第72話 明日を探す、生きている限り……
7月11日・0:15
「……リンさん、起きて下さい! 父から……父からメールが来ました!」
屋敷の図書室で本の話題に花を咲かせていた、バーバラとリン。
昨日1日の疲労から、やがてその場で浅い眠りに入るふたりだったが、バーバラの携帯電話が突如として受信したメールは、パーティーが捜索していた彼女の父、クリストフからのものだった。
「……はっ!? 私、寝ちゃってましたか!? 今、皆を呼んできますね!」
寝ぼけ眼でふらつきながらも、リンは隣の部屋で待機するシルバの元へ走り出す。
『愛するバーバラ』
連絡も取らず、この半年の間嘘をつき続けていた事を、まず謝らせて欲しい。
そして、万一の事態に備えて通話ではなく、こんな時間のメールを選んだ事を許してくれ。
私は今、ソフィアの隣街ペルニクのモーテルに滞在している。
私が逃亡生活を続けているのは、私に突然不可思議な現象が襲いかかり、殺意はないのに、ウィーンのフェリックススーパーの店長を殺してしまった事になっていたからなんだ。
だが夕方のニュースを観て、匿名で魔法学校に問い合わせしてみると、お前が休職してソフィアに来ている事が分かった。
皆にこれ以上、迷惑をかける訳には行かない。
信じて貰えるかはともかくとして、私は取りあえず警察に出頭する事にしたよ。
ただ、ペルニクの警察に出頭してしまうと、身は安全かも知れないがそのまま拘束され、お前に会って事情を話す事が出来ない。
私はソフィア行きの始発バスに乗り込む事にした。
朝の7:00くらいには駅のバスターミナルに到着する。
お前がいなければそのまま出頭するが、もし来てくれるなら是非会いたい。
「……このメールは父のアドレスから来ています。言葉遣いのクセも同じです。父で間違いありません」
バーバラを囲む様に、図書室に勢揃いしたチーム・バンドー。
彼女の言葉から、このメールがクリストフの名を語る者から仕掛けられた罠ではないと判明した。
「……取りあえず、お父さんが無事で良かったね。でも、パウリーニョ達もまさかふたりだけでクリストフさんを捜索している訳じゃないと思う。あちこちに見張りがいるだろうから、ちゃんとメンバーを振り分けないと」
「そうですね。恐らく最低でも、駅と警察署付近には見張りを配置しているでしょう。相手の目を眩ませる為にも、パーティーをバスターミナル、電車のホーム、そして警察署の3ヶ所に分散させるべきですね」
まずはバンドーとシルバが基本計画を提案。
今回のパーティーはルステンベルガーやキリエフ達もいる大所帯であるが故、振り分ける人数にも余裕がある。
重点を置くのは勿論、バーバラとクリストフのいるバス停の警護だ。
「……クリストフさんがシルバ君の推測通り、肋骨を痛めたまま逃走していたのであれば姿勢が不自然なはずですし、髪や髭も伸びていると思います。バーバラさん、病人やホームレスの人に紛れない、クリストフさんを見分ける目印の様なものはありますか?」
リンからの質問に暫し考え込んでいたバーバラだったが、やがて思い出した様に手を叩き、確信を持って返答する。
「結婚指輪です! 私は幼い頃に母を病で亡くしましたが、両親はとても仲が良かったので、父も普段は結婚指輪を外しませんでした!」
「よっしゃ、夏なら手袋も履かねえしな。これで完璧だ、ルステンベルガーとキリエフに連絡しようぜ!」
計画がまとまり、一気にテンションが高まるハインツ。
だが、後6時間このテンションを持たせるのは、寝不足もあって至難の業だろう。
「……う〜ん、キリエフがここに来るとうるさいから、あいつには直前になってから伝えた方がいいわね。皆、これからまた、少しでも寝ておいてよ」
クレアのひと言はパーティーに安堵感をもたらし、パーティーを代表してルステンベルガーに電話をかけるバンドー以外は、再び仮眠を取りに部屋へと帰還した。
7月11日・6:45
季節は夏だが、まだ肌寒さの残る東欧の早朝。
それもそのはず、今朝は明け方から降り始めた雨がその勢いを増している。
間もなくクリストフが到着すると思われるバスターミナルに待機しているのは、バーバラをはじめとしてハインツ、ルステンベルガーというエース級のメンツ。
教官暮らしが長く、魔法での実戦から遠ざかっているバーバラをサポートする為、更にリンも加えられた鉄壁のチームだ。
一方、屋内で魔法の自由度が狭まる駅の電車ホームには、バンドー、シルバ、ヤンカーの肉体派3名を。
警察署付近にはクレア、シュワーブ、キリエフに加えて、想定外の事態も切り抜けられる能力を持つフクちゃんを配置している。
「……よし、そろそろ奴が姿を現してもおかしくない時間だ。賞金稼ぎの姿も含めて報告しろ」
街でスカウトした見張り役のチンピラに、携帯電話で指示を出すパウリーニョ。
彼とフェルナンジーニョはスーツと伊達眼鏡で出勤前のサラリーマンに扮し、警察署付近で雑談を交わしながら周囲を見渡している。
早朝は出勤や通学による人出が増える事もあり、彼等もクリストフがその混雑を利用してソフィアに忍び込むと踏んでいたのだ。
「……こちら駅の電車ホームです。写真で見せて貰った様な中年の姿はまだありません。賞金稼ぎらしい男の姿は3人見えます。アジア系っぽい奴がふたり、デカいハゲ野郎がひとり……」
「アジア系はバンドーとシルバ、デカいハゲ野郎はヤンカーだな。コーエンさんから送られて来た写真通りだ。全く分かりやすくて助かるぜ」
娘であるバーバラの姿がない場所に、クリストフが現れるはずがない。
そう確信しているパウリーニョは、チンピラからの報告にも身構える様子はなく、賞金稼ぎの個性的な外見を茶化す余裕を見せている。
「……こちら駅前のバスターミナル。剣士ふたりに加えて、女がふたりいます! ふたりとも武器は持っていない様なので、恐らく魔道士でしょう」
パウリーニョ達がスカウトするチンピラに求める条件は、金さえ払えば賞金稼ぎ相手にも身体を張れる強心臓の持ち主である事。
とは言え、そんな気合いの入ったチンピラでさえ彼等の前では敬語を使う。
表向きは一般人を装っていても、ブラジルで罪を重ねてきたパウリーニョ達のオーラは同族に伝わり、半端なワルは逆らえないのだ。
「……よし、上出来だ。お前らはもう帰っていいぞ。だが、絶対サツにはパクられるなよ。渡した金で遊ぶのは明日にしろ。俺達の名前を出したらただじゃ済まねえからな!」
テレビニュースの話しぶりとはまるで別人の様に、ドスの効いた声でチンピラをシメるパウリーニョ。
「おいパウリーニョ、警察署前に賞金稼ぎは4人いる。女はふたりだが、ひとりは赤毛の剣士で、もうひとりはまだガキだ。バーバラじゃねえ!」
相方のフェルナンジーニョは、パウリーニョがチンピラと連絡を取っている間、警察署付近の賞金稼ぎの姿を背後から確認。
クレアとフクちゃんの姿に、自分達が駆けつけるべき場所はここではないと理解したに違いない。
「折角の舞台だ。出来る事なら賞金稼ぎ皆殺しといきたい所だが、生憎俺達には台本がある。クリストフの頭か左胸を1発の弾丸で撃ち抜き、その手に拳銃を握らせる事だ。その為に、まずは奴が現れると思われるバスターミナルの邪魔な賞金稼ぎどもを始末するぜ」
「おうよ! ふたりなら無敵だ!」
パウリーニョは小声で作戦をおさらいしたつもりなのだが、フェルナンジーニョは周囲に聞こえる大声で気合いを入れる。
彼等の目的はあくまで、クリストフを自殺に見せかけて始末する事。
賞金稼ぎに正体がバレていた場合、毛髪やDNAを鑑定される危険性から、タクシーやレンタカーは使えない。
凸凹コンビは全速力で駅のバスターミナルへと走り出した。
7月11日・7:05
「……バスが来ました! 恐らくあのバスに父が……」
ハインツとルステンベルガーが刺客への対応について結論を出そうとしていた時、その姿を現したペルニクからの始発バス。
降りしきる雨で視界が曇る中、バーバラは目を細めて父の姿を探し、リンは刺客に備えて背後を見張る。
「……もしかして、あれがお父様……!?」
バーバラは停車したバスの最後尾で、人目を避ける様にうつむく長髪の男性を発見する。
逃走が半年に及び、その間に髪を切るチャンスがない場合、一般的な男性ならロックミュージシャンの様な長髪になっているはずだ。
一方で、モーテルを渡り歩くだけの貯金があれば、自分の部屋で髭を剃る事は出来る。
いつか再会する娘の手前、ホームレスの様な風貌にはなりたくないというプライドもあるだろう。
左の窓際席に座るその男性の左手は、雨に濡れた窓ガラスのせいでハッキリとは見えない。
指輪を確認出来なかったバーバラは、思い切って窓ガラスを叩いた。
(……!? バーバラ……!)
声は聞こえないものの、男性の口は確かにそう動いた。
大きく目を見開き、慌てて窓ガラスに貼り付く彼の左手薬指に、バーバラは鈍い光を放つ指輪を発見する。
「父です! 間違いありません!」
周囲の目をはばかる事なく、ハインツ、ルステンベルガー、そしてリンに大声でクリストフの存在をアピールするバーバラ。
時を同じくして、リンは早歩きでバス停に近づいてくるふたりのスーツ姿の男性の姿を確認していた。
「……ハインツさん、あのふたり、昨日のニュースの……!」
「奴等だ、間違いねえ! ルステンベルガー、準備しろ!」
娘との再会を急ぐ余り、クリストフは全速力でバスから降りようとしている。
早朝の始発バスは乗客も疎らである為、このままでは彼が真っ直ぐパウリーニョ達と鉢合わせしてしまう。
「リン、俺達が盾になる。バーバラにも魔法を準備させろ。感動の名場面は後回しだ!」
ハインツはリンを一歩後ろに下げて魔法を指示し、自身はルステンベルガーとともに前方の壁となった。
「バーバラさん、刺客が来ました! 銃を出すかも知れません、魔法を準備して下さい!」
「……はい! お父様、フェリックスの刺客が来ています。バスから降りたらまず、私達から離れて下さい! 説明は後です!」
リンの言葉に素早く反応したバーバラは、切迫した状況が飲み込めていないクリストフの背中を強引に押し、彼を駅へ向かう人の波に紛れさせる。
「ハインツ、少なくとも奴等のどちらかは『レセプター・リフレクター』だ。一撃で殺さない限りは反撃を受ける。まさか一撃で殺すつもりではないだろう?」
「ああ、リンとバーバラの魔法が整うまで、取りあえず返されてもこっちが耐えられそうな攻撃で凌ぐ。仲間が集まリさえすれば、いくら能力者だろうと数で圧倒出来る。捕獲して警察に突き出してやるさ!」
歴戦の剣士、ハインツとルステンベルガーは笑顔で互いに向き合い、訪れるスリルさえ充実感に変えている。
彼等はポケットの携帯電話から、あらかじめ作成していた仲間への集合メールを送信し、表情ひとつ変えずに距離を詰めてくるパウリーニョとフェルナンジーニョに向けて剣を抜いた。
「……雨の勢いが増してきました! 雨水を魔法で操るまでには、少し準備に時間がかかりそうです!」
苦渋の表情を滲ませるのは、武闘大会でバイスを窒息させた経験を持つリン。
『レセプター・リフレクター』から反撃を喰らわない様にするには、相手を殺すか気絶させるしかないのだが、その為に魔法を使わざるを得ない現実が彼女を苦しめている。
「リンさん、水魔法に集中して下さい! 私、風魔法には自信があります。時間を稼ぎますよ、はああぁぁっ……!」
雨風が吹きつけるコンディションにより、風魔法、水魔法ともに通常時以上の魔力と集中力が必要とされる。
ここは魔法学校教官の面目躍如、集中を高めるバーバラの首の下、2本の鎖骨の間から、魔力を示す蒼白い光が覗いていた。
「ケンちゃん、ハインツからメールが来たよ!」
「……!? こっちもだ、行くぞ!」
バンドーとヤンカーはそれぞれチームメイトからメールを受け取り、シルバにバスターミナルへ急行する様に促す。
「ちょ〜っと待った! 俺達、あんたらを引き留めなきゃいけねえんだよ。10分、いや5分でいい。俺達に付き合ってくれ」
まるで計ったかの如く、バンドー達の前に立ち塞がるチンピラ3名。
シルバやヤンカー程ではないものの、街のチンピラにしては立派な体格で、その鋭い目つきからもケンカにはそれなりの自信を持っている様子だ。
「……バンドー、シルバ、先に行け。こんな奴等、俺ひとりで十分だ」
バンドーやシルバのみならず、現在はヤンカーも格闘技の訓練を積んでいる。
人混みの中、剣を振り回さずともチンピラを圧倒する事は可能だろう。
「……ケッ、わざと強面なフリしやがって。俺の経験じゃ、眉毛まで剃っている奴は見掛け倒しだったぜ!」
チンピラのひとりがヤンカーに投げつけた言葉は、彼の逆鱗に触れた。
ヤンカーは、わざと眉毛を剃っている訳ではない。
彼の父親は幼い頃にカナダで被爆し、彼は被爆2世として生まれつきのスキンヘッドと眉毛の消失という、外見のハンディキャップを背負ってきたのである。
「……どうやら、俺を怒らせちまった様だな。警察に突き出すだけじゃ済まねえぞ、覚悟するんだな!」
「ヤンカー、晩飯おごるから、手加減してやってよ!」
闘志をたぎらせるヤンカーを不安視したのか、バンドーは彼をなだめながらシルバとともにバスターミナルへと急いだ。
「おいお前ら! こいつが見えねえのか!? 今からひと騒ぎするんだ、怪我したくなけりゃ脇道に逃げな!」
ハインツは最終確認とばかりに、不気味な接近を止めないパウリーニョ達に剣を見せて牽制する。
「……どうするパウリーニョ? クリストフは人波に紛れちまった。この状態じゃ弾丸1発で射殺とは行かねえ」
「弾丸はふたりで18発ある。クリストフには1発残しておけばいい。奴は必ずバーバラの所に戻ってくるからな」
ハインツの警告に耳を貸す素振りも見せず、パウリーニョとフェルナンジーニョは冷徹に拳銃を抜いた。
「……危ないっ!」
咄嗟に発動したバーバラの風魔法は、雨をみぞれに変える程の勢いをもって刺客の足下に集結。
その判断は相手をのけ反らせるのではなく、地面にうつ伏せにさせて拳銃を無効化し、ハインツ達の攻撃を引き出す意図がある。
「へっ、何だこんな風……うおっ!?」
その長身と助走を活かして、魔法を軽々と飛び越えられると踏んでいたフェルナンジーニョだったが、想像以上に強力なバーバラの風魔法は、いとも容易く彼等の足下をすくい上げた。
「……がはっ……!」
もんどり打って地面の水溜りに叩きつけられる、パウリーニョとフェルナンジーニョ。
だが、敵もさるもの。拳銃だけはしっかりとその手に握りしめたままである。
「……はあっ!」
目論見通りに刺客をうつ伏せに転倒させたバーバラは、正確な技術を活かして風魔法を完全に停止。
仲間の反撃準備に並行して、一般人への風圧被害をゼロに抑えていた。
「流石は魔法教官、こんな魔道士が仲間にいてくれたら頼もしいな!」
バーバラの実力を目の当たりにしたルステンベルガーは、ハインツとともに颯爽と刺客コンビを飛び越え、拳銃の射程から外れた位置から相手の足首を蹴り上げる。
「くっ!」
「……何っ!?」
防弾チョッキのない下半身は、蹴られた両者も確実に痛みを感じる部分。
しかしながら、パウリーニョを蹴り上げたルステンベルガーの軸足にも確かな痛みが走り、彼はそのまま足を滑らせて地面に膝を着いてしまった。
「ルステンベルガー! ……俺は何ともねえ、つまり、パウリーニョが『レセプター・リフレクター』なのか!?」
戦いの中に於いても、冷静に状況を把握するハインツ。
まずはふたりの刺客から拳銃を遠ざければならないが、パウリーニョの急所や頭に攻撃を加える事は、即ち自分達の大怪我にも繋がりかねない。
「結構真面目に調べているんだな! 賞金稼ぎを舐めていたぜ、そおりゃっ……!」
ハインツの下半身を足で挟み込みながら、その反動で立ち上がって形勢逆転を狙うフェルナンジーニョ。
「……へっ! フェルナンジーニョ、お前は特殊能力もない単なるヤクザ者なんだろ? いくら銃があるとは言え、そんなに間合いを詰めて大丈夫か!?」
得意の間合いに余裕を見せるハインツは、フェルナンジーニョが拳銃を構える前に素早く剣を振り、相手の肩口、鎖骨辺りを斬りつけにかかった。
ビイィッ、キキキッ……
ハインツの剣は、フェルナンジーニョのスーツ越しに生身の肉体に触れたはず。
しかしスーツが破れた後に聞こえるその音は、明らかに金属同士が擦れる音。
フェルナンジーニョは、フェリックス社が開発した最新式の防弾チョッキを着込んでいた。
「……痛ててっ! 何て固さだ!」
慌てて剣を引っ込め、フェルナンジーニョの射程から外れる様に背後へ回り込むハインツ。
「フェリックスが開発した防弾チョッキさ。俺の肉体が壊れる前に、お前の剣が折れちまうかも知れないぜ」
特殊合金採用により外見は薄く、着心地は軽く仕上げられた防弾チョッキだが、効力は想像以上だったのだろう。
フェルナンジーニョは不敵な笑みを浮かべ、ジェスチャーでハインツの攻撃が効いていないアピールを見せた。
「何が防弾チョッキだ!? 下半身は丸腰じゃねえか! 銃を向けたお前らに弁解の余地はねえ、少し痛い目に遭って貰うぜ!」
攻撃目標を下半身に切り替えたハインツだったが、この間合いの近さこそが格闘家、フェルナンジーニョの狙いである。
「……舐めんじゃねえ!」
恐れ知らずのフェルナンジーニョは、あらかじめ金属板を取り付けて細工していたスニーカーの靴底を、後ろ回し蹴りの要領で自ら剣にぶつける。
そのパワーは、剣ごとハインツを大きく蹴り飛ばした。
「……くっ!」
剣先に相手のスニーカーを刺したまま、地面に転がるハインツ。
狙い通りに事が運んだフェルナンジーニョは、裸足のままの片足を雨水に晒しながら勝ち誇った表情で拳銃を構える。
「……ここまでだな、チョロいぜ……ぎゃっ!?」
突如として拳銃を持つ右手に激痛を感じ、身を屈めるフェルナンジーニョ。
バスターミナルに駆け付けたシルバが投げるナイフが、間一髪のタイミングで相手の手を掠めたのだ。
「ハインツさん、大丈夫ですか!?」
「……すまねえシルバ、助かったぜ! 『レセプター・リフレクター』はパウリーニョの方だ!」
両者のやり取りの合間を縫ってバンドーも姿を現し、リンの水魔法の準備が整うまで、剣とフットワークでパウリーニョ牽制せざるを得ないルステンベルガーの援護を決断する。
「援軍か!? しゃらくせえ!」
パウリーニョはバンドーに、フェルナンジーニョはシルバに対して、遂に発砲を始めた。
「おわわっ……! やっぱ駅前でも撃つのかよ!?」
辛くも弾丸をかわしたバンドーとシルバだが、バンドーの言動がコミカルである為なのか、銃声を耳にしても周囲の群衆はさほどパニックに陥っていない。
雨風の中の剣術と銃撃という特異なシチュエーションに加え、サラリーマン風のパウリーニョ達と、賞金稼ぎフル装備のバンドー達の見た目にギャップがあり過ぎる。
どうやらこの決戦は、一般人からは映画かドラマの撮影だと思われている様だ。
とは言うものの、『レセプター・リフレクター』のパウリーニョには物理攻撃が出来ず、フェルナンジーニョはハインツの剣をも恐れないタフガイ。
まずはどうにかしてパウリーニョを気絶させて能力を封じない限り、弾丸と体力が尽きるまでの長い消耗戦が待ち受けている。
「……水魔法の準備が出来ました! バックアップお願いします!」
眼鏡を外し、妖しく光を放つ瞳でパウリーニョを睨みつけるリン。
慌てて彼女に銃口を向けたフェルナンジーニョは背後に隙が生まれ、すかさずシルバから羽交い絞めにされた。
「バンドー、ふたりなら耐えられるだろう。パウリーニョを押さえつけるぞ!」
「オッケー!」
ルステンベルガーはバンドーとアイコンタクトし、ふたりがかりでパウリーニョの銃口をリンから逸らす。
「……あ!? 痛ててて、何だこの感覚!?」
パウリーニョの腕をきつく掴むバンドーの腕にも、まさに相手からの反撃であるその圧力が重くのしかかる。
だが、彼とルステンベルガーとの共同作業によるパワーには、流石のパウリーニョも形勢を逆転する事は出来なかった。
「はあぁっ……!」
魔力を溜めに溜めたはずのリンの水魔法は、意外にも細くゆっくりとした水流が地を這いながら、パウリーニョとフェルナンジーニョに近づいている。
大方のパーティーメンバーが予想していた、パウリーニョの顔面を大量の水が覆い、気絶するまで窒息させるという光景ではない。
「……ひょっとして、ジェシーさんは拳銃の中に水を……!?」
元軍人のシルバは、リンの狙いにいち早く気付く。
旧式の拳銃なら、ある程度の水が内部に入れば発砲機能に支障をきたし、最悪暴発の恐れがあるのだ。
「……全く、賞金稼ぎは勉強熱心なこった! だが生憎、こいつはフェリックスで独自開発した最新式拳銃だ。ちょっとやそっとの水じゃ壊れねえぜ!」
シルバから羽交い絞めに遭い、両手の自由が利かないフェルナンジーニョ。
しかしながら、この時点では彼がリンの水魔法を恐れている素振りはない。
「どうだ!? 俺を大人しくさせない限り、手錠もかけられないだろ?」
バンドーとルステンベルガーは、パウリーニョが拳銃を発砲しない様にその両手を押さえつけているだけ。
ふたりのパワーでパウリーニョの拳口はリンからだいぶ遠ざかってはいるが、自身の腕にかかる『レセプター・リフレクター』の圧力に負けたら最後、パーティーは弾丸の餌食となってしまうのだ。
「……この水流……リンさんは拳銃だけを狙ってはいません!」
同じ魔道士であるバーバラは、リンの水魔法の水流パターンを素早く読んでいる。
銃口から入った水流は安全装置の隙間から這い出し、やがてパウリーニョ達のシャツから首へと染み出す。
雨風に打たれて感覚が麻痺していた彼等は、リンの水魔法が自身の顔面を覆う位置にまで来ている事に気づいていなかった。
「全力で行きます! 私の魔力がもし尽きたら、バンドーさん、バーバラさん、後をよろしくお願いします!」
「な……!? ぬおおぉぉっ!」
リンの合図とともに、水流はシャツの襟からふたりの顔面へと飛沫を上げて移動。
絞れる程のシャツに、鎖骨のくぼみに溜まる水……両者を窒息させるに十分な量の水が顔面を覆っている。
「……ハインツ、みんな、大丈夫!?」
クレア、シュワーブ、キリエフ、そしてフクちゃんが遂に合流。
これだけの人数で圧倒出来れば、少なくともフェルナンジーニョのパワーを恐れる必要はないだろう。
「……くっ、はあっ……! こんな所でくたばってたまるか……! げほっ!」
呼吸困難と戦いながらも、パウリーニョの脳裏には自分を虐待した父親、そして母親を薬漬けにしたドラッグディーラーへの怒りが走馬灯の様に浮かぶ。
そしてリンは、彼が見せる強大な生への執着に心を揺さぶられ、魔法の継続が難しくなっていた。
「……リン、後は俺がやる! 離れるんだ! ケンちゃん、弱ったフェルナンジーニョなら勝てるだろ!?」
リンのメンタル面を危惧したバンドーは、未だ1日1回限定の水魔法に挑む為、自身の額に魔力を集中。
その光景に、これまでバンドーの実力を余り評価していなかったルステンベルガーの目の色が変わる。
「頼むぜみんな! おおぉぉりゃあ!」
バンドーの水魔法は、リンと比較すれば当然未熟である。
彼はフェルナンジーニョには関与せず、拳銃への入水も中断する事で、パウリーニョの顔面だけに魔法を集中させた。
「……ぶはっ……! ふざけやがって!」
格闘家の性なのか、それとも怒りに我を失ったのか、水魔法から解放されたフェルナンジーニョはパウリーニョの救助より先に、自身を羽交い絞めにしたシルバとの一騎討ちを優先している。
「……ブラジルの若手格闘家が、両親を利用した政治家に復讐をして姿を消したというニュースを聞いた事があります! もしかして君が……!?」
戦いながら遠い記憶をよみがえらせたシルバは、その身体のキレが素人離れしているフェルナンジーニョの素性を確かめようとしていた。
「……くっ、さあな。それがどうした!? 俺は……げほっ、自分の仲間になる奴以外に……自分の事は話さねえ! 利用される人生はゴメンだからな!」
酸欠状態で100%の力を発揮しきれないフェルナンジーニョがシルバに勝つには、拳銃の力を借りなければならない。
浸水した拳銃に不安がないとは言えないが、仮に暴発したとしても彼には防弾チョッキがあり、この近距離ならシルバを巻き添えに出来る。
「……説教はあの世でやりな!」
「シルバさん! ああぁぁっ……!」
フェルナンジーニョの銃口を確認したバーバラは、咄嗟に全力の風魔法を発動。
弾丸だけを狙ったピンポイントアタックが、銃声と同時に発砲進路を変えさせる程の効果を発揮した。
「……バカな!? こんな近距離で外すなんて!?」
弾丸さえも動かす風魔法の存在を信じられないフェルナンジーニョは、射撃の失敗を自分のせいにしてうなだれてしまう。
シルバはその隙を見逃さず、大きく振り上げた右足で踵落としの体勢に入る。
「……あがっ……!」
自身を上回る体格のシルバから喰らう踵落としに、屈強なフェルナンジーニョも一瞬意識を失い、その場に崩れ落ちた。
「……はあぁ……うぅ……」
リンから水魔法を引き継いだバンドーの奮闘にもかかわらず、パウリーニョはこの世への怒りと生への執着だけで足掻きながら、どうにかその意識を保っている。
並の人間であれば、既に窒息死していてもおかしくない。
『レセプター・リフレクター』の能力を恐れる余り、バンドーは水魔法を緩める事が出来ないが、その目には自分が人を殺してしまうかも知れないという、底なしの恐怖がありありと滲み出ていた。
「……ど、どうすりゃいいんだよ!? おい、早く気絶してくれよ!」
悲鳴にも似た、バンドーの叫び。
重苦しい空気に支配されるバスターミナルの周辺では、いよいよ一般人もただならぬ雰囲気に気づき始めている。
「……もういいでしょう。ほいっと!」
合流以来沈黙を続けていたフクちゃんが、突然後ろからバンドーにドロップキックをお見舞いする。
それまで背後に注意など払っていなかったバンドーは、面白い様にバスターミナル沿いの道路を転がった。
「のわあぁ〜! 何この扱い〜!?」
強制的に水魔法から解放されたパウリーニョは、そのまま意識を失って動かない。
慌てて彼の元に駆け付けたルステンベルガーが胸部を押して人工呼吸を行うと、パウリーニョの心臓が再び動き始める。
「……よし、こいつは大丈夫。一時的に気絶しただけだ!」
ルステンベルガーの素早い判断と行動力、そしてパウリーニョの容態に、リンをはじめパーティー一同は安堵の表情を浮かべていた。
「……ところで、君はバンドーの妹なんだろう? 魔法の才能があるとは聞いていたが、何故こんな奇跡的なタイミングが分かるんだ!?」
思わず飛び出したルステンベルガーからの疑問に、フクちゃんは応答しない。
仮に説明してしまえば、自身が普通の人間ではない疑いが大々的に広まってしまい、警察やフェリックス社からもその存在をマークされてしまうだろう。
「フクちゃんは10年にひとりレベルの、天才魔道士なんだよ! でも、剣や格闘技で俺らの力は必要だろ? それでいいじゃん、天才に説明なんて出来ないんだからさ!」
フクちゃんの事を気にかけているシュワーブは、無意識のうちに彼女に助け船を出している。
確かに、天才とは感覚的なもの。
フクちゃんへの疑問の大半は、その見た目の年齢にそぐわない冷静さが原因なだけなのだ。
「……シュワーブさん、ありがとうございます。確かに、私には上手く説明出来ません。今はただ、彼等を殺さずに済んで良かったとしか……」
これまで殆ど存在を意識せず、ぶっちゃけぷちウザとさえ感じる事もあったシュワーブに、深い感謝の意を表したフクちゃん。
その穏やかな微笑みを眺めて、シュワーブも確かな満足感を噛み締めている。
「バーバラ! 本当にすまなかった!」
「お父様! 無事で良かった!」
実に半年ぶりの再会に、互いに涙で抱き合うバーバラとクリストフ。
事件の背景を探れば、クリストフが無罪を勝ち取る事は難しいだろう。
それでも今は、両者をこの喜びに浸らせてやるべき時間だ。
「……おっと、もう片付いちまったのか。暴れ足りないぜ!」
サイレンを鳴らしながら、現場に到着する3台のパトカー。
窓から顔を出して手を振るヤンカーが、チンピラを連行してパウリーニョ達の存在を吐かせたに違いない。
「ヤンカー、こっちこっち! これで一件落着だね!」
最後はバスターミナルを転げ回ったバンドーだったが、結果として彼が多大なる貢献を果たした事実は揺るがない。
ルステンベルガーも素直にバンドーの成長を讃えていた。
「ご苦労様です! 朝から地獄絵図になる所でした。賞金稼ぎ組合からだけでなく、警察署からも褒賞金が出ますよ!」
3台のパトカーから降りてきた人間は、ヤンカーと彼にボコられたチンピラ3名、地元の警察官2名。
加えて白衣の学者風の男性と、特殊部隊から急遽派遣された、かつてのシルバの部下であるキム。
「皆やったな! 信じてたぜ!」
更にパトカーの奥から、何処かで聞いた事のある声がする。
チーム・ルステンベルガーのメンバーで、『レセプター・リフレクター』の能力を持つ為に警察の参考人にされていたバイスが、ソフィアにやって来たのだ。
「バイス! 良かったな、これでお役御免だ!」
ルステンベルガーを中心に、チーム・ルステンベルガーが肩を組んで勢揃い。
そして勿論、チームリーダーであるルステンベルガーの頭の中では、新たなメンバー候補の目処がついている。
「……皆様はじめまして。私は『レセプター・リフレクター』の研究をしているスティーブンソン。専門は脳科学です」
パトカーから降りてきた白衣の男性は、油の匂いが漂いそうな程に固いオールバックを決めている。
一方で言動は如何にも脳科学者らしく、やや無機質な態度で近くにいたクレアに名刺を手渡し、間髪入れずに自身の研究報告を始めた。
「バイスさんのご協力により、遂に能力者特有の脳波を発見しました。そこにおられる方々が能力者である事が判明すれば、罪状も軽くなる可能性がありますよ」
スティーブンソンが指を差す『そこにおられる方々』の中には、どうやらパウリーニョも含まれているらしい。
確かに、パウリーニョ達の前科の中にはまだ悪意のない、やむ無き犯罪も少しは含まれているだろう。
しかしながら、その物の見方は余りにデータ至上主義に毒されており、被害者の気持ちなどに全く寄り添えていないのではなかろうか?
「スティーブンソン博士は、機材一式をソフィア警察署に持ち込んでくれました。パウリーニョ容疑者の体調が落ち着き次第検査を行いますので、まずは皆さんとともに、クリストフ・フィッシャーさんから詳しく話を聞かせていただきます」
警察官からの説明に取りあえず納得した一同は、ソフィア警察署へと直行。
その時シルバは馴染みのキムと目が合ったものの、キムには何か後ろめたい事でもあったのか、すぐにシルバから目を逸らしている。
7月11日・9:00
クリストフからの告白は、おおよそパーティーの推測通りの内容だった。
日頃の強引な商売に加え、自身や会社を通さずに部下のウルマーを引き抜こうとしたフェリックス社のやり方に怒りを覚えたクリストフは、ウィーンのフェリックススーパー店長にその背景を訊く為、直接店舗を訪れる事に。
だが、病から復帰して間もないウィーンの店長はクリストフの訪問に身の危険を感じたのか、軽い口論の末に実力行使に出る。
その場にあるパイプ椅子でクリストフの脇腹を殴打し、彼を追い払おうとしたのだ。
「……私は幸運にも、この年齢まで他人から本気の暴力を受けた事がなかったんです。だから彼に椅子で殴られた時、全身に電気が走る様に私の心が怒りと恐怖に支配されていくのが分かりました。私は彼を睨みつけ、そして、気づいたら彼が胸を押さえて倒れていて……」
辛い過去を思い出すクリストフの額には、大量の冷や汗が滲んでいる。
やはり彼は、自分に『レセプター・リフレクター』の能力があった事をその時まで知らなかったのだろう。
「……その後の逃走は、さぞかし不安だったでしょうね。しかしながら、貴方がウィーンの店長の異変に気がついて救急車を呼んでいれば、彼は助かっていたかも知れないのです。情状酌量の余地はありますが、保護責任者遺棄容疑として執行猶予付きの判決と、社会奉仕活動が言い渡されるでしょう……」
警察官からの説明に対しては、クリストフ、バーバラ父娘も既に覚悟を決めていたのか、動揺を見せる事はなかった。
「そうですね、申し訳ありませんでした……。私は昨日まで、今更失うものもないと開き直るつもりでいましたが、今朝娘と会えて変わりました。例え年老いた後の短い期間でも、娘や世間に言い訳せずに済む、堂々とした人生を送りたいと……!」
感極まったクリストフはその目に涙を浮かべ、バーバラは無言で父親の震える肩を抱きしめていた。
脳科学者のスティーブンソン主導によるクリストフとパウリーニョの検査は、何のトラブルもなく終了。
両者とも、身体の一部に意図的な攻撃を受けた瞬間、普通の人間には見られない強力な脳波反応が現れている。
これが則ち、『レセプター・リフレクター』の反撃能力を生んでいたのだ。
「パウリーニョさんとフェルナンジーニョさんの経歴を調べさせていただきましたが、かなり悪質ですね。この前科では良くて無期懲役、地域によっては死刑確定でしょう」
「……けっ、だからどうしたよ! 俺達が今更そんなものを恐れているとでも?」
感情の欠片も見せないスティーブンソンの学者語りに、フェルナンジーニョは早くも苛立ち気味。
手錠をかけられていなければ、スティーブンソンは早速一発殴られていたに違いない。
「……まあまあ、そうカッカしないで下さいよ。今、『レセプター・リフレクター』の能力者は恐れられていると同時に、人々の争いを減らす希望としても注目されているんです。あなた方が政府と警察の研究に協力してくれたら、少なくとも死刑は免除されるはずですよ」
研究の話となると、俄然その瞳を輝かせるスティーブンソン。
そもそも争いで商売をしているヤクザ者、パウリーニョとフェルナンジーニョはいい加減呆れ顔を見せていたが、人生の出直しを覚悟したクリストフはその話に興味津々だ。
「……まず、『レセプター・リフレクター』の能力で犯罪や事故に関わってしまった方々が世界各地で公演を行い、この能力を広く認知させていただきたいのです。そして次に、世界中の人々が私のシステム鑑定を積極的に受けていただき、政府と警察が潜在的な能力者の数を把握します。そして能力者には徹底的なアンガーマネジメントを施し、人間同士の争いを減らしていく土壌と空気を広げて行くのです!」
スティーブンソンは少々自己陶酔気味に、自身の研究で世界平和を実現しようとするプランをぶちまける。
だが、そのプランで賛同出来るのは、せいぜい能力者自身の公演活動まで。
それ以降は単なるスティーブンソンの私腹肥やしと、政府と警察による人民管理活動でしかない。
「ふざけんじゃねえよ! 俺達がこの能力を見つけたのは、他人からの理不尽な暴力や虐待があったからだ! 加害者側を守って、被害者側にはアンガーマネジメントだと!? 俺達が相手に返すタイミングを失えば、自分の中で痛みや苦しみが溜まるんだよ! それは能力者にしか分からねえ! 俺達にサンドバッグになれって言うのか!? てめえこそ脳検査を受けやがれ!」
何処からともなく聞こえる、拍手の音。
我慢の限界に達したパウリーニョの激白は能力者達の、少なくともバイスからの共感は得ていた。
未だ降りしきる雨の中、バンドー達賞金稼ぎ一同も、パウリーニョに味方したくなる自分達を必死に戒めながら、どうにか絶対的な正義の行方を心の中で追いかけている。
「……おい、学者先生よ。俺達がこれだけの罪を犯しておきながら、何度も脱獄出来るのは何故だか分かるか? 人間ってのはな、相手の立場が弱いと分かれば、いくら注意されても暴力を振るうんだよ! 調子に乗った看守がパウリーニョを殴り、パウリーニョが能力でやり返して鍵とカードを奪う……この繰り返しで、何回でも脱獄出来るんだよ!」
フェルナンジーニョも論戦に参加し、警察側、スティーブンソン側は圧倒的に不利。
そもそも警察という組織の中にさえ、権力争いやパワハラが日常茶飯事として渦を巻いているのだから……。
「……スティーブンソンさん。彼等が怒る様に、貴方達のプランにはまだ問題があると、私も感じます。ですが、私はこの能力の存在を広める事で、同じ思いや悩みを抱える人の力にはなれると思うんです。私で良ければ、公演の依頼は受けますよ。バーバラ、許可してくれるか?」
クリストフは彼なりに、自分の出来るベストな貢献の形を模索していた。
彼の言葉は警察やスティーブンソンに言い訳の余地を与えてしまうかも知れないが、冷静なクリストフが自身の経験を伝える事は決して間違った選択ではない。
バーバラは深く頷き、父親の未来を支える協力を決意する。
「分かりました、ありがとうございます。クリストフさんには今後の刑罰についての調整もあります、娘さん達の面会はまた明日以降、お電話でご希望の時間をお伝え下さい」
「……はい、宜しくお願いします……」
最後に警察官がその場をまとめ、バーバラはスティーブンソンも含めた彼等に深く頭を下げてゆっくりと立ち上がった。
「バーバラ、待ってくれ。君はこれからどうするつもりなんだ?」
立ち上がるバーバラを、慌てて引き留めるルステンベルガー。
バーバラは普段とは少々異なる彼の様子を不思議がりながらも、今の心境を正直に伝える。
「……父の件が明るみになれば、教育者としては魔法学校に居づらくなるでしょう。母を見習って事務系の資格を持っていますから、今は少し休んで、ほとぼりが冷めた頃に一般企業に再就職しようと考えています……」
「バーバラ、俺達の仲間に……チーム・ルステンベルガーに入ってくれ! 合流は今すぐじゃなくてもいい、君の様な魔道士が必要なんだ!」
女人禁制のルールと、自身のプライドを遂に捨てたルステンベルガー。
かねてより魔道士を熱望していたシュワーブは、隣のフクちゃんと一緒に小さなガッツポーズを取っていた。
「えっ……!? そんないきなり……。それにそもそも、わ、私なんかでいいのでしょうか……?」
突然のビッグオファーに戸惑うバーバラ。
チーム・ルステンベルガーと言えば、今やドイツのトップチーム。
賞金額だけでなく、地元ドイツでの地位、更に社会的な貢献度の高さでリスペクトを集めている、ある意味若者が憧れるブランドのひとつなのである。
「……バーバラ、君はかつて、賞金稼ぎの粗暴さに馴染めず魔法教官に転職した……そう聞いていた。だが、今こうして俺達やバンドー達と行動して、君は俺達を敬遠するどころか、俺達のピンチを救ってくれた。話し合いの場でも、君は何年も前からの顔馴染みみたいだったよ」
「バーバラ、あんたは親父さんの事件を通して、フェリックス社という、俺達と共通の敵が出来た。魔道士として、自然を破壊しかねない奴等と一緒に戦ってくれるとありがてえんだがな」
ルステンベルガーに加えてハインツからも説得され、バーバラは徐々に気持ちが賞金稼ぎ復帰に傾いていた。
「……バーバラ、私の事は心配するな。お前の人生なんだ。部下のウルマーが私の再出発を心配してくれた様に、いい仲間との出会いは人生を豊かにしてくれる。私も早く罪を償い、彼に謝りに行かなければ!」
父クリストフからのダメ押しが決め手となったか、バーバラの目にもう迷いはない。
彼女はゆっくりと歩き始め、ルステンベルガー、ヤンカー、シュワーブ、そしてバイスの間に収まり立ち止まる。
「ありがとうございます! バーバラ・フィッシャー、チーム・ルステンベルガーにて修行させていただきます!」
「やった〜! おめでとう〜!」
固い握手を交わすチーム・ルステンベルガーの周りで、素朴な祝福を行うバンドーが妙に微笑ましい。
水魔法の活躍でルステンベルガーからの評価を上げる事に成功した彼としては、まさにこれが思い描く最高のハッピーエンドだったのだ。
「……ところでキム、わざわざお前がここに来たというのはどういう事だ? ブカレストで起きた第3の事件がパウリーニョ達の仕業だと分かっても、それなら電話やメールでいいはずだろう? 俺達に直接言わなきゃならないニュースでもあるのか?」
軍隊時代の部下に対してだけは、シルバの一人称が『俺』になる。
かつての上官から鋭い指摘を受けたキムは、祝福ムードの周囲に気を遣いながら、その表情を重く沈ませてしまう。
「……中尉、悲しいお知らせがあります。フェリックスの地層プレート実験、その現場に乗り込んだクォンさんが、お亡くなりになりました。……いや、彼は殺されたんです!」
「……何だって!?」
晴れ間が覗き始めたソフィアの空とは対照的に、シルバはショックの余り、その場から一歩も動けなくなってしまっていた。
(続く)




