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バンドー  作者: シサマ
22/85

第21話 武闘大会参戦!⑫ バンドー、魔法再挑戦


 5月15日・16:00


 バンドー達が滞在するデュッセルドルフのローウェンホテルには、アスリートの宿泊客の為のトレーニングルームが併設されている。


 元来は地元のサッカークラブ、デュッセルドルフFCの対戦相手の宿泊を見越して建設された施設であったが、近年人気の高まっている武闘大会の参加者にも門戸が開放されるや否や、参加者のトレーニングを観たいという宿泊客が押し寄せ、今やトレーニングルームの存在は各ホテルの生命線となっていた。


 ルステンベルガーやカムイといった人気チームは、既に喧騒を避けてより高級なホテルに宿泊していたのだが、昨夜までは無名のバンドー達も初戦の勝利で見物客に囲まれる注目を実感する事になる。


 

 「よお!待たせたな!」


 トレーニングの準備を進めていたバンドー達の前に姿を現したのは、クレアとハインツの旧友であり、チーム・カレリンとして初戦に敗れた剣士、カレリンとコラフスキの2名であった。


 チーム・カレリンはチームメイトの帰国により一時的に解散しているものの、デュッセルドルフの病院で骨折の治療を受けているチームメイト、ヨヌーツの容態が安定するまで、カレリンとコラフスキはドイツで賞金稼ぎコンビとして登録する事になったのである。


 「お前ら、サンキューな!持つべきものはやっぱり友達だぜ!」


 ハインツは彼等を笑顔で迎え、自分達の練習パートナーを快諾してくれた旧友に親指を立てて感謝の意を表した。


 「な〜に、困った時はお互い様だ。お前がケルンの賞金稼ぎ組合とコネがあったお陰で、登録も楽チンだったしな。早速明日仕事が見つかったよ!」


 カレリンはコラフスキと互いの顔を見合わせ、生活の不安が無くなった事をハインツに感謝している様子である。


 「そいつは良かったな!俺はこれからシルバから寝技の脱出を教わるんだ。だからカレリンはバンドーの、コラフスキはクレアの相手をしてやってくれ。御礼に晩飯くらいは奢ってやるよ!」


 「おっ!ありがてえな。だがハインツ、俺達は大食いだぜ」


 ハインツの好意に甘えるカレリン達は、一応考え直す猶予を旧友に与える素振りを見せていたものの、クレアの一言が場の空気を和ませる事となった。


 「大丈夫よ!多分2人が束になってもシルバ君の大食いには敵わないから!」



 夕食の時間まで続けられるバンドー達のトレーニング風景を眺めていたギャラリー達にとって、フクちゃんの存在だけは馴染みの無いものであった。

 しかし、彼女はその見た目から魔導士の補欠だと思われており、実際にリンとコンビを組んで魔法のチェックに協力している。

 

 新米女神であるフクちゃんから見れば、人間魔導士トップレベルであるリンの魔法でさえ朝飯前の余技に過ぎなかったが、リンの敵意を感じさせない、涼しげな表情から繰り出される風や水の魔法に何度も頷きながら、ギャラリーに危険が及ばない様に、自らの手で軽々とリンの魔法をシャットアウトしていた。


 「……フクちゃんが女神様だって事、ようやく信じられる様になりました。私、かなり本気出していたんですよ」


 魔法使用の条件としてトレーニングルームの窓は全開にされていたものの、魔力の消耗を証明するかの様に汗をかき始めたリンは、フクちゃんがただ闇雲に魔法をキャッチするのではなく、自らも自然と対話しながら安全な魔法の着地を導いていた事に感嘆の表情を見せている。


 「……私も人間の魔導士は色々見て来ましたが、リンさん程自然が協力的な姿勢を見せてくれている人は初めてですね。貴女の魔法は相手を倒す事が目的なのではなく、争いを鎮める事を目的としているからなのでしょう」


 人間の姿のフクちゃんはまだ幼さの残る外見ながら、リンの資質を短時間で見抜き、長旅をともにしたバンドーに感化されたかの様な、おおらかな微笑みをリンに返した。


 

 「痛てててっ!こんな技抜けられねえよ!」


 生まれてこのかた寝技など喰らった事の無いハインツは、シルバの基礎的な腕固めに早くも音を上げている。

 

 いつもの自信過剰気味なハインツとのギャップが何ともおかしな空気を醸し出し、技をかけているシルバは勿論、クレアやカレリンもハインツをにこやかに見守っていた。


 「ハインツさん!腕が痛くない様にするにはどうしたらいいですか?そこに腕を動かす為の姿勢を身体全体で考えるんです!」


 シルバからのアドバイスを受けたハインツは、腕の痛みに耐えながらも頭を働かせ、剣士の本能的に両足の反動から身体を捻り、腕固めからの脱出に成功する。


 「……なるほど……こういう事か!分かったぜシルバ!忘れないうちにもう1回頼む!」


 ハインツ持ち前のセンスに感心するシルバの背後から、ギャラリー達の拍手が聞こえてくる。

 その様子に刺激を受けたか、クレアやバンドーのトレーニングも熱を帯びてきていた。


 

 「流石だな……女だと思って舐めてかかる所だったが、カレリンの言う通りのやり手だよ!」


 コラフスキはクレアのスピードとテクニックを数回受け止めた後に見切り、カウンターからパワーで圧倒するつもりだったが、クレアの初速と巧みな剣捌きに防戦一方となる。


 「褒めてくれてありがとう!何も出ないけどね。あたしの相手は恐らくシュタイン、剣術学校の後輩だから、お互いデータは揃っちゃってるのよ。最初から全力で行かないと!」


 クレアは流れる汗もそのままに、シュタインの様な知性派剣士に小細工は逆効果とばかりのラッシュをコラフスキに見せ付けていた。


 「……くっ……!これでどうだ!」


 コラフスキは防戦一方の間にクレアの太刀筋を学習し、タイミングを合わせて彼女の剣を弾き返す。


 「……ふふっ、やるわね!」


 剣を弾き返される事も想定内であるかの様にクレアの左手は自らの腰に回され、その指が彼女の奥の手として常備されている短剣に触れた。


 「……奥の手か。だが、俺がそこまで覗くのは失礼に当たるな」


 コラフスキはクレアの実力と戦術を理解して彼女の肩を叩き、健闘を祈って軽い握手を交わす。


 「……ありがとう、コラフスキ」


 クレアは充実した疲労感に満足しながら、自らが良いイメージを掴んだ瞬間に引き際を決めたコラフスキの経験値を讃え、彼に深い敬愛の意を表するのであった。


 

 「お前、見た目より速いな!その動き方、独学なのか?」


 バンドーと対峙するカレリンは、初戦でハカンから泥臭い勝利をもぎ取った相手の、予想外に洗練されていた動きに注目している。


 「ベルリンでお世話になった先輩剣士に学んだんだ。この剣は、その人の形見なんだよ」


 お互いにベストな間合いを探りながら剣を繰り出す。

 そんな心地よい緊張感の中、バンドーは旧東ドイツの歴史と文化を愛したベテラン剣士、シュティンドルに想いを馳せていた。


 シュティンドルは仲間のドラッグ問題に巻き込まれるという、理不尽かつ不運な最期を遂げてしまったが、その実績に胡座をかく事の無い気さくな人柄でバンドーだけでなく、より若い少年剣士をも魅了している。


 明日の準決勝は、バンドーから師匠の剣を取り返さんと意気込むシュティンドル最後の弟子、シュワーブとの一騎討ちが待っているのだ。

 

 それにしても、リヨンの泥棒といい、シルバが取り押さえた元軍人のゲレーロといい、バンドーが生まれ育ったニュージーランドでは想像もつかない程、ヨーロッパの人々の生活にドラッグが入り込んでいる……。


 「おらっ!ボーッとしてんな!」


 物思いにふけり過ぎたバンドーの隙を突いて、カレリンの剣がバンドーの右肩の防具を捉えた。


 「……しまった!」


 肩をやられた感触を自覚したバンドーは途端に落ち着きを失い、劣勢挽回の為に大振りした剣はあっさりとカレリンにかわされてしまう。


 「……確かにいい剣だ……。だがお前、使いこなせていないぜ!」


 カレリンは軽快な身のこなしからバンドーの剣を鮮やかに回避し、一気に懐に飛び込んで相手の胸の防具に左の拳を突き付けた。


 これが剣なら、試合終了である。


 「……カレリン、お前は落ち着けば強いんだよ!勿体ねえな」


 シルバとの訓練を終えていたハインツは、流石にカレリンが剣でバンドーに負ける事は無いと踏んでおり、期待通りの実力を見せた旧友に胸を撫で下ろした。


 「バンドー、お前は元々格闘家だろ?剣を持つ以上プライドは必要だが、シュワーブってのはまだ10代でルステンベルガーがスカウトした逸材なんだ。剣だけじゃお前は勝てねえ」

 

 カレリンは敗北にうつむくバンドーを前にして、彼がやるべき最低限の事をアドバイスするものの、剣の持ち主を賭けた勝負に格闘技を使いたくないというプライドを、バンドーはまだ捨てられずにいる。


 「奴とマティプの試合を観たろ?剣では互角だったが、格闘技になったら秒殺で敗北だ。今からでも格闘技に切り換えろよ。そもそも、お前はまだあの剣を使いこなせていない。もっと馴染んでいる剣があるだろ?使うならそっちを使ったらどうだ?」


 白黒付かない事が嫌いなタイプのカレリンは、やや強引にバンドーを説得するも、バンドーはうなだれたまま、自らのもう1本の剣をカレリンに差し出すのであった。


 「……安物だったから、刃こぼれが酷くてさ……。もう捨てるしかないレベルなんだよね……」


 バンドーの古い剣を鞘から抜いたカレリンは、バンドーの嘆く刃こぼれの具合を丁寧に確認した後、大声で豪快に笑い飛ばす。


 「ハハハッ!俺も持ってたぜ、この剣!確かにこりゃ酷えな!でもよ、これは武闘大会なんだぜ?実戦じゃねえ。相手なんか斬れなくても、防具が斬れるレベルでいいだろ!ちょっと待ってろ、今面白いものを見せてやるよ!」


 カレリンはそう言って、バンドーの剣の刃こぼれをわざと広げる形で、鞘を刃に何度も叩き付けた。


 「……これでいいだろ!」


 カレリンがバンドーに手渡した剣は、刃こぼれを意図的に増やした状態になっており、刃先から15センチ程の部分だけは普通に磨がれているものの、そこから下はまるで不揃いなノコギリの様な形に変貌している。


 「バンドー、その剣を真っ直ぐ振り降ろしてみろ。真っ直ぐだぜ」


 謎の微笑みを浮かべるカレリンの真意が上手く飲み込めていないバンドーではあったが、取りあえず普段と同じ構えで剣を振り上げ、真っ直ぐに振り降ろして見せた。


 ガシャッ……!


 「……ええっ?」


 真っ直ぐ振り降ろしたつもりの剣は刃こぼれから空気抵抗を受け、まるで円を描くかの様な不規則な動きでトレーニングルームの畳に突き刺さる。


 「……これって……?」


 何度か挑戦しても剣が不規則にブレてしまう為、なかなか真っ直ぐに振り降ろす事が出来ない。

 バンドー自身が剣をコントロール出来ていない現状を横目に、カレリンは不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと経緯を説明した。


 「防具を斬るくらいなら、それだけ刃先が残ってりゃ大丈夫だろ?今からお前がその剣の軌道を身体に覚えさせれば普通に戦えるが、相手からはその剣がどう動くのか全く分からねえって事だよ!どうしても剣で戦いたいなら、ここぞってタイミングでそいつに持ち換えてみたらどうだ?」


 「……そうか……!よし!」


 バンドーは両足の重心や両手の構えをあらゆる角度から試し、やがて剣を真っ直ぐに振り降ろせる様になり、遂には同じ構えから剣を全く違う軌道に導ける様になって行く。


 「凄え!カレリン、ありがとう!」


 剣の軌道を変える面白さにすっかりハマってしまったバンドーは、カレリンに頭を下げて感謝の意を表し、2本の剣を使い分ける戦術の構築に着手し始めていた。


 「……カレリン、あんなアイディアがあったんなら、今日の試合でも使ってみたら良かったんじゃない?」


 バンドーを見守るカレリンに駆け寄ったクレアは、彼の意外な策士ぶりを初めて知って目を丸くしている。


 「……いや、俺も金が無い時はあの剣を使っていてさぁ、ボロボロになっても色々誤魔化して来たんだよ。何だか懐かしくてな」


 カレリンの思い出話に相好を崩したコラフスキも駆け寄り、両者はともにカラ笑いで胸をどつき合う。

 

 出所後は生活の為のお金と汚名返上にばかり躍起になっていたカレリンとコラフスキにとって、新米剣士バンドーの正直なプライドや吸収力が、自分達の足元を見つめ直すきっかけになってくれたらいい……。

 クレアとハインツは、暮れて行く夕陽に目を細めて仲間との絆を再確認していた。



 5月15日・19:00


 パーティーが夕食を終えた後、シルバ、クレア、ハインツはデュッセルドルフ駅にカレリン達を見送りに行き、バンドーはリンとフクちゃんを連れて再び無人のトレーニングルームを訪れ、魔法について何やら相談をしている。


 バンドーはかつて強大な風魔法を発動した代償として「眠り病」にかかってしまい、それ以来魔法からは距離を置いて来たのだが、魔導士として経験豊富なリンに加えて、魔法の在り方にも詳しいと思われる女神のフクちゃんもいる今がチャンスとばかりに、自分のこれからを相談しようと思い立ったのだ。


 「私の魔法学校の同級生には、眠り病を克服した後、ある日突然1日1回限定で魔法が使える様になった人がいます。彼女はその能力を非常時だけに活かそうと、今は保育士になっているんですよ」


 リンはバンドーからの相談を受け、世間でまことしやかに伝えられている、「眠り病にかかった者は魔法が使えなくなる」という噂が正しくないという事を改めて説明する。


 「……私がバンドーさんに付いて旅をする事を決めた理由は、バンドーさんが持つ自然に対する親和性のオーラにあります。我々神族も自然によって生み出された存在ですので、自然と親和出来ない人間の側では、本来の力を発揮出来ない場合がありますからね」


 フクちゃんからの回答も、端的に言えば「バンドーなら魔法が使えるはず」と取れる内容であった。


 「俺が魔法を使えた瞬間って、確かバッグを盗まれて、それを取り返したい一心でお祈りする様な感じだったんだ。リンやフクちゃんもそうやってるの?」


 バンドーの問い掛けに対し、リンは5年程昔の記憶を、フクちゃんに至っては100年以上昔の記憶に遡る必要があり、加えて魔法の使用については極めて感覚的な説明をしなければならない為、両者ともに何とも微妙な表情で苦悶している。


 「……んじゃ、言い方変えるね。魔法って、素質のある人が練習すれば出せそうな気配って分かるの?」


 バンドーが質問のニュアンスを変えると、リンもフクちゃんも返答に相応しい言葉が見つかった様子で、まずはリンから質問に答えてくれた。


 「はい!魔法に挑戦して結果が出なくても、素質のある人なら自然の気配を感じる事が出来ますね。何と言うか……後頭部に丸い球が半分めり込んでいる様な感覚です!日常的に魔法が使える様になると、その感覚は気にならなくなりますけどね」


 リンの説明にフクちゃんはヘドバンばりに激しく頷き、感動の余りリンの両手を強く握り締める。


 「リンさん、素晴らしい言語能力です!まさに丸い球が半分めり込んでいるんです!私達神族には既にめり込んでいますから!」


 フクちゃんはそう言って興奮気味に振り向き、自らの首と背中の間にある白い物体を指差して見せる。

 神族の身体に埋まっているその白い物体は、言わば自然との連結装置。特殊能力や魔法を使える証明とも言えるものだった。


 「……俺、球がめり込む様なその感覚あるよ!マガンバさんの空気球を喰らう直前と、ハカンに殴られる直前……ピンチを感じた時かな?バッグを盗まれた時も電車の出発が迫っていて、凄く焦っていたし」


 バンドーは自らが再び魔法を使える可能性に色めき立ち、鼻息荒くリンとフクちゃんに詰め寄っている。

 

 リンとフクちゃんは互いに顔を見合わせ、バンドーが魔法を使えるか、或いは魔法を使えそうな感覚を取り戻せるかどうかをテストするべきだと判断した。


 「バンドーさん!やってみましょう!私達の魔法、受けてみて下さい!」


 リンとフクちゃんは、それぞれトレーニングルームの左右の端に分かれ、軽めの魔法でバンドーに即席のピンチを演出すべく精神を統一する。


 「……え?そんないきなり……うわああぁ!」


 まだ心の準備が出来ていないバンドーに、眼鏡を外して瞳を蒼白く光らせるリンの風魔法が襲いかかった。

 

 バンドーのピンチ演出に特化した魔法は、いきなり顔面を殴らんかの如き勢いで彼の上半身を煽り、バンドーは畳に背中を打ち着ける。


 「痛ててっ!マジなの?手加減してよ!」


 「バンドーさんがピンチを感じなければ意味がありません!どうですか?魔法が使えそうな感覚ありますか?」


 痛みで畳に転げ回るバンドーにも全く容赦しないリンは、全速力で間合いを詰めに走り出し、フクちゃんは人間には不可能な大ジャンプを繰り出してバンドーの頭上に静止した。

 

 「フ、フクちゃん!まさかアレ出しちゃうの?やめて……やめてやめて!」


 バンドーは冷や汗をかきながら、この2人が自分を必要以上に痛め付ける様な事はしないと信じてはいたものの、女性が2人揃うと優しさや思いやりが何故か相殺されてしまうという、男なら何処かで味わっている経験と重ね合わせ、足がすくんでしまっていた。

 

 「うるさいですね……。私の光線で、痛い目に遭って貰います」


 フクちゃんは表情ひとつ変えずに空中でバンドーを見下ろしながら、フクロウの時とは比べ物にならない程の太い光線をうなじから放出し、ロープを手繰り寄せるイメージで両手に掴んで鞭の様に振り回す。


 「ひいい〜!!」


 バンドーは光線の鞭を間一髪でかわすと、フクちゃんの容赦の無い攻撃は畳の表面を焼き焦がしていた。


 (……マジでこの2人ヤバい!脱出しないと……ん?何だ?この感覚……!)


 バンドーがピンチを自覚した瞬間、彼の額が蒼白い光を放ち、やがてその光が背中に回ると、彼の意識が追い付く前に背後からの強力な風魔法が発動する。


 「……バンドーさん?」


 「うおおおぉっ!」


 リンが呆然と見上げる中、バンドーは猛烈なスピードでフクちゃんをも飛び越える高さに舞い上がり、彼女のうなじにある白い物体を両手で掴んで光線を遮断した。


 「……?光線が消えましたか?」


 フクちゃんはバンドーの両手が自らの武器を無力化した事に確信を得ると、やがて穏やかな笑みを浮かべ、バンドーを背負ったままゆっくりと畳に着地する。


 「凄い!バンドーさん、魔法が使えましたよ!」


 興奮気味の歓喜でバンドーの両手を握るリンの姿を目の当たりにした事で、安心したバンドーの額からは光が消え、やがて丸い球が半分めり込んでいる様な魔法の感覚は完全に消え去ってしまった。


 「……バンドーさん、やりましたね。どうですか?魔法の感覚、まだありますか?まだあったら、2回目行きますよ」


 魔法の感覚があるうちに練習を繰り返せば、やがて必要な時にいつでも魔法が使える様になる。

 

 フクちゃんはバンドーが体力的に優れている事は既に理解しており、彼は鍛えれば魔導士としてかなりのレベルに到達すると見込んでいたのだ。


 「……いや、ごめんフクちゃん。魔法の感覚、全く無くなっちゃった。やっばり俺も、1日1回タイプなのかも……?」


 先程までの興奮が嘘の様に、すっかり普段のテンションに戻ってしまったバンドー。

 これは「眠り病」経験者特有の症状なのだろうか?


 「落ち込む事無いですよ、バンドーさん!1日1回、ピンチの時に無意識に魔法が発動する。これだけでも武闘大会の秘密兵器になりますし、その魔法はこれからの人生で、必ず誰かを救えるんですから!」


 リンは満面の笑みでバンドーを讃え、歩み寄って来たフクちゃんも彼の手を強く握り締める。


 ニュージーランドで農業をやっていたバンドーにはすぐに分かった。

 

 女神の手が、自然と大地の温かさに満ちていた事を。



 5月16日・9:00 


 第25回ゾーリンゲン武闘大会2日目。

 

 準決勝開幕を1時間後に控え、初戦を戦うチーム・バンドーとチーム・ルステンベルガーの面々は、他の2チームに先駆けてトレーニングを行っていた。

 

 チーム・ルステンベルガー先鋒の少年剣士、ティム・シュワーブがバンドー達と交流があった事に加えて、ハインツはドイツでそこそこ名が知れている。


 そう言った背景もあり、互いに手の内を探る様な動きやネガティブな因縁の無い、フレンドリーな空気がトレーニングルームに充満していた。


 

 「バンドーさん!昨日も言ったけど、俺が勝ったら師匠の剣は貰うからね!」


 朝の挨拶にしては少々不敵な態度のシュワーブではあったが、元来シュティンドルの剣は質流れの憂き目に遭っていた所をクレアが見付け、彼の両親から譲り受けたもの。

 決してバンドーが実力で手にしたものでは無かったのである。


 「ああ、いいよ!俺だって、実力以上の剣に頼るのは恥ずかしいからね!でも、この剣あげちゃうと武器が無くなっちゃうから、シュワーブ君の剣と交換して!」


 これから対戦するとは思えないリラックスムードのバンドーを尻目に、ふと見慣れない女の子の姿を発見したシュワーブが対戦相手に質問を浴びせてきた。


 「バンドーさん、あの神官みたいな娘、可愛いな。髪が黒いから、バンドーさんの親族なの?」


 シュワーブがこっそり指を差したのは、紛れもなくフクちゃんである。


 彼女が女神様だと知っていれば失礼に当たるかも知れないが、まだ18歳で身長が170㎝に届かない、ドイツ人男性としてはかなり小柄なシュワーブにとって、小柄で色白で、16歳くらいに見えるフクちゃんは十分にストライクゾーンな女性なのだ。


 「……え?まあそうだね。う〜ん、確かに可愛いけど、あの娘は変わり者だよ?並の人間じゃ扱えないだろうな〜」


 バンドーは少々苦し気な言い訳を繕って見せていたものの、間違った事は一切言っていないという自信だけはある。


 「……いや、見た目通りの女の子じゃ面白く無いよ!バンドーさん、俺が勝ったらあの娘も紹介して!」


 フレンドリーな態度の裏で剣と彼女のダブル獲りを狙う、けしからん少年剣士シュワーブと健闘を誓い合って別れたバンドーは、鏡の前で剣のフォームと素振りを繰り返し確認しながら昨夜の事を思い出していた。


 

 リンとフクちゃんの協力で魔法の発動を確認してから、バンドーは自らのベッドでシーツを巻き上げようとして何度も魔法を試そうとしたものの、結局魔法が使えそうな「あの感覚」は戻らない。


 仮に自分の魔法が「1日1回・ピンチ限定」だったとして、新米剣士のバンドーには無数のピンチが訪れる。

 例えば、シュワーブとの試合で魔法が発動してしまった場合、大会日程から考えて準決勝の残り試合は勿論、3位決定戦や決勝戦でも魔法が使えない事になってしまうのだ。


 現在のバンドーの実力では、本人の意思とは関係なく何処かで魔法が発動してしまう事態が十分に考えられる為、勝負所以外ではなるべくリスクを犯さない、慎重な戦いが求められるだろう。


 そこでバンドーが参考にしたのが、チーム・カムイの先鋒ミューゼルと次鋒ゲリエが見せた、専守防衛からのカウンターと、剣士に対するフィジカルアタックの使い分けだった。


 まずはポイントを奪われようともひたすら守りを固めてピンチの到来そのものを遅らせ、相手の技を見ながら盗める部分は盗んで行く。

 

 そして相手に疲れが見えてきた時、剣を持つ限り100%完全にガードする事は出来ない体当たりやショルダーチャージで、相手のスタミナとボディーバランスを更に奪って行くのだ。


 試合が第2ラウンドまでもつれ込んだ時は、カレリンが改造した剣に持ち換え、相手の意表を突く軌道から少しでもポイントを積み上げていく……というプランである。


 この戦いを続けるには並々ならぬスタミナが必要になるが、体力自慢のバンドーならば不可能ではないだろう。


 

 「みんな!集まってくれ!」


 大会運営側にメンバー票を提出して来たハインツは、トレーニングを中断させてメンバーを1ヶ所に集中させた。


 「今、メンバー票を提出して来た。ルステンベルガー達のメンバーと登場順は初戦と同じ。俺達はまずバンドー、シルバの順番は同じだが、中堅はクレアにする。これは相手の中堅、シュタインとクレアのファイトスタイルが近いからだ。そして副将はリン。相手の副将バイスが魔法を使えるからだが、リンに無理はさせられないから、この時点まで来たらバンドーやシルバが助太刀出来る事が理想的だな。そして、俺は大将としてルステンベルガーと戦う」


 シュワーブとの約束があるバンドーは別として、シルバの相手は巨漢のヤンカー、クレア、ハインツの対戦相手も理に適ったものである。

 魔法が使える格闘家、バイスと戦うにはやや厳しさの否めないリンは、むしろクレアに何かがあった時のフォロー役としてこのポジションに必要と言えるだろう。


 誰ひとりメンバー票に不満は無かった。


 「……奴等は大会屈指の実力派チームだ。俺達が奴等に勝つ為の最低条件は、バンドー!お前が先鋒戦に勝つ事なんだ!行くぞ!」


 「オッケー!」


 チーム・バンドーは円陣を組み、ハインツのリードに合わせて気合いを込めてトレーニングルームを後にする。


 「……私は、バンドーさんが自分の魔法を制御出来なかった時、観客の危険を未然に防ぎたいと思います。ですから、ベンチには入りません。試合後にお会いしましょう。頑張って下さい!」


 自らの立場上、バンドー達に味方する事の出来ないフクちゃんはチームメンバーに自らの意思を伝え、参加者用通路から客席へと姿を消して行った。



 5月16日・10:00


 「それではこれより、第25回ゾーリンゲン武闘大会総合の部・準決勝第1試合を行います!チーム・バンドー先鋒、レイジ・バンドー!」


 地元チームのルステンベルガー登場とあって、アレーナは朝から超満員に膨れ上がった大歓声がこだましている。


 だが、この大歓声はルステンベルガー達にのみ送られている訳ではない。

 

 初戦でフェアプレー精神に裏付けられた勝利をものにしたチーム・バンドーと、アマチュアレベル丸出しながらひたむきに戦い、時にはシュタインと協力してゾグボを救い、時にはマガンバの空気球が直撃して会場の笑いも取った、レイジ・バンドー個人に向けた歓声が含まれているのだ。


 「サンキュー!ダンケシェーン!」


 基本的に楽観的なキャラであるバンドーは、観客の声援にちゃっかり英語とドイツ語で応えており、その姿を目にしたチーム・ルステンベルガーの副将バイスは肩を揺らして笑いを堪えている。


 

 「ティム、お前が剣でバンドーに負ける事は無いだろう。奴はガードを固めて、お前が疲れた頃に格闘技で勝負に来るはずだ。お前は焦らず着実にポイントを稼げ。1ラウンドで決めるのが理想だが、2ラウンドになったらお前がガードを固めて逃げ切る事も考えろ。今のお前に必要なのは、美しい敗北よりも無様な勝利なんだ」


 このルステンベルガーからのアドバイスは、昨日までのシュワーブであれば恐らく納得はしなかったであろう。

 ハングリーな環境に生まれ育ったマティプに完敗し、天才少年のプライドを粉砕された今だからこそ、改めて勝利への渇望が沸き上がるのだ。


 「チーム・ルステンベルガー先鋒、ティム・シュワーブ!」


 大会最年少剣士のシュワーブも、昨日の完敗で御祝儀声援は貰えなくなっている。


 今日の相手はパワーとスタミナでは上回るものの、剣の技術と経験値では明らかに劣るバンドー。

 負けは許されない。


 「……絶対勝つ!」


 シュワーブがバンドーに対してぶつけるはずだった決め台詞を、バンドーが先に決めてしまった。


 「……先に言わせてよ〜!」


 シュワーブは悔しさの余りバンドーを爪で引っ掻く仕草を見せ、バンドーは邪念を一切感じさせない太字スマイルでこれに応える。


 「……なおこの試合、剣士、格闘家、魔導士の混在するチーム同士の対戦である為、ルールは総合に統一されます!」


 男性アナウンスによるルール説明に、会場のボルテージは最高潮に達していた。


 (バンドーさん、頑張って……!)


 リンはゴングを待つこの僅かな瞬間、昨夜の特訓に想いを馳せながら両手の指を顔の前で組み、バンドーの勝利を祈っている。

 

 (……この子は確かに力はありますが、まだ魔法を使わなければいけないレベルの相手ではありませんね……。バンドーさんにそこまで見えているかどうか……?)


 客席からシュワーブの現時点での資質を見抜いたフクちゃんは、バンドーの精神状態が落ち着いている事を確認した後、興味深く記憶していたハインツの言う「人間の意地」という言葉を、胸の奥に留めていた。


 「ラウンド・ワン、ファイト!」



  (続く)




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― 新着の感想 ―
[良い点] カレリンのたたき上げならではの、 泥臭いアドバイスが、らしさを感じます。 あと実戦型の魔法解釈が、 オリジナル感が出てていいですね。 [一言] バンドーの魔法が、この先どうなるのか。 カレ…
2020/04/12 21:51 退会済み
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