表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バンドー  作者: シサマ
5/85

第5話 ジェシー・リン チーム・バンドー勢揃い!


 バンドー、シルバ、クレアに加え、新たに性格にやや難アリの金髪凄腕剣士・ハインツを迎えたチーム・バンドーは、最後に残された魔導士のポストを探しつつも、最近の仕事の稼ぎで生まれた金銭的余裕から、数日の間フランスを観光する事となった。


 

 ハインツの歓迎会でボルドーワインを堪能したクレアに続いて、バンドーはボルドーにあるプロラグビーチーム、ボルドーユニオンの練習見学を希望する。

 

 代表チーム、ブラックスターズの存在でラグビーの本場とされているニュージーランドではあったが、元来プロスポーツが盛んな国ではない。

 最強選手は、フランスリーグ1部に集まるのである。


 バンドー達がボルドーユニオンの練習場を訪れた時、残念ながらチーム練習はオフの日程だったが、数人の選手は個人練習をしていた。

 そこで、サモアの血が流れるニュージーランド人というバンドーのスペックに注目したコーチの厚意により、プロ選手とのウォームアップに参加させてもらえる事になったのだ。

 

 どっしりとした見た目からは想像も出来ないプロ選手のスピードに加え、バンドーの売りでもあったパワーが通用しないフィジカルタフネス。

 実力の差にショックも受けたバンドーだったが、自らの鍛練の必要性を楽しみながら再確認出来る、素晴らしい経験となった様子である。


 

 23歳の誕生日を明日に控えていたシルバは、リヨンのフルヴィエールの丘にあるノートルダム聖堂と、プロサッカークラブ、アスレティック・リヨンの試合を観たがっていた。

 

 軍隊時代、テロ警戒の為に訪れた際、その美しさに感銘を受けたが、仕事でしか来れない観光地が多過ぎる事に不満が募っていたと言う。

 

 普段は集団行動を嫌うハインツも、アスレティック・リヨンに所属する、自分と似た環境からのし上がったドイツ育ちのチェコ代表、トーマス・ザボトニーを観る為シルバに同調する。


 一行はボルドーを後にし、フランス第2の都市リヨンへと向かう事となった。


 

 4月30日・22:00


 リヨンに到着する一行。

 深夜の到着になる事は分かっていた為、事前にリヨンの賞金稼ぎ組合宿舎に部屋の予約を入れておいたのである。

 

 フランスには現在、パリ、リヨン、マルセイユ、ボルドーと、4ヶ所もの賞金稼ぎ組合があり、ナントにも建設の噂があった。

 

 フランスはあらゆる人種の坩堝(るつぼ)でもあり、華やかさの陰にある犯罪への対処は急務と言える。

 

 勿論、警察組織も強大ではあるが、汚職警官と賞金首との癒着、銃器を持てない一般人への警官の発砲が厳しく制限されている現実等、必然的に賞金稼ぎの需要は高まっていたのだ。


 

 「うわあぁ、満員ね! 予約しといて良かったわ」

 

 ポルトやボルドーでは見た事のない宿舎の盛況ぶりに、人混みに慣れているクレアも流石に閉口気味である。

 

 元来人混みが嫌いなハインツは、もう我慢出来ないとばかりに宿舎を飛び出した。

 

 「ハインツ、どこ行くのよ?」

 

 「外の空気を吸ってくるだけだ。すぐ戻ってくる」

 

 クレアの呼び掛けに背中を向けたまま、半ば義務的に応答するハインツ。

 

 「……おいバンドー、ちょっと来いよ」

 

 今日1日、殆どバンドーに話し掛ける機会の無かったハインツが、唐突にバンドーを呼び寄せる。


 

 組合の敷地内の広場に現れた、ハインツとバンドー。

 辺りは当然真っ暗だが、申し訳程度に立てられた2本の外灯の光の下、新米剣士達が懸命に練習に励んでいた。


 「バンドー、剣を構えろ。俺は最低限しか手は出さない。ゆっくりでいいから、俺を敵だと思ってかかって来い」

 

 ハインツにそう指示されたバンドーは、事態がよく飲み込めないながらも、クレアに学んだ基本に忠実にハインツへと斬りかかる。

 

 パキッ……

 

 相手がハインツだけに、特に手加減したつもりはないのだが、剣がぶつかる音が弱々しい。

 

 余裕綽々なハインツの防御の上手さと、バンドーがサウスポースタイルへの対応を知らないが故の貧打であった。

 

 「……くそっ!」

 

 バンドーはどうにかしてハインツに一泡吹かせようと奮闘し、かつ無謀な突進は避け、自らの防御も意識した戦いを進める。

 

 ハインツは変わらず余裕綽々だったが、音により少しずつ剣の当たり所が改善されてきた事は理解していた。

 

 「……よし、いいぜ」

 

 ハインツは構えを下ろし、改めてバンドーと視線を合わせる。

 

 「……お前は、落ち着きさえすれば基本は出来ている。クレアの教えも良かったんだろう。サウスポースタイルは初めてだろうが、少しずつ自分の頭で対応出来る様にもなっている。今、死にもの狂いで頑張れば、お前には可能性がある」


 ハインツから意外な評価を貰い、思わず安堵の笑みがこぼれるバンドー。

 

 「……分かるか? 俺は弱い奴が嫌いな訳じゃない、だが、努力しない奴は大嫌いだよ」

 

 突如として険しい表情を浮かべたハインツの、その一言がバンドーの胸に突き刺さる。

 

 「……お前、ラグビーの練習は随分楽しそうにやっていたな。あの練習で覚えた重心の微調整とかも、今は自然にやれていた。今日は暇な時間があったはずだ。何故剣の練習をしない? 今ここでも剣の練習をしている奴が沢山いるだろ?」

 

 バンドーは今、自分がハインツから叱責を受けている事を自覚し、自身が高校を卒業して正式に実家の農場職員になった時、祖父や父に同じ事を言われた時の事を思い出していた。

 

 お手伝いや物真似では済まされない、仕事としての姿勢を問われているのである。

 

 「お前は剣士なんだろ? その力が、俺やクレアより明らかに劣っている以上、追い付けるかどうかじゃなく、追い付こうとしろよ」

 

 「……ご、ごめん……」

 

 謝れば良いという問題ではない。

 この答えが、ハインツを更に苛立たせる事になってしまうかも知れない。

 

 だが、今のバンドーには謝るしか術は無かった。

 背中や眼差しで何かを語れるだけのものを、今のバンドーは持っていないのだ。

 

 「……謝らなくてもいい。ぶっちゃけ、お前が強くなれなくてもいい。お前が成長したかどうかは、お前じゃなく、お前と戦っている相手を見れば分かる。俺が言いたいのはそれだけだ」

 

 ハインツはそう言い残し、バンドーに背を向けてひとり宿舎へと戻って行く。


 

 バンドーは罪悪感から暫く放心状態だったが、気を取り直して素振りのひとつでもしようと思ったその時、側で剣の練習をしていた若い剣士がバンドーに話し掛けてきた。

 

 「……あの人、ハインツさんだよね。ヨーロッパ中で活躍しているから知ってる。厳しい人って有名だったよ。でも、僕の目標でもある人なんだ。貴方が羨ましいよ」

 

 そう言って練習に戻る若い剣士の背中を見送りながら、とりあえず自分に出来る事を模索するバンドー。

 

 そして、自分では無意識のうちに、バンドーは彼に声を描けていた。

 

 「すみません、俺はバンドーと言います! 剣の相手をしていただけますか?」


 

 5月1日・11:00


 チーム・バンドー一行は、シルバの誕生日を祝うという偶然も重なり、彼が観たがっていたノートルダム聖堂を目指し、フルヴィエールの丘を目指す。

 

 昨夜の剣術練習でやや寝坊気味に起床したバンドーだったが、練習に付き合ってくれた若い剣士がハインツと同じサウスポースタイルだった事もあり、昨夜の反省点を上手く復習する事が出来た様子で、表情にも充実感が見られていた。

 

 また、バンドーが寝ぼけていた頃、シルバら3人は組合のパーティー情報を確認して魔導士の手がかりを模索していたが、リヨンでは有力な情報はまだ得られていない。


 

 辺りを見渡してみて驚きと言える点は、流石にリヨンともなると観光客の集団の中にも剣士・魔導士らしき人間が混じる様になる点である。

 これはポルトやボルドーでは滅多にお目にかかれない光景であるものの、恐らく大都市ならではの傾向で、パリやミュンヘンではもっと同業者の数が多いのであろう。

 

 更に、都心に近づくにつれて賞金稼ぎ達のファッションも洗練を見せる様になっており、アクセサリーとして短剣や防具が若者に選ばれる時代が、やがて訪れるかも知れないとさえ思わせる。

 

 チーム・バンドーのメンバーは皆、クレアを除いて無骨な格好だが、パーティーとして順調に稼ぎと評判が上がれば、衣装で悩むなどという事があるのかも知れない。


 

 フルヴィエールの丘に到着した一行は、ノートルダム聖堂の、その大きさ以上の壮大な美しさに、暫し我を忘れていた。

 

 銃を構え、辺りを見回しながらでしか聖堂を眺める事が出来なかったシルバ中尉は、もうここにはいない。

 

 かつては、幾日かは夜間のライトアップでより幻想的な美しさを味わう事が出来たが、大災害後のEONP指針に乗っ取ったエネルギー節制により、聖堂のライトアップは復活祭に限定され、今年は4月21日に行われた後であった。

 

 「……俺は、神様なんて信じちゃいねえ。バンドーのルーツの旧日本でも、無宗教者が多かったんだろ。でも、こいつが美しいのは認める。宗教も、人を何に駆り立てるかで価値は変わると思う」

 

 

 ハインツが生まれたチェコは、宗教観の問題でドイツやスロバキアと揉めてきた歴史を持ち、その歴史故に無宗教者の比率が高いと言われている。

 

 EONPでも地域紛争を防止する為に、宗教だけは統一・公用化を行わなかったのだ。

 

 旧日本人に無宗教者が多かった理由には、欧米化の波に仏教が抗わなかった事による宗派の混在が、まず挙げられる。

 それに加えて、経済成長の陰で失われた価値観に潜り込む様にして繁栄した新興宗教が、度々問題を起こしたからでもある。

 

 しかし、今や日本という地域が名義上存在せず、各地域に散らばった日系人が、その土地の宗教に馴染む事はごく普通の認識となった。

 

 「お隣の街がクライストチャーチだから、一応キリスト教はリスペクトしているよ。宗教の話が出来ない奴とは、深く付き合えないって言う人も多いからね」

 

 バンドーは、自身の経験から身に付けた信条を語る。

 

 ハインツが周囲に実力を認められながらも孤立する背景には、まさに自身の信条に頑なすぎる性格があるのかも知れない。


 

 夢中で写真を撮りまくっていたシルバに声をかけ、皆で記念写真を撮ろうと提案したクレアは、聖堂に見入っていた人の良さそうな老夫婦を引き留める。

 

 カメラを渡して撮影の依頼を始めたその瞬間、突然現れた謎の男が老夫婦に体当りを喰らわせ、小綺麗な鞄を奪って逃走した。


 「わあっ、泥棒!」

 

 老夫婦はふらつきながらも周囲に助けを求め、クレアは老婦人を、シルバは老紳士を介抱する。

 

 「畜生! フランスって泥棒ばっかりだな!」

 

 バンドーは怒りに満ちた形相で、足の速いハインツより前に出て泥棒を追跡する。

 

 「バンドー! お前の好きにやれ!」

 

 バンドーのやる気を察知したハインツは意味ありげな笑みを浮かべ、仲間をフォローする様に背後に付いて並走した。


 泥棒はやや大型のウエストバッグの様なものをぶら下げ、傍目には明らかに走り辛そうではあったが、剣士装備のバンドー達よりは遥かに身軽で、このままではいずれ離されてしまう。

 

 額に汗を浮かべながら、焦りを隠せないバンドー。

 

 だが、幸いにもほぼ直角のカーブが両者の目前に迫っていた。

 

 (奴もカーブ前にはスピードが落ちる……今だ!)

 

 バンドーは、泥棒が逃走コースのカーブに差し掛かる直前、背筋を倒す反動で反らせ、思い切り斜めにジャンプし、泥棒の両足にタックルを喰らわせる。

 

 ドオオッ……

 

 泥棒が前方に崩れ落ちた瞬間、老夫婦から奪った鞄は地面に落ちてしまったが、鞄が無傷であるかどうかは問題ではない。

 泥棒を捕まえる事が先決なのだ。

 

 泥棒は全力で前方に転倒したが、バネの様な肉体で素早く両手を付き、負傷を未然に防ぐ。

 

 「……このっ……!」

 

 泥棒の背中の上にマウンティングしたバンドーは、勢い良く相手の後頭部へパンチを喰らわせる。

 泥棒が平凡な肉体の男ならば、ここで勝負は着いていたはずだった。

 

 しかし、バンドーは愕然とする。

 

 背後から殴った頭が地面に激突した手応えがあったにも関わらず、泥棒は平然と、痛みすら感じていない様に見えたのである。

 

 「くっ……それなら……」

 

 バンドーは左右の拳を組ませ、倍のパワーでとどめの一撃をお見舞いしようとした。

 

 だが、両腕を振り上げる反動でバンドーの重心が若干上がった瞬間を、泥棒は見逃さない。

 

 泥棒は上体を大きく反らしてバンドーのバランスを崩し、身体を横に反転させてバンドーを振り落とす。

 そしてすぐさま背中のバッグから素早くナイフを取り出すと、逃げ遅れたバンドーの左手を斬りつけた。

 

 「痛てっ……くそっ!」

 

 手袋をしていた為に傷は浅かったが、血の滲む左手を庇う様に、バンドーは飛び起きて立ち上がり、泥棒もナイフ片手に立ち上がる。

 

 大きなマスクと眼鏡で顔を隠しているが、眼鏡の奥の瞳は虚ろで、マスクから漏れる呼吸も不安定だ。

 一見、すぐにでも倒せそうに思えるのだが。


 やや間を置いて、老夫婦をクレアに預けたシルバが2人の元に駆け付ける。

 

 ハインツとシルバが助太刀すれば、このレベルの泥棒なら瞬殺出来るだろう。

 だが、ハインツはバンドーが泥棒をひとりで倒せるかどうか、剣に手をかけながらギリギリのタイミングまで見守っていた。

 

 シルバはそこまで冷徹にはなれなかったが、バンドーが自分に気付かず、助けを求めてもいない事を理解すると、本心を押し殺して彼を見守る。

 

 バンドーと泥棒は、互いに剣とナイフを持ち、間合いを維持して睨み合っていた。

 

 後頭部へのパンチをものともしない泥棒は、軍隊経験者か、キックボクサーか?

 今のバンドーには、ナイフ、左手、両足の攻撃に備えた判断が必要になっている。


 瞬きも許されない緊張感の中、バンドーは相手の視線を反らした隙に瞬きをする為、左手首で鼻の頭をこすり、その手をわざと振り落としてパンチのモーションを警戒させた。

 

 泥棒は一瞬身構え、再び体勢を整える。

 

 その隙にバンドーは泥棒のナイフの持ち方を確認し、右手の小指側に刃を出して、肘の曲げ伸ばしと手首のスナップでナイフを刺す形ではない事に気付いた。

 

 肘を伸ばして真っ直ぐ相手を突くフェンシング・スタイル。

 

 間合いの確保にナイフを使い、格闘技で仕留めるタイプの男。

 

 バンドーに、これまでの戦いで見せた事の無い微笑みが浮かび、その表情をハインツとシルバも見逃さなかった。

 

 右手のナイフを真っ直ぐ突き出すなら、身体のバランスを考えて、右足のキック攻撃は考えにくい。

 

 バンドーは、相手の左足から自分の身体の中央へのキックを喰らわぬ様に、泥棒の左側、左側へとステップを刻む。

 反動を付けた左足のキックとは、サウスポースタイルの剣の様なものである。

 

 案の定、泥棒も左側に身体を寄せて左キックを出せる間合いを確保し、両者の距離が近付いた瞬間、バンドーは剣を右手一本で地面に突き刺す様に叩き付け、その剣を軸に回転し祖母・エリサ直伝の左裏拳を、泥棒の脊椎に思い切り叩き込んだ。

 

 「ゲホッ……!」

 

 意表を突かれた泥棒は急所の痛みで上体を一度反らせた後、前のめりにバランスを崩す。

 

 一回転したバンドーは素早く左手で剣を掴み、剣の鞘の様な形となった右手首を開いて剣を抜き、両手をついて咳き込む泥棒の首筋に剣の先端を突き付けた。勝負あり。


 距離を取りながらも命がけの攻防を楽しんでいた観光客から、割れんばかりの大歓声が上がる。

 

 ハインツとシルバは、安堵の表情を浮かべて互いの顔を見合った後、泥棒を2人がかりで捕らえ、シルバが軍隊仕込みの首技をかけて泥棒を気絶させる事に成功した。

 

 いや、最初からこれやっとけば良かったのでは……?


 最後に駆け付けたクレアは、少々傷付いてしまった鞄を詫びながら老夫婦に手渡し、老夫婦は深い感謝の意を一行に示していた。


 「バンドー……よくやったな」

 

 ハインツは、控え目ながらも明確にバンドーの勝利と成長を讃える。


 

 バンドー達は賞金稼ぎ。

 とは言え、これは突発的な事件である。

 この泥棒が賞金首として登録されているかどうかも分からない。

 

 一行が連行先を決めかねていたその時、泥棒の背中のウエストバッグから破れた油紙が落下し、その周辺から白い粉がこぼれるのが確認された。

 

 シルバはすかさずそれを手に取り、そして驚愕する。

 

 「コカインです……。でも、かなり純度が低い。こんなものを吸ったら神経がおかしくなりますよ!」


 

 5月1日・13:00


 バンドーが退治した泥棒のバッグから粗悪なコカインが発見された為、この泥棒は警察送りとなった。

 

 警察はそこそこの報償金を用意してはくれたものの、泥棒の素性も、名前や出身地もバンドー達には一切教えず、加えてこの件を口外しない様に要請する。

 

 情報の錯綜で、被害が広がる事を恐れての措置という言い分であったが、この言葉の裏に隠蔽工作の匂いを感じたハインツは納得が行かず、警察に抗議の姿勢を見せた。

 

 クレアやバンドーも抗議したい気持ちはあったものの、コカイン発見者のシルバが元軍人で警察に顔が割れており、彼がこれから欧州会議の行われるスイス入りする予定もあった為、いらぬ容疑をかけられない様にする配慮から、黙って報償金を受け取る事となる。


 どうにもスッキリしない「大人の事情」だが、折角のシルバの誕生日を無益に過ごす訳にも行かない。

 男性陣はアスレティック・リヨンの試合を観戦しにスタジアムへ、サッカーに関心の無いクレアはシルバの誕生会の準備で組合宿舎へと戻るのであった。


 

 アスレティック・リヨンには、サッカー好きのシルバが注目するブラジル代表選手だけではなく、ハインツとよく似た境遇を送った、チェコ生まれ、ドイツ育ちのトーマス・ザボトニーが所属している。

 

 彼はチェコで若くして注目され、ドイツのクラブに引き抜かれてドイツ国籍も得たものの、彼の存在で出場機会を奪われるドイツ人の有望選手がいた事で保守的なサポーターから迫害され、生まれ故郷のチェコ代表を選び、ドイツリーグに別れを告げる事になったのだ。


 アスレティック・リヨンは今シーズンのリーグ優勝を決めており、対戦相手のトロワFCは19位での2部降格を決めているクラブ。

 試合内容は圧倒的なリヨンペースで進み、ザボトニーは一切手を抜かない守備で相手の攻撃を無力化している。


 試合が一方的な展開になるにつれ、ザボトニーに重ね合わせる様に自らの過去を話し始めるハインツ。


 

 ハインツと彼の両親はチェコのプラハに生まれ、ハインツの父・ヴォルフが成年するまでは大災害からの復興ムードの経済成長に支えられた事もあり、ヴォルフは優れた学者に成長する事が出来た。

 

 しかし、経済成長が頭打ちになると、チェコを含めた周辺地域が文化や教養よりも金を生む実学を重視し始めた為、金を生まない学者達の待遇は下がり、自らの恩師からのオファーを受けたヴォルフは、ドイツで恩師の助手になる為、妻とまだ幼い息子を連れてドイツに移住する。

 

 だが、そこで待っていたものは、自らを招いてくれた恩師の急死と、残された移民への根強い偏見であった。

 ドイツでの就労話は破談となってしまったのだ。


 父親の仕事を奪われた家族を、更なる不幸が襲う。

 母親のメリアムが難病を患い、高額な治療費を稼ぐ為、ヴォルフは当時はまだ職業として確立されたばかりの剣士に転職する事となる。

 

 家族の為に奮闘するも、慣れない戦いに心身をすり減らしたヴォルフは、メリアムの回復と入れ替わる様にしてこの世を去った。


 ハインツは、そんな父の無念を晴らす為、そして貧困からのし上がる為、最強の剣士を目指して脇目も振らずに努力を重ねる。

 

 しかし、母親のメリアムは夫の死、そして息子が変貌してしまった原因が自分の病にあると責任を背負い込み、その結果母子の関係までも疎遠になってしまった。

 

 ハインツは今でもメリアムに賞金を仕送りしているが、彼女は自らが働く事でその金には一切手を付けていないらしい。


 ハインツにとって、ドイツには嫌な思い出しかない。

 しかし、依頼と報酬を受ける剣士として成長した今、経済規模の小さいチェコに戻る事が幸せであるとは言えない。


 バンドーとシルバは、そんなハインツの独白と彼の抱えるジレンマを受け止めながら、EONPの中心地であるはずのヨーロッパで、その思想信条を貫く事の矛盾を再確認させられていた。


 

 5月1日・19:00


 宿舎に戻ると、誕生会の準備をしていたクレアだけではなく、彼女が昨日と今日とで仲良くなった賞金稼ぎや魔導士、軍人時代からのシルバのファン等、多くのギャラリーが集まっている。

 

 チーム・バンドーの男性陣はかなり仕事に真面目で禁欲的な印象があるが、クレア以外にも女性がいるとやはり嬉しいのか、普段よりテンションが上がり、酒も食事も進んでいた。


 誕生会も終盤、参加者にもかなり酔いが回った頃、クレアが知り合ったパーティーの魔導士が、グラス片手に彼女に近づいて来る。

 

 「クレアさん……ういっ! 今日は誘ってくれてありがと! 俺、来月結婚するから、魔導士引退するんだ。最後にこんなに楽しめて……ヒック、本当感謝してますっ!」

 

 クレアは酒に強い為、特に酔った素振りも見せず、泥酔した魔導士にも真面目な質問を浴びせる。

 

 「……え? そうなの? 折角知り合えたのに残念ね。あたし達今、魔導士探してるの。フランスに良い魔導士いない?」

 

 酔った魔導士は、酔った頭を捻りながら自らの記憶を呼び起こしていた。

 

 「……パリにねぇ……凄い人いたんだよ! 自然の少ない場所でも、建物の中でもガンガン魔法が使えちゃう人! ヒッヒッ。でもその人、確か魔導士じゃない仕事してるんだ。眼がさぁ……眼が光るんだよ! ……うっ!お、お……」

 

 酔った魔導士はそう言い残して、トイレへと消えて行く。


 「バンドー、聞いた? 眼が光る魔導士だって。パリに居て、普段は魔導士じゃない仕事の人」

 

 クレアは、パーティーの中ではあまり酒を飲まず、酔い潰れる事の無いバンドーを捕まえて話しかけた。

 

 「眼が光るって事は、そこに自然の力を受ける訳だから、光を反射する眼鏡とかコンタクトレンズとか、してない人かな? ピアスとか、顔に光り物もしてない人だね」

 

 「バンドー! それ言っちゃったら、ハゲてない人も当てはまるわよね!ケケケッ!」


 クレアにも、遂に酔いが回ったらしい。


 

 5月2日・9:00


 リヨンの宿舎で2度目の夜を明かした一行は、2日酔い気味の重い身体を引き摺りながら、次の目的地・パリへと向かっていた。

 

 当然、パリにも観光名所は目白押しであるが、一行のパリでの目的はやはり、魔導士探しである。

 

 街の規模は言うまでも無いのだが、比較的自然の少ない大都市で魔法を使える魔導士と言うのは、やはり相対的にレベルが高く、パーティーを強化出来る魔導士と言えるからだ。


 一行がパリに到着し、まずは賞金稼ぎ組合で登録と情報収集に勤しもうとしていたその時、駅裏の通りに何やら人だかりが出来ている。

 

 そしてそこには、遠くからでもやたらと目立つ、どピンクの軽自動車が停められていた。


 「アニマルポリスだ。メグミさん達かな?」

 

 一歩前に出て詳細を確認しようとするバンドー。

 ヨーロッパに来てまだ間もないバンドーのその一言に、クレアは反応して視線を向ける。

 

 「あんた、アニマルポリスに会った事あるの……? あ、まあ……あんたならあるわよね……」

 

 クレアは、良くも悪くも動物を引き寄せるバンドーのキャラを、半ば呆れ気味に再確認していた。

 

 「おいおい、動物に構ってる暇なんてねえよ。早く組合に行こうぜ!」

 

 動物嫌いのハインツは、たまらず道中を急かしている。


 ハインツの催促にも関わらず、何やらまだアニマルポリスに未練のありそうなバンドーの様子を察知したクレアは、彼に手を差し伸べた。

 

 「……いいわよ、あたしらもまた駅に戻って来るから。証明書類頂戴。あたしとハインツで登録と情報収集してくるわ。あんた達も街の賞金稼ぎから情報集めて、昼御飯食べて、この駅裏で待ってて」

 

 2手に分かれたチーム・バンドー。

 これもパーティーが増えたからこそ出来る事である。


 軍隊経験でアース中の主要都市を熟知していたシルバは、パリ初体験のバンドーのお目付け役として残された。


 

 アニマルポリスの2名は、バンドーがヨーロッパ到着間もなくリスボンで出会った、メグミとシンディ。

 

 メグミ本人が、自分達が西ヨーロッパ担当だと話していたが、この広いヨーロッパの面積として最大の地域を2名で担当するのは、他の職員との交代制であろうとは言え相当な激務。

 バンドーとしては、何か自分に出来る事があれば、快く協力するつもりであった。

 

 少しずつ彼女らに接近していたバンドーは一声掛けたい心境ではあったものの、観光客からの情報にメモ書きを走らせているメグミはまさに職務遂行真っ最中で、暫くは見守らざるを得ない状況。

 一方のシンディは、鳥の様な動物……よく見るとフクロウ? を両手で抱きしめる様に抱えている。

 

 フクロウの余りの硬直ぶりに、初めは縫いぐるみかと思ったバンドーとシルバは、同時に身を乗り出して更なる凝視を試みた。

 

 「ケンちゃん、フクロウってあんなに大人しかったっけ?」

 

 バンドーは、ともにニュージーランドの大自然で育ったシルバに問い掛ける。

 

 「いえ、おかしいですよね。見た所餌で誘った形跡もありませんし……」


 そうこうしている間に、情報収集を終えたメグミがこちらに気付いた。

 

 「あっ、バンドーさん。……? その隣は……シルバ中尉?」

 

 「えっ? シルバ中尉?」

 

 早速シンディが反応する。

 彼女は昔の恩義に加え、イケメン長身であるという理由からシルバを慕っているのだ。

 

 「わっ! 本当だ! シルバ中尉っ」

 

 シンディは、フクロウを抱き抱えたまま覚束無い足取りでシルバに駆け寄る。

 

 すぐにはシンディを認識出来なかったシルバも、金髪のツインテールとブルーの瞳を間近にしてかつての記憶を呼び起こすのであった。

 

 「……ああ! 君……確かテルアビブで……!」

 

 何やら意外な都市名が出てきたが、シルバがシンディを理解した事には違いない。

 

 「ああ! 良かったぁ! 怪我も無いみたいだし。警察機関にも情報は来てました! 無事に除隊出来たみたいですね!」

 

 好意を持っている男性を前にしたシンディの態度は、何処にでもいる普通の女の子と変わらないものだった。

 

 堅物で浮いた話のないシルバは、やや照れ臭そうにしながらも満更でもない様子で、彼女を暖かく見守るメグミからは、僅かではあるが焦燥感も窺えた……と見るのは偏見であろうか。


 「久し振りね。それにしても何? その格好。まさかバンドーさん、賞金稼ぎになったの?」

 

 メグミは、バンドーの前で立ち止まり、上から下まで彼の装備をまじまじと眺める。

 

 「……はい、そのまさかです。今はケンちゃん……いや、シルバ元中尉と、頼もしい仲間達とともに、お金を稼ぎながらヨーロッパの勉強中ですね」

 

 メグミからのツッコミに、バンドーは何とか上手い切り返しを用いて逃げ切りを図った。

 

 メグミ達にあるバンドーの予備知識は、リスボンで見た1ヶ月前のキャラだけである。

 元軍人のシルバならすんなり納得出来る転身だが、バンドーに剣士のイメージはまるで湧かない。

 

 メグミは何やら思い出し笑いを堪えるかの様に、膝を震わせていた。


 「先輩! このフクロウどうしますかぁ?」

 

 シンディが抱き疲れた様な表情でフクロウの処遇に困っている。

 

 体長は30㎝位の小柄なフクロウで、全身の毛並みは黒いが顔の周りの毛並みは白い。

 有りそうでない見た目である為、自分達の知識や経験を流用して大丈夫なのだろうか? と、アニマルポリスは対応に悩んでいる様子だ。

 

 「これを見て」

 

 メグミはシンディからフクロウを受け取り、バンドー達にフクロウの背中を見せる。

 

 「首筋から背中にかけて、白い宝石みたいな丸いものが埋まっているのが分かるわよね?」

 

 確かに宝石の様な光沢がある。

 だが、無理矢理背中に埋め込んだ傷や身体の凹みの様なものは無い。

 メグミが白い部分に触っても、フクロウは微動だにせず、痛みや痒みを感じている様にも見えない。

 

 「宝石を埋めて密輸する様な犯罪の匂いはしないし、たまたま骨が露出して削られた痛みの様な訴えもないの。そもそもは、フクロウを見つけた子ども達が面白がってペットショップに売り飛ばそうとしていた所を、たまたま通り掛かった観光客の方が通報してくれたんだけど……」

 

 バンドーはフクロウに近付いて視線を合わせ、にっこり微笑んで頭を撫でる。

 

 「このままだと、動物園に預けられるか誰かに売られちゃうしかないよね……。可哀想だな。何処か田舎か山まで連れていって放そうか?」

 

 バンドーがメグミにそう話すと、フクロウはあたかもバンドーの言葉を理解したかの様にメグミの手を離れて低空飛行し、バンドーの頭上にドッキングした。既に一体化だ。


 「…………」


 かつてこんな光景を見た事があるシルバ、メグミ、シンディの3名は、色々とバンドーに押し付けたくなる本音を抑えて、一応展望らしきものを語り始める。

 

 「……取りあえず、フクロウの足首にデータ詳細をインプットしたリーダーを取り付けているわ。アニマルポリスの本部コンピューターにアクセスすれば、このフクロウの消息はいつでも分かるの。バンドーさん、もし良ければ、このフクロウが空高く飛び立つまで、同行してあげられない……?」


 「うん、いいよ!」

 

 バンドーは、マジックペンで書いた様な太字スマイルであっさりと許諾した。


 「良かったぁ! バンドーさん、これを!」

 

 ハイテンションなシンディが軽自動車のトランクから慌てて持ってきたものは、フクロウが入る大きさの鳥籠。

 よく見ると、何やらハイテクな仕組みも搭載した特別製の様である。

 

 「……EONP承認動物愛護システム……連絡先XXX……。凄いね! 政府と警察承認だ!」

 

 アニマルポリスが警察組織のひとつであると再認識したバンドーは、男の子が好きそうな細かいディテールに興奮していた。

 

 「その鳥籠にフクロウを入れると、野性動物が持つ危険な細菌のガードが出来るの。更に、連絡先に確認する事により、鳥籠に入っている間は、そのフクロウを公共の施設に入れても大丈夫よ」

 

 「わぁー! これもう家族扱いじゃん。一応期限付きだけど、至れり尽くせりでありがとう! この子を自然に帰したら、この鳥籠返しに来るよ」

 

 元来、動物の為に多少の不便に耐えられるナイスガイなバンドーではあったが、男の子が好きそうなハイテク機器までセットされ、今やフクロウの父親役にもすっかり乗り気である。

 

 パーティーの仲間がどう思うか……特にハインツが……? という不安はあるのだが、鳥籠に入っている間は無害であるし、アニマルポリスの負担を軽減してあげたいと言うバンドーの気持ちは理解出来た。

 

 また、彼を幼い頃から見守るシルバも、バンドーのメンタル面の安定、パーティーの長旅の気分転換には何か癒しの要素が必要なのではないか? と考えており、もしかしたらこれが考え得る最良の選択かも知れない……と感じている。

 

 魔導士を見付ける前に、まさか人間ではないメンバーが加わる事を予想してはいなかったが……。


 「よーし、名前付けないとな。フクロウだから……フクちゃんだ!」


 そんなベタでいいのかよ!


 

 その頃、クレアとハインツは賞金稼ぎ組合で登録を済ませ、最近のパリで地域の運営する公共施設での愉快犯が頻発しているとの情報を得ていた。

 

 死者は出ていないものの、害虫放流レベルから器物損壊レベルまで、魔法を使った多彩な犯行に及び、職員に負傷者が数名出ていると言う。

 

 目撃者によると実行犯は1人らしいが、全身黒ずくめのスタイルに加えて逃げ足が速い為、誰も容疑者を特定出来ずにいた。

 

 この日集まっていた賞金稼ぎには、出来るだけ公共施設の警備、犯人の逮捕に協力して欲しいという、パリ市長直々の要請が下されたのである。


 クレアとハインツは他のパーティーと情報交換を行い、その結果チーム・バンドーは図書館の警備に加わる事が決定、クレアからシルバの携帯電話に報告が行われた。


 一方、クレアとバンドーが存在を確かめたがっていた「眼が光る魔導士」に関しては、組合周辺では手掛かりを得られていない。


 その為、ひょっとするとその魔導士が、既に愉快犯の側についているかも知れないという危機感も芽生え初めていた。


 

 「はい、はい……アメリカーノ・ライブラリー? 図書館ですね! じゃあ駅裏の待ち合わせは無しで。分かりました! 多分自分達が先に入っているはずです!」

 

 シルバはクレアからの連絡を受け、昼食が終わった段階でバンドーとともに一足先に図書館で警備に加わる事を確認する。


 バンドーとシルバは駅裏近くの、あまり流行っているとは言えない小さなバーガーハウスに潜り込み、人目に付きにくい窓際の奥の席に陣取った。

 フクちゃんを抱えていた事もあり、出来るだけ刺激の少ない閑散とした環境が必要だったのだ。


 店内に持ち込みを許可されたフクちゃんは、周囲に存在が気付かれない程に大人しく過ごしていたが、バンドーが頬張るポテトを欲しがり、ハイテク鳥籠がポテト目掛けて地道にずり足移動する光景で、一部の理系風な客を興奮させている。

 

 どうやら、観光客から貰う食べ物により雑食性になってしまったらしい。

 これでは自然に帰しても、すぐ都会に戻って来てしまうのではないだろうか。

 

 もう暫く様子を見て、動物園に引き渡す選択肢も残さなければ……と冷静にフクちゃんの将来を考えていたバンドーとシルバだったが、結局2人とも、鳥籠の空気穴からフクちゃんにポテトを食べさせてしまった。


 

 パリはエッフェル塔のすぐ近く、アメリカーノ・ライブラリーの警備に加わる為、バンドーとシルバはエッフェル塔目当ての人混みを掻き分けて現地に到着する。

 

 しかし、受付に来たは良いものの、広いロビー内の何処で誰に声を掛けて良いのか分からず、周囲を軽く見渡した後、2人は声を掛け易そうなひとりの女性スタッフに接近した。

 

 栗色の長い髪にブラウンの瞳、眼鏡をかけていて、肌は白いが白人という感じではない。

 清楚なイメージの女性だが、所謂パリジェンヌと言った垢抜けた雰囲気はなく、東洋の血が混じっている様に見える。


 「あのー、すみません。図書館の警備に加わる事になった者なんですけど……」

 

 インテリな空間に余り縁の無いバンドーが恐る恐る女性スタッフに声を掛けると、女性はこちらに視線を向け、柔らかな微笑みを浮かべた。

 

 その微笑みが、シルバの胸をざわつかせる。

 

 (綺麗な人だなぁ……)


 「あ、はい。連絡を受けています。バンドー様、シルバ様、クレア様、ハインツ様の4名と聞いていますが……」

 

 「あ、後の2人はもうすぐ来ますっ!」

 

 女性からの問い掛けに、シルバはやや緊張気味に答えた。

 

 「かしこまりました。ご案内致しますので、手荷物をお預りさせていただけますか?」


 ……手荷物……それはフクちゃんの事……。

 

 「あ、はい……こちらですが……。大丈夫です。大人しい子ですし、政府と警察承認の装置でここが汚染される心配はありません」

 

 バンドーはそう言って、受付にフクちゃんの入ったハイテク鳥籠を差し出した。

 

 「では失礼します……わぁ〜! これフクロウ?可愛い〜!」

 

 女性はフクちゃんを見た途端に表情を崩し、感情を素直に表現して喜んでいる。

 

 どうやら、彼女も動物は好きらしい。

 その親しみやすいギャップが更にシルバの胸を高鳴らせ、バンドーにも好印象を与えた。

 

 

 先の大災害後、奇跡的にも大半の本が残されたアメリカーノ・ライブラリーは、パリの図書館と聞いて想像するお城の様な存在感とは少しばかり異なる、カジュアルな雰囲気の図書館である。

 

 とは言え、災害による倒壊からの再建の際に広い受付ロビーが追加され、エッフェル塔の側でも人々の視線が向くように、スケールが拡大されていた。

 

 蔵書の数、種類は豊富で、気さくで親身なスタッフの数も多く、本を読む、勉強するという目的には最適な環境と言える図書館として、現在では若者客の姿も多い、隠れた人気スポットとなっている。


 「バンドー様とシルバ様には、このフロアーの警備に協力していただきます。このフロアーには古い雑誌や資料が多く、湿度や火気に厳重な警戒が必要なんです……」

 

 バンドーは真面目に説明を聞いていたが、シルバは女性の話も上の空に、彼女の胸のネームプレートをバンドーの背中に隠れながら凝視し、何とかフルネームを確認した。

 

 (ジェシー・リンさんか……。リンって事は、中国系の血が……)

 

 「リンさーん、ちょっと来て」

 

 何やら客がリンを呼んでいる。

 リンはバンドー達に頭を下げて客の元に向かい、バンドーとシルバも彼女の後について歩く。

 

 「あの本なんですけど……」

 

 客の指差す方向には、普段書籍が置かれる事のない本棚の登頂部に残された1冊の本があった。

 

 あの高さでは用意されている梯子でも届かない。恐らく、上の階から何らかのアクシデントで落ちた本なのだろう。

 

 本を探す客がいる限り、手に取れない本があってはいけない。

 しかしながら、あの高さでは長身のシルバが梯子に乗っても手は届かない。

 

 どうするのだろう?

 

 「分かりました。少々お待ち下さいね」

 

 リンは一度眼鏡を外して本の位置を再確認すると、そのままバンドー達が背後から見守る中背筋を伸ばし、頭を上げる様な合図の動きと同時に登頂部の本を宙に浮遊させ、そのまま自分の両手に落とし込んだ。魔法である。


 「おお! リンさん流石!」

 

 場所が図書館だけに、客も控え目に沸く。

 どうやら、客はリンの魔法を見慣れている様子である。

 

 「リンさん、魔法使えるんだ!」

 

 バンドーとシルバは、魔法が使えるだけでなく、気取らず最小限の行動で魔法を実践して見せるリンに、素直な感動を示してリスペクトした。

 

 「貴方達は、もっと凄いものを見慣れていると思いますけど……」

 

 リンは少々照れ臭そうにしている。

 

 「リンさんは魔法が使えるのに、魔導士とかは目指さなかったんですか?」

 

 バンドーからの素朴な質問に、リンは少々はにかみながら答えた。

 

 「私、本を読むのが大好きでしたから、魔法には少し憧れもありました……。でも、魔法学校に行ったのは、図書館司書の資格が2年で取れるからだったんです。魔法は、色々覚えると使うのが恐くなるものもありましたし、同級生でも魔法を悪用して退学になる様な人もいて……恐いから仕事にはしたくないかなって……」

 

 以前クレアが話していた、魔法の恐さを知って魔法と無関係の職業に就くという選択。

 リンも恐らく、そう言う人生を選んだのであろう。

 

 「ごめんなさい、長話しちゃって。私は戻りますが、何かあったらそこの非常ベルを押して下さいね」

 

 そう言い残して、リンは受付に戻っていった。


 先程からほぼ放心状態続きのシルバの様子は、当然バンドーも見逃してはいない。

 

 「ケンちゃあーん、リンさん美人だよねー、惚れたなーこいつ」

 

 軍隊で鍛え上げられたシルバの割れた腹筋を肘でぐりぐりやりながら、もっと早く幸せになれたはずの苦労人幼馴染みに訪れた転機を、バンドーは大いに喜んでいる。


 

 その頃クレアとハインツは、図書館への移動中にも賞金稼ぎ仲間と連絡を取り合っていた。

 

 その結果、今の所どの施設にも不審者は現れていないという事実を確認している。

 

 残るはバンドー達のいるアメリカーノ・ライブラリーだけだが、周囲の街の様子は変わりなく、バンドー達からの連絡も入らない為、互いに軽口を叩きながら徒歩移動し、エッフェル塔の人混みが見える所まで来ていた。

 

 「役所関係の公共施設って、意外と魔法学校の卒業生を多く採用してるのね……」

 

 クレアは、組合で入手した公共施設のパンフレットを複数読み比べて、今まで気付かなかった事実を認識する。

 

 「役所関係ってのは、税金で維持しているから無駄遣い出来ねえんだよな。フランス人なら尚更そう言う所うるさそうだし、老朽化した設備を魔法で補うとか、マジでそんな事してんじゃねえのか?」

 

 ハインツのこの一言にはクレアも苦笑いだ。

 

 「……役所関係の施設って、低所得の人が結構多く利用するから無くちゃいけないわ。でもその一方で、役所関係で働く人の中には、談合や天下りでボロ儲けする人もいる。これ矛盾よね。普段称賛も批判もあまり表に出ない中流の人って、何をしてるのかな?」

 

 クレアの問い掛けに、ハインツは首を傾げながらこう答える。

 

 「愉快犯でもやってるんだろ」


 

 5月2日・17:00


 クレアとハインツがアメリカーノ・ライブラリーに到着した後、館内の警備は万全な状態となり、結局閉館の時間となっても不審者は現れなかった。

 

 報酬は参加料だけで、夕食代程度にしかならないが、まあ何事も無いに越した事は無い。


 警察、セキュリティ会社の人間が去り、館内はチーム・バンドー一行に、施錠作業を残すリン達図書館職員数名を残すのみとなっていた。


 「バンドー! フクロウが暴れてるわよ!」

 

 鳥籠に閉じ込められっ放しでストレスが溜まったのか、フクちゃんが鳥籠をつつき始めている。

 

 鳥籠は頑丈であるからして問題は無いが、フクちゃんのくちばしが欠けてはいけない。

 クレアがバンドーに対応を急かす。

 

 相談も無しに人間以外をパーティーに加えた事に、ハインツは激怒してバンドーと一触即発になりかけたが、シルバの仲裁と、図書館職員からの絶大なフクちゃん人気にクレアも説得に回り、ハインツはやむなく折れた。


 「バンドーさん、フクちゃん鳥籠から出していいですよ! ここ天井高いですし、近くに本もありませんから……勿論、糞が出たら掃除して下さいね」

 

 リンを始め、図書館職員もフクちゃんが飛ぶ所を見たがっている様である。

 

 「よーし、それではお言葉に甘えて……それっ! フクちゃん、飛んでいいよ!」

 

 バンドーは、広い受付ロビー内にフクちゃんを放し、フクちゃんもやや遠慮気味にゆっくりと空を舞った。


 

 ガチャーン!


 突然、入口の硝子の割れる音。

 

 だが、その音の原因はフクちゃんの体当たりではない。

 非常ベルが鳴り響くーー外部からの侵入者である!


 「皆さん! ロビーの下に隠れて下さい!」

 

 シルバは動揺する図書館職員をすかさずロビーの下に避難させ、侵入者迎撃に備えた。

 

 「バンドー! 行くぞ!」

 

 ハインツはバンドーを引き連れ、侵入者がいると思われる正面入口へと駆け出して行く。

 

 クレアもハインツの後を追うつもりだったが、突然の携帯電話のベルに呼び止められた。

 

 慌てて電話に出るクレア。会話の主は組合のオペレーターである。

 

 「クレアさん? オペレーターのミシェルです! 大変です! 最近の愉快犯事件、負傷者の数は少ないんですが、大半が魔法学校の卒業生なんです! しかも調査の結果、2096年秋の卒業生に偏っていました! アメリカーノ・ライブラリーの職員にも、確か……」


 ……リンだ!


 正面入口に到着したハインツとバンドーを待っていたのは、驚くほど小柄で華奢な人影である。

 

 器物損壊どころか、侵入の為に硝子を割る力があるのかさえ疑わしい雰囲気だ。


 「お前が公共施設の愉快犯って奴か? 仲間はいないのか? ひとりで俺達と戦うつもりか?」

 

 剣の腕には絶対の自信があるハインツから見れば、武器を持たず、しかもひとりで自分に挑もうとしている目の前の人影の行動は、余りにも無謀に思える。

 

 全身黒タイツに黒マスク、露出している部分は両目と口だけである為、この愉快犯が男なのか女なのかは分からない。

 

 一方のバンドーは、この愉快犯が武器を持っていないからには、眼か口に自然の力を受け止めて放出する能力を持つ、凄腕の魔導士である事を想定していた。

 

 もし、この愉快犯が眼から魔法を出すのであれば、噂になっていたあの魔導士なのか?


 「ボケッとしてんじゃねえよ!」

 

 ハインツは、いきなり容赦なく愉快犯に斬りかかる。

 

 相手が魔導士であろう事は予測していたが、自然の力が制限される屋内の環境で生じる、魔法暗唱から発動までのタイムラグが、自分のスピードには追い付けないという自信があったのだ。

 

 「ハアアッ!」

 

 愉快犯が甲高い叫び声を上げると、その口の奥が蒼白く光り、更にその光が正面入口付近で砕け散った硝子の破片を掬い上げ、驚くべきスピードでハインツの背後を襲う。

 

 「ぐわあぁっ!」

 

 ハインツの背中に、大量のガラス片が突き刺さる。

 防具があるとは言え、剣士の背面の防具は薄く、上着を鮮血で滲ませた彼は床に崩れ落ちた。

 

 「……!? ハインツ!」

 

 バンドーは、ハインツが一撃でダウンする目の前の光景をにわかには信じ難かったものの、恐怖と不安を何とか掻き消し攻め手を模索する。

 

 (奴の魔法は口から出ていた。口を塞げば魔法を止められる。だが、どうする? 奴の股下を潜り抜けて背後から格闘か? ……やるしかない!)

 

 バンドーは剣を抜き、自分が滑り込めるタイミングを掴む過程として、正面からではなく、愉快犯の左足寄りから一気に襲いかかった。

 

 だが、愉快犯はそれを見透かした様な素振りで口を開き、バンドーの足下を掬い上げる為にゆったりとした風を大気に舞わせる。

 

 「……!? え? どういう事?」

 

 バンドーの身体はふわりと宙に浮き、まるで空中でマラソンをしている様な体勢から、一気に床上に叩きつけられた。

 

 「だあぁっ!」

 

 バンドーは衝撃と痛みの余り、五感が一時的な麻痺を起こし、そして薄れ行く意識の中で魔法というものの恐怖に震撼する。

 

 「……駄目だ。絶対敵わないよこんなもん……同じ人間に、こんな力があるなんて……」

 

 愉快犯は床に這いつくばったまま動けないハインツとバンドーを放置したまま、ロビーへと歩き始めた。


 

 ロビーでは、クレアとシルバが図書館職員を護衛しながら臨戦態勢を取ってはいたが、バンドーに加えてハインツまでを退けた愉快犯の力に幾ばくかの戦慄を覚えている。

 

 そんな中、1羽気ままに館内を飛び回るフクちゃんの身を案じたリンは、鳥籠を持ってロビーから飛び出してきた。

 

 「フクちゃん! 危ないわ、戻って!」

 

 リンのやや軽率な行動を、クレアはすかさず制止する。

 

 「駄目よリン! 奴の狙いは貴女なのよ!」

 

 愉快犯はリンの姿を確認すると、魔力をややセーブした暗い光を口から発し、蒼白い空気の球をリン目掛けて放射した。

 

 「ジェシーさん、危ない!」

 

 ファーストネームでリンに呼び掛けたシルバは、彼女を庇って背中に空気球の直撃を受ける。

 

 「シルバさん!」

 

 「くっ……こんなの全然大丈夫……」

 

 シルバは平静を装って見せたが、その場に倒れ込んでしまった。

 

 「……許せない……あなたは何故、私達を狙うの? こんな事に何か意味があるの?」

 

 穏やかなリンが怒りに震える。

 

 そんな彼女の様子を見て、愉快犯は満足気にふんぞり返り、初めて自らを語り出した。


 「久し振りです、リンさん。その節はお世話になりました」

 

 リンはその声に聞き覚えがある。

 

 「……まさか……フェイ君?」

 

 リンからの呼び掛けに、愉快犯はゆっくりと頷く。


 

 リンが魔法学校に入学した時、同じクラスに中国からパリの魔法学校に留学したフェイ・ジーイーという学生がいた。

 

 彼は優れた魔法の才能を持ち、中国の一大プロジェクトとしてヨーロッパに派遣された、言わば天才児である。

 

 しかし、小柄で気の弱い性格と根深い人種差別、加えて多少のトラブルなら金で解決してしまう中国からの過剰なバックアップが仇となり、彼はクラスからいじめの標的にされてしまう。

 

 中国系の父親を持つリンは、そんな彼を庇い力になったが、フェイは鍛練を積んできた魔法をクラスメートにかけて重症を負わせてしまい、魔法学校を退学させられてしまったのだ。

 

 自らの代表がヨーロッパで恥を晒した事で中国からの援助は打ち切られ、フェイは精神科に入院して魔法も剥奪される。

 

 そんな彼が人知れず退院したのが、今年の春なのだ。


 「僕は全てを失った。中国の援助も、家族の愛も、社会の信用も……だけど、魔法だけは僕を見捨てなかった。何年もの間、僕を待っていてくれた。おまけに前よりも強力になって。僕は今、復讐の為に魔法を使っている。それが正しい事だとは思っていないよ、リンさん。でも、大自然の力が、僕に力を貸している。大自然が僕を憐れんで、復讐を遂げろと言っている」


 クレアもシルバもリンも、そして図書館職員も、彼の言葉を全否定する事は出来ない。

 

 だが、正しいと認める訳にも行かない。

 

 少なくとも彼は、ハインツ、バンドー、シルバを傷付けた「目前から取り除かなくてはいけない障害」なのだ。


 「僕のヨーロッパでの復讐は貴女で終わりだよ、リンさん。僕は生まれ変わるんだ。僕が無様ないじめられっ子だった事を知る人を痛い目に遭わせて黙らせたら、僕はいずれ中国にも復讐する。生まれ変わる為に!」


 「そんな事はさせません! 貴方が考えを改めてくれないのであれば……私が、貴方を黙らせる!」


 リンはそう言って眼鏡を外し、背筋を伸ばしてうつ向き、すぐに顔を上げた瞬間、右眼が素早く蒼白い光を放つ。

 そして、フェイとは比較にならない巨大な空気球を、投球モーションも無く全力で投げつける。


 「……!? 眼が光ってる! まさか、リンが……?」

 

 クレアは、リヨンで聞いた魔導士の噂を思い出していた。


 「わわ……うわあぁっ!」

 

 リンの魔法を避ける間もなく空気球に押し潰されたフェイは、音を上げて軋む図書館の外壁との間に挟まれる。


 リンは間髪入れずに左眼を光らせ、更なる空気球を高速で放ち、倍の圧力をフェイに加えた。

 

 周囲が異様な空気に静まり返る中、ひび割れて穴が開いた図書館の外壁から辛うじてフェイが這い出ると、リンはとどめとばかりに眉間に指を当て、蒼白い光を細い針の様に形成させる。


 「ジェシーさん! 駄目だ! これ以上は」

 

 シルバがリンを押し倒す様に抱きつき、2人は床を転がった。

 

 転倒のショックで我に帰ったリンは、急接近したシルバを見て顔を赤らめる。


 リンの強大な攻撃魔法をまともに喰らい、戦闘意欲を失なったフェイは、ふらつく足取りで図書館を去ろうと背後を振り返った。

 

 クレアがフェイを捕らえようと駆け出そうとした瞬間、それまで悠々自適に館内を飛び回っていたフクちゃんが急降下を始め、フェイの頭上近くまで降りて来る。

 

 「!?」

 

 周囲がその行動に首を傾げていると、突然、フクちゃんの背中にある白い光沢部分が光を放ち、そこから細い光線の様なものが真っ直ぐフェイの頭上を直撃した。


 「ぎゃっ! 痛ってぇ!」

 

 頭上に衝撃を受けたフェイは、その場で気絶してしまった。


 「???」

 

 状況が理解出来ない一同。

 

 リンが凄腕の魔導士である事、フクちゃんがただのフクロウではない事、取り合えず愉快犯は捕まえた事、図書館の外壁に穴が開いた事……。


 

 5月2日・19:00


 戦いは終わり、フェイは警察に引き渡され、捜査と同時進行で精神科に戻される事が決定する。

 

 強大な攻撃魔法で周囲を圧倒したリンは、防御魔法・回復魔法にも秀でており、硝子の破片を浴びたハインツの背中の回復を早め、背中を強打しただけのバンドーには特に何もしなかった。バンドー無念。


 警察、パリ市、賞金稼ぎ組合の合計でかなりの賞金がチーム・バンドーとリンに贈られたが、不可抗力とは言え自分の魔法で図書館の外壁に穴を開けてしまったリンのリクエストにより、賞金は全額図書館の修復工事に寄付される事となる。

 

 この善意に感動したパリ市長と図書館館長は、バンドー達にパリの高級ホテルの宿泊券をプレゼントし、図書館の修復工事が終わるまでの2ヶ月間、リンに有給休暇を与える事となった。


 また、フクちゃんにも何か不思議な力がある可能性が高まった事から、暫くはアニマルポリスに内緒でチーム・バンドーのマスコットとして帯同させる事も決定する。

 

 これにはバンドーも満面の笑みで喜んでいた。


 残るはただひとつ、リンの去就である。


 チーム・バンドー一行としては、当然リンを魔導士としてパーティーに迎えたい。

 例え図書館司書復職までの2ヶ月限定であったとしてもだ。

 

 また、周囲の印象からも明らかなシルバのリンへの好意を、今日1日で想い出にさせたくはないと言う、パーティーからの気配りも十分に窺える。


 夜も深まり、一同解散の時間が近づく中、リンがパーティーに別れの挨拶をした。

 

 「皆さん、今日は本当にありがとうございました。まさか賞金寄付にまでご協力いただけるなんて……。今日1日、楽しい事ばかりではありませんでしたけど、私も自分の人生と、魔法の使い方を考え直す良いきっかけになりましたし、賞金稼ぎと言う職業にも、皆さんの様な紳士的な方がいらっしゃるという事に、私感動しました。皆さんとも、フクちゃんとも、また何処かでお会い出来る事を楽しみに……」

 

 「これから毎日会うつもりはないですか?」

 

 リンの挨拶も聞き終えないうちに、バンドーがド直球の質問をリンに浴びせる。

 

 「……え? それって……」

 

 「うちのパーティーに入って、魔導士として少し人生経験積んでみない、って事。図書館に復職するまでの2ヶ月だけでもいいから」

 

 クレアもバンドーの後押しをした。

 

 リンが賞金稼ぎに向いている性格だとは思わないが、今までの地道な人生から少しだけ冒険する意欲はあるはずだと、クレアは踏んでいたのである。

 

 「別に、毎日あんたを今日みたいに矢面に立たせたりはしねぇよ。俺等が探していたのは、仲間を守れる防御や回復の魔法が使える魔導士なんだ。あんたのお陰で、俺の背中は万全だよ。サンキューな」

 

 ハインツも、彼なりのラブコールをリンに送った。

 

 「じ、自分は……今日は何も出来ませんでしたが、ジェシーさんに何かあったら、必ず自分が守ります……。自分らには、ジェシーさんの力が必要なんです……。ですから……一緒に旅に出て欲しいですっ!」

 

 シルバの不器用過ぎるメッセージに、バンドーとハインツは頭を抱えていたが、クレアは何やらときめいている様子である。


 男と女では、感動のポイントが違うのだ!


 リンは少しの間無言で考え込み、やがて柔和な微笑みとともにゆっくりと口を開く。


 「……わかりました! 私、パーティーに参加させていただきます! 正直、少し興味はあったんです。でも、家族も心配するでしょうから、有給休暇の2ヶ月間だけで、その後はまたその時考えさせていただいて宜しいですか?」


 「やったー!」


 パーティー一同、両手を高々と挙げてリンのパーティー加入を喜んだが、声を出したのはシルバだけだった。

 

 バンドー達が口裏合わせした演出である。


 

 この後、リンは家族への説明として、有給休暇に友達とヨーロッパ旅行を行う計画を立てる振りをする事となり、その友達として、バンドー達を彼女の実家へ招待する計画を呼び掛けた。

 

 リンの実家は、パリ郊外にある人気のチャイニーズ・レストランである。

 

 オーナー兼料理長の中国出身の父、ハオミュン・リンと、女優兼モデルでアイルランド系の母親キャシー・リン、ファッションモデルの兄ロビー・リンとの4人家族は、リンと父、母と兄とに家族は分裂しており、たまに顔を合わせても喧嘩が絶えないと言う。


 リンとしては、バンドー達が自分の家族との間に上手く作用してくれる事を期待している様であった。


 勿論、中華料理が食べられるという事で、チーム・バンドー一行も、リンの実家訪問を極めて前向きに検討していたのである。



  (続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] この世界では既に日本がないんですね。 なんか少し寂しい気がしますが、 日系人が各地に散らばっているみたいなので、 日本人の因子は残ってるようなので、安心しました。 戦闘シーンも臨場感があ…
[良い点] 丁寧な描写が1話から変わらず続けられている点には本当に好感が持てます。 戦闘描写もそうですし、その時その時の人の気持ちをしっかりと表わしている点をもってしても、シサマさんがキャラクターを大…
2020/03/07 23:21 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ