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バンドー  作者: シサマ
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第6話 愛は津波の如く、後に引き潮の如く


これまでのあらすじ


西暦2045年の大災害により、再建・再編を余儀無くされた世界が統一国家となってから50余年後の西暦2099年。


人生経験の蓄積と幼馴染みの捜索の為故郷のニュージーランドからヨーロッパへと旅立った日系の農業青年、レイジ・バンドーは、最初の目的地ポルトガルで偶然にバスジャック犯を撃退して賞金を稼ぎ、後に幼馴染みのシルバと再会する。


やがて秀才女剣士のクレアを加えて賞金稼ぎのパーティー「チーム・バンドー」を結成した彼等は、続いて訪れたフランスで凄腕剣士ハインツ、謎のフクロウ・フクちゃん、元図書館司書の魔導士リンを加え、「チーム・バンドー」は遂に全貌を現した。




 人生経験の蓄積と、幼馴染みの捜索の為にオセアニアからヨーロッパへやって来た農業青年・バンドーは、それから僅か1ヶ月の間に凄腕の剣士や魔導士をパーティーに迎え入れる、有力チームの代表へと成長を遂げていた……?


 え? そもそも、何故にバンドーが代表なの?

 

 真実の所は、シルバが軍からの除隊を認められるまでは賞金稼ぎとして正式登録が出来なかったからである。

 つまり、取りあえずバンドーが代表になっただけ。


 だが、この決定には意外なプラス面が存在していた。

 

 メンバー全員の実力が拮抗しているハイレベルなパーティーに於いて、簡単な仕事の依頼を受けた代表者がひとりで抜け駆けして賞金を稼ぎ、後にその仕事を「無かった事にしてしまう」という不正が、時に物議を醸す。

 

 この問題は意外と深刻で、実力派ばかりを集めた、所謂「スーパー・グループ」が短命に終わる理由は、個性のぶつかり合い以前に、理不尽な金銭的格差が原因となるからなのだ。

 

 裏を返せば、実力や経験値に不安のあるバンドーが仕事の窓口になるという事が、彼が必ず他の仲間に相談するというプロセスを踏む事に繋がり、その結果、全員の意見と参画を確認出来る利点があると言えるのである。


 

 バンドーとハインツは、図書館を襲撃した魔導士フェイとの戦いで負傷し、特にハインツは背中に大量の硝子片を浴びてしまった。

 

 リンの回復魔法で出血は止まったが、今はまだ無理をしてまで戦う時期ではない。

 

 また、治療を施したリンも、パーティーへの参加をヨーロッパ旅行という口実でカムフラージュする為、今は実家に帰って父親に事情を説明中だ。

 

 チーム・バンドー一同は、単独で仕事の計画を立てられるだけの経験値を持たないバンドーが代表になる事で、パリ市長から貰った高級ホテルの宿泊券を有効活用して昨日1日をリフレッシュに充て、敢えて仕事をしない選択を決断出来たのである。


 

 5月4日・8:50

 

 そうこうしていると、パリの賞金稼ぎ組合からの1本の電話がバンドーの携帯電話を鳴らした。


 「はい、バンドーです」

 

 「あっ、バンドーさん? 今いいですか?」

 

 電話の声の主は、パリの賞金稼ぎ組合のオペレーター、ミシェルである。

 

 小柄で眼鏡をかけた可愛らしい女性であるが故に、実はかなりのベテランなのに新人に見られてしまう、パリ組合のマスコット的なオペレーターだ。


 パーティーの中ではクレアと仲が良く、お互いにフランスとブルガリアのレアなお菓子を交換してご機嫌な様子である。


 「実は、仕事の依頼なんですが……賞金が高くて、それほど危険でもないのに、誰にも引き受けてもらえないんです……。フランスに長居しないバンドーさん達なら、引き受けてくれるかと思いまして……」

 

 何やら、ミシェルも困り果てた様子だ。

 

 「分かりました、用件を聞かせてもらえますか?」

 

 バンドーは、自らの周りを興味本意で取り囲むパーティー仲間の顔色を伺いながら、メモ用紙を片手に、左耳へ神経を集中させる。

 

 「実は、ルネーという自動車会社で、会社側と労働組合が対立していて、労働者と組合員が座り込みのストライキをしているんです。会社側が立ち退きさせようとした時、警備員と労働者の一部が喧嘩し、その延長線上で会社の敷地内で暴れているそうなんですよ……。それを止めて欲しいと、会社側からの要請があったんです」

 

 (ルネーと労働組合の喧嘩だって)

 

 バンドーが仕事の依頼内容をこっそりパーティー仲間に囁くと、フランスに詳しいクレアが両手をクロスして思いっきりバツのサインを呈示した。

 

 また、クレアに加えて、軍隊時代に世界中の自動車会社との連携を経験したシルバも、クレアのバツサインに同調して頷いている。

 

 バンドーはその様子を見て、携帯電話越しにパーティーとしての決定を報告した。

 

 「ミシェルさん、すみません。ウチでもその件にご協力は出来ません……」

 

 「そうですか……わかりました。こちらこそ朝からご迷惑をおかけしまして……」

 

 携帯電話越しからでも、ミシェルの落ち込みぶりが伝わってくる。

 

 両者の板挟みに会うオペレーターの仕事は、こういう時にストレスがマックスになるのであろうと同情したバンドーは、ジェスチャーでしきりに通話者交代をせがむクレアに携帯電話を手渡した。

 

 「あ、もしもしミシェル? あたしあたし。ゴメンね、力になれなくて。あそこの強引なスト潰しは有名だから、あたし達賞金稼ぎがいち企業に魂売ったら終わりなの、分かって! おとといあげたグミ、死ぬほど甘いから、ひとつ食べて気持ち切り替えて! じゃあね!」

 

 クレアはそうまくし立て、その勢いのままに組合からの電話を遮断する。


 

 資本家と労働者側の対立は、いつの世も絶える事はない。

 

 資本家が利益を上げたいと思うのも、労働者がより良い環境を望むのも、両者が持つ権利の行使である。

 

 だが、大災害で世界が再編され、ヨーロッパの一般人の自動車離れが進んだ事で、自動車会社の経営規模は確実に縮小した。

 

 軍や警察、公共交通機関と技術面で連携出来るのは選ばれた企業のみ。

 そのしわ寄せが労働者に向かう現実は昔から変わらない。

 

 会社側は、自分達の手を汚さずに労働問題を揉み消したいと考える。

 だが、軍や警察に解決を頼るには事前調査の結果、明らかな非が労働者側になくてはいけなかった。

 

 そこで賞金稼ぎの出番となる訳であるが、目先の金に目が眩んで企業の犬となり、一般人から恨みを買う様な事があれば、仕事の依頼が無くなるどころか、街中で突然報復を受ける可能性すら否定出来ない。

 

 それを見越して企業は高額の賞金を用意するものの、それは結局、その金を何故労働者の環境に使えないのか? という疑問の悪循環に陥るだけなのだ。


 

 バンドーの故郷のニュージーランドは、100年程前に国内での自動車製造を終了させていたが、先の大災害で輸入元として依存していた日本や韓国を失ってしまう。

 

 国内での自動車製造を再開する為に、災害後の移住者の条件に自動車産業の実績と意欲が含まれていた事はかつて述べたが、ニュージーランド側にはもうひとつの狙いがあった。

 

 日本人と韓国人の自動車産業経験者であれば、ニュージーランド向き自動車製造のノウハウだけでなく、オセアニアの規準を超えた過酷な労働環境に耐えられると値踏みされていたのである。


 「……そう言えばうちの母ちゃんも、自分のお父さんが自動車会社でこき使われて、休もうともせず出世ばかり考えてるから、辛くて家を出たって言ってた。でも、おじさんが悪い訳じゃないんだよね……」

 

 バンドーは、自分の母親がバンドーファームに住み込んで働いていた若い頃の昔話を、よく聞かされた事を思い出していた。

 

 「仕事だからな。そりゃ全力でやるだろ。悪どい社長とかだって、家族の前では一応いい親でありたいとは思ってるんじゃねえか? でも、家族が求めるものがそれじゃないって時があったんだと思うな、俺は」

 

 ハインツは、剣術に全てを捧げて生きてきたこれまでの人生と、疎遠になった母親との関係に想いを馳せている。

 

 「裕福な人も貧しい人も、人知れず一生懸命働いて、家族に金と無事を届ける事だけが愛の証明だって時期もありますよ、きっと……。その成果までが奪われそうになった時、家族の絆を取り戻す術が失われる恐怖を感じるんだと思います。ストライキの理由も、最終的にはそこに落ち着くのかなと……」

 

 シルバは、無差別テロにより突然家族を奪われ、戻る絆すら失った。

 だが、敢えて過去の仇伐ちの為に軍を除隊した事で、軍人としてではあるが自分を育ててくれた義父、義母との絆を自ら捨てるしか選択肢が無かった事に、今も自責の念を引き摺っていた。


 3人の話を黙って頷きながら聞いていたクレアも、重い口を開く。

 

 「……あたしの家は、所謂労働者じゃなくて、お金を回す側だったわ。パパは財団の歴史に則って、御先祖様の名誉の為にも汚いやり方は絶対にしなかった。でも、うち位の大きさの財団になると、銀行とルールを作らないといけなかったから、友達や知人を特別扱い出来なかった。だから、お金が返せない計算が立ってしまった友達や知人には融資出来なかったの。そんな彼らは、仕方なく悪どい金貸しに頼って破産してしまった。うちの財団も人でなしって叩かれたわ。なのにその悪どい金貸しを、後で銀行が傘下に入れたのよ。おかしいわよね」

 

 幼い頃は何不自由なく育ったクレアが、父の仕事の詳細を理解したのは、剣士になる為に家を出る覚悟を決めていた頃であった。

 

 「こういう仕事は、富も名声も、叱責も罵声も浴びる事が出来るわ。政府や銀行の要請で仕方なく融資を決めた企業は、大抵悪どい事をしている企業よ。だとしても、その企業が独占で扱っているものがどうしても必要であれば、そことうちが手を組まなければいけないの。だからうちに恨みのある人は、東欧だけでなく、アジアやアフリカにもいると思う。こればっかりは仕方が無いんだけどね」

 

 努めて淡々と、感情を押し殺す様に自らの家業を語るクレア。

 彼女としてみれば、金持ちには金持ちなりの、矛盾に耐える苦労があるという現実を訴えたい気持ちもあったのだろう。

 

 「財団への色々な見方を、今から全て良い方に覆す事は出来ないと思う。でも、今のクレアが身体を張ってヨーロッパから必要とされている様に、財団の……いや、ご家族のイメージ回復にも貢献してるから、卑屈になる必要は無いよ!」

 

 バンドーは、一点の曇りもない太字スマイルでクレアを激励する。

 

 その単純な無責任ぶりにシルバとハインツは苦笑いするしか無かったものの、3人揃ってクレアを微笑みで迎え、無言の励ましに代えてみせた。

 

 「……ありがとう、みんな……。大した事じゃなかったんだけど……本当に、話せて良かった……」

 

 クレアが裕福な実家を離れ、剣士としていちから鍛練を重ねて生きてきたこれまでの歳月の中、長年捨てられずに背負ってきた重荷をゆっくりと降ろすかの様に、彼女は澄みきった表情で俯きながら、静かにひと筋の涙を流す。


 「やれやれ、これで二連休か。パリに来ても意外と稼げねぇな。平和な世の中になっちまったのかな……おおっと失礼!」

 

 ハインツは皮肉っぽく表情を変化させながら、自らの不謹慎発言を詫びた。


 プルルル……

 

 突然、部屋の呼び出し音が鳴り響く。

 

 各々がラフな格好のままだったチーム・バンドー一同は、慌てて外出着に着替え始めた。

 

 「バンドー様、バンドー様、お客様がお見えになっております。ジェシー・リン様です」

 

 一同は互いに顔を見合わせる。

 

 確かにリンは、今後の予定について実家で父親に説明すると言い残しておとといの夜に別れたが、詳細が決まったらまずは電話を入れる予定になっていた。

 

 ホテルの部屋を直接訪れるという事は、何か急用で、それこそパーティーへの参加自体が白紙になりかねない事態も考えられる為、特に彼女に好意を寄せているシルバは不安気な表情を隠せない。

 

 「どうぞ! 部屋に案内して下さい」

 

 バンドーはリンを招き入れた。

 

 一同がやや不安な面持ちで見守る中、ドアをノックする音が聞こえる。


 「皆さん、おはようございます! こんな朝早くにお邪魔して本当に申し訳ありません」

 

 こちらの返事も聞かずにドアを開けたリン。

 特に変わった様子はなく、おととい図書館で見せていた、あの柔和な笑顔も口調もそのままだ。


 「と、とにかく上がって下さい! 自分、飲み物用意します!」

 

 シルバは勝手に不安を先読みしてテンパっている様子だが、取りあえず雰囲気の変わらないリンにひと安心している。

 

 「それでは、お邪魔しま〜す……あぁ〜! フクちゃ〜ん!」

 

 部屋に上がったリンは突然、方向転換し、窓際に置いてある鳥籠のフクちゃんに挨拶を始めた。実はかなり天然?


 パーティー一同がやや面食らっている所に、クレアがすかさず本題に呼び戻すキーワードをリンにぶつける。


 アニマルに長い時間は割けないのだ。

 

 「リン、随分早かったのね。もうお父様にはパーティー参加……いや、ヨーロッパ旅行は許可して貰えたの?」

 

 「はい! まとめて5人の友達という事で、父も早く会ってみたいと喜んでいます!」

 

 5人? まさかフクちゃん入ってる?

 

 飲み物を用意している間も不安と戦っていたシルバは、リンの言葉を聞いてようやく安堵の表情を見せた。

 

 そんなシルバから飲み物を受け取ったリンは、シルバに促されてソファーに腰を降ろす。


 上下ともにデニムスタイルのラフな格好ではあったが、図書館司書のスタイルとはまた違う魅力が感じられる。

 この辺りは流石にパリっ娘というべきか、お金をかけずともお洒落に見える天性のセンスを発揮していた。


 「そこで皆さん、おとといにも話した事なんですが、今日の夜、18:00に実家のチャイニーズ・レストランで夕食会をしませんか? お代は父が持つと言っていますし、今日は久し振りに母と兄も来るんです」

 

 「えっ? ただで中華料理食べられるの? 行く行く!」

 

 リンを除けば、最も中華料理に馴染みのある日系人のバンドーは、リンからの誘いに早くも行く気満々である。

 

 「いいの? あたし達は勿論嬉しいけど……バンドーとシルバ君、めっちゃ食べるわよ〜。私も奢って後悔した事あるし」

 

 クレアは、大金を稼いだ勢いでパーティーに加入した頃を懐かしんで自嘲した。

 

 「はい、大丈夫です! 中華料理に馴染みの無い方でも、うちの北京ダックは皆美味しいと言ってくれるんですよ」

 

 郊外とは言え、パリで中華料理レストランが20年以上も営業出来ているのだ。不味い訳が無い。

 

 「ありがとう! ご馳走になるわ。実家のお店にはどう行けばいいの?」

 

 「ホテル前のバス停から、16番のバスで30分の終点で降りたら、もう店の明かりが見えます。リンズ・ダイナーという名前です」

 

 クレアの問い掛けに、必要最小限の言葉で店の位置を知らせる事が出来るリン。

 この立地の良さも繁盛の決め手なのだろう。

 

 「ありがとう! 今日は仕事も見付からなかったから、時間にも余裕があるの。必ず行くから待っててね!」

 

 つい先程までの神妙な雰囲気は何処へやら、夕食までに腹を減らしたくても、今日は仕事が無い事が残念にさえ思えていた。


 「……あっ、皆さんお昼から暇ですか…?」

 

 何やら、リンはまだ言いたい事がある様子である。

 

 「ジェシーさん、自分だったらお付き合いしますよ!」

 

 すかさず割り込むシルバのやる気満々ぶりに、バンドーもハインツも助平笑いが止まらない。そこだ、行け!

 

 「実は13:00から、駅地下のホールでファッションブランドのクロードが新作発表イベントを行うんですが、そのイベントに母と兄が出るんです。宜しければお付きあいして欲しいんですけど……」

 

 リンとしても、流石にこれはパーティーの性格と一致するものではない為、頼み辛さ故に段々と俯いてしまっていた。

 

 「クロード? いいわね、あたしは好きだな。フォーマルとカジュアルの中間みたいで。ファッションショーにありがちな近未来ロボットみたいな服じゃないもんね」

 

 クレアのこの例えには、リンも大爆笑である。

 ツボにハマると、ヒイヒイ言いながら笑い転げるキャラクターらしい。

 

 図書館司書をしているイメージだけでは測れない、た、多彩な魅力のある女性なのかも知れない……。


 (リンのお兄さんで、ファッションブランドのモデルなんて、超イケメンに決まってんじゃない! これは楽しみだわ……)

 

 クレアの瞳はドス黒い期待に満ちていた。


 

 5月4日・11:00


 結局、午後のファッションイベントにも同行する事となったバンドー達であったが、ここでひとつの問題が発生する。

 

 リンと旅行する友達として呼ばれるのに、ひと目で賞金稼ぎと分かる剣や防具を着けて出掛ける訳には行かないという問題であった。

 

 更に、ファッションイベントまで観に行くのであるから、剣や防具を外しただけのダサい格好ではいけないという配慮も必要であろう。

 

 幸い、パーティー一同が宿泊していた高級ホテルには普段から政治家や有名人が宿泊するので、急な取材等に備えた複数の貸衣装店が隣接されていた。

 

 そこで、バンドー達はリンのイメージから大幅に逸脱しないレベルの衣装を用意してもらい、彼女の監修の下試着する事となる。

 

 良家のお嬢様で、私生活ではお洒落も楽しむクレアと、軍隊時代に政府要人も度々護衛したシルバは、流石にドレスやスーツを無難に着こなせていた。


 しかしながら、普段の生活で殆どフォーマルな格好をした事のないバンドーとハインツはスーツを着こなせず、スーツの中に人が埋まっている様な、所謂天むすの天ぷらみたいな状態になってしまっている。

 

 そこでホテルのスタイリストは知恵を絞った。

 

 バンドーはそのSPの様ながっしりした体格を活かすべく、黒のジャケットとパンツにネクタイ無し、肌着は黒シャツというコーディネートで切れ味を演出。

 

 また、25歳に見えない童顔に渋味を加える為に、髪型を真ん中分けからオールバックに変更。

 これはリンにも大好評で、永久保存だと写真を撮りまくられる中、調子に乗ったバンドーも鏡の前では自然に眉間にしわを寄せて渋がっていた。

 

 ハインツは金髪にブルーの瞳、よく見たらイケメンと、素材は良い。

 

 まずは剣術に特化し過ぎた両手ブラブラ、足はがに股等と言った格好悪い動きをさせない様に、敢えて革ジャンとスキニージーンズという、ロックミュージシャンの様な組み合わせで身体の無駄な動きを制限した。

 バンドーやシルバに比べると細身な体型のハインツだけに、ロックスタイルはよく似合っている。

 

 そして、精悍な表情を引き立てる為に、背中の怪我が原因で髭剃りをサボって伸びていた無精髭を、綺麗に剃り落とした。


 フクちゃんは、元来黒い毛並みのシックでフォーマルな出で立ちである為、これ以上のドレスアップは必要ないと、スタイリストに真面目に鑑定され、それがまたツボにハマったリンをヒイヒイ言わせている。


 

 ホテルから駅地下まではさほど遠くない為、遂にパーティー勢揃いのチーム・バンドーは、颯爽とパリの街を刑事ドラマの様に横一列に闊歩していた。いい迷惑である。

 

 バンドーには、ホテルの新聞におとといの図書館での騒動が掲載されていた事から、自分達も世間の注目を浴びるかも知れないと、正直期待する気持ちもあった。

 

 ところが、そんなパリ市民の反応は実に静かなものである。

 様変わりしたルックス故に、市民が彼等に気付いていない可能性はあるものの、リンの立場上詳しい報道もされていなかったのかも知れない。


 そもそも、パリにはもっと大きな事件が毎日起きているのだ。

 

 しかし一方、違う意味でバンドーは注目を浴びていた。

 珍種のフクロウを収納したハイテクな鳥籠を持ち歩いていた為、子ども達がやたら寄ってきてしまい、また、その中にはフクロウよりも寧ろ鳥籠の方に興味のある、キモいお兄さん達も混じっていたのである。


 「おいおい……勘弁してくれよ……」

 

 剣術以外の注目は浴びたくないハインツは、自分の人生に無縁なタイプの観衆に囲まれ、早くもウンザリした様子であった。


 

 駅地下のホールにパーティーが到着したのはイベント開始時刻の15分前だったが、既にホールは立錐の余地もない程の大盛況ぶり。

 

 有名ファッションブランドが、公共のスペースを使い無料で発表会を行う事は稀である。

 故に今回の新作は、そんな会場に集まるごく普通の若者達をターゲットにした、カジュアルな物であると容易に想像出来た。

 

 発表会の後、この会場で新作をいくら捌けるか、そこが勝負の分かれ目なのである。


 人混みを避けてホールの出口付近にもたれたハインツを除く4人は、まずはフクちゃんの事情を受付に説明した所、SPの大男を付けたブランドの代表であるヴァランタン・クロードが興味を示し、演出のクライマックスでフクちゃんを翔ばせようと提案した。

 

 こういうタイプの人は大概、無責任だが遊び心に満ちているのである。

 

 そこで、フクちゃんの扱いに長けたバンドーと、非常時に魔法が使えるリンはステージの袖からイベントを観る事となった。

 

 幸いにして、この地下ホールは地上階段に隣接されており、地上階段側の日光と空気を取り入れれば魔法は問題なく使える。

 

 リンとしては、家族が出演するイベントでは魔法を使わずに済む事を願っており、結果から言えば魔法を使う事は無かった。


 

 バンドーとリンがステージの袖に引っ込んだ直後、司会を担当すると思われる金髪の美しい女性と、モデルらしき若い美男美女がステージに現れ、ホールは割れんばかりの歓声に包まれる。

 

 受付の近く、ホール前列の左隅でシルバとともにイベントを観ていたクレアは、モデル達の中からグレーの髪にグレーの瞳を持った、東洋の血を感じさせるイケメンに注目した。

 

 身長は185㎝くらいだろうか、カジュアルなジャケットとパンツ姿だが、髪、瞳、衣装が絶妙にコーディネートされており、ちょいワルな中に優しさが窺える風貌が、なかなかに魅力的な男性である。

 シャツがパステルカラーの可愛らしい色合いという点も、母性本能を刺激するポイントなのかと思わせる。

 

 「多分、彼がリンのお兄さんね」

 

 クレアは、環境が違えばモデルになっていてもおかしくないイケメンのシルバに話し掛けた。

 

 (ジェシーさんの話だと、家族の仲が余り良くないって話だったけど……やっぱりスケジュール的に、家族との時間が取れないからなのかな……?)

 

 慌ただしく働くファッション業界の面々を眺めながら、シルバは結果として疎遠になってしまった、義父と義母の事を思い出している。


 

 最初にステージに姿を見せた金髪の女性がマイクを握り、観客に向けて第一声を放つ。

 

 「パリの皆さん、こんにちは! 本日はお忙しい中、クロードの新作発表会にお集まり下さいまして、誠に有難う御座います。私、本日の司会を務めさせていただきます、キャシー・リンです。宜しくお願いします!」

 

 英語が公用語のEONPにおいて、敢えてパリ風のイントネーションを効かせたフランス語を流暢に操るこの女性は、若いモデル程ではないにしても、かなりの歓声を浴びていた。

 

 この女性こそ、リンの母親である。

 

 

 彼女は、大災害で国土を失った旧アメリカ合衆国からアイルランドに移住した両親の下に生まれ育ち、恵まれたその美貌でアイルランドのトップモデルとなった後、更なる成功を夢見てパリへと渡った。

 

 だが、ヨーロッパに於いてはEONPを始動させざるを得なかった要因が、アメリカと北朝鮮の核の管理不行き届きであるという定説が広まっており、アメリカ系移民と朝鮮系移民への風当たりは強い。

 

 更に、強い自我と祖国への誇りを持つフランス人は、美しいだけでフランス語も話せないキャシーを認めようとはせず、彼女はパリ郊外で途方にくれてしまう。

 

 大雨の中、傘もささずに立ち尽くす彼女に声を掛け、オープン間近の自らの店でテストメニューを振る舞ったのが、リンの父親・ハオミュンであった。

 

 

 ハオミュンは中国生まれの中国育ち、実家の中華料理店を継ぐ事を期待されていたが、中国にとってのお得意様であった日本と韓国、北朝鮮を大災害で失った歴史を踏まえ、中国を出てヨーロッパで修行する道を選ぶ。

 

 彼の料理の腕前はフランス人からも認められてはいたのだが、中国人が作るフランス料理という概念がフランス人には受け入れられず、ハオミュンはフランスでの経験に自らのルーツである中華料理を導入する事を決意。

 アジア系コミュニティからの融資を得て、パリ郊外に中華料理店をオープンする事になっていた。

 

 言わば差別からの再スタート組同士、両者は手を取り合い急接近。

 キャシーはフランス語を覚え、ハオミュンもパリ人の味覚を研究し、両者は仕事を起動に乗せ、やがて結婚する。


 誤算だったのは、2人の子どもの運命であった。

 

 モデルや女優の現場よりマネージメントの仕事が増えてきた母親のキャシーは、長女のジェシーをファッション業界に招き入れるプランを立ち上げる。


 だが、目立つ事を嫌い読書に明け暮れるジェシーは母親からの誘いを固辞し、魔法学校卒業後は堅実に図書館司書への就職を選択していた。

 

 父親のハオミュンは、少々やんちゃだが負けず嫌いな長男のロビーに店を継ぐ修行をして欲しいと願い、彼に目をかけている。


 しかし、親から受け継いだ東洋の血を嫌うロビーは次第に荒れた暮らしをする様になり、不安を感じた母親が自らのモデル事務所に登録し、人気者になるも、母親を悩ませるトラブルメーカーとなってしまった。


 「キャシー! まだまだイケるぞー!」

 

 古くからのキャシーのファンは、歳を重ねても美貌が衰えていない彼女を、司会やマネージメント業ではなくステージで観たがっていた。

 その熱意故か、第3者からは少々失礼に聞こえる激励も飛んでくる。

 

 「有難う御座います! 私はアイルランドから来た、言わば外様。そんな私を優しく、時に厳しく受け入れてくれたパリは、今や私のホームグラウンドです。世の中が平和でなければ、私達の存在意義などありません。ささやかながら、皆さんのお役に立てると信じて、若い世代の躍動を御覧ください!」

 

 キャシーはそう言ってスピーチを締めくくり、ホールにカラフルな照明と音楽が鳴り響いた。

 

 モデル達各々がクロードの新作カジュアルウェアを身に纏い、華麗なダンスやポーズを決めてみせる。

 

 バンドーやハインツにとっては正直どうでも良い光景だったが、クレアはイケメンモデルの品定めをしながら会場に流れる音楽に身を任せ、この瞬間を存分に楽しんでいた。


 「あのグレーのジャケットの人がリンのお兄さんでしょ、雰囲気似てるし」

 

 バンドーがステージの袖に並ぶリンに視線を送ると、リンは瞳を閉じ、両手を合わせて神に祈りを捧げている。

 

 バンドーには彼女のその行動の意味が理解出来なかったが、数分後、その意味を理解する事となった。


 

 ステージの上で踊るロビーの視線が、一人の観客の姿を捉える。

 

 その男はステージには目もくれず、妙な奇声を上げながら客席を蛇行していた為、既に周囲からも白い眼で見られていたのだが、男は更にポケットから、何やら薬物らしきものを取り出して吸い始めたのだ。


 「おい、そこのお前! ラリってんじゃねぇ! ちゃんとステージを観ろ!」

 

 ロビーはその観客の態度に苛立ち、ステージ上からマイクで直接説教を始める。

 

 ロビーの心意気は間違ってはいない為、一部の観客からはロビーを支持する歓声が上がったが、リンは繰り返されるこの光景にがっくりと肩を落としていた。

 

 

 ロビーがファッションモデルになった背景には、荒れた暮らしを案じたキャシーからのコネがあり、加えて見た目が東洋人寄りである事から、彼には差別や侮辱が付きまとっている。

 

 そんな中、彼は周囲を敵対視し、自らを侮辱する者、態度の悪い観客等にいちいち絡む様になり、ファッション業界の問題児として立場が危うくなっていた。

 

 つまりロビーは、自分自身を理性で抑える事が出来ないのである。


 

 ロビーから名指しされた男は、自分が吸っているのは合法のハーブだと主張し、ロビーに向けて目尻を伸ばす東洋人侮辱のサインを送り、中指を突き立てて見せた。

 

 「……クソ野郎!」

 

 激昂したロビーはステージを駆け降り、全力疾走で男を追い掛け、両手で肩を突き飛ばす。

 

 「やめなさい! ロビー!」

 

 キャシーの絶叫がホールに響き渡り、観客は蜘蛛の子を散らす様にホールから流れ出した。

 

 バンドー達は勿論、スタッフ一同も唖然とする中、ロビーは男との喧嘩を延々繰り広げ、観客が殆どいなくなった後、近くの壁から観察していたクロードのSPに付いていた大男に制止され、ようやく我に帰る。

 

 

 5月4日・15:00

 

 「今日の出来事が報道され、拡散されれば宣伝にはなる。ウチの新作は売れるよ。そこは心配ない……」

 

 ブランドの代表クロードは、自らを落ち着かせる様に言い聞かせていた。

 

 「キャシー、君との付き合いは長い。出来れば一緒に仕事を続けたかったが、もう限界だ。もうフランスには、ロビー君を引き取るブランドは無いよ。実は、私の知り合いにもう相談はしているんだが、彼は違う仕事を探すべきだよ。自分の息子だからと言って、甘やかすのはもうやめるんだ。」

 

 「……申し訳ありません……」

 

 深々と頭を下げる母親の姿を見つめるロビーの表情は、憔悴し切っている。

 

 頭では分かっているのだ。

 

 分かってはいるのだが……。

 

 「折角来てもらったのに、御免なさいね、こんな事になってしまって……」

 

 リンの家族訪問に同行していたバンドー達に、キャシーは深々と頭を下げる。

 

 「ロビーさんはあんなに格好良ければモテるだろうし、モデルとして人気はあったんですよね? 毎日が充実している様に見えるのに、どうして、暴力に走るんでしょう?」

 

 クレアの瞳には、ロビーの行動は目の前の出来事への怒りだけが原因ではない様に映っていた。

 

 もっと根深い何かがあるのではないか、と……。


 「あの子のグレーの髪と瞳はフェイクなのよ。髪を染めて、カラーコンタクトをしているだけだわ。本当のあの子は、顔立ちこそ私に似ているけど、黒い髪に黒い瞳の東洋人寄りのルックスなの。でも、そんな事は問題じゃない。素顔のままでもモデルは務まるし、実際、初仕事は素顔だったわ。ただあの子が、東洋人の血を嫌っているのよ」

 

 キャシーは、ロビーの過去を語り始める。

 

 「あの子は、父親に似て負けず嫌いで、必ず自分が大きな事をやり遂げると言う夢を持っていた。でも、学校では中国人と馬鹿にされて、フランス人のクラスメートと同じ事をやらせてもらえなかった。スポーツやサークルでもね。そんな事もあってか、段々と中国人の父親の血を憎む様になったの」

 

 「自分にも日系の血が流れているので、軍に入ったばかりの頃は、友人はアジア系しかいませんでしたね。ロビーさんは、自分が馬鹿にされたり批判されたりした時に、自分の家族も馬鹿にされた様な気持ちになって激昂してしまうのではないかと……」

 

 シルバの言葉に、キャシーは大きく頷いた。

 

 「ロビーが不安定なのは、別に最近の事じゃないわ。高校を出る頃にはもう、父親とは口も利かなかったし、ウチの旦那も全くもって放任教育だったのよ! リンが魔法学校に行っちゃった後は、マフィアみたいな友達が辺りをうろつく様になったから、私が何とかしてウチの事務所に押し込んだんだから! 家族のピンチに口も出さずに店の事ばっかりなんて、くっそ〜!」

 

 ……ん? 何だか段々、ただの夫への愚痴になっているんですけど……。


 

 「取りあえず御苦労様。今日は解散だ。明日以降の仕事と賠償に関しては、私のスポンサーと弁護士から連絡が行く。それでは失礼」

 

 そう言い残してクロードが去った後、夕食までの時間を潰す為、各々が重い気分を引き摺りながら自由行動を取る事となった。

 

 

 キャシーを含めた女性陣は近くのカフェに集まり、ロビーを含めた男性陣はホールへと戻る。


 駅地下のホールは、イベントの無い時間帯は市民への解放スペースとなっていた。

 設置されているピアノを弾く者、自分の音楽を奏でる者、ポエトリー・リーディングを行う者、ストリートサッカーに興じる者……楽しみ方は人それぞれだ。

 

 バンドー達男性陣が、ロビーを連れてここに戻ってきた事には理由がある。


 「自分達はジェシーさんの友人です。ロビーさんの気持ちはよく分かります。でも、ジェシーさんやキャシーさんをこれ以上悲しませない様にしないと……」

 

 「うるせえ! そんな事分かってんだよ!」

 

 ロビーは、シルバからの忠告を途中で遮り、混乱する自分の精神状態を吐露した。


 ホールの中では、皆が思い思いの趣味や話し合いに集中している。

 一見して穏やかではないこの状況も、特に気にするものは周囲に誰ひとりとして居ない。


 「なあロビー、俺はチェコからドイツに移住した白人だ。そんな俺でも差別は受けた。仕事ももらえなかったしな。隣のシルバは日系の血が流れている。奥にいるバンドーは75%日系だ。皆が人種や出身地で差別に苦しんだ経験がある。それでも自分の仕事をぶち壊したりはしないぜ。その怒りを仕事にまで引き摺るってのは、それはお前が望んだ仕事じゃないからって事なのか?」

 

 ハインツは、パーティーの皆の経験と重ね合わせて、荒れるロビーを諭した。

 

 「いや、ロビーさんの気持ちは分かるんだよ! 差別する様な程度の低い奴に合わせて人生無駄にするな! って考えと、こんな程度の低い奴に言われっ放しの俺が良い人生送れるのか? って考えの間で落ち着かないんだよね。男なら皆それで迷うよ。でも、ロビーさんは程度の低い奴らをブチのめし続けたから、自分の程度を下げたよ、確実に」

 

 「くっ……畜生!」

 

 バンドーからの説教が図星だったのか、ロビーは苦し紛れにバンドーに殴りかかる。

 

 バンドーは待ってましたとばかりにロビーのパンチをかわし、それを見たシルバとハインツも、何故か晴れやかな笑顔になった。

 

 「いいぜ! 思いっきりやろうよ! 今日は俺等も色々欲求不満なんだ。晩飯まで腹を空かせようぜ!」


 

 その頃、キャシー、クレア、リンの世代を超えた女子会は、基本的に男への愚痴で盛り上がりを見せている。


 クレアがまず気になった点は、あれだけイケメンやお金持ちが沢山いそうなファッション業界にいて、いくら優しく世話してくれたからと言って新進気鋭の中華料理屋さんと結婚する? という点であった。

 

 「あの頃の私はパリで四面楚歌だったし、お腹一杯食べられるお金も無かったから、まさに胃袋から捕まえられちゃった感じよね〜。それに、男って結婚するまでは凄く優しいし、サービスも過剰なのよ。まさに愛が津波の様に押し寄せる感じ。それはそれで嬉しいしね。でも結婚して、更にお互い忙しかったら、段々素っ気なくなるわよ。皆を集められる、お店と料理があっただけマシよね。だって、ジェシーはこんないい娘に育ってくれたし、ロビーだって、私から見れば可愛くて仕方ないわ」

 

 (うむ、やはり妥協の産物だったのね……と確認して、その上でそれも幸せだと気付くには20年以上かかる事になるのよね……えーと、あたし今23?)

 

 クレアの小賢しい計算が炸裂する。

 

 「愛が津波の様に押し寄せるかぁ……いいですね。文学ですね。その後の素っ気無さは引き潮ですね。言葉にすると寂しいですけど、また次の波を待てるから、人は誰かを愛せるんでしょうね〜」

 

 (……このポエム……リンはまだ、大恋愛とかもした事ないのよね、多分……。やっぱりこれは、余り現実に汚れない内に、シルバ君みたいな堅物とくっつけた方が幸せかもね……)

 

 こんな所にもリンの母親がっ!

 

 

 「あぁ……げほっ……。お前、なかなかやるな……」

 

 あれからロビーと互いの拳を交え合い、身体の痛みと引き換えにストレスを解消したバンドー、シルバ、ハインツの3名。

 

 正直、バンドーが本気を出せば彼ひとりでカタが着くと思われていたが、ロビーはなかなかにしぶとく、結局は3交代でロビーとスパーリングする様な戦いとなってしまった。

 

 喧嘩っ早いだけではなく、実際強い。

 

 何故モデルなんてやってるのか、それこそクロードのSPでもやるべきだ……と、バンドー達は不思議に思っていた。

 

 一方のロビーは満身創痍だったが、何処か晴れやかな笑みを浮かべて満足気な様子である。

 

 東洋の血を憎み、父親を憎み、自分ではない何かになりたくて足掻いた日々。

 そんな自分を、そして家族を、見下されたくなくて見えない敵に向かって暴れた日々。

 

 結局、自分は怒りや恨みに囚われずに思いっきり戦いたいだけだった……という結論に、ロビーは辿り着いたのである。


 貸衣装もすっかり汚れてしまい、大の字で転がる4人のろくでなしどもの前に、ひとりの大男が立ちはだかる。

 ホールでロビーを仲裁した、クロードのSPに付いていた男だ。

 

 「……いけないなぁ……未来のある若者がこんな所でストリートファイトとは……。情熱で大火傷を負う前に、ウチへおいで」

 

 大男はそう言い残し、4人それぞれの腹に名刺を置いて去って行く。


 「……キックボクシング道場、ジェルマンジム……?」

 

 ロビーは痛む身体を無理矢理起こし、その名刺を確認する。

 

 「ジェルマンジムって、世界レベルのキックボクサーを沢山輩出するフランスの名門ジムだよ! うちのおばあちゃんの取材に来た事もあるし」

 

 バンドーは、突然の名門ジムのスカウトに興奮を隠せなかった。

 

 「……ってか、お前のばあちゃん、何者だよ!」

 

 ロビーのこの反応は正しい。

 

 「……たかが自分達の喧嘩でスカウトが動く訳が無いですよ。多分、今日1日、誰かをずっと見て調査していたんじゃないですかね?」

 

 シルバは、クロードがロビーの処遇を知り合いに相談しているという話を思い出していた。

 

 「……そうか、ロビーか!」

 

 ハインツは確信する。

 

 「そう言えば、クロードさんは普段ならSPなんて付けていない……。今日だけだよ……」

 

 ロビーにも、薄々全貌が掴めて来た。


 自分を信じて支え続けてくれた家族。

 

 可能性を見出だして相談してくれたクロード。

 

 スカウティングの為に来てくれた、ジェルマンジムのスタッフ。

 

 自らのポテンシャルを引き出し、ストレスを解消してくれたバンドー、シルバ、ハインツ。

 

 「ロビーさん、良かったね。誰も貴方を見捨ててなんかいなかったんだよ」

 

 バンドーの励ましを聞き終える前に、ロビーの瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。

 

 「ああ……暴れた暴れた。もう腹ペコペコだよ。お前の親父の料理、食べに行こうぜ! 久しぶりなんだろ!」

 

 ハインツは涙で俯くロビーの肩を組み、バンドーとシルバもそれに続く。

 

 その後彼等は女子会と合流して「リンズ・ダイナー」へと進路を取るのであった。


 

 5月4日・18:30


 チーム・バンドー一行、キャシー、ロビーの合計7名プラス1(フクちゃん)は、この夜の為に貸切状態となっていたパリ郊外のチャイニーズ・レストラン「リンズ・ダイナー」に到着し、リンの父親、ハオミュン・リン(林侯明)と対面、彼自慢の中華料理に舌鼓を打っている。

 

 ハオミュンと初対面したバンドー達は、自分達の考える中国人のイメージとは違う、彼の精悍で男臭いルックスと、どんな人種や珍種(フクちゃん)にも分け隔てなく接する気さくさに魅了されていた。

 

 これならトップモデルのキャシーが惚れても無理はないと、クレアは自らの失礼な質問を恥じる事となる。

 

 話を遡り、バンドー達男性陣が傷だらけで駅カフェの女子会に合流した時、どう事情を説明して良いか分からず、正直に「ロビーが分からず屋だったので喧嘩したら、意外と強かった」と告白した所、クレアとリンはヒイヒイ言って爆笑し、キャシーは「よくやったわ」とバンドー達を褒め讃えた。


 ちなみに、ハオミュンが初対面で汚れた衣装に傷だらけのバンドー達を見た時も、どう事情を説明して良いか分からず、正直に「ロビーが分からず屋だったので喧嘩したら、意外と強かった」と告白すると、ハオミュンも「よくやったな」とバンドー達を褒め讃えた。


 固い絆と深い愛情で結ばれているリン一家も、結局誰もが日頃の振る舞いからロビーをぶん殴りたいと思っていた事になる。


 

 「さあさあ、じゃんじゃん食べてくれ! リンの友達という話だったから、優しくて大人しい人達だと思っていたんだが、意外と骨のある若者達で、俺は嬉しいよ!」


 ……お父さん、貴方の娘、リンも優しくて大人しいばかりのキャラじゃありませんでしたよ……ヒイヒイ。

 

 リンズ・ダイナーの料理は、パリ郊外で20年以上のキャリアが伊達ではない味わいで、普段中華料理に馴染みのないクレアやハインツにも好評であった。

 大食漢のバンドーとシルバは食に没頭し、リンはフクちゃんに春雨を与えてご満悦の様子である。

 

 そんな中、ひとり家族の輪から離れ、静かに父親の料理をつまんでいたロビーは、改めて自身の生き方を問い続けていた。

 

 (……この料理、いつも何気なく食べてきたけど、親父はこの味を作るまでに、一体何年かかってるんだろう……?)

 

 「キャシー、今日はな、俺の一世一代の重大発表があるんだ。バンドー君の実家は農家なんだろ? いずれお世話になるかも知れないな」

 

 そう言って、ハオミュンは流れる汗を拭き、料理の手を一段落させる。


 「……お、親父、みんな……俺も今日、重大発表があるんだ……」

 

 それまで、どこか所在なさげに料理をつまんでいたロビーが、珍しく低姿勢に言葉を選んでいた。

 

 周囲は皆、そんな彼が気になっている。


 「じゃあ、お前から先に言え。だが、金の工面なら出来んぞ」

 

 ハオミュンは、かつて自分を困らせたわがままに予めダメ出しをして見せた。


 「俺……もうモデルは続けられないし、続けたいとも思わない。でも今日、バンドー達と暴れて凄くスッキリしたんだ。怒りや恨みに囚われないで、自分を試すためだけに戦いたいんだ。クロードさんの知り合いを通して、ジェルマンジムからのスカウトが来たよ。キックボクシングの練習生さ」

 

 話し始めのうちは、やや恐る恐る気味だったロビーも、やがて吹っ切れた様な濁りの無い瞳で、家族をまっすぐ見つめる様になっていく。

 

 「勿論、まだプロになれると決まった訳じゃないし、プロになれても、通用しなくてすぐ引退するかも知れない。でも、やりたい。稼げないうちは、バイトして月謝払ってもやりたいんだ。だから俺は、明日から暫く家を出る」


 暫しの沈黙の後、ハオミュンが口を開いた。

 

 「お前がやりたいのならやればいい。お前は俺の子だ。本気でやれば必ず成功出来ると思っている。その気持ちは、お前が生まれた日からずっと変わらない」

 

 「ロビー、貴方を信じてくれる人を、もうこれ以上裏切っては駄目よ。それさえ守れば、私達はいつでも貴方の味方だから」

 

 キャシーもロビーの背中を押す。

 

 「兄さん、私は正直、兄さんの身体が少し心配なんだけど、私がどうこう言う世界じゃないと思う。自分に正直に、思いっきり生きて欲しい。私もこれから、思いっきり生きてみたいと思う」

 

 リンの言葉には、兄に加えて自分へのメッセージが含まれている様に受け取れた。


 「良かったな、ロビー」

 

 バンドー、シルバ、ハインツからのメッセージはこれだけだった。

 男3人からなら、これで十分だろ。


 「よーし! ロビーも自分の心に正直になったか! 俺も自分の心に正直になる事にした。俺の重大発表はな、店の事だ。実は、パリのデパ地下からオファーが来てな、俺も遂に、パリ市内にウチの支店を出す事になった!」


 ……ん?家族全員、初耳である。


 「……なった? 出そうと思う、とかじゃないの?」

 

 ビジネスに於ける下調べを無視したハオミュンの独断に、キャシーは流石に少しテンパっていた。


 「デパ地下だから、丸々1店舗って訳じゃない。メニューを絞って、テイクアウト出来る様にするんだ。賃貸や材料費、テイクアウト設備投資で来月から3ヶ月は赤字だが、その後は盛り返して半年後からは利益が出る計算だ。中華料理に馴染みのない白人や黒人にも、ウチの料理を広めたいしな」

 

 あくまで机上の計算にも関わらず、自信満々なハオミュンである。


 「……何? あんた、バカじゃないの? そんな大事な事、なんで私達に相談しないのよ! 半年後の利益って、デパ地下のテナントが半年同じ並びだと思ってんの? あー何なのよ! ロビーの問題が治まりそうなのに、何であんたがぶち壊すのよ!」

 

 夫への不満に関しては、これまでの蓄積の最新地点からのスタートになる事がデフォである。

 肩を震わせる段階すら通過した、怒りの津波パワーでキャシーの堤防は決壊寸前だった。

 

 「そ、そこまで怒らなくても……お前は女優やモデルの仕事が減ってもマネージメントの仕事が出来てるから、俺もお前に負けずに男として成長したいだけだろうが!」

 

 ドドドドドッ……ザバアァーッ


 その瞬間、バンドー達は激流の現場から緊急避難し、引き潮の如く閑静な郊外の環境にフクちゃんを放流する。


 パリ郊外の、飛びっきりの夜景と優雅に夜空を舞うフクちゃんの姿を眺めながら、心を無にして束の間のまったり空間を堪能していた。



  (続く)

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[良い点] なろう作品で企業と労働組合の争いを書いた 作品って初めて読みました。 でも近未来な世界でも企業と労働組合は存在すると 思うので、こういう仕事の依頼はリアルでは 普通にありそうですね。 なろ…
[一言] クレアの幸せはハインツとくっつくことじゃないかと思います。 私の脳内でバンドーは刃牙勇次郎、ハインツはルカ・モドリッチ、クレアはミランダ・カーで再生されています。シルバとリンはちょうどいい…
2020/06/18 23:07 退会済み
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