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バンドー  作者: シサマ
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第71話 能力者たちの居場所


 7月10日・13:30


 「ヨーラム様、わざわざルーマニアまでお越しいだだき、誠にありがとうございます!」


 ルーマニアのブカレストにある、フェリックス社のスーパーマーケット。

 この店で発生した事件の総括の為、本社から一族の御曹司、ヨーラムが派遣されていた。


 「ルーマニアは我々の東欧ビジネスの重要拠点だ。君達がフェリックスで働いている間、他の地域と比較して不満を抱く様な事はあってはならないと感じているよ」


 すらりとした長身に整った顔立ち。

 剣士として名を馳せる弟のメナハムが持つやんちゃさとはまた違う魅力は、女性社員をはじめとしてビジネスの世界には最適だろう。


 彼の正体を知らないという条件付きだが……。


 「君達も当然知っているとは思うが、最近フェリックスに恨みを持つ犯罪者が、スーパーマーケットの店長クラスを襲撃している。ウィーン、ブダペストと来れば、不安になるのも致し方ないとは思うが、この店の店長は売り上げを持ち逃げして姿を眩ませてしまった……」


 ヨーラムの言葉を聞いて一斉にうつむき、所在なさげに視線を泳がせる従業員達。

 ブダペストの大学病院に入院中のウルマーがクレア達に話していた、ルーマニアでのトラブル……それはこの事態を指していたのだ。


 「責任を感じる必要はない。君達は十分にフェリックスに尽くしてくれている。不幸にもその店長は謎の犯罪者に襲われて命を落としてしまったが、その事を因果応報と安堵してはいけない。その価値観は人道に反する上、未だ犯罪者の脅威は東欧を席巻しているのだから……」


 会社に不義理を見せた横領犯も、裁かれる前に命を奪われて良いはずがない。

 ヨーラムの言葉は、一聴した限りでは「罪を憎んで人を憎まず」といった意味に取れる。


 「会社の内部から横領犯が出てしまった背景には、業績の好調ぶりを社員に還元しきれていないという実情があったと、本社は反省している。正社員、パート社員を問わず、皆に300000CPの一時金を支給させていただく」


 ヨーラムの口から突如として明かされる、社員に対する臨時報酬。

 御曹司からの説教を覚悟していた社員一同から、割れんばかりの歓喜の声が沸き上がった。


 「ヨーラム様、ありがとうございます! フェリックスの為、これからも頑張ります!」


 パート社員にとって300000CPは、月給を大きく上回る金額。

 一流企業に就職する事が目標だった彼等に更なるモチベーションを植え付けたヨーラムは、満足気な笑みを浮かべて社員の感謝の声に応える。


 「私に感謝する必要はない。君も将来の店長を目指して、パート社員達の希望になる事を願っているよ」


 パート社員に微笑みかけたヨーラムは、店長室の前に立っている新しい店長、そして体格の良い警備員とアイコンタクトを行い、ともに店長室へと姿を消した。



 

 「……パウリーニョは上手くやったと聞いている。警察の捜査の気配はあるか?」


 店長室に入るや否や、険しい表情に一変するヨーラム。

 

 新しい店長コーエンは本社から出向した、ヨーラムのイエスマン的な部下。

 そして体格の良い警備員フェルナンジーニョは、ヨーラムが実質的なトップに収まっているスペインの犯罪組織『ラ・マシア』の出身である。


 「ヨーラム様、心配には及びません。ウィーンとブダペストで起きた、『レセプター・リフレクター』能力者による襲撃事件のお陰で、警察はここの店長も同一犯に殺害されたと認識しております。ブダペストで負傷した店長のウルマーに関しては、外部との通信を遮断して病院に軟禁しておりますので、この店を含めた余計な情報が出回る事もないでしょう」


 元フェリックス一族の運転手として、富裕層のわがままな要求に応え続けてきたコーエン。

 (よわい)35にして頭髪は寂しくなり、卑屈な苦労人のイメージを地で行く彼だが、それ故にどんな仕事にも対応出来る能力を備えていた。


 「ヨーラムさんよ、俺とパウリーニョは今、絶好調だぜ! 俺達は組織で動くタイプじゃねえんだ。コンビで仕事をやらせてくれて、マジで感謝してるよ!」


 屈強な警備員フェルナンジーニョは、その体格と野太い声に似合わぬ軽快なステップを披露し、自身に流れる陽気なブラジリアンの血を証明する。



 フェルナンジーニョとその相棒、パウリーニョはブラジルのリオデジャネイロで生まれ育ち、フェルナンジーニョのパワーとパウリーニョの持つ『レセプター・リフレクター』の能力を活かして、実力行使型の裏稼業でのし上がっていた。

 

 数多の収監と脱獄を繰り返して流れ着いたスペインのバルセロナで、その前科を買われて犯罪組織『ラ・マシア』入りを果たすものの、基本的に武闘派の彼等は、武器やドラッグの密輸と売買交渉という頭脳犯罪では力を発揮出来ない。

 戦力外による処罰寸前の彼等にヨーラムは最後のチャンスを与え、売り上げを持ち逃げした店長を暗殺させたのである。



 「……『レセプター・リフレクター』か。面白い能力だと思っていたよ。貴様らを生かしておいて良かったな」


 ヨーラムも徐々に、口調が「裏稼業モード」に戻ってきている。

 その血筋と容姿で紳士になり済ます事も出来るが、やはり彼の本領はここにあるのだ。


 「裏切り者には、死あるのみ。アシューレもエディも、いずれは我々が処刑していなければならなかった。フェリックスという大企業に就職出来た恩を忘れて横領に走る者など、この世から解雇してくれるわ!」


 フェリックスの裏稼業を統括するヨーラムにとって、自身と会社が舐められる事は最大の屈辱。

 アシューレやエディにリーダーシップを散々批判されてきた腹いせとばかりに、横領犯となった店長を断罪する。


 「ヨーラム様、その意気でございます。ウルマーは犯人の顔を見ていないと言っていますが、奴は倒産したライバル会社からの引き抜き社員です。そして、ウィーンの店長は死んだにもかかわらず、何故ブダペストの店長ウルマーは軽症で済んだのか? お分かりですよね。ウィーンのライバル会社の関係者が犯人なんですよ!」


 自信満々に持論を展開するコーエン。

 

 『レセプター・リフレクター』の能力を理解した上で巧みに活かせば、指紋やDNAで鑑定されない完全犯罪すら可能になるだろう。

 だが、犯人自身が発動に戸惑っている間は、その能力は感情に左右された使い方しか出来ない。


 犯人にとってウィーンの店長は憎むべき相手であり、仮に殺すつもりはなかったとしても、その能力の加減を知らない可能性はある。

 しかしながら、ブダペストの店長であるウルマーはかつての仲間であり、元来怒りはあっても危害を加えるつもりはなかったはず……これがコーエンの見解だ。


 「……犯人の目星は付いております。クリストフ・フィッシャー、ウィーンで我々のライバルだったスーパーの店長ですよ。奴はウィーンでの事件後に姿を眩ませており、未だ行方不明なのです。ですが、奴の娘がそこそこ名の知れた魔道士で、わざわざ魔法学校を休職してまでソフィア行きの航空券を購入した事実を、つい先程掴みました!」


 「……ソフィア、だと……?」


 その言葉を聞いた瞬間、ヨーラムは眉間にしわを寄せてコーエンを見下ろす。

 

 本業であるスーパーマーケット事業を中心として、イスラエルから世界中に進出しているフェリックス社だが、東欧地域では現在、ブルガリアのみ事業展開がなされていない。

 東欧地域の人間がフェリックス社からの影響を逃れる為には、ブルガリアでビジネスを始める事が現実的であろう。


 つまり、業界関係者のフィッシャーが事件を起こしてしまい、警察に出頭しないまま再起のきっかけを模索するとなった時、ひとまずブルガリアに隠れる以外にほぼ選択肢はないのだ。


 「コーエンさんは頭が切れるな。魔道士の父親レベルなら、『レセプター・リフレクター』の能力を持っていたとしてもおかしくねえぜ。ヨーラムさんよ、俺とパウリーニョがブルガリアでひと仕事してもいいぜ! フィッシャーは罪の意識に耐えられず自殺しました……そんなシナリオを書いて欲しいならな!」

 

 自分達にチャンスをくれたヨーラムの信頼を確かなものとし、より大きくのし上がろうと考えたのか、フェルナンジーニョは相棒のパウリーニョの名も挙げて自分達を売り込む。

 そしてこの展開は、この事件があくまでもビジネストラブルであり、自身の立場には何ら影響しないヨーラムにとって、捨て駒にするつもりだった彼等の更なる実力を知れるプラス面しかない。


 「……魔道士だという娘が父親のフィッシャーを探すとなれば、恐らく奴の無実を信じて警察への接触を避けるはずだ。賞金稼ぎ人脈に協力を仰ぐ可能性が高いが、コーエン、その辺りの情報はあるのか?」


 フェルナンジーニョの売り込みに前向きな様子を見せているヨーラムは、フィッシャーの捜索と後始末をより確実なものにするべく、コーエンの情報を更に呼び込む。


 「お任せ下さい。『レセプター・リフレクター』の能力を持つチームメイトを警察の参考人に取られてしまったチーム・ルスデンベルガーが、真犯人探しにソフィアへ向かったという情報を掴んでおります。しかも彼等は、現地で休息中のチーム・バンドーと親交があります。上手く事が運べば、我々の邪魔をしてきたチーム・バンドーにひと泡吹かせる事が出来ますよ!」


 この瞬間を待っていたと言わんばかりの、コーエンの気合いみなぎる表情。

 後はフィッシャーの居場所に関わる情報と、賞金稼ぎに囲まれても負けない装備をフェルナンジーニョ達に渡せば完璧だ。


 「フィッシャーと賞金稼ぎどもをまとめて始末するには、奴等をひとつの場所に集結させる事が重要です。私にいいアイディアがありますよ。フェルナンジーニョ、君は私が送るメールの通りに動けばいい」


 コーエンは不敵な笑みを浮かべ、何やらオフィスのパソコンでメールを打ち、それをフェルナンジーニョの携帯電話に送信する。


 「『レセプター・リフレクター』の能力があるパウリーニョは、瀕死の重傷でも負わない限り相手にダメージを返せるはずだ。貴様らには弾丸や剣の直撃を避けられる防弾チョッキを渡そう。5000000CPまで使えるカードと、拳銃も2丁つけてやる。これで完璧だろう?」


 幸運にも、東欧の店舗には不審者の乱入に備えた防弾チョッキが配布されている。

 ヨーラムは自身の鞄から2丁の拳銃と予備の弾丸、外出用のクレジットカードを取り出し、それぞれを防弾チョッキに包んでフェルナンジーニョに手渡した。


 「ありがてえ! これで俺達は無敵だぜ! 早速パウリーニョを呼んでソフィアへ飛ぶよ!」


 はやる気持ちを抑え切れず、喜び勇んで店長室を飛び出すフェルナンジーニョ。

 彼の後ろ姿を眺めながら、ヨーラムはその胸に更なる野望を抱く。


 

 フェリックス社の現社長であるデュークはヨーラムの父親だが、裏稼業にはノータッチの堅気一筋人間。

 やや保守的な人間性は業績を維持する手腕にこそ定評があるものの、攻めの一手を模索する時には、未だ先代であるデビッド、そしてそのパートナーであるレオン・ファケッティの助言を仰がなければならない現状があった。


 母ナシャーラの強力な魔力を受け継がず、弟メナハムの剣術の才能も持たないヨーラム。

 そんな彼は常に父デュークをお手本にしていたが、それだけでは次代の覇権を奪う事は出来ない。


 店長2人に危害を加え、フェリックス社を揺さぶった犯人を暗殺して見せしめにし、その勢いをもってデュークにブルガリアでの事業展開を進言。

 東欧全土を完全なる支配下に置き、統一政府のイニシアチブを握るロシアを経済面でも包囲する……それがヨーラムの狙いなのだ。



 7月10日・17:00


 父親捜索の為に、バンドー達と行動をともにする事となった魔道士バーバラ。

 パーティーはキリエフの情報とバーバラの持つ写真を元に、ソフィア中のモーテルやウィークリーマンションを探し回ったが、残念ながらバーバラの父クリストフ・フィッシャーの姿はおろか、目撃情報のひとつも得られない。

 

 フェリックス関係者から身を隠す目的で、フィッシャーがブルガリアに来ている可能性は高いものの、そもそも大都市のソフィアでは警察の目も光っている。

 ダメもとの捜索が案の定徒労に終わり、西陽の沈み始めとともに彼等の気分も沈んでいた。


 「そろそろクレアとハインツが帰ってくる。まずは情報を聞いて、明日は複数に分かれて地方都市を回るくらいしか手はないよね……」


 疲れた身体を押して捜索に参加したバンドーだったが、バーバラの不安を思えば大した負担ではない。

 彼はチームリーダーとして失望感を極力表に出さない様、意識して穏やかな表情を浮かべている。


 「仕事の為とは言え、ブダペストまで飛行機で日帰り出来るたぁ、お前らどんだけ稼いでるんだよ? 全く羨ましい限りだぜ」


 当初の予想よりはるかに役に立っている、情報屋のキリエフ。

 

 彼は剣術学校を卒業してから8年になるが、未だ剣士だけでは食べていく事が出来ず、情報屋として他のパーティーに協力しながらその日暮らしをするのがやっと。

 チームメイトに恵まれて成功したバンドーを見ても明らかだが、凶悪化、組織化の進む犯罪に対抗する為には、各々の資質を活かしたバランスの良いパーティーを組まなければならない時代になったのだ。



 ピピピッ……


 「……あ、クレアから電話が来た!」


 膠着状態を打ち破る期待を持ちながら、バンドーは鳴り響く携帯電話に飛びつく。


 「もしもし、バンドー聞こえてる?」


 クレアの携帯電話は、周囲のざわめきごと大きな音を拾っており、声が聞き取りにくい状態。

 どうやら、ソフィア空港の到着ロビーから急いでコールしている様だ。

 

 「何とか聞こえる。今空港だね? 手がかりは掴めた?」


 「かなりの有力情報を貰えたわ。皆で夕食を取りながら話したいんだけど、この人数だと普通のレストランには席がないと思う。あたし達の迎えはいいから、賞金稼ぎ組合の食堂を押さえておいて」


 日帰り旅の疲れも見せず、明るい口調のクレア。

 バンドーはまずバーバラに向けて親指を立て、事件と捜索に明るい兆しが見えてきた事をアピールする。


 「分かった、すぐ押さえとくよ!」


 バンドーの様子を目の当たりにしたパーティーには活気が戻り、一同はその足で賞金稼ぎ組合へと向かった。



 

 17:00を過ぎ、組合としての通常業務は既に終えているものの、仕事帰りに立ち寄る賞金稼ぎ達の為、食堂とアイテムショップは20:00まで営業中。

 ブルガリアではソフィアにしか組合が置かれていない事情もあり、食堂は広いスペースを用意している。


 「……そうか、親父さんはまだ見つかっていないのか。バーバラを見る限り、親父さんも罪を犯して逃げ回る様な人間じゃねえと信じたいな」


 クレアとともに初めてバーバラと接触したハインツは、夕食前のコーヒーをすすりながら言葉を交わすうちに、彼女の人柄に信用が置けると判断した様だ。


 「大学病院に入院していたウルマーさんは、バーバラのお父さんであるクリストフさんの部下だったの。フェリックスのスーパーに客を奪われて店と会社が倒産した後、フェリックスからブダペストのスーパーの店長にスカウトされたみたいね」


 「そうです! 普段は温厚な父が、目をかけていたウルマーさんがフェリックスに行くと決めた時だけは、電話口で凄く怒っていた事を思い出します! 力のある人だと聞いてはいましたが、ブダペストの店長になっていたなんて……」


 クレアの言葉にすかさず反応するバーバラ。

 どうやら彼女も、ウルマーの新しい勤務先までは知らなかったらしい。


 「ウルマーさんもクリストフさんに悪いと思ったのか、フェリックスの影響力の及ばない下請け問屋に口利きして、クリストフさんを雇ってあげようとしたの。でも、その話をプライドで断ったクリストフさんと喧嘩になって、足の痛みから倒れて頭を打って入院しただけだと言っていたわ」

 

 バーバラはクレアから事の顛末(てんまつ)を聞き、再び言葉を失う。

 一時期、父クリストフがハンガリーのスーパーで働いているという嘘をついていたのは、ギリギリまでウルマーの情に応えるべきか迷っていた事になるからだ。


 「……つまり、ハンガリーでの事件にはクリストフさんが関わっていましたが、軽めの傷害容疑程度で済むという事ですね。後はオーストリアとルーマニアの犯人が同一人物かどうかですが……」


 事件にクリストフが関与していた事が判明したにもかかわらず、シルバの表情は何処か明るい。

 被害者であるウルマーが、殊更に相手を追い詰める様な証言をしていない点で、クリストフが人としてリスペクトを集めていた事実が認められるからである。


 「……ウチのバイスも、初めて『レセプター・リフレクター』の能力が発動した時は訳が分からず狼狽したと言っていたよ。人が死んでいるからには無罪とは行かないが、人望がある所を見ると、クリストフも故意でウィーンの店長を殺した訳ではないだろう」


 「……まだ、まだ父が人を殺したとは決まっていません……!」


 ルステンベルガーのクールな分析を遮り、彼を睨みつけるバーバラ。

 父親を心配する娘の反応と考えれば至極当然のものだが、その熱い眼差しはドイツの名剣士の胸を僅かに痛めていた。

 

 「バーバラ、気持ちは分かるが情報が足りないんだ、少し落ち着いてくれ。それよりまだ謎がある。ルーマニアの事件が起こる前に、ルーマニアのフェリックス内部で何かトラブルがあったらしいんだが、ウルマーがメールの内容をプリントしていたはずの紙が、目を覚ました時には無くなっていたそうだ」


 バーバラをなだめながら、ハインツは事件の更なる核心に迫る。


 「……その紙をフェリックス内部の人間が処理しているか、クリストフさんが持っているかによって、ルーマニアの事件の真相が変わっていきますね……」


 フクちゃんは、まるで全てを知っているかの様な神秘的な瞳で、この空間の何処か一点をただひたすらに見つめ続ける。

 いや、人間ではない彼女は、頭の中で実際に全ての謎を解き明かしてしまったのかも知れない。


 「……ん? もう18:00か。メシ食いながらちょっとテレビつけてみよう。昼間聞き込みした人達も、この事件はテレビのニュースで良く知っているみたいだからね」


 クリストフがこの事件に関わるまで自身の能力に気づかず、加えてルーマニアの事件に関与していなければ、彼の罪には情状酌量の世論もつくはず。

 バンドーは夕食に合わせた気分転換として、テレビのチャンネルを報道番組に合わせた。


 

 『皆様今晩は。今夜は当初の予定を変更致しまして、今、東欧全土で話題の、スーパーマーケット店長連続殺傷事件の特集をお送り致します』

 

 「ぶっ! 何てタイミングだよ!」


 テレビニュースとは言え、パーティーがまさに欲していた情報のテーマに、思わずコーヒーを口から吹き出すヤンカー。

 そして不幸にも、そのコーヒーは隣に座るシュワーブの肩を直撃してしまう。


 「わあ! 何だよ汚えな〜!」


 小柄なシュワーブが頭ひとつ背の高いヤンカーの腹をどつきまくる、その光景は両者がチームメイトだからこそ。

 シュワーブにとってはとんだ災難だが、このハプニングはパーティーの張り詰めた空気を上手く和ませていた。


 『……さて、今回の事件は世間一般には馴染みのない特殊能力が絡んでいる事もあり、我々報道陣もこれまで迂闊(うかつ)な報道は控えなければなりませんでした。しかしつい先程、ソフィアの警察署に事件の容疑者に心当たりがあるというふたりの男性が現れ、東欧中にネットされている本番組を使って、容疑者に出頭を呼び掛けたいとの要望があったのです!』


 「ぶーっ! 何だって!?」


 テレビから流れる突然の急展開に、バンドーやクレアのみならず、リンやルステンベルガーまでがコーヒーを吹き出し、パーティーは一気に行儀の悪いおこちゃま集団と化してしまう。

 

 『ソフィア警察署から中継です。パウリーニョさん、フェルナンジーニョさん、お願いします!』


 警察の会見場に神妙な面持ちで着席する、中肉中背で神経質そうなパウリーニョと、長身で屈強な体格のフェルナンジーニョ。

 彼等の正体はフェリックス社に雇われた暗殺部隊であり、ヨーラムの部下であるコーエンから何らかの策を授かってきたと思われるが、警察や報道陣、そして勿論バンドー達もその正体と目的は知らなかった。


 『パウリーニョさんとフェルナンジーニョさんは、事件の容疑者に目星がついているそうですね? そこを詳しく聞かせてくれませんか?』


 ニュースキャスターからマイクを振られた両者。

 互いに向き合いながら頷き、マイクは知的な雰囲気のあるパウリーニョが握る。


 『……まず、俺達はブラジル生まれだが、親の仕事の関係からオーストリアのウィーンに来て、もう長く住んでいるんだ。そこで毎日の様に通っていたスーパーがあって、そこの店長や店員も真面目に働いていた。だが俺達は貧しかったから、すぐ近くにもっと安いフェリックスのスーパーが出来ると、そっちに移っちまったんだ』

 

 名前は伏せているものの、明らかにクリストフの店の事を話しているパウリーニョ。

 バーバラは眉間にしわを寄せながら彼の話に聞き入り、自身もブラジル系のシルバは、パウリーニョの話しぶりにポルトガル語の(なま)りが強い点を聞き逃さなかった。


 『俺達みたいな客が沢山いたのか、昔通っていたスーパーは競争に負けて閉店し、会社も倒産した。その後にウィーンのフェリックスのスーパーで店長が殺されていたんだが、丁度その頃から、閉店したスーパーの店長が行方不明になっているんだよ。俺の家は彼の家の近所で時々挨拶もしていたから、彼がいなくなった事はすぐに分かった』


 パウリーニョの発言にどよめくニューススタジオ。

 しかしながら、バーバラは彼の発言が捏造だと即座に斬り捨てる。


 「私は父の家に度々里帰りしています。でも、あんな人は見た事がありません。そして私の知る限り、父の店に南米系の職員もいませんでした。あの人が父の店の事情を知っているはずがありませんよ!」


 バーバラがやや感情的になっている印象は否めないものの、彼女の言葉を疑う者はパーティーの中にはいない。

 その背景には、賞金稼ぎとして経験を積み重ねてきたハインツやルステンベルガーの目にも、パウリーニョとフェルナンジーニョが堅気の人間には見えなかったからだ。


 「……そうですね。彼等は長くウィーンに住んでいると言っていましたが、それにしてはポルトガル語の訛りが強過ぎます。統一世界での共通言語は英語で、彼等の年齢でヨーロッパ暮らしが長いなら、普段は英語しか話さないはずですよ。今はブラジル人でもポルトガル語訛りが強いのは頑固な高齢者か、普段から他人の悪口ばかり言っている人か、そもそも英語では話せない秘密を持っている人間か……」


 ブラジル人の父親からポルトガル語を学んでいたシルバも、普段の言葉にポルトガル語の訛りはない。

 彼がポルトガル語を使うのは、軍隊時代を含めてもブラジルやポルトガルのテロリストに接触する時だけである。


 『……俺達はその店長の人柄を知っている。彼は故意に人を殺す様な男じゃないんだ。罪を犯したなら勿論だけど、無実でもまず警察に出頭して事情を話して欲しい。フェリックスから隠れるならブルガリアしかないと思って、俺達はソフィアに来た。いや、俺達だけじゃない。彼の娘さんも父親を探しにソフィアまで来ていると聞いたよ。皆を安心させる為に、ソフィアの警察署に出頭してくれ!』


 賞金稼ぎパーティーの目には嘘臭く見えるパウリーニョの熱演だが、彼に圧倒されて沈黙を続ける報道陣を見る限り、このスピーチはプラスの印象を与えている様子である。

 もっとも、番組の視聴率にさえ効果があれば、彼等にとってはパウリーニョ達の素性など問題にはならないのだ。

 

 

 「……何だか大変な事になったね。でも、夕食時の看板ニュース番組は多くの人が観ているし、上手くやればバーバラさんのお父さんに会えるかも知れない。バーバラさん、お父さんに連絡する手段はないの?」


 パーティーに訪れた僅かばかりの沈黙を打ち破ったバンドーは、余りにもありきたりな質問である事を承知した上で、バーバラに連絡手段を敢えて訊ねた。


 「勿論、携帯電話には毎日連絡を入れています。どうやらまだ契約はしているらしいのですが、接触が知れる事を恐れているのか、電話もメールも着信拒否しているみたいなんです……」


 ここまでの経緯を総まとめするならば、クリストフは最初のウィーンでの事件では何らかの罪を犯し、本人もそれを自覚しているとみていいだろう。

 完全な無実ではないからこそ、娘との関係を絶とうとしているに違いない。


 だが、未だに携帯電話を持っている現実を考えると、彼にも言いたい事があり、娘への未練もあるはずなのだ。


 「……このタイミングで、事件の目撃者でもない『自称関係者』が出てくるのは不自然だよな。バーバラの存在までほのめかしているこいつらは、マスコミの取材費が欲しい単なる目立ちたがり屋とは違う。フェリックスに雇われてクリストフをおびき出し、始末しようとしているんじゃねえのか?」


 ハインツの推測に頷くチーム・バンドー。

 だが、フェリックス社の裏の顔を詳しく知らないルステンベルガー達は、バンドー達の態度に困惑の表情を浮かべている。


 「……ちょっと待て。フェリックスってのは世界的な一流企業だろ? そりゃどんな企業にも闇の部分はあるだろうが、普通は金や労働条件絡みで不正をする程度だ。お前達は奴等がマフィアみたいな真似事もしていると言うのか? 詳しく聞かせてくれ」


 持ち前の正義感からなのか、もしくはライバルであるチーム・バンドーやチーム・カムイに情報面で出し抜かれる事を恐れたのか、ルステンベルガーはフェリックス社の裏の顔について更なる情報を求めた。


 「私にも教えて下さい。ここまで来たら、父も何らかの過ちを犯していると認めざるを得ません。でも、それ以上に彼等のやり方には問題があると思います!」

 

 父親の人生を狂わせたフェリックス社に対し、バーバラも不信感を隠せない。

 食堂内の緊迫した雰囲気に、彼等以外の客がそそくさと退場するその頃、パーティーの料理が運ばれてくる。


 「カヴァルナ大皿、お待たせしました~!」


 「あ、こっちこっち! やっぱりソフィアの組合で食べるならブルガリア料理だね!」


 バンドーはクレアの母の手料理を食べて以来、このブルガリア料理がお気に入りらしい。

 一同は取りあえず食事に集中し、更なる打ち合わせと称してルステンベルガーやバーバラ達をクレア財団の屋敷に招く事にした。 


 (……ん? ポケットに振動が……このパターンはメールが来たのか?)


 その頃、シルバの携帯電話には新たな情報が届いていたが、内容次第では食事中の公開に適さない可能性がある。

 

 彼はメールの存在をひとまず保留し、次々に運ばれてくる料理に対して、軍隊育ちのその大食漢ぶりを無意識のうちに披露。

 最後はチーム・ルステンベルガーきっての大食い剣士、ヤンカーとのマッチレースまでも制していた。



 7月10日・19:00


 すっかり日の暮れたソフィアの空の下に於いても、クレア財団の屋敷の存在感は圧倒的。

 ルステンベルガー達は屋敷の庭まで入った事があるが、庶民的な父子家庭のバーバラにとって、これはまさに衝撃の光景である。


 「……凄い。ブルガリアに財団育ちの女性剣士がいるとは聞いていましたが、それがクレアさんだったんですね……」


 バーバラの目には、裕福な出自を鼻にかけず、それでいて変に卑屈になる事もない、極めて明朗快活なクレアは好印象に映っていた。

 

 しかしながら、富裕層と見られているクレアとて剣士への道が順風満帆だった訳ではない。

 財団を継がない後ろめたさから実家の経済的援助を拒否し、実力と美貌を兼ね備えていたが故に周囲から色眼鏡で見られ、チーム結成はことごとく失敗。


 剣や魔法に縁遠いオセアニア育ちで、だからこそ謙虚だったバンドーやシルバと出会う前まで、彼女は過小評価の貧乏剣士生活を余儀なくされていたのだ。


 「……まあ、どう見ても男の職場だから、女が対等に扱われるまでになるのは大変よね……」


 クレアはリンとバーバラを視界に入れ、安堵にも似た深いため息をつく。

 振り返れば、口は悪くとも他人の価値観や偏見に振り回されない孤高の自己中剣士、ハインツとの縁が重要だったに違いない。


 「……俺達は今まで、チームに女は加えなかった。だが、それは決して実力を見下していた訳じゃない。一生の仕事として、結婚や出産を諦めさせる権利は俺達にはないからだ。かと言って、チームに慣れて不可欠な存在になった頃に抜けられても困るんだよ。俺達もシュタインの離脱は痛かったが、彼の一生を縛れない現実があったから仕方がない……」


 父親の難病に伴うキャリアの見直しで、 頭脳派剣士シュタインを失ったチーム・ルステンベルガー。

 彼等がハインツをチームにスカウトした時も、ルステンベルガーはチーム・バンドーの女性比率の高さを懸念していた。


 「……そんな事を気遣ったりしない賞金稼ぎも多いのに、あんた達はいいチームね。ライバルとして腕を磨き合う事も大事だけど、お互い困った時は一緒に戦いたいわ」


 ルステンベルガーが評判通りの真摯な男であると確信したクレアは皆を屋敷に招き、まずはフェリックス社の真実を説明する。

 


 「……まさか、奴等にそんな裏の顔があったとはな……」

 

 チーム・バンドーの口から次々に語られるフェリックス社の悪事は、その多くが彼等やチーム・カムイ、そしてハドソンら賞金稼ぎ仲間が実際に経験したもの。

 最初は半信半疑だったルステンベルガー達も、この2ヶ月で逮捕や拘束がなされた悪党の実名が挙げられた瞬間、ぐうの音も出なくなっていた。


 「……ビジネス上の悪事なら、警察や監査局に任せればいいのかも知れません。ですが、今聞いた統一世界を揺さぶりかねない地層プレート実験が事実であれば、見過ごす訳にはいかないですよね。この問題を放置すれば、自然の力を借りている私達魔道士のモラルが問われますよ……」


 普段の仕事や父親の事を一時(いっとき)忘れ、ひとりの魔道士に戻ったバーバラ。

 その正義感は、やはりこのパーティーで共闘するに相応しいパーソナリティーであり、ルステンベルガーは時折ヤンカー、シュワーブと向き合いながら互いに頷き合う。


 「お前達も知っているとは思うが、ドイツやスイス、オーストリアでは普通にフェリックスの影響力が浸透している。ドイツには統一世界のイニシアチブをロシアから奪うポテンシャルがあると期待されているが、その為にフェリックスと組む事は危険だと分かったよ。奴等をいち企業にとどめる為に力を貸したい」


 「……え、え〜と……。まあ何だ、俺も出来るだけ協力するよ、ハハッ!」


 シリアスな話ではすっかり存在感を失っていたキリエフも、周囲の空気に押されてその場に同調している。

 バーバラとルステンベルガーの決意に胸をなで下ろしたチーム・バンドーは、携帯電話を持ち出してウズウズしているシルバにその場を任せる事となった。


 「皆さん、実は先程、自分の軍隊時代の仲間から情報が入ったんです。ウィーンで起きた最初の事件と、ルーマニアのブカレストで起きた第3の事件、それぞれの遺体の状況。そして、もしかしたらブカレストの事件には他の容疑者がいるかも知れないという情報です」


 「……!? それは父に有利な情報なんですか!?」


 特殊部隊からのメールが救世主となるか、父親を信じるバーバラの瞳が色めき立つ。


 「……この情報に記されているのは、あくまで現実です。ただ、クリストフさんが自分達が信じるに値する人であれば、恐らく有利に物事が進むはず……」


 シルバは努めて冷静に、それでいて若干の希望的ニュアンスを覗かせながらバーバラに応え、メールを読み上げた。


 「……まず、ウィーンの店長の身体は内部からの衝撃により、左の肋骨が2本折れていました。ですが、それが直接の死因ではありません。彼は病から復帰した後の状態で、左胸に埋め込まれたペースメーカーが衝撃により誤動作を起こし、結果として心肺停止に陥った事が死因と見られています。そして、クリストフさんに『レセプター・リフレクター』の能力が発動したと考えた場合、既にウィーンの店長から肋骨を折る程の打撃を加えられていた事になります」


 暫し状況を想像しながら沈黙が続く一同。

 だが、やがてクリストフの容疑は殺人ではなく、倒れたウィーンの店長を救護しなかった『保護責任者遺棄容疑』に軽減される可能性を認識すると、各々のモチベーションに火が着き始める。


 「……一方、ブカレストの店長の遺体は内部からあらゆる衝撃を受けていて、内側から撲殺されていたと言っても過言ではありません。これはつまり、彼を襲う人間に対し、店長側も初めから相手を殺すつもりでかかって行った可能性が高いと思われます」


 仮にクリストフがブカレストの店長を襲ったとしても、恐らくこの場が両者の初対面。

 ここまで相手に恐怖や怒りを与えていたとは思えない。


 つまり、ブカレストの事件はクリストフによるものではない可能性が高いのではないだろうか?


 「……ウルマーが言っていたルーマニアでのトラブルって奴が、恐らくこれだ。当事者を粛清しないといけない程のトラブルが、フェリックス内部であったんだろうよ」


 その目に確信をみなぎらせるハインツ。

 だが、暫く沈黙を続けていたリンが、彼の推測に疑問を投げかけた。


 「……でも、そうなるとクリストフさん以外にも『レセプター・リフレクター』の能力者が必要になります。いくらフェリックス社と言っても、そんなに都合良く稀少な能力者を確保出来るのでしょうか……?」


 自分の意見を発した事が、議論を振り出しに戻してしまったかも知れない。

 所在なさげにうつむいてしまったリンを庇うかの様に、すかさずシルバは更なる情報を読み上げる。


 「……実はブカレストの事件の直前に、スペインの犯罪組織『ラ・マシア』からふたりの男が東欧に脱出しているんです。以前この組織から保護したマジードという少年から聴取を行い、『ラ・マシア』とフェリックス社の御曹司ヨーラムとの関係が明らかになっていますね」


 シルバの言葉に大きく頷くバンドー。

 アニマルポリスのメグミが身を挺して説得してくれた彼が、現在はフェリックス社の裏稼業を証明する重要参考人となっているのだ。


 「……一度『ラ・マシア』を戦力外になったら最後、警察に保護されない限りは始末されるか、傘下の運送会社で法の目を潜る様な仕事を強いられるか……それしか選択肢がありません。しかし、このふたりは安全に組織を脱出しています……これはつまり、ヨーラムの手引きで彼等がルーマニアに呼ばれたとは考えられないでしょうか?」


 「……それじゃあケンちゃん、さっきテレビに出ていたパウリーニョとフェルナンジーニョって奴が『ラ・マシア』から来た悪党で、『レセプター・リフレクター』の能力を持っているかも知れないって事?」


 想定外の展開に、屋敷の一室はざわめきに支配されるも、チーム・バンドーはすぐに冷静さを取り戻していた。

 これまでも、フェリックス社の裏稼業は常識を覆す一手を打ち続けていたからである。


 「自分は先程、彼等のポルトガル語訛りの英語に注目しました。『ラ・マシア』は基本的に、スペインと南米の犯罪者が中核にいる組織です。普段から裏稼業ばかりに精を出していれば、必然的に英語よりも彼等の地元の言葉を使い、隠れ蓑の暗号にするはずですからね」

 

 一歩一歩階段を登る様に、点と点が1本の線に繋がっていく。

 賞金稼ぎにの粗暴さに馴染めず教職を選んだバーバラだったが、彼女もチーム・バンドーの高い分析力には学術的な興味をかき立てられていた。


 「……彼等は身内でもないのに、クリストフさんの説得にしゃしゃり出ていましたね。しかも、バーバラさんの存在までアピールして、クリストフさんが嫌でもソフィアに来なければならない様な空気を作っています……。つまり彼等は、フェリックス内部で置きたトラブルの種であるブカレストの店長を始末し、最終的にその罪を、同じ能力を持つクリストフさんに被せるつもりなのでしょう……」


 顔色ひとつ変えず、熾烈な犯罪事情を淡々と語り始めるフクちゃん。

 近頃はフェリックス社への警戒感を強めているからなのか、はたまたレディーやメグミ達に正体を明かしたからなのか、バンドーの妹という役割には縛られなくなっている。


 「……フクちゃんって、魔法だけじゃなく頭が全般的にいいんだろうなぁ〜。超有望株だね!」


 フクちゃんをバンドーの妹だと信じているシュワーブの素朴さは、この期に及べばむしろ微笑ましい。

 

 しかしながら、肝心のバンドーはフクちゃんへの賛辞の裏には常に自分との比較があると考えてしまい、どうにも素直に喜べない。

 あくまでも便宜上結成した兄弟というスタンスに、すっかり慣れきってしまっていたバンドーがそこにいた。

 

 とは言うものの、いつかは彼女と別れなければならない時が来るだろう。

 両者の立場の違いを考えるなら、恐らく半永久的に……。

 


 「……皆さん、これまで多大なご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません。もし、フェリックス社が父の過ちを利用しようとしているのならば、それは許し難い事です。しかし、父が怒りを抑えて彼等の存在を忘れさえすれば、そもそもこんな事態にはならなかったのです。さっきのテレビニュースのお陰で、ある意味父の捜索はやりやすくなリました。これから私に父からの連絡がなければ、程なく父はソフィア警察署に出頭するはずです、宜しければ明日1日だけ、私に力をお貸し下さい!」


 土下座にも近い勢いで、深く頭を下げるバーバラ。

 事件の真相は、クリストフが見つからなければ闇に葬られてしまい、それはこの父娘の為にも、事件の解明を引き受けた賞金稼ぎ達の為にもならない。


 いかなる結末が待っていたとしても、彼女の願いを断る道理は存在しないのだ。

 

 「……バーバラ、安心してくれ。これはもう、君だけの戦いではない。同じ能力者をチームメイトに持つ、俺達の未来に関わる戦いでもあるんだ。パウリーニョ達より早くクリストフを見つけて保護しないと、彼の生命が危ない」


 ルステンベルガーはバーバラ父娘の問題と、自分達の問題とを結びつけながら彼女を励ます。

 その言葉には何処か取って付けた様な不自然さも感じられたが、クリストフのウィーンでの振る舞いを早合点してバーバラの気分を害した、その時の罪滅ぼしが含まれていたのかも知れない。

 

 そして、一同は既に気づいていた。

 『レセプター・リフレクター』の能力者が死ぬ事で東欧の治安が保たれる、そんな筋書きをフェリックス社が望んでいるのであれば、クリストフは自身の能力を発動させる間もなく惨殺されてしまう危険性がある事に……。


 「バーバラさん、これまでひとりで全てを背負ってきたお父さんでも、今回ばかりはあなたに連絡を取ると思う。俺達は明日の朝から警察署の周りを見張るつもりだけど、もしお父さんから連絡が来たら、真夜中でも構わないから俺達に知らせてくれ。相手は半端な手は使わないプロの殺し屋だろうから、一刻の猶予もないよ。恐らく銃も持っているんじゃないかな」


 「そうね。バーバラは今何処に泊まっているの? 仮にお父さんと待ち合わせをしたとして、ホテルは探知されやすいし、ふたりだけじゃ奴等に狙われるかも知れないわ。カレリン達がいなくなった事だし、今夜だけはうちの屋敷に泊まればいいのよ」


 バンドーは明日の行動の大枠を決めるリーダーシップを見せ、クレアはバーバラの身を案じて宿を用意した。


 「そ、そんな……いいんですか?」

 

 「気にすんな気にすんな、あんたを危険に晒したら俺達の仕事もパーになっちまうんだからよ!」

 

 恐縮するバーバラの背中を押し、クレアの厚意に甘える様に促したのは、意外にもキリエフ。

 だが、彼の目にも宿確保の期待感が当然の様に満ち溢れている。


 「……キリエフ、あんたの情報がなければバーバラとの出会いも遅れ、事件の解明どころじゃなかったわよね、ありがとう……。でも帰りなさい! あんたを泊めた奴等から、酒癖の悪さは聞いているのよ!」


 「ガビ〜ン! そんなぁ……」


 望まぬオチ担当大臣に任命されてしまい、乾いた笑いを周囲に振りまいたキリエフは自宅のアパートへと帰宅する。

 そもそも、彼は仲間と騒ぐ理由が欲しいだけだったのだ。


 「クレア、バーバラを頼んだぞ。俺達は空港近くのホテルにいるが、仮眠する時間をずらして、必ず誰かが起きている様にする。事態に動きがあったら連絡をくれ」


 任務の為にエゴを抑える事の出来るルステンベルガーであれば、たまの寝不足など大した苦行ではない。

 1日でも早く事件を解決し、チームメイトのバイスを警察の参考人から解放しなければ。


 「バーバラさん、財団の図書室には興味深い古書が沢山あるんです。それを見ていれば、きっと今夜は眠たくもならないと思いますよ!」

 

 先日シルバとともに悪戦苦闘した図書室の掃除は無事に終了しており、書物の配置も魔道士であるリンの好みに変えられている。

 教職に就く程の知性派魔道士であるバーバラも、その魅惑的な環境には瞳を輝かせていた。



 7月10日・23:00


 「……おいパウリーニョ。折角ヨーラムさんから貰ったカードがあるのに、何でまた安モーテルに泊まるんだよ。準備は万全だ、今夜くらい高級ホテルでぐっすり眠っても良かったんじゃねえのか?」


 フェリックス社の刺客のひとりであるフェルナンジーニョは、余り物事を深く考えない陽気なキャラクター。

 

 相方であるパウリーニョが持つ、『レセプター・リフレクター』の能力を上手く引き出す為に相手を挑発し、時には先制攻撃を、時にはダメージの残るパウリーニョに代わって相手にとどめを刺す。

 それが彼の仕事だった。


 「空港と警察署の周りに、街のチンピラを雇って見張らせている。コーエンさんから送られて来た写真は凄いぜ! やつれたバージョン、髪と髭が伸びたバージョン、帽子とサングラスで変装したバージョンまで合成してくれたんだ。そもそもフィッシャーは、肋骨の怪我が完治しないまま逃亡しているんだろ? 歩き方だって不自然ですぐ分かるぜ!」


 窓の外を無言で見つめるパウリーニョを尻目に、フェルナンジーニョは早口でまくし立て、モーテル備え付けのラジオをラテンミュージック番組にチューニングする。


 「……フェルナンジーニョ、これは俺達の再出発の第一歩だ。今回の仕事が上手く行けば、俺達はヨーラムさんの懐刀(ふところがたな)になれるだろう。贅沢はその後にしろ。育った環境が真逆だから、お前は我慢が苦手かも知れないがな」


 パウリーニョは儚げな月を眺めて物思いにふけり、相方フェルナンジーニョのハイテンションぶりを(いさ)めた。

 


 フェルナンジーニョはリオデジャネイロの比較的裕福な家庭に育ち、スポーツ選手の両親から受け継いだ肉体を活かした格闘技の才能が芽生えている。

 

 だが、とある政治家の汚職をきっかけに、彼との付き合いがあった両親が誤って暗殺されてしまい、彼は一変。

 有名人を利用する汚職政治家や役人を始末する裏稼業に転身し、そこでパウリーニョと出会う事となった。


 パウリーニョはリオデジャネイロの貧困地区の出身で、打たれ強いが内気な少年として知られていた。

 彼は重度のアルコール依存症となった父親に虐待を受け、その虐待に耐えられなかった母親は薬物依存症になってしまう。

 

 父親と母親のドラッグディーラーから虐待される、まさに生き地獄から逃走したパウリーニョは、窃盗を追いかける警官に対して『レセプター・リフレクター』の能力を偶然に発動。

 その後、自身の腕力不足を補う相方のフェルナンジーニョと出合い、同じリオデジャネイロ出身の対照的なキャラクターが互いに不可欠な存在となったのだ。


 「……ヨーラムさんに気に入られたら、金だけじゃなく社会的な地位も得られるだろう。フェルナンジーニョ、お前はそれで満足かも知れないが、俺は違う。俺を虫けらの様に扱ったクソ親父と、あのドラッグディーラーを見つけてぶっ殺すまで、俺の戦いは終わらない……」


 過去を思い出し、やや感傷的な表情を見せるパウリーニョの肩を叩くフェルナンジーニョ。

 普段は気楽に生きている様に見える彼も、大切な相方の心にはいつも寄り添っている。


 「パウリーニョ、安心しろ。お前には特別な能力がある。その能力がお前を、ただのアル中やヤク中で終わる運命から救ったんだ。自分も相手も傷つけるこの能力は厄介だが、そのあり方に迷った時はいつでも俺を使え。俺はまだ格闘家なんだ。例えリングから追放されても、思う存分暴れ続けるのが俺の夢なんだよ!」

 

 ふたりは固い握手を交わし、やがて両肘をぶつけ合うコンビネーションを見せながら、互いの友情を今一度確かめていた。



  (続く)

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