第78話 神族の選択……決戦の地モスクワへ!
7月19日・11:30
全速力で装甲車を飛ばし、ワルシャワ空港に到着したチーム・バンドーと特殊部隊隊員のガンボア。
だが、時既に遅し。
ハバロフスクでフェリックスの救援活動部隊と、軍のベレヅスキ小隊との間で戦闘が勃発し、合わせて20名を超える死傷者が出てしまっていた。
「ようやく全員揃ったな! 残念だが、もう我々に争いを止める力はなくなってしまったよ。まずはモスクワの軍事会館に囚われた、レブロフ司令官達の救出が最優先事項だ。次にジルコフ一派の逮捕拘束、そしてフェリックスの悪行を法律から裁いてみせる!」
同志を熱く鼓舞する、特殊部隊のロドリゲス隊長。
一同はウラジオストクとハバロフスクの救援活動を行う陸路組と、レブロフ司令官達の救出にモスクワへと向かう空路組に分かれた。
また、非常事態に於ける警察の要請も通り、モスクワ行き民間航空機の臨時チャーターが実現している。
「体調の優れない者も多いだろう、飛行機の中でしっかり睡眠を取っておくんだな!」
バンドーら賞金稼ぎをはじめ、現場担当の警官や軍人など、武器や魔法を持つ者は空路組。
飛行機嫌いで有名なハインツも、流石にこの時ばかりは搭乗を躊躇しなかった。
「現地の救援隊からの報告によると、先に発砲したのは軍だったらしい。全く……とんでもない事をしてくれたよ……!」
機内ではチーム・バンドーの隣に腰を掛けていたロドリゲス隊長は、頭を抱えてうずくまる。
フェリックスの悪事を法廷勝負に持ち込む事で、ジルコフ大佐の強硬策を少しでも先送りしながら思いとどまらせるつもりだったが、これでは逆にフェリックスが世間の支持を集めてしまうだろう。
「……ロドリゲスさん、私達の任務は軍事会館の人質の救出だと聞きました。でも、銃を持っている人が何百人もいる中で、賞金稼ぎが何かの役に立てるのでしょうか……?」
ロドリゲス隊長の義理の息子であるシルバを間に挟んでいる安心感からか、リンは物怖じする事なく賞金稼ぎ達を代弁してリーダーに質問を投げかけた。
「軍の規律として、想定外の個人攻撃を可能とする魔道士を兵士として雇う事は出来なくなった。その為、彼等は魔法に関する知識と経験が足りないんだ。これは武力に頼るテロリストにも言える事だな。だから、魔道士が後方から魔法を発動させる事により、武器の性能差は無意味になる。ベレヅスキ小隊がフェリックスを前に敗走したという話も、恐らく魔道士の力によるものだろう」
これまでの戦いに於いて、バンドーら賞金稼ぎ達は拳銃やライフルを扱う悪党相手にも勝利を収めてきた。
その勝利にリンやバーバラ、ハッサンら魔道士の力は不可欠だったが、マシンガンや戦車相手にも戦えるというデータは、楽観を通り越した戦慄をリンに植え付ける。
生命の危険を感じた時、自分の魔力の限界を超えて想像以上の被害を生んでしまう懸念だ。
「ジェシーさん、心配は要りませんよ。警官も軍人も皆プロフェッショナルです。自分達賞金稼ぎは相手の武器を吹き飛ばして、剣や格闘技でも勝負出来る環境を作れば、きっと上手く行きますから」
リンの心境を察知して、すかさずフォローを入れるシルバ。
だが、これまでの話を聞いていたバンドーの頭には、とある疑問が浮かんでいる。
「ちょっと待ってよ。軍事会館なんて言うには、やっぱりセキュリティも頑丈なんでしょ? 入口や窓から外気を取り入れないと、いくらリン達でも敵の武器を吹き飛ばせるだけの風魔法は使えないと思う。会館の窓って、外から開けたりする事出来るの?」
バンドーの言葉に静まり返る機内。
銃器で入口をこじ開ける事は出来ても、ジルコフ一派が2階や3階にいた場合、当然風魔法の侵入スピードは遅くなるのだ。
「……緊急事態に備えて、外からすべてのシャッターやハッチ、非常口を開けるスイッチが会館にある。だが、人間が手動で簡単に押せる位置ではないし、見張り役の邪魔も入ると想定出来るだろう。遠距離からの射撃でスイッチを破壊出来る男と、マズールが今交渉している最中だよ」
「まさか……ノルドベイト!?」
ロドリゲス隊長の秘策は、まだ不確定要素。
シルバが口にしたノルウェー出身のレンジャー隊員、ノルドベイトは超一流のスナイパーだが、何処の派閥にも入らない一匹狼として有名である。
「彼が我々に味方してくれるかどうかは分からん。しかし、もし会館唯一の犠牲者が憶測通りリトマネン参謀であれば、同じ北欧人としてジルコフ一派にいい感情は持たないはずだ。彼が駄目ならケン、お前に任せたぞ!」
「はい!」
ノルドベイトには敵わなかったものの、シルバの射撃スキルも軍隊トップレベル。
義父とはいえ、かつての上官からの要請を即座に快諾する姿は元軍人ならではと言えるだろう。
しかしながら、そのジェスチャーに敬礼が含まれていなかった現実は、彼がリンとともに一般人として未来を生きる決意を示していた。
「……チェンを撃ったアイツを認めたくはねえんだが、軍人として有能なのは間違いない。ジルコフ大佐の横暴を許せば、いずれ自分の首を締める事くらいアイツも分かるだろうよ」
苦虫を噛み潰した様な表情で、渋々言葉を絞り出す特殊部隊隊員グルエソ。
レンジャー隊員時代の彼の親友チェンは宗教団体に洗脳され、ヨーロッパ会議中にクーデターを試みた後にノルドベイトの銃弾に倒れている。
とは言うものの、軍の規律と要人の安全を第一に考えたノルドベイトの判断は的確なものであり、それがきっかけで軍を離れたグルエソにもより良い職場が与えられたのだ。
「幸い、今回の事件はノルドベイトが休暇中に起こっている。つまり、彼はモスクワやサンクトペテルブルクの警備には駆り出されていないんだ。敵に回すと厄介な人間だったからひと安心だよ」
ノルドベイトがモスクワで休暇を過ごしていた事は、ロドリゲス隊長が既に確認済み。
協力の意思があるならば、恐らく空港に来てくれるだろう。
7月19日・13:30
『ご搭乗の皆様、ご搭乗の皆様、只今臨時ニュースが伝えられました。フェリックス社がハバロフスクでの戦闘を動画に残しており、その動画に音声を被せたものがマスコミに送られた模様です。モニターとヘッドホンの準備を宜しくお願い致します』
「……何だと!?」
突然の機内アナウンスに驚きを隠さないロドリゲス隊長と、その内容に身構える一同。
フェリックスは会社本体のみならず、ナシャーラが教祖を務める宗教団体『POB』に於いても巧みにメディアを利用している。
従って今回の戦闘も、自身に不利な部分の映像を編集してプロパガンダに仕立て上げ、世間を味方につけようとする動きは容易に想像出来た。
【……皆様、まずは動画の状況を説明致します。私達は着陸前に軍から脅迫を受けました。救援物資を空から落とし、そのまま着陸する事なくハバロフスクから徹底する様に言われたのです】
フェリックス社の顔役として、今やロシアでも着実に信者を増やしつつあるナシャーラの声が聞こえてくる。
【……しかしながら、私達にも計画というものがございます。人の手なしには扱えないもの、強い衝撃に耐えられない物資もあるのです。軍と交渉し、係の者数名を着陸させる運びとなりました】
彼女の声は、フェリックスの落下傘部隊を背後から撮影した動画の状況説明役。
つまり、この動画が一旦ウラジオストクに送信されて編集された事の証明となるが、真偽を問わず情報不足のマスコミが飛びつくネタである事に変わりはない。
パアアァァン……
フェリックスの落下傘部隊からひとりの男が転げ落ちてから数秒後、軍からの発砲があった事は事実である。
だが、動画に釘付けになっている警官や賞金稼ぎ達とは裏腹に、軍人や特殊部隊の人間は冷静にフェリックスの装備を分析していた。
「ロドリゲス隊長、あの上半身の厚みは防弾チョッキですね。コーエンも同じシルエットでしたが、恐らく自社開発の高性能なものです。はじめから撃ち合いを意識していたと思われますね」
「転落した男の腰の部分の解像度が若干高くなっています。恐らくカメラの自動補正が入ったと思われますが、何らかの武器が落ち、それが軍の目にとまったのでしょう」
ガンボアとキムは瞬時に的確な分析を見せ、軍の発砲が必ずしも無差別なものではないという結論を打ち出す。
「おい、皆見てくれよ! 兵士が戦車の大砲に引き寄せられていく! こんなの魔法じゃないと出来ないよ!?」
バンドーが思わず声を張り上げた問題のシーンは、デミル曹長が大砲の発火口に貼り付けられた瞬間。
リン、バーバラ、そしてハッサンも優れた魔道士である事は確かだが、ひとりの魔力でこれ程の離れ業を成し遂げる事はまず不可能であり、唯一その可能性を有するナシャーラはこの時、ハバロフスクにはいない。
「……動画には写っていませんが、風向きを分担した複数の魔道士による共同作業だと思います! フェリックスの専属に応募した魔道士の中にも、かなりの実力者がいるとみていいでしょう! まさか……!?」
魔法学校の教官を務めていたバーバラは、この離れ業が風魔法の複合体であると見抜く。
その一方で、かつて将来を嘱望されながら、違法薬物に関わった為に魔法学校を追われた生徒がいた事を思い出していた。
ドオオォォン……
デミル曹長を発火口に貼り付けたまま、発射される戦車の大砲。
一同は動画を正視出来ず一瞬視線をそらしたものの、その爆音と歪な光によって大砲が暴発した現実を認識する。
【おお、何という愚行でしょう!? 軍は味方兵士が大砲の側で身動きが取れなくなっていたにもかかわらず、強引に大砲を発射し、その結果暴発という悲劇を生んだのです! 平和を守るはずの統一世界軍が、人命軽視も甚だしい!】
「ケッ、下手な演技しやがって!」
旧アメリカ合衆国の富裕層の末裔であり、かつてバルセロナで一戦を交えてナシャーラの素性を知る、剣士ハドソン。
動画から響く芝居がかったナレーションは、彼の目には白々しく映るだけ。
「だが、お前も認める美貌だからな。軍が非道な行いをした事実は変わらんだろうし、また信者が増えちまうな」
ハドソンの意外な熟女趣味を知る相棒のパクは半分冗談混じりに、それでいて正直な懸念を口にした。
「……人間の身体が貼り付いたくらいじゃ、戦車の大砲は暴発なんかしねえだろ。これは火炎魔法だぜ……」
チーム・カムイの魔道士ハッサンは、動画の惨劇から目を逸らさず、冷静に分析を行っていた。
その言葉には、シルバをはじめとする軍隊経験者も深く頷いている。
「ベレヅスキ小隊の生存者は敗走したらしい。奴等は恐らく処分から逃れる為に、ジルコフ大佐の元には戻らないだろう。証人を押さえれば、フェリックスが一方的な被害者ではない事も、いずれは証明されるはずだ。この動画は、強大な魔法は軍にも通用するという確信と、軍が未だに魔法に対する理解が足りない事を証明した。だが、我々の目的はあくまで人質の救出、軍の壊滅ではない事を忘れるな!」
「おう!」
ロドリゲス隊長の最終決定とも取れる発言に、みなぎる気合いで応える一同。
そんな中、ハインツだけは飛行嫌いをやり過ごす為の爆睡から覚める事なく、着実にコンディションを回復させていた。
7月19日・13:30
同じ頃、テレビニュースで軍の失態を報じられたジルコフ大佐は、身を焦がす様な怒りと苛立ちを隠さない。
マスコミが軍部の検閲を拒否し、フェリックス側から提供された動画をそのまま公共の電波に乗せたからである。
「奴等は武器を隠し持っていたのだ! 救援物資で懐柔するフリをして、実力行使で被災地を支配しに来たのだ!」
激しいジェスチャーとともに、感情を爆発させるジルコフ大佐。
しかしながら、彼は人質がリトマネン参謀の遺体を盾に反乱する事を恐れた為、事故死として処理した亡骸を病院に押し付けている。
軍の要職であるリトマネン参謀が謎の死を遂げたにもかかわらず、クーデターの原因や過程に口をつぐんだままのジルコフ大佐を信用しろという事が、そもそも無理な相談なのだ。
「……奴等は今、ウラジオストクに集結している。これはつまり、フェリックスを壊滅に追い込む最大のチャンスかも知れん……」
ハバロフスクでのまさかの敗北が彼を追い込んだのか、思わず口に出た不穏な言葉に周囲はざわつき始めている。
「ハバロフスクの偵察機をウラジオストクに向かわせろ! 装備している2発のミサイルで奴等の貨物ヘリを破壊するんだ!」
更なる強硬策に打って出るジルコフ大佐。
この決断には、彼に忠実な部下達も慌てて声を上げざるを得なかった。
「……ジ、ジルコフ大佐! ウラジオストクには奴等だけではなく、民間の救援隊や被災者が多数残されています! ハバロフスクでは一般人を戦闘に巻き込まずに済みましたが、ウラジオストクでのミサイル発射は、地盤崩壊や水害の面でも危険過ぎます!」
「……ん? ヒョードル少佐、君らしくもないな。我々の結束の根底にあるのは、統一世界の中枢であるロシアを旧アメリカ、ユダヤ系のエコノミック・アニマルから守る事ではないか。それならばモスクワやサンクトペテルブルクに奴等の魔の手が及ぶ前に、多少の犠牲はやむを得んだろう? 我々の選択が正しい事は、いずれ歴史が証明してくれる!」
覚悟を決めたジルコフ大佐の表情に、先程までの怒りや苛立ちは綺麗さっぱり消え去っている。
彼との運命共同体を選んだ部下達に、もはや拒否権は存在しない。
「ハバロフスク偵察機のジャブニン少尉、至急ウラジオストクヘ向かい、フェリックスの貨物ヘリ2機を空爆せよ! 君の身分は保証する。結果にかかわらず、空爆後は速やかにサンクトペテルブルク基地へと帰還するのだ。長期休暇を用意しておこう、君が撃ちたかったミサイルが撃てるぞ!」
『……ジルコフ大佐、よろしいのですか!? 了解です! ヒャッハー! 最高だぜ!』
それまでの忠実な部下ぶりから一転、隠していた凶暴性を露にするジャブニン少尉。
軍の劣勢に備え、ジルコフ大佐は最低限の空爆体制を準備していたのだ。
警察や賞金稼ぎの邪魔が入る事なく、強大な魔法も大空を高速飛行する戦闘機までは届かない。
空軍の訓練を受けたパイロットが、動かない大きな目標にミサイルを当てられない可能性も殆どないだろう。
「これで最期だ、フェリックス! お前達がいかに金の力を使おうとも、本当の戦争の前では無力である事を知るがいい!」
7月19日・14:00
「神官ヤロリーム様、いました! 宗教団体の信者達でしょうか? フェリックス一族を盛り上げて、すっかり一大勢力に仕立て上げましたね……」
ウラジオストクの空から救援活動の現場を見おろす、一見普通の人間の姿をした一団。
だが、彼等の身体は空中に浮かび上がり、人間の視力では捉えられない程の高さに固定されていた。
「あれがフェリックスの役員達だな。我々は人間の営みに干渉する事を良しとしないが、あの女性からは人並み外れた魔力を感じるし、彼等が人工的に震災を起こした事が事実ならば、何らかの形で手を下さなければならないかも知れぬ……」
彼等の正体は、神族。
彼等は大自然の守護者としてこの地球の崩壊を防ぎ、しかしながら、人間の行いを規制する事はしない。
現在の彼等は、54年前の大災害で被害の拡大を抑えきれなかった経験を元に、人間達の知らない所で自然環境のケアを進めていたのである。
「フクコちゃんの報告、そして人間との交流による情報が着実に効果を上げています。今の所、最近の連鎖的地震による被害は抑えられているわ。最大の犠牲者はここ、ウラジオストクの住民達ね……」
チーム・バンドーのお目付け役の1級女神、フクちゃんの隣で神妙な表情を浮かべる女神。
彼女の名はネオ。
15神族中の第8番目に当たり、神族の末娘的なフクちゃんを支える役割を担っていた。
「光栄です、ネオ様。しかしながら、先程ハバロフスクで起きた戦闘により、クーデターを起こした一部の軍人達も後戻りが出来なくなっていると想定出来ます。もし、このウラジオストクが更なる惨劇の場となってしまうならば、私達は今回のみ、人間の行いに干渉すべきではないでしょうか……?」
人間にはない「第6感」を持つ神族は、ジルコフ大佐がこの地に差し向けた最終兵器、戦闘機の存在を察知出来る。
ジルコフ大佐の目的が、空爆によるフェリックス役員の殲滅である事は明らか。
フクちゃん達神族にとって、自然環境の破壊を厭わないフェリックスは制裁の対象となり得るが、空爆は罪のない被災者や救援隊の生命までも奪ってしまう。
「うむ、我々の力を合わせれば、シールドで空爆を防ぐ事は出来るだろう。だがフクコ君、フェリックスの人間を救う事は、やがて自然環境の破滅に繋がってしまう危険性もあると思わないか?」
現在神族のトップに位置し、ただひとり「神官」の称号を得ているヤロリーム。
1000年もの間この世界を見守ってきた彼の目には、人間は神族からの恩赦も忘れ、欲望へとひた走る愚かな生き物としか映らなかった。
「……そうかも知れません。ですが神官ヤロリーム様、現時点でより危険なのは武力を先制行使する軍隊の方でしょう。フェリックスは、私が信じた人間達がこれから追い詰める事になりますよ」
物怖じする事なく持論を展開するフクちゃんの目には、これまでの経験で確信した、人間のポテンシャルへの信頼がみなぎる。
新米1級女神の確かな成長を目の当たりにしたヤロリームは、ポケットから緑色のお菓子の様なものを取り出し、さり気なく口に含む。
「……分かったフクコ君、今回は君と人間を信じてみよう。何しろ、君以上に人間と交流を深めた神族は未だかつて存在しない。この『きなこねじり』とか言うものも、君が持って来るまでは誰も味わった事がなかったのだ。神族とは言え、新しい歩みを止めるべきではなかろう」
「神官ヤロリーム様、ありがとうございます! 私はフェリックスの第2御曹司、メナハムと面識があります。今から空爆の危険性を伝え、ロシアからの撤退と自らの罪の告白を訴えに行きますよ!」
1級女神として、真の合格通知を受け取った。
フクちゃんはそう理解し、晴れやかな笑顔の下に隠した覚悟とともに、単身フェリックスの救援活動現場を訪れた。
「……!? ちょっと待て、あの小娘は……!?」
救援活動の傍ら、ハバロフスクの激戦を乗り越えた剣士アッガーと束の間の剣術談義に花を咲かせていた、フェリックス第2御曹司のメナハム・フェリックス。
彼はこちらに近づいてくるひとりの少女が、かつてチーム・バンドーの一員として自身と顔を合わせていた事を思い出す。
「おい待て! お前バンドーの妹だな? 何故ひとりなんだ、奴等もここに来ているのか!?」
民間航空機すら着陸出来ないウラジオストクのインフラ状況の下、自分達の居場所が短時間で把握出来るはずがない。
メナハムは慌ててフクちゃんに駆け寄り、警察や賞金稼ぎの動向を引き出そうと血相を変えた。
「わざわざ探すまでもありませんでしたね、メナハムさん。覚えていてくれて光栄です」
「とぼけるな! 被災者になりすまして俺達の粗探しをするつもりだったんだろう! バンドー達は何処にいる!?」
涼しい顔をしてメナハムの追及をかわすフクちゃん。
いくら彼が態度を荒げようが、彼女がひとりでここに来ている事に間違いはないのだから。
「私はひとりで来ています。そして、私はバンドーさんの妹ではありません。……もっと言うならば、私は人間ですらないのです」
メナハムがひとりの少女に感情的になる理由が分からず、アッガーは呆然とふたりを眺めるだけ。
本題をはぐらかされ、フクちゃんの言う事が理解出来ないメナハムの苛立ちは、早くも頂点に達していた。
「人間じゃないだと!? ふざけやがって……小娘だからと言って大人しくすると思うなよ!」
「メナハム、おやめなさい!」
その手を剣にかけようとしたメナハムを制止したのは、数多の信者を引き連れたナシャーラ。
「……はじめまして、お嬢さん。確かに貴女からは、人間とは思えない魔力を感じますね。よろしければ貴女の正体、そして目的を教えていただけますか?」
フクちゃんとナシャーラが、面と向かって話すのはこの時が初めて。
だが、初めて自身と対等以上の魔力を持つ者と出会えた喜びなのか、ナシャーラの顔に怒りや焦りは感じられない。
「はじめまして、ナシャーラさん。私はこの世界で自然の守護者を務める15神族のひとり、フクコです」
傍目には10代の少女にしか見えない、フクちゃんからの唐突な「神宣言」に、信者やアッガーは一堂に笑い転げ、メナハムは怒りを通り越して呆れている。
しかし、ナシャーラにだけはフクちゃんの言葉が説得力を持って届いていた。
「貴女が神……? まあ、信じてもよろしいでしょう。ですが、神様がわざわざ私達のもとに降臨して下さったからには、余程の急用があるのでしょう? お聞かせ願えますか?」
予想以上にナシャーラの物分りが良く、むしろ警戒感を高めたフクちゃんだったが、戦闘機の襲撃までもう時間がない。
余計な説明を省き、彼女は本題を叩きつける。
「軍の戦闘機が、こちらに向かっています。少なくとも2発のミサイルを装備していますので、貨物ヘリと皆さん、そして被災者や救援隊の生命が危険に晒されているのです。急いで皆を避難させ、フェリックスのロシア撤退を推奨します」
「……何だと!?」
思わず叫び声を上げたメナハムを筆頭に、辺りは一気に不安とざわめきに支配されてしまう。
人類最強の魔道士ナシャーラにも、遠く離れた戦闘機の気配までは察知出来なかった様だ。
だが次の瞬間、フクちゃんの顔色に突然の変化が訪れる。
「……!? 予定が早まりました! もう少し猶予があると思いましたが、間に合わない様です! ですがご安心下さい、皆さんの安全は私達神族が保証しましょう。その代わり、ここの救援活動が一段落した時はロシアから速やかに撤退して貰い、あなた方フェリックスの犯した罪に関して、正直に法の裁きを受けていただきますよ」
「……お待ちなさい! 一体貴女は……!?」
ナシャーラの制止を振り切り、大空を見上げるフクちゃん。
彼女は首の後ろにある物質から光線を宙に放ち、それを合図に集合した神族が強力なシールドの準備を始めた。
「こ、これは……何という魔力!? この世界に、まだ私の知らないこれ程の力があったなんて!」
驚愕するナシャーラを尻目に、神族最大規模のシールドは真っ赤に変色し、大きく膨張。
そして、その赤いカーテンは瞬く間にフェリックスの貨物ヘリ2機、更には周囲の救援活動現場を丸ごと覆い尽くす。
「……何だこれは!? 俺達は夢でも見ているのか!?」
メナハムにアッガー、加えてヘリに待機していたヨーラムやデビッド達も、時空が歪む様な異様な光景を目の当たりにして、ただただ茫然自失する以外の術を失っていた。
キイイィィン……
空を割り、甲高い飛行音とともに現れる軍の戦闘機。
過激な武闘派であるジャブニン少尉の目には、既に現場で火災発生と見間違う程の、赤々とした光景が広がっている。
「ジルコフ大佐、見つけました! 何やら火災も発生している模様です! こいつは楽勝ですよ!」
『そいつは都合がいい、火災でミサイルの残骸も判別が難しくなるだろう。ジャブニン少尉、ミサイルを必ず直撃させろとは言わん。とにかく奴等の都市部進攻を断念させるレベルのダメージを与えるんだ!』
警察や賞金稼ぎが嗅ぎつける前に、フェリックスに大きなダメージを与えられる。
偶然にも証拠隠滅に好都合なシチュエーションまでが揃った事で、ジルコフ大佐の声色は弾んでいた。
「了解しました! ダアアァァッ!」
勝負は一瞬。
無駄な飛行を繰り返せば、また軍にとって不利な動画を撮影されてしまうだろう。
ジャブニン少尉は冷静に高度を下げ、ミサイルを1発ずつ2機の貨物ヘリに直撃させるタイミングを見計らい、操縦桿のトリガーを引き抜いた。
「わあぁ! ミサイルが降ってくる!」
つい今しがた出会った神族のシールドなど、信じろと言う方が無理な話。
信者達は喚き散らしながら右往左往し、2発のミサイルが人々の運命を弄ぶこの時ばかりは、流石のナシャーラも死を覚悟していた様に感じられる。
「……ん!? 俺は死んだのか? それとも生きているのか?」
ミサイル着弾の瞬間、辺り一面に火花と黒煙が立ち昇りはするものの、想像していた程の爆音は聞こえてこない。
真っ赤なシールドの中で不自由ない言動を確認出来たメナハムは、この時初めてフクちゃんが人間ではない事を理解した。
「ジルコフ大佐、作戦成功です! 黒煙で周囲はまだ不鮮明ですが、火災はその勢いを増している様です! 下手な動画を撮影されぬよう、至急帰還します、ヒーハー!」
『でかしたぞジャブニン少尉! これで邪魔者はロドリゲス達だけ、君はロシアの英雄となるのだ!』
フェリックス社をロシアから排除したと思い込み、力強くガッツポーズを見せるジルコフ大佐。
だが、被災者や救援隊の生命を顧みない非情な行動は、彼を支える部下や支持者の心も激しく揺さぶっている。
「……俺達生きてるぞ! やった!」
神族のシールドが解除され、あれ程の火花と黒煙が空へと消え去る現実に歓喜の声を上げる信者達。
九死に一生を得たナシャーラ達フェリックス役員も、普段は信者の前では見せない脱力感を隠せずにいた。
「……信じていただけましたか? これが本当の『神の御加護』というものでしょうね」
フクちゃんは特に恩を着せる素振りもなく、淡々と言葉を紡ぐ。
やがて彼女の周りにゆっくりと集結した神族は、合計13名。
15番目の末っ子神族は現在、人間界で動物の姿を借りて修行中だった。
「まさに神の御加護だ! ナシャーラ様は遂に神と交信なされたのだ!」
信者達は思わぬ方向でナシャーラへの心酔を深め、更に信仰に熱を上げる。
その現実に居心地の悪さを感じながらも、ナシャーラは信者に愛想笑いを振り撒き、やがて険しい表情で神族達を睨みつける。
「……どうやらお礼を言わなければならない様ですね。ですが、私達の目的に変わりはありません。私達を助けた事を、貴女達はきっと後悔する事になりますよ……」
彼女の背後にはメナハム、ヨーラム、そしてフェリックス会長のデビッドが一様に眉間にしわを寄せて状況を見守っている。
しかしながら、共同創立者のレオン・ファケッティだけはショックが大き過ぎたのか、すっかり魂が抜けた様に虚空を見つめるだけだった。
「……そう来ると思っていましたよ、ナシャーラさん。あなた方フェリックスを裁くのは私達ではありません、私達が信じた人間達です。もし、あなた方が彼等を倒してこの世界を支配する様な事があれば、その時は私達がまた、姿を見せる事になるかもしれません。ですが……」
フクちゃんの確信めいた言葉と微笑みに、一瞬の動揺を見せるフェリックス役員達。
僅か数秒の様な、それでいて永遠の様な、重苦しい時間が流れる。
「……私達が信じた彼等ならば、その必要はなくなるでしょう。それでは、ここでお別れです」
フクちゃんはそう言い残し、13神族を引き連れて大空へと消えていった。
(……バンドーさん、後はあなた方にお任せします。見せて下さい、人間の意地というものを……)
「……生意気な小娘が、神などいる訳がない! どうせ警察や賞金稼ぎとグルになったトリックか何かだろう? わしらの邪魔をする者は排除するまでだ!」
電動車椅子を走らせながら、未だに闘争心をギラつかせているフェリックス会長デビッド。
だが、長年彼の相棒だった共同創立者であり、現在はフェリックス社の特別顧問を務めるレオン・ファケッティは、力なくデビッドに進言を始める。
「……デビッド、もうそろそろいいんじゃないか? 政府は元々頼りにならない事は皆が知っているだろうし、今回の対応で軍の評判も地に落ちているはずだ。我々の兵士にも犠牲者が出ているし、ここで引いてもロシアに進出する基盤は築いたよ。これから我々がこの世界を経済支配する事は確実なんだ」
レオンはデビッド程ではないものの、既に現役世代とは言えない高齢者。
彼は今はなきアメリカ合衆国の財閥に生まれ育ち、かつて世界を支配していたアメリカの栄光を復活させる事を目標にイスラエルに移住、デビッドとともにフェリックス社を立ち上げたのだ。
「怖気づいたのかレオン! 軍にはまだ、わしらを排除しようとした黒幕が生きているんだぞ!? 奴らを抹殺せずに何が経済支配だ! わしらはテルアビブを出た瞬間から、新しい秩序を生み出す使命を背負っているのだ! さっきの小娘達を恐れているのならば、お前だけテルアビブに帰ればいい。ウラジオストクでタクシーでも拾うんだな!」
ビジネスの事だけを考えるなら、レオンの判断は賢明と言えるのかも知れない。
だが、まだ決定的な証拠が握られていないとは言え、フェリックスの裏稼業と地層プレート実験は警察と賞金稼ぎから追い詰められ始めている。
怒りを爆発させるデビッドの言う通り、もはや紳士的なふりをした革命ではこの世界の覇権を握れないのである。
「……レオンよ、お前の息子も孫娘もお前の生き方には同調せず、テルアビブには残らなかった。だがお前は、それでもわしらとともに生きてきたではないか! 老い先短い今更、生き方を変えてどうなる? 少しひとりで頭を冷やせ」
レオンの息子は父親とフェリックスの冷徹なビジネス流儀を受け入れられず、一族のルーツを持つイタリアへと移住。
孫娘であるシンディは芸能界入りを夢見て、一度はレオンの権力を頼るものの、テルアビブでテロに巻き込まれて以来、アニマルポリスとして祖父との距離を置く決断をした。
レオンを叱責したデビッドだが、それはあくまで親友の為を思っての事。
彼は不機嫌なまま電動車椅子を走らせ、レオンはメナハムとヨーラムに連れられて貨物ヘリに戻っていく。
レオンが外部と接触するのは危険と判断したか、彼はこのまま個室に幽閉される事になるのだろう。
だが、レオンはとある決意を胸に、幽閉前に立ち寄った個室トイレで自身の携帯電話を取り出していた。
7月19日・15:00
ピピピッ……
「……!? これ……まさかおじいちゃん!?」
現在はルアーナと改名している、レオンの孫娘シンディ・ファケッティ。
彼女達アニマルポリスの3名は、地震によって被害を受けた動物園の復旧ボランティアに駆り出されている。
だが、偶然バンドー達と入れ替わる様にワルシャワを訪れ、ワルシャワ動物園そばのホテルに到着したばかりの彼女達の元に、世界を変える1本の電話が届いたのだ。
「おじいちゃんって……フェリックスの重役なんでしょ!? 一大事よ、すぐ出て!」
メグミとターニャにも急かされ、ルアーナは慌てて通話を開始する。
「はい、ルア……いや、シンディです! おじいちゃんなの!?」
「……シンディだな、一度しか言わないぞ。警察に伝えてくれ。フェリックス本社ビルの6号室ロッカーに、君達の欲しい物があるとな。部屋のキーナンバーは674、ロッカーナンバーは556だ」
レオンは孫娘の声に安堵しながらも、メナハムとヨーラムに気づかれないよう、極力小声で話していた。
「おじいちゃん、今何処にいるの!? フェリックスはロシアで今、何をやっているの!?」
「……私は全てを裏切ってしまった。お前達も、そして会社も……。だが、今やらなければ。今ならまだ間に合う。お前達も、会社も守れる。……頼んだぞ!」
通話を最小限に切り上げ、レオンは自身の携帯電話を個室の床に叩きつけて破壊する。
「ファケッティ顧問、どうしました!?」
用を足した流水音ではない騒音を耳にし、慌てて駆けつけたメナハムとヨーラム。
そこには、破壊した携帯電話を献上し、晴れやかな笑みを浮かべるレオンの姿があった。
「何だと!? その情報、本当なのだな!?」
アキンフェエフ警視総監の元に、ルアーナ経由でレオンからの情報が届く。
フェリックス本社ビルの6号室とは、特別顧問を務めるレオンの個室。
そしてロッカーとは、重役にしか伝えられていない機密文書の保管庫である。
ナンバーを入力すれば、IDカードがなくとも部屋とロッカーにアクセスが可能となり、更に機密文書を明らかにする事で、彼自身を含む重役達の容疑が確定する。
その一方で、一般社員と重役を切り離す事で、文書の存在を知らない社員による会社再建の余地が残せる……レオンはそう考えたのだ。
「……噂ではおじい……いや、ファケッティはウラジオストクの貨物ヘリに乗っていると聞きました。結果として会社を裏切った彼の今後がどうなるのか、身内としては気になるのです。アキンフェエフ警視総監、私達もロシアに行ってよろしいでしょうか……?」
無理を承知で、アニマルポリスのロシア行きを直訴するルアーナ。
格闘や銃撃の経験も殆どない女性を、動乱の地に連れて行く……警視総監の立場であれば、まず許可は出せないだろう。
「……分かった、許可しよう! 君達やチーム・バンドーがいなかったら、我々もここまで来る事は出来なかっただろうからな。この情報は、フェリックス社長のデュークを尋問中のモクーナ達にありがたく伝えさせて貰うよ! だが、君達の役目は負傷者の保護や情報の伝達だ。戦いの現場に近づく事は許さん。それでもいいか?」
ルアーナの気持ちを汲み取り、アキンフェエフ警視総監は寛大な措置を取る。
携帯電話越しにOKサインを見せるルアーナを見て、覚悟を決めた精悍な表情を見せたメグミとターニャ。
アニマルポリス、参戦決定だ。
「はい! ありがとうございます!」
7月19日・15:30
丁度その頃、ウラジオストクで軍の空爆があったにもかかわらず、殆ど被害が出ていない事を現地からの連絡で知った警察組織。
彼等はジルコフ一派への警戒度を更に上げ、空爆の事実を敢えて隠したまま、軍事会館から半径10キロ以内のモスクワ市民の避難計画を打ち出す。
しかしながら、軍人や警官の数には限りがある。
その為、フェリックス社に雇われておらず、尚且つ悪党退治に実績のある賞金稼ぎ達に声がかけられた。
その代表役を頼まれたのが、レジェンド剣士として統一世界を見守ってきたアーメト・ギネシュと、今やバンドーの恩師でもあるダグラス・スコット。
彼等はこの申し出を快諾し、自身の最後の大仕事に縁のある賞金稼ぎ達を担ぎ出す。
チーム・ギネシュのハカン、トルガイ、ユミト、そしてギネシュの愛娘メロナ。
スコットの会社の社員でもあるカレリンとコラフスキ、加えてチーム・バンドーの縁からオセアニアの賞金稼ぎであるスタフィリディスとトーマス、ファーナム、グラハム、そして無限のポテンシャルを持つ魔道士キャロル。
彼等はアニマルポリスに続いてモスクワに向かい、ニュージランドに残ってバンドーファームを守る元チーム・エスピノーザのサンチェス、そしてタワンからも激励を受けた。
一同の目的はモスクワ市民の安全を確保し、ジルコフ一派の逮捕拘束が終わるまで、フェリックスの人間を軍事会館に近づけない事である。
7月19日・16:00
機内で十分な睡眠を取り、体力を回復させたロドリゲス隊長率いる混合部隊。
幸い、モスクワ空港にまではジルコフ一派の妨害はなく、航空機は無事に目的地に到着した。
「……ロビーまで来たけど、ノルドベイトだっけ? それっぽい人の姿は見なかったわね。やっぱり派閥に入るのが嫌いな人なのかしら?」
クレアは自らに気合いを注入する意味があるのか、何処に隠し持っていたのか分からないチューブ式のお菓子を口から吸入する。
「……残念だが仕方がない。ケンも十分な射撃の腕を持っているし、これだけ頼もしい仲間がいれば強行突破も可能だろう。いずれにせよ、作戦決行は暗くなってからになるのだからな」
既に気持ちを切り替え、前を向くロドリゲス隊長。
このまま軍事会館近くのスポーツ施設に仮拠点を置き、そこへ向かうシャトルバスが作戦会議室という強行軍だ。
「どけどけ〜っ!」
沈黙を打ち破る様に轟く、野太い雄叫び。
格闘家の様な屈強な身体に、タンクトップ1枚。
加えて荷物は小脇に抱えた小さなセカンドバッグだけという、どうにも違和感を拭えない男性。
彼はなりふり構わず混合部隊の列に突入し、強引に人波を突破しにかかる。
「おいおい……無茶すんなよ!」
男性のパワーに手を焼いているバンドーを尻目に、こちらに向けられた銃口に気づいたのはシルバだった。
「……皆危ない! 伏せて下さい!」
パアアァァン……
人波に構わず発砲した様に見えたその弾丸は、タンクトップ姿の男性の足首、それも靴底近くを正確に射抜いており、ダメージを最小限に抑えている。
「ぎゃっ……! 痛ってぇ!」
空港ロビーに転倒し、セカンドバッグを手放して激痛に悶える男性。
その背後からゆっくりと姿を表した細身のブロンド男こそが、この作戦のラストピース、ノルドベイトだった。
「……全く、俺の顔を見てから盗みを働けるなんて信じられないぜ。逃げ切れると思っているのか? それともレンジャー部隊ってのは、そんなに知名度が低いのか?」
(続く)