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バンドー  作者: シサマ
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第65話 テロリストの矜持 (きょうじ)


 「ガチノビッチ! 無事なのか!? 返事をしろ!」


 プライドと大金に心を乱され、チーム・バンドーとの共同作業を拒んで仕事を抜け駆けした、ガチノビッチと2名の若手剣士。

 

 チーム・バンドーとレディーは、この仕事がテロリストの仕組んだ罠だと確信しており、関係のない犠牲者を出したくはない。

 だが、必死の追跡も虚しく、現場には既に爆発音が轟いていた。


 「……あ、あそこです!」


 リンの指差す先には、破裂した防火用水道から飛び散る水飛沫が夕陽と相俟って、何処か幻想的な風景にも見える惨劇の舞台。

 運良く難を逃れた、近隣の貸倉庫の利用者が言葉を失いながら群がる中、チーム・バンドーとレディーは散らばる火種をものともせずにガチノビッチ達の救出を試みる。


 「救急車は呼んだぜ! 一体何があったんだ!?」


 他の現場で働いている建設作業員らしき男性は、剣や防具を携えたチーム・バンドーに状況の説明を求めているが、今はそんな時間はない。


 「……ダメです、ガチノビッチさんともうひとりは脈がありません!」


 元軍人のシルバは、この状況下に於いても冷静さを失う事はない。

 地雷の真上にいたとおぼしきガチノビッチは四肢を吹き飛ばされて恐らく即死、もうひとりの若手剣士は地雷の破片を首に受け、出血多量で死亡したと思われる。


 「……皆、こっちに来て下さい! この人は……まだ生きています!」

 

 リンはガチノビッチ達への回復魔法を諦め、片足を吹き飛ばされて激痛にのたうつ唯一の生存者のもとへ、勇気を奮い立たせて急行した。


 「あ、足が……足がねえよ!」


 左足の脛から下を失った若手剣士は、その表情こそ恐怖と絶望に支配されていたものの、現実に意識を失う事もなく、確かな生命力を示していた。

 レディーは出血を少しでも抑える為に傷口を縛り、リンは傷口付近の酸素濃度を高めて細胞の死滅を遅らせる。


 「……フクコちゃん、何やってるの!? あなたに出来る事はないの!?」


 神族のフクちゃんであれば、明らかにリンより強力な回復魔法が使えるはず。

 レディーは協力を要請するが、フクちゃんは治療現場には向かわず、爆発で散らばった賞金の札束を拾い集めていた。


 「……貴方はテロリスト逮捕の決め手として、もう死ぬ事は許されません。この前払い金は、貴方の治療費に全額投資します」


 5000000CPの前払い金は、テロリストが正式な依頼を組合に偽装する為の、言わば「見せ金」。

 爆風や火種で半分程消失してしまったものの、フクちゃんは恐ろしい程のスピードと冷淡さで、集めた紙幣を若手剣士の目前に届ける。


 「……レディーさん、申し訳ありません。私は神族として、歪んだプライドや欲望に走った人間を救う事は出来ないのです。仮に、バンドーさんやリンさんがそうなったとしても……」


 夕暮れのピークが過ぎるとともに、徐々に暗さを増していく空。

 そして、その光景に合わせる様に静かに瞳を伏せるフクちゃん。

 

 神族である彼女の立ち位置はあくまでも「自然の保護者」。

 強引な開発を行うフェリックス社や、自然を蹂躙(じゅうりん)する爆破も厭わないテロリストを警戒こそするが、親しい人間に必要以上の肩入れをする事はないのである。


 「救急車が来た! おい、お前は助かるぞ!」


 サイレンの音を確認したバンドーは、片足の破損に耐える精神力を見せた若手剣士の手を握り、彼を力強く励ます。

 フクちゃんの立場を理解したレディーはバンドーの隣に割り込み、この現場にはやや不似合いな程の穏やかな笑みを浮かべ、若手剣士に伝言を残した。


 「……あたしの仲間に、片足を失った男がいるわ。そいつは義足で戦いながら、今剣士ランキングの7位にいるのよ。あんたも諦めてはだめ」

 

 

 7月5日・18:30


 左足の脛から下を失った若手剣士、クラリィに付き添い病院へ向かうクレア、ハインツ、リン、そしてフクちゃん。

 一方、ガルシアの顔写真照合成功の一報を受けたバンドー、シルバ、レディーは、救急車とともに現場に駆けつけたパトカーに乗り込み、ベオグラード警察署へと急行する。


 

 

 「……クラリィさんと、チェリシッチさん。若い剣士のおふたりが、ガチノビッチさんを説得したと聞いています。5000000CPを自分達の活動資金にする為に、仕事を成功させて既成事実を作りたかったみたいですね……」


 病院には、証人として組合オペレーターのシノブも招かれていた。


 幸いにして、クラリィはその精神力から意識はしっかりしており、緊急手術にも耐えられるとの事。

 

 破損が顕著な左足首を接合する事は不可能だと思われるが、命に別状はない。

 また、彼が生きていた事で、テロリストを逮捕した際に証言不足で保釈させてしまう様な失態は防げる。


 「……ガチノビッチはともかくとして、若い剣士には大金が必要な事情があったのかも知れないわね。シノブさん、また仕事が増えちゃうけど、ごめんなさいね」


 クレアはシノブの多忙を労い、シノブは慣れた風な素振りで愛想笑いを浮かべた。


 

 カンカンカンカン……


 一同の集う病室に、階下から足音が近づいてくる。

 バンドー達が戻るにはまだまだ時間がかかる為、恐らく看護師か被害者の身内と思われるが……。


 「……くそっ!」


 その顔に怒りと悲しみを滲ませながら、亡くなったガチノビッチの弟子として知られる、チーム・カレリンのクラマリッチがドアを叩いて登場。

 そして彼の背後には、チーム・カレリンの副将であるコラフスキが付き添っていた。


 「畜生! お前らがいながら、どうしてこんな事に……!」


 有無を言わせず、顔馴染みのハインツに掴みかかるクラマリッチ。

 彼はまだ、ガチノビッチ自身が勝手な行動を起こした事実を知らずにいたのである。


 「おいおい、怒りたいのはこっちの方だぜ! 相手は非情なテロリストだ、俺達は無関係な奴を巻き込まない様に、ちゃんと作戦を練っていたんだよ! お前の師匠とやらが、そいつを台無しにしたんだ!」


 クラマリッチの誤解を解く面倒にも嫌気が差したのか、テロリストを巡るストレスを爆発させてしまうハインツ。

 両者の凄まじい剣幕に、女性陣は言葉を失ってその様子を眺める事しか出来ない。


 「……ふたりともよせ! 悪いのはテロリストだろ!?」


 両者の間に割り込んだコラフスキが、互いを強引に引き剥がす。

 やや直情的なメンバーが多いチーム・カレリンに於いて、冷静な実力者である彼の存在は貴重だ。


 「……ハインツ、お前も知っている通り、俺達にも今仕事がある。だが、クラマリッチは今日や明日で簡単に冷静にはなれないだろう。俺としては、こいつを少し休ませるつもりだったが、仇を討ちにお前達と組みたいと言うかも知れない。どう思う?」


 肩で大きく深呼吸し、ハインツとクラマリッチにも呼吸を整える様に促すコラフスキ。

 ハインツは呼吸を整えつつも、表情は一切変える事なく彼からの問いに即答する。


 「この仕事には、余計な感情を引きずった奴は要らねえ。冷静さを失った瞬間、死ぬかも知れない戦争なんだ。クラマリッチ、お前には必ずいい報せを届けてやる。この結末で納得が行かなければ、お前がテロリストになるしかないくらいの報せをな!」


 鬼気迫るハインツの眼差しに折れたのか、クラマリッチは静かに病室のベンチに腰を降ろし、うつむきながら心情を吐露した。


 「……ガチノビッチは頑固者で、俺も何度か対立はしたよ。だが、彼がいなければ俺はただのチンピラだった。彼が俺の素質を見込んで剣と防具を買ってくれなかったら、俺は今頃ムショ暮らしをしていたよ……」



 「……ところでシノブさん、貴女が用意してくれた資料の中に、私達を狙うテロリストの顧問弁護士が貸倉庫会社の取締役になっているという告知があったんです。夕方に前払い金を持ってきた人は、どんな感じの人でしたか?」


 クラマリッチの怒りが一段落した所で、リンはガルシア以外のテロリストの割り出し作業に着手。

 相手がテロリストの一味である以上、素顔丸出しである可能性はほぼないものの、実際に会って言葉を交わしたシノブから得られる情報は一番信用出来る。


 「……弁護士さんだとか、社長さんの様な雰囲気はありませんでしたね……。黒髪に小柄で細身の、理系っぽい男性でした。ただ、声は高めで滑舌は良かったと思います。テロリストというよりは、マスコミ関係者みたいな感じの人で、セルビア人っぽくはなかったです」


 チーム・バンドーの知るテロリストで、小柄な人間はリーダーのエディ・マルティネスだけ。

 しかし、彼の頭は金髪の丸刈りで、かつ直情的な性格である事から、理系のオーラとは無縁だ。


 「組合のカメラで撮影はしていますから、警察にも資料として送りますよ。でも、この人がセルビア人じゃなかったら、ベオグラード警察署だけでは特定が難しいと思いますが……」


 「……シノブさん、その映像はスペインのバレンシア警察署に送って下さい。シルバ君のお義父様と、アテネでテロリストと戦った知人がいると思いますから」


 シルバとバンドーが不在の中、情報のやり取りを堂々と仕切るリン。

 もっとも、警察組織の中でしがらみに縛られず悪党を追う事が出来るのは、ロドリゲス隊長率いる特殊部隊だけなのも事実である。


 「……クラマリッチ、帰ろう。こいつらなら大丈夫だ。俺達とは潜り抜けた修羅場が違う。だが、俺達の仕事もセルビアの未来に関わる大事な仕事だ。気持ちを切り替えろ」


 コラフスキはチーム・バンドーの経験値と人脈に舌を巻き、うなだれるクラマリッチに肩を貸して病室から立ち去る。

 その去り際、片手を挙げてハインツ達に感謝の意を示す仕草が、如何にも彼らしい余裕を感じさせていた。

 

 


 「……え? まだ協力出来ないって、どういう事なの? こんなに有力な情報が揃っているのに!」


 ベオグラード警察署に到着早々、セルビア警察から事件解明の協力を保留されたバンドーは驚きの余り、受付職員に食い下がったまま離れようとしない。


 「……ですから、国際的に捜査が許可されたガルシアの逮捕には協力しますよ。ただ、状況証拠は防火用水道に仕掛けられた地雷だけですし、仕事の依頼が貸倉庫会社の自作自演だという明確な証拠もありません。現在の状況では、郊外を荒らす愉快犯という可能性もあり、まずは周囲のパトロール強化から、より確実な情報を集めていきます」


 「そんな……剣士が2人も死んだんだぞ! 愉快犯って、そんな訳ないだろ!」

 

 バンドーの怒りをやり過ごす受付職員は、トップダウンの指示をただ説明しているだけ。

 このまま食い下がった所で、話は平行線を辿る事は目に見えている。

 

 しかしながら、鉄道工事現場からテロリストが現れたという現実は、近い将来ここがテロのターゲットになると見て間違いないはずなのだ。


 「自分はケン・ロドリゲス・シルバ。今年の2月までEONA(アース・ワン・ネイション・アーミー)の軍人でした。エディ・マルティネスというテロリストが、最近東欧で小規模な爆弾テロを起こしているはずです。エディというのはかつての凶悪テロリスト、ルベン・エスピノーザの偽名で、現在はフェリックス社の顧問弁護士でもあるドル・アシューレと行動しているんです。先日アテネで起きた、囚人移送を巡る警官隊との衝突も奴等の仕業です……」


 一介の受付職員では知る由もない核心へ、容赦なく斬り込んでいくシルバ。

 シノブが調べあげ、チーム・バンドーとレディーが体感した資料と現実を照らし合わせれば、誰の目にもベオグラードに危機が迫っている事は明らか。


 「……分かりました。この資料をお預かりして、何か動きがあればご連絡致します……あ!? 少々お待ち下さい! 緊急連絡です!」


 シルバの追及に青ざめたのか、普段は一般客に姿を見せないベオグラード警察署の役員が、慌てて受話器を持って窓口に駆け寄る。

 どうやら、警察の有力者からベオグラード警察署を飛び越えて、バンドー達に直接伝言が来たらしい。


 「……はい、バンドーです……え!? ニコポリディスさん!?」


 チームを代表して受話器を受け取ったバンドーは、その声の主に驚きの声を上げる。

 ガルシアの顔写真を照合し、いち早く指名手配を行ってくれた事は知っていたものの、現在半ば引退状態の彼が、直接連絡を入れる程の情熱を見せるとは想像していなかった。

 

 「バンドー君、久しぶりだな。先程はガルシアの顔写真をありがとう。そして今、ベオグラードからもうひとつ映像が届いたよ。前払い金を持って組合に危険な仕事を持ち込んできた男の正体なんだが、奴はジャンナコプーロスだ。アテネのテレビクルー、マノラスを裏切ってテロリストに寝返った小悪党だよ」


 シドニーからイスタンブールに向かう飛行機の中で、チーム・バンドーと意気投合したアテネのテレビクルー、マノラス一行。

 彼等はバス爆破テロの犠牲となってしまうが、唯一テロを逃れた記録係、ジャンナコプーロスが行方を眩ませていたのである。


 「……やっぱりあいつがテロリスト側に……。でも、ニコポリディスさんはもう、警官は引退するんですよね? 協力には感謝していますけど、娘さんの為にも余り無理はしないで下さいよ」


 自身の正義を押し通し、カムイの父親である凶悪犯パパドプロスに厳しい罰を与える為、彼をバレンシアに移送したニコポリディス。

 だが、テロリストと密通する腐敗を見せていたアテネ警察上層部との確執から、もう警官としてアテネには戻れない。


 「……フッ、俺も引退するつもりだったが、エディ達を捕まえないと後悔してしまう。ロドリゲス隊長から特殊部隊にスカウトされて、もう少しだけ余計な正義を振りかざす事にしたのさ!」


 「ニコポリディスさん、特殊部隊に転職したって!」


 バンドーは受話器を掌で塞ぎ、シルバとレディーに小声で吉報を届けた。


 「バンドー君、よく聞いてくれ。奴等が鉄道工事の途中にもかかわらず不穏な動きを見せてきたという事は、この短期間で君達を始末しようと考えているからに違いない。これは最終決戦だ!」


 ニコポリディスの言葉に、表情を一段引き締めるバンドー。

 彼の様子を窺うシルバとレディーも、その張り詰めた空気を敏感に察知する。


 「まずはガルシアとジャンナコプーロスの拘束が理想だが、奴等も内部事情が漏れる様なドジはそうそう踏まないだろう。私は今からベオグラードに急行するよ。特殊部隊の中で爆弾に詳しいグルエソと、アテネの部下も連れて行くから、明朝に合流しよう!」


 「はい!」


 どうにも信用の置けないセルビア警察を忘れさせる程の、強力な援軍を得たチーム・バンドーとレディー。

 シルバの軍人時代から、エディの弟、ダビド・エスピノーザ率いるチーム・エスピノーザの解体、そしてアテネへと続く長い因縁に、いよいよピリオドを打つ時が来た。


 

 7月5日・20:00


 「……エディ、アシューレ、どうやらチーム・バンドーの暗殺は失敗した様だな。見せ金の使い途は貴様らに一任しているが、失った5000000CPの補充はしないぞ」


 何処となく楽しげな表情を浮かべながら、自らテロリストとの通信を買って出た、フェリックス社の第1御曹司、ヨーラム。


 「ガチノビッチとかいう、イカれた野郎が割り込まなけりゃ、作戦は成功していた! あのタイミング、あのロケーションなら、シルバだって防火用の水道を使っていたぜ!」


 自慢の作戦を無下に否定され、エディは憮然とした態度に終始している。


 「……エディ、やめておけ。ハプニングがあったとは言え、失敗は失敗だ。だが、まだ明日がある。幸い、奴等に顔が割れたのはガルシアだけ。ジャンナコプーロスもセルビアでは誰も知らない男だ。明日中に勝負(カタ)を着ければ問題はない」


 今やテロリストの参謀的な地位に収まったアシューレ。

 彼は眉間にしわを寄せて悔しさを噛み殺しながら、一発逆転のプランを練っていた。


 「……とにかくだ。この仕事が終わったら、我が社としては貴様らとの契約を見直させて貰う。フェリックス社の庇護(ひご)を失えば、軍や警察からの警戒も厳しくなり、これまでの様な何不自由ない生活は出来ないであろうなぁ……」


 その存在感が自身のキャリアを侵食し始めていた、エディとアシューレ。

 ヨーラムは彼等の失態を内心ほくそ笑み、遠回しに嫌味を炸裂させている。


 「アシューレ、この仕事の結果にかかわらず、会社に戻って私直属の部下にならないか? 失態があったとは言え、貴様の様な優秀な男を追放するのは惜しいからな」


 母親であるナシャーラの様な強大な魔力を持たず、弟のメナハムの様な剣術の才能もないヨーラム。

 そんな彼は、自分と似た学術肌でありながら、スポーツエリートとしての体力と行動力も併せ持つアシューレに嫉妬しつつも、今まで見限る事は出来なかった。


 「……ヨーラム、悪いが断る。俺は俺なりに野望を持ってこの会社に来たが、自分が尊敬出来ない上司の下では働きたくない。俺の野望は、その時組むべき人間と組んで実現させてやる。その相手がフェリックス社じゃなかったとしても、別にどうとも思わない」


 アシューレの眼差しは、真っ直ぐで迷いがない。

 この瞬間、ヨーラムとエディ、アシューレ組との溝は決定的となる。


 「……分かった。せいぜい成功を祈っているよ。我が社を敵に回すとどうなるか、思い知るがいい!」


 ヨーラムからの通信は、恐らくこれで最後だろう。

 フェリックス社という巨大な後ろ楯こそ失ったものの、エディとアシューレの表情はむしろ晴れやかなものだった。


 「……おもしれえ! 俺だって、伊達にガキの頃から地獄は見ちゃいねえさ! どいつもこいつも覚悟しやがれ!」


 窮地に追い込まれれば追い込まれる程、エディの闘争本能は高まっていく。

 フェリックス社から粛清(しゅくせい)を受ける危険性も視野に入れた彼は、なりふり構わず、集められるだけの兵隊をベオグラードに集結させる決意を固める。



 

 「こんなミーハーな観光、久しぶりだわ〜! テロリストにマークされるって身分も、意外と満更じゃないのかもね」


 やや不謹慎とも取れる発言に照れを見せながら、組合で入手した観光ガイド片手に夜の繁華街を闊歩するクレア。

 テロリストから目を付けられている以上、チーム・バンドーとレディーには、極めて慎重な行動が求められていたはずだった。

 

 だが、鉄道工事が完了するまでベオグラードに残らなければならないテロリストの立場を逆に利用する事で、安全を確保する事は可能。

 テロリストが騒ぎを起こせない、出来るだけ明るく目立つ通りを歩き、出来るだけ繁盛する場所をはしごする事が、むしろ正解なのである。


 「あんなに治安が悪いって言われていたのに、夜になったらこの人手だからな。結局、金がなければ危険な街からも出られねえし、生きていりゃあ気晴らしもしたくなるって事だぜ!」


 「テロリストが何よ! 今のあいつらは建設作業員との兼業職員でしょ? カムイ親子にも勝てなかった半端者だわ!」

 

 お互いの大切さを認め合い、距離感を縮めたクレアとハインツは、夕食時にうっかり入れてしまったビールの力も手伝って終始ご機嫌。

 今回はそこに、同じくノリのいいレディーが加わる事で、このままニコポリディスとグルエソの合流まで、このテンションが続くのではないか……という楽観論が見え隠れしていた。


 

 「バンドーさん、もうすぐ新しいホテルです。宿泊先を変えるのは金銭的に痛手ですけど、奴等が前のホテルに探りを入れているかも知れませんからね」


 「サンキューケンちゃん! こっちは今の所、尾行する人間もいないみたいだ。リンの方に不審者はいない?」


 「こっちも大丈夫です。これだけの人混みでは、悪さをしても逃げ切れないと思います」


 「……まあ、この人口密度でもし襲われたら、シールドひとつで20人くらいは保護出来ますよ。安心して下さい」


 一方、万一の事態に備えて警戒を欠かさないバンドー、シルバ、リン、そしてフクちゃん。

 同じパーティーでも、ここまでキャラクターの違いがはっきり出るのが実に面白い。


 

 「あそこです! 今の治安でこのホテルが空いていたのは幸運としか言いようがありません!」


 シルバが指差す先には、彼が軍人時代にも利用した事があるホテルチェーン。

 セキュリティの確かさには定評があり、他地域からの来賓も数多く宿泊していた。


 「ここなら安心出来そうだな! ベオグラード警察署なんかより、ニコポリディスとグルエソとの待ち合わせに相応しいぜ!」


 酔いが覚め、次第に頭が働く様になってきたハインツ。

 外観は堅牢そのもので、非常口周辺にもタクシー乗り場が完備されたホテルをまじまじと眺め、威勢の良い言葉も飛び出している。


 「……バンドー様ご一行ですね! 手荷物をお預り致します!」


 正門の前に立つ、ホテルの制服姿とおぼしき格好の男性。

 観光客が迷子にならない為なのか、入口の前から職員が愛想を振りまいているのは珍しい光景だ。


 「……おや? 妙ですね。自分がかつて来た時は、入口前に荷物持ちなんていませんでしたが……」


 その声を聞く限り、シルバの電話予約を担当した職員ではない。

 仮にシルバの情報を他の職員から訊いていたとしても、この人混みに紛れた中、初対面の7人組を顧客だと断定出来るはずがない。

 

 (……おかしいですよ。7人の荷物持ちが1人である訳がありません。それに、予約した名前はそもそもシルバさんでした。バンドーさんの名前は誰も知らないはずです!)


 夜の空気を突き破る、フクちゃんのテレパシー。

 その瞬間、まだテレパシーを受けられないレディー以外の全員に、臨戦態勢の緊張感が走る。


 「……荷物は預かる。テメエら死ねやぁ〜!!」


 荷物持ちの職員はいきなり奇声を上げながらシルバに突進し、制服の(ふところ)から鈍い光を放つ物体が見えた瞬間、クレアはまだ火炎魔法を準備出来る状態ではなかった。


 「皆危ない……くっ!!」


 男が拳銃を持っていると確信したシルバは、咄嗟の判断で身体を丸め、その巨体を活かした体当たりを敢行する。


 「がはっ……舐めた真似しやがって!」


 シルバのパワーに突き飛ばされた男は、突然のストリートファイト勃発に混乱する観光客にも目をくれず、躊躇(ちゅうちょ)なく拳銃を抜いた。


 「危ない!」


 拳銃発砲の予測がつかないフクちゃんは瞬く間にシールドを準備し、チーム・バンドーとレディー、そして半径5メートル程度に散らばる観光客を丸ごと包み込む。


 パアアァァン……


 男の発砲する弾丸は正確性を欠いてはいたものの、フクちゃんのシールドを直撃。

 その弾力が衝撃を吸収し、やがて弾丸は力なく地面に転がり落ちた。


 「……何だコイツら!? バケモンかよ!?」


 目の前の光景が信じられない男は冷や汗を滲ませながら、それでも拳銃を連射してシールドをこじ開けようと必死の形相。

 

 治安の悪化が叫ばれるベオグラードに於いても、これだけの凶行はそうそうお目にはかかれない。

 周囲は蜘蛛の子を散らす様に閑散となり、フクちゃんのシールドに入った十数名の男女は、声を殺して耳を塞ぎ、ただひたすらに男の弾切れを待ち続けた。


 「……ちっ、弾切れかよ!」


 空砲が夜空に響き渡り、男が焦りの色を浮かべる中、フクちゃんが緩めたシールドから飛び出したバンドーは、その勢いのまま男に全力のタックルをお見舞いする。


 「バンドー! そいつもナイフを持っているかも知れねえ、剣で間合いを取れ!」


 ハインツの警告とほぼ同時に、ズボンのポケットから飛び出しナイフを取り出す男。

 バンドーは機械の様な冷静さを見せ、飛び起きる様に男から離れ、自身の間合いで剣を構えた。


 「バンドーさん、成長しましたね……。もうこの勝負、圧勝です」


 シールドから観光客を逃がしたフクちゃんは、目を細めてバンドーの戦いを静観している。


 「エディ達に命令されたのか!?」


 バンドーは相手の手首の逃げ場をなくす為、剣を振り回す様な事はしない。

 正確な突き1回で、いとも簡単に男のナイフを叩き落とした。


 「……くっ、さあな! 7人で高級ホテル行きなんざ、かなりの金持ちだと思って襲ったまでさ!」


 男はあくまで、衝動的に観光客を襲う地元のチンピラを装っている。

 だが、いくら拳銃を持っていても、剣を携えた賞金稼ぎチーム7人に普通は単独で挑みはしないだろう。


 「俺達よりも、エディの制裁の方が怖いって事だな? 遠慮なく行くぜ!」


 「ぐわっ……!」


 今回の戦いばかりは、敵に甘さを見せる訳には行かない。

 

 男は東欧人としては小柄かつ細身で、現時点では丸腰。

 だが、バンドーはそんな相手にも容赦なく、膝下を剣で斬りつけられた男はそのまま地面に崩れ落ちる。

 

 「おりゃっ!」


 バンドーはその隙を逃さず、男の上に覆い被さる様な態勢から力強く頭突きを繰り出した。


 「きゅうー」


 どんな屈強な剣士も高確率でK.O.するバンドーの頭突きの直撃を受け、男は少々の鼻血を出してぐったりする。


 「……待って! この男何処かで……?」


 突然、クレアが思い出した様に声を上げる。

 バンドーの頭突きの衝撃でカツラがずれ、黒い頭髪と太めの眉毛が露になった男は、明らかに東欧人の顔立ちとは異なり、どちらかと言えばギリシャ人やトルコ人に近かった。


 「ジャンナコブーロスです! 奴等の捨て駒にされたんですね……」


 ニコポリディスに代表されるアテネ人脈を捜査網に組み込む事により、ガルシアとジャンナコブーロスの指名手配は驚く程のスピードで実行された。

 シルバは横たわるジャンナコブーロスを見下ろしながら、彼に玉砕を命じたエディとアシューレにかなりの焦りがある事を確信する。


 騒動で人気のなくなった繁華街に、救急車とパトカーのサイレンが鳴り響く。

 脱出した観光客が連絡して呼んでくれた援軍の中には、チーム・バンドーに好意的なひとりの警官が含まれていた。


 「チーム・バンドーと、レディーさんですね。面と向かった自己紹介は初めてですが、以前アテネでパパドプロス移送任務に携わったカピーノです、よろしく」


 その警官の姿は、アテネでの戦いの最中にチラリと確認しただけだが、気さくな雰囲気で話しやすいキャラクターに見える。

 ニコポリディスがバンドーに話していた、アテネの部下というのは、恐らく彼で間違いないだろう。


 「……ニコポリディス巡査部長に協力した事で、アテネでは資料館司書に干されましたが、今こうして巡査部長からお呼びがかかり、全速力で駆け付けました! 皆様に協力出来る事を嬉しく思います!」


 アテネでは鼻つまみ者だった「頑固な正義マン」ニコポリディスが、今やアキンフェエフ警視総監直属で、ロドリゲス隊長率いる特殊部隊のメンバー。

 左遷されていた部下のカピーノにとっても、こんなに嬉しいチャンスはないはずだ。


 「こちらこそ安心しました。ありがとうございます! ジャンナコブーロスはエディからの制裁が怖くて、なかなか口を割らないと思いますけど、マノラスを裏切って、エディからは捨てられる様な男ですからね。切羽詰まれば、きっと自分が有利になる方に動くはず。こいつを宜しく頼みます!」


 バンドーはジャンナコブーロスをカピーノに預け、ホテルの職員と道行く野次馬達から拍手喝采を浴びたパーティーは、ようやく安心出来る拠点を手に入れる事に成功する。

 

 セレブも宿泊する、高額な料金だけが悩みの種だが……。

 


 7月6日・6:00


 激動の1日にすっかり疲弊し、ホテルに入るや否や、入浴すら忘れて熟睡していたパーティー一同。

 そんな彼等を叩き起こしたのは、ホテルのルームサービスではなく、ベオグラードに到着したニコポリディスからの電話だった。


 「バンドー君だね? 昨日はご苦労様だったな。私とグルエソは今、警察用のキャンピングカーでベオグラードに来ている。防弾仕様で、君達全員を乗せられる秘密兵器さ。後2時間程で君達を迎えに行くから、宿泊先を教えてくれ」


 一時は引退も考えていた、還暦近いオッサンがどうしてこんなにパワフルなのか?

 電話を受けたバンドーは急いで男性陣を叩き起こし、ひとり押し入れでプライバシーを守っていたオネエキャラのレディーに、女性陣の部屋に声をかける様に要請する。


 「分かったわ。あ、バンちゃん、まだシャワーは浴びないでね! あたしがひとりで一番風呂に入って、お風呂場を綺麗にしてからバンちゃん達に渡すから!」


 突如として明らかになる、レディー専用の入浴ルール。

 オネエキャラとは言え、ぶっちゃけ彼(?)は男性であるだけに、バンドー達の立場から見て、これはかなり面倒臭い。


 「え〜!? レディーさん男じゃない! 一緒に入れとは言わないけどさぁ……少し汚れてるとか、水浸しだとか、そんな事気にしないでよ。時間もないし」


 「きゃ〜! 何!? そんな事って! セクハラよセクハラ!」


 バンドーとレディーのやり取りは既にコントの域に達しており、シルバとハインツもすっかり呆れ返っていた。

 

 「……レディーさん、いい人だと思うけど、長く一緒のパーティーは組めないよ……。チーム・カムイのメンバーって、実はめっちゃ聖人揃いなんだな……」


 レディーが部屋を出た直後、ついついぼやきのひとつも言いたくなるバンドーに、シルバとハインツは熱く同意する。

 こうしてチーム・バンドーの絆は、また一段と深まったのである。



 7月6日・8:00


 「グルエソ、久しぶりね!」


 ニコポリディスとグルエソを乗せた、警察用のキャンピングカーがホテルに到着。

 チーム・エスピノーザの一件でグルエソと行動をともにしたクレアとハインツは、仲の良い特殊部隊隊員との再会を喜んだ。


 「ラテン系のテロリストと爆弾の組み合わせに関しては、まあ俺以上の適任者はいないな。正直、テロリストよりも宗教団体をブッ飛ばしたいんだけどよ!」


 グルエソのレンジャー部隊時代の親友、チェンが宗教団体『POB』に洗脳され、クーデター未遂で半身不随になった事は記憶に新しい。

 彼が軍を除隊し、特殊部隊にスカウトされてからは、爆弾の知識と持ち前の俊足を活かした特攻隊長的な役割で重宝されている。


 「……アテネやバレンシアに比べたら、ここは涼しいな。いい仕事日和だよ」


 長時間の移動をこなし、仮眠もそこそこに合流したとは思えない、ニコポリディスのタフネスぶり。

 しかしながら、今日が涼しいのはたまたまであり、昨日は暑さで工事現場の作業員が倒れているのだ。


 「ニコポリディスさん、こんなに朝早く何処へ行くんですか?」


 バンドーの素朴な質問に、ニコポリディスは思い出した様に用件を順序立てる。


 「地雷に巻き込まれて負傷した剣士……クラリィと言ったか? 彼の手術は成功した。本人のショックはデカい様だが、意識もしっかりしていて話が出来る。まずは彼に話を聞いて、ドル・アシューレが取締役に収まった貸倉庫会社に殴り込みだ。ちゃんと捜査令状を取ってあるし、万が一待ち伏せされて銃撃を受けても、この車なら大丈夫さ」


 一夜にして、まさに無限の選択肢を得たチーム・バンドーとレディー。

 相手は百戦錬磨のテロリストと、若くしてフェリックス社の顧問弁護士を任せられるやり手のコンビだが、彼等の外堀は着実に埋められていた。



 

 「すまねえ……俺達がガチノビッチの兄貴を説得したんだよ……。優秀な剣士をセルビアに残したいなら、西側よりいい剣と防具を渡して、俺達に恩を着せないとダメだって……もっと金が必要だって……」


 手術は成功したものの、結局左足首を接合する事は叶わず、カムイの様な義足が必要となっとしまったクラリィ。

 彼は左足の現実からは目を背け、どうにか冷静さを保ちながら自身の過ちを認めている。


 「……ガチノビッチさんは、俺達と会った時はもっと毅然としていた。だからきっと、あの人もひとりで色々悩んだり、プライドと戦っていたんだと思う。その事は心配しないで、まずは義足を作って生活出来る様にしないと」


 バンドーはクラリィを優しく励まし、より深い追及はニコポリディスに一任した。


 「クラリィ君と言ったね? 俺は警察の特殊部隊隊員、ニコポリディスだ。君が倉庫に到着した時、倉庫に人の姿はあったか? 倉庫に爆弾やドラッグはあったか?」


 「……いや、チラッと一見しただけだったけど、倉庫には誰もいかなった。爆弾やドラッグに関しては、元々表には出せないものだろうから分からないけど、少なくとも俺からは見えなかったし、もしあっても既に運び出されていると思う……」


 水道の下に埋めた地雷でチーム・バンドーの抹殺に失敗した事から、今度は倉庫に爆弾や地雷が仕掛けられている可能性も否定出来ない。

 ニコポリディスは倉庫の捜索を先送りにし、まずは辺り周辺の封鎖を優先させる。


 「しがらみだらけのベオグラード警察も、現行犯被害者である君の護衛だけは引き受けてくれたよ。安心してこれからの人生に備えるんだな。よし、皆行こう」


 警察組織のしがらみは、ニコポリディス本人が誰よりも痛感している。

 正義の価値観が一致する人間が集う特殊部隊で、彼はまさに水を得た魚となったのだ。



 7月6日・8:30


 その頃、エディとアシューレは、アシューレが取締役に収まった『アレクセイ・コンテナーズ』本社で作戦会議中。

 警察の指名手配から逃れる為、表舞台から身を隠したナンバー2、ガルシアも加わり、総力戦の準備は整いつつある。


 「エディ、昼までには、20人の兵隊が集まる事になっている。だが、武器が足りねえ。ヨーラムを怒らせたからなのか、武器とドラッグの補給を停止すると通達が来たんだ」


 ガルシアもエディやアシューレ同様、ヨーラムに全幅の信頼を寄せられずにいただけに、いつかはフェリックス社と袂を分かつ時が来ると確信していただろう。

 だが、兵隊が増えても武器が足りなければ力押しは出来ず、ドラッグ欲しさにテロリストに志願する荒くれ者達は管理し切れない。


 ヨーラムを怒らせるタイミングが悪過ぎたのだ。


 「俺達3人は、何があっても生き残らないとダメなんだ。この世の中、兵隊のなり手はいくらでもいる。ヨーラムが粛清部隊を送り込んでくる前にチーム・バンドーを始末して、明日にはこの街からトンズラさ。鉄道工事なんて放り出せ。俺達はもう、フェリックスに恩義なんてないんだからな!」


 鉄道工事現場のテロが中止となれば、フェリックス社の野望は崩れ、アシューレと『アレクセイ・コンテナーズ』との関係も白紙に。

 

 しかし一方で、フェリックス社を辞職してでもチーム・バンドー抹殺にこだわるアシューレの動向には、一介の賞金稼ぎに痛い目に遭わされたマフィア組織や大手企業から、早くも興味が寄せられている。

 その事実が、エディにも大きなモチベーションを与えていた。


 「俺達はやれる。チーム・バンドーさえ始末すればな。その為の手段は選ばない。俺達がテロを起こす場所は、何も鉄道工事現場と決まった訳じゃないんだ。ヨーラム達に、もう一泡吹かせてやる」


 「……水道局でもやるのか!? おもしれえ! 宗教と人間の輪による平和革命が、小さな爆弾ひとつで吹っ飛ぶぜ!」


 アシューレの更なる野心に、工事現場に潜入して鬱憤が溜まっていたガルシアも歓喜の声を上げる。


 「エディ、ガルシア、奴等はまず穏便にこの会社を捜査しに来るはずだ。ここは俺に任せて、水道局に潜入しろ。幸い、俺はまだフェリックス社から解雇されていない。俺のIDカードを使えば、信者も賞金稼ぎも簡単に騙せるだろう。小さな爆弾ひとつでいい、仕掛けるんだ!」


 意気上がるアシューレは、自身のフェリックス社員専用IDカードをエディに手渡し、チーム・バンドーと警察の捜査を予知して万全の準備に取り掛かる。


 「商談には使えない、顔写真なしバージョンだ。だが、もう使う事もないだろう。今日からお前達もドル・アシューレさ」

 

 アシューレは皮肉っぽい笑みを浮かべ、即席の地味なスーツ姿に扮装したエディとガルシアを送り出した。

 

 

 7月6日・9:20


 出勤混雑の時間帯を避けて、水道局の裏口に到着したエディとガルシア。

 職員は目前の仕事に集中し、監視に当たる賞金稼ぎと宗教団体の信者達はまだエンジンが掛かっていない、悪党にとってベストなタイミングである。

 

 「おい、お前達何者だ? 職員以外の関係者は正面から入るのが常識だろ? 今裏口に顔を出すと、俺達フェリックス関係者のチェックを受けて貰う事になるぞ」


 エディとガルシアを呼び止めたのは、よりにもよってカレリン。

 彼等はフェリックス社専属の賞金稼ぎとなってまだ日が浅い為、アシューレの風貌について予備知識がなかった。


 「おっと……新入りさんか。俺はフェリックス社の顧問弁護士、ドル・アシューレだ。こいつは秘書のガルティエ。この見た目のせいで、よくチンピラと誤解されるんだよな。昨日、水道局の役員に新たな不正が発覚したんだ。密告者と話をしてくるのさ、通してくれ」


 幼い頃からあらゆる修羅場を潜り抜けてきたエディは、全く動じる事のない演技力でアシューレに成り済ます。

 提示されたIDカードが本物である事も証明され、カレリンは彼等の言い分を信じてしまう。


 「……そうだったのか、すまない。若手エリート弁護士と聞いていたから、もっと堅苦しい風貌だと思っていたよ」


 カレリンの監視をいとも容易くすり抜けたエディとガルシアは、IDカードで開けた裏口から水道局に潜入し、周囲の目を盗みながら短時間で建物の構造を調べ上げた。

 

 効率と目的を考慮した結果、汚職役員の通り道であるトンネル型の通路近くに中型の爆弾を。

 そして離れにあるトイレには、誘爆用の小型爆弾を慣れた手つきで素早くセットする。


 「善良な職員まで皆殺しする気分じゃねえ。混雑時を避けて、タイマーは14:00にしてやるよ。死にたくなければ、上のフロアで真面目に仕事するんだな!」


 テロリストの本懐を成し遂げ、実に爽快な笑顔を見せるエディとガルシアは、何事もなかったかの様に髪型を整え、静かに裏口から脱出した。



  (続く)

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