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バンドー  作者: シサマ
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第69話 もっと強くなる!


 昨今、世界を騒がせるフェリックス社の重役を祖父に持つ、アニマルポリスのシンディ・ファケッティ。

 彼女の身の安全を重視した警察本部は、一時的に彼女をルアーナ・ガウティエリと名義変更する。

 

 パートナーのメグミとともにシンディに付き添ったバンドーとフクちゃんは、イタリアはトリノでラバッツァという血気盛んな少年剣士と遭遇。

 彼等は互いに衝突しながらも、協力して違法カジノを運営する元マフィアを拘束し、互いに友情を育んで別れる事となった。



 7月8日・17:00


 メグミとルアーナ、そしてバンドーとフクちゃんは今、警察関係者専用の宿舎で休息中。

 アニマルポリスのふたりは当初から宿舎に宿泊予定であったが、違法カジノの摘発に尽力したバンドーとフクちゃんの貢献を警察が評価した結果、全員宿泊を許可されたのである。


 

 「ホテル代が浮いて良かった! ……いや、賞金貰っておいてケチくさいけどね……。ところでメグミさん、ルアーナ。さっきも言ったけど、今回俺達はフクちゃんについて、本当の事を全て話す為にトリノに来たんだ。まず、今まで嘘をついていてごめん!」


 開口一番、まずはふたりにに頭を下げるバンドー。

 特に、彼自身が交際を申し込んでいるメグミに本当の事を言えなかった点については、深く反省している様子だ。


 「……今はまだ信じて貰えないとは思うけど、フクちゃんは人間じゃなくて神様、女神様なんだ。彼女には目的があって、その目的を遂行する為には俺達と行動する事がベストだと考え、人間の世界で俺達と行動するには取りあえず、俺の妹というポジションが必要だったんだよ」


 バンドーが前振りを終えると、フクちゃんはまだ唖然としたままのメグミ達に背中を向け、彼女のうなじに埋め込まれている白い物体を見せる。


 「……え!? これってまさか、あのフクロウの背中に埋まっていた……!?」


 メグミは目の前の光景が信じられず、思わず大声を上げていた。



 2ヶ月程前、パリで地元の子ども達にイジられていた珍種のフクロウを保護したアニマルポリス。

 その時は、たまたま通りかかった動物好きのバンドーがフクロウを一時的に預り、何処か大きな森のある街に還す予定であった。


 しかし、そのフクロウは背中の白い物体から謎の光線を出してパーティーの危機を救うなど、想定外の活躍でいつの間にかチーム・バンドーの一員に。

 武闘大会の途中に修行期間を終えたフクロウは、1級女神のフクちゃんとして彼等に不可欠な存在となる。

 


 「……私はこの世界で、人間以外の動物の姿で満月の夜まで生活するという、神族伝統の昇級試験をクリアしました。私がこの世界に留まっているのは、私の修行を手助けしてくれたバンドーさんやメグミさん達に恩返しをしたいという気持ちも勿論ありますが、自然の守護者という我々神族の役割を全うする為でもあるんです」


 フクちゃんはこの後、ロシアが主導する現在の統一世界のルールを覆そうと目論む、フェリックス社の脅威について語る。

 イスラエルの巨大企業を隠れ蓑に、今は亡き旧アメリカ財閥の残党が糸を引くフェリックス社の野望は、ルアーナもシンディ時代にテロリストに拉致される経験から警戒していた。


 「……昨今のフェリックス社は、旧アメリカ財閥、親米ユダヤ財閥の圧倒的な資本力を背景に、経済のみならず自然環境にまで干渉を始めています。歴史を考えれば、彼等がロシア主導の統一世界に従うとは誰も思ってはいなかったでしょう。ですが、今の彼等は人為的な災害を起こす事さえ視野に入れた、危険な勢力になりつつあります。私は自然の守護者として、それだけは阻止しなければなりません」


 いつになく熱い持論を展開するフクちゃんに、メグミとルアーナは圧倒されっ放し。

 バンドーはフクちゃんの考えを認めながらも、人間としてのバランスを考慮して新たな説明を加える。


 「俺達はフェリックス社の裏の顔を知っているから奴等を警戒しているけど、だからと言ってロシア主導の政府を完全に支持している訳じゃないんだ。事実、ロシアにはロシアでジルコフ大佐っていう悪どい軍の権力者がいる。自分とロシアが覇権を握る為に、剣士や魔導士、退役軍人も捨て駒にする様な奴なんだよ」


 ジルコフ大佐とその支持者は、ボロニンやライザを不当に扱い、配下のイバノビッチも用済みとみなせば抹殺。

 更に遡れば、多様な人種で軍と統一世界を動かそうとしたシルバの義父、ロドリゲスを軍の参謀から追放し、ロシアをはじめとするヨーロッパ至上主義を誇示しようとしているのだ。


 「……私達は警察関係者だし、私の父は警察役員。どうしても統一政府寄りになってしまうわ。政府側に、その大佐の横暴を(とが)められる人はいるの?」


 自身の置かれた環境もあり、メグミは不安の色を隠せない。

 バンドーは敢えて満面の太字スマイルで彼女に応え、これまでの経験を臆せずに語る。


 「大丈夫だよメグミさん! ケンちゃんのお義父(とう)さんのロドリゲスさんはジルコフ大佐の因縁のライバルで、今、しがらみを超えて悪党退治が出来る特殊部隊の隊長なんだ。あと、警視総監のアキンフェエフさんもロドリゲスさん直属の上司だし、警察と軍が癒着(ゆちゃく)して悪の側に流されるなんて事ははいはずさ!」


 「……ちゃっかり本業をキープしながらお小遣い稼ぎしているバンドーさんも、ちゃんとこの世界全体の事も考えていたんですね〜! 見直しましたぁ〜」


 ルアーナが何気なく発した本音は、緊迫した空気感を和らげ、女性陣の爆笑を誘う。


 「……ん? それって笑う所じゃなくない?」


 目の前の悪事にはいつも全力で挑んできたバンドーは、女性陣のこの反応に対して少々不満があった。

 しかしながら、ついさっきまで微妙に距離感が開いていたフクちゃんとメグミ達の心が再び近くなる雰囲気を感じ取り、反論の言葉という刃を心の(さや)に収める事にしたのだ。



 「……ところでバンドーさん、貴方の事を父にも話しました。前にも言ったかと思うんですけど、私の父はヴィーガンなので、野菜や果物を作る農家のバンドーさんには好印象を持ってくれましたよ!」


 フクちゃんの正体、そして彼女の目的についてはそれなりの理解を得たのか、メグミはバンドーとの今後についての話題を振り始める。


 「……え? 本当? やったぜ!」


 バンドーにとって、メグミとの交際に於ける高いハードルだと身構えていた、警察役員である彼女の父親の存在。

 意外にも、厳格な彼の思想信条が農家へのリスペクトを生んでおり、バンドーも思わず本音のガッツポーズを繰り出していた。

 

 「……ただ、父が私をアニマルポリスの現場から引退させようとしている様に、常に危険と隣り合わせで組織的な補償もない賞金稼ぎには、いい印象を持っていないの。ふたりの交際は、お互いに危険な仕事を辞めてからにして欲しいと言っていたわ……」


 メグミの口から聞かされる、彼女の父親の本音。

 だが、これは娘を持つ父親としては、ごく当たり前の願望であろう。

 

 現在は警察組織で出世したメグミの父親も、警官になった最大の動機は、恐らく「大切なものを守りたい」から。

 汚職してでも稼ぎたい、警視総監になるまで権力争いに勝ち続けたいなどとは、思っていないはずなのだ。


 「……そこばかりは仕方ないよね。俺とケンちゃんとリンはこの仕事にこだわりはないから、年末のモスクワ武闘大会を最後に引退するつもりなんだよ。クレアとハインツの夢の実現に力を貸してやりたいね。ただ、フェリックス社が今以上に不穏な動きを見せたり、賞金稼ぎの仲間がピンチになった時は、また剣を持って駆け付けちゃうと思う。そこを許してくれるかな……?」


 バンドーはメグミに嘘偽りのない正直な気持ちを告白し、その誠意に安堵したメグミは彼の手を取って大きく頷く。


 「大丈夫! 父も誰かの為に戦う男なんだから! これからも旅の途中で会った時は、お互いに協力しましょう!」


 結局、最後は歳上のメグミにペースを握られてしまったが、バンドーという男はこれでいいのだ。

 祖母のエリサ、母親のミカ、幼馴染みのサヤ、仲間のクレア、フクちゃん、更にオネエキャラのレディー……誰にも頭が上がらないのだから。

 

 「……めでたしめでたしですね。これで私も安心出来ますよ。では、ここでお祝いに隠し芸をお見せいたしましょう……ひゃあー」


 フクちゃんは拍手でバンドーとメグミを祝いながら立ち上がり、馴染みの奇声を上げて自らの姿をフクロウに変える。


 「……えっ!? こんな事ってあるの!?」


 「う〜ん、非科学的で信じたくはないものですが、ここまで事実だと認めなくてはいけませんね〜」


 堅物なメグミは勿論、天然キャラの割には思考が理系なルアーナも目の前の現実に納得せざるを得なくなり、フクちゃんの女神証言は正式に承諾されたのであった。



 ピピピッ……


 「……!? もしかして!」


 突然鳴り始める、バンドーの携帯電話。

 仲間からの緊急連絡か、それとも剣の特訓を予定しているスコットか。


 「もしもしバンドー……あ、スコットさん!?」


 「バンドー君、今いいか? 君のリクエスト通りソフィアに来たんだが、私はブルガリアに知り合いがいない事に気がついた。だから、君がウチの職員に推薦したい友達のテストをするにも、軽く作業する土地を借りるアテがなくて困っている。何とかならないか?」


 剣士としての彼を知らない者はいない、まさにレジェンドであるスコット。

 

 しかし、建設会社社長としての彼の活動範囲は、当然建設業仲間や取引先のいる地域に限られる。

 フェリックス社が進出を見送っているブルガリアでは、彼をリスペクトするメナハムの協力も得られないだろう。


 「……そうか、土地か……あっ、心当たりがあります! すぐ折り返して連絡しますよ!」


 バンドーはスコットからの電話を切り、すぐさまクレアの携帯電話にコールする。

 クレア財団の屋敷にあり余る、広い庭を借りるつもりなのだ。

 

 (カレリン達の再出発は勿論大事だけど、俺の特訓も大事なんだ! メグミさんと交際する前に、悪党にやられる訳には行かない。もっと……もっと強くならなきゃ!)


 

 7月8日・18:00


 「……すまねえ、少しだけ世話になるよ。堅気になるのは初めてだが、あまり高望みはしねえからさ!」


 ベオグラード水道局の爆弾テロにより命を落としたチームメイト、クラマリッチとバデリの葬儀を終え、カレリンとコラフスキがクレア財団の屋敷に合流。

 バンドーの機転とクレアの両親の厚意により、スコットとカレリン達に屋敷の庭を使わせる事が決定している。


 「マーガレットから聞いたよ。色々と大変だろうが、君達の再出発が上手く行く様に、ささやかながら力を貸させて貰うよ」

 

 クレアの両親は、娘の剣術学校の同期でともに行動していたカレリンとコラフスキの事を覚えていた。

 

 しかし、現在の財団には彼等の再就職先を斡旋するだけの余裕がない。

 現代表のディミトリーの何処か寂しそうな横顔は、そんな時代の移り変わりを嘆いている様に見える。


 「パパ、心配しないで。屋敷の庭を貸してくれただけで満点だわ。明日の面接と試験をしてくれるスコットさんはあたし達の知り合いだし、威張ったり無理を言ったりはしない人なの。もし採用されなかったら、カレリン達の方に問題があるのよ」


 クレアからの手厳しい指摘に、思わず苦笑いするコラフスキ。

 確かに、否定的なニュアンスの言葉にはすぐに噛み付く直情的なカレリンが、現場の指導を素直に聞けるのか不安がない訳ではない。


 「……まあ、お前ら賞金稼ぎは引退しても、剣はそこらのチンピラとは比較にならないレベルだ。スコットもトレーニング相手が欲しいだろうし、仕事のストレスはスパーリングで解消すればいい。下手な賞金稼ぎより収入は安定しているだろうし、剣に理解のある社長なんてそうそういないぜ?」


 ハインツは妙に楽観的だが、それは所詮他人事だからなのだろうか。

 

 とは言え、彼もそう悠長に構えてはいられないかも知れない。

 スコットレベルの相手と常にトレーニングをしていれば、いつかカレリンとコラフスキが賞金稼ぎに復帰した時、クレアやハインツを脅かすライバルに成長しているかも知れないのだから。


 「……ところで、バンドーが女の誘いに乗ってわざわざ飛行機でトリノに行ったんだってな。驚いたぜ! あいつだけは俺達の仲間だと信じていたのによ!」


 ジョーク混じりではあるものの、何処か恨み節の様にも聞こえるカレリンの言葉。

 

 この世には男女を問わず、ルックスや収入に関係なくキャラクターや行動の選択が災いして、何となく異性と縁のない人生を送るタイプの人間が存在している。

 カレリンだけではなく、チーム・バンドーにスポット参加している情報屋のキリエフもそんなタイプの男性らしく、両者は互いに大きく頷き合っていた。



 7月8日・20:00


 夕食を終え、メグミ達との交流も一段落したバンドーとフクちゃん。

 彼等は提供された宿舎の2人部屋に入り、クレアから今日1日のソフィア情報を聞き込んでいる。


 「……急な話だったけど、ありがとうクレア! ご両親にも宜しく言っといてよ!」


 バンドーはまず、スコットの要求を快諾してくれたクレア財団に感謝の意を述べた。

 

 スコットの知名度、そして最悪トリノでのこの賞金を利用すれば、土地を借りる事は可能だろう。

 だが、言い出しっぺのバンドーには不安を取り除く責任がある。


 「カレリン達はさっき着いたけど、あとひとり、キリエフっていうあたし達の知り合いも来ているわ。何だか気味の悪い事件があってね。そのせいでルステンベルガー達がとばっちりを受けているから、一緒に仕事をする事になったの。多分、明後日から取り掛かるわ!」


 「ルステンベルガーさん達が?」


 その名前に一瞬、緊張が高まるバンドー。

 

 ドイツ次世代の雄、ルステンベルガー自身は紳士的な男であり、シルバをも凌ぐ堅物として知られている。

 だが、こと剣術に関しては一切の妥協を許さず、バンドーが剣士キャリアの中で唯一完敗を喫した相手、それがルステンベルガーなのだ。


 「……武闘大会でリンが倒したバイスの事は覚えてる? あいつと同じ『レセプター・リフレクター』の能力を持つ誰かがフェリックスの関係者を何人も襲っているらしくて、ブルガリアが潜伏先だと疑われているわ。バイスが警察の参考人に駆り出されちゃったから、ルステンベルガー達が真犯人を捕まえに来るのよ」


 「フェリックスの関係者を何人もって……個人的な恨みのレベルじゃない事件なの?」


 宗教団体による挑発のみならず、顧問弁護士であるアシューレまでが爆弾テロに絡んでいた事実から、統一世界の政府はフェリックス社への警戒を強めている。

 ロシア主導の統一世界に固執している、例えばジルコフ大佐の様な権力者ならば、先制攻撃を準備していたとしても不思議はないだろう。

 

 「……そこはまだ分からないわ。フェリックス関係者といっても、末端のパート社員までいるしね。今シルバ君が特殊部隊に情報提供を要請しているから、今日はゆっくり休みなさい。明日からまた忙しくなるからね!」


 「は〜い!」


 バンドーは母親の言いつけを守る子どもの様な反応を見せ、クレアとの通話を終える。

 

 だが、この事件の展開は全く予想がつかない。

 『レセプター・リフレクター』の能力者はバイスひとりを例にとっても、リンの魔力と知力を結集してやっとルール上の勝利を得る事しか出来ない、それほど厄介な相手なのだ。


 「『レセプター・リフレクター』の能力は、そもそも他者から危害を加えられなければ発動しません。そして、この能力者からの反撃の可能性をゼロにしたければ、つまる所相手を殺さなければいけないのです……。現代の荒んだ人間関係に対する自然界からの悪戯(いたずら)なのだとすれば、やりきれないものがありますね……」


 自然の守護者たる神族のフクちゃんだが、理不尽な悪意や暴力から守るべき人間については、これまで守ってきた。

 しかしながら、守るに値せず、それでいて殺すに忍びない人間同士の争いに対しては、自身の価値観を決めかねている。


 「……俺の価値観では、罪を犯して同情の余地があるのは1回までだね。どんな理由があったとしても、2回以上罪を犯しているなら許しちゃダメだよ。じゃないと、この世は金や力で全て揉み消せる世界になっちまう」


 バンドーの主張する価値観は、極めてシンプルなもの。

 だが、力に気付いて罪を重ねる人間と、バイスの様に使い所をわきまえる人間に、同じレベルの情けをかける必要はないのだ。


 「そうですね……。そう考えるしかありませんね……」


 眠らないトリノの街を駆け抜ける、パトカーのサイレン。

 バンドーとフクちゃんはその音と光を見送りながら、その先に当事者に相応しい未来が待ち受ける事を祈り続ける。



 7月9日・13:00


 昨日の晴天が嘘の様な、ヨーロッパ全土がぐずついた曇り空に覆われた1日。

 トリノからソフィアに帰還したばかりのバンドーとフクちゃんは、身体を安めながら軽食を取り、カレリンとコラフスキの再出発を見守っていた。


 

 その名を世界中に轟かせるレジェンド剣士、ダグラス・スコットが、自身の建設会社『GSコーポレーション』から社員1名と機材をレンタルトラックに積み込み、クレア財団の屋敷を訪れる。

 

 今回スコットに同伴した社員は、僅か10日前にアテネで採用になったばかりのアンドルツォスという男性。

 相方とともに採用されたシーンはバンドー達の記憶にも新しいが、その相方は出社1日で脱走してしまったとの事。


 「……定職を持たず、犯罪に走ってしまう人間の全てがろくでなしだとは思わない。私が彼等にチャンスを与えている理由は、一歩間違えば私もそうなっていたからだよ。だが、どんな仕事も初めは耐える事ばかりだ。大人は真面目で罪を犯さず、それでいて根性を持っているものだと思われているが、現実としてそんな人材は、歳を重ねる程に少なくなると痛感するね……」


 スコットは孤児として育ち、裸一貫の状態から剣士として頂点を極めている。

 

 財産と武勇伝だけで余生を送る事が出来たにもかかわらず、建設会社と孤児院を立ち上げた彼には、自分の強さや成功を今更誇示する必要はない。

 彼の会社には、金銭トラブルや理不尽なパワハラは存在しないはずなのだ。


 「……若い頃働いていた会社と比べたら、ここはいい所だよ。奴が辞めたのは、グラスゴーの肌寒さとアテネに帰れないホームシックが理由だと信じるしかないね」


 アンドルツォスは機材の準備をこなしながら、前を向く事だけを考えている。


 かつてはクレアとの剣の特訓から逃げようとしたり、ハインツからその姿勢に苦言を呈されていたバンドー。

 彼はアンドルツォスの背中を眺めながら、スコットの言葉の意味を噛み締めていた。



 「……うむ、流石は賞金稼ぎとして長いキャリアを持つ男達だ。要領を掴むのが早いな」


 カレリンとコラフスキは、東欧の中でも貧しい地域のラトビア出身。

 何をするにも他人の力を頼れないハングリーな環境は、自身の生活に直結する感覚を研ぎ澄ましていたのである。


 「へっ、チョロいぜ! 失敗しても死ななくていい仕事なんだからな!」


 すぐに調子に乗るカレリンは周囲をヒヤヒヤさせながらも、適性試験は無事合格。

 思慮深いコラフスキと一緒なだけに、1日で逃走などという事態は回避出来るだろう。


 「……バンドー君から情報を得た時から、君達の採用はほぼ決めていたよ。賞金稼ぎを引退する決断は容易ではなかっただろうが、我々にとって剣士はライフスタイル、簡単に引退は出来ない。慣れない仕事でストレスが溜まった時は、剣のトレーニングをしようじゃないか。もし君達が私に勝てる様になれば、むしろ賞金稼ぎに復帰した方がいいかも知れないな!」


 懐の深さを見せつけるスコットも、本音では剣のトレーニング相手を必要としていたに違いない。

 軽口が得意なカレリンだが、流石にスコットを倒してみせるとは言わなかった。


 「バンドー君、期待の新人を紹介してくれて感謝するよ。実技に関しては心配していないが、入社したらまずは取引先への礼儀から教えないとな」


 「よっしゃ! 宜しく頼む……いや、お願いしますだな!」


 採用が決まり、カレリンも彼なりの感謝を伝えようとはしている。

 修羅場の経験と闘争心が刻まれている彼等の入社を誰よりも喜んでいるのは、意外にもスコット自身なのかも知れない。


 「……アンドルツォス、私は野暮用がある。機材とトラックを返したら、先にホテルに戻っていてくれ。カレリン、コラフスキ、荷物をまとめて、なるべく早く連絡を頼むぞ」


 「おうよ! 2〜3日で終わらせてやる! クレア、バンドー、世話になったな!」


 人生の再出発を決めたカレリンとコラフスキを、今は1秒たりとも引き留める訳には行かない。

 別れの挨拶もそこそこに、まずは自宅のあるラトビアのリガへと、彼等の旅が始まるのだ。



 7月9日・14:30


 バンドーとスコットの剣の特訓が始まる頃、シルバ達はソフィア空港に到着予定のルステンベルガー、ヤンカー、そしてシュワーブの3名を出迎える準備を整えている。

 

 尚、空港に駆けつけたのはシルバ、クレア、リンの3名だけ。

 キリエフは賞金稼ぎ組合へ情報収集に向かい、フクちゃんは特訓に備えてバンドーの傷の回復役を引き受けた。


 そして剣の虫であるハインツは、バンドーがギブアップした瞬間、スコットの相手役に立候補する気満々である。

 


 

 「……あ!? 今特殊部隊からメールが来ました!」


 特殊部隊に情報収集を要請していた、シルバの携帯電話に届いた1通のメール。

 空港内の混雑の中、思わず声を上げてしまったシルバはクレアとリンの手を引き、人混みから一旦距離を置いた。


 「……被害者は全部で3名、その全てがフェリックス社の本業である、スーパーマーケットの店長クラス。ごく普通の会社員みたいですね……」


 意外にも、この事件の被害者はフェリックス社の幹部や配下のマフィア、雇われ賞金稼ぎではないらしい。

 しかしながら、スーパーマーケットの店長クラスが他者の恨みを買ったとして、死に値するレベルの悪行をしているものだろうか?


 「え!? それって単なるビジネストラブルなの!? あたしの知り合いにもスーパーの店長がいるんだけど……。シルバ君、事件は何処で起きているか分かる?」


 近所の顔馴染みであるフリストキャプテンを案じるクレアの質問を受け、シルバはメール全文に目を通して概要を把握する。


 「……最初の事件は昨年の末、オーストリアで発生しました。暫く経った後、2番目の事件は先月にハンガリーで、3番目の事件は1週間前にルーマニアで発生しているみたいですが……あっ!? ハンガリーの被害者だけは生存しているみたいです! ハンガリー公立大学病院に入院中ですよ!」


 「……最初の事件と2番目の事件の間に何かあったのかも知れませんが、犯人は隣接する地域を渡り歩きながら罪を犯しています。このコースなら、ブルガリアが潜伏先と疑われるのは納得ですね!」


 シルバの横からメールを覗き見たリンは、犯人の移動経路が地図上の単純な横断である事を突き止め、フェリックス社の追跡の及ばないブルガリア以外に、もう犯人の逃げ場がない事を確信していた。


 「ハンガリー公立大学……? うちのローズの大学じゃない! その被害者に面会出来るわ!」


 クレアの妹ローズウッドは、東欧屈指の獣医学部を持つハンガリー公立大学に在籍中。

 大学付属の動物病院は大学病院に隣接されている為、普段からローズウッドも大学病院に行き来している環境にある。


 

 「……あっ、クレアさん! 迎えに来てくれたんですね!」


 チーム・ルステンベルガーの先陣を切って到着ロビーにやって来たのは、2ヶ月の間に少しばかり逞しくなった印象のティム・シュワーブ。

 バンドーの師とも言える故人のシュティンドル、そしてルステンベルガーが惚れ込んだその才能に疑いはない。


 10代ならではの経験不足が災いしてバンドーに敗れた彼だったが、武闘大会直後の事件を解決して自信を取り戻し、現在はチームを離れたドミニク・シュタインの穴を埋めるべく奮闘していた。


 「ようシルバ、久しぶりだな! バンドーとハインツはどうした?」


 スキンヘッドの大男ヤンカーは強面なルックスだが、そのキャラクターには裏表がなく、両チームの交流に多大な貢献を果たしたナイスガイ。

 彼は早速、マブダチであるバンドーとハインツの所在に言及する。

 

 「レジェンド剣士のダグラス・スコット、あんた達も知ってるでしょ? あたし達は偶然彼と親しくなって、今バンドーが稽古をつけて貰ってるのよ」


 「……何だと!? あの伝説のスコットが……? ハインツはともかく、バンドーはまだ彼から教えを乞えるレベルではないはずだ! (うらや)ま……いや、けしからんぞ!」


 クレアの説明に思わず割り込む、相変わらずイケメンで相変わらず厳格なルステンベルガー。

 家族を愛し、脇目もふらずに剣術に打ち込み、更に女性を戦いに近付けようとはしない『ミスター・ストイック』な彼の頭の中には、剣術の教えを乞う為に必要なレベルまでが存在していた。


 「皆さん、お久しぶりです。バイスさんが警察の参考人にされたと聞きましたが、身の安全は確保されたんですか……?」


 武闘大会ではバイスを気絶させ、『レセプター・リフレクター』能力者の絶対的な対処法を世界に見せつけたリン。

 彼女はそんな引け目もあるのか、何より先にバイスの身を気遣っている。


 「……ああ、心配させてすまない。奴はフェリックス社とは何の因縁もない事が証明されたし、俺達と行動してきたアリバイもある。ただ、『レセプター・リフレクター』能力者は極めて数か少なく、バイスの様に公表する度胸のある奴は(まれ)だ。だから警察には、発動のタイミングの様な感覚的な情報を伝えているんだ」


 ルステンベルガーはリンの質問に即答し、チームメイトの容疑が晴れた安堵感を、素直にその顔に表した。


 思えばバイスは、『レセプター・リフレクター』の能力は悪党退治や武闘大会の場のみで使用し、プライベートでは社会人時代の上司のパワハラにのみ対処したという。

 チーム・ルステンベルガーの居心地も含めて、彼の人生がそれなりに充実している証拠に違いない。


 「……自分には軍隊時代の仲間がいて、その動きをマークしている軍隊OBやフェリックス社の情報を集めて貰っています。どうやら真犯人はオーストリア、ハンガリー、ルーマニアと渡り歩きながら罪を重ねているので、地理的にもブルガリアに潜伏を試みている可能性が高いですね」


 シルバからの情報に、ルステンベルガーはその目を大きく見開く。


 「お前達やカムイ達にあって俺達に足りないのは、その情報収集力と人脈だ。俺達はドイツ代表の誇りとしてドイツ人パーティーにこだわってきたが、そろそろ違う地域の人間を入れてもいいのかも知れない……」


 オランダ系の両親を持つバイスを含めて、チーム・ルステンベルガーはこれまで、ドイツ生まれ、ドイツ育ちのメンバーだけを揃えてきた。

 

 だが、採用テストで見限ったはずのミューゼルが世界選抜的なチーム・カムイで急成長。

 一方でチームの参謀的な役割を担ってきたシュタインは、父親の急病と経済界人脈のオファーによって大学進学を選択している。


 「……それを言うなら、もっと女性にも目を向けた方がいいと思う。賞金稼ぎに女性は少ないけれど、あたしやリンが他のパーティーのメンバーと比べて劣っているとは思わないわ。あんたは見た目も家柄もいいし、声をかければ優れた女性魔導士が名乗り出てもおかしくないわよ」


 「うん! 俺もシュタインの後釜は、魔導士がいいんじゃないかと思うんだよ!」


 クレアからのやや挑発的な助言は、意外にも若いシュワーブの心を動かしていた。

 

 繊細な感覚が必要とされる魔導士は、元来男性よりも女性の方が向いていると言われている。

 しかし、体力面の問題や性差別の危険性、或いはルステンベルガーの様な古いタイプの信念が邪魔をする余り、数少ない男性魔導士の取り合いになっている現状は否めない。


 更に付け加えるならば、体力的に優れた男性が魔力を手にした時、その力を他人の為に使える確率は、体力面に不安のある女性より低いと言わざるを得ない。

 『レセプター・リフレクター』の能力にも当てはまるが、体力面に不安さえなければ、多くの人間が特別な力を私利私欲の切り札にしたいのだから。

 

 「……それは、俺も考えていたよ。俺達が東欧に出てきたのは、勿論真犯人を捕まえて早くバイスを自由にする事が目的だ。だが、シュタインの後釜をドイツにこだわらずに探す為でもあるんだ」


 到着ロビーで長話をしている間に、彼等の周りからすっかり人の姿が消えていた。

 それもそのはず、ぐずついた曇り空から遂に雨が降り始め、いつの間にか外は大雨になっていたのである。

 

 「……全く、不吉なおもてなしだぜ。俺達のホテルは空港の側だから心配はないが、バンドー達の顔が見てえな。クレア、お前の家ってのは空港から近いのか?」


 ヤンカーの口から、チーム・バンドーの全員が待ちに待った質問が飛び出す。

 クレアだけではなく、シルバとリンまでが彼女の動きをいちいち真似て窓に指を差し、誰の目からも一目瞭然な巨大な屋敷を全力でアピールした。


 「あれが実家よ!!」



 7月9日・15:30


 シルバ達がチーム・ルステンベルガーをクレア財団の屋敷に連れて来た時、バンドーとスコットの剣の特訓は既に終了していた。

 いや、本気を出したスコットからの厳しい特訓に、体力自慢のバンドーの精神力が先に底をついた……という表現が正しいだろう。



 「おうおう、久しぶりだなバンドー! こりゃ夕食は車椅子で移動だぜ!」


 フクちゃんの回復魔法により、切り傷や擦り傷のケアは万全のバンドーだったが、全身の筋肉痛や部分的な内出血はどうしようもない。

 ヤンカーのジョークもそこそこにかわし、彼は屋敷の庭に転がったまま、気持ち良さそうに雨を浴びていた。


 「……おお! これは豪華なお客様だな! 君はルステンベルガー君だね!」


 バンドーとの特訓のみならず、ハインツとも短時間のスパーリングをこなしたスコット。

 心地好い疲労感に充実の笑みを浮かべる彼は、いつになくご機嫌である。


 「……はっ!? はじめまして! 私がルステンベルガー、彼等はヤンカーとシュワーブです!」


 同世代の剣士の中では抜きん出た威厳を放つルステンベルガーも、いちファンとしてレジェンド剣士に接する瞬間はただの青年だった。


 「……我々剣士にとって、貴方は憧れの存在です。こうしてお会い出来るだけでも光栄ですが、稽古までつけて貰ったバンドーにとって、今日は永遠に忘れられない記念日となる事でしょう……」


 その態度や言葉から、何処となくバンドーへの嫉妬が滲むルステンベルガー。

 

 確かに、本来ならばバンドークラスの剣士に対して、レジェンド剣士のスコットがここまで尽力する必要はないはず。

 バンドー自身もそう認識していたのか、まだ痛みで曲がらない首を空に向けたまま、スコットにその真意を問う。


 「……今の俺じゃ簡単には消化出来ないけど、凄いハイレベルな特訓で、違う世界が見えそうな感じです……。でも、どうしてスコットさんは、俺なんかに色々良くしてくれるのか、よく分からないです……。いや、凄くありがたいんですけど、どうしてなのかは分からないです……」


 こと剣術に関しては、バンドーはまさに120%、持てる力以上を出し尽くし、話の文脈もまとまらない状態。

 彼とルステンベルガーの疑問に答える為、スコットは深呼吸で気持ちを整え、ゆっくりとその口を開いた。


 「……私が40近くの頃、そろそろ剣士として、賞金稼ぎとして一線を退こうと考えていた頃の話だよ。ひとりの若い剣士から、明日難しい仕事があるから自分に稽古をつけてくれと頼まれたんだ。今のバンドー君に少し似ている、素朴で感じのいい青年だったね」


 一見、孤高の剣士と思われがちなスコットだが、彼が人情に厚い事は長年付き添ったトルコの相棒、チャーラルの存在で既に明らかになっている。

 

 「彼は感じが良かったので、短時間なら稽古をつけてあげてもいいと思っていたんだが、その日は生憎、妻の誕生日でね。用事があって彼に稽古をつけてやれなかったんだ。ただ、少し気になる事があったからアドバイスを送ったんだよ。どんなにハイレベルな稽古をしても、1日や2日で急に強くはなれない。自分の手に負えない仕事だと分かったら、素直に謝罪して手を引く事も大事だとね……」


 スコットの話をここまで聞いて、その場にいる人間は皆、その青年と面影がだぶるバンドーに、昔の忘れ物を返しに来たものと理解していた。

 だが、スコットの話にはまだ続きがあったのだ。


 「……彼にどんな事情があったのかは知らないが、彼は実力不足のままその仕事に出掛け、死体になって帰ってきたんだ……。私は後悔したよ。本気で稽古をつけて、次の日の仕事が出来ないくらいにするべきだったのに……」


 予想外の結末に周囲が言葉を失う中、バンドーはスコットが自分に稽古をつけてくれた理由を、はっきりと理解する。


 「バンドー君の格闘技の腕前はかなりのものだし、魔法も使える。そして何よりチームメイトに恵まれている。本来ならば君は、私がどうこう心配する必要のない環境にいる男だよ。だが、君達の目的はただの賞金稼ぎのそれとは違う。フェリックス社や統一世界の権力者の野望までを警戒し、この世界の平和の事まで視野に入れている。君達はこれから、私にも出来なかった事をやろうとしているんだ」


 スコットの鋭い分析に、思わずチーム・バンドーを凝視するチーム・ルステンベルガー。

 

 彼等はチーム・カムイやハドソン、そしてパクの様に、チーム・バンドーと共闘してフェリックス社の野望に挑んだ事はない。

 現時点での彼等はあくまでも、ドイツ周辺の悪党退治と、モスクワ武闘大会での躍進が目的の、実力派賞金稼ぎチームに過ぎなかった。


 「……今の君達の目的を遂行するならば、バンドー君の剣のレベルは致命傷になりかねない。あの青年の様に、無謀なミッションで君を失う訳には行かないんだよ。今の君が理解するには時間がかかるだろうが、私が教えられる事は、今日全て教えた。このファイルも持って行くがいい。身体が動かない時は、これを読んでイメージトレーニングを忘れるなよ」


 スコットは最後にそう言い残し、自身の剣術を書き留めた原稿のコピーらしき物をバンドーに手渡す。

 恐らく彼は、自身が人生を懸けて積み上げた経験を新たな世代に伝承する機会を、ずっと探していたに違いない。


 「……こ、こんな凄いものを、俺なんかが貰っていいんですか……!?」


 ようやく上半身が動くようになってきたバンドーは、ファイルを雨から守る為に震える手を押さえながら、慌てて自身のバッグにそれを仕舞い込む。


 「バンドー君、君だけを特別扱いはしないよ! そのファイルはハインツ君やルステンベルガー君は勿論、私をリスペクトする気がある剣士にはひとりでも多く見せてやってくれ! そして君達の様な若い力で、私が単なる建設会社の社長でしかない未来を作ってくれ!」


 一段と激しさを増す大雨に身じろぎもせず、堂々と歩いて宿泊先のホテルへと向かうスコット。

 その背中から発せられるオーラは、まさにレジェンド剣士の風格そのもの。

 

 だが、バンドー達は彼の背中に別れの挨拶をする事は出来なかった。

 これからの自分達の生き様で、そして自分達の目的を達成する事で、彼の期待に応えなければならないのだから……。



  (続く)

 

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