表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バンドー  作者: シサマ
74/85

第73話 世界災害再び……迫るタイムリミット


 フェリックス社の御曹司ヨーラムの指揮の下、造反社員抹殺の罪をライバル社の店長に被せようとしたヤクザ者、パウリーニョとフェルナンジーニョ。

 彼等は互いの能力と最新装備を活かして賞金稼ぎ達を苦しめたが、最後はバンドーの水魔法とシルバの踵落(かかとお)としに屈し、逮捕拘束された。


 警察は彼等が手にしていた装備とクレジットカード番号から、彼等とフェリックス社との関係、そしてブカレストでの第3の事件の裏付けを取ろうと悪戦苦闘。

 だが、最悪の事態を想定してヨーラムの部下コーエンが提出していた盗難届が受理されており、ブカレストのフェリックススーパー新店長コーエンのカードを、警備員のフェルナンジーニョが盗んだというシナリオが成立してしまう。

 


 一方、組合からの賞金と警察からの褒賞金、合計3000000CPを無事に受け取った賞金稼ぎ一同。

 チーム・ルステンベルガーとバーバラは新たなパーティー結成の為ウィーンに飛び、チーム・バンドーとキリエフ、そして特殊部隊のキムはバンドーファームのビジネスパートナーであった朝鮮系のバイヤー、スンフン・クォンの死を重く受け止めていた。



 7月11日・13:30


 「……申し訳ありません。クォンさんには無茶をしない様に、自分からも頼んでいたのですが……」


 未だ昼食も手につかず放心状態のシルバとバンドーを前にして、なかなか顔を上げられないキム。

 

 とは言え、事の経緯を聞いた周囲は既に理解している。

 キムには何の落ち度もなく、責められるべきはクォンを裏切ってフェリックスに買収された可能性が高い、彼の仲間達であると……。


 「……お前らが話していたフェリックス社の野望みたいなもんが、いよいよ現実になるのか……? クレア、ハインツ、この2〜3日考えたんだが、俺の実力じゃお前らの力にはなれねえし、これから先この商売が出来る自信もねえ。もう少し気ままに生きたかったが、親父の店を継ぐ事にしたよ」


 キリエフは遂に観念したと言わんばかりに両手を挙げ、晴れやかな表情で剣士引退を宣言する。

 目の前であれ程の魔法や銃撃戦を見せつけられれば、これはむしろ賢明な選択と言えた。


 「ありがとうキリエフ! あんたの情報がなかったら、今頃パウリーニョ達に先を越されてバッドエンドだったかも知れないわ。実家でお酒の誘惑に負けそうになったら、あたし達に送って!」


 クレアは彼女らしくキリエフを励ましながらも、確実に値引きが期待出来そうな酒の確保にも余念がない。


 「……キムさん、親族の方々やバンドーファームには……ウチの兄貴にも、もう伝えたの……?」

 

 ようやく言葉が出てくる様になったバンドー。

 流通ビジネスの先輩としてクォンをリスペクトしていた彼の兄、シュンの胸中を思うと、いたたまれない気持ちにもなるだろう。


 「……はい、それがクォンさんから最期のメールを受け取った自分の義務ですからね。クォンさんはその命を懸けて、証拠写真も送信してくれました。大企業と戦うのは大変ですが、しがらみのない自分達特殊部隊が先頭に立って、必ず奴等の本性を暴いてみせますよ!」


 元来熱い闘志を持っている朝鮮系のキムが、更なる使命感に燃えている。

 

 その様子は頼もしくもあるが、一方で無謀な突進や暴走も生み出しかねない。

 シルバは周りの空気との調和を図りながら、彼を正しく励ました。


 「……キム、いつもはお前達に頼ってばかりだが、奴等の野望を阻止出来るなら、いつでも俺達を使ってくれ。奴等はいずれ、ロシアにある統一世界政府を必ず挑発するだろう。東欧にいる俺達の方が、お前達より早く行動出来る時もあるはずだ」


 「そうね。ここにはフェリックス社のビジネス拠点もないし、実家の屋敷も数人の刺客ならビクともしないわ。あたし達は暫くソフィアにいるから」


 クレアもシルバに同調し、怪しい動きがあるまでの間、現時点で東欧一安全なこの地、ソフィアを活動拠点に据える事を改めて決断する。


 「ありがとうございます! ヨーロッパでは余り報道されていませんが、昨日東南アジアでもそこそこの規模の地震が観測され、津波への警戒が高まっています。どうやら世界中でプレートの衝撃による連鎖反応が起きている様ですね。気をつけて下さい!」


 当初は人為的な地震の存在に懐疑的だったキムも、最近の地震の頻度とクォンの死によって、その認識を完全に改めた。

 一方、フェリックスの実験を止める術を持たないバンドー達に出来る事は、彼等の脅威を伝え、ともに戦う仲間をひとりでも増やす以外にない。



 7月11日・14:00


 「……兄上、また失敗の様ですね。やはり兄上は裏稼業に向いていないのではありませんか?」


 フェリックス社の第2御曹司であるメナハムの声が、ヨーラムの所有する端末から聞こえてくる。

 

 フェリックス一族恒例の家族会議に、ルーマニアはブカレストのホテルからリモートで参加していたヨーラム。

 だが、不運にも会議の最中に彼の部下であるコーエンからの連絡が入り、パウリーニョとフェルナンジーニョの逮捕拘束が一族に知れ渡ってしまったのだ。


 「……メナハム、少し口を(つつし)め。お前は剣術を磨くだけで、帝王学というものを知らんからそんな事が言えるのだ」


 フェリックス社の創始者であり、85歳の現在でも会社の最終決定権を持つデビッド・フェリックス。

 彼はビジネスの覇権に於ける裏稼業の重要性を疑う事なく、自らのポストを継承するヨーラムを寵愛(ちょうあい)している。


 「……おじいさま、誠に申し訳ありません。本来、フェリックスが一介の賞金稼ぎの動向などを気にかける必要はありませんし、私もそう思っていました。しかしながら、おじいさまが警戒していたチーム・バンドーのしぶとさは、そろそろ私も看過出来なくなったのです……」


 苦み走った表情で、ヨーラムはうつむきながら言葉を振り絞る。

 その様子からは普段の余裕が全く感じられず、会議に参加した一族の間にも重苦しい空気が流れていた。


 「……ヨーラムよ、見方を変えるのだ。確かにうるさいハエを退治する事は出来なかったが、邪魔者どもの存在を無に帰す期待が高まっておる。地層プレート実験は順調そのもの。エセ学者に現場を覗かれたのは想定外だったが、今の所、警察の調査が始まるまでには東欧へ地震を呼び込める算段なのだ」


 デビッドは話題を変え、統一政府の置かれているロシアを最終目標とした人工地震が、限りなく現実に近づいている事に満足気な表情を浮かべている。


 「……まあ、アジアでは既にそこそこの被害が出ている様だが、人的被害は少ない。出来る事なら東欧に地震が来る前に、パレスチナとイランだけはもう少し被害が出て欲しい所だがな」


 含み笑いを見せつつ、歴史上の確執を持つ相手には慈悲の欠片(かけら)も見せない世代のデビッド。

 その過去に実体験が伴わないヨーラムとメナハム、そしてナシャーラは、彼の滲み出る悪意を無言のままやり過ごした。

 

 「……お義父様、私達は人工地震に関しては、未だ詳細を知らされておりません。実験の結果次第では、イスラエルにも被害が及びかねないリスクを背負ってまで、ロシアを震災に巻き込む意図とは、一体何なのでしょう?」


 配下のテロリスト、エディ・マルティネスと、顧問弁護士のドル・アシューレ。

 両者の造反により、新興宗教による革命が一時的に頓挫してしまったナシャーラは、デビッドが秘密裏に進めてきたプロジェクトの核心に迫ろうと身を乗り出す。


 「……よかろう。既にヨーラムには話しているが、そろそろお前達にも伝えなければならない頃だ。このプロジェクトは、統一政府の転覆という目的にとどまらない、フェリックスの経済支配を兼ねた、れっきとしたビジネスなのだよ。勿論人道的な批判はあるだろうが、デュークにも了承を得ている」


 「……父上が……!?」


 あくまでルールを順守したビジネスを身上とする現フェリックス社長、デュークの参画に、メナハムは驚きを隠せない。


 「お前達も知っている様に、フェリックスはわしらと、今は亡きアメリカ合衆国の栄光を呼び戻そうと目論むレオン・ファケッティ、そしてレオンを支える旧アメリカ、ユダヤ系財閥が育てた企業だ。だが、わしもレオンも支持者ももう歳だ。人々の記憶からアメリカ合衆国の記憶が消えてしまう前に、ロシア主導の統一政府を揺さぶりたい。それが出来なければ、フェリックスも今以上の発展は望めなくなるだろう」


 デビッドはその年齢に見合わぬ程の、野望にギラつく目を大きく見開く。

 彼は、未だビジネスの正体に気づく気配のないメナハムと視線を合わせ、力強く持論を展開した。


 「世界中に店舗と倉庫を構えるフェリックスなら、いつ、如何なる場所で発生した災害にも支援物資を送れる。それが更なる信用獲得と経済支配を生むのだ。いざロシアが被災した時には、当然わしらからの支援物資を受け取るか拒否するかの内紛が起こるだろう。その隙を突いてフェリックスの傭兵をロシアに送り込む。つまりこれも革命だよ」


 デビッドの言葉に、ヨーラムは生気を取り戻す。

 

 表向きは災害に困窮するロシア支援。

 だがその実態は民衆を取り込み、政府と警察、そして軍を内部から破壊する計画なのである。

 

 「……父上が、そんな事まで考えていたとは……」


 真っ直ぐな情熱を持ち、剣士としての自分が界隈を先導する。

 それが剣術や魔法学校、そして賞金稼ぎビジネスも担う一族と会社の繁栄に繋がると信じていたメナハム。

 

 そんな彼にとって、一族のビジネスに覗く真実を消化するにはまだ時間を要するかも知れない。


 「……しかしお義父様、55年前の大災害の時でさえさほど被害がなかった、ロシアに地震を呼び込むのは至難の業です。東欧にまで地震を呼び込んだとして、ロシアに打撃を与えられる確信がおありなのですか?」


 人間離れした魔力を持つナシャーラにも、ロシアに地震を起こすまでの力はない。

 しかしながら、彼女の話を受け流すデビッドの表情に不確定要素は微塵も窺えなかった。


 「……お前達、特にメナハムなら良く知っているだろう。先日チーム・バンドーに敗れて逃走したロシアの剣士ボロニンと、魔道士ライザの事を。奴等はまだ生きており、ボロニンの古い人脈を頼りにロシアでひっそりと漁師を始めているのだよ」


 ボロニンは元来、漁師の家庭に生まれ育っている。

 剣士としての表舞台を諦めざるを得なくなり、バンドーに折られた右脛の回復まで、その経験で若い漁師を指導していたとしても何ら不思議はないだろう。


 「わしらが求めているのはボロニンではなく、ライザの力だ。彼女は人工的に小規模地震を起こせる、稀少な地殻魔法を持っている。加えて、奴等が身を隠しているのは当然海沿いだ。わしの言いたい事が分かるだろう?」


 海沿いに地震が起これば、やがて津波が発生する可能性がある。

 

 東欧の地震と結び付く事により、その規模は更に大きくなるだろう。

 現時点ではあくまでも推測に過ぎないが、仮に現実となればロシアの要人を驚愕させる被害が出るに違いない。


 「ボロニン達を味方に引き入れるおつもりですか? 奴等は軍部や財界とも繋がりのある生粋のロシア人。ロシアに震災をもたらす様な誘いには、いくら金を積まれても乗らないはずです。むしろ我々の情報が政府に漏れる恐れすらありますよ!?」


 剣士としてのプライドを理解するメナハムには、ボロニン達がフェリックス側に付く事態は想像出来ない。

 デビッドはそんな孫の早合点を微笑ましく感じたのか、彼の元に電動車椅子を近づけた。


 「……メナハム、その逆だよ。我々が殺意を持って奴等に刺客を送り込み、ライザの全力を引き出すのだ。ボロニンはまだ足の骨折が治っていない。接近戦勝負をしなければ、さほど難しいミッションではなかろう。今、ヨーラムとともに相応しい刺客を選んでおる」

 

 メナハムが口ごもる様子を確認すると、デビッドは満足気に電動車椅子を走らせ、会議の場を後にする。

 

 「ボロニンはかつて剣士ランキング3位だった男だが、今はあのバンドーに敗れる体たらく。メナハム、貴様はこの仕事に興味はないだろう? 安心しろ、既に手札の中から目星をつけている。金さえ積めば、汚い仕事も全力でこなす有望株がいるのだ」


 「……いくら有望株だとしても、兄上が選んだ刺客ではどうせまた失敗を……」


 自信を取り戻したヨーラムにすかさず水を差そうとするメナハムだったが、ナシャーラが急に両者の間に割り込み、メナハムを制止した。


 「メナハム、この大事な時期に、一族の和を乱す様な真似はおよしなさい。貴方には私のプロジェクトに協力して貰います」


 「母上様、一体何を……?」


 金や権力を頼る事なく、剣士として腕一本でのし上がってきたメナハム。

 そんな彼は、自分の手を汚さず、現地に赴きもしない兄や祖父のやり方に徐々に不満を募らせている。

 

 「……仮にロシアで地震が起きるのであれば、何も知らない沿岸の人々を津波に巻き込んで無駄死にさせてはいけません。今のうちに改めて布教活動を行い、信者になった人達を前もってロシアから脱出させましょう。天からの啓示に従って命が救われる経験をすれば、最小限の犠牲でロシアと政府を追い込む事が出来るはずです」


 自身の肝入りプロジェクトである、新興宗教による革命をまだ諦めていないナシャーラ。

 とは言え、若き日のボロニン一家が貧困によって離散した様に、ロシアにも信者開拓の余地が残されているとみていいだろう。

 

 「……分かりました、母上様。このメナハムが貴女をお守り致します」

 

 ナシャーラの思想信条とて、決して正義や博愛主義に裏打ちされたものではなく、それはメナハムも理解している。

 しかしながら、次代の覇権を狙うフェリックス一族として、剣を振れないメナハムはどちらかを選ばなければならなかった。


 

 7月11日・15:00


 「マティプ、ゾグボ、朗報だ。この世界の未来を決めるビッグプロジェクトの先鋒役に、貴様らが選ばれたぞ」


 ヨーラムは通信をイスラエルのフェリックス本社からモナコ支店に繋ぎ変え、現地で任務に当たっていたジュリアン・マティプとジャン・ゾグボを呼び出す。

 チーム・マガンバの一員として知られる両者は高額報酬に惹かれ、フェリックス社の専属賞金稼ぎの募集に真っ先に応じていたのである。


 「仕事の内容は、私の指示するタイミングでロシアの沿岸部に潜伏している女魔道士を襲撃し、彼女に地殻魔法を出させるだけだ。報酬はひとり当たり20000000CP。地震の危険がある為、前払いで半額の10000000CPを入金してやる。今のうちに準備を整え、ゆっくり贅沢を味わってから私の指示を待つがいい」


 金にはうるさいが、高額であれば仕事は選ばない。

 そんな彼等の評判を聞きつけたヨーラムは、祖父のデビッドとともに武闘大会のビデオで彼等の魔法と特殊能力を把握し、開口一番に破格の条件提示を行ってみせた。


 「1回の仕事に20000000CP……? すげぇ好条件だな、マティプ」


 幼い頃の生い立ちから、日陰者としての人生を歩まざるを得なかったゾグボ。

 そんな彼は感情こそ表に出さないものの、報酬額に瞳を輝かせている様に見える。


 「……で、成功した時の脱出手段は用意してあるのか? 何かトラブルがあった時、俺達を使い捨てるつもりなら……人の命に20000000CPは安くないか?」


 剣術、格闘技、魔法を操り、知性と野性を巧みに両立しているマティプ。

 彼はゾグボとは対照的に、更なる報酬の引き上げを狙いつつ、何処か胡散臭さを残しているヨーラムを警戒していた。

 

 「ヨーラムさんよ、育ちのいいあんたの価値観に、20000000CPは命をかけるに値する大金だという認識があるか? 沿岸で地震の可能性って事は、津波も起きるだろ? 車じゃダメだ。ヘリを待機させてくれ。それなら20000000CPでもいい。それが出来ないなら30000000CPだ。俺達は、あんた達の望む革命なんかじゃ腹が膨れないからな」


 ヨーラムはまたしても、目下の人間に付け込まれている。

 日陰者人生に慣れ、すっかり欲と自尊心が低下してしまっているゾグボは、この仕事がマティプのせいで破談になるのではないかと、目を泳がせながら不安に駆られるばかり。


 「……フフッ……いいだろう。幸い、母上様とメナハムがギリギリまでロシアの賛同者を救出したがっているらしいからな。彼等に伝えておく。同じ剣士の価値観とやらを持つメナハムに、貴様らの命を預けるがいい。口座に前金の10000000CPが振り込まれ次第、契約成立だ」


 ヨーラムは自身の尊厳を半ば放棄し、悔しさを押し殺して目先の計画の成功に集中する決断を下した。


 「ありがてえ、任せな!」


 要求を通したマティプは晴れやかな表情を浮かべ、ゾグボとハイタッチを交わした後、元の持ち場へと戻っていく。


 

 (……くっ、何故この私が、これだけの人間と金を動かせるこの私がリスペクトされず、たかが剣術に優れているだけのメナハムが人望を集めるのだ……?)


 爆発しそうなストレスを、ホテルの壁に叩きつけるヨーラム。

 

 現場で身体を張らない彼に、使われる側の気持ちは理解出来ないだろう。

 ヨーラムはデビッドの様な、権力と引き換えに裏方に徹する男でいるべきなのだが、まだ24歳の彼は多くを望み過ぎているのだ。

 


 

 7月15日・11:00


 「バンドー! そっちは頼んだわよ!」


 「オッケー! 相手にとって不足なしだ!」


 賞金稼ぎ組合からの依頼を受け、窃盗団のアジトを包囲したチーム・バンドー。

 

 この数日、世界中で小規模の地震が頻発する様になり、ソフィアでもその混乱に乗じた窃盗被害が急増。

 パーティーはクレア財団の屋敷に腰を落ち着け、街の治安維持に協力しながら個々のレベルアップに励んでいた。


 「……へっ、お前最近売出し中らしいが、少し前までは素人だったんだろ? この俺に勝てる訳がねえ!」


 窃盗団の助っ人トドロフはロックミュージシャンの様な細身の長髪男だが、かつて剣士ランキングのトップ100にも名を連ねた事のある中堅剣士。

 この難敵との一騎討ちを想定したパーティーは、スコットが残した剣術指南ノートを日々学んでいるバンドーにその大役を任せたのである。


 「喰らえっ……!」


 距離を詰めてくるバンドーの歩数を先読みし、半拍遅れのタイミングでカウンターを仕掛けるトドロフ。

 バンドーは足を止めてガードを整えるタイムラグが生じる為、迂闊な先制攻撃は控えなければならない。


 「うおっとと!」


 トドロフのカウンターにリズムを狂わされたバンドーはガードを固め、ここ暫く味わっていなかった強烈な突きを払い除けた。


 「まだまだフォームが教科書通りだな! 俺は両手が利き腕なんだ。このラッシュを受け止めてみろ!」


 変則的な構えから予測不能なスイングを繰り出すトドロフ。

 ハインツとのスパーリングにより、サウスポースタイルにもある程度慣れているバンドーではあるが、右腕からの攻撃も警戒してその場に立ちすくむ。

 

 「……くっ、速いな……!」

 

 トドロフは確かな実力を持ち、剣の太刀筋を見る限り、肉体的な衰えも感じさせない。

 自分本意な行動で命を落としたセルビアのベテラン、ガチノビッチにも当てはまる事だが、それなりの評価と人望を兼ね備えていたはずの剣士でさえ目先の欲に走るこの世界の闇が今、バンドーの背筋を静かに凍らせようとしている。


 「オラオラッ! いつまで防具が持つかな!?」


 不敵な笑みを浮かべながら利き腕を巧みに入れ替えるトドロフの剣は、上下左右からバンドーを刻みにかかる。

 持ち前の格闘センスでどうにかガードが間に合っているものの、波打つ長髪の合間を縫って紛れ込んでくるトドロフの突きは、確実にバンドーの防具を蝕んでいた。


 (……落ち着け、ガードは出来ている。スコットさんのノートにあったアドバイスを思い出すんだ……)


 バンドーは額に滲む汗を袖で拭きながら、太刀筋と同時にトドロフの表情をその視界に捉える。


 

 【劣勢の時にはまず、相手の表情を確認せよ。真に攻勢に出ている者の表情は、笑ってはいない。一騎討ちの最中に笑顔を続ける者こそ、精神的に追い込まれている。自身が攻勢に出ているという表層を、心の支えにしているだけなのだ】


 

 スコットの剣術指南ノートに書かれていた一文は、まさに今のトドロフに当てはまっている。

 パワーとスタミナには分のあるバンドーが真っすぐに相手と目を合わせた瞬間、トドロフの表情に明らかな動揺が走った。


 (……そうだ、俺が恐れていたのは、ガードしきれないトドロフの突きだけだ。奴の顔は、今ハッキリと心の支えを失いかけている。何も恐れる事はない!)


 「うおりゃあ!」


 上半身を大きくくねらせ、バンドーはトドロフの剣と波長を合わせる。

 やがて身を屈めて剣の軌道を回避すると、そのまま得意のタックルで相手の懐に潜り込み、勢い良く起こした後頭部でトドロフの顎に頭突きが炸裂。


 「……がはっ! ひっ……ひはあぁ!」


 顎のダメージに加え、思い切り舌の側面を噛んでしまったトドロフ。

 激痛と滴る鮮血に思わず口を押さえた、彼の左半身はがら空きだった。


 「一撃で……決める!」


 バンドーは剣の峰側を水平にスイングし、トドロフの左脇腹を全力で殴打。

 そのパワーは刃が触れずとも相手の防具を破壊し、肋骨にヒビを入れるに十分の威力を見せつける。


 「ふおおぉっ……!」


 踏んだり蹴ったりのトドロフは、更にバンドーから足を掛けられてその場に崩れ落ち、地面に舌からの出血を滲ませる屈辱に身悶えていた。


 「やったなバンドー! お前を穴扱いする奴はもういねえ、ランキングに相応しい剣士だよ!」


 バンドーの戦いぶりを、真っ先に称賛するハインツ。

 

 彼の後ろにはパーティー一同と、拘束されうなだれる窃盗団5人の姿。

 今や百戦錬磨と称しても過言ではないチーム・バンドーにとって、トドロフ以外のメンツは相手にならないレベルだ。


 「……舌にちぎれた部分はないですね。暫く食事には困るでしょうが、命に別状はありませんよ」


 落ち着き払った態度でトドロフの舌の様子を確認したシルバは、リンからペットボトルの水を受け取り、自身のハンカチを湿らせる。


 「……100%清潔ではありませんが、ないよりマシでしょう。救急車を呼ぶまで血を止めましょう」


 シルバはトドロフの口にハンカチを咥えさせ、ハインツから逃げる途中で肩を脱臼してしまった窃盗団のひとりを、助っ人剣士の隣に座らせた。


 「……あんたは実績もあるし、実際強かった。どうして窃盗団なんかに? そんなに稼げる仕事なの?」


 フェリックス社の真実を分かち合う仲間を探し求めている、チーム・バンドー。

 彼等から見れば、トドロフは戦力として期待出来るレベルだっただけに、このまま犯罪者として拘束せざるを得ない現実は惜しい。


 「……お、俺だって……出来ればまともに稼ぎたい。だが、フェリックスの採用テストが最近、魔法や特殊能力重視に変わっちまって、俺は落選した。そして、俺より弱い仲間達は死んじまったり、大怪我したりして……」


 舌の傷をいたわりながら、ゆっくりと心情を吐露するトドロフ。

 戦っている間は敵味方で区別出来る人間関係も、戦いが終われば皆、苦い事情に満ちているのだ。


 「……犯罪が増えると、賞金は安くなっちまう。命を懸けてまで、プライドや正義感を守るべきなのか、俺だって迷ったよ……」


 何処となく、トドロフの瞳が潤んでいる様に見える。

 彼の胸中は、優れたチームメイトの中で成長を待って貰えたバンドーには痛い程理解出来る。


 「救急車が来たわ! まあ、同情出来なくもないけど、これもあたし達の仕事なの。しっかり更生してね」


 犯罪増加で運転も荒くなった救急車を眺めながら、クレアはトドロフ達の肩を軽く叩いた。


 「……ちっ、お前達、覚えてろよ……」


 最期に捨て台詞を吐くトドロフだったが、その表情から怒りは感じられない。

 服役という言葉には負のイメージしかないものの、彼には暫しの休息が必要なのだろう。



 「……それにしても、フェリックスの傭兵方針が変わったのは気になるな。もう目ぼしい剣士や格闘家は奴等に囲われちまったって事か?」


 「……いえ、顔馴染みの多くは反フェリックス派ですし、クォンさんが殺されてしまった事で、オセアニアの仲間もフェリックスを憎んでいます。政府や警察、軍隊相手に剣や拳では限界がありますから、より頭脳的な抵抗も準備しているのではないかと……」


 賞金稼ぎ組合への帰路の途中、ハインツとシルバは現状認識を擦り合わせているが、一方のクレアは昼食スポットの検索に集中のご様子。


 「……戦車や戦闘機を前にして、私達が冷静でいられるかどうかは分かりません。でも、魔道士が徒党を組めばコックピットを浸水させたり、砲弾の進路をずらす事も不可能ではありません。フェリックスは本気でロシア侵攻を考えていて、前もって人材を現地に配置するつもりなのかも……」


 おそるおそる口を開くリンの言葉は、無意識のうちにパーティーを戦慄させる。

 仮にフェリックスが警察や軍の対策を始める事が判明した場合、軍を牛耳るジルコフ大佐の人間性から考えて、ロシア対フェリックスの戦争に発展する危険性があるからだ。


 「……気になる事があります。先日私達に敗れて逃走した、ボロニンとライザのコンビの消息が摑めないままなのです……。私のテレパシーで捜索すれば、大抵のものは見つける事が出来るのですが、大自然の中に隠れているのか、見た目を大きく変えているのか、見つける事が出来ないのです……」


 拳銃の恐怖もない窃盗団との戦いでは、女神のフクちゃんも流石に出る幕がない。

 今日初めて耳にした彼女の言葉により、パーティーは忘れかけていたボロニンとライザの存在を思い出す。


 「ボロニンはバンドーに脛を折られてまだ歩けないだろうし、ライザも戦いから離れてふたりで静かに暮らしたがっていたわ。彼等を今すぐ見つけないといけない様な危険はないんじゃない?」 


 クレアはフクちゃんの心配をよそに、楽観的な表情のまま昼食の目星をつけている。

 どうやら、お手頃なイタリアンレストランが見つかったらしい。

 

 「……ライザさんの魔法は、地殻魔法です。フェリックス社の人工地震計画が目的地まで届かなかった時は、彼女を利用してもおかしくないと、私は考えています……」


 眉間にしわを寄せ、険しい目つきで虚空を眺めるフクちゃん。

 その様子にただならぬものを感じたパーティー一同は、シルバを通して特殊部隊にボロニンとライザの情報を問い合わせていた。



 7月15日・22:00


 「……ケッ、またスッちまったぜ! そろそろこの勝負も潮時だな!」


 ヨーラムから口座に前金10000000CPが振り込まれてから、モナコで贅沢三昧のマティプとゾグボ。

 

 既に家族や友人には2000000CPを配り、残りの8000000CPを自身の装備や豪華な食事、高給コールガール等に散財。

 更なる欲に突き動かされたギャンブル参戦も、流石に節度をわきまえて手を引いていた。


 「……ああ、いい夢が見れたよ。もう人生に悔いはないな」


 ゾグボは早くも満足した様子を見せていたが、マティプの野心はまだまだ収まる所を知らない。


 「おいゾグボ、バカ言ってんじゃねえよ。成功したらもう10000000CP来るんだぜ。それによ、俺達を乗せてくれるヘリは荷物も運べるフェリックス特製、軍隊レベルの代物なんだ。こいつを強奪して悪党に売り捌いたら、一体幾らになると思う?」


 「マティプ、流石にそりゃ無理だろ。メナハムは俺達よりも強いだろうし、ナシャーラとかいう女の魔法はバケモノレベルなんだぜ? 奴等と同じヘリに乗っちまったら、大人しく命が助かるだけでもありがたく思わねえと」


 自らの現実と向き合い続けて卑屈になっていたゾグボには、マティプの過剰な自信が何処から来るのか理解出来ない。

 だが、マティプはこれまでの人生に於いて過酷な現実から逃げず、戦い続けた先に見えた希望をその手に掴んできたのだ。


 「……こいつを見な。小さな金庫に見えるだろうが、ここには金じゃなく、拳銃と手りゅう弾が入っているんだ。民間の航空機で出発する訳じゃねえから、手荷物検査もない。ボロニン達に使う武器だと言えば、メナハム達も疑わねえだろ」


 セレブな観光客を装った高級スーツに相応しい、高級スーツケースの中に光る漆黒の金庫。

 しかしその実態は、いつヨーラムからの命令があってもその場で出発出来る『殺し屋の武器庫』だったのである。


 「お前まさか……フェリックスを脅すつもりなのか!?」


 ゾグボがマティプの胆力に圧倒されたその瞬間、小さな揺れがカジノを襲った。


 「……ん? また地震か……うおおぉぉっ!?」


 この数日で、小規模な地震にはすっかり慣れていたヨーロッパの民衆。

 

 しかしながら、この揺れの大きさと長さはこれまでの比ではない。

 マティプとゾグボは慌ててスーツケースを庇う様に抱き抱え、拳銃と手りゅう弾を地震の衝撃から守り通した。


 

 「……だいぶやられたな……。こいつがフェリックスの仕業だとしたら、一族揃って終身刑ものだぜ……」


 マティプが見回す辺り一面、カードやルーレットは勿論の事、華美な証明設備も半壊。

 幸いにして客やスタッフに死者はいない様だが、シャンデリアの直撃を受けた男性は額から血を流し、足を骨折した女性客もいるらしい。


 『お客様にご報告致します。お客様にご報告致します。只今の地震はアイスランド沖南西を震源とし、マグニチュードは7.0。モナコの震度は6で、現時点では津波上陸の可能性はありませんが、念の為ご注意下さい』



 ピピピッ……


 「来たか……!」


 ヨーラムからのコールがマティプの携帯電話に届く。

 どうやら、ヨーロッパ全土にこの地震は到達したらしい。


 「ヨーラムからだ! ゾグボ、フェリックスのモナコ支店に急ぐぞ!」


 「お……おう!」


 乱れたスーツを直す事もなく、マティプとゾグボは一目散にカジノを脱出。

 だが、出口にはスタッフが待ち構えていた。


 「申し訳ございません、軽傷者が多数出ております。謝礼はお出し致しますので、元気な男性は救護活動にご協力下さい!」


 「……ああ? 謝礼ってのは20000000CP以上あるのか? 悪いが俺達は、この世界を変える仕事があるんだよ!」


 ここぞとばかりに、非情な決め台詞を叫ぶマティプ。

 仮に警察に止められて要請されても、ヨーラムやメナハムがひと言話せば事態はすぐに収まるに違いない。



 「……あそこだ!」


 フェリックス社のモナコ支店は、屋上ヘリポート完備の高層ビル。

 既に巨大な貨物ヘリがスタンバイしており、メナハムらしき男性が振りかざす剣の光が街の(あかり)を反射していた。


 「いよいよだな……いいかゾグボ、無駄死にはするなよ! 俺達の幸せの先に、初めて革命があるんだからな!」


 各地で消防車と救急車のサイレンが混じり合う中、不気味に乾燥した夏の夜空を見上げたマティプ。

 彼等の先に待つものが例え地獄であったとしても、彼等は後悔しないだろう。


 彼等はその大金で、運命を丸ごと買ったのだから。



 7月15日・23:30


 「……クレア、どうだった!?」


 「大丈夫、キリエフも含めて知り合いは皆無事よ! フリストキャプテンの店は大変な事になっちゃってるけどね……」


 ヨーロッパ全土を襲った大地震に叩き起こされたチーム・バンドーは、各々の知り合いの安否と街の被害を確かめる為、各自ソフィアを駆けずり回る。


 「バーバラさんやルステンベルガーさん達も無事です! ドイツやオーストリアでは、余り激しい揺れはなかったみたいですね!」


 「カムイやギネシュ達も無事だ! だが、グラスゴーのスコットやカレリンとはまだ連絡がつかない。スコットランドには津波が来るみたいだから、安全な場所に避難中かも知れねえな!」


 「うん、オセアニアも少し揺れたみたいだけど大丈夫だし、アニマルポリスのメグミさん達も無事だった。今回の地震の被害は北欧と東欧が大きいみたいだよ!」


 クレア、ハインツ、リン、バンドーの報告に続き、特殊部隊の仲間とボロニン達について話していたシルバは、スペインの地震により一時的に途絶えていた通信を再開していた。


 「……ボロニン達は警察の捜査を逃れ、今は故郷ロシアの沿岸部で若い漁師を指導しているらしいです。ボロニンには漁師の経験がありますからね。……ただ、彼等が何処にいるかは誰も教えてくれないそうです。きっとジルコフ大佐からの制裁を恐れての事でしょう。でも、フェリックスがライザを狙っているとなると、いずれ金で居場所を訊き出すでしょうね……」


 ロシアにひと泡喰わせようとするフェリックス社にとって、野望のラストピースとも言えるライザがロシアに潜伏している事は、極めて好都合。

 彼女の地殻魔法を引き出せば、必ずロシア本土に地震を起こす事が出来る。


 問題はもはや、どのタイミングで誰にライザを襲わせるか、それだけだ。


 「ロシアに行って、ボロニンとライザを早く自首させるのが一番だけど、この地震じゃすぐには飛行機も飛べないよね……」


 バンドーは深夜の復旧作業に混乱する街並みを眺めて、深くため息をつく。


 「自分達はジルコフ大佐から恨みを買っていますからね……。飛行機でロシアに到着次第、その場で御用かも知れません。今、ガンボア達に話していますが、ロシアに行く時は特殊部隊の車で、陸路から入った方がいいですよ」


 シルバはバンドーのはやる気持ちを抑え、警察と特殊部隊がフェリックス社の捜査を進めたのち、法的証拠とともに乗り込む事の重要性を説いた。


 「……つまり、あたし達が今出来る事は、ソフィアの復旧に尽力する事よ! 皆、あたし達の拠点を守る為に、今日みたいに頑張りましょう!」


 「おう!」

 

 クレアは故郷の為の仕事にモチベーションを高め、チーム・バンドーも彼女に賛同、一致団結を誓う。


 「……今、神界からメッセージが届きました。アジアやヨーロッパの広い地域に被害が出ている為、私達神族が人間の姿で各地に散らばり、自然の修復に力を貸します。私は暫くここを留守にしますが、私がいなくても大丈夫ですよね?」


 歳相応とも言える、無邪気な笑顔を久しぶりに見せるフクちゃん。

 その笑顔は主にバンドーに向けられており、それは即ち、彼が完全に一人前の剣士に成長したという確信だった。


 「……うん、分かった! フクちゃん、後は俺達に任せてくれ!」


 晴れやかな太字スマイルを決め、今のバンドーには自信がみなぎっている。

 フクちゃんはパーティーメンバーとひとりずつ握手を交わし、闇夜にフクロウとなって大空へと消えて行く。


 「ひゃあー」


 「……1級神になったんだから、あの間抜けな鳴き声くらいはグレードアップすればいいのに……」


 クレアのひとり言はパーティーにジワジワくる笑いをもたらしたが、そんな事はどうでもいい。

 

 フクちゃんをはじめとする神族が、遂にそのベールを脱ぎ、この地球の危機に立ち向かう。

 

 その真実を知っているチーム・バンドーと一部の賞金稼ぎ達。

 彼等だけは、この世界の如何なる未来にも絶望する事はないはずだ。



  (続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ