第43話 運命の地バルセロナ (中編) 〜追い詰める男達〜
マドリードからバルセロナへと移動したチーム・バンドーと特殊部隊の面々は、それぞれにシルバの両親の仇討ちと、犯罪組織「ラ・マシア」の捜索という目的に向けて調査を行っていた。
ホームレス暮らしから脱出する為に、ラ・マシアの雑用係として罪を犯してしまった少年、マジードを警察に預けたチーム・バンドー。
彼等は特殊部隊から派遣されたゲレーロとともに、シルバの両親の仇が潜んでいる可能性の高い運送会社「インテル・カルガ」への接触を試みる。
5月27日・20:00
「……俺がチーム・エスピノーザにスカウトされたのは、ヤク欲しさにチンケなマフィアのボディーガードに身を堕としていた中、奴等が格闘技賭博と武闘大会のメンバーを探していた時だ。だが、奴等は同時に、エスピノーザの兄に横流しする武器の目利きが出来る人材も探していた。そこで元軍人の俺が、インテル・カルガと交渉をしたのさ。俺ならインテル・カルガに門前払いされる事はねえよ」
未だ薬物依存症の治療中であるゲレーロは、やや苦々しく過去を振り返りながらも、インテル・カルガとの接触には自信を持っている様子だ。
彼がチーム・バンドーと練り上げた計画は以下の通り。
雇い主のエスピノーザが拘束されて仕事を失ったゲレーロが、死亡した元社員・ワレムの代わりとばかりにインテル・カルガに自らを売り込み、そのついでに彼等にヤバい仕事を持ち込む。
その仕事を引き受ける人間がいるかどうかで、社内に潜む元悪党をあぶり出すのである。
既にゲレーロはロドリゲス隊長の許可を得て、特殊部隊の捜査用に使用を許可された見せ金の内、5000000CPを架空の仕事の報酬として用意してあったのだ。
「……シルバ、お前には胸の痛い話だろうが、テロリストがバスに仕掛けるレベルの破壊力を持つ爆弾、そいつを奴等に依頼する。この仕事に乗ってくる奴は、例えお前の両親の仇じゃ無かったとしても、当時の知識や犯人との繋がりがあるはずだ」
努めて冷静に、作戦を淡々と報告するゲレーロの姿を、複雑な心境で見つめるチーム・バンドーの面々。
だが、彼等の心配をよそに、シルバの目は確実に未来を見据えていた。
「分かりました。宜しくお願いします!」
5月27日・20:30
その頃、マジードからラ・マシアと中国の武器商人との関係性を聞き出していた特殊部隊の面々は、武器商人の窓口となっていると思われる、チャイナタウンの雑貨屋に関する情報収集に乗り出す事となる。
バルセロナに近年整備されたチャイナタウン。
元来、スペインのチャイナタウンと言えばマドリードが有名であったが、サッカークラブを始め、今世紀初頭から世界的に注目を高めたバルセロナのスポーツビジネスに、中国の企業が進出した事がその発端だった。
そして、54年前の大災害で故郷を失った日系や朝鮮系の民族が、他大陸移住の取っ掛かりとして、同じ東アジア系の中華コミュニティーに身を寄せた事で、世界の大都市にチャイナタウンは欠かせなくなっていく。
この現象は、政治経済、或いは人口的な問題から中国本土が移民を制限した事とも関連しているが、日系や朝鮮系の人々にとって、純粋な中国の価値観に支配された土地よりは、欧米の価値観が混じったチャイナタウンの方が快適な生活が送れたからでもあった。
復興段階を終え、再び経済格差の拡がる昨今に於いて、比較的安価な中華料理は世界に浸透。
またそれと同時に、一時は忘れられかけていた日本や朝鮮の文化復興の拠点として、東アジア見本市の役割を持つチャイナタウンの存在意義が増していたのである。
「チャイナタウンの雑貨屋は、表向きは東アジア全域の伝統工芸品を扱っていますが、店のスケールに見合わない巨大な地下室を持っています。この地下室は、近年までは東アジアの武闘道場で、自分の友人であるソンジュン・パクもテコンドー大会に参加したと聞きました。しかし、現在では道場は閉鎖され、怪しげな新興宗教団体の教堂になっているそうです」
特殊部隊の隊員キムは、チーム・HPのテコンドー選手として先日の武闘大会にも参戦した、親友のパクからの情報を部隊に伝えた。
「……チェンを洗脳しやがったのはそいつらか……。その調査、俺にやらせてくれ!」
キムの話を聞いていた元レンジャー隊員のグルエソは、自身の相棒的な存在だった元同僚・チェンが起こしたクーデター未遂事件の謎を解く為、鼻息も荒く任務に名乗り出る。
「……グルエソ、そう早まるな。マジードの言う通り、奴等とラ・マシア、そしてフェリックス社がグルになっているとすれば、恐らくワレムの一件で俺達の正体は割れている。過去を知る格闘家か宗教団体の信者か、取りあえず誰かを間に立たせた方がいいだろう」
意気上がるグルエソをたしなめるロドリゲス隊長。
その姿を目の当たりにし、確信的な笑みを浮かべるキムは、自らのプランを自信満々に打ち明けた。
「そのパクと、彼の相棒であるジェームズ・ハドソンが、チームメイトの補填目的で近隣まで来ているんです。そして、旧アメリカ大企業の家系出身であるハドソンは、アメリカとイスラエルを混同させたフェリックス社のやり方を快く思っていないとの話でした。彼等の協力を明日までに取り付けてみせますよ」
「……よし、そこはキムに任せる。我々は雑貨屋と新興宗教が武器やドラッグの密輸に関わっているか調査するぞ!」
ロドリゲス隊長の合図と同時に、各々の持ち場に着く特殊部隊。
マジードからの情報が確かであれば、彼の罪も軽減される事だろう。
5月27日・21:00
「……みんな、テレビを観て!」
作戦会議で男性部屋に集まっていたチーム・バンドーが就寝に備えて解散する直前、テレビを眺めていたクレアは突然メンバー達を呼び止めた。
「シドニーに剣術学校と魔法学校、急ピッチで建設中だって。遂にオセアニアにも出来るのね!」
クレアの言葉にいち早く反応したのは、ニュージーランド・カンタベリー育ちのバンドーとシルバ。
これまで魔法の存在や研究に無頓着で、剣や防具とも無縁な程治安に定評のあったオセアニアに、剣術学校と魔法学校が出来るというニュースは、彼等にとって衝撃的なニュースなのである。
『……こちらが建設現場です!アース最後の楽園と言われたオセアニアにも、つい最近から密入者による剣術・魔法犯罪が急増しています。また、オーストラリア程ではありませんが、ニュージーランドでも犯罪が増加傾向にあり、いずれはオークランドにも学校が建つのではないかと言われていますね。……しかしながら、同時に建設が行われているショッピングセンターを含めて、フェリックス社の独占的な経済支配は、アースのパワーバランスを崩すとの懸念もありますが……』
レポーターのコメントに声を潜め、聞き耳を立てる一同。
世界の動向に関心の薄い一般人であれば、このニュースをあくまでオセアニアの治安と雇用の問題として受け取るだろう。
だが、チーム・バンドーと特殊部隊は知っている。
これはフェリックス社の、いや、旧アメリカ財閥とイスラエル、そして中国によるロシア政権への反逆、その決め打ちである事を。
ピピピッ……
暫しの沈黙を打ち破る様に鳴り響く、バンドーの携帯電話。
ディスプレイに表示された名前は、ポルトガルでシルバと再会した時以来電話をしていなかった地元の身内、バンドーの兄シュンである。
「……兄貴!? 俺だよ、レイジだよ!どうしたの?」
今、テレビのニュースを観るまで、家族からオセアニアの現状を知らされる事も無かったバンドーは、突然の兄からの電話に驚きを隠せない。
「……レイジか?そっちは夜だな。こんな時間にすまない。もう、ヨーロッパにもニュースが入って来ているかと思うが、オセアニアも剣士や魔導士の犯罪が増えてきた。カンタベリーはまだ大丈夫だが、俺達の暮らしがいつまで安全なのかは分からない。対策が必要になってきたんだ」
バンドーとは対照的に、地元の一流企業で着実にキャリアを積んでいるシュン。
知性派のキャラクターであるが故、その口調から危機感や焦燥感といったものは余り感じられないものの、ヨーロッパとの時差を理解した上での夜中の電話には、何やら急ぎの用件があると見て間違いない無さそうだ。
「……今、シドニーの学校を始めとしたオセアニア全域で、剣術や魔法の犯罪に対応出来る人材が求められている。お前とシルバ君は地元の人間だし、武闘大会で名を上げて注目を浴びているみたいなんだ。今すぐ帰って来いとは言わないが、皆がシルバ君にも会いたがっているし、そっちで出来た仲間も連れて来て、少しこっちでバイトしてみないか?」
急な勧誘に戸惑いを感じながらも、バンドーはこの一件を「いい話」であると直感する。
ここバルセロナでシルバの両親の仇討ちを成し遂げる事が出来れば、その達成感と肩の荷が降りる事により、彼と彼をサポートするリンのモチベーションは一時的に低下するだろう。気分転換と休息が必要になる。
また、自身の剣術道場を持つ夢に向かって資金を貯めているクレアにとっても、オセアニアの新米剣士を引率する経験はプラスとなるはずだ。
一方でハインツの立場からすると、恐らく自分より強い相手が存在しないオセアニアという環境は、剣士としての成長に繋がるとは言い難いかも知れない。
だが、物心着いた時から剣術一筋に打ち込んで来た彼も、チーム・バンドー加入で人間的な幅を広げてきた。
オセアニアの各地域、少なくともバンドーの故郷カンタベリーは人種差別や経済格差も緩やかであり、ヨーロッパでは得られないものが必ずあるはず。
「分かった!今は大事な用があるけど、2〜3日以内に必ず返事をするよ!情報ありがとう!」
世間話もそこそこに電話を切ったバンドーは、取りあえずゲレーロとフクちゃんの存在は脇に置き、好奇心に満ちたパーティーの視線に応える様に、手短に電話の内容を報告した。
「ニュージーランド!魔法を使う身としては、自然の豊かな地域に憧れがありました。バンドーさんのご家族にも、是非お会いしたいです!」
最初に反応を示したのはリン。
自然の豊かなオセアニアで、自らの魔法の可能性を高めたいという気持ちもあるだろうが、彼女が第一に望むものはやはり、シルバと彼女自身の心の平穏なのだろう。
「バンドーのお兄さんって、エリート商社マンなんでしょ?顔も似てるの?」
「……俺よりはイケメンだし、肌の色も薄いし、身長も180㎝くらいあるよ」
ミーハー心見え見えの質問をするクレア。
いつもの彼女らしさにやや食傷気味なバンドーは、彼女が喜びそうな情報を先回りしてお伝えして差し上げた。
「まあ、アルバイト兼バカンスとしちゃあ悪くない話だな。だが、余り長居するのは御免だぜ。腕もなまっちまうし、そもそも頻繁に飛行機に乗せられるんだろ?」
大方の予想通りの答えを返すハインツ。
バンドーでさえ尻が痛くなった長時間のフライトを、かなり恐れている様子である。
「……自分もそろそろ、故郷の皆さんに向き合わないといけないと考えていました……。結果がどうであれ、バルセロナでの仕事が終われば一度帰郷しますよ」
シルバの決意でパーティーの方針は決定した。
「……いいタイミングですね。実は私も、1級神の命名式と今後についての野暮用がありまして、数日ではありますが神界に帰らないといけないんです。ニュージーランド到着まではお付き合いしますので、ハインツさんは安心して下さい」
フクちゃんはそう言ってハインツに悪戯っぽい笑みを浮かべ、最近忘れがちになっていた、自身の女神としての役割を改めて自覚する。
「……俺が口を出す話題じゃねえな。だが、オセアニアが地域ぐるみで賞金稼ぎを集める方針なら、その経験があるサンチェスとタワンを、現地での社会奉仕目的で保釈する事が出来るかも知れないぜ。移住の許可が正式に下りるまでは、奴等も必死になるだろう。警察に連絡しといてやるよ」
ゲレーロの言葉はパーティーに希望を与え、明日からのバルセロナ最終決戦に向けた各々の気合いは高まっていた。
5月28日・10:00
一夜明け、運送会社インテル・カルガの人事部長、オリオル・アロンソとの求人面接を控えたゲレーロは、まるでマフィアの大物と見間違うかの様な、強面のスーツ姿で高級車を走らせる。
彼はかつてチーム・エスピノーザの一員として、インテル・カルガと武器の密輸に関する交渉をした経験を持っていたが、武闘大会中に違法薬物の使用により逮捕されている。
故に、インテル・カルガとの接触に於いては何をさておき、警察の影を払拭しなければならなかったのだ。
そんな彼に与えられた車は、まさかのダビド・エスピノーザの愛用車。
書類送検されたエスピノーザの過剰な私財が一時的に差し押さえられ、ゲレーロが未だチーム・エスピノーザの一員であるというアリバイの演出に、バルセロナ警察がひと役買ってくれていたのである。
(……このシートの位置角度……チビのあいつじゃ足が届かねえよ。自分で運転した事無いんじゃねえのか……?)
ひとり悪態をつきながらも、こちらを一目振り返る度に慌てて道を譲る、外側車線の車を眺める気分は悪くない。
正義感の強い軍人だった自分も、既に遠い昔の話。
今の自分は薬物依存症の元チンピラ……ゲレーロは窓の外を流れる景色を横目に、沸き上がる虚しさを豪快に笑い飛ばそうとしていた。
インテル・カルガに到着したゲレーロは、駐車場に所狭しと並べられた集荷用トラックの間を掻き分け、事務所近くの一等地ポジションに強引な駐車を試みる。
外から眺める一般社員に、物騒な奴が来たという印象を敢えて植え付ける為である。
「おはようございま……ひいっ!」
スキンヘッドに頭を丸めた、190㎝の屈強な黒人男性が紫色のスーツに身を包んで現れる。
受付嬢は感情表現が豊かなラテン系で、そのおおらかな美貌を崩してゲレーロに怯えていた。
「……求人の面接に来たラファエル・ゲレーロだ。オリオル・アロンソ人事部長に会わせてくれ」
ドスの効いた声で睨みを利かせるゲレーロの態度は、おおよそ会社にお世話になりたいと願う人間のそれでは無い。
彼の圧力に腰を抜かしてしまった受付嬢は、声を出せないまま応接室を指差してゲレーロを誘導する。
「……ゲレーロだな?入ってくれ」
半開きになっていた応接室のドアから、電話で聞き慣れていた声が聞こえる。
かつて武器の横流しの交渉を行った相手であり、最近会社の人事部長へ昇進していたオリオル・アロンソだ。
「久し振りだな、ゲレーロ。まさかお前がウチの面接を受けに来るとは、夢にも思わなかったよ」
面接用の対面机に、その上半身だけを覗かせて苦笑いを浮かべるアロンソは、小柄ではあるが精悍な顔立ちと筋肉質の体格を持つ、単なる中間管理職には見えないオーラを漂わせている。
「雇い主のエスピノーザがパクられた。俺も働かないといけねえしな。ヤクと運転手の件では、お前らにも迷惑を掛けたよ。社員が死んだって聞いたぜ」
ゲレーロはエスピノーザの運転手、サルガードの交通事故をアロンソに詫び、昨日変死した事になっている元社員、ハティ・ワレムの件をそれとなく仄めかした。
「……あいつは前のめりで、いつか破滅すると思っていたよ。恐らく、ヤクでラ・マシアと取引でもしようとしたんだろう。馬鹿な奴だ」
部下の暴走を止められなかった後悔を微かに滲ませたアロンソだが、やがて気持ちを切り替え、その関係性からほぼ採用が決定しているゲレーロ宛ての資料を取り出す。
「……これだけは確認しないとな。ゲレーロ、お前は確か2週間程前、武闘大会中にヤクに手を出して拘束されたと聞いている。その件はどうなっているんだ?」
ラ・マシアとの繋がりが深いインテル・カルガにとって、警察組織に情報を漏らす訳には行かない。
アロンソはゲレーロと目を合わせ、真剣な表情で相手を問い詰めた。
「心配するな。ヤクに関しては俺は初犯だったし、軍人時代の実績が考慮されて不起訴になっている。それに、俺が拘束されたのはドイツだ。スペインでの就労に監視は入らない」
涼しい顔で身の上話を展開するゲレーロ。
彼の話の半分は事実だが、半分は虚構である。
「……よし、分かった。お前を運転手として採用しよう。だが、元商売仲間とは言え贔屓はしない。日給10000CP、3ヶ月の試用期間後に正式採用だ。それでいいか?」
「ありがてえ!恩に着るよ」
安堵の表情を見せ、アロンソと固い握手を交わすゲレーロ。
だが、その動作の傍ら、彼は自身が持ち込んだビジネスバッグを机に乗せ、格好を崩して左右を見渡した。
「……ん?どうした?」
ゲレーロの挙動に疑問を抱いたアロンソは彼に詰め寄り、相手が面接以外の用件を隠している可能性に言及する。
「……アロンソ、あまり大きな声じゃ言えねえんだが……この会社に爆弾が作れる奴はいないか?」
「……何だと!?」
ゲレーロからの突然のリクエストに、流石のアロンソも両目を大きく見開き、その驚きを隠さない。
「……実は、故郷の友達が、仲間の刑期を延長する法律を通した議員を殺りたがっているんだ。議員団はもうすぐ研修でスペイン入りする予定で、そいつらのバスに爆弾を仕掛けるテロだよ。爆弾の威力はバス1台壊せる程度でいい。金に糸目は付けない、出来るだけ早く欲しいとの事なんだが……」
ゲレーロからの要望を無言で聞いていたアロンソは、白髪混じりの顎髭に手を添えて少し考えた後、眉間にしわを寄せて首を横に振る。
「……俺も政治家は嫌いだし、誰だって金は欲しい。だが、コロンビアの犯行に手を貸すならともかく、スペインでの犯行は危険だ。金のやり取りからこちらの所在が割れる可能性もあるしな。悪いが他を当たってくれないか?」
名残惜しさを引きずりながらも、トラブルを回避する決断をしようとしたアロンソに、ゲレーロが更に食い下がった。
「爆弾は俺に渡してくれればいいんだよ。俺はその場で金を払って、それから友達に爆弾を届ける。お前らは友達と接触しなくていい。爆弾を作ってくれたら前金で5000000CP、成功したらもう5000000CPだ」
「……バス1台壊せるレベルの爆弾を作るだけで、5000000CPだと……!」
ゲレーロから伝えられた破格の好条件に、アロンソは激しく動揺している。
その隙を見逃さず、ゲレーロは最後のひと押しに出る。
「奴等の仕事が終わるまで、俺の採用は先送りにしておけ。そうすればお前らとは無関係な人間の犯行になる。頼む、誰かいないか?」
机に乗せたビジネスバッグを開け、札束をちらつかせるゲレーロ。
アロンソの陥落は、もはや時間の問題だった。
「……よし、分かった。手配しよう」
覚悟を決めたか、暫しの沈黙の後、アロンソは天井を見上げて拳を握り締める。
「爆弾を作れる奴がいるのか?誰だ?話をさせてくれ!」
興奮して椅子から立ち上がるゲレーロ。
しかしながら、アロンソはそんな相手をたしなめるかの様に、努めて冷静に右手の親指を自身に向けた。
「こんなボロい儲け話、他人に譲れるか。爆弾は俺が作る。いや、もう作ってある。カバーをかけるだけの状態で保管してあるんだ。心配するな。バスの爆弾テロなら、昔ブラジルでやっている。俺は第一人者なんだよ」
アロンソのその言葉は、ゲレーロにある確信を持たせようしている。
スペイン語圏の人間。
30代後半から40代前半と思われる風貌。
昔、ブラジルで爆弾テロをやっている。
そして……
「急ぐと言ったな。昼休みに帰って、爆弾を持って来てやる。今から3時間後、裏口の隣の喫煙室に来い。そのバッグに5000000CPあるんだろ?忘れるなよ!」
早口で言葉を捲し立て、勢い良く席を立つアロンソ。
その身長は、ゲレーロと比較して頭ひとつ分以上に小さかった。
間違いない。
彼がシルバの両親の仇だ。
5月28日・10:30
シーズンオフのサッカースタジアムを抜け、華やかなバルセロナの表通りへ。
そこには、快適この上ない陽射しを浴びた、1台のオープンタイプのスポーツカー。
一般企業に就職したチームメイト、アレックス・コネリーの後釜を探すチーム・HPの双頭、ジェームズ・ハドソンとソンジュン・パクの登場である。
「……俺達のチームは原則として、大災害でルーツの国を失った人間の集まりだ。残された候補は、コネリーと同じカナダ系か、ウチにはいない日系だけ。ハドソン、前に言った時は冗談だったが、今のバンドーならスカウトする価値があるんじゃないか?」
普段は好青年だが、キレると手の付けられない「狂犬」に豹変する格闘家パクは、武闘大会で名を上げたバンドーをチームに招きたがっている様子だ。
「……おいパク、ちょっと待てよ。確かに今のバンドーは強くなっている。だが、ウチのチームには既にお前とグァンリョン、2人の朝鮮系がいる。東アジア人をこれ以上増やすのは御免だぜ」
屈強な肉体を誇示する様なタンクトップ姿に、如何にも陽気な黒人青年らしい派手なサングラス。
チームの創始者である剣士ハドソンは、自身とドワイト・コールの黒人コンビ、パクとイム・グァンリョンの黄色人種コンビとのバランスを考慮して、カナダかアメリカにルーツを持つ白人を仲間に加えたがっている。
「……近年アジア系が増えているバルセロナにわざわざ来ておいて……。そんなに白人を入れたければ、イングランドに帰って探せばいいだろ!」
「分かってないな、パク。イングランドで性格のいい白人を探すのは難しいんだよ!」
やや偏見を交えてはいるものの、喧嘩する程仲の良い彼等のやり取りを、遠くから眺めていた特殊部隊のキム。
彼は親友のパクを通して、チャイナタウンの雑貨屋と新興宗教団体の調査協力を彼等に要請していたのだ。
「……おい、来たぞ」
キムの姿を発見したハドソンはパクに声をかけ、ゆっくりと高級レンタカーを近付ける。
ハドソン程では無いにせよ、元軍人であるキムの肉体もかなりのもの。
自身にとっては初対面の相手でも、それがただのアジア人では無い事は、戦う男の肌感覚で既に理解出来ていた。
「……特殊部隊のドンゴン・キムです。この度は多忙な中、調査にご協力いただき……」
「おい、その態度はお前の普段着じゃねえだろ?格好付ける必要はねえよ!本当に1時間のアルバイトで200000CP貰えるんだろうな?」
キムの挨拶を遮り、シンプルな真実のみを要求するハドソン。
相変わらず分かりやすい相棒の態度に笑いが止まらないパクは、キムを車に招き入れ、親友との久し振りの再会に拳を合わせる。
「……大丈夫だハドソン。こいつは何を考えているか分からない時はあるが、金に嘘をついた事は無い」
パクからの微妙な評価に眉をひそめたキムも、やがて格好を崩し、用件を淀みなく話し始めた。
「……遠慮は要らない様だな。チャイナタウンの雑貨屋に今、武器やドラッグ密売の噂がある。更に、かつては武闘道場だった地下室は、今は怪しい新興宗教団体の教堂らしい。お前達には久し振りに武闘道場を訪れたふりをして貰い、雑貨屋と宗教団体の情報を少しだけ仕入れて欲しいんだ。強引な勧誘や、手荒い歓迎を受ける可能性があるから謝礼は高めにしているが、お前達なら五体満足で帰れるだろう。特殊部隊も遠方からバックアップはしている」
キムの態度は、実に淡々としたものに映っている。
だがしかし、成る程これは素人には難しいミッションである。
「遠方からバックアップって……狙撃手でもいるのかよ?」
そう呟いて、車を走らせながら危険なアルバイトを笑い飛ばすハドソンを横目に、キムはパクに何やら小道具を手渡した。
「非常用ブザーに特化した通信機だ。携帯電話の電波が届かない地下室や山林でも、このブザーだけは特殊部隊に届く。お前達がこのブザーに頼らなければならない事態とあらば、相手側は犯罪に打って出ている可能性が高い」
通信機をまじまじと眺めるパク。
軍隊仕様のハイテク機器は、一般人は滅多にお目にかかれないレアアイテムである。
「雑貨屋の場所は知っているな?俺はここで降ろさせて貰うが、近くのカフェを貸し切って監視はしている。ブザーを押せば1分程度で駆け付ける。宜しく頼むぞ」
ハドソンとパクに後を任せ、キムはチャイナタウンを前に途中下車。
ワレムを失った経験から、特殊部隊の面々は監視場所も自前で用意する事を学んでいた。
「……俺の家系は旧アメリカで成功していたし、ユダヤ系財閥と組んで選挙資金も出していた。大災害でやむなくイングランドに渡ったが、イスラエルやフェリックス社が旧アメリカの影響力を復活させるつもりなら、便りのひとつも届いていいはずだった。だが、全く無視されたよ。俺の家系が黒人だったからだと思っている」
ハドソンからの唐突な独白に、一瞬身動きを止めるキムとパク。
「……イスラエルは元来、150年も昔の差別を逃れた人間によって、ユダヤ人の権利と自由を追い求めていたはずだ。だが、奴等自身の歴史も差別に彩られている。俺は勿論、アースを掌握したロシアの事は好きじゃない。だが、イスラエルやフェリックス社のやり方も気に入らねえ。儲け話に乗り損ねた奴の恨み節と言われりゃ、それまでかも知れないけどな」
沸き上がるやり場の無い怒りを紛らわすかの様に、ハンドルを握るハドソンはキムを見送り、チャイナタウンへ向けて思い切りアクセルを踏み締める。
そんな彼の行動に、いつもなら悪態をつく助手席のパクも言葉を失い、吹き付けるバルセロナの風にその身を任せていた。
「おお!ミスター・パク、お久し振りですね!」
チャイナタウンの雑貨屋店主であり、かつては武闘道場のオーナーでもあったウェーハイ・ヤンは、道場主催のテコンドー大会で圧倒的な強さを見せつけた、若き日のパクを鮮明に覚えていたらしい。
数年ぶりの再会であるにも関わらず、車から降りた彼の姿をみるや否や、その場に歩み寄って来たのである。
「ヤンさん、お久し振りです。こっちは親友のハドソン。こんな見た目ですが、格闘技は万能な奴なんですよ。野暮用でバルセロナに来たので、ついでに道場を見学しに来たんですが……」
頭髪はかなり寂しくなっていたものの、昔と変わらぬ気さくな老紳士といったヤンの様子から、パクには彼が武器やドラッグの密売に手を染めているなどという噂を信じる事は出来ない。
結局はキムの台本通り、調査のとっかかりとして道場の現在について踏み込んだ。
「…………」
パクの言葉に表情を曇らせ、うつむきがちに言葉を探すヤン。
「……ミスター・パク、貴方は知らないのですね。道場は2年前に閉鎖しました。スペインの景気と治安が悪化するにつれて、武闘家達の多くがプロの格闘家では無く、賞金稼ぎを目指す様になったのです。腕試しの大会や練習にお金を払う余裕が無くなってしまったのでしょうね……。私も雑貨屋だけでは生活出来ない為、現在は新興宗教団体に地下室を提供しています」
ヤンの寂しげな横顔に、彼も新興宗教とのビジネスを望んで行っている訳では無いと思い込むパク。
だが、ハドソンは感傷に浸る相棒を制止し、気を許すなと視線で合図する。
「……ヤンと言ったな……。俺はハドソン。生まれた家系は昔は裕福だったが、色々あって落ちぶれた。だから疑い深いのを許してくれ。あんたがビジネス相手に選んだ新興宗教ってのは、どんな団体なんだ?」
ハドソンからの直球の圧力に怯む事無く、ヤンは晴れやかな表情を取り戻して語り始めた。
「POB……PRIDE OF BLOODLINESという団体です。ロシアを始め、ヨーロッパがこの世界のイニシアチブを握る様になって50年程が経過しましたが、全ての人間は生まれ育った地域の歴史と伝統を誇り、故郷の発展に尽くすべきという教えを説く宗教です。私も信者になりましたよ。興味がおありでしたらちょうどいい。今、教祖のナシャーラ様がお話をなされています」
ヤンの不自然なまでの表情の変化に、キムの胸にも疑念が沸き上がる。
「……面白そうだな。ちょっと覗いてみるか。おいパク、何か欲しい物があれば今の内に見ておけよ。余り時間は無いからな」
ハドソンは地下の教堂に歩みを進めながらも、パクに雑貨屋の様子を確認する様に促している。
しかしながら、周囲をそれとなく見渡すパクの目に、これといって怪しい物は映らなかった。
法の目を抜ける商売であれば、表向きに問題が無い事は当然なのだが……。
かつて武闘道場だった地下室は、面影ひとつ残さず真っ赤な壁に覆い尽くされていた。
元来中華系民族は、縁起物としての赤色を好むものだが、ここまで強烈な赤は滅多にお目に掛かれない。
これはヤンの趣味ではなく、POBの組織が血統のコンセプトを表現した壁なのであろうが、見方を変えれば非常に闘争心を掻き立てる、ある意味危険なアピールにも思える。
「……戦いを恐れていては、何の変化も得られません。ひとりでも戦う事を恐れない、そんなあなた方の目覚めの刻を、我々は待ち望んでいます!」
とある女性の熱い説教に、教堂からは凄まじい拍手が浴びせられている。
この教堂はヤンを窓口にしてはいたが、POBの信者と思わしき観客達は中華系にとどまらず、ユダヤ系、ラテン系、そしてアフリカ系に至るまで、実に多彩な人種をカバーしていた。
恐らくはバルセロナだけでは無く、世界の主要都市のチャイナタウンを中心として、複数の教堂があるに違いない。
「ナシャーラ様、お疲れ様でした!」
説教を終え、屈強な2名のSPを引き連れながら教壇から降りてくる女性。
ヤンは彼女を満面の笑顔で出迎え、その労をねぎらっている。
POBの教祖を語るその女性は、見た目はさほど若く無い様に見えるが、整った顔立ちに澄み切った瞳が魅力的な黒髪の美人で、教祖の名に恥じないカリスマ性が漂う。
その名前と浅い褐色の肌からして、アラブ系の女性である事は間違い無いものの、素肌を隠すターバンを用いる事も無く、旧来のアラブ的価値観には縛られていなかった。
「ヤン、この殿方は新しい信者様なのですか?」
教団の信者にはそうそう見られない巨体に、お世辞にも高貴とは言い難いラフな風貌……。
新興宗教の教祖を名乗るナシャーラは、その見た目以上に世間を達観した女性である事は確かであろうが、目前のハドソンとパクは信者よりむしろSPに近い。
「ここが道場だった頃のテコンドーチャンピオン、ミスター・パクと、そのご友人のミスター・ハドソンです。POBを知りたいとの事でした」
「……おい、ちょっと待て。面白そうだから覗くと言っただけだ。知りたいとか、特にどうでもいい」
誤解を避ける為、慌ててナシャーラとヤンの間に割り込むハドソン。
だが、その態度はSPの警戒心を増幅させ、不穏な空気を呼び込んでしまった。
「ナシャーラ様に何という口を利くんだ!ミスター・ハドソン、謝りたまえ!」
「……あああ、すみません!こいつ顔だけじゃなくて口も悪いんです!教祖様、ヤンさん、私から謝りますから、見逃してあげて下さい!」
険悪なムードを鎮める為、両者の合間に入って平謝りを繰り返すパク。
「狂犬」と呼ばれる彼も、ハドソンとの行動には苦労が絶えない。
「よろしいですわ。非常に珍しいタイプのお客様の様ですね。私はナシャーラ・フェリックス。これからもご縁があれば、貴殿方の目覚めの刻をお待ちしております」
どこまでが本音かは分かりかねるものの、ナシャーラのご慈悲で事無きを得たハドソンとパクは、すっかり怒りを買ってしまったヤンとSPから追い出される様に雑貨屋の外へと捨てられてしまい、そそくさと車へと逃げ込む。
「……あの女、フェリックス社の社長のカミさんだろ?若作りしやがって、結構イケてたじゃねえか畜生!……ま、密売の証拠は掴めなかったが、胡散臭さは満点だな!」
相棒の意外な熟女趣味に助手席で頭を抱えるパクは、予想より穏便に済んだアルバイトを喜ぶよりも、そもそも金を受け取るレベルの情報を得ていない不安に襲われ、必死にこれまでの記憶を繋ぎ合わせていた。
武器やドラッグ密売の証拠は掴めなかったものの、店主のヤンは雑貨屋だけでは生活が出来ない状況にある。
ヤンはやむ無く宗教団体に地下室を提供したのでは無く、むしろ宗教に心酔している。
教団の名はPOB、ナショナリズムと闘争心を煽り、その強硬姿勢を女性教祖の柔らかさで包み隠している。
女性教祖の名はナシャーラ・フェリックス。
フェリックス社の現社長、デュークの妻であり、長男はラ・マシアと関係の深いヨーラム・フェリックス、次男は若きトップ剣士のメナハム・フェリックス。
「……ふう。どうにか50000CP程度の価値はある情報か……」
情報を精査しながら、辛うじて安堵感に包まれるパク。
だがその隣では、ハンドルこそ握ったものの車の行き先に躊躇するハドソンの姿があった。
「……どうも解せねえよな、何かある。パク、キム達のいるカフェの見当は付くか?」
「……ん?ああ、ここから1分で駆け付ける事が出来る距離のカフェなんて、1件しかないからな。非常用ブザーも使わなかったし、こっちから行ってみるか?」
ハドソンの意図を理解したパクは大きな欠伸で身体を反らし、助手席のシートを限界まで後方に倒す。
だがその瞬間、彼の視界に小さく光を反射する物体の存在が確認された。
(……おいハドソン、ちょっと待ってくれ)
声を殺して相棒に合図を送るパクは、そのままシートの下に潜り込み、シートの色と同化した小さなマイクの様な物を引きずり出す。
(……盗聴器だ。俺達とヤンはずっと一緒だったし、SPもナシャーラに密着していた。初めからこの車に装備されていた様だな。ハドソン、この車を借りた店の名前、覚えとけよ)
(……なるほどな。そういう事だったのか。よし、わざと遠回りして、奴等の出方を見よう。5〜6分走らせたら、カフェへの道を教えてくれ)
秘密のやり取りを終えた2人は間髪入れずに車を発進させ、チャイナタウンをゆっくりと、しかし複雑なコース取りで観光し始めた。
(……やっぱり来やがったぜ)
ハドソンが眺めるドアミラーには、意識的に派遣されたと思わしき小汚い軽自動車の姿。
チャイナタウンに溶け込む為の配慮なのだろうが、車内には屈強なSPが2名が搭乗しているが故、はち切れそうな見た目が既に滑稽である。
(2対2で勝てると思われているとは、舐められたもんだな。ハドソン、次の角から左折2回で、後は直線だ)
(……OK!)
「ハドソン達の車が来ました!後ろから軽自動車も追跡しています」
カフェの軒先で監視を続けていたキムは、ある程度は想定していた事態を特殊部隊全員に報告した。
「非常用ブザーを使わなかったのは、彼等なりに意図があるのだろう。ガンボア、動画を撮っておけ。キム、グルエソ、念のため拳銃を用意しておけよ」
部隊を統率するロドリゲス隊長は、入口の下に身を潜めてハドソン達の援護に備えつつも、同時に彼等のお手並みを拝見とばかりに楽しんでいる様にも見える。
「尾行てるのは分かっているんだ!大人しく出てきな!」
ハドソンに目的を先読みされ、狭苦しい軽自動車から解放されたかの様に飛び出してくるSP2人組。
黒のスーツにサングラス、更にマスク姿で表情は一切窺い知る事が出来ないものの、その体格に恥じない、訓練された猛者達なのであろう。
しかしながら、知性と獣性を併せ持つHPコンビは容易い相手では無い。
「貴殿方に恨みはありません。しかし、商売と信仰の自由の為、疑わしきは罰せなければならないという、組織の方針です」
感情の乗らない事務的な解説を残し、ファイティングポーズを取るSP。
「俺は1発喰らわないと気合いが入らないんだ。お前らから来な!」
パクからの挑発は、彼にとっての事実を述べているに過ぎないのであろう。
勿論、彼とハドソンの狙いは加害者を明確にする事にあるのだが。
「うおおぉっ……!」
スーツ姿とは思えない俊敏なダッシュを見せるSPコンビ。
肌の色が薄いSPが繰り出すハイキックはハドソンの両腕にガードされるものの、褐色の肌を持つSPの右フックはパクの左頬を直撃し、その勢いのままパクは地面を転がった。
「……てめえ……くそがああぁっ……!」
1発喰らってようやく本気になったパク。
ある意味、面倒臭い男である。
「なかなかのキックだな。……ん?お前白人か?お前のルーツは何処だよ?何の格闘技を学んでいるんだ?」
「……バカが!そんな奴仲間にスカウトしてんじゃねえよハドソン!」
お互いに誰と戦っているのか良く分からないものの、手足も口も動く戦いは特殊部隊の面々も大いに楽しませていた。
「はああぁっ!」
褐色のSPの廻し蹴りを真正面から受け止めたパクは相手の右足を掴み、ダメージも何のそのとばかりに股裂きを試みる。
「……くっ!ぬおおっ……!」
限界を超えて片足を上げさせられた褐色のSPは、慌ててパクから離れ、右足のダメージを紛らわすマッサージの為に前屈姿勢で足に手を掛ける。
だが、その瞬間を見逃すパクでは無かった。
ビシイイィッ……
テコンドー仕込みの踵落としが綺麗に決まり、相手はガード体勢も取れないまま、その場に崩れ落ちる。
「そろそろ俺も本気を見せるか……どおりゃっ!」
ここまでガードに徹しながら相手の実力を測っていたハドソンは、その並外れた身体能力を活かした大ジャンプでハイキックまでもかわし、白人SPの背後に回り込んだ。
「お前、俺のリーチを恐れて距離を取っていただろう。だが言っておく、どの世界でも完勝したければ、相手の懐に入らなければな……!」
「ぐわああぁっ……!」
ハドソンは全力で相手を羽交い締めにし、そのパワーで肩を脱臼した白人SPは力無く地面に跪く。
自身の能力と経験を過信し、武闘大会でエスピノーザに不覚を取った教訓がここに活きていたのである。
「よっしゃあ!出て来いやぁ!」
完全勝利を収めた気分も最高潮に、パクはここぞとばかり非常用ブザーを連打して特殊部隊の面々を集結させた。
「お見事だったよ。成果を挙げただけでは無く、我々も楽しませて貰った。ガンボアが一部始終を録画しているから、これで雑貨屋と宗教団体に捜査令状が取れる。正面から捜査が出来るんだよ。ありがとう!」
ハドソンとパクを拍手で迎えるロドリゲス隊長。
キムは親友パクの肩を抱いて労をねぎらい、ハドソンはこの期に及んでまだ白人SPにルーツの話を振っていた。
「……成る程。密売疑惑以外は有力な情報が揃いましたね。女性教祖がバルセロナを発つ前に捜査令状を取って乗り込まないと。急いで申請します!早ければ昼過ぎから行動出来ますよ」
ガンボアはハドソンとパクに感謝の意を示し、謝礼も減額無しの200000CPをきっちりと支払う。
「マジードに今一度、武器商人の見た目の特徴を詳しく訊いておこう。頭髪の量とかな」
ユーモアも交えたロドリゲス隊長の見解に関して、どうにも自身を納得させる事の出来ないパクは、うつむきながら拳を握り締めていた。
「……ヤンさんが武器やドラッグの密売に関わっているなんて、俺にはまだ信じられない……」
「パクと言ったな、俺はグルエソ。元は軍のレンジャー隊員だ。同僚のチェンという男が、POBの教えにかぶれてクーデター未遂を起こしたらしいんだが、奴もそんな事をする人間には見えなかった。宗教は人を変えるんだよ。ヤンは名義を貸して、教団の言われるままに信仰として密売をしているだけなのかも知れない。フェリックス社の動きも調べて、世界的な警告が必要になるかもな」
親友を半身不随にせざるを得ない経験をしたグルエソの言葉は、初対面のパクとハドソンにも深く響いている。
「チーム・バンドーに加えて、チーム・HPにも借りが出来てしまった。巷の賞金稼ぎは、実は有能な人材なのかも知れない。改めて礼を言わせて貰うよ」
ロドリゲス隊長からの感謝を片手で遮ったハドソンは、不敵な笑みを浮かべながら自然と持論を展開するはめとなった。
「俺はただ、儲け話を無視された恨みからイスラエルとフェリックス社が嫌いなだけさ。これからも、奴等に関する仕事にだけは協力するぜ」
「捜査が上手く行った様で、安心しました。十分過ぎる貸し切り料金をいただきましたから、ウチのコーヒーとサンドイッチを食べて行って下さい!」
カフェの店長から粋なサービスを提供された一同は、午後からの捕物帖に向け、抜かりの無い準備を進めている。
(続く)