01 フウタ は むしょく に ジョブチェンジ した!
お久しぶりです。
全31話、つらつらと投稿してまいります。
――コロッセオ。
円柱をくりぬいたような鉄の牙城。
しかして人々の目が向くのは、外ではなく内。
広大なフィールドに舞うは熱砂。火花を散らすは鉄と鉄。
歓声は都度響き渡り、蒼天に突き抜けるが如く弾けてゆく。
闘う剣士は1on1。
誰しもが獰猛に牙を剥きだし、目の前の剣士を倒さんと銀の刃を閃かせる。
蝶のように舞い、蜂のように刺すレイピア使い。
重剣を振り回し、相手諸共大地を割らんとする大男。
異国情緒漂う反り返った刃を片手に、流麗に立ち回る武人。
皆一様に華があった。
この地に集った者であれば、大地に立つ者も大地を見下ろす者も、同じく戦いに熱狂した。
観客は口々に、誰が強いかを語り合った。
誰が一番優れているかと激論を交わした。
だが、彼らの言葉の中には暗黙の了解があった。
ただし、一人を除く、と。
「――勝者、チャンピオン・フウタ!!」
本日最後のプログラム。
もちろんそれはトーナメントを勝ち抜いた挑戦者と、王座を防衛するチャンピオンの戦い。
だが、およそ最終決戦には似つかわしくないほど目立つ空席と、漏れ出るような落胆の溜め息は、本来あるべきチャンピオン防衛戦の決着とはかけ離れた光景だった。
昨日にあった、チャンピオンに挑む挑戦者を決める戦いの方が圧倒的に盛り上がった。観客たちは"事実上の決勝戦"と揶揄しながらも、闘剣士たちの紡ぐ戦いに没頭した。
円柱型のコロッセオを起点にした砲撃音のように歓声は巻き起こり、勝者を賞賛し敗者をねぎらった。
今日は違う。
どうせこうなると思った、とでも言うような呆れ交じりの音は、歓声とは呼び難い雑音だ。
フィールド中央に立つのは、一人の青年。
いつものようにフィールドへと投げ込まれるゴミを眺めながら、それでも尚諦めのつかないような表情で俯く。
慣れきった光景だった。
『お前は闘剣士ではない』『個性のないパクり野郎』『挑戦者を虚仮にする戦い』エトセトラ、エトセトラ。
手を振る気力もなく、まるで敗者のように彼はフィールドを去っていく。
「おい!!」
聞き知った声が響いた。いつも、自分に挑戦してくる"永遠の第二位"。或いは、"事実上のチャンピオン"などともいわれる、一番人気の闘剣士。
振り返れば、彼は血を吐くようにただ一言、こう言った。
「次は、絶対に勝つ!!!」
その言葉に返事をしないのは失礼だ。
だが、もう、何と言えばいいのだ。
――先週も、先々週も、そのまた前の週も、聞いた台詞だというのに。
鍛錬を積んだ。
デビュー当初は、これでもそこそこ期待された。
鍛錬を積んだ。
相手と同じ武器を使って勝つことが、批判され始めた。
鍛錬を積んだ。
同じ武器ではなく、そもそも戦闘スタイルを模倣していると知ったコロッセオの常連たちが、フウタを叩き始めた。
鍛錬を積んだ。
対戦相手を愚弄する行為だと、指を差して罵られるようになった。
鍛錬を積んだ。
最高位の闘剣士たちに交じっても、同じことの繰り返しだ。彼らのファンが、フウタのアンチになった。
鍛錬を積んだ。
誰もフウタに勝てなくなった。観客が苛立ちをぶつけるようになった。
鍛錬を積んだ。
彼の戦いは、次第に見られなくなっていった。
そして最後に吐き捨てられた。
『"無職"の癖に』
と。
フウタは、"無職"だった。
この世界では、ありとあらゆる人間に"職業"という力が宿っている。
皆が皆、生まれ持つ"職業"によって得意なこと苦手なことがあり、天職を捜し適材適所生きていくのだ。
しかし稀に、"職業"を持たない者――即ち無職が存在する。
どんなことをやらせても、並以下とされる者たち。
発生条件は解明されていない。
だが、覆しようの無いレッテルだった。
フウタは、それを覆したかった。
『無職だから』
と弾かれ、省かれ、社会の隅に追いやられて静かに果てる。
そんな同じ"無職"をフウタは何度も見てきた。
だからこそ、努力によって出来ることがあるのだと証明したかった。
フウタは、自分の才に気が付いたのだ。
どんな人の動きでも真似られるという才能に。
しかし奇抜な発想や豊富な話術があるわけではないから、道化師にはなれない。
大道芸で稼ぐには、人としての魅力が物足りない。
所詮は無職。しかしフウタは諦めなかった。
戦いも真似られた。
だが傭兵となると、"職業"による適正試験を突破出来なかった。
魔術師としても、騎士としても、立ちはだかる試験が邪魔をした。
だから、登録だけなら誰でも出来る闘剣士は、打ってつけだと思った。
舞台が用意されていて、闘えば勝つ自信があった。
現実は違った。
本職の"闘剣士"には華があった。
フウタには、無かった。
個性のないパクり野郎が、神聖な戦いの場で調子づいている。
そう唾を吐かれるのが、せいぜいだった。
鍛錬を積んだ。
鍛錬を積んだ。
鍛錬を積んだ。
フウタは強かった。負けることはなかった。
だがそれだけだ。どれだけ戦っても人気は着いて来ない。
人気がなければ、闘剣士たる資格はない。
強ければ良いわけではなかった。
「フウタ選手」
いつも控室で、答えの出ない問いに頭を抱えていた。
助けを求める友も居なければ、生真面目さゆえに逃げることも出来なかった。
そんな折だ。声がかかったのは。
金に光る入れ歯を見せびらかすように笑みを浮かべ、男はフウタの隣に腰かける。そして、なれなれしく肩を組んだ。
「分かってるでしょう。どんなに強くても、人気は着いて来ないと」
力なくフウタは頷く。
「貴方がどれだけ考えても、良いアイディアは出ませんよ。アイディアを出せるような"職業"じゃないんですから。こういうのは、私のような"経営者"に任せれば良いんです」
無職を小馬鹿にされていることに気付けないほど、フウタは疲弊していた。
「強いばかりで華が無い。よく言われているはずだ」
頷く気力も出ないほど、言われ続けた言葉だった。
「――だからね。貴方に華が無いなら、試合に華を持たせましょうよ」
だからその甘言が――"職業"による話術の力だとすら気づけず。
まさしく天啓を受けたように、彼の方を見てしまった。
そしてその日。
チャンピオン・フウタの在位記録に終止符が打たれた。
同日――彼はコロッセオから追放された。