EP おうじょ は すなお な おもいを――
またまたレビューせんきゅーーー!!!
『――"契約"1個交わしてくんね?』
『――オレが居なくても、オレの"模倣"が出来るように』
『オレだけの剣技がお前に使われてるって知ってたら、ゆーてもオレ、死ねないっしょ』
『帰るよ。帰って――兄貴ぶっ飛ばすわ』
『親父の後継ぐわ。ゆーてもオレ、"英雄"ですから』
『ゆーても、故郷さ』
『八つ目の海を征するよりは、楽勝だよ』
――王城城下庭園。
空を切る音がする。
《模倣:オーシャン・ビッグウェーブ=蒼海波濤流:崩波》
二重に響き渡った風鳴は、武人が耳にすれば思わず足を止めるほどの速度で振るわれた二太刀。
《模倣:オーシャン・ビッグウェーブ=蒼海波濤流:槌波》
勢いよく振り下ろされた一撃は、触れてもいない足元の草を靡かせる。
まるで避難するように左右に別れたその草が、可愛く思えて少し彼は頬を緩めた。
《模倣:オーシャン・ビッグウェーブ=蒼海波濤流:刺波》
最後の一突きは風を纏った鋭い剣技。
陽光に煌めく刃が空気を貫いたところで、ようやくとばかりに一息吐いた。
「……完全に模倣出来てるな」
そう呟く青年――フウタ。
彼の視界の中に、模倣元たる刀使いの姿はどこにもない。
「――精が出ますね」
「ライラック様」
刀を仕舞い、振り向くフウタの表情はどことなく明るい。
フウタの模倣の条件は、中々にややこしい。
別に、目の前に本人が居ずとも完成度の高い真似をすることは出来る。
それはそうだ、一度自らが放った技になっているのだから、出来ないということはない。
ただ、それは本当にただの真似だ。
彼の使う模倣は、物真似とは全く異なる、他人と同じ技量で以て剣を振るうことが出来るという才能だ。
その場その場で真似をするのではなく、適切なタイミングで適切な技を繰り出せる、その剣士本人のような動きが出来るのが模倣の強みだ。
その対象は、視界に入っている人間。厳密には目を閉じていても出来るが、詳しいことはフウタ自身にも分からないことが多い。
その模倣が、対象の居ないところで出来ている。
フウタにとっては、驚きだった。
「珍しいですね。執務のお時間では?」
「ええ、まあ」
隣に並び立つ彼女は、ここ最近変わらずどこか物憂げだ。
今日は輪を掛けて悩みがあるようで、フウタはどう触れたものかと考えを巡らせる。
「……楽しそうですね」
「え?」
口を開いたのは、ライラックの方だった。
彼女の視線の先では、草に囲まれた庭園で、ルリがコローナに遊んで貰っている。コローナがルリで遊んでいる可能性も否めないが、そこはそれ。
華やぐような笑顔は、父の無事が分かればこそ。
「ウィンド・アースノートには静養が義務付けられています。とはいえ、死にはしないでしょう」
「はい。ありがとうございます、ライラック様」
「いえ。物のついでです」
城に仕える癒師が、ウィンドの手当に当たった。
身体を酷使しすぎたせいで、色々と身体にガタは来ているようだが、それでも命に別状はない。
それはきっと、プリムやフウタがあの場所に間に合ったことが大きい。
棒きれで木を突き、落ちてくる虫にぎゃーぎゃー言っているあの2人の笑顔を守れたことを、フウタは誇りに思っている。
ああ、本当に。いっぱい笑ってくれて、それだけでフウタは十分だった。
「――イズナとモチすけについては、どうなりましたか?」
「あの2人は城で拘束し、事情を聴いています。無罪放免というわけには行きません。然るべき処分をこちらの方で考えています」
「……そうですか」
5000万ガルドを目当てに王都で暴れに暴れた2人組。
建物の倒壊を含む多くの器物損壊に関しては庇い立てのしようがなく、雇い主たるエルフリードが殆どの責任を取るとしても、彼らの責任がなくなるわけではない。
「――まぁ、心配せずとも大丈夫ですよ」
「え?」
思わずライラックに目を向けるフウタ。
そんな彼に、呆れたような柔らかな笑顔で、彼女は言う。
「自分たちの支払う賠償金は、自分たちで稼いでもらいますから。闘剣士なのでしょう?」
「あ、ありがとうございます」
「どうして貴方に礼を言われるのかは分かりませんが」
「それは……なんでですかね」
「ふふっ」
王都コロッセオの産声は、もうすぐだ。
頂点と大波の激闘は決して表舞台に出るものではないけれど、きっとあの場に居た人間たちの心の中に残り続ける。
そして、大波の意志は、今ここに。フウタの鈍らに宿っている。
「……貴方の模倣が、魔導術に関連するものだったとは」
「俺も知らなかったことで……すみません」
「謝られるようなことではありませんよ。ただ、わたしは」
少し悩んで、ライラックは続けた。
「貴方のことを、あまり知らないのだと」
寒季本番が近づく空っ風が、2人の間を流れる。
冷たい風に靡くライラックのドレス。
髪飾りを押さえながら、視線はただ宙を睨んでいた。
「……俺のことですか?」
「模倣が魔導術に関連していることもそう。生まれ育った環境のこともそう。それに、"無職"が後天性であることも」
「――」
何故それを。
驚いたように目を丸くするフウタに、向き直ったライラックは正面から彼を見据えた。
「この城に居てくれればそれで良い。そう言ったのは、確かにわたしです。貴方とて、想い出したくないことが多いだろう。そう考えたのも事実です。――でも」
今回のこと。
バリアリーフ皇子との婚約についての騒動と、それに付随して起きたウィンド・アースノートへの暗殺指令。
ライラックにとってはいつも通り望んだ結果と言える。
フウタに話していないことまで含めれば、邪魔な"契約"を片づけたバリアリーフが、ライラックとの婚約以外の目的で来訪する分には大歓迎だ。
刀を抜けない闘剣士など、何の意味があろうか。
婚約も正式に破棄出来たことだ、文句はない。
ないけれど。
『ライラック様が幸せなら、それが一番です』
あの言葉に受けた言いようのない感情と。
部屋に入った時に目にした、あの温かな家族のような光景は、焼き付いて離れない鮮明な記憶。
あの時に芽生えた感情の名は何だろうか。
家族ごっこなどに興じている時間はないと、自分自身に言い聞かせて。
なのに煮詰まった想いは、淵にこびりついて離れない。
ぐ、と胸を握りしめるように、心から声を絞り出すように、ライラックは呟く。
「呼び名に限らず。……貴方が、遠い」
「……ライラック様?」
空っ風に阻まれて届かない言葉に唇を噛んだ。
届かないと分かっていて呟いた己が苛立たしい。
距離はいつだって――コローナの方が近いのだ。
『素直になれよ、ライラっちゃん』
去り際の置き土産は、見透かしたような台詞。
意趣返しとはなるほどよく言ったものだ。
醜い嫉妬だ。分かっている。
分かっているから、口に出せない。そんなのは、ライラック王女のすることではない。
いつだって、貴方が頼るのはわたしであるべきで。
人生を全て寄越すと言い放った彼の言葉に付け込むのは、人生で初めて得られつつある信頼という名の絆を断ち切る刃。
だから――と、その時だった。
そっと距離を詰めたフウタが、ライラックの肩に上着を掛けて。
「臭ったりしたら、すみません。でも、寒そうだったのと……」
少し言葉を選ぶように、彼は軽くフィラーを交えて。
「ライラック様の声が聞こえない場所に居るのは、と思いまして」
迷惑だったら、と眉を下げるフウタを見上げて、ライラックはすぐに顔を逸らした。
ああ、確かに寒かった。ドレス1つでくるべき場所ではなかったと、掛けられた上着をぎゅっと、巻きつけるくらいの力で身に纏う。
「ありがとう、ございます」
「いえ、俺も少し躊躇ってしまって」
――暖かかった。
「……」
「……どうかしました?」
「いえ」
何故、目を逸らす必要があるのか。
困惑するフウタをよそに、ライラックは掛けられた上着を見つめる。
ただ、上着を掛けてくれただけだ。
フウタからしたら余計に、ただそれだけのことだろう。
けれど。
寒そうな姿のライラックに、上着を掛ける人間は、この世に2人と居ない。
それを自覚しているからこそ、余計に想いが募ってしまう。
目を閉じる。
「上着を、掛けてくれるんですね」
「え? はい。掛けました?」
「ええ」
何故だろうか。たったそれだけのことで、気持ちが緩むのは。
――単純な話だった。
信頼され、頼られ、強くあるべき自分。
そう思っているのは、どうやら自分だけだと。
フウタは、目の前で寒そうなライラックが居たら、自分に出来ることをするのだと。酷く、当たり前の話でしかないのに。
ただ、女の子に上着を掛けただけ。それだけのことが、ライラックの心を溶かす。
「フウタ」
「はい」
「わたしに婚約者が出来たことを、喜びこそすれ寂しいと。もう少し近くで幸せになって欲しいと言いましたね」
「あ、はい。思い返すと滅茶苦茶不敬で恥ずかしいですが」
――でも、本心です。
そう告げた。
「です、か」
「――ウィンドさんから、色々聞きました。アザレア第一皇女の婚姻について。きっと、ウィンドさんはアザレアさんを、凄く大事に思っていた。それこそ、俺がライラック様を想うくらい。だから」
程近くで、紡がれる言葉にライラックは顔を上げた。
見上げれば目の前。近しい距離で、ライラックはフウタの言葉を待つ。
「俺はライラック様に、幸せになってほしい。……もしも、俺に出来ることがあるのなら、出来る限りのことをして、俺が貴女を幸せにしたい」
「……っ」
潤んだ瞳が、上目遣いにフウタを見上げた。
「わたしが貴方を幸せにするのではなく、貴方が、わたしを?」
「だって、もういっぱい色んなことをして貰ってるじゃないですか。俺ばっかり。なら、ライラック様が俺にやれって言ったこと以外でも、出来ることをライラック様にしてあげたい」
「……たとえばそれが、わたしらしくない申し出であったとしても?」
「俺、言ったじゃないですか」
何を、と思うより先に出てくる言葉は、随分前のこと。
あの夜の誓い。
「俺だけは、何があっても貴女の味方で居ますって」
「……よく、一言一句覚えていますね」
「そう言って貰えるってことは、ライラック様も覚えてるってことじゃないですか」
「……それは、揚げ足取りというものです」
「ええ……?」
そんなぁ、と困り顔のフウタに、ライラックは一度小さく微笑んで。
逡巡するように伏せた蒼の瞳で、フウタを映す。
「幻滅しませんか?」
「しません」
「絶対しませんか?」
「しません」
「"契約"を……」
「そこまでします!? 構いませんけど!」
「……いえ、"契約"はしません」
フウタとの間に、もう"契約"は持ち出さない。
それは、彼の信頼を試すと決めた時から自分で誓ったこと。
信頼を試す。そのつもりだった。
裏切ればそれまで。そのつもりだった。
なのに。どうしてこんなに、試すことそのものが怖いのか。
「――フウタ」
「はい」
その小さな口を開きかけて。躊躇って。閉じかけて。
「わたしの隣に居てください」
「……それは」
あの夜も全く同じことを言われたと、フウタは記憶を呼び起こす。
先のやり取りで、ライラックとて憶えているであろうことは分かっているのだ。
なら、この言葉の意図はいったい。
「……」
答えは、思いのほかすぐに出た。
寄せられた身体。肩に傾け預けられる、彼女の頭。
「……ライラック様?」
「一番近くに居てください」
「……」
ライラック王女殿下の、初めて耳にする恥ずかしそうでか細い声色。
驚いたフウタが彼女の目を見れば、潤んだ瞳と一緒に朱に染まった頬。
蒼の瞳にいつも浮かぶ計算と自信はどこへ消えたのか、怯えさえ垣間見えるそれはただの少女の顔だった。
けれど、フウタの答えは1つだ。
寄せられた身体に腕を回して、抱き寄せる。
「はい」
そのシンプルな答えこそ、最も強く求めていたものだと分かってか否か。
ふ、と彼女の緊張が緩むと共に、寄り添う身体の熱が伝わる。
遠くで、楽し気に遊ぶルリとコローナ。
2人を見つめて、ライラックは呟く。
「……近くで幸せになって欲しいと言いましたね」
羨ましかった。
そう素直に言えなかった。
けれど。
「わたし、今がこの上無く幸せです」
それだけは、ああ。初めて。
"素直"に口に出来た、本当の気持ちだった。
「たとえば俺が、訪れる八つの剣を出迎えたとして。」
おしまい。
ここまでの御読了、まことにありがとうございました。
順調に進むコロッセオ建設――までの、繋ぎのお話。そして、一章とは反対に、王女から無職に一歩距離を詰めた話。一歩詰めるのに一章使うのかお前……。
新登場キャラにフォーカスした物語は、だいたいが今後の伏線といった感じでしょうか。
感想数も1000件を超え、レビューも多くいただける幸せな作品になりつつある今作ですが、もちろんまだまだ続きます。
例によって次の章のプロットは全く作っておりませんので、王城散歩を投下しつつ内容を練らせていただければと思います。
とはいえ第三章はこれにて閉幕。いかがだったでしょうか。
ご感想、レビュー、評価などなど、執筆の励みになるものをいただければ大変うれしく思います。
ゆーてもオレ、英雄ですから。
2020/03/10 藍藤唯
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