現パスタのおうち。
王都の中央区画からは少し外れた箇所にある、住宅街の一角。
そこに、パスタの住まう住居はあった。
元々商業取引に使っていたというだけあって、オルバ商会の持ち物であることを知っている者は多く、今パスタが住んでいることに関しても不思議には思われていない。
使用人の1人か何かが、邸の管理をしているくらいの認識に抑え込んでいたのは、ひとえに彼らの情報統制能力の賜物であった。
そんな屋敷にやってきたリーフィは、邸宅の大きさには驚いていないようだった。ひょっとしたら、元々そういう家で護衛か何かをしていたか……或いは、そういう家の出身なのか。
パスタは彼女の為人を分析しつつ、とりあえず適当にコローナに指示を出してリーフィを同行させた。
リーフィについても考えることはあったが、それよりも優先すべき事項が目の前にあるのだから。
「……相変わらず殺風景な部屋だな」
「殺風景にしたのはあんたよ」
「俺のせいにするなよ。自業自得だ」
「少しは責任感じて罪悪感で死ねばいいのに」
「それ、少しって言わないだろ」
もはや完全な軽口の応酬。
パスタがフウタを通したのは、普段は使っていない客間だった。
埃っぽく、掃除は行き届いていないようだが、別にこの程度であればフウタにとっては慣れっこだ。むしろ、王城の部屋が贅沢すぎると言っていい。
通された部屋に荷物を置き、ソファに腰かけるフウタ。
その対面に腰かけたパスタは、小さくあくびをした。
「移動するだけで一苦労ね」
「人目に付かないようにする、って話だったからな」
「そうね。……まさかこんな形であんたを家に入れることになるとはね」
頬杖をつき、「未来って分からないわ」と呟く彼女。
それはそうだ。まさか、兄妹などという設定になるとは。
「どうしてリーフィを雇ったんだ?」
「ああそれ? 気まぐれだけど」
「おい」
足を組み、面倒臭そうにツーサイドアップの重たい髪を弄るパスタ。
フウタが白い目を向ければ、彼女は小さくため息を吐いた。
いつぞやの、ウィンド捜索前のような説明放棄。
フウタに話したところでメリットがない、などと判断しているのだろうが、流石にこの件で蚊帳の外とはいかないだろうとフウタは睨む。
「ま、一般参加者のモデルケースを手元に1人くらい置いてもいいかなと思ったのが最初ね。それから、万が一あたし目的で接触してきた法国の間諜だったら、あんたと一緒にいるタイミングでなら引き込んだ方が簡単だし」
「……そんなこと考えてたのかよ」
ぽろぽろと零れる言葉は、なるほど合理的なものだった。
むしろ合理的でしかなく、彼女の感情の類は一切排除されていると言っていい。
「そりゃそうでしょ。ウィンドの件で、少し派手に動き過ぎたし……あたしの生存に気付いて売り飛ばそうとする人間が居たっておかしくないわ」
考え過ぎじゃないかとは思ったけれど、そうは言わないフウタだった。
こと、生き延びることに関してはきっと彼女はプロフェッショナルなのだから。
「そうか」
「そうよ」
軽い互いの一言を最後に、部屋に沈黙が舞い降りた。
――遠くの方で、「めいどー」「め、めいどー?」などと声が聞こえてきた。
話題が途切れた癖に、彼女らに言及して話を変えることもなく、フウタは思案するような目でパスタを見つめる。
普段ならコローナの声に1も2もなく飛びつくはずなのに、この沈黙。
先に我慢しきれなくなったのは、パスタの方だった。
「……なに?」
「いや。俺の勘違いだったら、それでも良いんだけどさ」
悩むフウタの頭に浮かんでいたのは、先のリーフィと遭遇した時のこと。
『この兄ちゃんの、妹?』
そう問われた時、微かに感じ取ったのだ。
粘りついた憎悪のような、奇妙な感情を。
あの時はすぐに表情を戻して、彼女の話に便乗していたが。
本当は、何か思うところがあったのではないか。
邪推ならそれでもいい。
けれど、目の前の少女が損得で自らの感情を排する傾向にあることを、もうフウタは知ってしまっている。
今回はああして騙すことにメリットがあったから、話を合わせたけれど。
兄妹、或いはリーフィの言動、もしくは他の、フウタの想像から外れた何かに対して、不快な感情を抱く何かがあったのではないか。
そう思ったフウタだった。
「……兄妹って言葉に、嫌悪感でもあるんじゃないか?」
「っ」
ぴくりと、彼女の眉が動く。
しかしすぐに取り繕うように鼻で笑うと、立ち上がった。
「別に。ほら、ライラックとかいうクソ女のこと思い出して苛ついただけよ」
「なんてこと言うんだお前。……って、おい、ベアトリクス?」
話を終えたいとばかりに、部屋の扉へと向かっていく彼女をフウタは呼び止める。
けれど、彼女はゆるゆると首を振ってから、フウタの方を振り向いた。
フウタは、思わず言葉を失った。
瞳を塗り潰すような、強い憎悪。押し殺そうとしても押し殺せない、そんな想いすら感じる彼女の目。しかしそれでも、無理やりに作った笑顔は困ったように眉を下げて。
「……そういうことに、しておいて」
「ベアトリクス……」
「パスタって呼びなさいよ」
扉を開く彼女は、感情を振り払うように一度強く目を閉じる。
そして、息を吐くと、告げた。
「夕食後は練習の時間に充てるから。それまで、好きにしていなさい」
ぱたん、と閉じた扉。
フウタはしばらく呆けていたが、開きかけていた口を閉じてソファに座り直した。
彼女には、何かがあるのだろう。
けれど、それを口にするつもりはないらしい。
別にそれでも構わないじゃないか、と思う自分も居た。所詮はただのビジネスパートナーで、ライラックやコローナのように彼女を慮る理由はない。
彼女とて同じことを想っているはずだ。
突き放すような言動こそ少なくなった。フウタに対して露悪的に振る舞うことも減った。
けれどそれは、距離が縮まったとはいえない。悪意から無関心に変わった程度のことだ。
その程度の相手に打ち明けるようなことではないのだろう。
解釈すれば簡単な話だ。
それに、うっすらと何かが垣間見えただけ。彼女の身に何かが起きたわけでもない。
「……気にする理由なんてないんだよな」
そのはずだ。
ただ。
「まあ、でも、暇だし」
そう自分に嘘をついて、フウタは立ち上がる。
――たとえば彼女が、フウタに隠しておきたいことがあったとして。
解決していること、誰かに相談出来ていることならば、きっとあんな顔はしないはずだ。
別に、フウタが動く理由は無いかもしれない。単なる知りたがりで終わるかもしれない。
「まあ、でも、あいつだし」
罪悪感は特にない。
どうせ、しばらくリーフィにこの嘘を吐き続けるなら、ずっと気にかかり続けてしまうのだ。
だから。
「とりあえず、あとでコローナに相談しよう」
『……そういうことに、しておいて』
まったく、そういうことにしておくつもりのないフウタだった。
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