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バンドー  作者: シサマ
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第60話 ロシアからの刺客……カムイ危機一髪

これまでのあらすじ


大災害後の統一世界に生きるニュージーランドの農業青年、レイジ・バンドーは、職業経験を積みながら幼馴染みの元軍人、シルバを探す為にヨーロッパへ。


そこで世界の治安を守る職業、「賞金稼ぎ」の剣士となったバンドーは、シルバを始めとする仲間達と出会い、「チーム・バンドー」として経験を積み、シルバの両親の仇討ちを終えた事を期に、地元のニュージーランドに帰省する。


ギリシャで活躍する賞金稼ぎの友人、チーム・カムイの要請でアテネにやって来たチーム・バンドーは、これまで自分達の行く手に立ちはだかって来た巨大企業、フェリックス社の真の目的を知る事となる。


統一世界とフェリックス社の謎を解き明かし、賞金稼ぎとしての自由とプライドを守る為、チーム・バンドーとチーム・カムイはオランダで新たな活動をスタートさせたのだ。


 オランダはアルクマールにある、古い民家を改装したチーム・カムイのアジト。

 

 治安の悪化とテロリストの存在を理由に、ギリシャを脱出したチーム・バンドーがこのアジトに合流した結果、パーティーは女神のフクちゃんを含めて11名の大所帯に。

 彼等はフェリックス社の横槍が入らない高難度、高報酬の仕事を請け負う事で、賞金稼ぎとしての自由とサバイバルの両立を図ろうとしていた。



 7月1日・13:00


 パーティー最後の仲間、ゲリエが合流し、いよいよ両チームは全員集結。

 昨夜一晩かけて読破した資料を元に、具体的なプランを練り上げなければならない。


 「……悪党を捕まえず、正体を突き止めて報告するだけで3200000CPだと!? お前ら、よくこんな仕事見つけてきたな!」


 チームに合流したばかりで、まだ仕事の詳細を理解していないゲリエは、2チームでの山分けに充分値する高額報酬に目を丸くする。


 「……ああ、しかも今回の仕事はオランダのアムステルダムから、ベルギーのブリュッセルまでをカバーしている。仕事の成否に関わらず、200000CPは前金の交通費として支給されたんだ。裏を返せば、半端な奴等が近付けない闇がありそうな仕事って訳だな。誰か説明してやってくれ」


 自身の粗野な説明では、資料を目にしていないゲリエに仕事の内容が伝わらない……。

 カムイはそう判断したのか、ともに仕事を引き受ける決断に参加したシルバに、それとなく視線を送っていた。


 「……分かりました。自分が説明します。バンドーさんやフクちゃんを除けば、皆ヨーロッパには馴染みが深いのでご存知だと思いますが、スイスのジュネーブ、そしてベルギーのブリュッセルには、ヨーロッパが主体となったEONP(アース・ワン・ネイション・プロジェクト)の中軸施設が置かれています。これは、災害以前の世界に於ける国連やヨーロッパ連合からの流れですね」


 このレベルの話なら、ヨーロッパにあまり馴染みのなかったバンドーも承知済み。

 ヨーロッパ組のメンバーは、特に反応も見せずシルバの話を受け流している。


 「一方で、永世中立地域として政府の拠点の一部が置かれているスイスでは、何故か銀行が悪党のマネーロンダリングの温床になっていたりします。そこには深い闇や裏事情があると言えるのですが、スイス、そしてベルギーの隣接地域のオランダには、例えば薬物事情に関しても他の地域とは少し異なるものがあるんです」


 「……おい、結局ドラッグ密輸組織の売人摘発が仕事か? そんな仕事は警察の範疇だろうに……ベルギーの会議とやらに集まるお偉方の護衛は、そんなに忙しいのかよ」


 薬物事情と聞いて、ひとり早合点するゲリエ。

 シルバは軽く手を挙げて彼を制止すると、すかさず言葉を続けた。


 「スイスでは、売買の形跡や可能性が疑われなければ、単純な薬物所持での罰則はありません。そして、オランダではマリファナ合法化の下、認可された場所であれば観光客も体験する事が出来ます。つまり、スイスやオランダでは、主にマリファナを集めるだけなら比較的容易なんですよ」


 シルバの順を追った説明を面倒臭そうに流すゲリエは、かつてフランスでプロラグビー選手として活躍していた事もあり、薬物の知識と教育は身についていた。

 彼にとっての疑問は薬物の流通云々ではなく、権力者の集うこの瞬間に、警察や軍の威信を懸けた捜査は出来ないのかという疑問なのである。

 

 「……コカインやヘロインが取り引きされるヨーロッパで、マリファナは大したビジネスにはなりません。スイスやオランダを拠点として、ドラッグ所持や売買に最も厳しいとされる東南アジアにマリファナを運んでいる人間がいるんです。しかもそれは、マフィアや汚職警官ではなく、ヨーロッパで雇われた賞金稼ぎだという噂です」


 「……何だと!?」

 

 少しずつ仕事の核心に迫るシルバに、ゲリエも思わず前のめりで話に喰らいついてきた。


 「……実は今回の賞金は、そのトラブルに巻き込まれた賞金稼ぎの家族や友人がかなりの額を提供してくれています。彼等の話によると、賞金稼ぎ達は政府関係者を名乗る人間から、東南アジアへの薬物密売を阻止する仕事に誘われたはずでした。しかし、彼等はその後消息不明となり、やがて遺体で発見され、生きている者も薬物密輸の容疑で東南アジアの終身刑にされたと言うんです」


 「……話をまとめると、つまり何か!? 会議に参加する程の有力政府筋がその裏で、賞金稼ぎを捨て駒にしながら近場のビジネスを指示している可能性があるって事か!?」


 暫しの沈黙の後、(せき)をきった様に早口でまくしたてるゲリエ。

 

 「……そこに確証は持てませんが、自分が正式な軍の除隊許可を貰う為に参加したジュネーブのヨーロッパ会議に前後して、やはりスイスとオランダ、そして東南アジアの空港に到着する乗客と貨物が増えていたそうです」


 ゲリエの疑問に今、正確に答えられる者はいない。

 だが、シルバからの報告と照らし合わせた結果、賞金稼ぎの正義感を踏みにじる非情な仕打ちが仮に真実であるならば、これまでにない巨大な陰謀がちらつく危険な仕事だと言えるだろう。


 「……政府関係者の仕業だという確信があれば、真っ先にフェリックス社が権力の腐敗をアピールして、傭兵集めに使ってもおかしくないネタだよね……」


 「……だろうな。だがバンドー、逆にこの事件がフェリックス社の裏稼業によるものだったとしたら、俺達に仕事を取られた時点で、慌てて俺達を牽制する為の刺客くらいは来ていると思わないか?」


 バンドー、ハインツ両者の意見ともに説得力はあるものの、実際の所、フェリックス社からの動きはまだない。

 政府筋とフェリックス社、どちらの息もかかっていないチーム・バンドーとチーム・カムイが仕事を引き受けた事で、結果として状況は予測不能になっていた。


 「……現在の政府は風見鶏的な中道路線ですが、軍の実権は強硬なタカ派であるジルコフ大佐が握っています。彼の野望を実現する為の選挙費用などを考えると、自分は今回の仕事に、軍や警察を含めた政府関係者が絡んでいる可能性は高いと認識しています……」


 苦々しい表情を浮かべ、言葉を振り絞るシルバ。

 

 彼の義父であるロドリゲスは、ヨーロッパ人以外にも軍幹部への道を切り開き、差別の解消に尽力した穏健ハト派の参謀。

 だが、そのスタンスがジルコフを始めとする強硬タカ派の怒りを買い、ロドリゲスは忠実な部下とともに軍を追放されたのだ。


 「……軍の裏情報、フェリックス社の動き、テロリスト出現の可能性……軍隊時代の仲間からの協力は得られるはずです。自分達はこの仕事を引き受ける事にしましたが、この仕事は成功が義務ではありません。自分達以外に引き受け手がいなかったので、命の危険を感じた時はいつでも解約出来ます。安心して下さい」


 シルバの言葉には、パーティー全員に対する配慮が込められていた。

 だが、彼の目は既に仕事の成功を見据え、悲壮なまでの決意に満ちている。


 「……シルバ君にとってこの仕事は、犠牲になった賞金稼ぎの為だけでなく、お義父さんの無念を晴らす意味もあるんですね……。最後まで、とは言い切れませんが、私達も賞金稼ぎとしてのプライドと権利を守る戦いに参加します」


 パーティーが身の危険を懸念していた女性陣、とりわけリン。

 彼女がシルバの心情をいち早く読み取って参戦を決意した為、この仕事は満場一致で採択された。


 「……ところで、ブリュッセルに兄とクレアさんの知り合いが来ているらしいんです。シルバさんも軍の関係者に近い配置の方が有利ですし、チーム・バンドーをブリュッセル担当、チーム・カムイをアムステルダム担当にしてはいかがでしょうか?」


 少なくとも、チーム・カムイからはマスコット的な存在として見られているフクちゃんが、自らの立場を利用して率直な進言。

 その背後ではバンドーとクレアが、彼女の行動を太字スマイルと大きなジェスチャーで讃えている。


 「ああ、俺もそう考えていた。ヤバくなったら撤退も考えないといけねえ仕事だから、単純な力よりも価値観が一致するチームワークの方が重要だ。とは言え、まだ幼いお嬢ちゃんを戦わせる訳には行かねえな。兄貴が頼りなくても、その辺はちゃんと(わきま)えてくれよ?」


 「おいこら! 本人の至近距離で言うなや!」

 

 チーム・カムイの中でフクちゃんの正体を知っているのは、バンドーの突っ込みを笑顔で聞いているミューゼルだけ。

 しかしながら、カムイは以前からフクちゃんの資質を見抜いているのか、彼女の頭脳や度胸を高く評価している様だ。


 「ブリュッセルの知り合いってのは、アニマルポリスなのよ。だからフクちゃんには、魔法で動物保護の手伝いをして貰えばいいわね」


 「何それ!? 魔法と動物って、めっちゃ夢のある話じゃない!?」


 クレアからの説明を耳にした瞬間、いきなり目を輝かせるレディー。

 女性として育てられた彼(?)の中にあるファンタジックな乙女心が、動物というキーワードによって目を覚ましてしまったらしい。


 「……ハイハイ、童心に戻れるって素敵な事だな! だがレディー、俺達の職場はアムステルダムだぜ!」


 半ば呆れ顔のハッサンは、レディーの肩を揉みながら強引にその場から引き剥がし、続々と立ち上がるチームメイトの元へと押し返す。


 「それじゃあ決まりだな。俺達はまずアムステルダムで協力者に会ってくる。東南アジアで死んじまった、賞金稼ぎの弟だ」


 仕事モードに切り替わり、カムイはその目に緊張感を漂わせ始めた。

 

 こうして5人が並ぶと、細身のミューゼルと小柄なレディー以外は屈強な男達そのもの。

 改めてこのチームと共闘関係を結べた事は、チーム・バンドーにとって実に頼もしい。


 「……奴は昔、酒やドラッグ欲しさにマフィアの情報屋をやっていた。兄貴が死んで初めて目が覚めるなんて、バカな奴だよ。だが、怪しい奴等の手がかりは掴めるかも知れない。お前らも目的地に到着した時と、有力な情報が手に入った時は必ず連絡しろよ」


 「おう! 特に心配はしていないけど、カムイ達も無理はするなよ。政府や軍の関係者が絡んでいたら、剣や魔法でも勝てない武器があるかも知れないし」


 もうすっかり見慣れたものの、一般人であれば誰もが腰の引ける豪傑カムイに対して、忠告をためらわないバンドー。

 名ばかりリーダーだった頃に比べて、随分と肝が据わった現在の彼に、カムイも思わず目を細めていた。



 7月1日・14:00


 チーム・バンドーは、アルクマールからロッテルダム、そして災害後に新たに整備された『ベネルクス新幹線』に乗り換えて、ベルギーはブリュッセルを目指す。

 

 オランダとベルギーはお隣同士とは言え、テロリストの追跡を警戒して飛行機を使わない「鉄道の旅」には、思いの(ほか)時間がかかる。

 彼等がブリュッセルに到着するのは恐らく夕食時であり、バンドーとクレアは早速、アニマルポリスのメグミとターニャに夕食のオファーを出していた。



 

 「……でもカムイ、組合に仕事が貼り出されているんだから、協力者達の顔と名前も割れちゃってるかも知れないわよ? 特にその賞金稼ぎの弟さんって、昔はワルだったんでしょ? 消されちゃってたらどうするの?」


 一方、チーム・カムイはアムステルダム駅に到着したものの、詳しい行き先はカムイとハッサンしか知らない。

 レディーが抱くセキュリティー面の不安は、当然ゲリエやミューゼルも抱いている。


 「協力者の名前はブライアン・ドンク。奴はここ数日裏通りの安モーテルに隠れていて、事情を知った組合はそこの宿主に協力金を渡して情報をシャットアウトしているんだ。そこからドンクを割り出せる様な組織なら、かなりの強敵だ。むしろ奴を泳がせて、俺達やバンドー達を観察するだろうよ」


 レディーの疑問に答えたのはハッサン。

 ヨーロッパと東南アジアを股にかける悪事が可能なレベルの組織が、末端の情報屋を血眼になって探す事はないという認識だ。


 「……よし、ここだ」


 裏通りに入ったカムイが見上げる先には、古びた一軒のモーテル。

 元来治安の悪い通りなのだろう、格闘家の卵達がストリートファイトに興じている以外、一般人の姿はほぼ見られない。


 「……何だお前ら、他流試合したいのか……あっ!?」


 両腕に刺青を施した強面の格闘家達も、来訪者がオランダでも名の知れたチーム・カムイである事に気付いたのか、そそくさと彼等の通り道を空けた。


 「あらあら、あたし達も立派なワル扱いなのね」


 何処か満足げな笑みを浮かべるレディーを尻目に、無言で格闘家に歩み寄るカムイとハッサン。


 「……お前ら、この辺りで怪しい奴を見たか? 言っておくが、俺達は除けよ」


 意外とお茶目なカムイのユーモアセンスは、ミューゼルとゲリエにも微笑みをもたらす。

 格闘家達は互いに顔を見合わせながら頷き、リーダー格と思われるドレッドヘアーの黒人が事情の説明を始めた。


 「俺達は、ついさっきここに来たばかりなんだ。だが、遠目に黒服の一団を見たぜ。ゴツいジープを乗り回していたが、ひとりだけあんたくらいデカい奴がいて、剣みたいなものがはみ出していたよ」


 「……何だと!? おいカムイ、まずいぜ!」


 血相を変えたハッサンが振り向く暇もなく、フロントへと駆け出していたカムイ。

 パーティーは彼の後を追い、宿主を大声で呼びつける。


 「……おかしいな、反応がないぞ」


 彼等の目線の高さに人影はない。

 しかしながら、奥の控え室から何やら大音量のラジオは聞こえていた。


 「まさか……ハッサン、魔法で後方支援しろ!」


 その巨体を揺さぶってフロントのカウンターを飛び越えたカムイは、剣を抜いて控え室に突入する。


 「どおりゃあぁ……あががっ!?」


 ドアに体当たりしたものの、どうやら鍵はかかっていないらしく、勢い余ったカムイは床を転がり回る。


 「カムイ!?」


 レディー、ミューゼル、ゲリエもチームリーダーに続いて控え室に突入。

 そこには、宿主らしき男が目隠しをされ、後ろ手に縛られていた。


 「んん〜!!」

 

 助けを求めているのか、それとも新たな来客に怯えているのか、目隠しと猿轡(さるぐつわ)をされた宿主の心情は定かではない。

 

 ただ、彼には首を絞められた様な形跡があり、後頭部からも若干の出血が見られている。

 不安からの解放が第一と判断したレディーは彼の目隠しと猿轡、そして手首のロープを素早く排除した。


 「……ああ! あんたら賞金稼ぎだな!? 助かったよ……」


 ようやくまともに喋る事が出来た解放感からか、宿主はそのまま仰向けに倒れ込む。

 

 「……何があったの!? ドンクは無事なの!?」


 宿主に事の経緯を問いかけるレディー。

 

 だが、この状況では多くの情報は期待出来ない。

 宿主が生きているだけでも幸運というものだ。


 「……わ、分からねえよ。いきなり黒い服の奴等が押しかけてきて、後頭部を殴られたんだ! その後は後ろから首を絞められて、合鍵を奪われる頃には落ちちまったんだよ……」


 「奴等何人だ!? どんな顔だ!?」


 まだ頭の中が整理出来ていない宿主に、カムイの圧力は少々強すぎる。

 そう判断したミューゼルは冷静にラジオを消し、宿主とカムイの間に割り込んで質問を絞り込む。


 「黒い服の奴等は、貴方にドンクの居場所を教えろと言いましたか?」


 「……い、言わねえよ。勝手にラジオの音だけ上げて、いきなり俺を殴ってきたんだ! 奴等は多分4人で、マスクとサングラスをしていたし、顔は分からねえ! 見捨てた訳じゃねえよ、信じてくれ!」


 宿主は、自身が恐怖の余りドンクを差し出した訳ではない事を強調したいらしい。

 

 しかしながら、これがかつてドンクと頻繁に行動をともにしていたマフィアの犯行であるならば、宿主も容赦なく消されていたはず。

 正体がバレなければ無用な殺生をしない時点で、皮肉にも軍隊や政府関係者の犯行である疑問の信憑性(しんぴょうせい)が増していた。


 「……こうなると、ドンクが無事とは思えないが……行くぞ! レディー、救急車と警察を呼んでくれ!」


 「オッケー!」


 モーテルのフロントから救急車を呼ぶレディーと宿主を残し、チーム・カムイの4人は一目散に階段を駆け上がる。

 

 「……誰か来たぞ! おい、俺はさっきの奴等と関係ないからな!」


 「……助けてくれ……助けてくれよ!」

 

 ドンクの部屋で、口に出せない程の惨劇が展開されたのであろうか。

 モーテル2階の客はすっかり震え上がっており、自分の部屋に閉じこもったまま、カムイ達の姿を確認しようとする者すらいなかった。


 「……くっ、やっぱり合鍵をかけて出やがったか! おいドンク! いるのか!」


 半ば無駄だと理解してはいるものの、ハッサンは最終確認を兼ねてドンクの名を叫び、ドアを激しくノックする。


 「……セコいドアだな、俺に任せろ」


 古びた安モーテルは、ドアも鍵もチープな作り。

 元プロラグビー選手のゲリエは周囲を制止し、ひとり助走を取って強烈なタックルをドアにお見舞いした。


 「どぅりゃあぁ!」


 ゲリエのパワーに、ドアと鍵は面白い様に崩壊し、チーム・カムイはドンクの部屋へ一斉になだれ込む。

 

 だが、そこで見た光景は、彼等の想像を遥かに超越したものだった。



 「……こ、こいつは……!?」


 パーティーが危惧していた通り、協力者ブライアン・ドンクは既に死亡していた。

 背中を大型の刃物で割られたらしく、大量の出血が死因と推測されるが、驚いた事に部屋には殆ど血痕がない。


 「……消毒された臭いだ……。これだけの出血を消毒するには、車に載せなきゃ運べないくらいのプロの道具が必要になるが……」


 床は水と消毒液に浸されてはいたものの、血液はシャワーの排水口から流されており、髪の毛や指紋など、加害者側の証拠となりそうなものは綺麗さっぱり消え失せている。

 部屋の傍らに横たわるドンクも、とても背中を割られて惨殺された様には見えない、穏やかな死に顔だ。

 

 「……ゴツいジープに乗っていた、黒服の一団か……」

 

 ドンクの亡骸を見下ろしながら、ハッサンはドレッドヘアーの格闘家の話を回想。

 敬虔なイスラム教徒のゲリエはこの惨状に目を閉じ、ドンクの魂を救済すべく神に祈りを捧げる。

 

 「……ん!? 待って下さい! ドンクさんの手に何か挟まっています!」


 ミューゼルが発見したものは、ドンクが腹の下に隠し、自身の血液から守ったと思われる1冊の雑誌。

 水と消毒液、そして僅かな血液に濡れて印刷は落ちていたが、どうにか読解は可能なレベルだ。


 「雑誌を握ったまま死ぬなんて、伝えたい事があったんでしょうか……? 見てみます」


 ドンクの死語硬直が始まる前に、手袋をはめた上で慎重にその雑誌を抜き取ったミューゼルは、指が挟まっていたページ全体を見渡す。


 「……どうやら、賞金稼ぎ向けの求人雑誌みたいですね。『剣士ランキングは、果たして妥当か!? 〜実態の掴めないトップ3の謎〜』という記事があります……」


 「おいミューゼル、そんな記事に何か意味があるのか?」


 怪訝(けげん)な表情を浮かべるハッサンの本職は魔導士。

 彼にとって剣士ランキングは、仲間の順位以外は興味の対象外だ。

 

 だが、大型の刃物で人間の背中を割るなどという行動は、マフィアの銃撃やチンピラのストリートファイトとは明らかに異なる発想であり、それなりに熟練した剣士の仕業と考えてもおかしくはないだろう。


 「……剣士ランキングとは元来、武闘大会などの結果だけではなく、賞金稼ぎとしての実績や剣術師範など、地域貢献を加味した上で総合的に決まるべきもの。しかし現在の剣士ランキング上位は、武闘大会の最高峰である、年に1回のモスクワ大会での結果に偏重している……」


 記事を読み上げながら、ミューゼルはこの話題がフェリックス社の第2御曹司、メナハムからも語られていた事を思い出していた。


 「……現在の剣士ランキングトップ3は、全てロシア出身の剣士で占められている。しかし、彼等の活動は謎に包まれており、政府や軍、警察の指令で暗躍しているという噂もある。近年、ヨーロッパのマリファナが東南アジアに密売される事例が増えているが……」


 「……おい待て! ロシアの剣士がこのヤマに関わっているのか!?」


 鼻息荒くミューゼルに詰め寄るカムイ。

 だが、彼にはミューゼル程の視力はなく、横からの覗き見では印刷の落ちた誌面を読みこなせない。


 「……東南アジアで遺体が発見されたエドワード・ドンクを始め、この地のドラッグビジネスに関与する人間の多くが、賞金稼ぎとしての実績がある剣士という現実は無視出来ない。彼等は賞金稼ぎとして評価されながら、わざわざ危険なドラッグビジネスに手を染める理由があるのだろうか? 賞金稼ぎとして、ドラッグビジネス撲滅の為に雇われた可能性はないのであろうか……?」


 重苦しい沈黙に満たされるモーテル。

 窓の外には、レディー達の通報を受けた救急車とパトカーが駆けつけていた。


 「……エドワードさんはお兄さん……。つまり、ドンクさんが僕達に伝えたかった事は、この記事に近い内容だったんですね……。あっ!? 裏のページにも何かあります!」


 消毒液で溶けて滲んだマジックインキを確認する様に、ミューゼルは慎重な手つきでページを裏返す。

 そこには、ロシア出身のトップ3剣士のプロフィールらしきものが記載されている。


 「……マジックインキで赤丸が記されていたみたいです……第3位、セルゲイ・ボロニン……身長201㎝……」


 「そいつか!? 格闘家の男が見た、俺と同じくらいデカい剣士と言っていた奴は!」


 カムイの頭の中で、全ての謎が繋がった。


 ドンクはロシア3剣士のプロフィールの中で、ボロニンにだけ赤丸を付けている。

 これはつまり、ドンクの兄エドワードに接触してきた政府関係者というのは、何者かに指令を受けたロシアの剣士であり、ドンクはエドワードの情報からボロニンを特定。

 

 そして、東南アジアのドラッグビジネスの現実が賞金稼ぎ組合に晒され、自身が仲介役としてマークされる事を恐れたボロニンは、国家レベルの情報網を駆使してドンクを始末した……。


 「ミューゼル、警察への説明はお前に任せる! お前とレディーはここに残れ! ハッサン、ゲリエ、まだ追い付けるかも知れない! ボロニンを追うぞ!」


 後ろを振り向く事さえせずに、大声でチームメイトに指示を出すカムイ。

 しかしながら、ハッサンとゲリエはまだカムイの真意を理解出来ていない。


 「おいカムイ、追うって何処にだよ!? 今の俺達は車をアテネに置いて来ているんだぜ!」


 「バカ野郎! 奴等がロシアから来たなら、ひと仕事終えて飛行機でトンズラしかねえだろうが! 空港だよ! タクシーで十分だ!」


 カムイはハッサンを一喝し、ゲリエを加えた3名でモーテルを飛び出して行く。

 出来過ぎた偶然なのか、パトカーと救急車の群れを前にして立ち往生しているタクシーが1台、モーテルの側にいた。


 「こいつはいい、アムステルダム空港まで頼む! 急いでくれたらチップは弾むぜ!」


 オランダ仕様のタクシーとは言え、屈強な大男3人が乗り込む車内は暑苦しく、何処か滑稽(こっけい)

 運転手は彼等の圧力に押され、無言で方向転換から空港へ進路を切る。


 「……ボロニンを野放しにすれば、他の協力者や俺達も狙われるだろう。黒幕を聞き出す為には、少々手荒く扱ってもやむを得ないな……」


 ボロニン達のプロフェッショナルな仕事ぶりを見せられた今、彼等の指名手配だけでこの仕事を終わらせる訳には行かない。

 得体の知れない強敵との戦いを前に、カムイは眉間に深いしわを寄せてうつむいていた。




 ウィーン……


 「……!? レディーさんから電話だ!」


 ロッテルダムに到着し、ブリュッセル行きの新幹線に乗り替え直前のタイミングで、バンドーの携帯電話に届くバイブレーション。

 

 チーム・バンドーが移動中であるにも関わらず、メールではなく通話を求めているレディー。

 このシチュエーションが、一同の背中にざわつく緊張を走らせる。


 「レディーさん!? バンドーです!」


 乗車時間にはまだ余裕がある。

 右手と右耳を携帯電話に費やしていたバンドーは、左腕を拡げてパーティーを制止した後、ホームの喧騒から通話を成立させる為に、その手で左耳をふさいだ。

 

 「バンちゃん、いきなり動いたわよ! あたし達の協力者はタッチの差で消されていたの! でも、彼がダイイング・メッセージを残してくれていたわ! どうやら実行犯は、政府か軍か、それとも警察か……とにかく体制側に雇われたらしいロシア人剣士ね!」


 「……ロシア人剣士!?」


 レディーに確認を求めるバンドーの声は、ランキングの歪みをメナハムから聞かされていた、ハインツのモチベーションをも刺激する。


 「今、アムステルダム空港に警官を配置して貰って、カムイもそいつを追っているの! ハッサンとゲリエも一緒だから、負けないとは思うけど……お偉方の助けを求めに、そいつがブリュッセルに逃げるかも知れないから、バンちゃん達も気をつけてね! 剣士ランキング3位の大物みたいよ!」


 「分かった! ブリュッセルに着いたらまた連絡するよ!」


 レディーからの電話を切ったバンドーは、まずはパーティーを新幹線に乗せる事を優先し、情報を待ちきれない様子のハインツにだけ、彼の耳元でその内容を明かした。


 「……ランキング3位のロシア人剣士が、協力者を殺して逃げたみたいだ。メナハムの言っていたランキングトップ3の特別扱いが本当なら、やっぱり政府関係者がこの問題に絡んでいるよ。カムイ達の追跡次第では、ブリュッセルの会議に逃げ込んで来るかも知れない」


 「……ランキング3位……確か、ゴロビンとか言うデカい剣士だったな……。おもしれえ、相手にとって不足はねえぜ!」


 微妙に名前を間違えてはいるが、流石は剣の虫ハインツ。

 上位ランカーを恐れるどころか、その瞳を輝かせ、既に勝つ気満々である。



 7月1日・15:00


 「……おいお前、道を間違えているんじゃないか? 俺達が目指すのは空港ビル本体だ。滑走路じゃない」


 カムイ、ハッサン、ゲリエを乗せたタクシーは、空港ビルを目前にして滑走路方向へ進路を変更。

 そのまま緩衝用の空き地へとスピードを上げていた。


 「……いいえ、間違ってはいませんよ。貴方達の最期を飾る土地への旅ですからね……!」


 これまでカムイ達の圧力に押されている様に見えたタクシーの運転手が、初めて自らの意思で不敵な笑みを浮かべている。

 その様子を見たハッサンが顔色を変えた瞬間、彼等のタクシーの真横に、軍用レベルの改造を施した大型のジープが並走に割り込む。


 「……お前、ボロニンの手先か!?」


 怒りも露に、運転手の胸ぐらを掴むカムイ。

 しかし、運転手はカムイから恫喝されても表情ひとつ変える事なく、冷静にタクシーを道路の端に停車させた。


 「……どの世界にも、敵に回してはいけない人間がいる……あの世で後悔するがいい!」


 運転手は捨て台詞を残して現場から立ち去り、タクシーに残されたカムイ達を出迎える様に、黒服の一団はゆっくりとジープから降りて横一線に並ぶ。


 「……この中のリーダーはセルゲイ・ボロニン。何者かが主導するマリファナ密売の仲介役として、賞金稼ぎを騙して東南アジアに派遣している……それで間違いはないか?」


 黒服の一団は4人、チーム・カムイは3人。

 

 人数的にはやや不利だが、そこは幼い頃から父親とも戦っていた筋金入りのファイター、カムイ。

 真っ先にタクシーから身を乗り出し、ランキングでは格上の相手にも全く物怖じはしていない。


 「……ああ、ちゃんと調べている様だな。もっとも、そこまで知ったからには生きて返さんぞ」


 カムイすら上回る巨体に、黒装束と黒マスク、とどめに黒いサングラスをかけた男。

 彼がボロニンで間違いないだろう。

 

 だが、彼の短めの金髪と、良く通る高めの声質には意外な程の清潔感があり、実力派剣士としてのオーラこそ醸しても、悪事に慣れてしまったやさぐれ者という印象はない。

 どちらかと言えば、野太い声とちょんまげポニーテール姿のカムイの方が、怪しい悪役キャラである。

 

 「……俺達の調べでは、お前らは政府や軍隊、或いは警察のお偉方の裏ビジネスで動く傭兵と言った印象だ。でもよ、それだけの後ろ楯があるなら、末端の情報屋まで殺す必要はないはずだろ?」


 余計な小細工を好まず、単刀直入に相手に斬り込むカムイ。

 ボロニンと、彼の隣にいる小柄な黒頭巾の人間の様子に変化はなかったが、その他の2人はカムイの言葉と同時に笑い転げ、格好を崩していた。


 「……フッ、その熱さ、昔の俺を見ているみたいだよ。お前は確かバシリス・カムイ……ランキングは8位だったな。だからお前はその順位止まりなのさ」


 サングラスの奥に隠された瞳が僅かに微笑む時、ボロニンの右手は既に剣を包み込んでいる。


 「何だと!?」


 思わず相手に詰め寄り、ボロニンの言葉に激昂したふりをしながら、カムイは時折後方のハッサンを振り返る。

 チームリーダーとして、仲間の魔力を充填する為の時間を稼いでいたのだ。


 「……綺麗事が通用する世界に生きている間は、まだてっぺんが見えてねえって事だぜ! カムイさんよぉ!」


 ボロニンの隣に位置する長髪の男は、けたたましい笑い声から威勢の良い叫びに声色を変化させ、即座に剣を抜いてカムイに斬りかかる。


 「いいぞカムイ、どけ!」


 ひっそりとタクシーを脱け出し、カムイの背後に隠れていたゲリエは得意のタックルを長髪男にお見舞いし、相手を転倒させて間合いを遠ざけた。


 「みんな散れ! コノプリャンカは後方支援、セマクは黒人、サメドフはアラブ野郎をやるんだ!」


 「よっしゃあ! 準備万端だぜ!」


 ボロニンの宣戦布告と同時に魔力を充填したハッサンは、ゲリエの頭を叩いて彼の機転に称賛を送り、そのゲリエは倒れた長髪男を敢えて深追いする事はせず、慎重に剣を構えて一騎討ちに備える。


 「貴様、魔導士らしいな。だが、そんなものを使わせる前にぶっ殺してやる!」


 スキンヘッド姿のサメドフは格闘家らしく、剣を持たない変わりに両手にナイフを握りしめ、ハッサンに魔法を使わせない様に相手の間合いに素早く飛び込んだ。


 「……ああ、そうかい!?」


 サメドフの挑発を聞き流したハッサンは魔法を使う素振りも見せず、ナイフを振りかぶってガードがなくなった相手の左脛(ひだりすね)に、強烈な前蹴りを打ち込む。


 「がっ……!?」


 ハッサンが格闘家としても優れている事を知らないサメドフは出鼻を挫かれ、思わぬ激痛に地面に転げ落ちた。


 「ちょろいぜ……まずは一丁上がりだな!」


 地面に這いつくばるサメドフからナイフを奪おうと、彼の両手めがけてキックを振り上げた瞬間、突如として局地的な地面の震動がハッサンを襲う。


 「うおっ……! 何だこの揺れは!?」


 震度5といったレベルだろうか。

 どうにか立つ事は出来る揺れだが、キックの体勢を保てる状況ではない。


 「どういう事だ!? 俺達は何でもないぞ!」


 ボロニンと睨み合いを続けながら、ハッサンの身を案ずるカムイ。

 その彼をあざ笑うかの様に、ゲリエに倒されていた長髪男、セマクが奇声を上げて立ち上がった。


 「ケケケッ……俺達の秘密兵器、ライザの地殻魔法だよ!」


 堪らず地面に膝をついたハッサンの視界に入ったもの、それはボロニンの後方に控える小柄な人間の左足から伸びる、蒼白い光。

 その光は地中深くへと浸透し、ハッサンの足下を不気味に照らしていたのである。


 「……地殻魔法だと……!? そんなオカルトじみた魔法、ヨーロッパで使える奴がいたのかよ……」


 

 地殻魔法とは、風魔法で砂塵を巻き上げる様な効力とは一線を画する、大地の奥深くにコンタクトする魔法。


 しかしながら大地というものは、風や水の様に柔軟に形を変える事は出来ない。

 従って、地殻魔法は高い魔力を持つ事に加えて、魔法の放出口が大地に密着する足裏にある事、これが戦術的に極めて重要だ。


 とは言うものの、自身の足裏に魔法が宿る事を知る機会があるのは、スポーツの大舞台や生命の危機で偶然の発動を見た、ごく僅かな人間だけ。

 それ故に、地殻魔法は知識として存在はしていても、現実では半ばオカルトとして語られる「幻の魔法」だったのである。



 「……私の魔法は、地殻魔法を使う時以外は大地によって制限させられている。だが、かつては私もロシアの政策に支えられていたスポーツエリートだった。両腕は非力でも、足だけで十分に戦える」


 これまで沈黙を続けていた、ボロニンの相方を務める魔導士、ライザ・コノプリャンカ。

 

 黒のマスクに黒いサングラス、加えて黒頭巾を被っていた為、その外見から性別の判断は出来なかった。

 しかし、他のメンバーよりかなり小柄で、その高い声を聞けば、この人物が女性である事にもはや疑いはなかった。


 「どうりゃあぁ!」


 カムイとボロニンの直接対決は、ともに2メートル近い巨体を持つ者同士らしく、小細工のないぶつかり合いとなる。


 一方、普段からバンドーとウマの合うゲリエは、いざという時はパワーで押し切れるが故に、若干剣の腕が落ちる印象は否めない。

 その為、彼はまず体格を活かした防御戦術を用いながら、セマクのスピーディーな剣術を見定めようとしていた。


 「……へっ、つまり足を使わせなきゃいいんだろ? そらよ!」


 ハッサンは嬉々として首のネックレスを外し、自身の魔力を解放。

 挨拶代わりの風魔法は、そのまま蒼白い光の矢となってライザを急襲する。


 「このパワー……私が女だからと手加減しているのか? 後悔するぞ……」


 素人目には凄まじいスピードの風魔法を、首の動きだけで難なくかわすライザ。

 強風は彼女のマスクとサングラス、そして黒頭巾を削ぎ落とし、その素顔がチーム・カムイに晒された。


 「……何だと……!? こいつまだ、子どもじゃねえか……!」


 流れる長い銀髪と、透き通る様な白い肌、そして熱く真摯な眼差し。

 まるで妖精の様な神秘的な美しさを湛えているライザだが、その風貌はどうみても10代のもの。

 

 東アジアの中高生に見えるフクちゃん程幼いイメージはないものの、ロシアの女性が実年齢より大人びて見える事を考慮すれば、ライザは間違いなく未成年だろう。


 「ここまで騒がれてしまえば、もう飛行機は使えない……障害は力ずくでなぎ倒す!」


 その瞳から明確な意思を発したライザは、地殻魔法の反動を利用して空高く舞い上がり、未だ動揺を隠せずにいたハッサンの顔面に強烈なキックを叩き込んだ。


 「そんな……ぐはあぁっ……!」


 驚きの余りガードが遅れたハッサンは、ライザの空中キックをテンプルに受け、そのまま地面にダウンする。

 いくら小柄な少女のキックとは言え、これだけの高さと反動を利用した攻撃から回復する事は難しい。


 「……ハッサン!」


 ボロニンと力比べをしていたカムイが後ろを振り返った、その瞬間を相手は見逃さない。


 「……お前の弱点は右足の義足だと聞いている。カムイ、これは武闘大会ではない。卑怯者のそしりを受けても、勝利への最短距離を貫かない限り、頂点の壁は崩せない!」


 「ぐわっ……!」


 ボロニンはカムイの左足をその巨大な剣で払い、義足の右足に相手の全体重を乗せた上で、頭上へと剣を振りかざす。


 「片足のお前に、俺の剣は止められまい!」


 ガキイィィン……


 並外れたパワーから生み出される、耳をつんざく激突音。

 右足に負担をかけ過ぎたカムイの義足は、足を固定していたベルトが切れ、足首の骨折の様な形でカムイの巨体を地面に放り投げてしまった。


 「……カムイ! ハッサン!」


 ゲリエは未だ無傷だが、目の前のセマクを相手にするだけでやっとの状態。

 カムイとハッサンには、それぞれボロニンとサメドフがとどめとばかりに接近している。


 「……折角のトップ10ランカーだ。もう少し戦った方がトレーニングになるとは思うが、8位の剣士ごと消してしまった方が、成功に飢えた後進の希望になるだろう。悪く思うな」


 「ハッサン! 起きろ、起きてくれ!」


 ゲリエの悲痛な叫びは、まだハッサンには届かない。

 そのハッサンに忍び寄るサメドフ、カムイにとどめの一撃を準備するボロニン、そして、表情ひとつ変えず状況を見下ろすライザ。


 「ちっ……こんな所で……!」


 窮地に追い込まれても、カムイの目はまだ死んではいない。

 チーム・カムイは、3人だけではないのだから……。


 

 「カムイ! 大丈夫!? えいっ……!」


 曲がり角から突然、空き地に乱入する1台の警察車両。

 間一髪、レディーとミューゼルの援軍が間に合い、車から2本のナイフが勢い良く放たれた。


 「何っ……!? ぬおおぉっ!」


 2本のナイフは、それぞれボロニンの左鎖骨周辺とサメドフの右肩に突き刺さり、予期せぬ痛みに両者は地面に膝をついて悶絶する。


 「……良かった、間に合ったのね!」


 「カムイさん、下がって義足をつけて下さい!」


 レディーはサメドフ、ミューゼルはボロニンの前に立ち塞がり、バトルは継続。

 だが、敵にライザがいる以上、魔導士ハッサンの回復なしにチーム・カムイの勝利は難しい。


 「こしゃくな真似を……小僧、そんな身体で俺と戦うとは、そんなに死にたいのか?」


 流れる血と傷口を押さえながら、自身と比べて随分と華奢な体格のミューゼルを見下すボロニン。

 しかし、ミューゼルの目には確かな自信の様なものがみなぎっていた。


 「……死は、貴方にも平等に訪れます。自信が100%を超えた時、それがミスを呼ぶ過信の状態です」


 ボロニンの言葉に返答する最中、ミューゼルは既に利き腕ではない左腕で練習用の予備の剣を抜こうとしている。


 「……そんな細い剣で何が出来る!」


 見るからに整備されていない、液状の錆が目立つ剣。

 更にミューゼルはボロニンとの間合いを詰め、恐れを知らずに相手を倒す意思を見せつけていた。


 何故今、このタイミングでミューゼルが古びた剣を出してくるのか、全く見当がつなかいボロニンは、躊躇しながらもこの剣を叩き折る。


 「な……? がはっ……!」


 ボロニンが実力の半分すら出さずに叩き折ったミューゼルの剣は、実は腕力アップ専用に剣先の殺傷力だけは残し、残りの部分は重りをランダムに巻き付けていたもの。

 叩き折られた衝撃により、重り付きの剣先は真っ直ぐボロニンの太股に突き刺さった。


 「くそっ……このガキ!」


 裂傷のダメージは小さいものの、有害な錆が人体に入る事で、発熱や炎症などの後遺症が長期に及ぶ危険性がある。

 ボロニンが慌てて剣先を取り除いている間、ミューゼルはカムイの義足装着を手伝い、回復魔法では発熱や炎症を治せない事を知っているライザは、ジープに戻って消毒用の機械から消毒液を調達する。


 「セルゲイ様、賞金稼ぎはいつでも倒せます。本部で治療を受けましょう」


 「バカを言え! こんな事で敵に背中を見せろと言うのか!? 後少しだ、錆が身体に回る前に倒せる!」


 ボロニンが剣士ランキング3位のプライドを捨てられない間に、セマクの太刀筋に慣れてきたゲリエは持ち前のパワーで形勢を逆転。

 

 一方、レディーはもはや身体の一部となったお手製のヌンチャクでサメドフのナイフを叩き落とし、ボロニンとライザ以外はチーム・カムイの敵ではない事が明らかになりつつあった。


 「……くっ、やむを得んな。チーム・カムイとやら! 安心しろ、お前らは必ず始末する! 俺の傷とともに、このヤマをつけ狙う奴等は残らず消毒するまでだ!」


 捨て台詞を残し、ボロニンとライザは肩を組む。

 身長差は40㎝程あるだろうか。

 

 普通ならばボロニンがライザを支えなければいけないはずだが、ジープを捨ててブリュッセル行きの陸路に切り替えたか、ライザがボロニンを支える形で地殻魔法を発動。

 その人間離れした跳躍力で、2人はあっという間にチーム・カムイの視界から遠ざかって行く。



 「……手こずらせやがって、おりゃあぁ!」


 セマクのスタミナを奪ったゲリエが、とどめの一撃を肩にお見舞いし、出血とともにセマクは戦意を喪失。

 サメドフはパワーではレディーに勝っていたものの、義足を再装着したカムイに捩じ伏せられていた。


 「……レディー、ミューゼル、助かったよ。しかしミューゼル、よくあんな手を思い付いたな!」


 今回ばかりは、格好悪いチームリーダーだったカムイ。

 そんな彼の謙虚な態度に、ミューゼルの表情からも緊張感が和らいでいる。


 「……ドンクさんの部屋を消毒した現場から、ヒントを貰いました。剣先が刺さるかどうか、一か八かの間合いには正直、自信がありませんでしたけどね」


 「ほら、ハッサン! いつまで寝てんのよ!?」


 ダウンの時間が長すぎると疑っていたレディーは、ハッサンを叩くのではなく、脇の辺りをくすぐる事で目覚めさせようとしていた。


 エチケットにうるさいオネエキャラの彼(?)だけに、当然男の脇は手袋を着用して触るのである。


 「……ぎゃははは! バレたか!」


 爆笑を堪えきれず、少々の反省とともに目覚めるハッサン。

 しかしながら、ある意味ボロニン以上の難敵であるライザが要注意人物である事は間違いない。


 「……間に合って良かったですね。私はアムステルダム警察のフート巡査長です。空港は手配していたのですが、ボロニン達は陸路で何処かに隠れるみたいですね……」


 レディーとミューゼルが警察車両で駆けつけなければ、間違いなくカムイは死んでいた。

 このフート巡査長は、影のMVPと言ってもいいだろう。


 「なに、行き先の見当はついている。俺達の仲間が現地に向かっているからな。ベルギーの警察にものを頼む時は、また協力してくれ」


 「分かりました。おいお前達、ジープに案内しろ! あの消毒機械は軍のものだと分析結果が出ている。その入手経路と、お前達の上司が誰か教えるんだ!」


 カムイとのやり取りを挟みながら、フート巡査長はセマクとサメドフをジープへと連行する。


 「……だが妙だな。こんな手がかりだらけのジープと、仲間を見捨てて逃げれば、ボロニン達もいずれ不利になるはずだがな……」


 ゲリエの疑念を耳にして、突如として笑い転げるセマクとサメドフ。

 とは言うものの、何故か彼等のその目だけは全く笑っていなかった。


 「バカ言ってんじゃねえよ! これだけの事をやっている俺達が、失敗までして今更命乞いするとでも思ってんのか!? 俺達は今まで随分贅沢したし、美味い酒も浴びる様に飲んだし、いい女も沢山抱いた。いい人生だったよなぁ、サメドフ?」


 「おうよセマク! 俺達はもう、いつ死んでも構わないぜ! さあさあ、早くジープに連れて行けよ!」


 明らかに様子がおかしい、セマクとサメドフ。

 一同を率いてジープに到着したフート巡査は、その空気に不安を感じたのか、セマクとサメドフの肩を掴んで両者の動きを制止する。


 「……放せよ! 今面白いものを見せてやるよ!」


 セマクとサメドフはフート巡査長を振り切り、一目散にジープのトランクへ。

 そこに隠されていた手榴弾を手に取ると、一時の躊躇もなく安全ピンを抜いた。


 「……手榴弾だ! みんな逃げろ、伏せろ!」

 

 顔面蒼白のフート巡査長は思わず絶叫し、チーム・カムイとともに無我夢中でジープから距離を取る。


 「よく見ておけ! 俺達の覚悟をな! 賞金稼ぎだと!? フェリックス社だと!? いくらででもかかって来やがれ! 俺達は……」


 壮絶な爆発音とともに、緩衝地の草木、そして砂埃全てを巻き上げる光景。

 

 消毒液のアルコールも含んだ火災と爆発は、セマクとサメドフの身体を容赦なく破壊し、その破片と乱れ飛ぶ火の粉の一部は、フート巡査長とチーム・カムイの身体にも降りかかっていた。


 

  (続く)


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