ライラック様の災難
――王城内廊下。
その日は執務の合間を縫って、ライラックがフウタと間食の時間を共にしようと決めていた日だった。
迫りくる寒季に備え、為政者として忙しい傍らで。
王都コロッセオの建設の進捗にも目を配りつつ、日々を送る。
バリアリーフの帰国から数日経って、徐々に王城内も今までと同じ空気を取り戻しつつある昼下がり。
フウタの部屋へ赴く途中の廊下で、彼女ははたと足を止めた。
その視線の先には――なんだろう。
王城の廊下にはあまりにも相応しくない、小汚い木箱が置かれていた。
幅はライラックの両手を広げたくらいに大きいが、丈はせいぜい彼女の膝くらい。
別に、それだけなら侍従にでも命じて捨てさせればいい話だ。
問題は、フウタの部屋の目の前にあるということと、そしてもう1つ。
「……何をしているのですか、コローナ」
その木箱の中に、メイドが膝を抱えて仕舞われていたことだった。
「メイドはね。ぽいされたんだよ。悲しいね」
「ええ……?」
相変わらず、このメイドが何をしでかすのかだけは読みようがない。
精神構造はある程度理解し、彼女の行動原理や心情を読み取ることは容易になっていたが。
ではその行動原理に従って何をするのか、と言われれば全く分からない。
彼女のことを考えるだけで脳内がやかましい。
「フウタが、貴方を捨てたと?」
「きっとね。メイドより、2号が良いんだ。フウタ様」
「2号……ああ。あの、貴女のよくない影響を受けた子供ですか」
「メイドの影響は、よくないものなんだね。悲しいね」
「どうでもよろしいのですが、その口調は何ですか」
「聞きたい? 聞きたい?」
「いえ別に。わたしはフウタに用があるので、これで」
「そっか……姫様も、メイドをぽいするんだね。悲しいね」
「……………………」
煩わしい、とばかりに深くため息を吐くライラック。
かといってフウタの部屋に入ることもやめたのか、腕を組んでコローナを見下ろした。
「……ではどうしろと」
するとコローナは自分の足元に手をやって、ごそごそと木の板を取り出すと、首から掛けて期待の瞳でライラックを見つめ始める。
【構って!】
それはもう大きく嘆息したライラックであった。
「世間話でも付き合えば良いのですか?」
「メイド、ゲームがしたいのですよ!」
「ゲーム? 貴女とわたしで……盤上遊戯とか? 負ける気がしませんが」
「それもちょっと魅力的ですね! したことないし!」
「そうですか。わたしはそこまで魅力的とは思いませんが」
「しおしおしお」
「萎れた……」
全身の水分をもっていかれたのかと言うほど干からびたメイドを見下ろしながら、ライラックはそっと唇を撫でた。
結果の分かり切っている盤上遊戯よりも、他に色々あるだろうに。
なぜこんなことでしょげるのかと言いたくもなるが、わざわざこの話を掘り下げる理由も特にない。
「それで、ゲームというのは?」
「よくぞ聞いてくれましたっ!」
「切り替えの早いことですね」
「それがメイ道。つらぬいていけー?」
「まあ、メイドがその道を極めるのを止めはしませんが……」
立ち上がったコローナは、木箱をいそいそと立てかけると。
「ちょっと持っててください」
「なぜ……」
木の板をライラックに押し付けて、懐からごそごそと石を幾つか取り出した。
手のひらに10個は優に握れそうな小粒の――それでいて随分と綺麗に磨かれた石だ。
それが、21個。
「ふっふっふ、フウタ様をぼこぼこのぼこにしたこのゲームはですねっ、石の取り合いですよっ!」
「ほう、取り合い」
「一度に石を取れる数は4つまで! 交互に石を取ってって、最後の1つを取った方が勝ちですねっ!」
「では先攻が勝ちますね」
どうだ、とばかりに胸を張るコローナに、間髪入れないライラックの言葉が突き刺さった。
「えっ?」
「え、ではなく。先攻が勝ちます、このゲーム」
「え、なん――」
「先攻が勝ちます」
「……や、やってみなきゃわかんないだろー!!」
どうやら、確実に勝つ方法などは考えずに勝負をしていたらしい。
なるほどそれは楽しいだろうが――悲しいかな、ライラックは勝負事に手加減が出来る性格ではない。
そして結果は、推して知るべし。
数ミニト後には、涙目で頬を膨らませたメイドがぷるぷる震えて立っていた。
「な、なんで……」
「ちなみに、最後の1つを取った方が負けのゲームにすると後攻が絶対に勝ちますね」
「……や、やってみなきゃわかんないだろー!!!」
数ミニト後。
「う、……うう……」
「リヒター辺りも、すぐにルールの穴に気付くことでしょうね。――しかし、むしろそのルールに気付かせる目的で彼の門下にやらせるのは、知力の向上に繋がりますか」
「ひっ――」
「……ひ?」
ゲームの片手間に、少し閃いたように今後の学生指導を思案し始めたライラック。
ぼこぼこのぼこにされたメイドは、溢れる涙を押さえるなり、木箱を抱えて逃げていく。
「姫様のあほー!!!」
「あ、ちょっと」
ぱたたー! と駆けていってしまったコローナを、見届けることしか出来ないライラック。
追いかけても良いが、いい加減フウタを待たせすぎていることもある。
流石に彼を迎えに――とそう思った時だった。
扉が開く音に少し驚いたライラック。
「コローナ、声がしたけどもう帰ってきたのか? 水差し取りに行ったきり――あれ、ライラック……さ……ま……?」
なぜ急に彼が語彙を失ったのか、一瞬ライラックは分からなかった。
自分はそう、少しびっくりして、持っていたものを両手で構えてしまっただけだ。
口元を隠すように構えられたその――木の板。
【構って!】
「……え」
「ぁ」
何が起きたのか一瞬で理解した聡明な王女ライラック殿下は、みるみるうちに顔を朱に染めてあげていく。
「こ、れは違うの」
「いや――」
思わず口元を隠すフウタ。
「わ、笑ってますか!?」
「すみません、笑っているというかその」
「笑いたければ笑いなさい!! まだその方が、救いがあるというものです!!」
真っ赤になった顔で叫ぶ彼女の姿はあまりにも珍しい。
羞恥と憤怒がごちゃ混ぜになったせいか、普段の凛々しさはどこへやら。
「あまりにも、可愛らしくて」
「貴方っ……~~~~~~~!!!!!!」
「馬鹿にしてるわけじゃなくて、その。普段は見られない愛らしいライラック様はこう、凄く」
「それ以上言わないで!!」
ばき、と【構って!】プレートを叩き折ったライラックは、盛大にそれを地面に投げ捨てると。
「わ、わたしの気持ちではありませんから!! こ、こんな、こんな、あさましい……!!」
「あの、めちゃくちゃコローナの悪口になってませんか」
「アホと言われたばかりですからね! わたしが何を言おうと良いでしょう!!」
「アホって言われたんですか!?」
ライラック相手にそんな罵倒を飛ばすコローナもコローナだ、と戦慄を覚えたフウタ。
何か、何かフォローをと迷う彼だったが――記憶に焼き付いたライラックの姿が忘れられない。
ぽけっとした顔で、少し驚いたように目を丸くして。
両手で口元を隠した板には、【構って!】の文字。
あんなライラックを見ることなど、そう無いことだ。
今の取り乱しようも相当だが、何だろう、この胸の内からこみ上げる感情は。
「その、ライラック様」
「なんですか、そのだらしのない顔はっ……!」
「俺で良ければ全然、その、構います、よ?」
「なっ……」
な、なな、と。わなわなと唇を震わせながら、一歩後ずさったライラックの表情には、ありありと浮かぶ恥辱の二文字。
こんな屈辱を受けたことなど、今まで一度でもあっただろうか。
じわ、と緩む涙腺を見せぬようにフウタに背を向けて、叫ぶ。
「フウタのばかぁ!」
「え、あ、ちょっと! 待ってくださいライラック様!」
「来るなぁ!!」
「いやほんと、めっちゃ可愛かったですって!」
「それが要らない言葉だと何故分からないのですか!!」
ぎゃーぎゃーと声を上げながら廊下を走る2人であった。
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