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バンドー  作者: シサマ
49/85

第48話 名探偵バンドー? ラガーマン変死の謎を解け!


 6月4日・11:30


 「もうすぐ昼食です! まあ、この田舎道ならファーストフードしか無いかも知れませんけどね。バンドーさん、見ておいて下さいよ!」


 シドニーへの中継地点であるニュージーランド最大の都市、オークランドを目指して、早朝から長旅を続けていたチーム・バンドー。


 バンドーの兄、シュンが会社から借りているキャンピングカーを返却する事情から、この長旅の運転手を担当するのはシルバセラーの若手職員、ジェフェルソン。

 事実、出発当初は彼が運転手であった。

 

 だが、長旅の報酬としてオークランドでの1泊が許可されていた為、1秒でも長く都会で遊びたいジェフェルソンがスピード違反の暴走。

 命の危険を感じたチーム・バンドーは彼を運転席から引きずり下ろし、シルバとバンドーが交代で運転手を担当する様になっていたのである。


 「……お前らだって、田舎にこもっていたら息が詰まるだろ……。この辺りは道路もがら空きなんだから、スピード出しても事故ったりなんかしねえよ!」


 運転技術に自信もあったのだろう。

 自らの想定するオークランド到着時間に遅れを取る事が懸念され、地団駄を踏むジェフェルソン。


 「……あんたは時間が惜しいだろうけど、あたし達は税金で招待されているのよ。万一の事があったら賞金稼ぎそのものの地位に関わるわ。運転はシルバ君とバンドーに任せて、あんたは遊ぶ体力でも残しておくのね!」


 クレアは既に、カンタベリーの若者まで仕切れる程のポジションを自ら確立していた。

 一見血の気が多そうなジェフェルソンが、クレアに対しては余り反抗する態度を見せていない現実に、隣の席に陣取るバンドーは畏敬(いけい)の念を禁じ得ない。


 「順調に行けば、夕食時には到着するみたいですけど、そのまま空港に向かうんですか?」


 暴走気味なジェフェルソンの運転からシルバの安全運転に切り替わり、ようやく車内で読書が出来る様になったリン。

 

 オークランドからシドニーへの最終便が混雑するとは思えないが、シドニーでの仕事の予定は明日の夕方。

 明日の始発便でも十分に間に合う為、その選択はチーム・バンドーに委ねられている。


 「オークランドからは、空港近くのホテルなら何処でも5名の空室を確保しているって連絡が来たよ。流石に食費や遊興費までは出してくれなかったけど、宿泊費はホテルにサインすれば大丈夫だってさ……あ! ケンちゃん、ファーストフードあったよ!」


 「……バンドーとシルバは食費が、クレアは遊興費がバカにならねえからな。お役所も正しい選択をしたと思うぜ!」


 ハインツは皮肉っぽい笑みを浮かべてジェフェルソンと腕を組み、ぶっちゃけ事実で反論出来ないバンドーとクレアは沈黙。

 シルバは無言のまま、目の前のドライブスルー進入に全神経を集中させていた。



 6月4日・17:40


 「オークランド空港だぜ! 皆、起きてるか?」


 疲労と退屈から、知らぬ間に眠りに就いていたチーム・バンドー。

 眠気を隠せなくなっていたバンドーとシルバに代わり、最終盤の運転を引き受けていたジェフェルソンの叫びが、初冬のオセアニアの空気で冷え始めた車内に響く。


 「……ふあぁ、寝ちゃってたのね。ありがとうジェフェルソン! 明日事故らない様に、夜遊びは程々にね」


 ジェフェルソンに素直な感謝を述べたクレアを先頭に、チーム・バンドーはキャンピングカーから下車。

 手を振って車を見送った後、一同は空港周辺のホテルを物色し始めた。


 

 「……流石ニュージーランド最大の都市、空港周りのホテルだけでもこんなに沢山あるんですね!」


 「……こりゃあ、探すだけでひと苦労だぜ。俺達は特にホテルこだわりもないだろ? 空港に一番近い所でいいんじゃねえか?」


 オセアニアに土地勘を持っていないヨーロッパ組のメンバーを尻目に、バンドーとシルバは無言で歩みを進めている。

 

 最近になって、ようやく剣士や魔導士という言葉が聞かれる様になったオセアニアだが、治安に注意が必要なオークランドレベルの大都市に於いても、未だ剣や防具を身に着けた人間は殆ど見られない。

 チーム・バンドーが夜の街を闊歩(かっぽ)する度に、映画の撮影でもあるのかと、好奇に満ちた視線が彼等に向けられていた。


 「……ちょっと、待ってよバンドー! そっちに何があるの?」


 夕食時の賑わいを見せるオークランドで、行き交う人混みにバンドーとシルバの姿を消されない様、クレアはリンとハインツに手招きをしてチームを集合させていた。


 「……ここだ! 昔ケンちゃんやおばあちゃんと来たホテル。地下がトレーニングジムになっているんだよ!」


 看板を前にバンドーが仁王立ちする、「キウイ・フィットネス・ホテル」は、規模は小さめで造りも質実剛健。

 しかしながら、ここはラグビー選手や格闘家御用達のホテルでもあり、知る人ぞ知る「聖地ホテル」として、カメラを構えたマニアらしき観光客も訪れる人気スポットである。


 「自分も最近、身体がなまっていると感じますからね。明日シドニーで、いきなり強盗と戦う……なんて事もあり得ますし、少し賞金稼ぎらしくなっておきましょう」


 「こりゃあいいな! クレアやリンもここに出入りすれば、その辺のヤワな奴等は怖くてナンパ出来ねえだろ」


 トレーニングに前向きな男性陣からの反応は上々。

 だが、それと比較して、ぶっちゃけイケメンならナンパされても考える余地のあるクレアと、周囲に書店のひとつも欲しかったリンからの反応は、極めて薄かった。


 「……ま、休めればいいんだし、そこでいいわ。昼寝して余りお腹も空いてないから、ちょっと自由行動しない? 1時間後に集合って事で」


 クレアからの提案を、同じく空腹は抱えていない男性陣は快諾。

 いち早くチェックインを済ませ、腹ごしらえとして軽いトレーニングを希望するバンドー、シルバ、ハインツと、ビーチの夕暮れを眺めに出掛ける事となったクレアとリン。

 

 男女それぞれでの別行動だが、クレアは短刀を忍ばせており、リンの魔法も豊かな自然の下で絶好調。

 ナンパ男や泥棒レベルであれば、特に心配は要らないだろう。



 「すみませ〜ん、チーム・バンドーの者ですが……」


 細身のハインツを除けば、ラグビー選手や格闘家にも見劣りしない体格のチーム・バンドー男性陣だが、今夜はオセアニアのレジェンド格闘家であるバンドーの祖母、エリサの後ろ楯はない。

 若干の緊張を伴いながらチェックインに挑む彼等を待っていたのは、12年前、バンドー達がホテルを訪れた時からフロントに立っていた、初老の紳士であった。


 「……レイジ君、ケン君、ウチに来てくれたのかい!? こんなに逞しくなって……」


 フロントに立つ老紳士、モリソンは、懐かしい顔の来客に驚きながらも、チーム・バンドーの来訪を心の何処かで期待していたのだろう。

 今やホテルの支配人にまで出世していた彼が、この時間帯にフロントに立つ事は極めて稀なのだから。


 「おじさん……いや、モリソン支配人、お久し振りです! ニュージーランドの空港ホテルにお世話して貰えるって聞いたので、俺とケンちゃんはここしかないと決めていました!」


 バンドーとシルバはモリソンに再会の挨拶を済ませ、チームメイトのハインツを紹介、残るメンバーが後から合流する旨を伝えた。


 

 モリソンは幼い頃、大災害からの復興の最中、女だてらに並みいる強敵を打ち負かすバンドーの祖母エリサから、オセアニア人としての誇りと勇気を貰っていた。

 彼自身は肩の怪我から若くして格闘家への夢を断念したものの、エリサから直接レクチャーを受けた男性第1号の弟子として、アスリートを支える裏方への転身を決意する。


 「……こんな物好きなホテル、私が継がなければ廃業してしまうからね。でも、最近のオセアニアの治安の悪化を考えれば、我々も先見の明があったと自負しているよ。若者の有り余るエネルギーは、健全に消費して貰いたいものだ」

 

 オールバックに白髪をまとめ、ホテルマンらしい小綺麗な佇まいのモリソン。

 だが、その瞳の奥には、自身の格闘技への情熱が、これからオセアニアでも台頭するであろう、賞金稼ぎを目指す若者の意欲と重なる確信が燃え上がっていた。

 

 「モリソンさん、夕食までの間、軽く身体を動かしたいんですけど、トレーニングジムは空いてますか?」


 チェックインのサインもそこそこに、バンドーはモリソンにトレーニングを申し出た。

 剣や小道具を預け、シルバとハインツも軽装になり、準備は万端である。


 「……ああ、今ジムを使っているのは、ラグビー選手2名だけだ。レストランは21:00まで営業しているから、それまでは好きにしていいよ」


 「ありがとうございます!」


 モリソンに一礼し、バンドー達は意気揚々とジムに向かった。



 6月4日・18:30


 「うっわ〜! めっちゃ綺麗! この空気感、ヨーロッパにはないわね!」


 夕焼けと星空が交差する様な、淡い紺色の黄昏。

 南半球の初冬ならではの肌寒く、それでいて乾燥しきってはいない、微かな温もり。


 ニュージーランドのビーチは、人の姿も疎らな今の季節、真の観光スポットとなるのかも知れない。


 「……殺風景に見えた空港の周りに、こんな美しいビーチが……。まさに、百聞は一見にしかず、ですね」


 数多の書物を読みふけってきたリンも、大自然の神秘には声を失うばかり。


 「……うん、そろそろ帰ろうか。人が少ないのは景色が見やすくていいけど、あたし達が最後の2人になっちゃったら、ついていく人が分からなくて迷子になるしね」


 クレアのジョークにリンも笑顔で頷き、ビーチに背を向けたその瞬間、彼女達の前に2人の男性が立ちはだかっていた。


 

 「今晩は! あんまり見ない顔だけど、オークランドの娘じゃないのかな?」


 細身で長身の男性2人組は、ブロンドヘアにブルーの瞳を持つ白人で、その整った顔立ちは大半の女性に好印象を与えるだろう。

 しかしながらクレアとリンには、その表情の裏側にある彼等の遊び慣れた雰囲気が透けて見えている。


 「……あら、イケメンお兄さんね。もう少し早く会っていれば良かったんだけど、これから彼氏と合流するの。ゴメンね」


 クレアにしては珍しく、イケメンコンビもそっけない態度でお断り。

 リンの彼氏はシルバで疑う余地はないだろうが、クレアの彼氏はハインツとしていいものなのか……。


 「すげーハイになれるクスリもあるんだ! 俺達と遊ぼうよ!」


 「そうそう、第一、大切な彼女を女だけで観光させる男なんて、絶対本気じゃねえって!」


 ナンパの極意は、ターゲットにしぶとく喰らいつき、しょうがないなぁと思わせる事。

 時間帯から推測するに、彼等にとっても今日最後のチャンスなのだろう。

 

 だが、そこは何度もドラッグ犯罪を目の当たりにしてきたチーム・バンドー。

 クスリを出してくる人間に気を許す事は出来ない。


 「うっさいわね! 痛い目に遭いたくなかったら帰んなさいよ!」


 まるで悪党の様なセリフを吐かなければならない自身に苛立ちながら、クレアはナンパ男を振り払う。

 その様子を見て、男達はターゲットをリンに変更した。


 「話せば分かるよ、誤解しないでくれ」


 「いやっ……やめて!」


 男達に腕を掴まれた瞬間、その嫌悪感から抵抗を試みたリンの顔から眼鏡が外れ、無意識のうちに魔力を高めた彼女の目が光る。


 「え……? うわああぁぁっ!!」


 突如としてリンの周辺に突風が沸き上がり、男達はまるで竜巻に巻き込まれる様に宙を舞った後、互いの頭を強打して地面に落下した。


 「あっ……!? ごめんなさい! 魔力が制御出来なくて……」


 ヨーロッパの生活ではまずあり得ない、自身の魔法の暴走に慌てるリン。

 頭を抱えて起き上がれない男達の元に駆け付けた彼女を制止するかの如く、間に割り込んだクレアは隠し持っていた短刀を抜き、男達を牽制(けんせい)する。


 「あたし達は、オセアニアの治安維持活動のアドバイザーとして呼ばれた賞金稼ぎなの。相手が悪かったわね。ただのナンパなら許してあげたけど、クスリの存在は看過出来ないわ。あんた達のせいで、人生を棒に振る女の子もいたかも知れないんだから!」


 魔法の存在を始め、目の前の光景を信じる事の出来ないナンパ男達は、驚きと恐怖で既に抵抗する気力を失っていた。


 「……でもクレアさん。私達オークランドの警察署が何処にあるか知らないですよね? 電話して引き取りに来て貰ったとしても、見張っている間に約束の時間が……」


 意気揚々とナンパ男を警察に突き出そうとしていたクレアは、リンの一言でふと我に返る。


 「あ、そう言えばそうよね……。しょうがない、ハインツに電話してホテルに警察呼んで貰うわ」



 6月4日・18:40


 「……ハハッ、そいつは災難だったな! ドラッグが絡んでそうなら立派な警察案件だ。分かった、このホテルの支配人も正義感が強そうだから、喜んで手を貸してくれるだろう。連れて来な!」


 リラックスした雰囲気とは相容れないシリアスワードを、電話越しに連発するハインツ。

 その姿に、トレーニングジムで知り合ったラグビー選手と雑談していたバンドーとシルバも思わず振り返る。


 「ハインツ、クレア達に何かあったの?」


 「……ああ、しつこいから撃退したナンパ男が、ドラッグを持っているみたいなんだとよ。俺達の立場としちゃあ、見逃す訳には行かないからな。こっちに連行するらしいから、モリソン支配人に警察を頼んでくるぜ」


 勢い良くトレーニングジムを立ち去るハインツの後ろ姿を眺めて、大柄褐色のサモア系ラグビー選手、ウィリアム・マオリはため息を着く。


 「……最近は、その場限りの快楽の為に身を持ち崩す奴が多過ぎるな……」


 「……全くだ。まあ、俺は他人の事は言えないがな……」


 やや自嘲気味な表情を浮かべる白人ラグビー選手、クレイグ・ローガンは、体格的にはバンドーにも劣る、ラグビー選手らしからぬ雰囲気の小柄な男だった。


 「ローガンさんが表紙のラグビー雑誌、俺持ってましたよ! まさかこんな所で会えるなんて!」


 かつて注目していたラグビー選手を目の当たりにして、バンドーは興奮を隠せない。


 「……いやいや、お恥ずかしい限りだよ。俺の全盛期なんて、2年やそこらだ。後はずっと、規律違反の問題児なんだからな」


 ローガンは首を横に振り、もはや覚えている者すら少なくなった自身のキャリアを苦々しく振り返った。



 クレイグ・ローガンは現在34歳。

 

 大学ラグビー界の新星と注目され、複数クラブ争奪戦の末にニュージーランドリーグ王者、オークランド・フェニックスに入団。

 従来のラグビー選手の常識を覆す程のスピードとテクニックで一躍スターダムにのし上がり、ルーキーイヤーでニュージーランド代表入りを果たす。


 だが、小柄な体格に太りにくい体質が重なり、パワーが重要視されるラグビーの世界でフィジカル強化が進まない。

 その結果怪我が増え、出場機会減少に悩む彼はプロ4年目、遂に筋力増強剤というドーピングに手を染めてしまうのである。


 「……クスリに頼ると、ろくな事がない。毎日自分が自分じゃない様な気分になるし、ピッチの中でも外でも荒れて、何度も謹慎を喰らったよ。このマオリが支えてくれなければ、今やっている2部クラブのアシスタントコーチにすら就けなかったんだから……」


 マオリと視線を合わせる事なく、黙々とトレーニングに打ち込むローガンを横目に、何処か後ろめたげな笑顔を作るマオリ。

 

 「……こいつがプロ3年目、最初の大怪我をしたのは、俺のタックルが原因だった。俺ももうすぐ現役引退だから、ウチのクラブのアシスタントコーチに推薦したのさ。まあ、罪滅ぼしだよ。お互い独身で暇だしな」


 各々がトレーニングに集中する中、互いへのリスペクトを感じさせるローガンとマオリの関係性に、バンドーとシルバも静かな感銘を受けていた。

 

 「……だが、ニュージーランドも、もうラグビー大国じゃない。代表で成功した奴は皆ヨーロッパのクラブに行っちまうし、名門のフェニックスにさえ地元のスポンサーが付かなくて、売却の噂があるくらい景気も悪い。2部クラブなんかにいる俺達は、本来身体が動くうちに堅気の仕事を探さなくちゃダメなんだよ」


 既に現役選手を引退して5年になるローガンは、何処か自虐的な笑みを浮かべてマオリと顔を合わせ、やがてトレーニングに集中する。

 


 「……んぐっ!? くおおぉぉっ……!」


 突如として奇声を発し、首を押さえて苦しみ始めるローガン。

 その尋常ではない光景に、マオリ、バンドー、シルバは一斉にトレーニングの手を止め、ローガンのもとに駆け寄った。


 「どうしたローガン!」


 マオリの声に反応する余裕すら失われたローガンの口元からは、唾液だけではない白い泡の様なものが溢れ出し、その顔色もみるみるうちに蒼ざめていく。


 「バンドーさん、モリソン支配人を呼んで来て下さい! 自分は携帯電話で救急車を呼びます!」


 「……わ、分かった!」


 今、モリソンのもとにはハインツ、クレア、リン、そしてクレア達が連れてきたドラッグ所持容疑の2人組、更には警察も駆け付けて来ているはず。

 ローガンに如何なる背景があろうと、救急車さえ揃えば事態の収拾が見込めるはず……バンドーは迷わずシルバの指示に従った。


 「……ぐはっ……! げほっ……」


 「ローガン!!」


 激しい嘔吐を最後に、床に崩れ落ちるローガン。

 やがて白眼を剥く彼の表情と、床に散らかる吐瀉物(としゃぶつ)の異様な臭いに、マオリは親友の介抱を一瞬躊躇する。


 「な、何だよ、この臭い……!」


 「桃とアーモンドが混じった様な……これは青酸です! マオリさん、離れて下さい!」


 軍隊時代に毒物の知識を身につけていたシルバは、事態の重さを直感してマオリをローガンから引き離した。

 

 もう、ローガンは助からない……。

 

「……こ、これは一体……!?」


 モリソンを先頭に、トレーニングジムに駆け付けた一同は、目の前の異様な光景に言葉を失うだけだった。



 6月4日・19:30


 「……シルバさんの推測通り、ローガンさんの死因は青酸による服毒死です。吐瀉物の分析はもうすぐ終わると思いますが、何やら薬用カプセルらしき残骸が見えたとの事で、ローガンさんが自ら服毒して自殺を図ったか、或いは定期的に服用している薬の中身を、何者かがすり替えたものと考えられます」


 「ローガンは俺の説得で、ドーピングは止めたはずだ! そもそも自殺する様な奴が、死の瞬間までトレーニングなんかやる訳がねえ!」


 検死官の落ち着き払った態度に苛立ちを隠せないマオリは、親友の死をまだ受け止める事が出来ない。


 「……オークランド警察の麻薬捜査班、マシューズです。イングランドのレスターから派遣されたばかりで、まだオセアニアに詳しくないので、今日は覆面捜査の研修中でした。宜しく」


 M字型に禿げ上がった頭髪が貫禄を感じさせる、細身の中年捜査官マシューズが、報告書を片手にトレーニングジムへと姿を現す。

 マオリの興奮を察したか、彼はまず支配人のモリソン、そして警察から説明を受けたチーム・バンドーの代表、バンドーと軽く握手を交わした。


 「ローガンさんの吐瀉物からは、青酸だけではなく違法ドラッグの成分も僅かに検出されました。吐瀉物の状態と薬用カプセルが胃の中で溶けた時間を考慮すると、ローガンさんは遅めの昼食を何処かで食べた後、常用している違法ドラッグだと疑わずに青酸入りの薬用カプセルを服用した事になります。マオリさん、昼食の心当たりはありませんか?」


 「……そんな……何てこった……。お、おい! 俺は疑われているのか!?」


 親友の死に加え、その親友が自身の説得も聞かずに違法ドラッグにまで手を出していた現実に、激しく狼狽(ろうばい)するマオリ。


 「……マオリ君、非常に心苦しいとは思うが、落ち着いて思い出してみてくれ」


 オセアニアのラガーマンであれば知らない者はいない、父親の様な存在の名物支配人モリソンに諭され、マオリは深呼吸の後、ゆっくりと回想を始める。


 「……今日はこのホテルで17:00に待ち合わせをしていた。だから、それ以前のローガンの行動は分からない……。だが、奴はここの向かいのレストランを気に入っていた。俺がこのホテルのレストランに誘っても、奴は向かいのレストランに行く程の常連さ。今思うと、食事だけじゃなく、何か取り引きをする為に足を運んでいたのかも知れないな……」


 「なるほど、ありがとうマオリさん。しかしながら、このホテルでローガンさんが亡くなった以上、このホテルにいる人間も全員が容疑者です。モリソン支配人、事件の後は、誰もホテルの外には出していませんよね?」


 マシューズは報告書とにらめっこをしながらモリソンを問いただしたのち、自身の携帯電話で応援を要請。

 その一部は、ホテル向かいのレストランの見張りに当たらせた。


 「……うむ、客とスタッフは勿論だが、事件に関与していないチーム・バンドーの女性陣と、彼女達が連行したドラッグの売人らしき男も拘束させて貰うよ。ひょっとしたら、このルートから犯人が割り出せるかも知れないし」


 クレアとリンによる、突然のナンパ男連行すらチャンスに変えるモリソンの機転の速さには、百戦錬磨のマシューズと検死官も舌を巻いている。

 流石は、バンドーの祖母エリサが認めた元格闘家。


 「ご協力ありがとうございます。向かいのレストランには、今部下を派遣して事情を説明させます。モリソン支配人、スタッフをロビーに集めて、宿泊客のリストを提出して下さい」



 6月4日・20:00


 宿泊予定のない、レストランで夕食を取るだけだった客にも事情を説明し、彼等はそのままレストラン内に留まった為、元来小規模な「キウイ・フィットネス・ホテル」は、まるで避難所の様に静かな賑わいを見せていた。

 

 チーム・バンドーが犯罪解決に長けた賞金稼ぎである事を理解したマシューズは、彼等をロビーに残し、ラグビー界を熟知したマオリとともに対策本部に招き入れ、準備は万端。


 「……マオリさん、今、ケンちゃんに調べて貰っているんだけど、ローガンさんは、何か人に恨まれる様な事をした事があるの?」


 かつて注目していたラグビー選手の突然の変死は、バンドーの心にも深い陰を落としていた。

 そんな彼の素朴な人柄が通じたのか、落ち着きを取り戻したマオリは言葉を紡ぎ始める。


 「……ドーピングの後のローガンは、常に荒れていた。何度も謹慎を喰らったし、ピッチの中でも危険なプレーが多かったんだ。だから、ぶん殴りたいレベルで恨みを買った奴は沢山いただろう。だが、ローガンはほとぼりが覚めればきちんと謝罪していたし、慈善活動で(みそぎ)も済ませていた。殺したい程の恨みは買っちゃいねえよ」


 「……バンドーさんに頼まれて、今、オークランド・フェニックスのホームページにアクセスしています。過去の記録から、ローガンさんが現役時代にラフプレーで退場した試合を6件検索出来ましたが、ラフプレーを受けた選手の中で、ライアン・ガーネットという選手だけは、脳震盪(のうしんとう)の後遺症で引退していますね……」


 両者の会話に割り込んできたシルバの言葉に、一瞬背筋を硬直させるマオリ。


 「……ああ、確かにガーネットの件は無視出来ないな。引退間際のベテラン選手のテンプルに、ローガンの膝が直撃したんだ。ガーネットは一時期歩行に杖が必要になったが、今はフェニックスの育成スクールコーチを問題なくやれているし、そもそも悪意のあるプレーじゃなかった。引退を早めた事で、確かに家族の恨みは買っただろうが、それで殺される程では……」


 自身の価値観が揺らぎ、マオリは無意識のうちに貧乏揺すりを始めていた。

 とは言うものの、確かにこの事実がローガンを毒殺する程の案件だとは思えない。


 「……ガーネット? 今日の客に確か同じ名前がいたぞ!? ジミー・ガーネット、20歳。フェニックスの育成スクール上がりの若手選手だが、つまりライアンの息子か……!?」


 モリソンはマシューズの手から、宿泊客リストを慌てて奪い返して名前を確認する。

 

 間違いない。

 ジミーは昼食を終えたと思われる13:00頃からトレーニングジムを利用し、16:00のチェックイン開始に合わせて宿泊していた。


 「モリソン支配人、急いでジミー選手を呼んで下さい! 逃亡の可能性があります!」


 「了解した!」


 マシューズに急かされ、スタッフに館内放送で呼び掛ける様に指示を出したモリソンは、自身もジミーの客室に足を運ぶ。



 「……何度も言ってるだろ! 俺はローガンを殺っちゃいねえ!」


 騒ぎを大きくする事を避ける為、一般客をロビーとレストランに残し、マシューズ、検死官、モリソン、マオリ、そしてチーム・バンドーとナンパ男は、ローガンの遺体を運び出したトレーニングジムで事件解明に挑んでいた。


 「親父を病院で引退させたローガンを憎んだ事はある。だが、今の俺にはこんな奴に構っている暇はねえよ! ドーピングの末にヤクで死ぬなんて、こいつらしい最期じゃねえか!」

 

 ジミーは如何にもラガーマンらしい屈強な体格をしていたが、そこはまだ20歳の若者。

 話しぶりや表情に幼さを隠せず、自己弁護に終始してなかなか事件の核心に迫れない。


 「お前の言い分は良く分かった……。だが、ローガンと無関係なら、何故俺達と重なる時間にこのホテルに泊まっていたんだ!? 支配人に訊いたが、今日が初めての利用だそうじゃないか」


 親友を侮辱され、限界近くまで頭に上昇した血の気をどうにか鎮めながら、マオリはジミーを問い詰める。


 「……そ、それは……。向かいのレストランで、4月から妹が働いているからだ。今日は妹の誕生日だから、兄貴らしく稼いだ金でプレゼントを買ってやった。昼飯を食べに行くついでに、妹にプレゼントを渡しただけなんだよ……」


 一見して強面(こわもて)な風貌に似合わない、兄妹愛を知られてしまう事に抵抗があったのだろう。

 ジミーはうつむきながら、小さく言葉を絞り出した。


 「マシューズだ。レストランが終業したら、室内はそのままに、店長とガーネットさんだけを待機させてくれ。我々もすぐ行く」


 慣れた手付きで場を仕切り、部下に連絡を入れるマシューズは、ガーネット兄妹が共謀してローガンを毒殺したという犯行の可能性を、一応選択肢に入れていた。

 とは言うものの、ローガンが問題のカプセルを服用したのは、向かいのレストランと見てまず間違いない。


 もう、このホテルからこれ以上の証拠は見つからないだろう。


 「モリソン支配人、一般の客はもう解放しても大丈夫でしょう。ジミー君の妹さんが、何か怪しい人間を目撃しているかも知れない。マオリさんとジミー君、チーム・バンドーの皆さんとそこの2人組は、私と一緒に向かいのレストランに同行して下さい」


 「おい! 俺たちゃ関係ねえよ! いつまで引き回すんだよ? ちょっと強引にナンパしただけだろ〜?」


 明らかに疲労の色を濃くしているナンパ男2人組だが、クレアが密かにズボンのポケットからドラッグの小袋を失敬していた事に、まだ気付いてはいない。


 「じゃ〜ん! これ何!?」


 「あっ……畜生! 返せよ! そいつはただの粉末カフェインだよ!」


 クレアに飛び掛かろうとした男を、リンの風魔法が押し戻し、まるて卓球のボールの様な往復を横目に、一同は不謹慎な太字スマイルでレストランへと移動する。



 6月4日・20:40


 オセアニアの夜はすっかり深まり、空気も鋭く冷やされてきた。

 夕食どころではなくなってしまったチーム・バンドーは、遅くとも夜明け前には事件解決の道筋をつけない限り、不眠のままシドニーに旅立たなくてはならない。


 「……やれやれ、クレア達だけだと思っていたら、俺達までとんだ災難だな」


 ハインツは悪態をついてみせてはいたものの、事件の謎が少しずつ解き明かされていく過程に充実の表情を浮かべている。

 彼は心底、中途半端を嫌う熱血漢なのだ。



 「いらっしゃいませ。まさかウチがこんな事件に巻き込まれるなんて……」


 皆を迎えてくれた、レストラン「ビート」の店長、カスタノスはギリシャ系のオセアニア人。

 長く伸びた立派過ぎる顎髭(あごひげ)は、衛生第一の料理人としては如何なものかと思うが、裏表のなさそうな豪快な雰囲気からして、周囲の評判の良さは窺える。


 「昼時のウチは、戦場の様な忙しさなんですよ。客席の怪しい人物なんて見ている暇がないですし、ウチのカメラも、防犯用というよりは厨房チェック用なんです。まだ新入りのガーネットさんが、お客様の顔を覚えているとも思えませんし……」


 カスタノスは一同を引き連れ、着替えを終えて帰宅準備をしていたジミーの妹、アリスのロッカーを訪ねた。


 

 「……お兄ちゃん! ローガンさんが亡くなったって本当!?」


 動揺を隠せない様子で、ジミーとハグを交わすアリス。

 この姿を見る限り、この兄妹がローガン殺しに関わっているとは思えない。


 「オークランド警察のマシューズです。お兄さんからも話は聞きましたが、まだあなた方兄妹は容疑者です。今日の出来事を、思い出せる範囲で、出来るだけ詳しく聞かせて下さい」


 マシューズの話を直立不動で聞くアリスは、ブラウンの瞳にブラウンのショートヘアー。

 兄とは違い華奢な体格で、19歳という年齢以上に幼く見える。


 「……はい、私はまだ働き始めて2ヶ月ですから、目の前の仕事で手一杯です。でも、今日は私の誕生日だったので、兄が昼食がてらにプレゼントを持ってきてくれました。兄が店を出て暫くして、ローガンさんが現れました。私は勿論彼を知っていましたし、正直、父の件で余りいい感情は持っていません」


 ここまでは、誰もが予想出来る受け答えだ。

 

 「でも、ローガンさんは私の存在には気付いていないみたいでしたし、新入りの私が料理を作る訳ではないので、時折視線を送る程度でした。ですから、ローガンさんに薬を渡す様な動きを見せる人の姿は確認出来ませんでした。私は料理を作らない分、まだお客様の顔が見える立場です。私が見ていないお客様は、他のスタッフも見ていないと思います……」


 「……そうですか……」


 有力な手がかりが得られず、肩を落とすマシューズ。

 この事件は、ドラッグ中毒を苦にしたローガンの自殺だったのだろうか?


 「……あれって、ルシールのルームミラーですか?」


 辺りを見回していたリンは、ふと厨房のフックにぶら下げられていた、小さめのルームミラーを指差す。


 「あ……お恥ずかしいです。あれがお兄ちゃんからのプレゼントで、私、嬉しくて仕事中なのにちょっと開けて見ちゃったんですよ。忙しくなったから、すぐに近くに掛けたまま、そのままになっちゃって……」


 恥ずかしそうにうつむくリアクションは、兄のジミーそっくり。流石は兄妹である。

 クレアはそんなアリスを擁護する様に、厨房に掛けられたルームミラーに向かって歩き出した。


 「ルシールのルームミラー、一流ブランド品、女の子の憧れよね! あれで50000CPもするのよ! 一度買ったら一生モノの品質だけどね……」


 「クレア、ストップ! そこから動いちゃダメだ!」


 レストランに突如として響き渡る、バンドーの叫び声。

 何やら閃いたのだろうか、その表情には、何処か確信めいたものが漂っている。


 「このレストランのカメラをひと通り見回していたんだ。あの天井から斜め下を撮影しているカメラ、あれの映像を見てみようよ!」


 「バンドーさん、そのカメラで一体何を……? あっ! そうか!」


 シルバにも、バンドーの意図が理解出来た様子だ。


 「バンドーさん、そのカメラは厨房を掠めているだけで、来客までは撮影出来ていないと思いますが……!?」


 クレアと同じ方向に歩き出したマシューズがルームミラーを見た瞬間、彼は驚くべき光景を目の当たりにする。

 アリスのルームミラーは偶然にも、客席を一望出来る光景が映し出される位置に掛けられていたのである。


 「あのカメラを外せ! 映像を洗い出すぞ!」


 マシューズの号令で、事態は激しく動き出す。



 「……いたぞ! こいつだ!」


 マシューズの部下が発見した映像には、アリスのルームミラーを通して革ジャンにサングラス、スキンヘッドの男が映し出されていた。


 「この男、入店からカメラの位置を何度も確認しています。カメラの視界に入らない様に蛇行しながら、ローガンの席に着き、掌に包んだ何かを置いて、すぐに立ち去っています。間違いありません!」


 「分析班を増強しろ! 映像を出来るだけ拡大するんだ!」


 警察が慌ただしい動きを見せる中、チーム・バンドーとマオリ、そしてガーネット兄妹は、更なる真相を求めて話し合いを進める。


 「ジミー、アリス、すまなかったな。これで真犯人が特定出来そうだ。だが、何故ローガンは殺されたんだ……? 売人にとって、客が付いているうちは稼ぎ時のはずだが……」


 ガーネット兄妹に頭を下げたマオリの問いに、バンドーが持論を展開し始めた。


 「……多分、マオリさんを裏切れないローガンさんが、薬を絶つ決意を見せたんじゃないかな? だから組織の怒りを買って……」


 「それがそうだとしても、バンドー、これは人殺しだ。組織としちゃあ、ただでさえお得意様がひとり減る訳だし、この犯罪が利益に繋がる確信がなけりゃ、迂闊(うかつ)にリスクは負えないんじゃないか?」


 バンドーとハインツとのやり取りを耳にして、暫く沈黙を続けていたジミーが、思い出した様に口を開く。


 「……俺達のクラブ、オークランド・フェニックスはニュージーランドではトップチームだが、近年スポンサー不足で、売却が噂されているんだ。何やらイスラエルのトップ企業のスポーツ部門が買い取ろうとしていて、チーム名をフェリックスに変えろとか、わざと株価を下げる為に小さな不祥事を大袈裟に報道したりとか……まさか……!?」


 「……フェリックス社か……」


 チーム・バンドー全員に、言葉に出来ない感情が沸き起こる。


 「ローガンに恨みを持つ、ガーネットの娘が働くレストランを舞台にひと騒ぎを起こせば、買収相手にとって最高のゴシップになるわ。全員オークランド・フェニックスと関係があるし、マスメディアで因縁の歴史が報道されたら、更なる株価下落とスポンサー離れを招く。背に腹は代えられなくなったクラブを説得して、筆頭株主の座を容易(たやす)くいただく……という算段ね」


 実家の財閥で経済の特殊教育を受けているクレアは、この世界の全てを手中に収めようとしているフェリックス社の野望を、素早く見抜いていた。

 

 

 「……よし、カプセルらしき物体を確認出来た! 後は君達、ナンパな売人の出番だな! 映像を見て、この売人が誰だか教えてくれ!」


 クレアとリンに両手を後ろに縛られたままの2人組は、すっかり疲弊していたが、強制的に見せられた映像の衝撃から、即座に目を逸らす。


 「ダメだ! こいつ、大物過ぎるよ……! 俺らだって命は惜しい。チクったら消されちまうぜ!」


 「大丈夫だ! オークランド警察の完全防備宿舎に君達を(かくま)う。君達が望むなら、レスターに身柄を移せる様に口を利いてもいいんだ!」


 売人仲間が怯える程の大物であれば、例え大金を積まれて保釈されようとも、前科がつき、オセアニアの麻薬捜査における重大な一歩となるはずだ。

 

 マシューズの熱い説得に、リンも加わる。


 「お願いします! 貴方達が軽い気持ちで薬を手渡した女の子達が今、人生を棒に振っているかも知れないんです! まだ軽いうちに、罪を償って下さい!」


 「お前ら、まだ余罪がありそうだな。俺、法律とかに余り詳しくないけど、ドラッグ所持の現行犯プラス余罪なら、懲役5年の実刑くらいは喰らうよ。司法取引をすれば減刑、上手く行けば執行猶予がついて、普通のナンパ兄ちゃんに戻れるかも知れないぜ!」


 バンドーの解説に目を丸くしたマシューズは、思わず盛大な拍手を贈っていた。


 「素晴らしい! もう私は必要ありませんね!」



 6月4日・22:00


 ナンパ男達の証言から割り出された犯人の名前は、ムナス・アバーダ。

 

 イスラエル出身で、フェリックス社とのパイプを持つドラッグディーラー。

 スポーツ選手や芸能人など、大口の顧客を専門に扱うオセアニア屈指の悪党で、ドラッグの流入ルートは、かつてチーム・バンドーも戦ったスペインの犯罪組織、ラ・マシアだ。

 

 「……アバーダの裏の顔はオークランドの会員制クラブ、キングスの重役だと聞きました。居場所は分かりやすいので、応援を増強して踏み込みますよ。奴もまさか、自分がカメラに丸写りしているとは夢にも思っていないでしょう。アリスさんのルームミラーのお陰ですね。皆さん、今日は本当にありがとうございました!」


 事件解決に確信が持てる段階に入り、冷静になったマシューズは普段の口調に戻る。


 「ここまで来て、捕物帖に参加出来ねえとは残念だが、シドニーの仕事より先に剣を振り回して暴れる訳には行かねえよな。それじゃマシューズ、達者でな!」


 少々欲求不満な様子を見せるハインツだったが、銃弾の飛び交う可能性があるマフィア捕物帖に、剣士や魔導士の自分達は足手まといになりかねない。

 そう考えたチーム・バンドーはホテルに戻り、ガーネット兄妹やモリソン支配人とともに、事件の解決を見守る事となった。


 「ジェフェルソンには、遊んでないでさっさと寝ないと危ないわよ! って言わないとね!」


 とどめに放つクレアのジョークに、チーム・バンドーは大爆笑。

 そのジョークの意味が分からないガーネット兄妹は、反応に困って固まっている。

 

 「……俺はついて行くぜ! ローガンの最期はろくでなしだったかも知れないが、少なくとも俺は奴が輝いていた頃を知っている。奴をビジネスの道具にして殺した人間には、1発お見舞いしないと気が済まねえ!」


 マオリはマシューズの厚意により、特別参考人として捜査車両に搭乗する事を許された。


 「……マオリさん。いくらアバーダが憎くても、奴に手を出せば留置所行きですよ。くれぐれも穏便にお願いしますね」


 マシューズはマオリを牽制したものの、その表情は笑いを堪えきれない様子に映る。


 「留置所行きか……それだけでいいのか?」


 夜の闇をひた走る捜査車両に、マシューズとマオリの豪快な笑い声が響き渡っていた。



 6月5日・7:00


 すっかり疲れ切ってしまい、夕食も取らずにホテルで熟睡してしまったチーム・バンドー。


 マシューズからのメールがホテルに届き、アバーダの身柄を無事に拘束。

 当然、アバーダ側は保釈金を積んで逃げ切る様相を呈しているものの、カメラに丸写りしている彼の姿と行動は、そう簡単に保釈へと導けるものではないだろう。


 マオリは怒りを我慢出来ず、車内でアバーダを1発殴ってしまい、お約束の留置所行き。

 

 所属の2部クラブに迷惑を掛けてしまった事で、クラブとの契約も解除。

 寂しい現役引退となってしまった。


 だが、捨てる神あれば拾う神あり。


 事情を親身に理解するモリソン支配人のスカウトを受け、マオリは「キウイ・フィットネス・ホテル」の警備員に転身。

 いずれはモリソンの後を継ぎ、このホテルを次代のアスリート達に知らしめる事だろう。


 ……ホテルの向かいにある人気レストラン「ビート」の、新米ウェイトレスにしてこの事件解決の立役者、アリス・ガーネットらとともに……。



  (続く)

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