第29話 武闘大会参戦!⑳ 決着!明日に繋ぐ絆
ゾーリンゲン武闘大会総合の部決勝戦、チーム・バンドー VS チーム・カムイは、チーム・バンドーの先鋒ハインツと次鋒のバンドーが、それぞれ対戦相手のミューゼル、ゲリエに勝利を収める。
しかし、両チームの中堅クレアとレディーの勝負は痛み分け。
副将戦では、チーム・カムイのハッサンが自らの魔力の限界と引き換えに、チーム・バンドーの魔導士、リンを退けた。
続く試合はチーム・カムイ副将のハッサンと、チーム・バンドー大将のシルバとの戦い。
ハッサンの後には大将のカムイが控えてはいるものの、チーム・バンドーには勝ち残りのハインツとバンドーの2名が控えており、ディフェンディング・チャンピオンであるチーム・カムイが、やや劣勢である事実に疑いは無かった。
「チーム・バンドー大将、ケン・ロドリゲス・シルバ!」
大歓声にも動じず、また、愛想を振りまく事も無く、淡々と戦いに備えるシルバ。
リンの仇討ちという側面もある試合となったが、彼の目的はあくまで、チームプラン通りにカムイと戦う事。
今の彼にとって、魔法の使えないハッサンは、立ちはだかるひとつの壁に過ぎない。
「……今のハッサンにお前が負けるとは思わないが、万一の事もある。俺は大丈夫だが、バンドーが少しでもコンディションを回復するまで、勝ち残って貰わないと困るぜ」
シルバの集中を削がない様に、抑えたトーンで語りかけるハインツ。
「分かってます。ハッサンに秒殺を仄めかしたのも、左テンプルのガードに過敏になって貰って寝技を決める事が目的ですから。実際には、少し時間がかかると思いますね」
ハインツに背を向けたまま、冷静に自らの戦術を語るシルバ。
その様子に安心したハインツはシルバの肩を叩き、ベンチへと帰還した。
「今の俺は魔力を切らした、ただの格闘家だ。軍隊叩き上げのシルバに勝つのは難しいだろう。だがカムイ、剣で戦いさえすれば、シルバもハインツもお前の敵じゃ無いはずだ。お前が気を付けるのは、バンドーの頭突きくらいだよ」
左テンプルを分厚い絆創膏でガードし、自らの顎髭を弄りながら、出陣直前にもおどけて見せるチームメイトに対し、カムイは豪快な笑みを浮かべて背中を押し出す。
「頭突きでも何でも使って、とにかく勝って来いや!俺ひとりで3人相手はゴメンだぜ」
ピークを迎えつつあった西陽は観客席にも影響を及ぼし始め、西陽の直撃する席を離れた観客が通路の手摺付近に集合する等、周囲への影響が避けられなくなっている。
その様子に気付いたハッサンは、レフェリーに手招きし、アレーナの窓を指差して進言した。
「俺はもう魔法を使えない。カムイやハインツも魔法は使わない。もうアレーナの窓を閉めても大丈夫だ」
ハッサンの進言を受けたレフェリーは、会場係に指示を出し、アレーナの窓を閉め、西陽は観客に影響無いレベルに治まっていく。
「会場への配慮、ありがとうございます」
フィールド内で向かい合うシルバは、会場への配慮に加えて、自らの魔力の状態についても隠そうとはしないハッサンの人間性を評価し、深く頭を下げた。
「……フン、お前……礼儀正し過ぎて、逆に疑われるタイプの男だな」
ハッサンはシルバのキャラクターに苦笑いを浮かべながら、相手と拳を合わせて間合いを確保する。
「ラウンド・ワン、ファイト!」
「うおおぉっ!」
魔力を使い果たし、この大会中の魔力回復が絶望的なハッサンは、普段のカウンター戦術ではなく積極的に攻めに出る。
自身の左テンプルに大ダメージが残っている為、シルバの技を浴びる前に自らの技を浴びせる事だけが、彼の勝利への道なのだ。
「そおりゃっ……!」
挨拶代わりの右ローキックをシルバの左足へと打ち込むハッサン。
基本に忠実なガードでシルバも対応し、格闘熟練者同士の小気味良い打撃音がアレーナに響き渡る。
ハッサンが一番恐れるものは、シルバの右ハイキック。
加えてシルバとの身長差が10㎝以上ある為に、ミドルキックでも左テンプルを狙われる可能性があった。
ハッサンはまず、動かない軸足を責め立てる事で相手の動きを止め、タックルのタイミングを見計らっていたのである。
「ハアッ……!」
シルバが繰り出した右ローキックを、ガードではなくポジショニングで回避するハッサン。
空を切ったシルバの右足の合間に、素早く身体を寄せて来たハッサンの右膝蹴りが、宙に漂う相手の足首へと打ち込まれた。
「……くっ……!」
痛みに一瞬表情を歪めたシルバは体勢を崩し、バックステップで足並みの乱れる下半身に、ハッサンが全力で襲いかかる。
タックルだ!
「テイクダウン!」
レフェリーのアナウンスを畳の上で聞かされたシルバは、ハッサンのマウントが上半身に到る前に脱出を図り、上半身を起こして右フックの狙いを相手の左テンプルに定める。だが……。
「……バカが!」
シルバの起き上がりを読んでいたハッサンは、マウントを相手の膝上で思いとどまり、自らの目前に迫るシルバの顔面に右ストレートをお見舞いした。
「……ぐふっ……!」
顔面の中央にパンチの直撃を受けたシルバは再び畳に沈み、鼻から僅かな出血が見られている。
「ケンちゃん!」
バンドーの叫び声は観客の熱狂とシンクロし、皮肉にも下馬評で不利とされていたハッサンを後押しする声援となっていた。
「さっきの威勢はどうしたよ?俺の方こそお前を1分1秒でも早く、フィールドに沈めて見せるからな!」
これ以上の鼻からの出血を避ける為、左手を顔面のガードに専念させたシルバは、ハッサンのパンチの雨を幾らか浴びながら、右手で逆転の糸口を探る。
一方のハッサンは、千載一遇のチャンスを逃すまいと正面からのマウントを固定し、右手で相手の顔面、時に胸や脇腹への攻撃を続ける。
だがその一方で、左手はシルバの右手をケアしなければならなくなり、怒濤のラッシュとは行かない、じりじりと息の詰まる様な状況に置かれていた。
(……よし、ここだ!)
長身故のリーチを誇るシルバの右腕はハッサンの左半身を手探りで進みながら、人体の急所である骨盤のすぐ上の脇腹を探し当て、その並外れた握力で握り潰す。
「……ぐおおおぉっ……!」
突如として訪れる激痛に悶えるハッサンは堪らず反り返り、強引にシルバの右手を脇腹から突き放した。
「でりゃああぁっ……!」
不安定な姿勢のハッサンを吹き飛ばさんばかりに両足を跳ね上げたシルバは、その反動で上半身を起こし、目前に僅かに残されていた相手の左足首を両手で掴み上げる。
「……ちっ……!」
足首を掴まれる不覚に、思わず舌打ちをするハッサン。
勝負を急ぐ余りに、正面からのマウントに固執した事が裏目に出た格好だ。
「……フィールドに這わせるとは言いましたが、K.O.するとは言っていません。貴方が正面から来るのを待っていた。カムイには何ひとつ手の内を見せない角度から、確実に仕留めるチャンスを待っていた!」
汗と鼻血がその端正なマスクを汚してはいたものの、シルバは確信に満ちた笑みを浮かべてハッサンの左足首を固めた上で、自らの足で相手の膝上から体重をかけ、足首と膝、ダブルで逆関節へと容赦ない絞り上げを敢行する。
「…………!!」
壮絶な痛みに、声にならない悲鳴を上げるハッサンは手持ち無沙汰に両手を振り回し、その異様なリアクションに気付いたレフェリーが慌てて両者の間に入って両手を大きく広げた。
「ストーップ!ハッサン選手、戦意喪失によるギブアップです!」
カンカンカンカン……
「1ラウンド1分28秒、勝者、ケン・ロドリゲス・シルバ!!」
ハッサンの優勢からの、あっという間のシルバの逆転勝利。
それも足首固めという、極めて地味な決まり手によるものである為、会場は熱気の行き場を失い、やや騒然としている。
彼らしい冷静な勝利に沸く、バンドーとハインツに軽く手を振って応えたシルバは、秒殺を喰らい打ちひしがられるハッサンの元に歩み寄り、互いの健闘を讃えて固い握手を交わしていた。
「……やられたよ。最初からこれが狙いだった訳か……だが、俺のパンチを顔面に喰らったのは計算外のミスなんだろ?」
腰を握り潰された痛みも、足首を固められた痛みも、ともに一過性のものだったハッサンはすっかり回復済み。
悪戯っぽい表情で突っ込みを入れて来る彼に少々困惑しながらも、シルバは首を横に振って自らのダメージの釈明を拒否する。
「……だが、本当の勝負はこれからだ。カムイのパワーは、お前らの戦術ごと打ち砕くだろうよ」
「ケンちゃん、鼻血、鼻血!」
試合が止まる程では無いものの、幼馴染みの口元を汚す出血を懸念したバンドーは、ベンチに帰還したシルバにハンカチとガーゼを差し出した。
「鼻血も滴るいい男だな、シルバ」
「ケンちゃんイケメンだから、鼻の穴に何か刺さってるくらいが丁度いいよ」
チームメイトの言いたい放題ぶりに苦笑いで応えるしか無いシルバは、水に濡らしたハンカチで顔を拭き、ガーゼを鼻の穴に詰め、バンドーの緩いチョップを首の後ろに受けながら、的確に鼻血を止める事に成功する。
最後の相手、カムイは純粋な剣士である。
シルバの鼻血を理解していたとしても、余程のピンチが無い限り、顔面への打撃に走る事は無いだろう。
バンドーやハインツと交代する素振りも見せずに水分を補給したシルバは、セラミックプレートを使用する事も無く、愛用のトンファーを手に、再びフィールドへと歩みを進めた。
「すまねえなカムイ……。せめて奴の寝技を見せられる角度で、攻略法くらいは教えたかったんだが……」
目立ったダメージも無く、ダウンも喫せず、寧ろ試合前よりコンディションがアップしてベンチに帰還したハッサンは、所在無さげな表情を浮かべている。
「気にするな。お前にはこれまで何度も助けられているからな。それより、医務室で休まなくて大丈夫か?もうすぐミューゼル達も戻って来る。留守番する必要は無いぜ」
トレードマークである極太の長剣を振り回し、軽いウォームアップを終えたカムイは、ハッサンのコンディションを気遣いながら声を掛けていた。
「……大丈夫だ。俺は医務室のモニターからじゃなく、この目で俺達の優勝を見たいからな」
ハッサンからの間接的な檄を受け取ったカムイは軽い笑みを返しながら、既にシルバが待つフィールドへゆっくりと歩き出す。
「チーム・カムイ大将、バシリス・カムイ!」
大会の真打ちとも言えるカムイの登場と、その風格すら感じさせる悠然とした佇まいに、アレーナからは割れんばかりの歓声が沸き起こっていた。
準決勝でエスピノーザの奇策に苦汁を舐めさせられたものの、大会を通じて大きなダメージは無く、実質3人相手のシチュエーションも、彼にとっては寧ろ望む所であるはず。
対するシルバも、準決勝でのダメージを含めてカムイ程良好なコンディションでは無いが、パワーではカムイの対抗馬筆頭であり、相手には無い寝技の引き出しを駆使して、連勝の可能性も十分にあると考えられていた。
「……女の事で感情的になっている様子は無いみたいだな……。だが、そんなトンファーで俺の剣を受け止める事が出来るかな……?」
カムイは2メートル近いその巨体からシルバを見下ろし、やや挑発気味にシルバと挨拶を交わす。
シルバのトンファーは、ここゾーリンゲンの工房で調達した最高級品であり、正しい使い方をすれば簡単に壊れる事は無い。
しかしながら、カムイのパワーは規格外。万一の事態に備えて、シルバの両腕には肘から下をガードする防具が装着されていた。
「……貴方には、恐らくパンチは効かないでしょう。トンファーは防具ではありません。心配していただいて、ありがとうございます」
燃え盛る闘志を内に秘め、いつもと変わらぬ腰の低さで受け答えを流すシルバを横目に、これ以上のコミュニケーションは互いに必要無いと判断したレフェリーは、両手を広げて両者を引き離す。
「ラウンド・ワン、ファイト!」
「ハアアッ……!」
その機動力を比較すれば当然ではあるが、直立不動の姿勢から相手を待ち構えるカムイに対し、シルバが詰め寄る形で試合は始まった。
だが、シルバは剣を持っていない。
10㎝近い身長差から振り降ろされるカムイのヘビー級の剣をまともに喰らえば、試合どころか生命に関わるだろう。
シルバは相手の剣のリーチをギリギリでかわせるポジショニングに陣取り、攻撃の糸口を探りながら睨み合いを続ける事となる。
(懐に入り込まない限り、トンファーでの攻撃は難しいか……)
シルバにとっては、ある程度間合いを空けて攻撃が出来るキックに光明を見出だすべき展開となるだろうが、身長190㎝のシルバのハイキックですら、ほぼ200㎝のカムイのテンプルに届かせる事は至難の業。
第1ラウンドは剣のリーチが届きにくいローキックを駆使して、相手の軸足の安定感を奪う事にポイントを置いた戦術になるであろう事は、目の肥えた観客にも予想出来ていた。
「セイッ……!」
大型故に取り回しに難のある、カムイの剣の弱点を突く形で、シルバの右ローキックが相手の左足を捉える。
これまでの対戦相手とは異なる、大木の様な打撃音がアレーナに響き渡り、観客は暫し言葉を失いながら両者の序盤戦を見守っていた。
「ダアッ!ダアアッ!」
時折左足のフェイントを交えている事、また、カムイが格闘家の基本である足上げのガードを取らない事もあり、シルバの右ローキックは面白い様にカムイにヒットする。
袴の様な衣装の裾から除くカムイの左足には若干の赤みが差している様にも見えるが、当のカムイは全く気にする素振りも見せず、寧ろシルバの上半身の動きを注視していた。
「いいぞ!ケンちゃん!……って、いいのかな?」
バンドーからは、シルバが一方的に攻めている様にしか見えないものの、余りにもカムイの表情に変化が無い事を懸念し、隣のハインツに状況を問い掛ける。
「……恐らく、効いてはいるんだろう。だが、カムイとしてもシルバだけに時間はかけられないはずだ。何か一発逆転の技を出すタイミングを図っているのかも知れないな……」
バンドーはすかさずカムイの視線の行方を推測し、彼の視線の先がシルバの左の腰を捉えており、カムイの右足が少しずつ前に出ている事に気が付いた。
「ケンちゃん!危ない!左の腰!」
血相を変えたバンドーは無意識の内に声を荒げ、シルバに届けと言わんばかりに自身の左腰を叩いて音を出してアピールする。
「……!!」
「……遅いぜ!」
シルバがバンドーの警告に反応した瞬間、時既に遅し。
モーションの殆ど無い、コンパクトなサイドスウィングに重ね合わせて、カムイはシルバを叱責しながらパワーを凝縮させた剣のひと振りを相手の左腰に叩き付けた。
「……ぐわああぁっ……!」
間一髪、直撃を避ける形で横っ飛びが間に合ったシルバではあったが、そのパワーと正確無比な芯を捉えるカムイのスウィングにより、シルバの左腰の防具は完膚なきまでに破壊され、彼の身体は畳にスライディングする様に転がされる。
「……シルバ君!?」
医務室のモニターから試合を観戦していたリン、クレア、フクちゃんは、カムイの規格外のパワーに驚きを隠せず、ミューゼル達に連れられてアレーナへ帰還途中のレディーは、思わず振り向いてガッツポーズを見せていた。
「テ……テイクダウン!」
あのコンパクトなスウィングでシルバを畳に這わせる、カムイのパワーに驚愕したレフェリーは判定が一瞬遅れ、巨体を揺さぶりながら距離を詰めに来る相手から逃れる為に、シルバには早急な立て直しが求められている。
(……くっ……何てパワーだ!もう一発喰らう訳には行かない……!)
シルバはトンファーで畳を漕ぐ様に、軍隊仕込みの高速ほふく前進を見せ、その勢いでどうにか中腰まで体勢を整えた。
「押し潰してやるよ!」
中腰のシルバに覆い被さる様に剣を突き立てるカムイ。
このままパワーで押し切り、相手の胸の防具を破壊する魂胆である。
(そうは……させるかっ……!)
剣を突き立てようと両腕を振り上げたカムイの巨体の合間から、中腰のままタイミング良くすり抜けたシルバはそのまま相手の背後に回り、上体を屈めていたカムイの二の腕目掛けて左右のハイキック、そしてトンファーとのコンビネーション攻撃を炸裂させた。
「ぐおおぉっ……!」
シルバ渾身のハイキックとトンファーを両腕に受けたカムイは激痛に顔を歪め、堪らず前方につんのめる様に飛び出し、シルバとの間合いを空ける。
「……カムイ!?」
アレーナに帰還したレディー、ミューゼル、ゲリエの3名は、観客の熱狂がカムイのダメージに反応したものである事に気が付き、慌ててハッサンの待つベンチへと駆け寄った。
「よっしゃシルバ!あのダメージはデカいぜ!」
カムイの愛用する極太の長剣はオーダーメイドであり、彼の怪力あってこそ使いこなせるもの。
両二の腕のダメージにより、100%のパフォーマンスを発揮出来なくなれば、その取り回しの悪さが逆に致命傷となりかねない。
「……くそおおぉっ……!舐めやがって!」
鬼の形相で背後を振り向いたカムイは、腕の痛みを押して剣を頭上高く振り上げ、未だ腰にダメージの残るシルバを真上から叩き斬らんと豪快に振り降ろす。
(避けられない……ガードだ!)
剣の進行方向に構えたトンファーと防具で、攻撃から両腕をガード出来ると踏んだシルバは畳に片膝を着き、両腕とトンファーを十字に構える完全なガード体勢を整えてカムイの剣に備えていた。
ガキイイイィッ……
全身全霊を以て振り降ろされたカムイの剣は、その恐るべきパワーでトンファーを叩き壊し、生命の危険を感じて無意識に両腕を引いたシルバの胸の防具を真っぷたつに切り裂く。
「うおおぉりゃああぁ!」
「……馬鹿な……!?」
壮絶な光景にアレーナは言葉を失い、攻撃のショックで背中から畳に卒倒したシルバは、呆然自失の表情で虚ろに天井を見上げていた。
「ストーップ!シルバ選手、胸の防具損壊により試合続行不可能と見なす!」
カンカンカンカン……
「1ラウンド1分59秒、勝者、バシリス・カムイ!!」
「くおおおぉっ……!」
劇的な決着に静まり返るアレーナに、カムイの苦悶の雄叫びが響き渡る。
両二の腕の激痛を押し、全力のスウィングで手にした勝利の代償は、余りにも大きかったのだ。
「シルバ!」
ショックの余り畳から起き上がる事の出来ないシルバのもとに、慌てて駆け寄るバンドーとハインツ。
「ケンちゃん、ケンちゃん!」
呼吸に問題はないが視線が覚束ないシルバの目を覚ます為、バンドーは自身の握り拳をグリグリとシルバの頬に捩じ込んだ。
「……うおっ……!?……バンドーさん……。自分は、負けたんですか……?」
我に還ったシルバは、バンドーとハインツの顔、そして真っぷたつに破壊された胸の防具を虚ろに眺め、自らの現状を静かに悟る。
「……ああ、そうだな。だが、あれで負けなければ死んでいたかもな。お前はよくやったよ。見ろ、カムイのあの顔を。お前の攻撃で、奴は剣を振るのも厳しい状態だぜ」
ハインツに促され、シルバとバンドーが目にした光景は、カムイがレディー達に支えられ、どうにか剣を振ろうとしている姿であった。
「くっ……ぬおおっ!」
シルバのハイキックとトンファーを受けた、カムイの両二の腕は青白く内出血し、ただでさえ重い彼の長剣を握るだけで精一杯である。
カムイ本人は自らの分身とも言える愛剣を手放すつもりは無かったものの、この剣に執着していては、やがて両腕が動かなくなるのは時間の問題だった。
「ダメよカムイ!今のあんたの腕でこの剣を振り回すのは危険だわ!予備の長剣に持ち替えないと!」
レディーの説得に、ハッサンを始めとするチームメンバー達も頷いている。
カムイには元来、予備用、或いは奇策用として細身の長剣が用意されていた。
準々決勝ではカレリンを相手にその剣で形勢を逆転し、最後は関節技も見せるなど、決して力任せの剣士では無かった。
だが、小細工無しの真っ向勝負に挑んだはずの準決勝で、彼はエスピノーザの奇策に敗れてしまう。
表向きは事故を装って開き直ってはいたものの、相当プライドを傷付けられたに違いない。
「……ちっ、仕方ねえな!武闘大会なんざ、最初っからこんなんでいいんだよな!」
腕のダメージは甚大であるはずなのに、寧ろ今までより技のキレ味が鋭くなった印象のカムイを目の当たりにし、観客は盛大な拍手で期待感を示す。
「……カムイ、剣だけじゃ厳しいなら、義足を金属に替える手もあるが……」
ハッサンはカムイの両腕のコンディションを懸念し、義足のキックを戦術に取り入れる提案を仄めかした。
元来、カムイの義足は身体への負担を考慮して木製のものを使用しているが、賞金稼ぎの仕事に於いて物騒な武器を持つ悪党と対峙する際、金属製の義足を着用して戦う事がある。
これは彼の肉体に負担がかかり過ぎる為、あくまでも最終手段であるものの、ハインツの後にバンドーとの対戦も有り得る事態だけに、慎重な判断が要求されていた。
「……ハッサン、俺を見くびるな。確かに俺のコンディションは万全じゃないが、そこまでプライドを捨てちゃあいねえ」
カムイの鋭い眼光に睨まれたハッサンは小さく頷いて理解を示し、チームリーダーの背中を叩いてフィールドへと送り出す。
「……いよいよ、最終決戦だな……!」
ウォームアップを終えたハインツは、先鋒戦のダメージも無くコンディションは万全。
カムイのパワーが思う様に出せない今、技術とスピードでは負けないだけに、その表情には確かな自信が窺えていた。
「両腕のダメージは見ての通りです。自分のローキックで、いずれ左足にもダメージが来るはず。後はやっぱり右足……」
「義足は木製だもんね。バット振り回すみたいなもんだよ」
格闘畑出身のシルバとバンドーの見解は、一致していた。
カムイが奥の手として、右足の義足キックを狙っているという懸念である。
今大会でも既に義足キックを見せていたカムイではあったが、あくまで威嚇レベルの使用に過ぎなかった。
しかしながら、サウスポースタイルが基本のハインツにとって、対戦相手の右足との対峙は避けられない。
カムイの右足の膝から下が義足であるという現実は、相手の右足の膝から下への剣による攻撃が効かないという事を意味しているのである。
「……そうだな、まず、義足キックがどんなもんか、喰らってみるべきだな!」
ハインツの驚くべき発言に、目を見開いて振り向くバンドーとシルバ。
そんな2人の様子を横目に、なに喰わぬ顔で不敵な笑みを浮かべたハインツは、セラミックプレートを膝ではなく肩の防具に入れ、フィールドへと歩みを進めていた。
「俺達には、まだバンドーがいる。俺が負ける……事はねえだろうが、後は頼んだぜ!」
「チーム・バンドー、選手の交代をお知らせします。大将、ケン・ロドリゲス・シルバ選手が敗退した為、先鋒として勝ち残っていたティム・ハインツ選手がフィールドに上がります。チーム・バンドー先鋒、ティム・ハインツ!」
大会のフィナーレにふさわしい、実力派剣士同士の一戦に、観衆の熱気はピークを迎えている。
反対側のフィールドでは個人戦の決勝戦が行われていたが、今大会の個人戦は期待の新星フェリックスの独壇場であり、残念ながら決勝戦の対戦相手も彼を脅かせそうにない。
アレーナの視線の大半が、この一戦に注がれていたのだ。
「……ルステンベルガーには、去年勝っている。そのルステンベルガーを倒したお前には、やはり勝たなければならないな」
その巨体からハインツを見下ろすカムイは、今大会最強の剣士を決める一戦に静かな闘志をたぎらせる。
チーム・カムイの2年連続大会参戦には、正式メンバー候補と目されていたミューゼルとゲリエ、両者の育成の意味があった事は確かであろう。
しかしながら、ひとりの剣士として「ヨーロッパ屈指」という評価に満足する事無く、「ヨーロッパ最強」の座に近付こうとする事は、ハインツとともに当然の目標なのだ。
「ラウンド・ワン、ファイト!」
「そりゃっ……!」
試合開始のゴングと同時に前に出たハインツは、大歓声に我を失う事なく、得意のサウスポースタイルを見せる前にカムイと正面から対峙し、まずは冷静に間合いを確かめる。
両者の身長差は約20㎝。
カムイがセオリーに沿った剣術を披露する限り、ハインツが警戒すべきは膝ではなく肩への攻撃。
彼がセラミックプレートを肩の防具に入れた理由もそこにあった。
(……奴のパワーがどれだけ落ちているのか……。だが、迂闊に確かめるのは危険だ……)
ハインツは相手の攻撃を誘う様な中途半端なガードを見せるも、カムイは一向に剣を振りかぶる素振りを見せない。
(腕のダメージを少しでも回復させる腹積もりか……それなら……!)
痺れを切らしたハインツが、持ち前のスピードを活かしてカムイの懐に侵入し、大胆にも胸の防具を正面から突きにかかる。
「……!?」
命知らずな行動に面喰らったのは、寧ろカムイの方。
慌てて剣を振り降ろし、細身の剣ならではの取り回しの良い攻撃は、狙いこそ定まらなかったものの、ハインツの予想を超えるスピードで右肩の防具にヒットした。
キイイィン……
「くっ……!」
セラミックプレートに剣が直撃する音はアレーナ全体に響き渡り、カムイが剣を替えた事による攻撃のスピードを体感したハインツは、すかさずバックステップで後方へと退く。
「何やってんのよ!? あいつ!怪我したいの?」
医務室のモニターで試合を観戦するクレアは、フクちゃんの強力な回復魔法を受け、軽い松葉杖で歩行出来るまでに膝が治癒していたが、ハインツの無謀とも思える仕掛けには全身をじたばたさせ、かなりおかんむりな様子だ。
「ハインツさんは、ポイントを相手に献上してでも探りたい事があるみたいですね。いや、確認と言った方がいいでしょうか……」
フクちゃんの思わせぶりなひとことの真意を理解出来ていないクレアとリンは、互いに顔を見合わせていたが、やがてリンは思い出した様にクレアの手を引き始める。
「クレアさん、アレーナに戻りましょう!手を貸します」
観客の期待に反して、試合は膠着気味。
カムイは完全に両腕のダメージ回復に専念したかの様な消極ぶりで、時折見せるハインツの仕掛けも、相手のデータ収集の様な無機質な動きに終始していた。
「その調子でオッケーよ、カムイ!こっちはポイントでリードしてるんだから!」
大歓声の中でも、レディーの檄はよく通る。
いやマジで、オネエ声はよく通る。
イントネーションのせいだろうか?
「……カムイは1ラウンドを、ダメージの回復に充てるつもりですね……」
自身がカムイに与えた、ダメージの回復を懸念するシルバの表情からは無念さが滲み出ており、バンドーはどうにかしてハインツの行動からプラス要素を見出だそうとしていた。
「……へっ、こいつはどうだ?」
左肩に攻撃を受けて以来、間合いを意識していたハインツが、急激なスピードアップでカムイの左足を追い越し、背後に回ろうと試みる。
だが、ハインツは左利き。
右手でも剣を扱えるものの、この体勢では背後に回った後に向きを変える動きで、攻撃がワンクッション遅れてしまう。
(……こいつ、何をする気だ……?)
シルバの攻撃でダメージを受けている左足に負担を掛けない様に、カムイは自身の右足を前に出す形でハインツの進行方向に向き合った。
「やっぱりな、おりゃああぁ!」
カムイの左足のダメージレベルを確認したハインツは、労せずして目前に差し出されたカムイの右足の上、右腰の防具を的確に切り裂いていく。
「やった!」
久しぶりのクリーンヒットに、会場とベンチのバンドーが同時に沸き上がった。
「……ちっ、しくじったか!?」
カムイは自らの失態に思わず舌打ちし、右足を後ろに引いてハインツの攻撃から回避させる。
しかしながら、カムイの左足はまだハインツの目前にある。
左利きの剣であれば、相手の膝裏から甚大なダメージを与えられる!
「よっしゃあ!喰らえ……」
「かかったな、バカが!」
左膝裏への攻撃に身体を投げ出したハインツを嘲笑うかの様な、カムイの雄叫び。
失態の振りをして右足を後ろに引いた彼の真意は、義足キックの発動だった。
ドゴオオッ……
カムイの義足キックは、体勢を崩して無防備だったハインツの左脇腹を掠める形でヒットする。
「……うぐおおぉ……っ!」
直撃こそ避けられたものの、そこはカムイのパワー。
ハインツの身体はフィールドの空中で回転し、やがてスライディングの様に畳の上を滑り去っていった。
「……ハインツ!?」
ベンチに帰還したクレア達は、不運にもハインツの悲劇をタイミング良く目の当たりにしてしまう。
「ダウン!ワーン、トゥー……」
カムイの豪快な逆転技にアレーナが沸騰する中、ダウンしたハインツは激痛に顔を歪めて畳を転げ回っていた。
幸いにして直撃を避けられた事で、ハインツの骨や内臓に一大事は発生していないはず。
だが、剣士にとって馴染みの無い激痛は、勝利への執念を奪い去る程の記憶となって彼に襲いかかる。
「……スリー、フォー……」
「もういいわ!ハインツ!後はバンドーに任せて!」
普段見る事の無いハインツの苦悶の表情に、自らも負傷持ちのクレアはやや感情的な反応を隠さない。
その様子を横目に、バンドーは急ピッチでウォームアップを開始していた。
「……バカ言ってんじゃねえ……。何のためにここまで調べたんだよ……!」
額を冷や汗で濡らしながら、畳に剣を突き立て、どうにかして立ち上がろうと執念を見せるハインツ。
その姿に観客からは盛大な拍手と歓声が贈られ、レフェリーのダウンカウントが8を刻んだ時、ハインツは辛うじて立ち上がる。
「ほう……その気合い、見上げたもんだ。腕の回復を待って、次のラウンドで勝負を決めるつもりだったが、今、全てを出してもいいかも知れねえな……!」
ハインツの闘志に打たれたカムイの表情には、戦う漢としての充実感が浮かび上がり、痛みによりこの試合では見せていなかった、顔の前での両腕による剣の構えを披露した。
(奴の両腕……あの状態でも1回は全力のスウィングが出来ると見るべきか……。だが、ダメージを受けていない俺の左肩なら、肩のプレートが1回なら攻撃を受け止められるはず……)
一触即発の緊張感に、アレーナには束の間の静寂が訪れており、観客は勿論、両チームのメンバーも固唾を飲んで両者の動きを見守っている。
(奴の左足……シルバのキックのダメージで、素早い方向転換はもう出来ない。奴の右足……軸足になる左足のダメージで、義足キックは正面からしか出せていない……!)
そんな中ハインツはこの試合、自らの身体で調べ上げたカムイの弱点を脳裏に羅列し、その弱点全てを繋ぐ糸を必死に手繰り寄せていた。
「……悪いが、俺はお前の回復を待てる程、優しい男じゃ無いんでな!」
未だ呼吸が整わないハインツ目掛けて、両目を大きく見開いたカムイが巨体をぶつけに襲いかかる。
勝負を賭けた男の表情である。
「……やっと繋がったぜ!覚悟しな!」
乱れる呼吸もそのままに、自らの左手で背中を大きく叩いたハインツは、侍を思わせるポニーテールを揺らしながら迫り来るカムイの圧力をかわす様に十八番のサウスポースタイルに転換し、素早く相手の右足へと回り込んだ。
「……おいおい、また喰らいたいのか?」
自分から義足キックの間合いに飛び込むハインツを笑い飛ばしたカムイは、左足を軸にハインツと向き合い、相手の腹部に狙いを定めて右足を引き絞る。
「その手はもう、喰らわないぜ!」
ハインツはカムイの右足を目前にして急ブレーキをかけ、相手のキックが空を斬る瞬間、畳とカムイの右足との隙間目掛けてスライディングを敢行した。
「……何いっ……!?」
右足を前に蹴り上げた姿勢のカムイの股下を潜り抜けたハインツは、そのまま渾身のスライディングタックルをカムイの左足首に叩き込む。
「ぬぐおおおぉっ!」
蓄積したダメージが自らの体重によって加算されたカムイの左足は、ハインツのタックルを足首に喰らう事であっさりと決壊し、その巨体は前のめりに倒壊しながら宙を舞っていた。
「くっ……逃がすかよ!」
カムイは最後の力を振り絞り、自らに背中を向けたままスライディングで去ろうとするハインツの左肩目掛けて、長剣を振り降ろす。
ビキイイィン……
「……ぐわあぁっ……!」
カムイ渾身のラストスウィングは、ハインツの左肩の防具に仕込まれたセラミックプレートに阻まれ、その衝撃が細身の長剣にダイレクトに伝わり、両手に痺れを感じたカムイの手から剣は離れてしまった。
「ああああぁっ!とどめだあぁっ!」
全力で振り返ったハインツは、丸腰で畳に仰向けになっていたカムイの胸の防具に剣を突き立てる。
「ストーップ!カムイ選手、胸の防具損壊により、戦闘不能と見なす!」
カンカンカンカン……
「1ラウンド4分33秒、勝者、ティム・ハインツ!! 優勝はチーム・バンドー!!」
「……やったああぁ!! ハインツ最高!!」
興奮の坩堝と化したアレーナは手の付けようが無い程の大歓声に包まれ、チーム・バンドーの大ガッツポーズ大会までもが霞んで見えていた。
死力を尽くしたハインツとカムイは、全ての終わりにその場で倒れ込み、天井を見上げながら暫し呆然とせざるを得なくなっている。
しかしながら、そこは純粋なる剣士。
互いの健闘を讃える2人はやがて笑顔を取り戻し、手を伸ばしてがっちりと拳を握り合った。
「……俺とした事が……初出場のお前らに負けるとはな……。金属の義足でも何でも、使うべきだったよ……。しかし、お前らのキャリアに見合わねえその落ち着き、一体何処から来るんだか……?」
悟りを開いたかの様に晴れやかな表情を浮かべるカムイは、ハインツの実力は勿論、バンドーやリンの適応能力にも驚きを隠さない。
「……お前の過去は、色々調べさせて貰ったよ。ウチには親の仇を追うシルバ以外、怒りや憎しみで戦いを選んだ奴はいない。それに、クレアから利益を出す為に3位以内になれって言われてたからな……強いて言えば、生活感のある強さだよ」
やや照れ臭そうに白状するハインツの本音に、カムイは豪快な笑いをアレーナに響かせていた。
「バンドー、いえ……バンちゃんって呼ばせて貰うわ!実家のビートの契約、頼んでみるから。それからクレア、ありがとう!あたしもそうだけど、あんたも何か相談したい事があったら、いつでも連絡ちょうだい!」
社交家のレディーを始め、両チームのメンバーは各々に交流を行った後、フクちゃんを除く両チームの選手10名に個人トーナメントを圧倒的な強さで制した新星、メナハム・フェリックスを加えた11名は、ヴェスターマン会長の待つ表彰台へと上がる。
◎第25回ゾーリンゲン武闘大会成績一覧
★剣士個人トーナメント
優勝……メナハム・フェリックス
準優勝……ユルゲン・メッツェルダー
第3位……サミュエル・ソン・ベルナルド
★総合の部トーナメント
優勝……チーム・バンドー
準優勝……チーム・カムイ
第3位……チーム・ルステンベルガー
大会MVP……ティム・ハインツ(チーム・バンドー)
敢闘賞……バシリス・カムイ(チーム・カムイ)
ニクラス・ルステンベルガー(チーム・ルステンベルガー)
新人王……アレクサンダー・ミューゼル(チーム・カムイ)
審査員特別賞……レイジ・バンドー(チーム・バンドー)
エキセル・トーレス(チーム・エスピノーザ)
表彰式は特に混乱も無く、和やかなムードで行われた。
ハインツの大会MVPは満場一致で決まり、敢闘賞は無難に上位チームのリーダーが受賞。
新人王はミューゼル、バンドー、リンの争いとなっていたが、試合内容を重視する剣術連合会好みのミューゼルが受賞する事となる。
審査員特別賞には、新人王候補の実績に加えて記憶に残るキャラクター性を評価されたバンドーと、失格処分となってしまったチーム・エスピノーザの中で唯一真っ向勝負にこだわり、名勝負を連発したトーレスが選ばれた。
優勝トロフィーをチーム全員で1回ずつ、計5回掲げたチーム・バンドーは、会場の大声援に祝福され、各々の成長とともに輝かしい軌跡をこの地に刻み込んだのである。
5月16日・16:30
武闘大会を終え、クレア、リン、フクちゃんの女性陣3名は、トロフィーと賞金を安全にホテルに届ける為に、いち早く電車に乗ってデュッセルドルフへと向かっていた。
バンドー、シルバ、ハインツの3名は、大会を通じて親交を深めたチーム・ルステンベルガーのシュワーブとヤンカーをディナーに招待する事を決め、ホテルへの帰り道の途中で賞金稼ぎの仕事をしているという、カレリンとコラフスキの現場へ応援に向かう事となる。
尚、シルバとハインツでカムイを倒せたらディナー代を払うとうっかり口約束してしまったバンドーは、約束通りディナー代を払わされる事となってしまった為、カレリン達に助太刀してディナー代を援助して貰う魂胆だったのだ。
「……しかし、カレリン達の仕事は確か昼飯時だったんだろ?ここまで連絡が無いなんて、何手こずってやがるんだ」
カレリンとは旧知の仲であるハインツは、いざと言う時に冷静さを欠いて失敗する旧友をいつも心配している。
「……そいつらの現場って、何処だ?デュッセルドルフは治安がいいと思われがちだが、電車で通過しちまう地域にはヤバい奴等がいるんだ」
ドイツの悪党事情に詳しいヤンカーは、東欧の様な治安の悪い地域からドイツに来た賞金稼ぎが、ドイツの治安を過信して痛い目に遭うケースを何度も目撃していた。
「もう2本歩いた所のアパートだ。ドラッグの見張りをしている2人組の男の捕獲らしい……うおおっ!?」
ヤンカーに事情を説明しようとしていたハインツの目の前に、突然路地裏から現れた全身黒ずくめの男が2名。
「……何だ、お前ら!」
突如としてハインツの行方を遮る男達は、その衣装に加えて、黒マスクから覗く飢えた獣の様な鋭い眼光はただ者とは思えず、何やら呼吸も荒い。
何者かに追われているのだろうか、ひとりは2メートル近い長身の格闘家風、もうひとりは小柄ではあるものの、その右手には長めのナイフが握られていた。
「……ハインツ!捕まえてくれ!」
路地裏の奥から馴染みの声が響き渡り、やがて全力疾走するカレリンの姿を確認する頃には、黒ずくめの2人組は小さな商店街へと逃げて行く。
「カレリン、何やってんだ!コラフスキはどうした!?」
ハインツは旧友の仕事ぶりに苛立ちを隠せない様子であったが、カレリンは努めて冷静だった。
「依頼の2人は捕まえたさ!今ゴランが警察に引き渡している。俺達の姿を見てヤクの取引を中止した奴等がもう2人いて、ヤクをポケットに隠して逃げてるんだ!俺達の仕事は終わってるんだが、奴等を捕まえれば報酬は2倍だからな!」
「シュワーブ君、行くか!?」
「おう!」
バンドーは咄嗟にシュワーブを誘い、小柄なナイフ男を追跡する。
「俺達は……体格的にあっちだな!」
ヤンカーはシルバと目が合い、やがて身長190㎝クラスの両者は苦笑いを浮かべて長身の格闘家を追跡した。
「待てっ……!」
長身の格闘家を商店街外れの駐車場に追い詰めたシルバとヤンカーは、黒ずくめの男の様子がおかしい事に気付く。
長距離を走っているだけに、呼吸が荒い事に納得は行くのだが、目と口だけを露出させた黒マスクの上からも汗のかき方が異常であると分かり、時折バラバラに動く手足も異様な雰囲気を醸し出していた。
目元のシワを見る限り、そもそも若くもないようだ。
「……ここは俺に任せろ」
ヤンカーはシルバを片手で制止し、ファイティングポーズを取りながら長身の男に詰め寄っていく。
長身とスキンヘッドの風貌も相まって、ヤンカーは剣を持たずとも格闘家として全く違和感の無いオーラを放っている。
「……お前、ヤクが切れかけてるな?折角立派な身体なのに、ヤクなんかに手を出しやがって……」
「……うるせえっ!」
ヤンカーの説教に苛立つ男は、素人とは思えない爪先のピンと伸びたハイキックをヤンカーの肩口に打ち込んだ。
パシイィッ……
そのモーションからは意外とも思える、軽い打撃音。
男のキック力を戦わずして見切っていたヤンカーは、左手1本でいとも簡単にハイキックを受け止めて見せる。
「ヤクをやる奴は、一見恐いもの無しの動きは見せる。だが、それで強くなる訳じゃ無い。禁断症状が出ればやがてスタミナは無くなり、パワーも落ちるんだよ。俺の相手じゃねえ。ハアアッ……!」
ビシイイィッ……
長身の男のテンプルを打ち抜くハイキックで、バンドーを限界まで追い詰めたパワーを惜し気もなく発揮したヤンカーは一撃で男をK.O.し、その妙技に見とれたシルバと通行人から盛大な拍手を浴びていた。
「かなり歳がいっているが、素人じゃないな。元格闘家だよ。人生設計が無ければ、いくら剣士だの、賞金稼ぎだの言っていても、最後はここまで落ちぶれるのさ……」
手慣れた動作で男の両手をバンダナで縛り、警察に連行する準備を整えたヤンカーは、連行の役目はシルバに押し付けて冗談混じりにウインクを決めて見せる。
「俺も今大会、やっと1勝だな!」
「もう、逃げられないよ!」
ナイフの男はショッピングモールの出口前にある、閉店中のチケット売り場に追い詰められていた。
ショッピングモールの構造上に出来る窪みに収まる形の売り場だけに、バンドーとシュワーブ、2人に前を塞がれては、もう逃げ場も無い。
「シュワーブ君、援護してくれ。俺がやるから」
「バンドーさん待って!俺がやるよ!皆の期待を裏切ったお詫びを、今しなきゃ!」
バンドーの言葉を力強く遮ったシュワーブ。
天才少年剣士、次代の逸材と期待されながら、今大会2連敗。
大会を通じて見せ場を作れなかった選手の筆頭と酷評され、自身の代わりにルステンベルガーから見切られたミューゼルが大ブレイク。
この悔しさは、誰よりも本人が痛感しているはずだった。
「……分かった」
剣を巡るひと悶着から、シュワーブとは浅からぬ縁のあるバンドーは、彼の意思を尊重して身を引く事となる。
「貴方もきっと、大切な誰かの期待を裏切っている。はした金や、その場凌ぎの快楽の為にドラッグに関わっても、幸せになんかなれやしない。警察に出頭してやり直そうよ!」
18歳の少年だからこそ、或いは経済的な問題の無い、中流家庭の出身だからこそ迷いなく言える、正しいが無責任なアドバイスは、確実にナイフ男の逆鱗に触れてしまった。
「うるせえよ!このガキが!」
怒り心頭に、シュワーブに向けてナイフを突き立てる男。
ドラッグに手を染める彼が18歳の頃、毎日の暮らしは地獄の様な現実だったはずである。
そんな自分を、金の苦労も知らない18歳のガキが説教するなど、絶対に許さない。
剣士の鍛練も、格闘家としての修行もしていない男であっても、例えドラッグで道を外れた男であっても、このガキに負ける事は自身のプライドが許さない。
「……くっ、止めるんだ!」
シュワーブの剣と相手のナイフでは、明らかにリーチに差がある。
遠目にはシュワーブを押し込んでいる様に見える男も、相手の剣のひと振りでナイフを操る右手に怪我を負うであろう事は明白だった。
「たあっ……!」
シュワーブは男のナイフのリズムを冷静に読み取り、互いの刃を軽くぶつける事で相手のナイフを右手から弾き飛ばす。
「シュワーブ君、任せて!」
バンドーは転がるナイフを足で踏み止め、凶器をその身に確保した。
「俺は……何も知らないガキだから、貴方を傷付けてしまったかも知れない。でも、ショッピングモールでナイフを振り回す時点で、貴方はただの狂犬だよ!もう、大人しくしてくれよ!」
シュワーブ渾身の説得に、流石の男も反省したか、言葉を無くしてうつむいている。
その様子に安堵したシュワーブは剣を鞘に入れ、男の手を掴もうと手を伸ばした。その瞬間……
ボスッ……
往生際の悪い男は、シュワーブの頬に右ストレートを叩き込んだ。
「シュワーブ君!? おい、この野郎……!」
ドラッグに手を染め、更に少年に暴力を振るう大人という構図には流石のバンドーも黙ってはいられず、眉をひそめて男に詰め寄っていく。
「バンドーさん、大丈夫!俺が、最後までやるよ!」
シュワーブは男に詰め寄るバンドーを制止し、遠慮を捨てたクソガキの表情で男を威圧しながらお返しの右ストレートをお見舞いした。
「ぎゃっ……!」
シュワーブのパンチは男の頬を直撃し、そのパワーはともかくとして、大人として真面目な少年を失望させてしまった痛みに、男は悶え苦しんでいる。
「畜生!喰らえ、喰らえ!」
半ばヤケクソ気味になったシュワーブは男の顔面を左右のパンチで連打すると、心配するバンドーをよそに彼仕込みの強烈な頭突きで男を地面に這いつくばらせた。
「きゅうー」
男は自らの人生の虚しさに後悔の念を抱きながら、少々の鼻血を出してぐったりする。
「ティム!やったな!」
2人のもとに駆け付けたのはヤンカー、シルバ、ハインツ、カレリンに加えて、先に警察に行っていたコラフスキ。
ヤンカーの隣には、虚ろな眼差しの長身男も連れられていた。
「シュワーブ君、遂に今大会初勝利!しかも、決まり手はパンチ連打からの頭突き!格闘家デビューだよ!」
バンドーは太字スマイル全開でシュワーブと肩を組み、やがてこの最年少剣士の周りを仲間達が一斉に取り囲む。
その勢いで、シュワーブの初勝利を祝う胴上げが始まった。
「うわああぁ!みんな、やめて!ハハハッ……」
栄光も挫折も経験した剣士と格闘家は、より若い世代に自分達の経験を伝え、その経験を成長の糧にして貰うべく、シュワーブのお手柄を最大限に称賛する。
ティム・シュワーブ、18歳。
10年後、彼がヨーロッパを代表する剣士として名を馳せている事を、この時点では誰も予想していなかった。
(続く)
遂に武闘大会完結しました!
1試合たりともカットしない、一切ダイジェスト化しない、5人ひと組8チーム、合計40人プラス追加登録2人のドラマと戦いを全て描き切る、伝説達成です!
ただの自己満足ですけどね。
とは言え、これだけの武闘大会トーナメントは、「小説家になろう」広しと言えども「バンドー」だけですし、恐らく今後何年経っても「バンドー」だけでしょう(笑)。
こんなトンデモ作品を読んでくれる方、ポイントやブクマ、感想までくれる方にはいくら感謝しても感謝し足りませんね。ありがとうございます!