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バンドー  作者: シサマ
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第17話 武闘大会参戦!⑧


 準々決勝第3試合、チーム・カムイ VS チーム・カレリンの一戦は、先鋒アレクサンダー・ミューゼル、次鋒イブラヒム・ゲリエと立て続けに勝利を収めたチーム・カムイが優位に試合を進めている。


 チーム・カムイが、試合前に小競り合いのあったカレリンに当て付けたメンバー起用で結果を残したの対し、チーム・カレリンはカムイら主力メンバーに勝利を収めなくてはならない、正念場に立たされていた。


 

 「チーム・カムイ、選手の交代をお知らせします。次鋒、イブラヒム・ゲリエ選手に代わりまして、中堅、レディー・ニニス選手が入ります。尚、勝者の権利を持ったまま交代するゲリエ選手は、ニニス選手の勝利もしくは敗退後、再びフィールドに上がる権利を有しています!」


 男声アナウンスからレディーの登場が告げられるや否や、アレーナは大歓声に包まれる。

 

 前回大会で実力を示したチーム・カムイの中に於いても、そのオネエキャラと派手なルックスで一際目立つレディーは、子ども達の人気者でもあったのだ。


 「あ!レディーさんだ。って言うか、もうレディーさんって呼ぶしかないよね!」


 客席から試合を観戦するバンドーの目にも、レディーの姿は目立ちまくっていた。

 ヒラヒラした派手な衣装と三つ編みの長髪、観客への投げキッスやヌンチャクの振り回しパフォーマンス等、仕草がいちいちコミカルである為、レディーに特別な感情の無いチーム・バンドーの面々にとっては、彼(彼女?)の存在はもはや芸能人に近かったのである。


 「……ちっ、なんだあのオカマ野郎!おいヨーン、頼んだぞ」


 レディーの態度に苛立ちを募らせるカレリンを横目に、雑念の無い晴れやかな表情を浮かべる童顔の金髪剣士ヨーンこと、ヨヌーツ・シャウセンスクはルーマニアにルーツを持っていた。

 

 

 100年以上も昔、東欧史上最悪の独裁者と言われ公開処刑されたシャウセンスク大統領の親族に当たるヨヌーツの曾祖父は、誹謗中傷に耐えられずひっそりと祖国を捨ててロシアの石油事業で成功し、ヨヌーツは若くして働かずに剣術に専念出来る恵まれた人生を送る。


 しかしそれは裏を返せば、剣術に専念していなければ周囲の視線や偏見に耐えられなかった現実も示唆していた。


 カレリン達が東欧で賞金稼ぎチームを結成すると言う噂を聞き付けたヨヌーツは、その家系の財力を活かしチーム・カレリンの剣士兼スポンサーとして、武器や防具、遠征費用の受け持ちを自ら買って出る形でチームに加入する。


 

 「僕の仕事はただ、僕を倒したい人を返り討ちにする事だけですよ。レディーさんに恨みは無いですけどね」


 そう言って剣を一旦鞘に収めるヨヌーツは、ロシアでも敢えてシャウセンスク姓を名乗り、かつての大統領に迫害を受けた親族の無念を晴らす為に訪れた挑戦者達を、誠意と対話を以てなぎ倒してきた。


 「チーム・カレリン中堅、ヨヌーツ・シャウセンスク!」


 ヨヌーツの名前がコールされるとともに、アレーナは静かなブーイングに包まれる。

 

 観客の誰もが、彼には何の罪も無い事を理屈では理解出来ていたものの、ロシアに逃げて成功した親族の財産で不自由無く暮らすヨヌーツの存在を、感情として認めたくなかったのだ。


 「ロシアで静かに暮らしていた方が幸せな人生だったでしょうに、可愛い顔してあんた、度胸あるわね!」


 レディーはヌンチャクの構えを解いてフィールドに上がってきたヨヌーツに握手を求め、ヨヌーツもレディーのキャラにやや面食らいながらも握手に応える。


 「僕の親戚が昔何をやらかしたかは知っている。歴史に謝罪すべき人は皆、黙って死んでしまったよ。僕はそんな人達の財産で苦労せずに暮らしてきたんだ。矢面に立つ義務があると思っている」


 互いに余計な感情を持っていない両者は、はみ出し者の人生を肯定しながら穏やかな笑みを浮かべていた。


 「シャウセンスク選手は剣士、ニニス選手は格闘家と聞いている。よって総合ルールを採用する。OK?」


 「オッケーよ!」


 レディーが喋るとギャグにしか聞こえないのが難点であるが、両者ともに総合ルールに合意して間合いを空ける。


 ヨヌーツは剣を構えて目を閉じ、短い瞑想の後に大きく両目を見開いた。


 「矢面に立つまでが僕の義務だ。歴史の為に勝負に負ける契約まではしていない!!」


 「ラウンド・ワン、ファイト!」


 「行くわよ〜!」


 スピード自慢のレディーは試合開始のゴングに合わせて急速に間合いを詰め、挨拶代わりのヌンチャク攻撃でヨヌーツの首筋を狙う。


 (この程度で僕を……?)


 ヨヌーツはヌンチャクの軌道を冷静に読み、時計回りに巻き付こうとするヌンチャクの鎖をわざと反対側から叩く。

 

 「……ちっ、やるわねあんた!」

 

 半時計回りに巻き付いたヌンチャクを見て、レディーは軽い舌打ちを見せた。

 

 時計回りでヌンチャクが巻き付けば、ヨヌーツが剣を払おうとした瞬間、その力を利用してレディーはヨヌーツの懐に侵入し、格闘技が使えるはずだったのである。


 「そらっ!」


 ヨヌーツは剣を大きく振り回してヌンチャクを払い、レディーは狙いとは逆方向へ離されてしまった。


 「ヨヌーツって子、落ち着いているわ。粗野な男だと、あのオネエキャラと冷静に対峙するのは難しそうよね」


 クレアはバンドーの肩に肘を乗せ、何処に隠していたのか分からないお菓子を頬張りながら試合を眺めている。

 バンドーは自分の頭にお菓子の粉が降りかかった違和感に気付き、クレアの肘を強引に振り払った。


 「それじゃ、こっちの番だ!」

 

 レディーの左腰の防具を目掛けた横斬りでレディーを追い詰めるヨヌーツ。

 これ以上右側に逃げると、フィールドアウトで減点のピンチだ。


 「ほいっ!」


 僅かな膝の反動だけで宙を飛び、ヨヌーツの剣の軌道はおろか、相手すら飛び越えんばかりの跳躍力を見せつけるレディー。

 ベンチで静観するカムイとハッサンも、その跳躍力に感心する様な表情を浮かべて頷いていた。


 「隙あり!」


 ヨヌーツは自らの剣を軽々と飛び越えたレディーの落下点を読み、高速ターンからレディーの背中の防具に斬りかかる。


 「かかったわね!」


 レディーは着地の瞬間に両手を畳に着き、馬蹴りの様に両足を揃えてヨヌーツの剣を蹴飛ばす。


 「あっ……!」


 蹴飛ばされた剣の重みで身体を捩らせるヨヌーツの隙を見逃さないレディーは、ヌンチャクを左手に持ち換えてヨヌーツの右の頬を容赦なく打ち抜いた。


 「よっしゃああぁ!」


 クリーンヒットに歓喜の声を上げるカムイ。同時に客席も沸き上がってはいたのだが、彼の声はその体格を反映してか、突出してデカい。


 「くっ……やったな……!」


 利き手ではない左手による一撃だった事が幸いし、ヨヌーツは激痛に顔を歪めながらもダウンせずに体勢を整え、ヌンチャクを右手に持ち換えるレディーの隙を突いた正面斬りを試みる。


 ガキイイィン……


 咄嗟にヌンチャクを伸ばして鎖の部分でヨヌーツの剣を受け止めるレディー。

 だが、これまでに味わった事のないヨヌーツの剣の鋭い切れ味にヌンチャクの鎖は侵食され、切断の危機を察知したレディーは慌てて背後にジャンプして間合いを広げるのであった。


 「……何なの?あたしのヌンチャクの鎖が切れるなんて……」


 レディーは家具職人の両親の下に生まれ育ち、職人としての基礎を叩き込まれている。従って、自らの武器のカスタマイズにも絶大な自信を持っていたのである。


 「……金だけはあるからね。最高級の剣ってのはこのレベルなのさ」


 ヨヌーツは何ら悪びれる事無く、自らの財力を誇示する姿勢を見せる。しかしそれは同時に、彼も自らの剣術に自信を持っている証拠でもあるだろう。


 「……レディーさん、どうするんでしょうね……。ラウンド中は違う武器に交換する事は出来ませんし……」


 同じ格闘家としてレディーに注目していたシルバは、レディーの次の一手を興味深く見守っていた。


 しかし、レディーの体格に一撃K.O.レベルのパンチやキックが隠されているとは考え難く、寝技に持ち込むにも剣のリーチは厄介だ。

 レディーがヌンチャクを選んだ理由も、剣とのリーチの差を埋める意味があるからだ、とシルバは認識していたのである。


 「う〜ん、レディーさんすばしっこいからね。ラウンドが終わるまで逃げて時間を稼ぐんじゃないかな?シャウセ……痛っ!舌噛んじゃった……ヨヌーツさんはそうはさせないだろうけど」


 圧倒的優位に立つチーム・カムイである。

 バンドーはミューゼルやゲリエの戦いぶりを振り返り、ベンチワークを含めた「チームとしての強み」を見せつける彼らのミーティングにも注目していた。


 「冷や汗かい?その濃いメイクが落ちてきたよ!」


 精神的優位に立ったヨヌーツはレディーをからかいながら間合いを詰め、鎖の切れかけたヌンチャクを破壊する為にジャンプではかわせない、ヌンチャクでのガードが必要な肩への攻撃を繰り出して行く。


 「……ちいっ!」


 やむ無くガードの必要性に迫られたレディーは右手でヌンチャクを振り回し、片側の柄でヨヌーツの剣と対峙した。


 シャッ……


 軽量化を図る為にレディー自らが木製に交換していたヌンチャクの柄は、ヨヌーツの剣に直角に当たってしまった事でものの見事に切断される。


 「そろそろ観念してくれないかな?」


 片側の柄を半分失い、攻撃にも防御にも活かせなくなってしまったヌンチャクを苦し紛れに振り回すレディーの隙を突き、ヨヌーツはレディーの左膝の防具を叩き壊した。


 「……くうっ……!」


 左膝の激痛からバランスを崩し、前につんのめる様にヨヌーツから距離を置こうと試みるレディー。


 「とどめだ!」


 レディーの逃げ場に先回りしたヨヌーツは大きく剣を上段に構え、レディーの右肩の防具を目掛けて渾身の一撃を振り降ろす。


 「あんたと違ってね、あたしは素手でも勝てんのよ!」


 レディーは半分になった柄を右手に、もう片方の柄を左手に掴み、ダメージを受けている鎖で真っ正面からヨヌーツの剣を受け止めた。

 

 鎖が切れるタイミングを見計って身体を屈め、その反動で高くジャンプしてヌンチャクの半分を右手の柄ごと投げ捨て、左手のヌンチャクの鎖を右手に掴み直す。


 「でええぇいっ!」


 こちらは渾身の一撃とは行かないものの、ヌンチャクの柄が額に直撃したヨヌーツは顔を抑えて卒倒し、レディーはマウントスタイルで相手の上半身に覆い被さった。


 「やった!レディー行け!」


 アレーナを包む大歓声に、今度は流石のカムイの大声までもが掻き消される。


 こうなれば格闘家断然優位。

 客席からシルバに加えて、チーム・ルステンベルガーの格闘家バイスも立ち上がっていた。


 「可愛い顔は勘弁してあげるわ!」


 レディーは打撃技を敢えて使わず、剣を中途半端に構えて自由の利かないヨヌーツの右腕を取って関節技を仕掛ける。


 「ぐっ……ああぁっ!」


 激痛に悶えるヨヌーツ。

 純粋な剣士の大半は関節技には為す術もない。


 「さあ、早くギブアップしちゃいなさいよ!」


 男性としては小柄で細身の彼女(?)だが、自慢のメイクも落ちんばかりの汗を額に滲ませて、レディーは必死にヨヌーツの右腕を絞り上げる。


 「……へっ、こんな無様な負け方、僕は認めないよ……観客だって、僕が一撃でK.O.される所が観たいのさ……あぐぐっ……」


 パキイィッ……


 「!?折れた!折れたわよ!」


 不穏な音を感じ取ったレディーは慌ててヨヌーツから離れ、レフェリーにアピールした。


 ヨヌーツは、冷や汗にまみれながら動かない。


 「ねえちょっと!折れてるわよ!試合を止めてよ!」


 客席からはヨヌーツの負傷を喜ぶかの様な、不謹慎な歓声が飛び交っている。


 レディーの両目を大きく見開いた必死のアピールに動揺したレフェリーは、慌ててヨヌーツの元に駆け寄るものの、右腕があらぬ方向に曲がっている訳では無く、ヨヌーツの気持ち次第では試合を続行しなくてはならなかった。


 「……シャウセンスク選手、やれるのか?」


 「……当たり前でしょ……」


 ヨヌーツは剣をさりげなく左手に持ち換え、右腕の激痛もなに食わぬ顔で立ち上がり、一部の観客からのブーイングを浴びた。


 「……まずいな、止めさせるべきだ!」


 ヨヌーツの不自然な右腕を見たハインツも、手前の席の背もたれを叩いてレフェリーにアピールを始める。


 「…………うおりゃああぁっ!」


 力の入らない左手一本による剣はレディーに難なくかわされてしまい、とどめとばかりに左腕を取ったレディーに再びテイクダウンを奪われるヨヌーツ。

 右腕の激痛で視線は泳ぎ、全身に冷や汗が満ちている。


 「ほら、左手であたしを叩いてタップするのよ!早くギブアップしなさい!」


 ヨヌーツの両足による最後の抵抗をかわしながら、ギブアップを要求するレディー。

 ここまで来ると会場にもヨヌーツの負傷は認知され、客席がざわつき始めていた。


 「……あがああぁっ……」


 薄れ行く意識の中で最後の力を振り絞るヨヌーツは、タップをするふりをして左手でレディーの横っ腹を全力で握り締める。


 「あぎゃああぁっ……!何すんのよ!」


 激痛に悶えたレディーは咄嗟にヨヌーツの左腕を決めてしまい、その勢いのまま反り返ってしまった。


 パキイィッ……


 「…………!!」


 2度目の骨折音がアレーナに響き渡り、冷や汗にまみれたまま大きく両目を見開いたヨヌーツは、そのまま気絶する。


 大統領と同じ、公開処刑だ。


 「ストーップ!シャウシェンスク選手、試合続行不可能と見なす!」


 カンカンカンカン……


 「1ラウンド4分17秒、勝者、レディー・ニニス!!」


 アレーナは歓声ともブーイングとも取れる異様な雰囲気に包まれ、医療チームの登場で目を覚ましたヨヌーツの元に、レディーやカレリン達が集まる。


 「……あんたはバカよ。大バカだわ」


 レディーは自らの戦い方を悔やみながらフィールドを後にし、カレリンと副将のコラフスキがヨヌーツを勇気づけていた。


 「ヨーン、ゆっくり怪我を治してくれ。お前がいなけりゃ俺達は大会の参加費すら払えなかった。これから何年かかっても、お前に借りた金は返す」


 カレリンの励ましを虚ろな表情で聞いていたはずのヨヌーツは突然笑顔を浮かべ、2人に大声で気合いを注入する。


 「バーカ!今からお前らがカムイ達に勝って金を返すんだよ!」


 カムイとハッサンはやるせない思いでベンチに帰ってきたレディーの肩を抱いて励まし、次の勝負には参加させない事をレフェリーに伝えた。

 レディーはベンチに腰をかけ、うつむいたまま自らの人生を振り返る。


 

 レディー・ニニスはギリシャのアテネにある、凄腕と評判の家具職人夫婦の息子として生まれたが、未熟児である事が災いして身体が弱く、学校とも疎遠になり、他人との接触を好まない内省的な子どもに育った。


 一方、大災害後に地域としての存続まで危ぶまれたギリシャの経済危機により、親の仕事や生き甲斐を失った男の子がストリート・ギャングにスカウトされるケースが増えていた背景から、レディーの両親は彼を女の子として育てる事となる。


 自らの家具職人としての技術と、女の子としての家事を教え込まれたレディーは目立つ事なく実家を継ぐ決意を固めていたが、店の稼ぎを狙うストリート・ギャングに両親を殺され、自らも命を狙われてしまう。

 そこに現れたのがカムイだ。


 ただ家具を買いに来ただけのカムイは武器も持たずにストリート・ギャングを瞬殺し、頼れるものを失ったレディーは彼の弟子に志願する。


 レディーが実は男性だと知ったカムイは、その複雑な生い立ちから一度はレディーを突き放したが、料理と武器作りの腕前に惚れ込み、彼をオネエキャラのままパーティーに加えるのであった。


 

 「ハッサン、コラフスキは任せた。カレリンは大将同士、俺がやる」


 レディーを心配そうに眺めていたカムイはハッサンに声を掛け、『一人一殺』の覚悟を伝える。


 「分かった。義足は木のままで行けそうか?」


 「準々決勝から余り足には負担をかけたくねえからな。カレリンにそこまで必要無いだろ」


 声のデカいハッサンとカムイの会話を盗み聞きしていたカレリンは、いつもの如く憤慨していた。

 そんな彼を長年の友人、ゴラン・コラフスキが冷静になだめる。


 ともにラトビアに生まれ育った幼馴染みで、カレリンが銀行頭取を襲撃した時は、最後まで幼馴染みを止めようとした頭脳明晰な穏健派だったものの、結局は友情を裏切れずに仲良く頭取を襲撃し、仲良く刑務所に入っていたのだ。


 「カレリン、お前と幼馴染みだったお陰で、俺の人生はだいぶ狂っちまったよ。だが、剣士としてこんな舞台を経験出来るんだ。お前と一緒に生きてきて後悔はしていないぜ」

 

 「チーム・カレリン副将、ゴラン・コラフスキ!」


 男声アナウンスに呼び出されたコラフスキはフィールドに気合いを込めて登場したものの、チーム・カムイがレディーをフィールドから下げた事で待ちぼうけを喰らい、ひとり手持ちぶさたに対戦相手の登場を待たされる。


 「チーム・カムイ、選手の交代をお知らせします。レディー・ニニス選手に代わりまして、アリ・ハッサン選手が入ります。尚、勝者の権利を持っているニニス選手をチーム・カムイが休養させる判断を下した為、ニニス選手は準々決勝のフィールドに戻る権利を失いました」


 場内からアナウンスが流れ、アレーナは一瞬静まりかえった。


 派手な技や見た目で隠してはいるが、元来レディーは繊細な人間であり、故意では無くともヨヌーツの両腕を折ってしまった衝撃に、戦意を喪失してしまったのである。


 「……裏を返せば、チーム・カムイの余裕の表れかもね。ここまで観ていると、カレリン達もテクニックはあるのよ……。毎試合序盤は押しているのに逆転されちゃうのはやっぱり、即席チームの団結力の問題だと思うわ」


 クレアは分析の傍ら、バンドーやシルバの頭を撫でながらご機嫌取りパフォーマンスを見せていた。


 「……ハッサンさんからは、余り魔導士の雰囲気を感じませんね……。他の試合中にも、魔法のウォームアップはしていませんでしたし」


 この対戦中、殆ど言葉を発していなかったリンはやはり、同業であるハッサンに注目していた様子である。


 「……ハッサンは凄腕の魔導士と聞いてはいるが、格闘家としても力があるらしい。生半可な相手には魔法を使わないそうだしな」


 ハインツは指で頬を掻きながら、まだ見ぬ実力者・ハッサンに興味津々だ。

 実力者とは、同じくなかなか手の内を見せない実力者に惹かれるものなのであろう。


 「カムイ、こいつを頼む」


 ハッサンは自らの首に掛かっていたシルバーのネックレスを外し、カムイに預ける。


 「ネックレスを……!魔法の反射防止の意味があるとすれば、ハッサンさんは首の周辺から魔法が発せられると考えられますね」


 リンは普段、魔法を反射させて使えなくする為に度の入っていない眼鏡を掛けている。

 つまり、彼女が物を詳しく見る時は眼鏡を外すのだ。

 その仕草を見ていたバンドーは、どうにも可笑しくて口元を押さえながら笑いを堪えていた。


 「コラフスキ選手は剣士、ハッサン選手は魔導士もしくは格闘家と聞いている。よって総合ルールを採用する。OK?」


 「オッケーよ!」


 ハッサンはわざとレディーの声真似で返答して会場に笑いをもたらし、このパフォーマンスを聞いていたレディーはふて腐れてハッサンに向けて靴を蹴飛ばす。


 ハッサンと対峙するコラフスキはこの事態にも顔色ひとつ変える事無く、冷静に試合の入り方に戦略を巡らせていた。


 (ハッサンは敬虔なイスラム教徒だ。魔法を使う時には自然との対話だけでなく、アラーの神とも対話している。だが、その前振りの長さが魔法の暗唱なのか、それとも相手を引き付けてから繰り出す、格闘技に備えた罠なのか……?)


 「ラウンド・ワン、ファイト!」


 「ハアアッ!」


 試合開始のゴングとともに間合いを詰めにダッシュしたコラフスキは、直立不動のハッサンを見て格闘技攻撃と睨み、相手の間合いに入る直前でダッシュを止める。


 「さあ、かかって来な!」


 ハッサンの格闘技を警戒したコラフスキは、剣のガードを胸の位置まで下げて様子を窺おうとした。その瞬間……。


 ビュワッ!


 目の前に蒼白い光が放たれ、ハッサンの首から伸びた光の束は一陣の風となって細長く宙を舞い、ピンポイントでコラフスキの右手首を直撃する。


 「……なっ……?」


 コラフスキの右手から揺らいだ剣に彼が気を取られている一瞬の隙を突いて、ハッサンの右ハイキックが風を切り裂いた。


 ビシイイィッ……


 左の首筋に直撃、会場からはそう見える。


 コラフスキは身を捩りながら後ろに倒れ、辛うじて受け身は取った様子を見せていた。


 「ダウン!ワーン、トゥー……」


 沸き上がる大歓声の中、コラフスキはカレリンを安心させる為に片手で合図し、その様子を目にしたハッサンは苦虫を噛み潰して両手を組んで戦況を見守っている。


 「……痛てて……後2㎝ずれていたら失神だな、こりゃ」


 カウント5でゆっくりと立ち上がったコラフスキは剣を持ち直し、真っ赤に腫れ上がった左肩を押さえて歩き出す。


 「……ちっ、秒殺する気満々だったんだが……。お前、やるじゃないか」


 コラフスキの復活に更なるヒートアップを見せる歓声に掻き消されていたとは言え、ハッサンの賛辞は唇の動きからコラフスキにも届いていた。


 「所詮、格闘技は格闘技。急所さえ外せば大量出血はしない。肉体のダメージより、自らの血を見てしまった精神のダメージを受けない事の方が、俺には重要だね」


 「俺だって、神の御前で血の雨はまっぴらさ!」


 両者は互いを認め合いはしたものの、歩み寄る素振りも見せずに次の一手を仕掛ける。


 「そらっ!」


 ハッサンが武器を持たない現状を良い事に、コラフスキは彼の両手を守る大きめの防具を剣で突き続けていた。


 取り立てて俊敏そうには見えない中肉中背のハッサンは、コラフスキの攻撃をギリギリまで見極めながら必要最小限の動作でかわし続ける。

 その表情は一見、相手を睨み付けている様にも見えるが、何処か違う先を見つめている印象もある。


 コラフスキはこのハッサンの様子を魔法暗唱期間と判断し、隙を見せずにレフェリーへのポイントアピールに費やしていた。


 「……ハッサンさん、押されてるね。棒の1本くらい持った方が反撃出来るのに」


 バンドーは試合を真正面から見て戦況を判断していたが、隣で意見を交換していたシルバとリンの見解は異なっていた様である。


 「首から魔法が発せられると言う事は、両手を使う長い武器は邪魔になりますよ。裏を返せば、首からの魔法はマウンティングや寝技中は最強の武器になりますね。タックル狙いかも知れませんよ」


 「なるほど。ケンちゃんの言う通り、ハッサンさんの重心が段々下がってるね」


 バンドーはシルバの意見を聞きながら、ハッサンが魔法を準備した時点でのタックルに切り替える可能性に言及した。


 「どうした!早くケリを着けちまえよ!」


 一部の観客が、手数の割にクリーンヒットを打ち出せないコラフスキにヤジを飛ばしている。

 とは言え、コラフスキがヤジに動じるタイプの男ではない事を観客も知っており、むしろカレリンの反応を期待している様にも見える。


 「うるせえな!お前ら黙ってろ!」


 まるでお約束の如く観客に喰ってかかるカレリンを横目に、クレアとハインツは苦笑いを浮かべながら互いに顔を見合わせた。


 「おりゃああっ!」


 コラフスキの突きを屈んでかわしたハッサンは、そのタイミングを見計らって相手の下半身にタックルを仕掛ける。


 「その手には乗らないぜ」


 ハッサンのタックルを読んでいたコラフスキは剣を上段に構える隙をわざと作り、突進して来るハッサンの額に思い切り膝蹴りを喰らわせた。


 「……があっ……!」


 辛うじて急所を外して出血は免れたものの、額の左側を内出血で濁らせたハッサンはそのまま後方に倒れ込む。


 「ダウン!ワーン、トゥー……」


 スピーディーなダウンの応酬に、アレーナの興奮はこの対戦のピークを迎えようとしていた。

 額と手元の汗を拭いて試合再開に備えるコラフスキの後ろでは、興奮を爆発させるカレリンの姿も捉えられている。


 「……ハッサンさん、動かないよ」


 コラフスキの膝蹴りは強烈ではあったが、ハッサンも急所は外している。立ち上がれないダメージでは無いはずだ。

 バンドーは不審に思い、ベンチのカムイの表情を確認する。


 ……笑っている!


 「魔法暗唱か!早く起きな!」


 ハッサンの狙いに気付いたコラフスキは、カウントをコールするレフェリーを押し退けてフィールドに横たわるハッサンをけしかけた。


 そこで彼が見たものは、不穏な笑みを浮かべて首を蒼白く光らせたハッサンの姿。


 「でぇやああぁっ!」


 ハッサンはコラフスキ目掛けて飛び掛かり、相手の剣攻撃を見越して右腕の防具を自らの顔の前に差し出した。

 コラフスキもハッサンの首の光を警戒しながら、差し出された右腕の防具を切り裂かんと全力で剣を振り抜く。


 「……これはもしかして、火の魔法?」


 「火?リン、火の気なんて何処にも無いわよ!」


 魔導士の勘か、リンが咄嗟に口にした言葉をクレアは疑った。


 だが次の瞬間、リンの勘は的中する。


 「ハハッ!今だよ!」


 ハッサンは大きく両目を見開いて叫び、全力で振り抜かれたコラフスキの剣に、自らも全力で腕の防具を激突させる。


 ガキイイィン……


 両者が激突して一瞬飛び散る火花がハッサンの魔法によって拡大され、大きな炎がコラフスキの頭部を丸ごと包んで唸りを上げた。


 「ぎゃああぁっ!」


 コラフスキは堪らず顔面を押さえて後ろに倒れ、その勢いでハッサンは相手の上半身にマウンティングする。


 「くたばれ!」


 一撃、また一撃。


 騒然とする会場を尻目に、スピーディーではないが渾身の力を込めたハッサンのパンチがコラフスキの顔面を確実にヒットし、衝撃で気を失ったコラフスキはそのまサンドバッグ状態に陥った。


 「止めろ!ギブアップだ!止めろ!」


 カレリンは無抵抗の幼馴染みを救う為、咄嗟にタオルをフィールドに投げ込む。


 カンカンカンカン……


 「コラフスキ選手のギブアップにより、1ラウンド2分48秒、勝者、アリ・ハッサン!!」


 絶叫にも似た観客の興奮の間を掻き分ける様に、コラフスキを介抱するカレリン。

 意識を取り戻したコラフスキは、自らの余りにも早い敗北に天を仰ぎ、カレリンを始め、医務室に運ばれたヨヌーツを除くチーム・カレリンの面々の肩にもたれ掛かった。


 「……まだ、俺はやれたぜ……」


 「俺はこのチームのリーダーだ。頼り無いかも知れないが、救える仲間がお前しかいなかったんだ。ゴラン、俺のやった事は当然の選択だよ!」


 名残惜しそうに敗北を受け入れるコラフスキを、毅然とした態度で諭すカレリン。


 「……大丈夫か?お前、大した奴だな。俺が2回も魔法を使うのは久しぶりだぜ」


 ハッサンはコラフスキの健闘を讃え、右手を差し出して握手を交わしながらカレリンとも目を合わせる。


 「……だが、付いていく男を間違えるな。賞金稼ぎとして長生きしたいなら尚更な」


 ハッサンの視線の先から、自らが侮辱されたと感じたカレリンは再び頭に血を上らせたが、コラフスキは確信に満ちた表情でハッサンを睨み返した。


 「……俺にとって、こいつは最高の仲間だ。こいつ以外の男に付いて行くつもりはないな」


 コラフスキとカレリンの熱い友情を再確認したハッサンは柔和な笑みを浮かべ、チーム・カムイのベンチへと帰還する。



 アリ・ハッサンはその名の通りのアラブ人で、サウジアラビアの裕福な家系に生まれ育つはずだった。


 しかし、大災害後に故郷を失ったアメリカの富裕層が親米国であるサウジアラビアに流入し、アメリカ人の存在を否定したイスラム過激派のテロが増加した背景を受け、ハッサンの親族はイスラム教徒のコミュニティーを持つオランダへと移住する事となる。

 

 オランダ移住後も、コミュニティー以外では人種と宗教の差別を受けたハッサンではあったが、自らに魔法が眠る事を発見して以来、アラーの神の遣いを自認して理不尽なテロと対立する立場を表明するのであった。


 そんな時、偶然同じテロリストを追っていたカムイ、レディーと意気投合し、彼等は人種と宗派を超えた賞金稼ぎチームを結成する。


 

 「チーム・カムイ、選手の交代をお知らせします。アリ・ハッサン選手に代わりまして、大将、バシリス・カムイ選手が入ります。尚、勝者の権利を得たまま交代するハッサン選手は、カムイ選手の敗退後に再びフィールドに上がる権利を有しています!」


 遂に大将同士の最終決戦がアナウンスされ、会場の興奮は更にヒートアップしていく。


 カレリンは今一度自らの装備を確認し、戦況からして望みの薄い戦いに挑む気持ちを限界まで高めていた。


 「皆、ここまで俺に付いてきてくれて有難う。前しか見ていない、突っ走るだけのリーダーだったかも知れないが、皆の戦いに応える為にも、俺は最後まで前だけを見続ける!」


 カレリンはそうチームメイトに約束し、カムイの待つフィールドへと歩み出す。


 「チーム・カレリン大将、ミハエル・カレリン!」


 (カムイのパワー、そしてスタミナ……こいつはヨーロッパ屈指だ。俺とは比べ物にならねえ……。だが、あの巨体に加えて右足首は義足だ。スピードなら勝てる!出来れば1ラウンド、それも2〜3分でカタを着けるしかない……)


 カレリンは巨大な壁の様に目の前に立ちはだかるカムイを見上げ、自ら気合いも新たに頬を叩く。


 「両者ともに純粋な剣士と聞いている。ここは剣士ルールを採用するのが無難だが、それで良いか?」


 レフェリーからのルール説明に意外な反応を示したのは、カムイだった。


 「……いや、もう最後の勝負だ。俺はどんな事をしても勝ちたいし、お前だってそうだろう?カレリン。どうせ魔法が使える訳じゃねえんだから、総合ルールで行こうぜ」


 「……分かった。足の自由という点で、お前に不利かも知れないが、いいのかカムイ?」


 カムイはカレリンの確認に笑顔で頷き、大将同士の最終決戦には総合ルールが採用される事となったのである。


 

 バシリス・カムイは、レディーと同じくギリシャのアテネで生まれ育ったが、父親のアンゲロス・パパドプロスは経済危機による失業から酒に溺れて愛人を作り、日系人の母親タマキ・カムイを虐げてきた。


 カムイは幼い頃から何とか母親を守り通してきたものの、父親の仲間のチンピラが運転する車に右足を轢かれて義足生活となり、母親のタマキも心労から若くしてこの世を去ってしまう。


 父親に復讐を誓ったカムイは母方の姓を名乗って誰よりも強くなったが、父アンゲロスは愛人を暴行して刑務所に逃げ込み、カムイの復讐から今も身を守り続けている。


 情に厚く、曲がった事を許さない熱血漢のカムイ。


 だが、そんな彼の人生の目標は、どうにかして父親を殺す事だけなのだ。

 

 彼が正義の名の下に悪党を退治して賞金を稼ぐ理由も、父親を自由に殺す為の保釈金を貯めているだけ。


 チーム・カムイのメンバーには、カムイのパートナーであると同時に、カムイを父親殺しの怨念から救済する友愛の覚悟が必要とされている。


 誰にでも務まる仕事ではないのだ。


 

 「ラウンド・ワン、ファイト!」


 「ハアアッ!」


 試合開始とともに勢い良く間合いを詰めたカレリンは、動きに問題の無いカムイの左足を軸足にさせ、義足の右足に移動の負担を掛けさせる作戦に打って出る。


 「カレリン、だいぶ落ち着いたな。総合ルールなら、頭に血が上りやすいあいつが苦し紛れのパンチやキックを繰り出しても反則にはならない」


 ハインツが不安視していたカレリンのメンタル面は、総合ルールの適用でプラスに転じると見られていた。


 「いや、そうとも言い切れないよね、ケンちゃん……」


 バンドーは隣のシルバを捕まえて訊ねると、お互いに格闘家の心得を持つ2人は大いに頷き合う。


 「……カムイさんがあれだけレディーさんやハッサンさんとつるんでいて、総合ルールの活かし方を知らないはずが無いですよ……」


 「どりゃあっ!」


 太刀筋は粗いものの、持ち前の正確なテクニックでカムイの右半身主体に攻撃を仕掛けるカレリン。

 

 カムイの右足の膝から下は義足であり、裏を返せばそこに剣が刺さったとしてもカムイに痛みは無い。

 彼の太股から上を狙う事で右足を動かしてスタミナを奪い、そして左足を軸足にし続ける痛みを増幅させる狙いである。


 「舐めた真似しやがって!」


 カレリンの予想外の頭脳戦に痺れを切らしたカムイは義足を蹴り上げ、木でカレリンを打ち負かす荒療治に出た。


 「へっ、真剣と木刀の違いみたいなもんさ!そんな手にはびびらないぜ!」


 自分のペースで試合を運べている自信から、カレリンはカムイの義足キックをジャンプでかわし、隙を突いて左の腰にある防具を切り裂いた。


 「……くっ、しまった!」


 カムイは表情を曇らせ、明確なポイントが入ったカレリンは更に自信を増していく。


 カレリンの健闘に観客も味方し、優勝候補のカムイの不振に会場からブーイングも上がり始めていた。


 「おいおい、そろそろ決めろや……」


 ベンチにどっしりと腰を下ろして動かないハッサンとレディーは、少しばかり不安げにカムイを見守る。


 「ちっ、くそったれ!」


 カムイは自らに苛立つ様に、自身の巨大な剣をフィールドに捨て、右側の鞘に挿していた細身の長剣を一気に抜いた。


 「……!!何てスピードだ!」


 今までのスピードとは桁外れの長剣捌きにカレリンは思わず後退りし、更に後方へとジャンプしてカムイとの間合いを空ける。


 「お遊びはおしまいだ!」


 カムイは右足の負担も何のその、右足を思い切り前に踏み出して軸足に変え、左足の高速ステップで間合いを急激に詰めてカレリンの右側の腰の防具に斬りかかった。


 ズバアアァッ……


 細身の長剣だけにパワーは無いが、それでもカムイの腕力に煽られた剣はカレリンの防具を完全に粉砕し、風圧に押されたカレリンはそのまま畳に尻餅を着いてしまう。


 「寝てんじゃねえ!!」


 カムイはその巨体からは想像出来ない瞬発力を見せてカレリンにマウント体勢を取り、長剣も捨てて渾身のパンチを叩き込んだ。


 「うわああぁ!」


 恐怖の余り全力でカムイのパンチをかわすカレリン。

 畳がカムイの拳の形に凹む程のパワーに、会場からは悲鳴にも似たどよめきが沸き上がる。


 「どうだ!逃げてみな!」


 カムイは更に両手を組んで高く上げ、全力でカレリンの胸へと振り降ろす。

 これを喰らえば、例え胸の防具の上からでも骨折は免れない。

 カレリンは咄嗟に剣を捨て、両手を胸の上で揃えてガードしながら、どうにかしてカムイの拳を受け止めようとしていた。


 「それだ!待ってたよ!」


 カムイは両手を振り降ろすふりをしてカレリンの左腕を取り、右足の義足を脇腹に押し付けて完全に体勢を決めにかかる。


 「……しまった!」


 「やっぱり、フィニッシュは関節技だ!だから総合ルールを提案したんだ!」


 カレリンの悲鳴に重なる様に、バンドーもカムイの狙いを見抜いていた。


 「ギブアップしろとは言わねえよ!いつかはするんだからな!」


 逆転の関節技に確信を得たカムイは、レディーとハッサンに仕込まれたフィニッシュの手順を着実に遂行する。


 「……あがああぁっ!!」


 顔面汗だくのカレリンは激痛に耐えられず、右手で畳を思い切りタップしていた。


 カンカンカンカン……


 「1ラウンド3分17秒、勝者、バシリス・カムイ!!」


 カムイの劇的な勝利で熱狂に包まれるアレーナ。


 対戦結果だけで見れば、5ー0でチーム・カムイの圧勝ではあるものの、特にダメージを受けなかったのは専守防衛策を取った先鋒のミューゼルだけ。

 寄せ集めと揶揄されたチーム・カレリンも意地と闘志を見せ付けての誇れる敗退であったと言えるだろう。

 

 大将として、互いに全力で戦ったカムイとカレリンは固い握手で健闘を讃え合い、観客とクレア、そしてハインツに手を振ったチーム・カレリンの面々は、医務室で両腕の治療を受けているヨヌーツの見舞いへと消えて行く。

 

 カムイはチーム全員を呼び寄せて勝利の円陣を組み、チームの成長と結果の両立を果たせた準々決勝での戦いぶりに満足していた。

 

 「……修羅場を潜れば分かるはずさ。強さと美しさは関係無いとな……」


 「準々決勝第3試合勝利チーム、チーム・カムイ!!」


 

  (続く)


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] それぞれの人物の背景に歴史を感じました。 [一言] カレリンチームは完全にかませ犬でしたねぇ。 即席チームだとここまで弱いのかぁ。
2020/02/29 17:49 退会済み
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