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バンドー  作者: シサマ
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第16話 武闘大会参戦!⑦


 5月15日・11:45


 初戦を勝利で終えたチーム・バンドーの面々は、第3試合の開始までの昼休みに昼食を取るべくアレーナ内の食堂に向かったものの、大勢の観客でごった返す食堂内に入る事が出来ず、試合前にウォーミングアップした地下のトレーニングルームを再び訪れていた。


 トレーニングルームには大会参加者の為の軽食がケータリングで用意されており、一行はホットドッグとコーヒーで空腹を満たしながらチーム・カムイとチーム・カレリンの動きをぼんやりとチェックする。


 「……?クレア?ハインツもいるのか?」


 鏡に向かって剣の素振りをしていた茶髪の青年剣士が、鏡越しに映る旧友の姿を確認して振り返り、チーム・バンドーの面々へと歩み寄る。


 チーム・カレリンの大将、ミハエル・カレリンだ。


 「カレリン、久し振りね!」


 クレアはカレリンに手を差し出し、笑顔で応える彼と力強い握手を交わした。


 「お勤めご苦労様だな。老けちまうかと心配したが、酒や煙草を止めさせられてむしろヘルシーになったんじゃねえか?」


 ハインツの挨拶に少々バツの悪い笑顔を浮かべたカレリンは、ハインツとも握手を交わす。


 ミハエル・カレリンはクレアやハインツと同期の24歳。

 ラトビアからドイツの剣術学校に入学し、ハインツ、クレアに次ぐ学年トップ3の座をハインツの親友、マイヤー(第7話参照)と争っていた実力者だ。


 だが、そんなカレリンは不況に喘ぐラトビアの地域民を虐げる、銀行の悪徳頭取を急襲した容疑で刑務所生活を余儀なくされてしまう。


 襲われた頭取に怪我はなく、彼の悪行も立証された為にカレリンの刑期は短縮されたが、剣士としてはゼロからの再スタートとなってしまったカレリンは、同じく不況に苦しむ東欧地域から仲間を集めて賞金稼ぎチームを結成し、腕試しと賞金目当てに武闘大会に参加する事となったのだ。


 「バカな事をしたと思っているよ。でも、あの一件があったからこそ今の仲間が集まったのさ。お前達の戦いは観させて貰ったぜ。俺達は即席のチームだから、正直参加者の中では最弱だと思っている。でもいいのさ、また剣士として戦えるんだからな!」


 

 クレアとハインツが旧交を温めている一方で、バンドー達はチーム・カムイのいち選手に注目させられていた。


 小柄でスレンダーな体型に後ろで三つ編みに束ねた長髪、華やかなピンクの衣装と、後ろ姿は女性に見えるのだが、時折聞こえる声のトーンはどう聞いても男性なのである。


 「レディー、相手は全員剣士だが、最初から行けるか?」


 図太く低い男声がトレーニングルームにこだまする。

 声の方向から見て、2メートル近い巨漢の大将、バシリス・カムイに間違いないだろう。

 

 

 ギリシャ系の父、アンゲロス・パパドプロスと日系の母、タマキ・カムイの間に生を受け、最愛の母を亡くしてからカムイ姓を名乗る彼は30歳。今や伝説上の存在でしかない日本のサムライを思わせる着物姿とちょんまげを模したポニーテールで、その余りあるパワーを剣術に注ぎ込んできた。

 

 若き日の交通事故が原因で、彼の右足の膝から下は義足だが、元来スピードを武器にするスタイルでは無い彼にとって、義足は寧ろ右足首に武器がついた様なもの。

 規格外の体格故に対戦相手には恵まれていないが、ヨーロッパにとどまらず世界でも屈指の実力を持つ剣士と言えるだろう。


 「何よ今更、あたしが剣士にビビった事が一度でもあったっての?」


 『レディー』と呼ばれるその男性(?)は、短剣やナイフ、トンファー等の感触を確める様なウォームアップを続けている様子から格闘家と推測される。


 (あの人、やっぱりオネエキャラなのかな?)


 チーム・カムイのウォームアップを眺めていたバンドーは、同じくレディーに興味津々なリンの耳元で囁いた。


 (そうですね……水商売の女性にもあんな声の方はいますけど、イントネーションの付け方が男性なんですよね……)


 リンもバンドーの耳元に囁き返し、事情が理解出来ていないシルバは二人の密接な様子に気が気ではない。


 「……おいお前ら、レディーが何者か知りたいんだろ?」


 突然、バンドーとリンの背後から声を掛けた中肉中背、スキンヘッドに濃い顎髭のアラブ系男性。

 神へのお祈りを済ませてウォームアップに合流したチーム・カムイの魔導士、アリ・ハッサンである。


 「あ、いえ……そんな事は……」


 やや苦し気なバンドーの言い訳に達観した笑みを浮かべたハッサンは、レディーを上目使いに見やると、横で頷くカムイの許可を得て話し始めた。


 「レディー・ニニスは、男の肉体と女の精神を持つ神聖な俺達の仲間だ。それ以上は突っ込んでやるなや」


 「わ、分かりました……」


 バンドーとリンは、アラーの神を深く信仰するハッサンから放たれる独特のオーラと濃いルックスに圧倒され、言葉少なげにその場を後にする。


 このやり取りを苦笑いで眺めていたシルバは、ふとカムイ、レディー、ハッサンの3人と、鏡に向かって黙々とウォームアップに励む残り2人の剣士の間に微妙な距離感がある事に気付いた。


 「……幅広い世代を集めていらっしゃいますね。チーム・カムイの皆様は、今のメンバーになってどの位経つんですか?」


 シルバはハッサンに素朴な疑問をぶつける為に、少々遠回りな表現を用いて話し掛ける。


 シルバの疑問にカムイは表情を崩し、突然豪快な笑い声を上げた。


 「ははは、お前鋭いな!俺達チーム・カムイは、基本的に俺とレディー、ハッサンの3人なんだよ。他のメンバーは、大会や仕事の規模に合わせて現地の若い奴にチャンスを与えているんだ。数合わせの為に好きでもない奴と無理して一緒にいる意味は無いからな」


 カムイの言葉に、誇らしげな表情を浮かべるレディーとハッサン。

 この互いへの絶対的な信頼感が、チーム・カムイの強さの秘訣なのである。


 「え?でもそんなやり方じゃ、新しいメンバーが余り強くない可能性もあるし、危険な仕事の時はお金だけ持って逃げちゃったりする人もいたんじゃないの?」


 バンドーの問い掛けに、レディーは表情ひとつ変えずに返答する。


 「……あら、そんなの全然気にしないわね!あたし達3人で大体カタが着くし、忠義に反してまでお金が欲しい奴がいたら、こっちが早く手を切りたいわよ。まあ、今日の試合なんかは若い子に経験を積ませてあげるのも良いかも知れないけどぉ……」


 「……おいお前ら!あんまり舐めてんじゃねえぞ!」


 レディーの言葉に気分を害したカレリンが、クレアとハインツの制止を振り切ってチーム・カムイのもとに詰め寄って来る。

 納得がいっていないのはカレリンだけではない、チーム・カレリン全員が不服の表情を浮かべていた。


 「……あら、ごめんなさい。別に貴方達を馬鹿にした訳じゃ無いのよ。ウチの若い子が戦わずにお金を稼ぐ事に慣れちゃったら、本人の為にならないじゃない。少し強い人達に当たらせたいと思って」


 レディーは謝罪しながら申し訳無さそうな素振りは見せたものの、カムイとハッサンは素知らぬ顔でウォームアップに戻っている。


 「……ちっ、まあいい。どうせ俺達はこの大会ではアウトサイダーだしな。だが、お前らにも目にモノを見せてやる」


 カレリンはチームメイトを引き連れてウォームアップに戻り、クレアとハインツもバンドー達に合流した。


 「あの短気さえ直せば、あいつはもっと強くなるんだが……」


 ハインツのぼやきを聞いたクレアはバンドー達と視線を合わせ、小声で囁く。


 「……こいつが言えた事じゃないわよね〜」


 

 5月15日・13:00


 「それではこれより準々決勝第3試合、チーム・カムイ VS チーム・カレリンの試合を行います!チーム・カムイ先鋒、アレクサンダー・ミューゼル!」


 男声アナウンスを受けて、優勝候補のチーム・カムイを一目観ようと超満員に膨れ上がったアレーナはどよめきに包まれた。


 チーム・カムイが、主要メンバー3人以外は頻繁にメンバーを入れ替えている事を武闘マニアは既に認識していたが、先鋒から彼等を起用するのは初めてだったからである。


 「ミューゼル、俺達は適当にお前をスカウトした訳じゃない。お前は少しばかり消極的だが、防御の技術レベルは並じゃねえ。第1ラウンドは防御主体に試合を進めて、インターバルに意見を聞かせてくれ。俺達がお前を、勝てる様にしてやる」


 「はいっ!」


 カムイはミューゼルに声を掛けて落ち着かせると、レディー、ハッサンらとともにベンチにどっしりと腰を下ろした。


 「チーム・カレリン先鋒、ネーベン・クラマリッチ!」


 会場の声を気にする事も無く、黙々とスピーディーな連続技フォームを披露するクラマリッチは、セルビア出身の技巧派剣士である。


 時代が変わり、EONPの施行で国の概念が崩壊した現在に於いても、東欧では宗教的・民族的な問題が絶える事は無かった。

 従って、東欧に留まって賞金稼ぎをする事は、身近な仲間と繋がる誰かをいつか傷付ける事を意味する。

 

 東欧各地からメンバーを募ったチーム・カレリンは、いずれは東欧以外に活動拠点を移さなければいけない運命だったのだ。


 「……奴等め、俺達をトレーニング相手にしやがったな!」


 カレリンはどうにも怒りを抑えられない様子ながら、クラマリッチ当人は努めて冷静に振る舞おうとしていた。


 「……ミハエル、誰と戦おうが1勝は1勝、賞金額も変わらない。俺達は寧ろ、勝てる相手を最初に出してくれたカムイ達に感謝すべきだよ」


 不況に喘ぐ東欧では、通貨は同じでも価値に差がある現実が否めない。

 だが、西欧の大会で稼げる事実を証明すれば、未だ日陰で燻る仲間達を連れ出す事が可能になる。

 

 チーム・カレリンには理想も大義名分も存在しないが、負ける訳には行かない理由だけはちゃんと存在しているのだ。


 「両者ともに純粋な剣士と聞いている。剣士ルールを採用するが、異論はあるか?」


 「ありません」


 ミューゼル、クラマリッチともに剣士ルールを承諾し、指定の位置までポジションを下げる。


 剣を構え、意識を集中する。

 やがてアレーナの歓声が耳の定位から外れて無の境地に至り、互いに戦いの準備が整う。


 「ラウンド・ワン、ファイト!」


 「たあぁっ!」


 試合開始のゴングとともに前へ飛び出したクラマリッチは、ミューゼルの目を眩ます素早い回転で間合いを詰め、素早く相手の左肩に剣を振り下ろした。


 キイイィィン……


 ミューゼルはカムイの指示通りに手堅い防御でクラマリッチの剣を受け止め、まずは相手のパワーとスピードを体感する。


 「流石に上手い……だが、ついて行けている。じっくりと隙を窺えば……」


 徐々に熱を帯びてくる観客と反比例するかの様に、ミューゼルはクラマリッチの技巧を冷静に見極める事に全神経を集中させていた。


 

 「……俺達のテストに落ちたミューゼルをカムイが拾うとはな……」


 客席からチーム・カムイをスカウティングするルステンベルガー。

 彼等は前回大会でチーム・カムイに敗れて優勝を逃しているだけに、この後チーム・バンドーを倒しての決勝進出は至上命題。


 しかしながら、自らのチームに加えるには積極性に欠けていたミューゼルの代わりに、経験不足だが度胸の座った新鋭シュワーブを抜擢した彼の決断は、これから試される事となる。


 「ミューゼルの様な慎重な剣士は、武闘大会のサポート役には適役かもな。だが、結果が出なければ金も命も失う賞金稼ぎには向いていない。どっちみち俺達のチームには入れない男だよ」


 ルステンベルガーの後ろの座席から戦況を見守っていた巨漢剣士のヤンカーは、チームリーダーの肩を軽く叩く事で彼の決断の支持を表明した。


 

 「どうした?攻めないとポイントが減るぜ?」


 クラマリッチは定期的に見映えの良い攻撃をミューゼルに打ち込み、ミューゼルがその攻撃をひたすら防御する流れで試合は進む。

 一時は熱気を帯びてきていた観客もトーンダウンしてしまい、消極的なミューゼルの戦い方には時折ブーイングも送られていた。


 「……妙だな。いくらカムイ達より力の落ちるサポートメンバーとは言え、戦い方が臆病過ぎる。勝って自分の待遇を良くしたいという向上心が、奴には無いのか?」


 カレリンはミューゼルの専守防衛策に首を傾げながら、時折カムイの顔色も窺う。

 カムイ、レディー、ハッサンともに、試合開始から全く表情を変える事無く、それでいて真剣に試合には見入っている。


 カンカンカンカン……


 「第1ラウンド終了です。2分間のインターバルの後、第2ラウンドを行います」


 第1ラウンド終了のゴングと同時に、会場には激しいブーイングが巻き起こっていた。

 

 消極的な専守防衛を貫いたミューゼルは一息ついて安堵の表情で、圧倒的に攻め込みながら決定打を出せなかったクラマリッチは肩で息をしながらの憮然とした表情で、各々のベンチへと帰還する。


 「良くやったな、ミューゼル」


 カムイはほぼ無傷で帰還した仲間を激励し、攻撃らしい攻撃は行わなかったミューゼルは、ややバツの悪そうな表情で無意識に周囲を見回していた。


 「……どうだ?クラマリッチの攻撃を受け続けて、何か気付いた事はあるか?」


 ハッサンはベンチに座り込んで休息するミューゼルと同じ目線まで腰を屈め、自分達とミューゼルの観察眼の擦り合わせに入る。

 やや遠慮がちに言葉を紡ぎ始めるミューゼルを、カムイもレディーも穏やかに見下ろしていた。


 「……はい、凄く速くて、パワーもそれなりにある攻撃でした。でも、レフェリーへのアピール狙いと言うか、力を温存してポイントでの判定勝ちを狙っている印象でしたね。恐らく、僕が先鋒で出てきた時点で戦術が変わったものと思われます」


 ミューゼルの分析がそこそこ的を得ていると判断したカムイ達は、互いに向き合って小さく頷き、仲間の肩に手を置いて穏やかに話し掛ける。


 「……それで、クラマリッチに隙はありそうか?お前の体力は大丈夫か?」


 カムイからの問い掛けに、ミューゼルは一瞬硬直して自らの剣を凝視していたものの、やがて意を決した様に顔を上げ、自信を窺わせる表情でこう言い切った。


 「はい。クラマリッチさんは技術とスピードに自信を持っているみたいですが、連続技を意識する余り、間合いを取って安心すると回転技で対戦相手に背を向ける瞬間があります。相手にバレないペースでリズムを変えて、背後を取って攻撃します!」


 ミューゼル自身の、本来の実力を呼び起こすきっかけを与えられた事に満足したカムイは彼の肩を抱き、力強く励ましてフィールドへと送り出す。


 「よし、好きな様にやってみろ。お前が負けても俺達は恨みはしない。だが、ヒーローになりたければ勝て!」


 

 一方、クラマリッチを迎えたチーム・カレリンの面々は、彼の健闘を讃えて停滞ムードの払拭を図っていた。


 「ネーベン、余りムキになるなよ。俺は試合を観て分かった。奴等、本気でミューゼルに経験を積ませているだけなんだ。お前は今の調子でミューゼルに反撃を許さなければ大差で判定勝ち出来る。お前の実力は、カムイ達3人をフィールドに引きずり出すまで温存しておけ」


 クラマリッチはカレリンの言葉を、一度は受け入れる素振りを見せたものの、首を横に振ってチームリーダーと目を合わせる。


 「……同じ言葉、同じ通貨でも、東欧とドイツの差は埋まらなかった。俺達が奴等と同じ努力をするだけじゃ、力は同じでも奴等と同じ舞台には立てないんだ!分かるだろ?俺は全力で勝つ。カムイ達に、もう一人のサポートメンバーを使う事を諦めさせてやる」


 試合前には冷静さを保っていたクラマリッチも、地域間格差に苦しめられてきた過去の記憶を消す事は出来ない。

 観客席から彼等のやり取りを遠目に見ていたハインツは、自らの経験を重ね合わせて天を仰ぎ、頬杖をついて自らの足元に視線を落とした。


 「ラウンド・トゥー、ファイト!」


 「うおおおっ!」


 クラマリッチは華麗な技巧を封印し、第2ラウンド序盤から実力行使に打って出る。

 

 彼の剣は、技巧派剣士に愛用者の多い細身の剣。

 防御に活かすには高い技術が必要だが、片手突きやバックハンドでの返し等、パワーに欠ける攻撃でも一定の効果が期待出来る為、試合後半からのスパートを容易にするのだ。


 (……くっ!勝負を決めに来たのか?)


 クラマリッチの豹変に意表を突かれたミューゼルは出鼻を挫かれ、再び専守防衛スタイルに押し込まれてしまう。


 「おい!いい加減決めちまえ!」


 遂に観客から野次が飛んできた。


 (……ちっ、うるせえな。そんな事は分かってんだよ!)


 観客に煽られるクラマリッチだったが、防御に集中したミューゼルは容易には攻略出来ない。

 額には汗が滲み、口呼吸も増えてきた。


 (相手も疲れたか、パワーにムラが出てきている……行かなきゃ、今、行かなきゃ……!)


 カアアァァン……


 ミューゼルはこれまでの防御に返す力をプラスし、クラマリッチの一撃毎に間合いを空けさせ、彼が瞬時に体勢を整える様子を観察する。


 「……今、色々見てるね」


 ミューゼルの戦い方に親近感を抱いていたバンドーは、彼のペースが変わりつつある現実を隣に陣取るシルバと確認し合った。


 「くっそおおぉっ!」


 クラマリッチは下半身の反動も取り入れ、渾身の一撃をミューゼルに降り下ろす。

 このパワーを以てすれば、返す力で上体が起きていたミューゼルはバランスを崩して反撃出来なくなる算段である。


 (……よし!)


 ミューゼルはこの瞬間を待っていたと言わんばかりに自ら身体を屈め、更に右にステップする事で逆にクラマリッチを畳に這わせる策に出た。


 「くっ……おおおっ!」


 ミューゼルの奇策に気付いて攻撃を一時中断しようとしたクラマリッチだが、勢い余って前方につんのめり、素早くその場から逃げ出したミューゼルに背後を取られる形となってしまう。


 「もらった!」


 ミューゼルはクラマリッチの背後から余裕を持って剣を突き、相手の腰の防具に一撃を喰らわせると、目にも止まらぬスピードで両肩の防具も破壊する。


 「がああぁっ……!」


 クラマリッチは自らの防具が破壊された事を背後の衝撃から察知し、ポイントを逆転されたショックで捨て身の体当たりを試みるも、ポイントの獲得で冷静さを増したミューゼルに容易にかわされていく。


 (隙だらけだ……この勝負、絶対勝てる!)


 専守防衛戦術の間にクラマリッチのあらゆる技を盗んでいたミューゼルは、華麗な回転回避からのカウンターアタックを次々と相手に決めていく。

 彼の攻撃がリズミカルに決まる度にアレーナの興奮は高まり、全ての防具に剣をヒットさせていく連続技のフィニッシュはバックハンドからの胸部アタックだった。


 「ストーップ!クラマリッチ選手、全ての防具損傷で試合続行不可能と見なす!」


 カンカンカンカン……


 「2ラウンド2分59秒、勝者、アレクサンダー・ミューゼル!!」


 「きゃ〜!カッコいいわよ、ミューゼル!」


 レディーのオネエ声がよく通ってしまう為に、アレーナに一瞬微妙な空気が流れたが、すぐに大歓声に掻き消されていく。


 敗戦のショックから畳に這いつくばってしまったクラマリッチは、やがて自らの技を盗まれての完敗に諦感の表情を浮かべ、膝を叩いて立ち上がり、ミューゼルと軽い握手を交わしてベンチへと引き揚げた。


 「……戦いの中で人を成長させて、尚且つ結果を出す事は難しい。去年よりも随分、厄介な相手だな」


 客席から試合をスカウティングしていたルステンベルガーは、自らの額を人差し指で支えながら複雑な胸中を持て余し、椅子の背もたれに身体を預けて天井を眺めた。


 「やったなミューゼル!どうだ?つまらない試合から逆転勝利する気持ちは?」


 ベンチから笑顔でミューゼルを迎えるハッサンの背後からは、チーム・カレリンの応援団と思わしき東欧の団体客からのブーイングも聴こえてくる。


 「……いいですね、最高ですよ!」


 流れる汗もそのままに、武闘大会の初陣を勝利で飾ったミューゼルの表情は充実感に満ち溢れ、ブーイングすら彼の耳には心地好く流れていた。


 

 「俺達は挑戦者だ。自覚して謙虚に戦わないとな」


 そう呟いて不敵な笑みを浮かべ、剣をひと振りするチーム・カレリンの次鋒、マテイ・バデリはクロアチア出身。

 190センチ近い長身と100キロ近い体重を活かしたパワー・ファイターである事に加えて、勝利の為ならラフプレーを厭わない狡猾さが持ち味だ。


 カレリンは行く先々で賛否両論を呼ぶバデリの招集を最後まで迷っていたが、東欧の民の感情が『美しい敗北よりも汚い勝利』を望んでいる現実を受け入れる形となったのである。


 「来たな、トラブルメーカー。ミューゼル、お前は休め。あいつにはゲリエの方がフィットする」


 カムイはミューゼルをベンチに下げ、ダッシュのウォームアップに集中する黒人剣士を呼び寄せる。


 

 イブラヒム・ゲリエはケニア系のフランス人。

 バンドーを思わせる中背のどっしりとした体格であり、本来ならばラグビー選手としてフランス代表を狙える逸材であった。


 だが、実績に劣る白人選手が自分のポジションで代表入りした事に失望した彼は神の導きで実力本位の賞金稼ぎに転職、ラグビーで鍛えたフィジカル能力を活かして台頭し、チーム・カムイにスカウトされる事となる。


 チーム・カムイがゲリエをスカウトした理由はふたつ。

 

 ひとつはハッサンと行動をともに出来、チームのバランスを整える敬虔なイスラム教徒だと言う事。

 そしてもうひとつは、武闘大会の剣士ルールでは体当たりやショルダーチャージと言った、ラグビー選手のアドバンテージが反則にならない事。


 「チーム・カムイ、選手の交代をお知らせします。先鋒、アレクサンダー・ミューゼル選手に代わりまして、次鋒、イブラヒム・ゲリエ選手が入ります。尚、勝者の権利を持ったまま交代するミューゼル選手は、ゲリエ選手の勝利もしくは敗退後に再びフィールドに上がる権利を有しています」


 先鋒のミューゼルに続き、次鋒にも無名の若手を送り出したチーム・カムイの選択であったが、今回は大歓声で迎えられていた。

 ただの若手のテストでは無い、チーム・カムイの巧みな用兵術やモチベーターとしての手腕に、期待する観客が増えていたのである。


 「ゲリエ、バデリは狡猾だ。恐らく自らに有利なルールにする為に、奴は総合ルールを提案するだろう。だが拒否しろ。お前の長所は、剣士ルールで全て出せる。試合が始まって相手の上体が起きる瞬間があったら、カウンターを恐れずに全力で体当たりしろ。後は自由に戦え。それでいい」


 カムイはミューゼルと比べて、よりシンプルな指示でゲリエを送り出し、ゲリエはベンチでハッサンとともにアラーの神に祈りを捧げてフィールドへと向かう。


 「チーム・カレリン次鋒、マテイ・バデリ!」


 武闘マニアの間では悪評が知れ渡っているバデリの登場に、アレーナには歓声とブーイングが入り混じる不思議な空気が充満していた。


 「レフェリー、ゲリエ選手は元ラグビー選手です。彼の能力を遺憾無く発揮するには、総合ルールを採用した方が良いと思われます。私は総合ルール採用に異論はありません」


 カムイの警告通り、バデリが総合ルールを提案してきた事を確認したゲリエは、努めて冷静にレフェリーに提案を返す。


 「いや、バデリ選手も俺も剣士だ。確かに総合ルールの方が自由度は増すが、下手に試合が荒れても神と観客が困るだろう。剣士ルールのままで大丈夫だ」


 表情ひとつ変えずに冷静なゲリエと、思惑が外れてやや残念そうなバデリの様子を見比べたレフェリーは微笑み、剣士ルールの採用を明言する事となる。


 「……バデリの奴、レフェリーに余計な印象を与えやがって!」


 バデリの小細工に苛立ちを隠せないカレリン。

 彼は元来実直な熱血漢であり、即席チームの欠点であるチームビジョンの崩壊を恐れていたのだ。


 「ラウンド・ワン、ファイト!」


 「ハアアッ!」

 

 上背とリーチに優れるバデリは試合の開始と同時に間合いを詰め、挨拶代わりに自らが反撃を受けない位置からの両手突きでゲリエの胸の防具を狙う。


 「…………」


 ゲリエは瞑想の様な無表情でバデリの剣の軌道を読むと、必要最小限の動きで剣をかわし、リスクを冒さない攻撃が自身には効かない事を無言でアピールして見せた。


 「見た目より賢そうな奴だな、これならどうだ?」


 バデリはその巨体を驚く程身軽に回転させてゲリエの懐に飛び込み、剣の峰を利用してゲリエの左足の脛を叩く。


 「ぐっ……!」


 一瞬の隙を突かれた激痛にゲリエの表情は歪み、前のめりに身体のバランスを崩した。


 剣士ルールでは、防具を着けていない部分への剣の刃による直接攻撃は認められていないのだが、剣の峰による攻撃についての記述は無い。


 「ハハッ、来たぜ!」


 間髪入れずに低い体勢のダッシュからゲリエを追い詰めたバデリは、剣を横から大きく振りかぶるポーズを見せ、ゲリエがガードを固める様子を確認した後、レフェリーには見えない角度から全力の肘打ちをゲリエの左頬に喰らわせる。


 「おいレフェリー!今のは反則だぞ!」


 バデリの反則を見たハッサンと、彼の立つ側のスタンドから観戦する観客からブーイングが沸き起こる。

 剣士ルールに於いて顔面への肘打ちは禁止されているのだが、バデリは剣のスイングがすっぽ抜けた言い訳が出来る状況を意図的に作り出していたのだ。


 「くっ……がはっ……!」


 バデリの肘打ちで口内裂傷を負ったゲリエは血の混じった唾を一度吐き出し、後方に間合いを取った後に剣を持たない左手で口元の血を拭った。


 「……あんな姑息な手を使わなくても、あれだけのパワーとスピード、テクニックがあるのに……」

 

 客席からバデリの反則を見抜いていたシルバは、彼の剣士としてのポテンシャルを無に帰する戦術を歯痒く感じ、軍隊時代に訪れた東欧の消えない歴史の傷痕を思い返す事になる。


 

 マテイ・バデリは、一族が宗教・民族紛争に巻き込まれた憎しみの歴史を背負っていた。

 

 100年以上も昔の20世紀終盤の内戦から、各々の一族に継承される憎しみの歴史が定期的な宗教・民族紛争を引き起こし、その結果彼の家族も不業の死を遂げる事となる。


 守るべきものを失い、時代の流れとともに倒すべきものが何であるかも分からなくなる。

 そんな中、彼は賞金稼ぎの立場を利用する事で、自らの前に立ちはだかるものを潰す事だけに自らの存在証明を懸けていくのであった。


 

 「……へへっ、そんなに離れちゃ、俺は倒せないぜ!」


 自らが攻撃を喰らう事の無い間合いに油断したか、バデリは剣の構えを解いて上体を起こした。チャンスだ!


 「今だ!うおおぉっ!」


 一瞬の隙を見逃さないゲリエはカムイの教えを忠実に守り、全速力でバデリに体当たりを浴びせる。

 

 ドゴオオッ……


 ラグビーで鍛えたパワーと瞬発力にバデリの反応は遅れ、ゲリエ渾身の体当たりを真っ正面から喰らい、股間を押さえて畳に崩れ落ちた。


 「……あっ……がああぁっ……!」


 カムイの指示の狙いはここにある。


 身長差のあるバデリが上体を起こし、ゲリエが身体を屈めたラグビータックルを喰らわせれば、ゲリエのショルダーチャージは無意識にバデリの急所を直撃する事になるのだ。


 無論、これは反則にはならない。


 「ぐおおぉ……!」


 激痛に悶えるバデリであったが、彼のこれまでの悪評故なのか、観客から同情されている様子は無く、寧ろ大歓声が沸き起こり、アレーナからは『ゲリエ・コール』すら聞こえ始めていた。


 「……バデリの悪評を利用して、ラフプレーの応酬から会場を味方に付けたわ……。この狙いが試合前に指示されていたんだとしたら、チーム・カムイ、ただ強いだけじゃないわね……」


 クレアは試合そのものよりも、チーム・カムイの戦術家・戦略家ぶりを警戒している。


 「……畜生、味な真似をしやがって……」


 一時的なドクターストップから試合再開が決まり、自らのお株を奪われたバデリは怒りの表情を隠せなくなっていた。


 「ファイト!」


 (後は自由に戦え)


 試合再開後、カムイからの指示を思い返すゲリエに迷いは無く、バデリとの力勝負に打って出る。

 互いのパワーに意地とプライドがプラスされ、飛び散る汗と火の出る様な打撃音の連続が両者の肉体と精神をすり減らしながら、アレーナのボルテージをいやが上にも高めていた。

 

 「だああぁっ!」


 バデリはとどめとばかりに身長差を利用した上段からの振り降ろしでゲリエの左肩の防具を狙い、ゲリエはバデリの剣には見向きもせずに横から相手の左の腰の防具を狙った。


 ビキイイィッ……


 パワー・ファイター同士の全力フィニッシュに観客の目が釘付けとなる中、両者の防具は砕け散り、腰の左側にダメージを受けたバデリは左足に力が入らず畳に膝を着く。


 「ダウン!ワーン、トゥー……」


 ゲリエはダメージを受けた左肩を押さえながらも、不測の事態に備えてバデリから目を離す事は無く、冷静に自らを振り返っていた。


 (俺は、何故戦うのだろう……?生活の為?カムイに誘われたから?まあ、それもある。だが本音を言えば、実力よりも肌の色が薄い事の方が重要な世界が嫌だったからだ。イスラム教徒が宗教紛争の度に疑われるのも気に入らない。バデリは色々と問題がある奴らしいが、俺は初対面だし、別に恨んではいない。ラフプレーもお互い様だしな)


 「……へっ、まだだ、まだ俺はピンピンしてるぜ……」


 カウント7で立ち上がったバデリは腰と急所のダメージもあり、下半身で巨体を支える事が出来なくなっていたが、試合を第2ラウンドに持ち込めばインターバルで体力は回復する。

 

 バデリは残り時間を逃げ切る為にゲリエから露骨に距離を置き始め、その戦術に業を煮やした観客からは再び『ゲリエ・コール』が沸き起こった。


 (今が最大のチャンスだ。俺はバデリに恨みはないし、こいつも色々と辛い事があるのだろう。だが、こいつは白人だ。今だけはこいつを追い詰めてもいい。こいつに勝っておかなければ、多分明日の俺は後悔する。神よ、お許し下さい……!)


 「おおぉりゃああぁ!」


 ゲリエは神と自分に言い聞かせる様にバデリを猛ダッシュで追い詰め、相手の苦し紛れの前方突きを横回転でかわし、その勢いでバデリの右側の腰の防具も剣で粉砕する。


 「……あぐぐっ……」


 両側の腰にダメージを負って立つ事の出来なくなったバデリは再びダウンを喫し、そのまま起き上がる事は無かった。


 カンカンカンカン……


 「1ラウンド4分06秒、勝者、イブラヒム・ゲリエ!!」

 

 ヒール役のバデリが敗れた事で、会場には観客の満足を示す大歓声が響き渡っている。

 だが、互いに全力の力勝負を成し遂げたゲリエとバデリにとっては、正義も悪も無い。


 ゲリエはカムイ達への挨拶に先立ち、治療中のバデリの元に歩み寄った。


 「大丈夫か?お前との勝負、楽しかったよ」


 ゲリエはバデリの顔色を伺った後、治療の痛みで畳を強く握り返していた彼の手に触れる。


 「……俺と戦いながら、全く怒りの感情を見せないお前を見て、こいつには勝てないと思ったよ。何がお前をそこまで穏やかにさせているんだ?」


 「……神、かな……?」


 バデリからの問い掛けに一瞬戸惑い、うつむきながらも正直な答えを用意したゲリエ。


 「……神なんて、俺には不幸しか連れて来ねえよ……」


 バデリは悔し涙で瞳を濡らし、小さく肩を震わせてゲリエから目を逸らす。


 両者は戦いで互いを理解したはずだったが、結局、この言葉を最後に両者の心の距離が縮まる事は無かった。


 この哀しみの現場を、アレーナの大観衆も、チーム・カムイも、カレリンさえも知らない。



  (続く)

 


  

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― 新着の感想 ―
[一言] それぞれの背負っているものの違いが 勝敗を分けている感じですねぇ。 個人的にはカレリンを応援したいです。
2020/02/16 12:53 退会済み
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