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バンドー  作者: シサマ
71/85

第70話 未来を若さに託して


 7月9日・23:00(中国時間)


 ここは、中国河南省にある安モーテル。

 

 ブルガリアでバンドーとスコットの特訓が終わった頃、雲台山(うんだいさん)の入口から太行山脈(たいこうさんみゃく)を視界に入れる事が出来るこのモーテルには、とある1組の地質学者グループが待機していた。

 

 彼等を率いるのは、バンドーファームのアジアビジネスも担当する朝鮮系バイヤー、スンフン・クォン。

 彼等は同じ大学で学んだ仲間達であり、バイヤーの道を選んだクォン以外は皆、名の知れた地質学者になっている。


 「……情報通り、見張りのマフィアどもはドラッグの取引に動員された様だな。人影はおろか、奥の小屋の明かりも全て消えている。チャンスだ」


 クォンはバンドーファームで特殊部隊のキムと出会い、同じ朝鮮系である事をきっかけに交流を深めている。

 キムと中国警察からの情報によれば、クォン達の行動を監視していたフェリックス配下のマフィアがこの日、ドラッグの大規模取引で持ち場を空けるというのだ。


 「……クォン先輩、急ぎましょう! 警察が取引を待ち構えているとは言え、ひとりやふたりは捜査の目を逃れてここに帰ってくるはずです!」


 グループのナンバー2的存在であるグドムンドソンは、ヨーロッパの中では地震の多いアイスランド出身である。

 

 ドイツの大学で学んでいた朝鮮系のクォンは現地での人種差別もあり、大学院に進学してもなかなか発言権を与えられずにいた。

 だが、地震の頻発するアジアから来た、彼の鋭い分析力に感銘を受けた後輩のグドムンドソンは、クォンがビジネスの世界に転身してから彼の名誉回復に尽力したのだ。


 

 「採掘現場……こんな見え透いた嘘の看板を……」

 

 彼等の目的は、フェリックス社が世界中の地層プレートを刺激する謎の開発を行いながら、人為的な震災を引き起こす計画を準備しているという噂、その真偽を確かめる事。

 雲台山に分け入り、更に坂道を下ると、鉱物の発掘を装ったバリケードが立ちはだかるものの、地質学のエキスパートである彼等は、ここの地盤には発掘出来る鉱物が存在していない事を知っている。


 「……最近は、いよいよ中国もロシアの下請けに嫌気がさしているのさ。中国当局がフェリックス社の野望に力を貸している可能性は、十分にあるだろう」


 クォンを筆頭とした5人の地質学グループは、秘密裏な行動を重視する為に明かりの拡散するヘッドライトを使わず、各々の手に握られたペンライトの光だけを頼りに行進を続ける。

 やがてマフィアの見張り場所らしきプレハブ小屋と、建設中とおぼしき倉庫、そして正体不明の巨大な穴が姿を現した。


 「……気をつけろ! この穴は深い。落ちたら骨折して這い上がれないぞ!」


 慎重にライトを照らしながら、その穴の形状に目を見張るクォン。

 何かを埋め立てる様な広い穴ではなく、専用の掘削機を用いた幅の狭い深い穴である。


 「……こんな不安定な地盤に、建物は建てられない。やはりここがプレートだと認識した上での、意図的な実験に違いない……。ソリアーノ、ローデ、ファン、君達は建設中の倉庫を撮れ!」


 街頭もつかないロケーション、そしてアマチュアレベルのカメラ撮影では、説得力のある証拠写真の提出は難しい。

 

 だが、クォンには特殊部隊のキムという頼れる仲間がいる。

 彼に事実を報告すれば、フェリックス社の動きを誰よりも警戒する特殊部隊が動き出すはずだ。


 「クォン先輩! 建設中の倉庫は不自然な隠し窓や回転式の棚が多いですね。案の定、搬入するつもりの武器やドラッグの資料が見つかりました!」


 クォンをリスペクトする朝鮮系の後輩学者ファンは、堅気の人間が普段お目にかかれない武器やドラッグの情報に、ある意味不謹慎な興奮を隠せない様子。


 「……やはりな。この周辺は地層プレートが存在しているが、中国の大震災でここが震源になった事はない。当局も利権次第でフェリックス社の行動を見逃すだろう。他に実験の候補地があるとすれば、かつて長期的予震が謎を呼んでいた唐山辺りだが……」


 実験場が2ヶ所以上に及べば、フェリックス社の疑惑はほぼ確定し、世界中のフェリックス所有地に調査が入るだろう。

 クォンは既に新たな現場に気持ちを切り替え、取りあえず携帯電話のカメラ撮影で、少々不明瞭な写真でも数を揃える事を重視していた。


 「クォン先輩! グドムンドソン! そろそろドラッグの取引が終わる頃ですよ。警察にはマフィア全員を拘束して欲しいですが、この規模だ、当局とグルになっている人間が必ずいるはずです。逃げましょう!」


 グループの中では最年少で、必然的に荷物係として重いリュックを背負わされたファン。

 やや気分屋で臆病な彼は、グループのリーダー格を急かして脱出を促す。


 「そうだな、そろそろずらかるか……!? おい、ファン、何だそれは!?」


 ファンの声に振り向いたクォンの目に映る、異様な光景。

 そこには緊張した面持ちで拳銃を構える、ファンの姿があったのだ。


 「ファン、何の真似だ! 血迷ったのか!?」


 グドムンドソンもファンの拳銃を確認し、即座に彼を一喝する。

 どうやら、あらかじめ倉庫に隠していた拳銃を、ファンが受け取る筋書きになっていたのだろう。

 

 だが、グループ最年少で臆病なファンが、上下間系の厳しい同胞の先輩に銃を向けるなど、通常ではあり得ない。

 クォンとグドムンドソンは周囲を見渡し、他のふたりの仲間達である、イタリア人のソリアーノ、ドイツ人のローデが苦渋の表情を浮かべながらファンの背後に立っている現実を目の当たりにした。


 「……ソリアーノ、ローデ、君達も裏切るつもりだったのか!? まさか最初から!?」


 3人もの仲間の造反というまさかの事態に、自身も動揺を隠せないクォン。

 そんな彼はどうにか呼吸を整え、仲間達の行動を問い正すのがやっと。


 「……クォン先輩、貴方はフリーランスのバイヤーとして、権力に縛られずに商売が出来るからいいですよ。しかし俺達は、出世すればする程、政府の御用学者にされちまうんです」


 拳銃を構える手は震えているものの、その目には重大な決意を(たた)えているファン。


 「……クォンさん、俺の故郷イタリアも地震が多いんです。でも、ロシア主導の政府寄りの研究ばかりさせられるのはウンザリなんだ。フェリックス社は俺達に研究の自由をくれた。イタリア系アメリカ人のファケッティ顧問が、俺をイタリア地質学の研究トップに指名してくれたんです。こんなチャンスは逃せない……!」


 ソリアーノもフェリックス社に買収されていた。

 いや、彼の立場からすれば、イタリア人学者としてのプライドを守る決断をしたと言うに違いない。

 

 「……ロシア主導の統一世界を擁護するのはそろそろ限界だよ、クォンさん。俺達は世話になったあんたを殺すつもりなんて全くないんだ。今すぐ撮影したデータをこっちに渡して、大人しく帰ってくれたらそれでいい。データさえ出さなければフェリックスと俺達を告発しても構わないよ。会社は揉み消せる力があるからな」


 ドイツ出身のローデも、ポストロシアの世界リーダー候補である、ドイツの利権に絡め取られたのだろう。

 その目に殺意は一切感じられないが、クォンを手ぶらで見逃す人情も感じられなかった。


 「……お前達、正気か!? もしフェリックスが震災を引き起こしたら、イタリアもドイツもただじゃ済まないだろ!? お前達も犯罪者として訴えられるぞ!」


 額に汗を滲ませながら、必死に仲間を説得するグドムンドソン。

 しかし、3人の態度は冷めたままである。


 「グドムンドソン、お前が今言った通り、人為的な震災なんてもしもの話なんだよ。今、このチャンスで革命に協力する方が、人間として勇気ある選択だと思うがね」


 グドムンドソンの説得を斬り捨てたソリアーノを横目に、クォンは上着のポケットに隠した携帯電話のボタンを押し、あらかじめ作成していたと思われるメールを特殊部隊のキムに送信した。


 「……すまんな、私は君達には従わないよ。もう十分に生き、やりたい事はやれた人生だった。商売先のニュージーランドには、私の遺志を継ぐ素晴らしい若者も沢山いるんだ。グドムンドソン、逃げるんだ。ここは私が引き受ける!」


 クォンは最後に、バンドーファームに集う可能性豊かな若者達を誇り、拳銃の扱いに戸惑うファンに体当たりを試みる。


 「クォン先輩、俺が貴方を見捨てるとでも!?」


 グドムンドソンは即座にクォンに助太刀し、体格に勝るソリアーノとローデを引き受けた。


 「……くっ……仕方がない、ファン、拳銃は使うな! 穴に落として事故死に見せかけるんだ!」


 「……先輩、許してあげたかったのに……。貴方のせいですからね!」


 ファンは拳銃でクォンの額を殴打し、頭を抱えてふらつく彼を深い穴の底に突き落とす。


 「ぐわあぁぁっ……!」


 クォンの悲鳴は深い穴の奥底で小さくなり、最後はソリアーノとローデも含めた3人がかりでグドムンドソンを穴の中に叩き落とした。


 「……大丈夫だ。クォンさんの外傷は頭だけ。穴に転落した事故死でごまかせる! ……畜生、もう俺達後戻り出来ねえよ!」

 

 研究者としての正義が少しずつ歪み始め、結果として修羅の道を選択してしまったファン、ソリアーノ、ローデの3名。

 彼等は肩で息をしながら、ふたりの人間の生命が奪われた瞬間とは思えぬ静寂の中、自らも頭を抱えてその場に崩れ落ちる。


 中国は今、新たな1日を迎えたばかりだった。

 


 7月9日・17:00(スペイン時間)


 ピピピッ……


 「……ん? メールだ。シルバ中尉からか?」


 スペインはマドリードの警察署内にある、特殊部隊のオフィス。

 

 軍隊時代の仲間であるシルバからの要請を受け、『レセプター・リフレクター』の能力者、そしてフェリックス社の情報収集に乗り出したロドリゲス、ガンボア、グルエソの指示でオフィスに残ったのは、朝鮮系の隊員キムだった。


 まだまだアジア系、アフリカ系への人種差別が根強いヨーロッパでは、警察手帳を出さなければキムと口を利こうともしない人間がいるのが現状。

 そんな中、事務作業や地理に強い彼をオフィスに残した判断は妥当と言えるだろう。


 「……このメールは……クォンさん!?」


 かつて、クォン自身の口からフェリックス社の開発現場調査について聞かされていたキム。

 胸にざわつく不安とともにメールを開けると、そこには彼の想像を絶する内容が記されていた。


 

 『親愛なる同士、キム君』


残念だが、君がこのメールを見た時、私はきっとこの世にいないだろう。


我々は中国の河南省、雲台山の入口を下った場所にあるフェリックス社の開発現場に忍び込んだ。

結論から言って、奴等は人為的な震災を起こす為の実験をしていたよ。


とても人間の生活には向かない地層プレートの上に、武器やドラッグを運び込む倉庫を建て、更に実験用に深い縦穴を掘削しているんだ。

明瞭とは行かないが、証拠の写真も送る。


君の情報通り、開発現場を見張っていたマフィア達はドラッグの取引に駆り出されていて、今がチャンスだと思ったよ。

雲台山の入口から発掘現場の看板を更に下れば、いつか私の遺体も見つかるかも知れないな。すまないね。


さらばだキム君。

私は無限の未来がある、素晴らしい若者達を信じている。

君達若者の手で、奴等の野望を食い止めてくれ!


スンフン・クォン



 「……まさか、そんなバカな……!」


 キムは目の前の現実に、そして何より自らの死さえも受け入れているクォンの達観ぶりに戸惑っている。

 (わら)にもすがる思いでクォンの携帯番号にコールするものの、当然彼からの返事が来る事はない。


 「……もしもし、中国警察ですか? 特殊部隊のキムです! 河南省雲台山の入口から、発掘現場の看板を下った辺りで、人が死んでいるとの情報を得ました! すぐに調査に向かって下さい!」


 事態は一刻を争う。

 

 キムはこの時点で、クォンの生存に関しては既に諦めていた。

 しかしながら、せめてその亡骸(なきがら)だけは関係者に返さなければならない使命感に追われていたのだ。


 

 7月10日・8:30


 一夜明けたソフィアでは、クレアとハインツが屋敷の近所にあるスーパーマーケットを訪れている。

 

 もっとも、目的は買い物ではなく、開店前に店長のフリストに話を聞きに行く事。

 スーパーマーケットの店長クラスが、ビジネストラブルで殺意まで抱く事例があるのか、業界の裏側を訊ねるのだ。


 「……犯人が捕まらなくて、何だか物騒な事件だとは思っていたが、まさか同業者が疑われているとはな。ウチのスーパーはブルガリアに根差した地元企業だし、ここではフェリックスみたいなグローバル大企業との競争もない。品質や接客に問題がなければ、何とかやっていける伝統があるのは幸運だな」


 本社スタッフという、高給取りの「背広組」への出世こそ叶わなかったものの、現在のフリストからは人生の充実感が伝わってくる。

 幼いクレアに自分の事をキャプテンと呼ばせるそのキャラクターも、人と接する現場向きである。


 「キャプテン、ライバル店の人間が偵察に来たり、わざと評判を落とす様なクレームを入れてきたりした事はある?」


 「ああ、偵察なんてしょっちゅうだぜ。俺達だって、近所にライバル店が出来れば行くからな。だが、変なクレームをつける様な奴等は大抵、経営が歪んでいる会社だよ。景気のいい頃に手を出した不動産みたいな副業が重荷になっていて、自転車操業の受け皿が必要なピンチに見舞われているのさ」


 クレアからの質問に、高速で直球を投げ返すフリスト。

 若い頃の彼は、さぞかし血気盛んだったに違いない。


 「なるほどな。恐らく犯人は、フェリックス社のスーパーとの競争に敗れて逆恨みしたって所か。だが、まともな人間なら悔しくても次の仕事を探すよな。人殺しなんてしねえよ」


 クレアの隣でひとり納得顔のハインツ。

 しかしながら、フリストはそこに同情の余地があると認識していた。


 「……まあただ、あの頃のフェリックス社の勢いは異常だったからな。大企業は自分達の支配を強化する為に、金をちらつかせてライバルの有能な社員を引き抜いていくし、先手を打って店舗を拡大するから、犯人の行く先々でフェリックスが邪魔をしていた可能性はあるぜ」


 「……そうね。そしてもし犯人が、人を殺して初めて自分の能力に気付いたのであれば、疑われる前に一気に怒りを爆発させても不思議はないわ」


 『レセプター・リフレクター』の能力は、幼い頃から平穏な人生を送っている人間なら、そうそう気付く事はないだろう。

 それ故に、一度力に気付けば手がつけられなくなる可能性も高い、クレアはそう踏んでいる。


 「とにかく、話を聞く限り俺の知り合いじゃないな。安心したぜ。とは言え、その何とかって能力、可哀想な力だな。俺にその力があったとして、正しい事に使える自信はねえよ……」


 ある意味、人間関係の(ごう)を背負った能力とも言える『レセプター・リフレクター』。

 フリストはうつむきながら、自身が平凡な男に生まれてきた事に感謝していた。


 「フリスト……キャプテンだな、忙しい朝に貴重な話をありがとよ! 男にキャプテンって呼ばれるのは恥ずかしいか?」


 ハインツはフリストをからかいながらも、感謝の言葉と力強い握手を交わす。


 「あたし達はこれから、妹を訪ねてハンガリーに行くの。事件の生存者が妹の大学病院にいるらしいから、話を聞こうと思って。じゃ、キャプテンまたね!」


 クレアは笑顔でフリストと別れ、今やツーショットがすっかり自然になったハインツとともに、一路ハンガリーはブダペストへと向かった。



 7月10日・9:30


 その頃、クレアとハインツを除くチーム・バンドーとチーム・ルステンベルガーの3名は、情報屋のキリエフとともにソフィアの賞金稼ぎ組合を訪れている。

 

 キリエフが仕入れてきた情報は、行方不明になった父親を探す女性魔導士を組合で見たというもの。

 彼は、魔導士の父親ならば『レセプター・リフレクター』の様な特殊な能力を持っている可能性があると睨み、加えて魔導士をチームに迎えたがっているルステンベルガー達に、自身の情報網をアピールしようという狙いがある様だ。

 

 「痛てて……皆もっとゆっくり歩かない?」


 昨日のスコットとの特訓で満身創痍のバンドーは、只今絶賛筋肉痛中。

 剣を杖代わりにして歩くその様は、今やヨーロッパ屈指の実績を挙げたチームのリーダーにはとても見えない。


 「……お前ひとりいない程度で、戦力的な変化は殆どないだろう。まともに歩けないならさっさと帰って休んでいるんだな」


 規律の乱れを何よりも嫌う、堅物ドイツ人のイメージそのままなルステンベルガー。

 彼の目にはまだ、バンドーが自身に完敗した半人前レベルから成長していないと映るのだろう。

 

 「そうでしたね、すみませんでした。頑張って歩きます!」


 実はバンドーは、ルステンベルガー参戦でシリアスになった空気を緩和させる為に、自身の泣き言でツッコミを呼んで笑いを取ろうとしていただけだった。


 「……ねえねえフクコさん、俺も君の事、フクちゃんって呼んでもいい?」

 

 だが、ヤンカーとシルバは何やら他の話で盛り上がっており、シュワーブは前々から気になっていたフクちゃんに近付こうと必死。

 結局、泣き言を真に受けたルステンベルガーだけがバンドーに反応し、慌てて気合いを入れ直すはめになったのである。


 

 「昨日お話を聞かせていただいたキリエフという者です。父親を探しているという例の魔導士、今日は来ていますか?」


 キリエフは普段のキャラクターからは想像のつかない、礼儀正しい態度で組合のオペレーターと会話している。

 取っ付きにくいルステンベルガーの手前で緊張もあるのだろうが、どうやら実家の酒屋で、接客のイロハだけはしっかりと叩き込まれているらしい。

 

 「はい、来ていますよ! あちらです!」


 オペレーターが指差す先には、休憩所でカップコーヒーを片手にひとり(たたず)む女性の姿。

 その落ち着いた雰囲気から、年齢はバンドー達より上と思われるが、昨日からの聞き込みに疲れてしまったのか、朝から早くも黄昏ムードが漂っていた。


 「……私が声をかけてみますね」


 ファーストコンタクトに立候補したのは、やはり同じ魔導士のリン。

 目の前の女性のキャリアはともかくとして、今や世界最高レベルの魔導士と評判のリンを、相手が知らない事はまずないだろう。


 「すみません、オペレーターの方から事情を聞いたのですが……」


 「……あっ、貴女はジェシー・リンさん……!?」


 リンの予想通り、魔導士とのファーストコンタクトは円滑に進む。

 相手の女性にとっても、リンの実績と知名度をもってすれば、より多彩な人脈から聞き込みが出来るという期待があったのだ。


 「はい、そうです。私がチーム・バンドーの魔導士です。今回偶然、チーム・ルステンベルガーの方々と一緒に仕事をしているのですが、私達の求める情報と貴女の求める情報が、ひょっとしたら一致するかも知れないんです。お話を聞かせて貰えませんか?」


 リンの言葉に、慌てて周囲を見渡す女性魔導士。

 彼女と目が合ったルステンベルガー、ヤンカー、シュワーブのドイツ組剣士は、その瞬間何か感じるものがあったのか、必死に記憶を呼び起こそうとしている。


 「……皆さん、はじめまして。私はオーストリアのウィーンから来た魔導士、バーバラ・フィッシャーです。この度、私は失踪した父の捜索でブルガリアを訪れています。ただ、まだ失踪の理由に確信が持てないので、警察を避けて賞金稼ぎ人脈を頼っているんです……」


 如何にも聡明そうな顔立ちに、背筋の伸びたスタイルが目を引くバーバラ。

 しかしながら、最小限の防具をつけた上下のスウェットスーツに、ブラウンのロングヘアーを首の後ろで束ねただけの地味なルックスは、賞金稼ぎの魔導士というよりはむしろ、魔法学校の職員といった印象だ。


 「……ルステンベルガーです。貴女はもしかして、ドイツの魔法学校で教官をやっておられた方ではありませんか……?」


 シュワーブから耳打ちされ、ルステンベルガーは完全に記憶を取り戻す。

 

 

 2年程前、才能がありながら争いを好まないウィーンの天才女性魔導士を、近隣のドイツが魔法学校の教官としてスカウトしたニュースが報道される。

 そして、賞金稼ぎになってまだ間もないシュワーブが、同世代の友人が通う魔法学校でバーバラらしき女性を見た事があったのだ。


 

 「……思い出していただいて光栄です。確かに私は、つい先日まで父の捜索と並行して魔法学校の教官をしていました。ただ、少しずつ父の疑惑が深まるにつれて、来期からはもう教官の仕事は出来ないだろうと自覚しています……」


 ドイツでは知らない者はいない有名人、ルステンベルガーとの会話とは言え、彼より歳上と思われるバーバラは妙に伏し目がちで、弱々しい返答に終始している。

 どうやら彼女も、自分の父親の疑惑が犯罪絡みだと気づいているのではないだろうか。


 「はじめまして、バンドーです。ここじゃ話しにくい事もあるだろうし、もっと人気の少ない所に行きましょう」


 真剣にバーバラを気遣っているのか、単に休憩したいのかはともかくとして、バンドーの提案を受け入れたパーティーは、組合の中で最も静寂が期待出来る資料室へと移動した。


 「すげえな、見事なまでに静かだぜ」


 ヤンカーも驚愕する資料室は、過去の事件や歴代賞金稼ぎの情報が閲覧出来る場所である。

 

 しかしながら、賞金稼ぎの大半はその場しのぎの仕事で食い繋いでおり、過去の事例との比較検証が必要な高難度の仕事は、余程の有力チームか大所帯パーティーしか引き受けない。

 シルバやリンの様なタイプにとってこの部屋は宝の山だが、自堕落な賞金稼ぎにとっては単なる昼寝場所に過ぎないのだ。


 

 「はじめまして、チーム・バンドーのシルバです。自分達が追っている事件は、『レセプター・リフレクター』の能力を持つ容疑者が、フェリックス社のスーパーマーケットの店長に危害を加えて逃走中というものです。通常なら警察案件で済む所なのですが、チーム・ルステンベルガーのバイスさんがその能力を持っていた為に、参考人にされてしまったんですよ」


 まずは理路整然としたシルバの説明から、互いの情報を擦り合わせ始める一同。

 バーバラは彼の言葉ひとつひとつに頷き、眉間にしわを寄せながら自身の見解を話し始める。


 「……私は幼い頃に母を亡くし、父ひとり娘ひとりの家庭で育ちました。父がスーパーマーケットの仕事をしていたのは事実で、ウィーンに進出してきたフェリックス社のスーパーの強引な商売に、怒りを募らせていたのも事実です……」


 「……え? それじゃあやっぱり……」


 机から身を乗り出し、結論を急ごうとするシュワーブを片手で制止するフクちゃん。

 互いの見た目は10代の少年少女だが、その見識と経験値には埋まらない程の開きがあった。


 「バーバラさんはさっき、警察を避けていると言いましたが、最初の事件が起きてから、もうかなり時間が経ってますよね? その間、お父さんの捜索願いとかは出していなかったんですか?」


 バンドーの素朴な質問は、誰もが最初に気になる部分。

 バーバラは自身の信用に関わると判断したのか、慌てて首を左右に振って力説する。


 「最初の事件が起きる直前に、父が店長をしていたスーパーは閉店してしまいました。ですから父は、ウィーンにこだわらない就職活動で近隣を飛び回っていたんです。そして、ハンガリーのスーパーで新しい仕事をしているという連絡が来ました。忙しいから、暫く連絡出来なくなると言われて……」


 犯行に関与しているかどうかは別として、バーバラの父親は娘に心配をかけまいと努力していたに違いない。

 そしてバーバラ自身も、父親の犯行を知った上で隠匿する様な人間ではなかった。

 

 「……でも、ハンガリーとルーマニアでも同じ様な事件が起きたのを知って、自分でも調査を始めました。そして、父がハンガリーのスーパーマーケットで働いていた事実はなかったと知ったんです……」

 

 流石に意気消沈したか、言葉が途切れるバーバラ。

 リンはそんな彼女に重圧をかけない質問を選び、バーバラが少しでも有利になる情報を引き出そうと試行錯誤する。


 「バーバラさんの話しぶりを見ていると、お父様に『レセプター・リフレクター』の様な特別な能力があるなんて知らない……といった印象です。貴女の魔力にご両親からの遺伝は関係ないからなんですね?」


 立身出世に興味がなく、図書館司書になっていたリンの生き様はバーバラと共通項が多い。

 重圧から解放されたバーバラは肩の力を抜き、自身の家庭環境について話を続けた。


 「……はい、母は若くして病に倒れてしまいましたが、公私に真面目な事務職でした。父もコツコツ頑張るだけが取り柄の堅物でしたので、私は偶然に発見した自分の魔法を独学で伸ばしてきたんです。魔法学校入学当初から周囲と差があって、天才なんて呼ばれましたが、両親の影響で無意識に努力していただけですよ……」


 自身の才能云々には触れて欲しくない様子のバーバラ。

 強いて才能と呼べるのは、両親から受け継いだ努力を惜しまない姿勢である、と言わんばかりに。

 

 「……『レセプター・リフレクター』の能力を持つチームメイトから聞いた事がある。この能力は、自分から発動したくて発動する訳じゃないとな。誰かに傷付けられた事が発動のきっかけで、誰かに痛みを返さなければ自分の痛みが抜けないらしい。つまり、あんたの親父さんが仮に容疑者だとしても、1回目は情状酌量の余地がある。1回目だけはな」


 言葉は武骨だが、ヤンカーの意見は核心を突いており、それはトリノで見せたバンドーの価値観に近い。

 容疑者を確定する事は勿論として、最大の焦点はこの3件の犯行が全て同一犯の仕業であるかどうか、能力に味をしめた犯行であるかどうかである。


 「……ちょっと整理しなければいけませんね。まず現時点では、バーバラさんのお父様に特殊能力がある確信はない。ですが、フェリックス関係者に危害を加えるかもしれない動機は存在している。そして、バーバラさんのお父様が罪を犯していたとしても、最初の事件で初めて自身の能力に気づき、失踪している間に別の模倣犯が出てきた可能性もある……」


 見た目は幼いが、素早く要点をまとめるフクちゃんを目の当たりにして驚くバーバラ。

 全ては、ハンガリーの大学病院に入院しているという、第2の被害者の証言にかかっていた。


 「バーバラさん、事件の経緯から見て、貴女のお父様がブルガリアで放浪している可能性は高いと思います。ですが、ソフィアだけがブルガリアではありません。有力な手がかりや警察の協力なしに広大な捜索をするのは無謀です。今、我々の仲間がハンガリーに行っていますので、彼等からの情報を待ちましょう。そして、お父様の疑惑が更に深まった場合、指名手配を要請する可能性もあると頭に入れておいて下さい」


 ルステンベルガーは最低限の人情を保ちながらも甘さは見せず、クレアとハインツに希望を託してその場を締めた。

 だが、彼の頭の中には新たなチームメイトの候補として、この実直な女性魔導士の名前がリストアップされた事は間違いない。



 7月10日・13:00


 ソフィアから飛行機で僅か80分程。

 

 クレアとハインツは、飛行機の中でシルバからの連絡メールを確認。

 ここまでの経緯と情報を整理した上でハンガリーのブダペスト空港に到着し、現地に迎えに来たクレアの妹ローズウッドの案内で昼食を終えた後、ハンガリー公立大学のセンメルワイスキャンパスに到着している。


 2045年の大災害発生以前は、ハンガリーの国立大学として複数の大学に分かれていたが、統一国家誕生後はひとつの巨大な公立大学に統合。

 医学、獣医学の分野で東欧屈指の伝統と実績を誇る大学として、ローズウッドをはじめとした優秀な学生がヨーロッパ中から集結していた。

 

 「折角ブダペストに来たのに、観光もしないで帰るなんて残念ね、お姉ちゃん」


 クレアの妹ローズウッドは、お隣のブルガリアから来た財団の娘という話題性に加えて獣医学部で優秀な成績を残している為、キャンパス内の病院では既に顔馴染み。

 

 そして、彼女の姉クレアが所属するチーム・バンドーも、賞金稼ぎとしての実績のみならずともに仕事をした公的機関からの評価が高く、入院患者との面会という急なミッションも問題なく許可された。


 「やっぱり大切な事は、信用を真面目にコツコツと積み上げる事だよな」


 「……ぶっ! あんたからそんな言葉を聞くなんて、3ヶ月前のあたしなら全く想像しなかったわ……」


 クレアとハインツは、剣術学校時代は勿論、新米剣士時代にも俗に「腐れ縁」と呼ばれる不思議な力で引き寄せ合い、互いに反発しながらも時折共同作業をこなしていた。

 その時代は、殆ど例外なくハインツがトラブルメーカーであり、クレアは周囲の説得や謝罪に手を焼いたものである。


 「私がこんな事言っていいのか分からないけど、ハインツさん、凄く優しくなったなって感じます。お姉ちゃんは何でも仕切りたがるから、余り甘やかしてもダメだろうけど……」


 当時はまだ高校生で、求める道の違いから姉と距離を置いていたローズウッド。

 獣医学部への受験勉強と財団の仕事の手伝いを両立し、表向きは礼儀正しい人間に囲まれていた彼女の目には、ハインツという男が随分と自己中心的に見えていたに違いない。


 「……そうか? 俺には良く分からねえ。ただ、バンドーとシルバ、そしてリンに会った事がデカいんだろうな。あいつらみたいな賞金稼ぎは他にいないぜ。どんどん強くなってはいるが、賞金稼ぎの価値観に染まってないって言うか、普通っぽいって言うか……。強いて言えば、チーム・バンドーでいるから俺も変わったのかもな……」

 

 「それはあるわね。特にバンドーは、外側の変わらなさと内側の進化の差が凄いわ。スコットさんからの特訓も、何かのピンチをきっかけに絶対モノにするはず。ハインツ、あんたも早いうちに剣士ランキング上げといた方がいいわよ」


 バンドーに剣士ランキングで抜かれてしまったクレアは勿論、上から目線でチーム戦術のイニシアチブを握っていたハインツも、自分達が既にバンドー達の教育係ではなくなったと自覚している。

 これからフェリックス社やジルコフ大佐の差し金と戦う事になれば、リンやバンドーの魔法、そしてシルバの軍人としての知識や人脈の役割は大きくなるばかりなのだ。


 

 「入院中のウルマーさんは、基本的には退院出来るレベルにまで回復しています。ただ、事件のショックなのか、少々投げやりな感じになっているんです。面会時間は20分だけ。時間が来たら帰っていただきますからね」


 多忙である為なのか、それともクレアとハインツの風貌のせいだろうか、看護師は少しばかり疑念の眼差しを向けている。

 大学病院の個人病室に入院しているマルセル・ウルマーは、オーストリアで最初の事件が発生してから半年近く経過した先月、『レセプター・リフレクター』の能力者らしき人間からの攻撃を受けている。

 

 だが、ハインツは彼の名前を見てとある疑問が沸き上がる。

 ウルマーという姓は、ドイツ、オーストリア、スイスと言った旧ドイツ語圏に多い名前であり、生粋のハンガリー人にはそうそう付かないのだ。


 シルバからのメールによると、ソフィアに単身情報収集に来たという魔導士バーバラはオーストリア出身。

 つまり、彼女の父親が容疑者であるとすれば、ウルマーは事件以前からバーバラの父親と面識があったのかも知れない。


 「……あんた達、警察か? 警察なら何も話す事はないよ。俺は犯人の顔も見ちゃいない。『レセプター・リフレクター』らしき能力でやられたのは足首だけで、反り返って頭を強打して気絶した事が入院の理由さ」


 一般人と何ら変わらない活力を持つウルマーの容態には、クレアとハインツ、そしてローズウッドまでが良い意味で拍子抜け。

 これだけ話せる体調であるならば、出来るだけ多くの情報を引き出したい所なのだが……。


 「頭蓋骨が陥没骨折したらしいから、入院が長引いちまったのさ。脳に異常はないのに会社は独自調査するとか言って、いつまで経っても俺を病室に閉じ込めているんだ。このままクビにするつもりじゃないかと思うと、気が気じゃないよ」


 「フェリックスは福利厚生もいい大企業でしょ? 何か悪い所を知っているの?」


 やや自暴自棄気味なウルマーからヒントを得ようと、クレアは誘導尋問を仕掛ける。


 「い、いや……別に……。でも、携帯電話まで取り上げて、家族や友達にも会わせないって、おかしいと思わないか?」


 フェリックス社としては、事件の背景からライバル企業を牽制する道具として、被害者のウルマーを安全に隠しておきたいと考えている可能性はあるだろう。

 しかしながら、その姿勢からは出来るだけ物事を大きくしたくない、裏事情の様なものも窺えていた。


 「……あんた、何か隠してねえか? 俺達の仲間がさっき、犯人の娘さんかも知れない魔導士と接触したんだ。彼女の父親もウィーンのスーパーマーケットの店長で、フェリックスの強引な商売に怒りを募らせていたらしい。俺はあんたが、名前からしてオーストリア人だと思っている。犯人の事を知っているなら、俺達に話してくれないか?」

 

 苦し紛れな疑念や言い訳に終始するウルマーが、重要な秘密を抱えていると判断したハインツ。

 ウルマーはハインツ達が警察ではない事を執拗に確認した上で、周囲を見渡して小声で真実を語り始める。


 「……少なくとも、俺を襲った犯人はクリストフ・フィッシャーだ。俺はウィーンで、彼の下で働いていたんだ。だが、フェリックスの強引な商売で会社は倒産、店は閉店したよ。でもその直後、俺は奴等から引き抜きのオファーを貰ったんだ。憎い奴等からのオファーには悩んだが、家族の生活を考えれば魅力的な給料だよ。フィッシャーに会わせる顔はなかったけど、新しい職場がブダペストだと分かったからオファーを受けたんだ」


 クリストフ・フィッシャー、その名前から、彼がバーバラの父親とみて間違いないだろう。

 

 「ウィーンで死んだフェリックスの社員は、俺達のライバル店長だった。でも、死体からフィッシャーの指紋は出なかったみたいだから、俺は彼の無実を信じて会社に内緒で雇おうとしたんだよ。フェリックス本社じゃ無理でも、下請けの問屋とかでさ」


 ここまでの話を聞く限り、被害者であるはずのウルマーは完全に加害者フィッシャーの理解者だ。

 

 ウィーンで相当の恩義を感じていたのだろう。

 フェリックス社がウルマーを病棟に閉じ込めている背景には、フィッシャーへのリスペクトが犯人の刑罰に影響を与えてしまう可能性を恐れたのかも知れない。


 「彼をブダペストに呼んで転職を説得したけど拒否されて、裏切り者と罵られちまった。だからカッとなって彼の足を蹴飛ばしたら、突然同じ箇所に激痛を感じて卒倒し、このザマさ。フィッシャーは頑固なバカ野郎だが、俺の恩人ではある。変な能力が疑われているみたいだけど、ウィーンでは1回も見た事がないよ」


 胸のつかえが取れたのか、ウルマーは晴れやかな表情を浮かべている。

 彼がフィッシャーに対して恨みを持っていない事を確認したクレアは、協力に感謝する意味を込めて『レセプター・リフレクター』の能力について説明した。


 「相手から受けたダメージをそのまま内側から返す特殊能力の事を、『レセプター・リフレクター』って言うの。ウルマーさんの足には目立った外傷はなかったでしょ? この能力は、相手から暴力を受けないと発動しないから、仮にフィッシャーさんがウィーンでひとり殺してしまっていたとしても、背景次第で罪が軽減される可能性はあるわ。だからウルマーさんの証言はとても貴重ね。ありがとう、事件は絶対に解決してみせる」


 有力な情報の確保に、クレアとハインツは勿論、ウルマーに引き合わせる仲介役を担ったローズウッドも安堵に胸を撫で下ろす。

 そしてローズウッドは同時に、自身が余り良い印象を持っていなかった「賞金稼ぎ」という職業で生きる姉、マーガレット・クレアを、改めて誇れる様になっていたのである。


 「……最後にひとつだけ言わせてくれ。フィッシャーがブダペストに来た時、フェリックス本社からルーマニアでトラブルがあったというメールが来て、俺はそいつをプリントしていたんだ。だが、俺が気絶している間にそのプリントがなくなっていた。俺はフィッシャーが、ルーマニアでは何もやっていないと信じたい。そこも調べてくれよ!」


 「おいおい……流石にその情報は警察に言わなきゃダメだろ! ルーマニアでもフェリックス社員が死んでいるんだ。信じたい気持ちは分かるが、フィッシャーだって単なる悪党に堕ちる可能性は十分にあるんだからな!」


 最後の最後に提供された情報の衝撃に、ハインツも思わず声を荒げてしまう。

 その声をドアの向こうで聞いていたのか、看護師のノックの音が病室に響き渡った。


 「……ルーマニアに関しては、会社からずっと口止めされているんだ、仕方ないだろ。この会社、やっぱり何処かおかしいぜ。俺の選択は間違っていたのかも知れないな……」


 小声で呟きながら、慌てて看護師に作り笑いを見せるウルマー。

 どうやら時間とは関係なく、ここで賞金稼ぎ達は強制退場となりそうである。

 

 だが、ハンガリー来訪の成果は絶大。

 最後に残されたルーマニアの謎を解き明かす必要があるものの、フェリックス社の闇が明らかになれば、少なくともクリストフとバーバラの父娘にとって救いのある結末が待っているはずだ。



  (続く)

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