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バンドー  作者: シサマ
23/85

第22話 武闘大会参戦!⑬ 覚醒のバンドー


 「ラウンド・ワン、ファイト!」


 準決勝第1試合、チーム・バンドー VS チーム・ルステンベルガーの一戦は、バンドーとシュワーブによる先鋒戦で幕を開けた。


 互いにベルリンで今は亡きベテラン剣士、シュティンドルに指導を受けた両者による、「師匠の形見の剣」継承マッチである。


 「それっ!」


 地元の声援と、幼い頃からの剣の経験値に後押しされたシュワーブは、試合開始のゴングと同時にバンドーとの間合いを詰め、小細工の無いストレートな攻めを繰り出して来た。


 キイイィン……


 第1ラウンドを専守防衛戦術で乗り切るプランのバンドーは、こちらも基本に忠実なガードで相手の剣を弾き返す。

 

 その澄んだ衝突音は、経験と鍛練を重ねてきたバンドーのガード技術が着実に向上している事を裏付けていた。


 (バンドーさん、ガードが上手くなってるな。試合の入りも慌てていないし、ルステンベルガーさんの言った通りの戦術で来るみたいだ)


 シュワーブは冷静に戦局を見極めながらも、上半身、下半身と、攻撃のセオリーに少しばかりの変化球を織り混ぜながら、バンドーのガードの隙を窺い続ける。


 (上、下、上、下、下……頭と身体、両方使うからな。不規則な様で、シュワーブ君なりのパターンもあるみたいだ)


 余程の隙がシュワーブに無い限り、第1ラウンドをガードと技の盗み見に費やす覚悟のバンドーは集中を切らさず、相手の剣の法則性を読み取ろうと模索していた。


 幸い、シュワーブのパワーはさほど強力ではない。

 彼が試合序盤でスタミナを温存している可能性は否定出来ないものの、少なくともハカンやカレリンの剣に比べれば、身体への負担は少ないと言える。


 「ていっ!」


 シュワーブの剣の軌道とバンドーの予測とが噛み合った瞬間、バンドーのこれまでに無いパワーアタックが相手の剣を弾き、強制的に後退りを余儀なくされたシュワーブは1度呼吸を整え、僅かな休憩が訪れたバンドーは両手を下ろして筋肉を緩ませていた。


 一見、地味で退屈な試合に見えるが、地元の観客はシュワーブとバンドーの剣の技術の差を理解しており、この試合の面白さは、格闘技での逆襲を図るバンドーがどれだけの間高いガード精度を保てるか、その一点に集約されているという認識なのである。


 (まだ出てこないか……行くぞ……!)


 「!?」

 

 再びバンドーとの間合いを詰めようとしたシュワーブは、踏み出した右足首をフィールドの畳の継ぎ目に引っ掛けてしまった。


 (……チャンス……なのか?)


 右足首を畳の継ぎ目に取られ、バランスを崩したシュワーブの姿は、当然バンドーの視界にも入っている。

 だが、あの程度の(つまず)きならばすぐに体勢を立て直せるかも知れない……。

 

 それはほんの一瞬の迷いなのだが、チャンスを敢えて見送るだけの経験値は、まだバンドーには無かった。


 「おりゃああぁっ!」


 「……バカ!焦るな!」


 ベンチから思わず本音が漏れるハインツ。


 だが、バンドーは既に剣を振り上げ飛び出した後だった。


 躓きを立て直す為にやや前屈の姿勢を取っていたシュワーブには、自身より大柄なバンドーの影が上からのしかからんとする一部始終が、足下の畳を通して明確に伝わっているのである。


 「ありがとね!」


 シュワーブはバンドーの狙いが上からの左肩攻撃であると確信し、自らの小柄な体格を利用した直進による回避を選択。

 バンドーの左手側にステップを踏んで難なく攻撃を無力化した。


 「……しまった……!」


 振り降ろされる剣が無人の畳に突き刺さる事を懸念したバンドーは、剣を持つ両肩に力が入り、畳への侵攻を回避する一連の動作に時間を浪費してしまう。


 「いただきます!」


 シュワーブはバンドーの懐から抜け出した瞬間、持ち前のスピードで素早く反転、バンドーの左の腰にある防具を中心からクリーンヒットで斬り崩した。


 「よっしゃ!いいぞティム!」


 チーム・ルステンベルガーのムードメーカー、バイスが沸き上がる歓声に先んじてチームメイトの試合運びを讃える。


 (……やられた……。しかも中心からバッサリだ)


 再び集中を促す為、必要以上の間合いを取り直して意識を高めるバンドー。


 剣術に劣るバンドーにとって、この程度のダメージは試合を進める中で当然想定範囲内ではあったが、自らの左腰の防具を綺麗に半分叩き落とすシュワーブの技術の高さには、流石に動揺を隠せずにいた。


 賞金稼ぎを始めてからは仲間と仕事に恵まれ、実力以上の収入を得ていたバンドーの防具は、既に初心者レベルの安物では無い。

 その防具をいとも簡単に斬り裂いて見せるシュワーブは、やはり冷静さを保ってさえいれば天才少年なのである。


 「バンドーさん!落ち着いて!プランに沿って戦って下さい!」


 地元ドイツ出身のシュワーブを後押しする大歓声をどうにか押し退け、ベンチからシルバの声が聞こえてくる。


 彼の言う通り、今のバンドーに出来る事は自分を信じてプランを遂行する事だけ。

 ダウンやフィールドアウトが無い限り、勝負は第2ラウンドまであるのだから。


 (……落ち着け……今の俺でも、シュワーブ君に力負けはしない。俺だって、ハカンに勝って準決勝に来ているんだ……!)


 「ティム!バンドーを休ませるな!」


 ルステンベルガーに背中を押されたシュワーブは攻撃の手を休めず、更なるポイントの獲得を目指してバンドーに襲いかかる。

 

 剣術では基本的にカウンター狙いのバンドーにとって、ポイントを先に奪われた事は確かに痛手である。

 だが、左腰の防具が早々に破壊されたという現実は、裏を返せばそこへの攻撃はもう無いと考える事も出来た。


 今シュワーブが見せているラッシュは、バンドーに休む暇を与えない事が第1の目的であり、既に防具が破壊されている腰への攻撃は、他の部位に攻撃する為の(おとり)として、バンドーにもその動きは読みやすくなっていたのである。


 「どおおりゃっ!」


 シュワーブの攻撃と自らの読みが一致したバンドーは、ここぞとばかりに全力で相手の剣を(すく)い上げた。


 キイイィン……


 「……くっ……!」


 パワーではやや不利なシュワーブは、掬われた自らの剣の動きに振り回される形でバンドーに左半身を晒す。


 「……せいっ!」


 予測のつかないシュワーブの動きを警戒したバンドーは剣を軽く握るにとどめ、全体重を自らの左肩に乗せてシュワーブの左半身に強烈な体当たりを喰らわせた。


 「うわわわっ!」


 バンドーの全力パワーに飛ばされたシュワーブは剣の重さに引きずられ、受け身も取れないまま畳に背中を打ち付ける。


 「スリップ!ノーダウン!」


 レフェリーのアナウンスが聞こえる前にシュワーブの転倒をダウンと早合点した、一部の観客からの熱狂も聞こえるものの、スリップではダウンカウントは入らず、バンドーがシュワーブにマウントする事も出来ない。

 

 だが、この状況はバンドーのプラン通りである。

 

 第1ラウンドの大半を攻撃に費やし、実際にポイントも獲得したシュワーブには若干の攻め疲れとも言うべき表情が窺えており、フィジカルコンタクトではバンドーが圧倒的に優位に立っている現実も確認出来たのだ。

 

 カンカンカンカン……


 「第1ラウンド終了です。2分間のインターバルを挟んだ後、第2ラウンドを始めます」


 男性アナウンスが第1ラウンドの終了を告げると、地味な試合展開にも関わらずアレーナは拍手に包まれていた。

 

 両者ともに確実な勝利を求めて、自分に出来る事をブレずにやり通す。

 そんな新米剣士ならではの心地好い緊張感が、会場の空気を支配していたのである。


 

 「防具破壊のポイントと、ラウンドの主導権……リードは2ポイントといった所だな。どうだ?ティム、次のラウンドも行けるか?」


 少しばかり疲労の色が見えるシュワーブをベンチに迎え入れ、その新米剣士に水を差し出したルステンベルガーは、水を飲むのも忘れて自らの足元を見つめ続けるシュワーブの姿から、並々ならぬ勝利への執念を感じ取っていた。


 「……俺、次は守ります……!」


 決して大声ではなかったものの、確かな意思を感じさせるトーンで戦術を選択するシュワーブ。


 自分が剣術でバンドーに負ける事は無い。

 バンドーへの注意点は、そのパワーとスタミナを活かした格闘技であり、自らのスタミナ切れに襲いかかるタックルを防ぐ為のガードの徹底こそが勝利への道であると、彼は判断したのである。


 「早く水を飲んでおけ。膝蹴りと寝技脱出の最終確認だ」


 シュワーブの周りをバイスとヤンカーが取り囲み、対バンドー用に積んできた訓練の復習に取りかかるチーム・ルステンベルガー。

 その様子を監視しようとしたシルバの視線の先には、シュタインとルステンベルガーが立ちはだかっていた。

 

 

 「……どうだバンドー、プラン通りに行っている実感はあるか?」


 ベンチに戻ってきたチームメイトに真っ先に声を掛けたハインツは、その後のバンドーの様子に驚きの表情を浮かべる事となる。


 こちらへ歩みを進めていた時はポイントを奪われた無念さを覗かせていたバンドーは、やがて笑顔すら浮かべる晴れやかな空気を身に(まと)っていたのだ。


 「……クレア、そっちの剣を取ってくれ。ケンちゃん、これ預かってて」


 「バンドーさん、やっぱりあれをやるんですね!」


 バンドーからシュティンドルの形見の剣を受け取ったシルバは、昨夜のカレリンとのトレーニングを思い出す。


 「……何だか、面白い位にプラン通りだよ。でもそれは、お互いに勝つ為のプランを守っているだけ。本気で勝ちに行くには、俺にも分からない何かが起きないといけないんだ」


 バンドーはクレアからもう1本の剣を受け取ると、鞘から抜かれた刃こぼれだらけの剣を改めてじっくりと眺めた。


 「……分からない何かって、魔法の事ですか?」


 リンの質問を少々バツの悪そうな表情で聞いていたバンドーは、やがて満面の笑みを浮かべながら首を左右に振って否定する。


 「いや、それは無いな。シュワーブ君は上手いけど、怖くはないから。今の俺は自分を守ろうとは思わない」


 「バンドー、水」


 インターバルの残り時間を気にしたクレアが、手近にあったペットボトルの水をバンドーへと差し出した。

 

 実は先程までシルバが飲んでいた水である。


 「……ちょ、ちょっと待って!いいよ、終わってからでいいよ!」


 シルバとともに仲良く苦笑いを浮かべるバンドーは、満員の観衆に敢えてボロボロの剣を見せ付ける様に高々と掲げ、チームメイトに背を向けた。


 (……この剣を買ったのって、まだ1ヶ月半前なんだよな……。でも多分、ここがこの剣の墓場になる……今までありがとう。最後に1度だけ、勇姿を見せてくれ……)


 

 「……?何ですかあの剣?あんなボロボロの剣で、一体何をするんでしょう……?」


 バンドーの剣の異様さに気付いたシュタインは、隣でともにバリケードを作っていたルステンベルガーの肩を叩いて呼び止める。


 「……何のつもりだ……?あんな刃では、攻撃をかわされて剣が畳に突き刺さったら抜けない可能性もある。何か特別な使い道があるのか……?」


 バンドーの剣を見て何やら胸騒ぎを隠せないルステンベルガーを始め、正統派の剣士が揃うこのチームにバンドーの意図を正確に読み取れる者は少なかった。

 

 だが、今はシュワーブを余計な情報で混乱させる訳には行かない。

 ルステンベルガーはシュワーブの練習相手になっていたバイスに耳打ちし、自らはシュタインとともにベンチへと下がる。


 「ティム、バンドーが剣を変えた。ニクラスさんによると、今にも折れそうなボロボロの剣らしい。奴の狙いは分からんが、お前がリードしているのは確かだ。取りあえず間合いを空けて様子を見た方がいい」


 「はい」


 バイスからのアドバイスに頷いたシュワーブは、深呼吸を終えると再び剣を取り、想い新たにバンドーの待つフィールドの中央へと歩き始めた。


 (バンドーさんが下手な小細工をした所で、俺がガードを固めれば、どうせ最後はタックルに来るしか無くなるはずだ……)


 「バンドーさん!シュワーブ君の膝の防具、厚くなってます!膝蹴り注意です!」


 シュワーブの防具から格闘技対策を素早く見抜いたシルバは、バンドーにアドバイスを送り、その声を聞いたバンドーも左手を挙げて応える。


 (これは……何かあります。この席で観るべきではありませんね……)


 バンドーを背後から応援する形となっていたフクちゃんは素早く立ち上がり、小柄な身体を屈めながら周囲の観客に頭を下げ、ゆっくりと移動を始めていた。


 

 「ラウンド・トゥー、ファイト!」


 第2ラウンド開始のゴングとともに沸き上がるアレーナ。

 観客からはバンドーの剣の詳細は掴めていないものの、彼が剣を変えた事だけは目視で理解している。

 

 第1ラウンドの内容からしてバンドーの反撃は必至であり、あちこちでバンドーをけしかけんとする口笛や矯声が聞こえてきていた。


 一方、既にポイントでリードしているシュワーブは体力温存とばかりに、第1ラウンドとはまるで正反対のガード重視の戦術に切り換え、バンドーとの間合いを空けたまま様子見に徹している。


 「まずは改めてご挨拶だ!悪いけど、何処に剣が行くか分かんないからね!」


 バンドーは威勢良くシュワーブに声を掛けると、相手が前に出ない事を利用して細かなステップで間合いを詰め、剣先が触れるギリギリの距離から野球のバットの様なスウィングを振りかぶり、表向きはシュワーブの左肩の防具を狙って思い切り振り切った。


 「……うわああぁ!?」


 ランダムな刃こぼれが空気抵抗を受け、バンドーの剣はシュワーブがおおよその見当を付けていた左肩とは大幅に軌道を逸脱する。

 

 思わず声を上げて仰け反ったシュワーブだったが、結局は誰も傷付けない軌道を描いたその剣は、悪戯っぽい笑みを浮かべるバンドーの構えに難無く収まった。


 「……何だ?一体何があったんだ?」


 その異様な光景にどよめく観客だけではなく、正統派のエリート剣士であるルステンベルガーやシュタインも、バンドーの戦術を理解する事が出来ない。

 彼等にとって、ボロボロの剣をわざわざ試合で使うという選択そのものが、剣術への侮辱としてあり得ない事なのである。


 「……あれはハッタリだ。パワーの無いシュワーブを焦らせてタックルを仕掛けようとしているだけだ」


 自らの出番に備えて、スキンヘッドにバンダナを巻き付けていたチーム・ルステンベルガーの次鋒ヤンカーは、バンドーの姿には目もくれず、隣に陣取る副将バイスと談笑していた。


 「相手から奪った武器が安物だと、よくある現象だね。自分の太刀筋とは違う傷が沢山付いている武器を振り回すと、普段とは違う空気抵抗を受けて思う様に使いこなせないのさ。勿論、奴は使いこなせる確信があるんだろうが、仮に防具の無い所を斬り付ければ反則だ。無鉄砲に振り回したりはしない。ティムが落ち着いて自分のピンチだけを凌げば、それまでの軌道なんて関係無いんだ」


 格闘家としてあらゆる武器に精通するバイスには、時には相手の武器を奪いながら目の前の戦いに勝利し、賞金稼ぎとしても生き残ってきたという自負がある。

 

 彼は伝えるべき言葉を選ぶ為に頭を掻いてベンチから立ち上がり、未だ状況が飲み込めていないルステンベルガーとシュタインの肩を叩いてこの状況を説明していた。

 

 「第1ラウンドのお返しだ!」


 シュワーブが消極的になったと見るや、バンドーは温存していたスタミナを引き出して軽快なフットワークを見せ付ける。


 「でええぇいっ!」


 シュワーブにガードする隙を敢えて与えるかの様な、わざとらしい高さにまで剣を振りかぶったバンドーはそのまま、真っ直ぐに相手に斬りかからんと剣を振り降ろした。


 「くっ……何っ!?」


 相手の剣の降下方向に自らの剣を伸ばし、手堅いガードを張り巡らしていたはずのシュワーブは、再び予測不能の変化を見せる剣にガードを掻い潜られ、自らの右腰の防具をバンドーに引き裂かれてしまう。


 「……やった……バンドー!」


 「……そんなバカな!?」


 あっさりとポイントを取り返したバンドーの作戦勝ちに、客席の熱気を受けたチーム・バンドーのベンチから歓喜の声援が沸き上がる。


 対するシュワーブは、これまで経験した事の無い不規則な軌道の剣に困惑し、相手の出方を見る為に必要以上に後退りしてしまった。

 

 「ニクラスさん、あれだけボロボロの刃だとガードにこだわっていたら逆に自分の剣を傷めますよ。守るんじゃなく攻めないと。ティムの方から刃を当てれば、バンドーの剣は叩き折れるはずです」


 バイスはバンドーの剣の状態を逆手に取り、ポイントを逆転される前に守備戦術の見直しをルステンベルガーに要求している。

 

 「逃げるな!シュワーブ君!」


 明らかに動揺しているシュワーブを更に追い詰めるバンドーは、再びサイドから大きく剣を振りかぶり、相手の左肩の防具を狙って思い切りスウィングする。


 (……どっちだ?どうする?)


 戸惑いを抱えたまま瞬時の判断を迫られたシュワーブは、苦し紛れに身体を屈めてバンドーの剣をかわそうと試みるものの、空気抵抗で剣の軌道が下がり、バンドーの攻撃は面白い様にシュワーブの左肩の防具を直撃した。


 「……しまった!」

 

 第1ラウンドからは想像のつかないバンドーの快進撃を受け、アレーナはどよめきと興奮が入り混じる異様な雰囲気に包まれている。

 

 とっさの判断が全て裏目に出てしまうシュワーブはいつの間にか大量の汗をかき、今の一撃で逆転されてしまったポイントを取り返すべく、バンドーにもかわされてしまう程の単純な攻撃が目立つ様になってしまっていた。


 「ティム!落ち着け!相手の剣の刃を良く見ろ!それだけボロボロなら、お前から当てに行けば叩き折れる!」


 シュワーブが冷静さを失っている現状を目の当たりにしたルステンベルガーは、バイスからの要求を受け入れ、シュワーブにバンドーの剣そのものを攻撃する様にアドバイスを送る。


 (……剣を叩き折る……?)


 初めはその言葉の意味を理解出来なかったシュワーブだったが、バンドーとの間合いを広げた先で凝視する相手の剣の刃は、剣先から15㎝程を残してノコギリの様な歪な形をしており、まさに剣先15㎝部分以降を狙えば、いつ刃が折れてもおかしくない状態となっていたのだ。


 「バンドー!今がチャンスだ!休むな!」


 シュワーブが剣の軌道を読み取れない今のうちに畳み掛けろと、ベンチからバンドーをけしかけるハインツの声が聞こえてくる。


 バンドーはその声を聞きながら剣を握り直し、ルステンベルガーからのアドバイスを受けたシュワーブの表情が落ち着きを取り戻しつつある事を察知すると、これまでの彼とは違う、実に落ち着き払った微笑みを見せ、ベンチで声援を送るチームメイト達を驚かせていた。

 

 「……ジェシーさん、バンドーさんが……変わりましたよ!」


 長年の付き合いでバンドーを熟知するシルバは、彼の異変にいち早く気がつき、バンドーの魔法の復活に一役買ったリンと目を合わせて期待に満ちた表情を浮かべる。


 「……そうですね……。この試合、実はずっとバンドーさんの戦術通りに来ていますし、カレリンさんがくれたアイディアも効果を発揮しています。そして、いざと言う時に魔法もある安心感……バンドーさんは多分、自信を付けたんだと思います!」


 リンは声を弾ませながらバンドーを見つめていた。

 

 今の所、彼の額が魔法で光る兆候はまだ見られないものの、バンドーが見せた微笑みの裏には、魔法以外での勝機を確信した余裕と自信があるに違いない。


 (余裕の笑顔だね……でも、俺も分かったよ。バンドーさんの剣を叩き折って、そのままの勢いで振り降ろされた剣が畳に突き刺さってしまえば、簡単には抜けないだろう。そうなれば、もう勝負ありだ……さあ、どこからでも斬ってみろ!)


 「うおおおぉっ!」


 直近の弱気が嘘の様に、再びバンドーに突進を仕掛けるシュワーブ。

 

 彼のラッシュを予想していたかの様な微笑みを浮かべて走り出したバンドーは、剣を大きく頭上に振りかぶったまま飛び上がり、シュワーブを真上から叩き斬る構えを見せた。


 この試合一番の歓声が巻き起こるアレーナの熱狂を余所に、集中力を極限まで高めたシュワーブの耳から、自らの鼓動以外の全ての音が消え失せる。


 (……俺の身体を差し出してやる。バンドーさんの剣が絶対に外れない程のど真ん中に……。チャンスは1回だけ。狙いは剣先15㎝。斜めから剣を叩き折って、折れた剣をそのままの勢いで畳に突き刺してやる!)


 「……このまま衝突したら……もう少し先に行かなくては!」


 両者の勝負の行方を見守っていたフクちゃんは、剣先が折れる事態に備えて刃の飛散ポイントを瞬時に予測し、足早に満員のアレーナを掻い潜っていた。


 「行くぞおおぉ……!」


 その体格からは想像のつかない大ジャンプを繰り出し、シュワーブに覆い被さろうと剣を振り降ろすバンドー。

 狙いは一撃で試合を終わらせる、胸の防具である。


 「どこでも狙いやがれ!」


 剣を振り降ろすバンドーの懐に立ち膝状態で滑り込む、恐れを知らないシュワーブ。

 自らがバンドーに衝突せんとする瞬間、ガードに差し出した剣が相手の剣先を掠めた。


 「うおおりゃああっ!」


 シュワーブはバンドーの剣の軌道が変わる直前に、渾身の力を込めて自らの剣を押し付け、そのままの勢いで剣先15㎝地点を叩き折った。


 ピキイイイィン……


 耳をつんざく衝突音とともに、折れた剣先は観客席へと高く舞い上がり、落下地点を予測して先回りしていたフクちゃんによって、再び床へと叩き落とされる。


 「……な……す、すげ……!」


 後1秒遅れていたら、飛んできた剣先で怪我をしていたかも知れない最前列の観客は、目にも留まらぬ早業で剣先を素手で叩き落とした人間が警備員でも格闘家でもない、中高生くらいにしか見えない女の子であった現実に言葉を失いながら驚愕していた。


 「……バンドー!?」


 バンドーの剣の状態と衝突音から、彼の剣が折れた事を察知したクレアは、思わずベンチから立ち上がって叫び声を上げる。


 「今までありがとよ!これで役目は終わりだ!」


 「……何だって!?」


 剣先を失い、剣としての役目を終えた自らの剣に感謝する余裕を見せるバンドーを、信じられないといった表情で見上げるシュワーブ。

 

 両者の動作は勢いの付け方が異なる為、バンドーは真っ直ぐに畳に降下し、シュワーブはスライディングの要領でバンドーから遠ざかる形となっていた。


 「ほいっと!」


 バンドーは迷わず剣を捨て、バランスを崩しながらも何とか両足で着地し、背中を向けていたシュワーブに飛びかかる。


 「……くっ……!そう言う事かよ!」


 シュワーブは慌ててスライディングを止めて後ろを振り返ろうとするも、剣を持っている事が災いして迅速な方向転換をする事が出来ない!


 「おりゃっ!」


 ゴオオオォン……


 バンドーは背後からシュワーブに抱きつき、教会の鐘を彷彿とさせる程の爆音の頭突きを相手に炸裂させた。


 「ぎゃっ!痛ってえ!」


 余りの衝撃に絶叫したシュワーブは頭を抱え、その場から立ち上がる事が出来ない。


 「テイクダウン!」


 レフェリーのアナウンスに煽られたアレーナは割れんばかりの歓声に包まれ、頭突きの衝撃で意識が朦朧とする中、シュワーブもやむ無く剣を手放し、剣の存在が無意味と化す格闘戦に突入する事となる。


 「ティム!動け!手を取られるな!」


 ルステンベルガーとバイスは、自らのベンチ前で声を揃え、がに股で両手の握り拳を震わせる、全く同じポーズでシュワーブに声援を送り、格闘戦に一縷(いちる)の望みを託していた。


 「殴るのは可哀想だな!痛いだろうけど腕取るからね!」


 バンドーは得意の格闘戦に気が緩んだか、馴染みの相手に情けをかけようとしている。

 この隙を見逃すシュワーブではなかった。


 「真剣勝負だ……舐めるな!」


 シュワーブは自らの左腕を決めようとしていたバンドーの両手を、強引に身体を捻る事で振り払い、バンドーの顔面にパンチをお見舞いする。


 「痛ててっ!ちっくしょ〜!人の善意を踏みにじりやがって!」


 格闘技に慣れていないシュワーブのパンチでは、バンドーに鼻血のひとつも出させる事は出来なかったが、今彼がするべき事はバンドーから離れて剣を取りに行く事しかない。

 

 これ以上バンドーに付き合う訳には行かないのだ。


 「おいこらバンドー!油断してんじゃねえ!剣を拾われたらお前に勝ち目はねえんだぞ!」


 いくら自信が付いても詰めが甘ければ意味が無い。

 ハインツは手足をばたつかせて激しく憤慨しながらバンドーを叱責し、クレアはその情熱を呆れた様な笑顔で見守っている。


 「バンドーさん!離せよ!」


 シュワーブは自らの腰に巻き付いたバンドーの両足を引き剥がそうと、両手で太股の内側を押し付けて相手の痛みを誘発するも、怒り心頭のバンドーは顔色ひとつ変える事無く両腕をシュワーブの肩に廻し、そのパワーで彼の両肩を押し付けたまま持ち上げた。


 「痛てててっ!何てパワーだ!」


 バンドーの怪力に観客が歓声を送る中、彼はゆっくりと立ち上がり、両肩を締め上げられて腕が上がらなくなったシュワーブの左足に強烈なローキックを喰らわせる。


 「ぐおっ……!」


 両肩の痛みで下半身への意識が廻らず、ガードする余裕も無いままローキックを喰らったシュワーブは激痛に顔を歪め、上体を屈めて片足立ちでふらつき、何とか顔を上げた次の瞬間、バンドー渾身の右フックが左のテンプルを直撃した。


 「がああぁっ……!」


 未だ癒えない頭突きのダメージもプラスされているシュワーブは、何ら抵抗する所作も見せずに卒倒し、虚ろな表情でただ天井を見上げている。


 「ダウン!ワーン、トゥー……」


 バンドーがシュワーブにマウントを取る気が無い事を確認したレフェリーは、ダウンカウントを冷徹に刻み込んでいた。


 自らの甘さに怒っていたバンドーは本来の落ち着きを取り戻し、シュワーブには頭突きと右ストレートのダメージ、加えて左足に喰らったローキックのダメージがある事を考慮し、相手ベンチのルステンベルガーと顔を見合わせる。


 ルステンベルガーは今一度シュワーブの顔色を確認し、意識に問題は無くとも肉体的に立ち上がる事は難しいと判断。

 バンドーに対して頷きながら、その手に握られていた白タオルをレフェリーに向けて振りかざした。


 「ストーップ!シュワーブ選手、ギブアップと見なします!」

 

 カンカンカンカン……


 「2ラウンド4分08秒、勝者、レイジ・バンドー!!」


 「よっしゃあ!!」


 勝ち名乗りとアレーナの大歓声に煽られたハインツを筆頭に、チーム・バンドーの面々が喜びを爆発させる。


 バンドーは自らのプランに沿った堅実な戦いで勝利をものにしたが、剣が折れた事で今回の様な奇策はもう出来なくなった。


 魔法を発動させる程のピンチを招く事が無かった点は、この先の試合を見れば朗報と言えるだろうが、自信を身に付けたからこそ課題の残る、そんな試合である。


 

 「……ごめんなさい……1勝も、出来なくて……」


 軽い脳震盪(のうしんとう)状態から回復したシュワーブは、自らの力の無さをチームメイトに詫びていた。


 「気にするな、ティム。第1ラウンドが終わってもお前に慢心は無かったし、実際、バンドーの剣を折った時点ではお前が勝つと思っていたよ。バンドーは頭突きが強すぎる。ガードしようが無いからな。それだけが敗因だ」


 ルステンベルガーは隣のバイスと顔を見合わせながら、なかなか結果の出せない逸材に掛けるべき言葉を慎重に選んでいる。


 厳しい言葉は、いつも練習で言ってきた。


 だが武闘大会とは、剣士や格闘家にとって晴れの舞台なのである。


 勝負に敗れたという屈辱以外の屈辱を、満身創痍の今、敢えて与えるべきではない。


 人を育てるという事は、そういう事なのだ。


 

 「シュワーブ君、大丈夫?」


 バンドーは普段通りの穏やかな笑顔で試合後の挨拶に訪れる。


 「ありがとう、バンドーさん。師匠の剣は取りあえずバンドーさんに預けておくよ。また近い内に戦いたいな」


 淀み無く言葉が出る様になったシュワーブを見て安心したバンドーは、慰めの言葉の代わりに彼と力強い握手を交わして自らのベンチへと戻って行った。


 激闘の痛みを抱えていても互いに晴れやかで、また親友の様な表情でいられるのは、ひとえにこの2人の人間性によるものである。

 剣士としてはともに未熟な面があるのは否めないものの、この人間性は剣の上達と引き換えに失っていい物では決して無い。


 

 「ヤンカー、頼んだぞ」


 大事を取って医務室へ運ばれたシュワーブには付き添いが必要となり、既に臨戦態勢が整っている次鋒のヤンカーに声を掛けたバイスはベンチから立ち去って行く。


 初戦では簡易的なヘッドギアで左側頭部の古傷をガードしていた彼だったが、対戦相手のマティプのキックによってヘッドギアが破壊され、この準決勝からは厚手のバンダナをスキンヘッドに巻く事となった。


 そのバンダナを誰から借りたのかは分からないものの、その白と紫のマーブル模様は彼には似合わない程のお洒落さで、スキンヘッドの長身という見た目の威圧感が、このバンダナの存在で幾分軽減されている様にも見える。

 

 「バンドーの怖さはスタミナと頭突きだけだ。2ラウンドフルに戦えば疲れているだろうし、悪いが俺の敵じゃない。2分でカタを着けてやる」


 身長190㎝、パワーは同じ身長のシルバをも上回る程で、その長所は今大会の名だたる剣士、カムイやハドソンにも匹敵する。

 また、剣士としての実力は勿論、マティプとの試合では格闘技への順応性も見せていた。


 現時点でヤンカーは、まさにバンドーの上位互換とも言える剣士なのである。


 ……だが、彼はまだバンドーの全てを理解してはいなかった。


 

 「やりましたね!バンドーさん!」


 リンを先頭にバンドーの勝利を改めて讃えるチームメイト達。


 チーム・ルステンベルガーの中では、実力と経験値に劣るシュワーブとの戦いではあったものの、無事にシュティンドルの形見の剣を守り抜き、これまでに無い自信も窺わせる戦いぶりには、クレアやハインツも前向きな評価を下していた。


 「はいバンドー、新品のお水」


 インターバルに水を飲み忘れていたバンドーは、ここぞとばかりにクレアから新品の水を受け取り、一気に飲み干す。


 「バンドーさん、ヤンカーは手強い相手です。今のバンドーさんでは体力的にも厳しいでしょうし、自分が代わりましょうか?」


 バンドーのコンディションを危惧したシルバは、ヤンカーの相手に立候補する素振りを見せ、チームメイトの反応を伺っていた。


 シルバが次鋒にエントリーされているのは、元来巨漢のヤンカーの対戦相手として最適であったからである。

 今ここでバンドーを休ませ、男性との戦いに慣れていないリンのサポートに充てる作戦がとられたとしても、何ら不思議ではない。


 「……ありがとうケンちゃん。でも、俺やるよ。今、何だか気分がいいんだ。魔法の事もあるし、今はもっとピンチを経験するべきだと思う。ヤバくなったらギブアップさせていただきますので」

 

 バンドーは考える素振りも見せずに親友からの善意をありがたく断り、100%嘘偽りの無い太字スマイルで自己保身も抜かり無い所をアピールする。

 そんなバンドーの態度に、チームのベンチはいつもの明るい笑いに包まれていた。


 「……改めて、宜しく頼むよ、相棒」


 作戦の為とは言え、第2ラウンドを留守番させた愛剣を手に取り、今一度感謝の念を捧げるバンドー。

 シュティンドルの形見の剣を巡るシュワーブとの因縁マッチに勝利した彼は、昨日までとは違う自信を胸に、1人の剣士として、この剣の正しい継承者に収まったのである。


 

 「チーム・ルステンベルガー次鋒、カルステン・ヤンカー!」


 地元の大歓声を受け、自信満々にフィールド中央へと歩み寄るヤンカーの後ろ姿に、ルステンベルガーは絶対の信頼を寄せていた。


 チームメイトの中では最も付き合いが長く、やや武骨ながら頼れる兄貴分でもある。

 

 初戦ではマティプの魔法に敗れはしたものの、実力者のマティプを限界まで追い詰めていたからこそ、後のチームの大逆転に繋がっていったのだ。


 しかしながら、ヤンカーがバンドーを過小評価している点だけは、ルステンベルガーの数少ない不安の種と言える。

 

 ケルンの賞金稼ぎ組合での情報収集で知った驚きの事実。

 それはバンドーがまだ剣を握って僅か1ヶ月半にも関わらず、依頼の失敗が1件も無い事。

 

 ポルトガルで剣も持たずに経験したバスジャック犯との戦いや、ボルドーでのピエール・ルッソの捕獲。

 リヨンでの泥棒との戦いや、ケルンで動物虐待犯に成りすましていたマルス・ファイザーとの戦いに於いて、周囲の協力を得ながらも未だ1度の敗北も喫した事が無いというデータにこそ、驚きがあったのだ。


 外から見る限り、バンドーはそこまで強さを感じさせる人間ではない。


 普段の人当たりや試合後の挨拶等、むしろお人好しの印象が強い彼には、周囲の人間や動物、或いは運など、人智を超えた何らかの力を味方につける才能があるのではないか……?と、ルステンベルガーは考察していたのである。

 

 そうでなければ、ヨーロッパでそこそこ名の知れている一匹狼であったクレアやハインツが、わざわざ他人の名前のパーティーでともに行動している理由が見付からないのだ。


 「……俺は、軍隊のエリートだったらしいシルバと早く戦ってみたい。バンドー、お前には悪いが容赦はしないぞ。2分でカタを着けてやる」


 既に戦闘モードに入っているヤンカーは、明らかにバンドーを挑発する様な態度で威嚇を始めている。

 お洒落なバンダナのお陰で威圧感はやや薄れているものの、長身のスキンヘッドに加えて眉毛も無いヤンカーの顔は、直視しただけで泣き出す子どもがいるかも知れない。


 だが、ヤンカーのスキンヘッドと眉毛は、彼が意識して威圧感を演出している結果では無かった。


 

 彼の祖父はビジネスマンとしてカナダで家庭を築いていたが、彼の父が生まれたばかりの2045年、大災害で誘爆したアメリカの核兵器で一家揃って被爆する。


 彼の父親は何とか大災害を生き延びたものの、被爆2世のカルステンが成人する前に病でこの世を去ってしまった。


 ヤンカーの風貌は、被爆の遺伝による体毛の不足により、堅気の世界では差別され認められなかった男の、意地とプライドの結晶体なのである。


 

 「……2分か……。それくらいだね。俺もそれくらいでカタが着くと思っている」


 バンドーはヤンカーの真意を知ってか知らずか、表情ひとつ変えずに真っ直ぐ答えを返した。

 

 バンドーの真意は、自分にヤンカーを相手に長期戦が出来るスタミナが残されていない事と、短時間でイチかバチかの大勝負に出なければいけない決意を言葉にする事。


 だが、ヤンカーはバンドーの言葉を宣戦布告と受け取ったのか、眉間にシワを寄せて背を向け、足早にフィールド中央へと去ってしまった。


 (……勝負は実質、第1ラウンドだけ。俺がヤンカー相手にガードを固めた所で、パワーに押し切られるだけだ。最初から攻める。それしかない)


 剣術、パワー、スタミナと、現時点でバンドーがヤンカーに勝てる要素はひとつもない。

 

 ヤンカーの唯一にして確実な弱点は、左の側頭部にある古傷だが、15㎝の身長差があるバンドーは、そこに威力の高いハイキックを当てる事は極めて難しいと言わざるを得なかった。


 マウントスタイルからのパンチや頭突きで左側頭部に相手の意識を集中させ、隙を突いた寝技でフィニッシュ……これがバンドーが勝利する為の唯一の道である。


 (バンドーさんが普通の人間なら、この状況での勝利は難しいでしょうね……。でも私は、貴方が普通の人間だとは思っていませんよ、バンドーさん)


 人混みを避けて非常口付近からバンドー達を見守っていたフクちゃんであったが、目にも留まらぬ早業で剣の破片を叩き落として見せた彼女の周辺には、早くも賞金稼ぎのメンバーへのスカウトが殺到していた。


 「ラウンド・ワン、ファイト!」


 「うおおおぉっ!」


 試合開始のゴングが鳴り止まない内から、大歓声に煽られた猛烈なラッシュと雄叫びで、ヤンカーを硬直させるバンドー。

 まずは大歓声と自らの気迫で圧倒し、ヤンカーが自分の攻撃を最低1回は受けなければいけない状況に追い込む事が目的である。


 「……いいだろう、かかって来な!」


 ペース配分を考えないバンドーの全力ぶりを肌で感じたヤンカーは、この攻撃が意表を突いた格闘技では無い事を確信し、どっしりとガードを固めた体勢でバンドーの剣を待ち構えていた。


 「あああああぁっ!」


 かつて無い程に一心不乱に、叫び声も裏返る程の気迫で剣を振り上げたバンドーは、始めからポイント獲得など眼中には無い、ただヤンカーがガードを固める剣のど真ん中に全身全霊の一撃を振り降ろす。


 ガキイイイィン……


 バンドーの全力を乗せた剣がヤンカーの剣のど真ん中へとのし掛かり、両足を肩幅以上に開いて圧力に耐えるヤンカーを、更に押し潰さんばかりのパワーが(ほとばし)った。


 「……くっ……意外とやるじゃねえか!」


 表情を歪めて額に汗を滲ませるヤンカーは少しずつ後退りを始め、未だ闘志の衰えないバンドーは更なるパワーで剣を連打する。


 「ぐおおっ……!」


 バンドーの気迫に後退りした瞬間、畳の継ぎ目に(かかと)を取られたヤンカーは後方に転倒し、リミッターを解除したパワーの解放でマウンティングへのバランス感覚を失っているバンドーは、早くも自らの剣を投げ捨てて身体を軽くする試みに打って出た。

 

 「テイクダウン!」

 

 「バンドー!凄いわ……」


 試合開始から熱狂の渦に巻き込まれたアレーナは、レフェリーのアナウンスすら聞き取りにくい喧騒を醸し出し、そんな中クレアはかつて見た事の無いバンドーの気迫に言葉を失う。


 「どりゃああ!」


 剣を捨てて強引に身体のバランスを修正したバンドーは、仰向けに倒れたヤンカーの膝辺りに強引にマウンティングし、這いつくばる様にヤンカーの身体を登り詰めて彼の上半身に喰らいついた。


 「ああああぁっ!」


 バンドーは無我夢中でヤンカーにパンチを叩き込む。

 

 当初の目標は左側頭部であったが、アドレナリンの暴走で歯止めの利かなくなったバンドーは顔面は勿論の事、ボディーや脇腹等、防具の無い部位であれば所構わずパンチを撃ち込み続けた。


 「……がっ……ぐふっ……!」


 予想を遥かに超越したバンドーの猛ラッシュに成す術の無いヤンカーは、激痛の連続に悶絶しながらも、顔面をガードしつつバンドーの腕を捉えるチャンスを窺っている。


 バンドーの後先を考えない猛攻にアレーナの観衆は総立ちとなり、シルバやハインツはただバンドーの勝利を願って沈黙する事しか出来なかった。


 「があああぁっ!畜生!」


 バンドーの猛攻に耐え続け、顔面を真っ赤に腫らしたヤンカーが強引にバンドーの右腕を両手で掴み、バンドーの攻撃が止まると同時にアレーナの熱狂もピタリと沈黙する。


 「……舐めやがって……俺の人生、ここまで殴られたのは初めてだよ……!」


 充満する怒りを力に変えた、まさに鬼の形相でバンドーを右腕ごと身体から叩き落としたヤンカーはすぐさま立ち上がり、咄嗟に顔面を両手でガードするバンドーを思い切り蹴り飛ばした。


 「ぎゃっ!」


 ガードした両手ごとバットでなぎ倒される様な衝撃に、堪らず全力で畳を這いつくばったバンドーはヤンカーとの間合いを空けて立ち上がり、両者は早くも剣の無い格闘戦へと突入する。


 「カール!剣を捨てるな!わざわざ相手の間合いに入る必要は無い!」

 

 バンドーの潜在能力を警戒するルステンベルガーは、ピンチを脱したヤンカーに剣術に戻る様に指示を送るも、自らのプライドを傷付けられたヤンカーの逆鱗に触れてしまう事となった。


 「うるせえ!黙ってろ!あと1分でこいつをぶっ倒す!」


 試合開始から1分、バンドーを2分で倒すと宣言したヤンカーは剣士としてではなく、1人の格闘家としてこの勝負に挑む事を地元の大観衆に誓い、アレーナは両者の熱い男気に更なるヒートアップを見せている。


 「うおおりゃあぁ!」


 試合開始直後の怒涛のラッシュこそ阻まれてしまったものの、元来今のバンドーに出来る事は攻め続ける事だけ。

 パワーでは及ばずとも、剣術勝負よりは遥かに勝機があった。


 「でええぇいっ!」


 バンドーは仕切り直しの常套句、相手の左膝下へのローキックを打ち込み、格闘技の経験もそれなりに積んでいるヤンカーも、左足を軽く曲げて前に出し、ローキックを難なくガードして見せる。


 バンドーが間合いを詰めようとしたその時、ヤンカーはその巨体を大きく前屈させ、まさかのタックルをバンドーの下半身にお見舞いせんと襲いかかって来た。


 「バンドーさん、罠だ!下がって!」


 シルバはヤンカーの狙いに気付き、咄嗟にバンドーへ警告を送るも、その声は大歓声に紛れてバンドーの元へは届かない。


 「……チャンスか?」


 ヤンカーのタックルスピードが思いの外スローだった事もあり、バンドーが冷静に相手の左側頭部を狙った膝蹴りを振りかぶったその瞬間、ヤンカーはその熊の様な巨体を突然起こし、左足1本で片足立ちするバンドーの顔面に強烈な右ストレートをお見舞いした。


 「……ぐふっ……」


 片足立ちが幸いしたか、ヤンカーのパンチの威力に素直に飛ばされたバンドーは、どうにか受け身を取る事に成功する。

 しかし、仰向けにダウンしたまま、起き上がる事が出来ない。


 「ダウン!ワーン……」


 「カウントはいらねえ!」


 ヤンカーはレフェリーのダウンカウントを制止し、パンチのダメージにより意識が混濁するバンドーに猛ラッシュのお返しを狙う。


 「バンドーさん!逃げて!」


 リンの悲鳴は、大歓声の中意識が混濁するバンドーの耳にも辛うじて届いていた。

 

 ……だが、言葉の理解は出来ても身体が動かない。

 シュワーブ戦での疲労に加えて、ペース配分を考えない猛ラッシュに、バンドーは全てを懸けてしまっていたのだ。


 「早くギブアップしちまいな!」


 一切の妥協を許さない、完璧なポジショニングでバンドーにマウントしたヤンカーは、両腕を相手の太股に挟まれて身動きの取れないバンドーのボディー目掛けて、挨拶代わりのパンチを叩き込む。


 「……げほっ……!」


 激しい吐き気に襲われ、やがてその吐き気すら感じない呼吸困難に見舞われたバンドーは、芋虫の様な状況に追い込まれた自らの全身を動かそうと試みるも、ヤンカーのパワーの前に抵抗の兆しさえも見せられない。


 「……ダメだ!シルバ!タオルを取ってくれ!」


 苦渋の表情を浮かべたハインツはバンドーを守る為、隣に座るシルバの手の届く距離に置かれていた、ギブアップ用の白タオルを受け取った。


 バンドーの潜在能力を信じたい気持ちは当然あったものの、更なる先の決勝戦を見据えた時、ここでバンドーを戦闘不能にするリスクを負う訳には行かなかったのである。


 「お前しぶといな!だが、俺に比べればまだ男前だよ!」


 宣言時間の2分は過ぎてしまったが、ヤンカーは動けないバンドーをサンドバッグの様に殴り付けながら、自分と比べて顔に傷が付きにくいバンドーの体質をネタにする余裕を見せる様にもなっていた。


 無抵抗のままヤンカーの猛攻を受け入れていたバンドーだが、意識が遠のいている為なのか、不思議と痛みは感じていない。


 しかし、その一方では明らかな違和感を感じていた。

 それは、まだ何のダメージを受けていないはずの後頭部の辺りに、何やら球状ものが埋まっている様な違和感……バンドーはふと我に返った。


 (……今、なのか……?)


 ベンチからバンドーの動きを確認出来ず、ハインツがやむを得ずタオルをフィールドに投げ込もうとしたその瞬間、戦う両者を包み込む様に蒼白い光がフィールドに浸透して行く。


 「……まさか?バンドーさん!」


 この光に真っ先に反応したのは、紛れもなく魔導士のリン。

 彼女は咄嗟にアレーナ中を見渡し、最前列の手すりから身を乗り出しながら、親指を立てて微笑んでいるフクちゃんと目を合わせる事に成功していた。


 「……お前、まさか……?」


 バンドーの額から放たれる、蒼白い光を目の当たりにしたヤンカーはマティプとの対戦を思い出し、魔法の直撃を避ける為、慌ててバンドーへのマウントを解除して立ち上がる。


 「行けえええぇっ……!」


 無意識の内に叫び声を上げていたバンドーは、風魔法の発動から自身の背中が軽くなっている事を実感して常人では考えられないスピードで起き上がり、魔法を警戒して両腕でガードを固めていたヤンカーの顔面を、両腕ごと全力で殴打した。


 「ぐおおおおぉ……」


 風魔法が加わったバンドーのパンチは巨漢のヤンカーを軽々と吹き飛ばし、泥臭い漢の戦いに突如炸裂する非現実的な光景が大観衆を更に熱くする。


 「キター!!魔法キター!!」


 ベンチでバンドーを心配そうに見守っていたクレアは歓喜の余り小躍りし、タオルを持った投球モーションのまま硬直していたハインツに抱きついていた。


 (いつ魔法が切れるか分からない……急げ……急げ!)


 既に自分の意思だけでは満足に動けなくなっていたバンドーだったが、風魔法に背中を押される形で猛然と加速し、よろめきながらも立ち上がったヤンカーの姿を確認する。


 「だああっ……!」


 巨漢のヤンカーでも手の届かない高さまでいとも簡単にジャンプしたバンドーは、この瞬間、それまで後頭部に感じていた違和感があっさりと消失している事に気が付いた。


 「さあ来やがれ!」


 魔法がプラスされたバンドーのパワーに吹き飛ばされたヤンカーは、これ以上後退するとフィールドアウトする、畳の端まで追い詰められている。

 

 バンドーから逃げる訳には行かない。


 (……魔法が切れた?……くそっ!足が、足が動かない!)

 

 高い打点からヤンカーの左側頭部の古傷にキックを撃ち込むフィニッシュを計画していたバンドーは、魔法の力を借りられなくなった事により、未だダメージで痺れが残る身体を思うように動かす事が出来なかった。


 このままではヤンカーの迎撃を受けてしまう。


 「足をへし折ってやるよ!」


 バンドーの落下点を予測出来たヤンカーはポジショニングを微調整し、タイミングを合わせて右足を弓の様に引き絞る。


 「うおおおぉっ!」


 バンドーは一見コミカルにも見える空中平泳ぎでどうにか全身を動かし、ヤンカーのキックが迫る直前に着地角度を変更する事に成功した。


 「……何いぃっ……!?」


 意表を突かれたヤンカーの迎撃キックは宙を斬り、落下するバンドーはヤンカーの首筋に抱き付く要領で、渾身の頭突きをヤンカーの左側頭部に炸裂させる。


 ゴオオオオォン……


 何となくお馴染みになったこの光景を最後に、ヤンカーの頭部からバンダナは外れ、左側頭部の古傷から血を滲ませたヤンカーは、そのままフィールドの畳に崩れ落ちた。


 「……ダ、ダウン!ワーン、トゥー……」


 バンドーが魔法を発動させてからはまさに一瞬の出来事であったのだが、その余りの衝撃、そして空中頭突きフィニッシュの笑撃に、アレーナにはレフェリーのダウンカウントが響き渡る沈黙が訪れている。


 「……剣は?剣は何処だ?」


 バンドーは自らその沈黙を破り、ヤンカーが立ち上がった場合を想定して、痺れの残る足を引きずりながら、自らの剣を拾い上げた。


 「ファーイブ……」


 「カール……ダメか……」


 沈黙からざわめきへと移行するアレーナの空気の中、冷徹なダウンカウントを横目に、ルステンベルガーはヤンカーの再起を諦めかけていた。

 だが、再び沸き上がる大歓声に、彼は慌ててフィールドを凝視する。


 「……ま、まだ……終わっちゃいねえ……」


 カウントセブンで遂に中腰まで身体を起こしたヤンカーの意地に、アレーナは再び熱気に包まれた。


 しかし、バンドーも動かぬ身体を押して剣を装備し、ゆっくりと伸ばした剣先を、ヤンカーの胸の防具へと軽く突き立てる。


 「ストーップ!ヤンカー選手、胸の防具破損により戦闘不能と見なす!」


 カンカンカンカン……


 互いの死力を尽くした激闘の幕切れは、実に静かなものであった。


 だが、やがてアレーナは巨大なうねりを作り出し、チーム・バンドーの喜びの声すら聞こえない大喝采が満ち溢れていく。


 「1ラウンド3分26秒、勝者、レイジ・バンドー!!」


 レフェリーから勝ち名乗りを受けたバンドーだったが、魔法が発動しなければ彼は間違いなくヤンカーに敗れていた。

 

 それ故なのか、バンドーは大歓声に応える事も無く、健闘を讃え合う目的でヤンカーに手を差し伸べ、互いに傷だらけの顔面を見て苦笑いを浮かべる。


 

 「……お前、魔法が使えるんだな。何故今まで黙っていた?」


 ヤンカーは握手を優しく振りほどき、バンドーの目を真っ直ぐに見ながら魔法について訊ねた。


 だが、バンドーは答えに困っている。

 

 魔法が使えるかどうか、さっきまで分からなかったとは言い辛い。


 ましてや、ヤンカー相手に魔法を温存したかの様な、そんな失礼な態度は絶対に取れなかった。


 「……こんなにボロボロになりやがって……!最初から魔法を使えば良かったのに、お前は大バカ野郎だよ!楽しかったぜ、バンドー!お前は最高だよ!」


 バンドーの心意気を勘違いしたヤンカーは、激闘の相手をきつく抱き締め、勝者であるバンドーの右手を高々と掲げてアレーナを行進する。

 

 ヤンカーの勘違いにも助けられ、大歓声と勝利の喜びを実感出来る様になったバンドーは、シュワーブやヤンカーからの敬意と言う、勝負に勝つ事だけでは決して得られない大切な経験を、ゆっくりではあるが確実に積み重ねていた。



  (続く)

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 丁寧な戦闘描写と、心理描写、 魔法覚醒と、ボロ剣の伏線も、 しっかり拾っていて、良き戦いでした。 [一言] 正直言って、お調子者の彼は、 負けると思っていたので、この結果は、 予想外という…
2020/04/23 18:55 退会済み
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