第74話 統一政府の汚職
7月16日・1:00
フェリックス社モナコ支店から飛び立った、1機の大型貨物ヘリ。
ヨーロッパの闇夜を不気味に侵攻するその漆黒の機体は、一般人の目にはとまらないだろう。
だが、そこにはこれから統一世界を揺るがす『革命の火種』が搭載されていた。
「……ヨーラムから聞いてはいたが、想像以上に凄えヘリだな。先客も盛り沢山ときてらぁ」
今や世界屈指のセレブであるナシャーラを前にしても、全く礼儀をわきまえず、普段のままに振る舞いながら機内を隅々まで見回すマティプ。
そんな彼にメナハムは嫌悪感を露にしていたが、ナシャーラは余裕の笑みを浮かべて息子をなだめている。
「……これだけ巨大なヘリコプターは、今や軍にも動く機体は存在しないかも知れませんね。私達には貴方達とはまた異なる、大きな目的があるのです。ひとりでも多く、同士を救わねばなりません」
ナシャーラの言葉を耳にして、ゾグボは改めて機内にいる数名の男女を凝視した。
その顔立ちからロシア系であろう男女は、恐らくナシャーラが教祖を務める新興宗教団体『POB』の信者達。
幸いにして、ゾグボは普段から素顔を隠すマスクを着用している為、彼の視線は男女に気づかれていないらしい。
ナシャーラはロシア沿岸部に住む彼等の家族や知人を入信させ、他の地域に移住させる事で彼等を地震と津波から救い出す。
その結果、教祖としてのナシャーラのカリスマ性が高まればフェリックス社の影響力も増す……というシナリオである。
「……お前達の戦いぶりは、武闘大会のビデオで観させてもらった。チーム成績こそ1回戦敗退だが、魔法や特殊能力のない俺は、素直にお前達に期待している。頼んだぞ」
メナハムの表情からは、兄ヨーラムの選んだ刺客に対する不信感が未だ垣間見える。
しかしながら、脛の骨折で走れないボロニンをゾグボの加速攻撃で遠距離から制止し、魔道士に優位性を感じさせない万能型ファイターのマティプがライザに対峙する、という作戦は確かに理に適っていた。
「……ああ、任せておけ。ヨーラムとはひと悶着あったが、俺達の実績から見れば出来過ぎの報酬だと分かっている。ライザが地殻魔法で沿岸部を揺らしたら、俺達をヘリに乗せて津波から避難させてくれたらそれでいい。ロシア以外なら何処に捨てても構わないぜ」
マティプは気持ちを高め、スーツケースから自身の剣とゾグボの盾を覗き込む。
彼等にとっては愛着のある戦友だが、仕事が無事に終われば更なる高級な武器に買い替えてもいいだろう。
「……先程と同じレベルの地震が再び東欧に来た瞬間こそが、作戦実行のタイミングです。それまで私の部下がボロニン達を探し出し、私とメナハムは演説を行いながらロシアの同士をひとりでも多く救出します。貴方達は私の演説になど興味はないでしょう。近くの酒場と宿で待機していて下さい」
不確定要素に満ちた計画にもかかわらず、その顔に全く焦りの色を見せないナシャーラ。
彼女のその余裕は、マティプ達が失敗した時は自分とメナハムが仕事を代行するまでという覚悟の裏返しだ。
「……母上様、まだロシア到着までは時間があります。この男達は俺が見張りますから、少しお休み下さい」
未だマティプ達に全幅の信頼が置けないメナハムは、彼等に向き合う様に席に着き、剣を杖代わりにして顎を手の甲に乗せる。
「……やれやれ、俺達そんなに怪しい奴等に見えるかね?」
既に浅い眠りに入り始めているゾグボを横目に、マティプはお手上げのポーズから両腕を胸の前で組み、口をへの字に曲げて目を閉じた。
7月16日・5:00
「ジルコフ大佐、ジルコフ大佐。ガオです」
モスクワにある、ジルコフ大佐の広大な屋敷に響き渡る電話のベル。
統一世界軍の実質的トップである彼を明け方に起こしたのは、統一政府唯一のアジア系上院議員である、ムーチェン・ガオ。
彼は中国出身の2世政治家であり、ロシア系の財閥や軍関係者、中国系裏社会の組織票を得て当選した、言わばジルコフ大佐の手下である。
「……まだこんな時間じゃないか……。ガオ、私に直接電話するとは、余程の事態なんだろうな?」
家庭を顧みず、己の欲望に忠実な余り、ジルコフ大佐は10年程前に妻子と別居している。
執事とメイドを雇い、身の回りの世話には不自由しない彼だったが、この広い屋敷は明らかに持て余し気味だ。
「はっ、申し訳ありません……。お伝えすべき事がふたつあります。まずひとつ目は、我々の前から姿を消していたボロニンとライザの居場所です。ウラジオストク沿岸で、若い漁師の教育係をして生計を立てている事が分かりました」
「……何だと!? 奴等いつの間にロシアに……。古い仲間の手引きかも知れんな。でかしたぞガオ!」
ボロニンとライザは、ジルコフ大佐主導の裏稼業に従事していた所をバンドー達に追跡され、チーム・カムイとの賞金稼ぎ連合に敗退後は警察の手を逃れて逃走している。
彼等が残した通信端末から部下のバシンを拘束されてしまったジルコフ大佐は、更なる機密漏えいを防ぐ為にもボロニン達を放置する事は出来ない。
「……ふたつ目は、フェリックス社の動きです。昨夜の地震はロシアに被害は出しませんでしたが、ヨーロッパの多くに被害が出ています。そんな中、奴等が被災者支援と称して救援物資を送り、経済的な支配を更に強めようとしているのです……」
ガオ本人は中国出身だが、自身のバックボーンを考慮すれば、ロシア主導の統一政府の継続を願っているとみて間違いないだろう。
彼はフェリックス社の動きを逐一ジルコフ大佐に報告し、多地域との融合に寛容な穏健派であり、名義上の軍最高責任者でもある司令官、レブロフとの対立を煽っていた。
「……フン、奴等の狙いも分かりやすいな。フェリックスの扱いは選挙の重要な争点になるだろう。私が早く司令官になり、現体制を更に盤石にしてみせる。お前をはじめとして、上院と軍部には私の支持者の方が多いのだからな」
かつてジルコフ大佐とライバル関係にあったシルバの義父、ロドリゲス参謀は現在軍を追われ、特殊部隊の隊長となっている。
ジルコフ大佐はその強権的リーダーシップで強硬派をまとめ上げ、日和見をする消極的な穏健派は金と利権で味方につけている。
フェリックスがロシアにまで経済的な介入を始めれば、選挙の必要すらなく保守的な派閥を丸ごと吸収し、他地域からの経済支配をシャットアウト出来る……彼はそう考えていた。
「ジルコフ大佐、まだ話には続きがあります。先程、フェリックスの貨物ヘリらしき機体がパリを飛び立ち、こちらに向かっているとの情報を得ました。奴等は広報活動の一環として新興宗教を抱えているので、恐らくロシア系の信者を集める目的だと思われますが、どういう訳か、奴等もウラジオストク沿岸方面に向かっているらしいのです……」
眉間にしわを寄せ、フェリックス社の動きを警戒するガオ。
フェリックス社は、治安維持を目的とした賞金稼ぎという概念の確立と、その育成機関機関である剣術学校、魔法学校を設立している。
当時の統一政府は、賞金稼ぎ達が軍と警察の脅威となる事を防ぐ為、剣術学校と魔法学校の入学に年齢制限を導入。
その介入をきっかけとして、統一政府とフェリックス社は長い間冷戦状態となり、少なくともこの10年、フェリックス社の関係者がロシア入りする事は殆どなかった。
「腕のいいパイロットがいれば、民間空港でなくとも離着陸は可能だ。もし奴等がモスクワやサンクトペテルブルクの様な大都市に来るなら、私も部下を警戒にあたらせる。ガオ、お前の言う通り、中にいるのは新興宗教関係者だろう。軍用ヘリでない限り、テロの心配もない」
たかが1機の貨物ヘリがウラジオストク沿岸に着陸した所で、統一政府を揺るがす様な事態にはならない。
楽観を決め込んだ様に見えたジルコフ大佐だったが、昨今の地震の頻発、そして沿岸部に潜伏しているライザの地殻魔法を思い出したその瞬間、彼の顔色が変わる。
「……いや待て、奴等はボロニンとライザを味方につけるつもりなのかも知れん。ガオ、イグナショフとキリチェンコに連絡をつけてくれ。急いでボロニンとライザを回収する。まだ利用価値があるだろう」
「はっ……かしこまりました!」
マラート・イグナショフ、そしてユスティン・キリチェンコはロシアを代表する剣士であり、現在世界ランキングの1位と2位を独占する実力派。
しかし、彼等は悪党退治の賞金稼ぎ業務を行わず、ロシア要人からの支援とロシア内の武闘大会の成績のみでその地位を与えられている、言わば『疑惑の王者』でもあった。
「ジルコフ大佐、彼等は丁度早朝のトレーニングに備えている所でした。端末の回線を開いて下さい」
ロシアの夏の早朝はまだ肌寒いが、ランニングには最適のコンディション。
ガオに紹介されたイグナショフとキリチェンコは互いの実力、そして互いの秘密を共有する間柄であるが故に、普段のトレーニングもコンビで行っているのである。
「ジルコフ大佐、ガオ上院議員からお話は伺いました。私もライザの回収には賛成です。しかしながら、ボロニンに恩情を施す事には賛成出来ませんね。ライザの父親が経営する会社は、かつて武闘大会のスポンサーにもなってくれた会社です。ボロニンがライザを連れ去っているこの間、ご両親の胸中は察するに余りありますよ。奴は報いを受けなければ」
引き締まった長身と切れ長の青い瞳が、何処か冷たい悟りを感じさせるイグナショフ。
彼は孤児から這い上がった一匹狼タイプであり、実力の近いキリチェンコと出会う前までは誰とも馴れ合わず、独学で剣の才能を伸ばしてきた。
「……おい待て、イグナショフ。お前がライザの両親に肩入れする気持ちは理解出来るが、俺は逆だと思っている。ライザの方がボロニンを追いかけて振り回しているんだ。俺はお前と組む前、田舎から出てきたばかりのあいつを知っている。今更表舞台には戻れないだろうが、ライザさえ切り離せば奴は立ち直れるだろう」
イグナショフとは対照的な、恰幅の良い体型に太い眉毛、丸いブラウンの瞳を持つキリチェンコ。
彼は中流家庭の出身だが、母親の不倫と離婚を目の当たりにしていた為、女性というものを信用しきれていない。
「……むむ、参りましたな……。協力しなければならないふたりの意見が、こうも真逆では……」
ガオの行動は、殆どが自己保身を目的としたジルコフ大佐のご機嫌取り。
その場で狼狽するしかない彼を尻目に、ジルコフ大佐は迷う素振りも見せずに決断を下した。
「……よし、イグナショフ、ひとりでもやれるか?」
「はっ、お任せ下さい!」
ジルコフ大佐の余りに素早い決断に、キリチェンコは戸惑いを隠せない。
旧友の処遇に不安を募らせる彼の心境を見透かし、ジルコフ大佐は務めて穏やかな表情を浮かべる。
「……ボロニンは私に尽くしてくれた。彼の犯した罪は私の責任でもあるだけに、彼を回収した後は然るべき法的なバックアップを約束しよう。だが、より大事なのはライザなのだ。世界中に地震が頻発する今、彼女の魔法を悪用しようと企む人間が現れる前に保護しなければ」
相思相愛のボロニンとライザを前にすれば、いずれにせよキリチェンコに的確な行動は取れないだろう。
ジルコフ大佐がイグナショフを指名した事実、それはすなわち、ボロニンの態度次第では彼を始末する事を意味していた。
「……キリチェンコ、悪く思うな。だが、情報によればボロニンは負傷している。奴はかつてのランキング3位が最高位。死を覚悟してまでランキング1位のこの俺に刃向かう事はないはずだ。ライザにはご両親からのメッセージを届けて、必ず説得してみせる。まあ任せろ」
イグナショフとキリチェンコ、そしてかつてのボロニンはロシアを代表する剣士だが、ランキング通りの実力差は確実に存在している。
キリチェンコの目にも、手負いのボロニンがイグナショフを倒すアップセットは想像出来ない。
「イグナショフ、頼んだぞ。キリチェンコ、この件が落ち着いたらお前もモスクワ武闘大会の準備が始まるのだろう。練習相手に我が軍から格闘技のエキスパートを派遣してやる。イグナショフとともに、あらゆる敵からロシアの王座を守ってくれ」
「はっ、ありがとうございます!」
イグナショフを信じ、気持ちを切り替えたキリチェンコ。
年末の大イベントであるモスクワ武闘大会には、ランキング10位以内の剣士個人、或いはランキング10位以内の剣士が含まれるチームのみが参加を許される為、開催前の最新ランキングが発表されるまで無様な姿は見せられないのだ。
「……ガオ、先月の収支はどうなっている?」
イグナショフとキリチェンコが去り、屋敷の使用人達が朝の支度に集中する間、ジルコフ大佐とガオはビジネスについての話題を展開。
ガオの顔色は冴えず、そのビジネスのリスクと利益に少々隔たりがあるらしい。
「……はい、相変わらず黒字ではありますが、我々に入る利益は精々5000000CP程度、協力者の配分もひとりにつき1000000CPと言った所でしょう……。どうやらこのビジネスもピークは過ぎた様に感じます。最近の地震で買い手も保管には慎重になるでしょうし、先日からは少し出し惜しみして、いざと言う時の為に単価を上げておく措置を取らせていただきました……」
ジルコフ大佐とガオ、そしてその協力者が秘密裏に行うサイドビジネス。
それは軍隊の使い古した、或いはテロリストから没収した武器の密売だった。
「……うむ、これからフェリックスが救援物資を餌に、困窮したマフィアから武器を買い叩くかも知れん。我々の武器が対抗勢力に渡っては本末転倒だ。至急協力者の了承を取りつけてくれ。末永く配当を約束する為だとな」
自身の選挙資金、より正確な表現をするならば、支持者を買収する資金の確保。
ボロニン達を利用していた東南アジアでのドラッグビジネスとともに、軍の実質的なトップである事を最大限に活かした悪事は、自身や部下のみならず、ドラッグ産業、軍需産業をはじめとする世界の闇に多大なる貢献をしている。
「……人間は愚かだよ。口では軽々と変化や革命を語るが、自分の理想に向けて動き出せる人間が、一体何人いると言うのか……。酒や女に溺れる者に、大義は寄り添わない。私とて多大な犠牲を払い、30年以上も自分を律してきたのだ。もうすぐその頂上にたどり着ける……!」
ジルコフ大佐が見せる、恍惚とした表情での独白。
その光景は、もはや彼の配下としてしか生きられないガオの背筋までも凍らせていた。
7月16日・10:00
クレア財団の屋敷で仮眠を取った後、地震に襲われたソフィアの街でボランティア活動に取り組むチーム・バンドー。
バンドーは経験を活かして農家に力を貸し、シルバは特殊部隊と連絡を取り合いながら、駐留軍や地震観測所にフェリックス社による『人災』の可能性を広める。
リンはかつての職場の先輩であるアデルを訪ね、家族の無事を確認してからともに近隣地域のボランティアに参加した。
「……おいおい、冗談キツいぜ。世界規模の地震なんてもんが、人間の力で起こせる訳ねえだろ?」
クレアとハインツはキリエフと合流し、賞金稼ぎ組合周辺の店や民家の修繕に尽力。
その一方で、彼等の人脈から地元の賞金稼ぎに地震とフェリックス社の関係を伝え、ともに戦える同志を募ろうとしている。
「あたし達だって信じてなかったわ。でも、世界中の地層プレートで掘削作業をしている証拠写真があって、そこを調べに来た地質学者が暗殺されたのよ! それに、ヨーロッパでこんな頻繁に地震が来るなんて、この50年なかったでしょ?」
ブルガリアに留まっている限り、賞金稼ぎとしての大成は見込めない。
目ぼしい相手を説得するクレア自身もそれは理解しており、現に彼女はソフィアを飛び出してフランスのボルドーに居を構えていた。
だが、既にフェリックス社が地元経済に深く根付いている地域でのレジスタンス活動は至難の業。
クレアとハインツは純粋な剣士としての戦力にこだわらず、まだフェリックスに支配されていないブルガリアに埋もれている魔道士予備軍、元軍人、元警官などの経験値も招き入れようと考えたのである。
「フェリックスってのは環境破壊だけじゃなく、武器の密輸にも絡んでいるんだ。これ以上野放しにすると、お前らの仕事にも厄介な武器が出てくるだろ?」
ハインツもクレアに加勢し、ボジノフと名乗るその剣士から人脈だけでも引き出そうとしていたが、焦りによるその強引さが相手に悪印象を与えてしまっていた。
「うるせえな! 悪党を突き止めたとして、お前らが大金をくれる訳じゃないんだろ? 悪いがそんな仕事に命はかけられねえ、実家も地震で大変なんだ。昼にはペルニクに帰るんだよ」
この災害の中、自分達の話を聞いてくれただけでも感謝しなければならない。
クレアとハインツが次なる話し相手を探そうとしていたその時、ボジノフは思い出した様にふたりを引き留める。
「……ちょっと待て。ペルニクで警備会社をしているストイチコフって奴は、元軍人だ。奴はマフィアの流れ弾で婚約者を亡くしていて、それ以来密輸された武器の回収に取り憑かれている。ひょっとしたら、お前らと気が合うかも知れないぜ」
ソフィアの隣街であるペルニクはブルガリア第2の都市ではあるが、災害復興後に再評価された炭鉱に支えられる古めかしさが否めず、東欧を超えて影響力がある場所とは言い難い。
しかしながら、そこまで武器の密輸を憎む人間であれば、フェリックス社の暴走を止める手助けをしてくれる可能性は十分にあるだろう。
クレアとハインツは互いに顔を見合わせた後、バンドー達をペルニク行きの旅に誘う事となった。
7月16日・12:00
ボジノフの手引きにより、ボランティアに残ったキリエフを除く一同は臨時の長距離バスに乗り込み、いざペルニクへと出発。
想定外の地震により交通機関は完全に復旧しておらず、バスは立っているのもやっとの超満員である。
「特殊部隊のロドリゲス隊長からメールが来ました。例のストイチコフという男、少々厄介者らしいですね……」
シルバは軍隊OBの多い特殊部隊に連絡を取り、ストイチコフの軍人時代を知る人間が自身の義父、ロドリゲス隊長だけである事を知った。
「ストイチコフは現在40歳、自分やガンボア達が軍に入隊した時には、既に除隊していました。ボジノフさんの言う通り、婚約者がマフィアの抗争に巻き込まれたショックが除隊の原因だそうです……」
シルバはリンを、ハインツはクレアを乗客の圧力から守る様に立つ事で精一杯。
バンドーはシルバから携帯電話を受け取り、揺れる車内でロドリゲス隊長からのメールを熟読する。
ストイチコフは正義感の強い男で、実戦にも優れ、私の後を継げる軍曹候補だった。
だが、奴の唯一にして最大の問題は、アルコール依存症。
長距離遠征のミッションでも、3日酒を切らすと和を乱す問題児で、婚約者を亡くしてからは飲む度に暴れて手がつけられなくなってしまった。
除隊後は警備会社を設立し、依存症の治療も受けている様だが、残念ながら完治せず、今でも悪党を半殺しにしてしまう時があるらしい。
奴が立ち直れば、私も特殊部隊へのスカウトを考えたのだが……。
「……う〜ん、クレアとリンは外で待たせた方がいいかも知れない。俺達が悪党じゃないと分かって貰えても、向こうが泥酔していたら話にならないしなぁ……」
ストイチコフは現在、警備会社では名誉職に就任しており、最低限の報酬を受け取りながら経営権を他人に譲っている。
暴れて社員に迷惑をかける事はないだろうが、ストイチコフがいつでも酒を飲める環境にある現実は、これから彼を訪ねるバンドー達を不安にさせていた。
「……着いたぜ、お前らの成功を祈ってやるよ」
警備会社『セキュリコフ』本社から200メートル程離れた、みすぼらしいプレハブの建物。
創立当時の倉庫を改修し、現在ではここがストイチコフの住居兼仕事場になっている。
チーム・バンドーは去り行くボジノフに感謝の意を表し、遠目に見ても雑然とした建物のベルをおそるおそる鳴らした。
「……またテメエらか!? 武器は売れねえって言ってんだろうが!」
想像を遥かに超えるスピードで、ストイチコフらしき住人はベルに反応。
怒気を強めたその声のままドアに駆け寄る迫力に、クレアとリンは思わず男性陣の背後に隠れる。
「殺されてえのか!? さっさと失せな!」
ドアを蹴破らんかの勢いで姿を見せたストイチコフ。
彼を一言で表現するならば、まさに「分かりやすい悪党」。
伸び放題の長髪に、伸び放題の無精髭。
筋骨隆々の体格に、怒りと悲しみに支配された人相。
これでバイクとサングラスがあれば完璧だ。
「わぁ! 突然失礼しました……俺達、怪しい者じゃありません」
いきなりの修羅場に、取りあえず謝罪するバンドー。
ストイチコフより体格が劣り、人相も穏やかな彼が前面に立つ事が、考えられる最善策だろう。
「ちっ……さっきのヤクザ野郎達じゃねえな。テメエら何者だ、俺なんかに何の用だ?」
どうやら、柄の悪い先客があったらしい。
バンドーはすかさず、予めチームで作っておいたカンペをチラ見しながらストイチコフに話しかけた。
「はじめまして、俺はバンドー、賞金稼ぎの剣士をやっています。今、警察関係者に協力していて、武器の密輸をしていると噂の大企業の情報を集めているんです。ストイチコフさんが警備会社と並行して怪しい武器を取り締まっていると聞いたので、密輸業者の情報などがあれば、是非教えていただきたいと……」
余りにもカンペ通りであり、バンドーという人間の血が通っていない様な気もするが、今のストイチコフに下手に熱い感情を見せるのは危険である。
「……何だ、警察の手下か。テメエらがどれだけの金で雇われたのかは知らねえが、奴等は詐欺師みたいなもんだ。やるやると言いながら、結局組織に波風を立てない様にしてセコい利権に群がっているだけさ。帰んな」
見た目の印象通り、ストイチコフは国家権力を信用しないタイプの男だった。
シルバはバンドーに代わって前に身を乗り出し、ストイチコフを説得する覚悟を決めた。
「……はじめまして、自分はケン・ロドリゲス・シルバ。貴方と同じ元軍人で、かつてのロドリゲス軍曹の養子です。今回の仕事は、ロドリゲス氏をはじめとする軍のOBが主体の警察特殊部隊との共同作業なんです。お話を聞かせていただけませんか?」
「……何!? お前軍曹の……今、軍曹は警察にいるのか!?」
シルバの自己紹介に、ストイチコフの表情は明らかに変わっている。
ロドリゲス隊長の階級が未だに軍曹である事からも、彼は除隊してから軍隊時代の仲間との交流はないらしい。
「……はい、ロドリゲス氏は軍曹から参謀にまで昇進しましたが、敵対するジルコフ大佐の謀略によって失脚に追い込まれ、除隊しました。その後は部下を引き連れて警察の特殊部隊を結成し、警察と軍隊、両方の法規に縛られない活動をしています」
「……そうだったのか。ロドリゲス軍曹は信用出来る上司だったよ。色々と迷惑をかけちまったが、あの頃は生きている事さえ辛かったんだ……分かった、話だけは聞いてやる」
どうにかストイチコフの警戒を解く事に成功したチーム・バンドー。
予想通り雑然とした小屋の中に、5人は強引に押し込まれた。
「え、ちょっとこれ……」
小屋の至る所に酒瓶が転がり、小さな虫も湧く環境は劣悪で、クレアとリンは嫌悪感を隠せない。
夏場である為に換気は行き届いており、酒臭さが余りない点だけが不幸中の幸いである。
「……すまねえな、酒だけはやめられねえのさ。そこにある金庫が悪党から没収したナイフや拳銃だ」
生活の妨げになる程の巨大な金庫は、軽くドアを開くだけで銃器の崩れ落ちる音がする程に満杯。
恐らく社員の通報を受けたストイチコフ自身が、パワーと軍隊経験にものを言わせ、悪党を締め上げるのだろう。
「俺が軍の仕事をしている最中に、婚約者がマフィアの抗争に巻き込まれちまった。統一世界で、軍と警察以外に銃が回るのはおかしいだろ? 俺はブルガリアの悪党から武器をかっさらい、知り合いの溶鉱炉に始末している。俺が手にした武器は2度と悪党には流れねえし、警察も何も言わないぜ」
炭鉱が街の主要産業であるペルニクは、統一世界では異例の緩い環境基準が許されている。
大災害で北米や日本、南北朝鮮を失った現実からブルガリアも原発の縮小を決め、旧来のエネルギーが残る街には様々な処理施設も併設されていた。
「ストイチコフ、あんたフェリックスって企業を知っているか? ブルガリアにはまだ進出していないが、スーパーマーケットをはじめとした世界的な大企業だ。そんな奴等は秘密裏に地層プレートに刺激を与えて地震を起こしたり、武器を密輸したりしている。少しずつ証拠は集まっていて、もうすぐ特殊部隊も捜査に動けるんだ。あんたの情報が欲しい」
小細工が嫌いなハインツは、いつも通り直球勝負。
女性陣をこの部屋から早く出したい、そんな本音もあるのだろう。
「おいおい、地震を起こす企業とは初耳だな……。そこと関係があるかどうかは知らねえが、俺が知っている密売屋は、東欧専門に武器を流すサワダとかいう男らしい。ついさっき、奴の顧客とおぼしきヤクザ者がウチに来て、サワダが急に武器を値上げしたからここの武器を安く売ってくれと抜かしやがった。一発殴って追い返したが、あの様子じゃすぐ仕返しに来るだろうな」
「サワダって……日系人なの!?」
ストイチコフの情報に、思わず驚きの声を上げるバンドー。
彼の祖父ヒロシをはじめとして、災害で故郷を失った日系と朝鮮系、北米系の人間は、移住した地域で認められるまでに地道な努力と苦労を重ねていた。
だからこそバンドーは、彼等が安易に悪の道には走らないはずだという、希望的な観測を持っていたのである。
「……俺はブルガリアから出る事は殆どねえから、サワダの居場所は知らねえ。だが、さっき来たヤクザ者がサワダと接触出来るって事は、まだこの辺りで奴が商売している可能性はあるな。後はテメエらでどうにかしな」
「ゴホゴホッ……ありがとうございます!」
感謝の言葉も咳き込みながらのリンを見て、流石のストイチコフも周囲を見回し、小屋の掃除の必要に迫られている様に見えた。
「……とは言うものの、何の手がかりもないのよね……」
早くもお手上げ気味のクレアをはじめ、パーティーの歩みは遅く、行き先も不明瞭。
ストイチコフの小屋から更に田舎道を進む中、一同は小さな森の入り口に到達する。
「幻想的な眺めですね……まるで絵本みたい!」
読書好きなリンらしい感想は、パーティーを瞬間的に和ませた。
同じ森でも、バンドーとシルバの生まれ故郷、ニュージーランドの風景はもっと明るく力強い。
ヨーロッパの森は美しいが、迂闊に近づくと迷い込んでしまいそうな妖しさも感じられる。
「……慣れない土地の深入りは危険ですね。サワダという武器商人の存在は突き止めましたから、特殊部隊に特定を頼んで、自分達はソフィアに戻りましょう」
シルバの提案は満場一致で採択され、パーティーが引き返そうとした、その瞬間……。
「……動くな! こっちは銃を持っている。死にたくなければ武器を捨てろ!」
突然背後で大声を聞き、硬直するパーティー。
バンドーはおそるおそる首だけを後ろに回し、背後にいる不審者を確認する。
「こっちを見るんじゃねえ! お前らの剣を置いて行きな!」
バンドーが確認したのは3名。
体格的には並の東欧人男性といった所で、普段ならばチーム・バンドーの敵ではないレベルだが、2名が拳銃を構えており、残る1名も解体用のバールの様なものを抱えていた。
「けっ、お前らストイチコフから銃を買おうとしたヤクザ者なんだろ!? そんな奴等に剣なんて使えるのかよ?」
ハインツはゆっくりと振り返り、軽く両手を上げながら男達の人相を窺う。
「俺達はマフィアじゃねえ。非正規のルートから武器を手に入れ、そいつをまた転売する、立派な古物商さ。ビジネスマンなんだよ」
口髭をたくわえ、ドスの効いた声を持つ太めの男。
だが、彼の顔面にはストイチコフに殴られたとおぼしき赤い腫れがあり、肉弾戦でバンドーやシルバに勝てる程の実力はなさそうだ。
「俺は元剣士さ。お前らの剣は、ペルニクみたいな田舎じゃ売ってねえレベルの代物だと分かる。きっと高く売れるぜ、へへッ!」
バールを抱える長身の男は、その体型に似合わない甲高い笑い声を上げている。
しかし、所詮は武器を剣からバールに変えるあたり、目先の金に剣士としての誇りを売った男に違いない。
「……俺達も余計なアシはつけたくない。武器を置いて帰ってくれたら、命だけは助けてやる。どうせ、もっと銃が買いやすい場所に引っ越すからな」
後方で援護する様に拳銃を構える中肉中背の男は、話しぶりも冷静で肉体も引き締まっている。
どうやら彼がリーダー格で、それなりに格闘技の心得もあるのだろう。
「撃たれなくなければ、言う通りにするしかないか……。ところで、あんたらが普段武器を買っているサワダって奴は何処にいるんだ?」
バンドーは大袈裟な身振りで剣を地面に置き、わざとシルバの前に上半身を乗り出す様にして、彼とアイコンタクトを交わす。
更にシルバの背後には、魔法の準備を整える為にうつむき、目の光を周囲から隠そうと試みるリンの姿があった。
「……そいつを聞いたら、お前らは今すぐここで死ぬ事になるぜ……早く剣を置くんだ!」
リーダー格の男が声を荒げる。
クレアとハインツは既に剣を置き、バンドーは剣を置いた後、若干勿体つけたモーションから地面に伏し、シルバの反撃スペースを空ける。
「せいっ……!」
勢い良く投げられたシルバのナイフは、リーダー格の男の右手目指して一直線。
シルバの背後で顔を上げたリンの周りには、既に彼女の髪を宙に舞わせるだけの風が満ちていた。
「……くっ!」
リーダー格の男はシルバのナイフを咄嗟にかわしたものの、大きく崩れた姿勢はチーム・バンドー狙撃という目的から遠ざかる。
「シルバ君、行きますよ! はああぁぁっ……!」
静かに舞い上がる髪が示す様に、リンは最初からシルバとのコンビネーションを意識した風魔法を準備している。
蒼白い光と混じり合う魔法は地を這い、口髭の男を足下から突き上げる様に包み込んだ。
「どわああっ……何だよこの風!?」
ヨーロッパで悪事を重ねていれば、並の魔道士にはそれなりの対応が可能になるだろう。
だが、リンはヤクザ者達の想像を遥かに超えた実力を持ち、口髭の男の拳銃は彼の身体ごとゆっくりと宙に舞う。
「……ジェシーさん、ナイスコントロール!」
シルバは難なく空から拳銃をキャッチし、そのままリーダー格の男に銃口を向けた。
「しゃらくせえ!」
リーダー格の男もすかさず銃を構えて対抗するが、転売屋と元軍人、腕の差は火を見るより明らか。
シルバの弾丸はいとも簡単に相手の拳銃を弾き飛ばす。
「オラオラっ! お前達には剣なんて要らないぜ!」
攻勢に意気上がるバンドー、クレア、ハインツは残るふたり目掛けて突進。
バンドーは得意のタックルからの頭突きで口髭の男を秒殺、クレアとハインツは長身の男のバール攻撃をかわし、鮮やかなコンビネーションで左右から相手をボコりまくった。
「きゅうー」
あっさりとその場に崩れ落ちる悪党ふたり。
だが、バンドーはサワダの情報を集めるという大事な目的を慌てて思い出す。
「ケンちゃん、サワダの居場所を訊かなくちゃ! そいつは気絶させないでくれ!」
「バンドーさん……分かりました!」
リーダー格の男と、素手での一騎討ちを選んだシルバ。
相手の安定した構えを見る限り、格闘技の腕前はそこそこありそうだが、シルバとはパワーとリーチの差があり過ぎる。
この勝負は言わば、ヘビー級とウエルター級の対決なのだ。
「くああっ……!」
リーダー格の男が見せる、渾身の右ストレート。
しかし、その一撃はシルバの顔面には届かず、相手の分厚い胸筋に跳ね返されてしまう。
「余り時間をかけられない、悪く思わないでくれ……だああぁっ!」
自身に体格で劣る相手への攻撃としては、かなり気合いの入った右ローキック。
そのパワーは一撃で相手の左脚の筋組織を断裂し、地面を転がる痛みに悶えさせた。
「……警察と救急車を呼びたいと思います。最後に貴方達の商売相手、サワダの居場所と、念の為に貴方の名前も教えて下さい」
バンドー達がもう1丁の拳銃を拾う間、シルバは務めて穏やかにリーダー格の男を尋問する。
「……へっ、教えると思ってるのか? この世界じゃ、武器の密売は極秘事項だ。もしサワダに何かあれば、俺達なんてあっという間に消されちまう」
頑なにサワダを守ろうとする転売屋達。
だが、巨悪からの制裁を心配する以前に、人里離れた森の前で動けない彼等の運命こそが、既に風前の灯火なのだ。
「この辺りは滅多に人も通らないでしょうし、夏場とは言え朝晩は結構冷えますよ。それとも、ストイチコフさんを呼んで助けて貰いましょうか……?」
シルバの一言、特にストイチコフの下りは効果てきめんらしい。
誰よりもまず、口髭の男が意識を取り戻して猛烈な拒否反応を示している。
「……冗談じゃねえ、教えるよ! そいつの名前はソルド、サワダはソフィアとの境に近いマグースホテルにいる! 奴がブルガリアに来た時は、この3つ星ホテルにしか泊まらねえんだ!」
「ありがとう、ヒゲのおじさん! あたし達、警察の知り合い多いから、あんた達をちゃんと守って貰う様に頼んでおくわ。安心してね!」
観念した口髭の男からの供述を得て、クレアは律儀に彼に頭を下げ、救急車を要請。
バンドーは警察に連絡し、シルバは自身の義父でもある、特殊部隊のロドリゲス隊長に予想以上の成果を報告した。
「でかしたぞケン! 私も証人の保護に全力を尽くすと約束しよう。どうにかして黒幕がブルガリアから逃げる前に捕まえてくれ! この悪事がフェリックス社の仕業かどうかは分からないが、武器密売の闇がひとつでも晴れれば大きな一歩だ! 謝礼も弾むぞ」
義父との通話を終え、シルバの胸には普段の仕事とはまた違う、言葉に出来ない感情が湧き上がる。
「一時はどうなるかと思ったけど、結果としてストイチコフさんが怖い人で良かったよ! 待ってろよサワダ!」
時折問題発言を挟みながら、バンドーは日系の悪党逮捕に意欲満々。
まだ陽は十分に高い。
今まさに、世界を変える千載一遇のチャンスが到来したのだ。
7月16日・15:00
『ユウキ・サワダ様、ユウキ・サワダ様。ソルド様と名乗るお客様のご用件がある模様です。おられましたら、ロビーまでお越し下さい』
ペルニクの端からこの街の森と、隣街ソフィアの観光名所が一望出来る3つ星ホテル『マグース』。
東欧担当の武器密売商人、ユウキ・サワダはこのホテルがお気に入りで、ビジネスの拠点に利用している。
何故、彼はブルガリアに拠点を置くのか。
それは彼が、統一政府の上院議員であるムーチェン・ガオの右腕であり、更にそのガオを動かしているジルコフ大佐の資金集めの一環として、軍隊とテロリストから流れた武器の密売を行っているからだ。
つまり、警戒するフェリックス社に武器を渡さない様にする為、彼等が進出していないブルガリアこそが東欧の安全地帯なのである。
「……一度は武器の購入を断念したはずのソルドが今更、何の用だ……? ひょっとして、値上げ分の資金に目処が立ったのか……?」
中肉中背で話しぶりも冷静なソルドは、着る服さえ選べば悪党には見えない。
サワダはブルガリアいちの顧客であるソルドとは度々コンタクトを取っており、今朝も武器の値上げが元で交渉が決裂していた。
「……来たな、お前がサワダか!?」
ロビーでサワダを待っていたのは、言うまでもなくチーム・バンドー。
彼等はホテルに事情を話して協力を取りつけ、ホテルの出入り口はペルニク警察の警官が既に封鎖している。
「な……何だお前達!? ソルドは何処だ!?」
想定すらしていなかった光景に、激しく動揺するサワダ。
無理もないだろう。
彼が指名手配に至るまでには、交渉が決裂したソルドがストイチコフと接触した上で、チーム・バンドーがストイチコフを訪ねたという流れがある。
更に両者の人脈に、ジルコフ大佐の悪名を知る軍隊と、武器の密売組織を追う警察の関係者が存在するという、奇跡的な偶然が重なっていたのだ。
「俺は賞金稼ぎの剣士、レイジ・バンドー。サワダ、あんたを武器密売の容疑で拘束する。黙秘権と弁護士は警察署で頼むんだな!」
7月16日・18:00
サワダは無事ペルニク警察署に連行され、ソルド達とともに特殊部隊の事情聴取を受ける事となった。
彼の宿泊する部屋からは軍人用の通信端末が発見され、その端末はブリュッセルの警察が押収したボロニンとライザの端末と同じもの。
つまり、彼はフェリックス社の回し者ではなく、軍の上層部と癒着した統一政府の回し者である。
しかしながら、彼の通信端末から逆探知出来たのは上院議員のムーチェン・ガオだけで、またしてもジルコフ大佐に追及の手は届かなかった。
ソフィアに戻ったチーム・バンドーは、彼等を含むボランティアの尽力によって無事再開したバーガーショップから、御礼の振る舞いバーガーを受け取る。
確かな達成感とともにソフィアの賞金稼ぎ組合の食堂に立ち寄り、コーヒーだけを注文して軽い夕食。
だが、ペルニク警察からサワダの過去を知らされ、パーティーは形容し難い無力感に襲われていた。
ユウキ・サワダの出生地は、東欧の中でも貧しく治安の悪いリトアニアとされている。
だが、実際は東隣のベラルーシ生まれで、放浪と貧困の日々に耐えかねた日系の両親が、生後間もない赤子をリトアニアに遺棄。
寒空の下、凍死寸前で教会に拾われた。
生い立ちのせいで幼い頃は身体が弱く、アジア系が殆どいないリトアニアで差別やいじめに苦しみ、自身の運命を呪って命の恩人だった神父を殺して逃走。
中国系企業の進出するセルビアに潜伏する中、中国語を学びながら整形手術を施し、偽名を用いて中国人に成り済ます人生を選ぶ。
生き目を抜く世界で中国系マフィアとして名を上げた頃、出会ったのが2世議員のムーチェン・ガオ。
まだ下院に当選したばかりのボンボン議員だったガオに取り入り、サワダは彼を政界でのし上がらせる黒子役を勤め上げ、ガオの上院当選後は右腕として、東欧の武器密売責任者に任命された。
彼の人生は、不遇な日系の血を捨て中国人に取り入り、憎み続けた東欧に復讐する以外の選択肢がなかったのである。
「……俺、サワダに会った時は、一発殴らなきゃ気が済まないくらいイラついていたんだ。日系の恥晒しみたいな気持ちになってさ。でも、殴らなくて良かったよ。いや、どうしようもない奴なんだけど、俺には殴る権利なんてない。奴を殴れるのは、恩を仇で返されて殺された神父さんだけだよ……」
ピピピッ……
バンドーに合わせて沈み込むパーティーをよそに、シルバの携帯電話が鳴り響く。
電話の主は特殊部隊のガンボアで、シルバは静かに席を立ち、ひとり離れた場所で受話器を取った。
「中尉、今日はお疲れ様でした! フェリックスの武器密売どころか、統一政府の汚職でたまげましたよ。でも、ガオはジルコフ大佐の手下みたいな立場ですから、これで政府と軍の不正にも斬り込めます! あと、フェリックスの地層プレート実験写真も警察に認可され、捜査にGOサインが出ました。つまり、2大巨悪を追い詰める取っ掛かりが出来たんです! これで近いうちにロシアに乗り込めますよ!」
いつになく明るいガンボアの声。
そう、自分達がやってきた事は間違っていなかった。
ロシアに乗り込み、ふたつの巨悪に審判を下す日が、確実に近づいているのである。
(続く)