第3話 マーガレット・クレア バンドー、賞金稼ぎチーム結成
人生経験の蓄積と幼馴染みの捜索の為、生まれ故郷のニュージーランドからヨーロッパへと旅立った農業青年・バンドーは、出発早々から押し寄せるトラブルをどうにか潜り抜け、ポルトガル到着初日に幼馴染み・シルバと再会を果たした。
だが、これは決して偶然の産物ではない。
道中で遭遇したバスジャック現行犯の賞金首を連行するバンドーと、軍からの除隊許可が下りず、堅気の仕事に転職出来ないシルバが、ともに必要に迫られて賞金稼ぎ組合の門を叩いた結果なのだ。
再会の感動で、2人は暫し周囲のドン引きも気に留めず感情を爆発させていたが、駐車場にサッカー応援用のバスと運転手を待たせていた事を思い出したバンドーは、シルバを連れて駆け足でバスへと帰還する。
「バンドーさん、遅いじゃないですか……うおっ!?」
バスの運転手は一瞬どよめいた。
無理もない。
シルバは顔立ちこそ少年のあどけなさを残すイケメンだが、軍隊で徹底的に鍛え上げられた190㎝・90㎏の大男でもあるのだ。
175㎝・80㎏のバンドーでもがっしりした体格ではあるが、威圧感はその比ではない。
「大丈夫! ケンちゃんは俺の幼馴染みで、凄くいい人だから。待っててくれてありがとう! スタジアムに戻ろう」
バスの出発とともに、バンドーは積もる想い出話より先に、自分がポルトガルに来た理由とこれまでの過程をシルバに伝える。
これから一旦、ポルトのドラガン・スタジアムへと戻り、更にリスボン空港側のカプセルホテルに宿を取っている現状を伝えると、シルバもカプセルホテルまで同行する事を快諾してくれた。
しかし、2人はまだ再会したばかりであり、シルバの組合での様子から、一筋縄では行かない様々な事情が窺えている。
バンドーは、シルバがニュージーランドに帰国する意思があるかどうかという質問を、とりあえず先伸ばしにする事に決めた。
「……そうだったんですか……。素晴らしいご家族ですね。自分はポルトガルに身を潜めながら、麻薬の売人とかを組合へ連行して小銭を稼いでいましたよ。でも、バンドーさんも聞いていたと思いますけど、今の自分の立場だとひとりでは組合に登録出来ないんですよね……」
幾多の悩み故か、早くもシルバの口調が変化している事に、11年前の感覚のまま、幼馴染みとして彼と接したいバンドーは、つい厳しいツッコミを入れてしまう。
「何だよケンちゃん、バンドーさんって……レイジでいいよ! それに、自分自分って、軍隊用語が染み着くと逆に再就職に不利だよ」
「す、すみません……もう10年以上も叩き込まれているものですから、直らなくて……」
シルバはバスの窓から流れる景色を眺めているのか、眺めていないのか、虚ろな表情になってしまった。
バンドーは空気を悪化させてしまった反省から、慌てて組合からもらってきたパンフレットを取り出し、組合の登録要項をシルバに向かって朗読し始める。
「当組合は、犯罪者撲滅の目的への支援と同時に、賞金稼ぎの皆様の安全も重視しております。それ故に、賞金稼ぎパーティーへの依頼はパーティーの人数プラス1名までの犯罪者グループに限定致します」
バンドーは要項を読み終えると、パンフレットの下に書かれた凡例を指差し、シルバにも見せた。
「……つまりこれって、俺が代表で登録して、ケンちゃんは除隊が決まったら活動する形で仮登録にすればいい訳だよね。で、とりあえず本登録は俺だけだから、依頼は相手が2人組までのものに絞って、俺とケンちゃんで仕事をして、俺が受け取った賞金を山分け……って形にすればいいんじゃない?」
バンドーからの提案を受けて、シルバの眼光にはやや生気が戻った様子だったが、元来の優しさからなのか、まだ躊躇している。
「そんな……いくらバンドーさんが格闘技を学んでいるからとは言え、この仕事に巻き込むのは……」
「いいんだよ! 俺だってこの仕事に少し興味があったから組合に来たんだし、堅気の仕事はケンちゃんの除隊が正式に決まってからでもいいよ。ポルトガルに腰を落ち着けるまでは、当然色々な日雇い仕事とかもするだろうし、賞金稼ぎの仕事でヤバそうなものは受けなきゃいいだけだから」
バンドーの熱意に、シルバも正直な心情を露にした。
「バンドーさん、ありがとうございます! 今回はお言葉に甘えさせていただきます! ……でもいつか、もっと危険な仕事をしなくてはいけない時が来たら、自分ひとりで旅立つ事があるかも知れません。その時は、どうか見守っていて下さい」
何やら思い詰めた表情のシルバが気になるバンドーは、小声で彼に訊ねる。
「……そうか、ご両親の仇を討ちたいんだね」
シルバは、無言で頷いた。
「11年前、自分は両親と一緒に、ブラジルのサントスへ里帰りしていました。移動のバスに乗り込んだ後、自分が待合室に傘を忘れた事に気付いてバスから降りた瞬間、爆発があったんです。勿論、当時の自分は頭が真っ白になりましたが、駆けつけたロドリゲス軍曹がテロリストらしき人間と揉み合いながら話していた言葉は、スペイン語でした」
シルバが辛い過去を語るその表情は、初めは沈痛なものであったが、やがて強い覚悟を感じさせる精悍なものへと変わっていた。
「……スペインへ行くつもりだったんだ」
バンドーからの問いかけに、シルバは更に続ける。
「ブラジルであった事故ですから、犯人は南米人かも知れません。スペイン語圏であれば、北中米カリブ地域の人間かも知れません。でも、そう言った人種の坩堝で、裏組織の数も多いスペインに行けば、何か手掛かりが掴めると思うんです」
スペイン語圏のテログループが今も存在しているのであれば、EONPの中心地であるヨーロッパの何処かに拠点を置いている可能性は確かに高い。
軍隊は結局の所、国家存続や組織防衛を重要視した活動を行う為、現場で起きたテロには対応しても、遡った組織の壊滅までを遂行する事は稀だ。
つまりそれはもう、「戦争」なのだから。
「ケンちゃんの除隊を承認しない上司って、ひょっとしてお義父さんのロドリゲス軍曹……?」
バンドーは紛争の無かったニュージーランドで暮らしていた為、軍の知識が11年前で止まっていた。シルバが訂正する。
「今はロドリゲス参謀ですよ。義父は軍の家系に育った割には読書家で、軍の中では話の分かる人でした。孤児になった自分を引き取ってくれて、高く評価してくれていた事には感謝していますし、除隊の承認拒否も自分を危険な目に遇わせたくない親心なのかも知れません。ただ、彼の力で軍の姿勢が変わる訳ではありませんし、賞金首と賞金稼ぎの関係の様に、近年ヨーロッパの治安が悪化する中で、軍がEONPの死守の為にロシアに力を入れ過ぎている現状には疑問がありますね」
久し振りの再会の空気が、互いの事情によりやや重苦しいものに変わってしまっていたが、シルバが今すぐ復讐の鬼に変わってしまう訳ではない。
将来的なバンドーからの説得も含めて、これからやるべき事は沢山あるのだが、今はまだ、楽しい想い出話に花を咲かせる段階だとも言える。
「バンドーさん! 道路が凄い人ですよ! リスボンがリーグ優勝です! やったぁ!」
バスはまだスタジアムに到着していないが、ポルトのドラガン・スタジアム周辺はリーグ優勝を祝うリスボンFCのサポーター一色で盛り上がっていた。運転手も1年間の苦労が実り、喜びを爆発させる。
所々で、羽目を外しすぎたリスボンサポーターがポルトクラブのサポーターから袋叩きになっている光景も見掛けるものの、仲裁に入れない謎のオーラを感じてしまう。
本場のサッカーとは、こういうものなのだ。
今は亡きブラジル系の父親からサッカーの魅力を教わっていたシルバは、久しぶりに目の当たりにしたこの光景に、懐かしい安堵感を抱いている。
「バンドー! やったぞ、優勝だ! マクナリーもアシストだ、最高ー!」
既にビールで出来上がった様子のファーナム、グラハム、ミゲルらサポーター仲間達も、バスジャックの一件でより一体感が高まった様子だ。
リスボン優勝のテンションと酔った勢いからか、無意味にバスに走り寄って体当たりするサポーターの姿には戦慄するものの、バスの中からまるで英雄の様な気分を味わったバンドー・シルバ・運転手の3人は、状況を再確認してゆっくりとバスから降り、歓喜の輪に混じる。
「このイカした兄ちゃん、バンドーのダチか。あんたもリスボンサポーターなんだろ? ブラジル人っぽい顔だしな!」
大柄なシルバさえも見下ろす、プロレスラー上がりの大男・ミゲルが肩を組んできた。
こうして肩が組める相手と出会えた事が嬉しい様子だ。
ポルトガルリーグには、歴史や言語からブラジル人選手は沢山在籍している。
シルバが注目していたブラジル代表選手は、よりにもよって相手であるポルトクラブの選手であった為、今日ばかりはリスボンサポーターの振りをするしかない。
勝利の宴は永遠に続かせたい所であったが、リスボンの選手・監督の祝勝会に間に合わせる為、サポーター一行を乗せたアウェイバスはリスボンFCのホームスタジアム・ラスへと向かった。
更なる盛り上がりを見せる道中のバス内で、バンドーとシルバは祝勝会には出席せず、空港側のカプセルホテルに戻るという一言がサポーター一行に伝えられる。
彼等は残念がりながらもバンドーの功績を讃え、シルバも一緒に全員と握手と抱擁を交わして記念写真を撮った。
ちなみに、バスジャック犯の賞金75000CPはサポーターからの善意で全額バンドーに贈呈される事となったものの、ファーナムらが喜びのあまりにポルトで暴れ、ビールを撒き散らした屋台からバス会社にクレームがつき、25000CPを没収されてしまうオチが着く。
4月4日・23:30(初めての稼ぎ・50000CP)
ようやくカプセルホテルに到着した2人は、まずシルバの為に大きめのカプセルを予約し、長距離電話がかけられるロビーへと移動した。
2099年4月5日こそ、バンドーの25歳の誕生日であり、確実にポルトガルに到着していると判断されていた為、ニュージーランドの一族に電話を入れる様に頼まれていたのである。
まさか、このタイミングでシルバを一族に紹介出来る事になるとは、楽観的なバンドーでも流石に想像だにしていなかった為、この電話はかなり高くつくと不安もあった。
だが、軍隊で名を上げていたシルバにはバンドーの予想を遥かに越える貯金があった。心配は無用である。
ニュージーランドとの時差はおよそ半日、このタイミングであれば、昼食前の休憩時間に丁度良いという判断だ。
今思うと、ニュージーランドではなんとゆったりと時間が流れていたのであろうか。
トゥルル……
静まり返った深夜のカプセルホテルに通信音が鳴り響く中、シルバの緊張感は突如として高まっていた。
ただでさえ11年振りに話す人達。
その中には、自分が両親の経営するワイン農家、シルバセラーの再建の意志も見せずに、面識もない軍人の養子になった事を許せない人もいるかも知れない。
結局軍人として大成する事も無く、両親の死の真相にどうしても迫りたいという、入隊と同じ理由で除隊してしまう自分の行動を恥じてもいた。
隣で懐かしい太字スマイルを浮かべるバンドーの存在だけが、自分の居場所を保障している、シルバはそう感じてさえいたのである。
「……あ、ニッキーさん? レイジです。ポルトガルに着いてます。まだ1日しか行動してませんけど、凄く色々な事がありました! おばあちゃんに代わってくれます?」
電話に出てくれたのは、兄嫁のニッキーだった。
まだ農場に来たばかりで、家事などの裏方仕事が多い事から受話器が近かったのであろう。
流石に一族全員と話す訳には行かなかった為、レイジはバスジャックの件を伝えたい格闘技の師匠・祖母のエリサと話す事にした。
「おばあちゃん、元気でやってるよ! 実はこっちで、乗っていたバスが悪党にジャックされちゃってさぁ。ほら、魔法を使う泥棒、あんな格好のやつらなんだけど、バスの仲間と退治したんだよ! 賞金首だったみたいで、俺の懐には50000CP入ったよ! 初仕事だね。おばあちゃんのお陰だよ。ん? 分かってるよ。普通の仕事も探すから」
流石に苦労人の祖母、少し上手く行ったからという理由で、危険で不安定な稼ぎに走るなという忠告は忘れてはいない様である。
「あ、父ちゃんどうも! うん、元気です。父ちゃん実はね、今日は凄いゲストを呼んであるんだ……今代わるから」
このタイミングで、バンドーはいよいよシルバに受話器を渡した。
「……あ、すみませんお久し振りです。え……11年前、軍曹の養子になってロシアに行っていた、シルバです……」
受話器の外からも、どよめきが聞こえてくる。
流石に一族の誰もが予想出来ないスピード展開である。
「……はい、大丈夫です。貯金はありますし、口座や住居は妨害されていません。レイジさんとは仕事の相談中にお会いしました。はい、びっくりする程昔とおんなじ雰囲気ですね。嬉しいです」
バンドーファームの現代表、レイジの父親・レイは、まずシルバの生活状況を心配して質問している様子だ。
この辺りの気配りは流石だが、ぶっちゃけ自分の息子・レイジの楽天家ぶりの方が心配であるはず。
シルバの声が聞きたいと、バンドーファームの一族だけでなく、近隣のタナカ農園、シルバセラーの職員も一言ずつ受話器を回している。
そして、シルバセラーの現代表で、亡くなったシルバの父親のパウロの親友だったガブリエウの手に、その受話器は握られた。
「ガブリエウさん! ……はい、その節は本当にお世話になりました……はい? いえいえ、そんな事はないです! ………」
終盤、シルバが沈黙しているのは、恐らくガブリエウがシルバの帰郷を願う気持ちを伝えているからなのであろう。
シルバにとっても、一番想う所のある人間であるはずだ。
「……すみません、今はまだ、ヨーロッパでやり残した事があると感じています……暫くレイジさんと一緒に行動しますし、そう遠くないうちに必ず顔を出させていただきますので。……はい、ありがとうございます!」
……どうやら、今日の所は帰郷の願いを断った様だ。
こればかりは仕方がないだろう。
シルバは最後の相手と親しげに近況報告をしながら、そのままバンドーに受話器を返した。
「サヤさんからです」
バンドーとシルバの幼馴染みで、シドニー空港からポルトガルへの出発の瞬間を見送ってくれたサヤ・タナカからレイジへのメッセージである。
「誕生日おめでとう!制限時間はあと2年と363日ですよ!」
思えば誕生日のタイミングで電話を要求されたはずなのに、誕生日を祝ってくれたのはサヤだけであった。
「ありがとう……サヤ……ありがとう……」
特に感動する様な瞬間でもないのだが、何故か話ながら涙が出そうになるバンドー。
自分が周囲からの大きな、とてつもなく大きな愛情で生かされていると感じる、そんなひとときである。
シルバも同じ気持ちでいてくれたら嬉しい。
そう心に噛み締めながら、バンドーはそっと受話器を置いた。
4月5日・8:30
一夜明け、バンドーとシルバはカプセルホテルを出てリスボン空港前に立っている。
強行軍でサッカー観戦に来ていたファーナム達オーストラリア人サポーターは、もうすぐ空港に到着し、そのままシドニーに帰る予定になっていた。
最後にもう一度別れを告げる事も出来たが、会わずにこのまま空港から立ち去る事を決めたバンドーとシルバ。
自分達はこれからもポルトガルに残り、自らの生き方を見つけなければいけないからだ。
だが、サポーター一行との身体を張った想い出は、「俺達の英雄・バンドー」の寄せ書きと記念写真に、いつまでも生き続けている。
リスボン駅に到着したバンドーがするべき事はまず、役所で滞在期間の証明に印をもらう事であった。
シルバの場合、1人でスペインに行く予定も考慮していた為、1ヶ月単位で滞在期間の更新を行う予定であるという。
バンドーがスペインに行くつもりがあるかどうかはともかく、2人組で賞金稼ぎ組合に登録する予定がある以上、滞在期間を合わせる事となる。
賞金稼ぎという職業は、引き受けたい仕事、自分達に見合う仕事があるかどうかが重要であり、その為には近隣の他地域への出稼ぎが必要な時もあった。
しかしながら、ポルトガルに見合った仕事がなくて隣のスペインに出張、単発の仕事をこなして再びポルトガルに帰還した場合、スペインとしては丸損である。
言わば旅行者が、現地の住民の仕事を奪う形となるからだ。
賞金稼ぎの組合登録に滞在期間の証明と役所の印が必要な理由は、実際の滞在より多くなる可能性の高い日数分の各種税金の前払いにより、各地域の財政と社会保障を維持する目的があるからなのである。
組合登録をしていない一般人への賞金が半額にまで下がるのも、そういう背景のもとだと考えれば、まあ納得か。
その一方で、これらの制度を悪用して、貧しさを理由に賞金稼ぎの滞在に頼り、わざと犯罪者対策に金をかけない地域もあり、それも近年のヨーロッパでは問題視されていた。
滞在期間証明印を得たバンドーとシルバは、組合登録をする為に、昨日に続いてポルトの賞金稼ぎ組合へと向かう。今度は電車で3時間。
電車に揺られながら改めて考えてみると、ポルトガルレベルの地域で、賞金稼ぎ組合がポルト1ヶ所だけというのは少々キツいものがある。
先の大災害後、人類の生活様式や経済規模は確実に変化し、特に地続きの大陸では、環境破壊の代名詞的な存在の排気ガスを生む、自家用車への依存度は大幅に減少した。
軍隊であらゆる兵器を扱ってきたシルバや、広大な土地を持つオセアニアの農家で暮らしてきたバンドーが自動車免許を必要とするのは当然ではあるが、今やヨーロッパで育った若い世代の人間にとって自動車免許は贅沢品で、必要としたくても環境的・経済的理由で断念せざるを得ない状況が生まれているのである。
度々小悪党を組合に引き渡していたシルバも、レンタカーの料金が高額過ぎて利用出来ず、今はポルト郊外のモーテルに部屋を取っているという話だ。
組合に到着すると、各種手続きも説明も昨日に続いて2度目となる事から、あっさりと登録は完了する。
代表はバンドーで、シルバは軍の除隊が成立した段階で登録となる仮登録状態であったが、彼の経歴に組合も期待しているのは明らかであり、非常時には特例が下りるかも知れない。
この登録の最中に、初めて武器についての質問が飛んできた。
軍人としてキャリアを積んできたシルバは、並の悪党相手なら素手でも勝負出来る能力を持つ、戦闘のプロフェッショナルである。
非常時の武器として、護身用のサバイバルナイフを持っており、彼の実力・戦闘スタイルを考慮すれば格闘とナイフで何ら問題は無いだろう。
問題はバンドーだ。
格闘技の実力は一般人以上にはあるが、戦いを専門的にこなした事はなく、時に非情になれるメンタリティーや、常に緊張感を保つ集中力という点でも不安が残る。
オペレーターのマリアから、新規登録後1年間での賞金稼ぎの引退データが2人のもとに手渡された。
新規登録後、1年間以内の賞金稼ぎ引退率……78%
引退理由……自己都合・家庭の事情による引退25%、負傷・死亡による引退75%
軍での現実を認識しているシルバから見れば、この数字はまだ、組合の賞金稼ぎ保護対策が成功していると感じられていたが、バンドーにとってはショックを受ける数字だった様である。
互いに生死をかけた戦いであり、弱い相手を選べば勝てるとは限らない。
これまで泥棒やバスジャック犯に勝利してきたバンドーではあったが、環境や運に恵まれていた可能性も否定は出来ない。
オペレーターのマリアは、まずバンドーには賞金稼ぎの基本スタイルである、剣士としての装備と鍛練を推奨した。
登録を終え、組合前の空地で昼食をとるバンドーとシルバ。
昨日とは逆に、バンドーの方が神妙な面持ちとなってしまっている。
「バンドーさん、別に無理する必要は無いですよ。お陰様で登録は出来ましたし、この仕事でバンドーさんが矢面に立つ必要はありませんから」
シルバは、戦いを仕事にした事の無いバンドーの今の心境を気遣っていた。
とは言え、バンドーはその天性の楽天家ぶりで、賞金稼ぎへの恐怖というものは早くも薄れてきている。
成人してからというもの、心のどこかに格闘家としての自分を試したいと思う気持ちが常にあり、格闘家としてなら賞金稼ぎとして通用するかも……という期待もあった。
今回のデータを見せられて、泥棒やバスジャック犯に勝利した自信が揺らいでいないとは言い難いものの、むしろ格闘家とは全く勝手の違う剣士に今更挑戦して、賞金稼ぎとして通用するレベルになれるのかと言う不安の方を気に留めている状況なのである。
暫し続いた沈黙を、シルバが打ち破った。
「バンドーさん、剣術ショップに行ってみましょうか? 自分も探している物がありますし、バンドーさんがやるか止めるか、判断材料になりますしね!」
確かに悩んでいても仕方がない。
思えばショッピングなんて、ニュージーランド時代から数えても久し振りである。気分転換に行ってみるべきだ!
バンドーはそう考える事にして、ポルトの賞金稼ぎ御用達、組合隣接の10%オフ剣術ショップへと足を向ける。
剣術ショップは、距離の近さからも建物の造りからもすぐに分かる、組合系列のショップだった。
組合とのパイプを活かした良心的な価格が売りだが、こだわりの高級品などは置いていない、言わば新人、貧乏パーティー向きのショップである。
とは言え、軽食や日用品の類いも揃えてある事から、組合に用事のある賞金稼ぎならば誰もがお世話になるショップとして、パーティーの求人など、ポルトガルに住む賞金稼ぎの情報交流の場としても必要不可欠となっていた。
ちなみに、ヨーロッパには個人経営の高級ショップも多く存在し、特にドイツのゾーリンゲンの工房は、世界最高級として剣士達のステイタスとなっている。
「うわぁ、凄いや」
バンドーは、オセアニアではまずお目にかかれない、剣と防具の一大パノラマに圧倒されていた。
元来の用途を考えれば、出来れば使わずに済ませたい物騒なものなのかも知れないが、人間、特に男というものは、光沢を放つ刃物や銃器に何処か惹かれてしまう部分がある事を、完全に否定は出来ない。
シルバは、遠距離攻撃用の投げナイフを調達しに来たのだが、軍隊で最上級のものを使用してきた経験から、このショップでは自分の求めるレベルのものは手に入らないと理解する事となった。
一方のバンドーはまず、剣士としての基本アイテムである剣を注意深く観察する。
バンドーの銀行口座には勿論現金があり、手持ちの現金と、ニュージーランドでは殆ど使った事の無いカードも持っていた。
彼が剣術に本気であれば、装備にもそこそこ金はかけられる。
だが、剣士としての才能が無い場合、また、すぐに剣を棄てて格闘家として殴り合いをしてしまう様であれば、装備に金をかけても無意味である。
バンドーはそう自己分析し、剣術装備に使える金額は昨日稼いだ50000CPまでと決めていた。
まずは視線を下ろし、ワゴンの中に纏められた特価コーナーを探るバンドー。
あるある、最安値は8800CPだ。
こんな安値の剣でも、ちゃんと幅広タイプと細目で軽いタイプの2種類が用意されている。
恐らく後者は、女性や技巧派剣士が愛用するタイプなのだろう。
手に取ってみると、流石に高級品ではない為予想以上の軽さと言うか、密度の薄さの様なものは感じるが、見た目はしっかりした作りの様に見えるし、軽く構えただけで何となく剣士気分になれてしまった。
「そんな安物は使えないわよ」
突然、背後からの声を聞いたバンドーは、剣を構えたまま後ろをゆっくり振り返る。
そこには、ひとりの女性が立っていた。
ショートカットの赤毛に、均整の取れた体格。
黒のレザーをベースに、所々に赤やゴールドの防具を悪趣味にならない程度に配置した、スタイリッシュな女剣士という印象である。
「あんた、このショップにいるって事は、新米の賞金稼ぎなんでしょ? お金がないのは分かるけど、そんな安物では早死にするわ」
早死にとまで言われては、少々カチンと来るものを否めないバンドーではあったが、剣には全くの素人故、ここは大人しく教えを乞うべきかと下手に出る事にした。
「どうもすみません……俺、初めての剣選びで、格闘家としても迷っていたから、とりあえず安い剣を手に取ってみたんですよ……安物は何処が違うんですか?」
バンドーの、若い男性としては謙虚な物腰に気を良くしたのか、女剣士は剣を取って説明を始める。
「あたし達は賞金稼ぎ、賞金首とは立場が違うわ。剣は人殺しの道具ではなく、必要に応じて自分を守る道具でないといけないの。そう思わない?」
この最初の一言から、この女剣士が粗野な暴れん嬢将軍ではなく、知性を感じさせる女性であると思わせていた。彼女は続けた。
「これを見て。剣の刃の部分は立派に見えるけど、反対側の峰の部分は薄くて弱いわ。この剣は攻撃特化型で、新米が意識しなくてはいけない防御に弱いの。攻守にバランス良く使える、もう少し高い剣を選ばないといけないわ」
買い物を諦めたシルバも、バンドーの元に駆け付ける。
「……なるほど……。剣は防御の道具でもある、か……。そう言えば、剣術の伝統である、大きな盾みたいなものは、今は見ませんよね」
バンドーの素朴な疑問に、自分の知識が活かせる喜びなのか、女剣士も明るい表情で応えた。
「ああいう道具は、伝統的な剣術大会でしか使わないの。大きな盾を持って街は歩けないしね」
剣士が2099年に職業として存在するという現実を考慮すれば、都市生活の広がりとともに盾という物の存在意義が問われるのは、ごく自然な流れと言えそうである。
バンドーと女剣士のやり取りを眺めていたシルバは、彼女に何か見覚えの様なものを感じながらも、思い出せずにいた。
彼女は間違いなく女剣士としては有名で、ヨーロッパ屈指の実力者だったはず。
「ほら、このクラスになれば刃と峰のバランスが良くて、密度も少し高くなるでしょ。いくらお試し気分の新米でも、最低このクラスの剣は必要よ」
女剣士が解説してくれた剣は、ワゴンセールから外れたすぐ隣に配置されていた、19800CPの剣であった。
防具の選択次第ではあるが、何とか予算の範囲内である。
「クレアちゃーん、このショップに来るなんて珍しいねぇ。自分の言う事聞いてくれる新人スカウトかーい?」
ショップ内に、如何にも軽そうな軟派男達のパーティーが現れた。
女剣士の名前はクレアと言うらしい。
「うっさいわね! あんたらみたいなセクハラ野郎はさっさと引退しなさいよ!」
過去に何やらあったのだろうが、女剣士は眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌な表情で軟派男達を一喝する。
さっきまでの印象とは正反対のお転婆な言動だ。案外、こっちが素の反応なのかも……。
(クレア……そうか!)
シルバはこの瞬間、この女剣士の記憶を思い出す事に成功する。
「ありがとうクレアさん、俺、この剣を買おうと思います! あと、防具についても知りたいんですが、予算があと30000CPしかないんですよ……」
バンドーは、特に理由は分からないものの、コミュニケーションが円滑なクレアの人柄に好印象を持ち、全体的なコーディネートを任せる事にした。
クレアとしても、新米の相談に乗るのは久し振りらしく、コーディネートには乗り気の様子である。
「大した装備は出来ないけど……あんた身体は頑丈そうだし、フル装備でなくても良さそうね」
そう言って、クレアはバンドーを連れて防具コーナーへと向かう。
シルバはクレアの素性を理解したが、特に口には出さず、彼女の後に付いて行った。
「防具は基本的には、頭部・肩部・胸部・腹部・下腹部・膝・脛といった部位に装着するの。でも、日常生活に対応する機動力が必要な賞金稼ぎには、余程の事がない限りは頭部や脛の防具は必要ないわね」
クレアは防具の基本を説明した後、首輪を大きくした様な金属製の防具を探しだし、バンドーの首にかける。
何やらその見た目が、秘境の部族の様に見えてしまった為、クレアも思わず吹き出してしまった。
「ぷっ……肩ってのは、攻撃の最初の選択肢、或いは劣勢の側の苦し紛れの手段としても、結構狙われやすいの。あんたは肩幅は広くないけど胸板が厚い体格だから、肩パットみたいな防具ではなく、首と肩の間を守る防具が必要だと思うわ。例え金属製でも、こう言った防具の耐久性というのはせいぜい剣に対しては2回くらいしか無いから、着けている間に自ら防御力を高める努力をするのが基本ね」
非常に分かりやすく、かつ自らの経験を踏まえた説得力を持っている為、バンドーはすっかりクレアにコーディネートを一任してしまい、防具一式を26000CPで揃える事に成功する。
バンドー自身が拘ったのは色で、ニュージーランド育ちに誇りを持つ、自らのイメージカラーを整えた。
私服のブルーのジーンズを基準として、緑の自然をイメージした首輪型防具、農業の土をイメージした茶色の胸部・腹部・下腹部の防具である。
女性のクレアから見れば、やや地味で泥臭いカラーリングに思えたであろうが、バンドーのキャラクターには似合っていたらしく、特に口出しは無かった。
「えーっと、あんた……」
「バンドーです! レイジ・バンドー、今日で25歳になりました。ニュージーランド出身です。あそこにいるのは2つ歳下の相棒のケンちゃん……いや、ケン・ロドリゲス・シルバ君です。俺なんかより全然強いですよ」
バンドーはそう言って、シルバ共々の自己紹介を済ませる。
「バンドーとシルバ君ね……あたしはマーガレット・クレア、ブルガリア出身よ。歳は……2人の間かな? クレアって呼んで」
4月5日・14:30
「あっ、もうこんな時間ね。仕事に行かなくちゃ」
ふと時計を見たクレアは、組合から要請された仕事の時間が近付いていた為、バンドー達に背を向けた。
「それじゃあ、頑張ってね! また何処かで会ったら、お茶でもしましょ」
バンドーとシルバは、とりあえず今日の予定は終了済みである。
この後する事はシルバのモーテルに行き、バンドーの住居と賞金稼ぎ以外の仕事を探す為の話し合いくらいしか無い。
「クレア、仕事って何処でやるの?」
特に深い意味は無かったが、バンドーはクレアに訊ねた。
彼女の仕事ぶりを学ぶ機会があればより良い経験になる、その程度の動機である。
「郊外のモーテル街よ。何? あんた達そこに住んでるの?」
「そこに住んでます! あの中には危険なモーテルが1軒あります! ちょっと話を聞かせてくれますか!?」
クレアの話を耳にして血相を変えたシルバが、慌ててクレアを引き留めた。
バンドー達一行は、ポルト郊外のモーテル街に向かう為の電車に乗り、クレアから仕事の内容を聞き出している。
シルバは普段からポルト郊外のモーテルに住みながら、近所の別のモーテルに溜まっている麻薬の売人の取引現場を押さえ、現行犯として組合に引き渡していた。
クレアが引き受けた仕事の内容は、そこのモーテルに住む売人の友人、ケイロス・リベイロの捕獲である。
「大丈夫よ。昨日麻薬の取引が終わったばかりで、今部屋には留守番のそいつひとりしかいないし、銃器を流してもらったとか言う情報もないし、部屋に多額の現金があるから、全力で逃げることも出来ないはずだし」
若い女剣士とは言え、これまで幾多の修羅場を潜って来た自信もあるのだろう。
クレアは至って冷静だった。
ケイロス本人に麻薬売買の前科は無く、状況次第では犯罪にならないとは言え、本来麻薬に関する捜査は警察の仕事である。
より大きな地域に於いては、近年人手不足から賞金稼ぎの麻薬関連の仕事が増加傾向にあるものの、ポルトガルでは、まだ麻薬汚染がそれ程深刻ではないと言うのが、軍隊や警察の見方であるはずだった。
何故、民間の賞金稼ぎに依頼するのか……?
それはケイロスが、国家公務員の子息だからである。
「ケイロスはもともと軍人で、軍用犬育成のエキスパートでした。父親も軍人だった為、軍用犬を利用した暴力沙汰で軍を追われた時も処分が甘く、言わば仲間同士で生活出来る権利を得ているんです。奴は危険です。ひとりでは無理です!」
クレアはここで初めて、シルバがEONアーミーのシルバ中尉である事を知った。
「恐らく、奴は現金を運び出す日までは1人じゃない、軍用犬がいると思います。犬とは言え、並の人間では軍用犬に殺されてしまいます。軍用犬にやらせれば、ケイロスに犯罪の証拠は残りません。クレアさんひとりでは無理です!」
クレアには、それでも自信があったが、シルバの熱い説得を素直に受け止める。
「なるほどね……凄く割りの良い仕事だと思ったら……。でも、この仕事は諦めたくない。150万CPよ?」
クレアにとっては、金だけではないプライドの様なものがあるのかも知れない。
そんなクレアの姿を横目に、バンドーが提案した。
「クレア、ケンちゃん、3人でやろうよ! 賞金の扱いはクレアに任せる。今は少しでも安全に仕事を解決しないと!」
「……分かったわ。ありがとう、2人とも……」
クレアは2人の善意に、素直な感謝の意を示す。
バンドー一行がモーテル街に到着すると、シルバは自分の部屋から大きな肉片とサバイバルナイフ、防弾チョッキを持ってきた。
シルバは防弾チョッキを自らの右腕に巻き付け、軍用犬の襲来時に右腕を敢えて噛み付かせ、犬の舌を掴んで身動きを取れなくする作戦を2人に伝える。
クレアは剣術全般で、ケイロスへの威嚇・攻撃・捕獲を行う。
バンドーは、軍用犬がシルバに噛み付かなかった時、犬の気を引くために肉を与え、ケイロスや犬がクレアやシルバをピンチに陥れた時の援護担当である。
息を潜めながら、ケイロスの部屋に近付く3人。
当然ケイロス自身も、何事もなく現金を運び出せるとは思っていないだろう。
「このモーテルは押戸です。力任せに体当たりすれば、恐らく爆弾の様なものが爆発するはずで、軍用犬は、その爆風が届かない所で、所謂待ちのポーズでいる事が予想されます。ケイロスとしては、我々がドアを破って爆発させるまでは自らドアを開ける事はないでしょう」
シルバの分析だと、どうにかしてドアの危険を取り除かないと先に進めない事になる。
ここでバンドーが閃いた。
「分かった、先にドアを爆発させちゃうか、向こうから先にドアを開けさせちゃえばいいんだね」
バンドーはそう確認すると、2人の心配をよそにいきなりドアの正面に距離を取って立ち、ケイロスに話し掛ける。
「ケイロスさーん、ガサ入れでーす! 入りますよぉ」
バンドーは買ったばかりの剣を鞘から抜き、押戸のドアの左上をガツガツと突き始めた。
この行動に、初めは唖然としていたシルバとクレアも、やがてバンドーの狙いを理解する様になる。
押戸に爆弾を仕掛けている場合、来客を爆破するつもりであるならば、ドアノブのある側の端が僅かに開いた瞬間に爆弾が作動する様にセッティングされているはずであった。
バンドーは剣でドアをつついて壊す事により、距離を保ったまま爆弾を爆発させてしまおうという作戦に打って出たのである。
「あははっ! こりゃ傑作だわ!」
クレアも面白がって、このコミカルな作戦に剣で参戦し、左下をつついてドアを削っていた。
一方のシルバは、軍用犬の登場に備えて防弾チョッキを丁寧に巻き直す。
このままでは自分だけが爆発に巻き込まれてしまう……そう判断したのか、ケイロスがドアの細工を解体する音が聞こえてきた。
「よっしゃあ!」
バンドーが思い切り足を伸ばしてドアを蹴破ると、待ちのポーズで待機していた軍用犬がやや焦燥気味のケイロスによって放たれる。
シルバを中央に残し、バンドーとクレアは急いで軍用犬から離れた……つもりだったのだが、軍用犬はシルバより先にバンドーの手に握られていた大きな肉片を見てしまい、一気にバンドーへと向かってしまった。
「バンドーさん! まずい」
シルバは焦りを隠せない。
バンドーは助かりたい一心で、大きな肉片を軍用犬にぶつけんばかりの勢いで投げつけた。
その時、軍用犬は自らの顔面にお肉が当たるペタッという間抜けなサウンドともに座り込んでしまい、我を忘れたかの様に夢中でその肉片にむしゃぶりつく。
良く見ると、軍用犬はかなり痩せ細っていた。
ケイロスらは、自らの利益ばかりを考え、大切な相棒を虐待していたのだ。
「うわぁ……何だか可哀想……よしよし」
身の危険も顧みず、動物愛護精神に溢れるバンドーは軍用犬の頭を撫で始め、とりあえず危険が去ったと感じたシルバとクレアは、ケイロスをボコボコにする。
「きゅうー」
袋叩きで気絶したケイロスを縛り上げ、お肉を食べて元気になった軍用犬をバンドーは無邪気な太字スマイルで祝福すると、軍用犬とバンドーの表情が奇跡の一致を見せた。
「バンドー、あんた凄いわ! これは魔法も使えるかもね!」
軍用犬を赤の他人が懐柔するという、まさかの超能力ぶりにクレアが感嘆の声を上げてバンドーを祝福し、自らの知識と経験が無意味と化してしまったシルバも、今はただ苦笑いを浮かべるしか無い状況である。
(そう言えば、ニュージーランドで会った泥棒のサビッチも、リスを乗せた俺を見て魔導士になれるって言ってたな……)
バンドーは一瞬回想モードに浸りそうになってしまったが、すぐに我を取り戻した。
空腹が改善すれば、軍用犬はまた普段の厳しい顔に戻る可能性が高い。
バンドーが付き添いつつもシルバが軍隊式の待ちのポーズを維持し、ケイロスが冷蔵庫に隠してあったピザもついでに軍用犬さんに爆喰いさせてあげ、機嫌が良いうちに鎖をがっちり繋ぐ。
こうして、軍用犬も部屋に閉じ込める事に成功した。
「もしもし? クレアです! 今からケイロスを連行します! ……軍用犬がいるなんて、聞いてないわ! 大変だったんだから、賞金上げてよね!」
早速組合に事情を説明するクレア。策士である。
最早抵抗する気力も失ったケイロスを連行する為、再び電車で組合に戻るバンドー一行。
すっかり打ち解けたクレアは、自らを語り始めた。
「あたしが剣士になったのは、とある人への恩返しが理由だったの。だから、男に負けないぞとか、女の中で1番になるとか、そんな目標は無かったわ。でも、女が剣士になるなんて、どうしても変な眼で見られるから、将来、女性や子どもが人殺しの為ではなく、大切なものを守る為の剣術を学べる様な、剣術道場を作りたいの」
クレアは、自らの夢と、危険も顧みず剣士として賞金を稼ぐ理由を明かす。
「でも……クレアさんって、クレア財団の娘さんじゃないんですか?」
シルバは、クレアの素性を知っていた。
黙っている事も出来たが、どうしても疑問が解消されなかったのだ。
「……やっぱりバレるのね……」
そう呟いて、クレアは視線を落とす。
クレア財団は、ブルガリアで歴史のある財団であり、その家系は東欧有数の名門一族であった。
だが、東欧の景気や治安の悪化、アース・ワン・ネイション・プロジェクト(EONP)との折り合いの悪さなどもあり、クレアの父親・ディミトリーの代になると、かつての様な力は維持できなくなる。
ディミトリーは、娘達に自由な生き方を許し、長女のマーガレットは剣士の道を選べたが、次女のローズウッドは僅かに残された親族の希望を押し付けられる形で、本業は学生でありながら、社交界に生きなければならない身分となってしまったのだ。
「それでもうちはお金持ちだったし、剣士になった今も家族の仲が悪い訳じゃないわ。でも、私だけが好きな事をやっている以上、自分の力だけで夢を叶えた姿を、なるべく早く家族に見せないといけないの」
クレアの告白に、シルバの疑問は解消されていく。
一方でバンドーは自分の恵まれた環境と、何も考えずに生きてきた25年間を、生まれて初めて恥ずかしいと思っていた。
「……俺は何の疑いもなく、農業をやっていれば幸せでいられる、一族も仲良くいられるって考えていたんだ。でも実際の所、兄貴や父ちゃんはもっと真面目に農業や一族の未来を考えていて、俺にオセアニアを出て農業以外の仕事をやれって、今経験させてくれている。ケンちゃんやクレアの話を聞いて、今までの自分が恥ずかしいと思うし、本当の自分の力で生きていける様にならないといけない、そう思っている」
幼い頃は何不自由の無い環境で育ち、バンドーの気持ちも理解出来るクレアは、彼を優しくフォローする。
「でもバンドーは、その生き方が周囲の人や動物とかを惹き付けていると思うわ。悪い所を直す事は大切だけど、良い所を無くしてはだめ。その人の良い所は、絶対他の人から聞いてみないとだめ」
シルバも続いて告白した。
「自分は12歳まではバンドーさん達と一緒に育ち、毎日心のままに生きていました。でも、12歳の時に無差別テロで両親を失い、復讐ばかりを考えて軍隊に入隊したんです。軍隊で身体は強くなったけど、心は今も両親の復讐ばかりを考えてしまうんです。今日、賞金稼ぎ組合に登録しましたけど、それもテロリストを探してスペインに乗り込む為の口実でしかないんですよ……」
シルバの告白中に、突然バンドーが割り込んで来る。
「……でも、ケンちゃんみたいな、エリート軍人として世の中の全てを見てきた様な人が、そんなに謙虚になれるって、凄い事じゃない?そんなに自分を責めてないで欲しいな」
「ありがとうございます。今は自分の人生ばかりを考えず、バンドーさんやクレアさんの力になって、それがまた、自分の力に返って来るのを待つべき時期なのかと感じています」
皆の話を聞き終えて、クレアが何やら吹っ切れた様な眼差しで2人を交互に見つめた。
「……それじゃあ……やっぱりここは……」
4月5日・17:50
「マーガレット・クレア、今日から孤高の女剣士の立場は捨てて、チーム・バンドーの一員として登録させてもらうわ!」
クレアが仲間になった!
バンドーとシルバは何度もクレアに確認したが、クレアの決意は揺るがない。
これはバンドーとシルバにとって、何よりも頼もしく喜ばしいニュースとなるだろう。
勿論、彼女はずっとひとりだった訳ではなく、様々なパーティーに参加して来たのだ。
だが、女性のパーティーでは恋愛観や目的意識のズレで活動が長続きせず、実力の拮抗した男性パーティーでは男女差別で見下され、金持ちの親元で道楽剣士をしている軟派男のパーティーは、金はあるがセクハラに悩まされる等、孤高の女剣士の立場を選ばざるを得ないだけだったのである。
チーム・バンドーの記念すべき初仕事の報酬額は、何と150万CP!
バンドーとシルバは、元来クレアの実績を買って依頼された仕事である為、130万CPをクレアに渡し、チーム・バンドー登録料として10万CPずつを受け取るに止まった。
すっかり気を良くしたクレアはこの後、自らの奢りで2人を高級レストランへ誘ったが、この2人の余りの食欲魔人ぶりに早くもパーティー結成後最初の大喧嘩が始まったのである。
(続く)