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バンドー  作者: シサマ
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第12話 武闘大会参戦!③


 ゾーリンゲン武闘大会総合の部・準々決勝第1試合、チーム・マガンバ VS チーム・ルステンベルガーの中堅対決は、驚愕の水魔法を駆使するチーム・マガンバのサミュエル・ソン・ベルナルドがチーム・ルステンベルガーの学術エリート剣士、ドミニク・シュタインを退けた。


 剣術・格闘・魔法何でもありの総合ルールを両チームが承諾した事により、勝敗の行方は全く予想のつかないまま、試合は後半戦へとなだれ込んでいく。


 「シュタインはダメージが大きい、まずは医務室に運ぼう」


 試合のダメージが既に回復していたチーム・ルステンベルガーの先鋒シュワーブと次鋒のヤンカーは、右膝と呼吸に不安を抱えるシュタインを担架に乗せ、アレーナ内に隣接されている医務室へと向かった。


 

 「ニクラスさん、俺のバッグから手袋を取って下さい。いつも使っている茶色じゃなくて、黒い方です」


 自らの出番に備えてバンテージを拳に巻いていたチーム・ルステンベルガー副将、マティアス・バイスは、バンテージの上から更に手袋を要求する。

 堅気の社会人経験がある彼は、話す相手の立場や年齢等を考慮して態度や言葉遣いを変えられる、所謂常識人と言えるだろう。

 

 彼は対戦相手のベルナルドとは異なり、ヌンチャク・トンファー・剣にナイフ、そして自らの拳と、使える武器は何でも利用するオールラウンダーだ。

 その時の体調や会場に合わせた、攻守両面に最適な手袋選びこそ彼の最終準備である。


 「……これは……バイス?」


 黒い手袋を掴んだルステンベルガーは、それがゴムで出来ている事に気付き、バイスを横目で注視する。


 バイスは彼の視線を微笑みでかわし、何でもないと言わんばかりの素振りを首を振って表現した後に、ゆっくりとフィールドへと足を踏み入れた。


 「チーム・ルステンベルガー副将、マティアス・バイス!」


 シュタインの壮絶な敗北に意気消沈していた地元の観客も、無精髭に短髪の気さくなエンターテイナー・バイスの登場に再び沸き立つ。


 バイスは最初の武器として、攻撃だけではなく肘から下を防御する役目も果たすトンファーを選択していた。

 同じ格闘家としてトンファーを好むシルバは、彼と対戦する可能性も考慮した分析に取り掛かろうとする中で、ある異変に気付く。


 トンファーは通常、腕の防御も考慮してバックハンド、即ち小指側に本体があるものだが、バイスは左手のトンファーの本体を親指側から出していたのである。


 彼は右利きだ。

 普通に考えて、より防御に多く使われるのは左手のトンファーのはずだが、あの持ち方ではどう考えても防御はし辛い。

 

 対戦相手のベルナルドもその異変に気付き、無意識にガードを固めた様子見のフォームを取っていた。


 「ラウンド・ワン、ファイト!」


 試合開始のゴングは鳴ったが、バイスのトンファーを構える姿勢の異様さを警戒したベルナルドは、フットワークで円を描きながら間合いをキープし、防御が弱そうに見えるバイスの左腕に攻撃を仕掛けようとはしなかった。

 とは言え、自身は先程魔法を使ったばかりでもあり、魔力の消費を抑える為にまずは格闘技で相手の出方を窺う方針なのは間違いないだろう。


 「ハアッ!」


 沈黙を破り、その身体能力を活かした跳躍でバイスの懐に飛び込んだベルナルドは、挨拶代わりの軽い右フックをバイスの首の下辺り、わざとガードする腕の選択が必要な箇所へと叩き込む。


 ガキッ!


 鈍い打撃音とともに繰り出されたバイスのガードは、やはり右腕だった。


 ベルナルドの右の拳はバイスのトンファーに接触したが、直撃を避けて力を抜いていた為にダメージは無く、彼は素早く後方へジャンプして間合いを確保する。


 (やっぱり右腕でガードしたか……あいつ、もしかして左腕から魔法が出るのか……?)


 ベルナルドはバイスの不自然な左腕と魔法を関連付けようと試みる。

 

 バイスに魔法の潜在能力がある事は、ヨーロッパの格闘家筋の間では広く知られていたが、実際に武闘大会の様な舞台で彼が魔法を見せた事は無く、彼に倒された泥棒や売人の証言にのみ真偽が委ねられていた。


 「おい、無駄に頭を使うと疲れるぞ!」


 リラックスした笑顔から一転、急激なダッシュからベルナルドの右足付近にスライディングしたバイスは両腕を直角に曲げ、トンファーで挟み込む様にベルナルドの右足脛を攻撃する。


 「……ぐあっ……!」


 予想外の部位への攻撃に、痛みで顔を歪めたベルナルドの体勢は大きく左側に傾き、彼の体勢を確認したバイスはすかさず右足で彼の左足を払い、身体ごと畳に叩きつけた。


 「上手い!」


 思わず感嘆の声を上げるシルバとともに、会場も一気に沸き上がる。


 「あのトンファーの持ち方は、始めから(すね)を挟み込んでテイクダウンさせるつもりだったのか! ……だが、トンファーでマウント攻撃は出来ないぞ。どうするつもりだ?」


 大会のルールでは、テイクダウン時のマウント攻撃に於ける武器の使用は禁じられている。

 マウントに集中して武器を捨てれば、スタンディング時の対応に影響が出てしまうが、脛にダメージを与えながら10カウントで立ち上がるのを待つだけでは、余りにも無策である。

 

 ハインツは、バイスの行動を固唾を飲んで見守っていた。


 「悪いな、さっさと勝負を決めさせて貰うぜ!」


 バイスはためらう素振りも見せずにベルナルドの脛の傷をもう一度叩き、激痛で動けない彼を押さえつけてテイクダウン状態を保つ。

 そして抵抗するベルナルドの腕を押し退けた後、トンファーをルステンベルガーの足下へと放り投げた。


 マウント体勢を取ったバイスはゴム手袋に覆われた左手をベルナルドの顔面の鼻の上に乗せ、更にその上から右手をハンマーの様に叩きつける。


 「ぐふっ……」


 顔面との摩擦を最大限に高めるゴム手袋は、バイスの狙いを100%忠実に遂行し、ベルナルドの鼻骨が折れる鈍い音とともに、患部からは大量の鼻血が流れ出る。

 地元の観客は大いに沸いたが、クレアとリンはその痛々しい光景に目を逸らしてしまった。


 「ストーップ! 止血する! ストーップ!」


 両者の間にレフェリーが割って入り、アレーナにはブーイングも飛び交う中、ベルナルドの止血治療が始まった。

 一定時間内に鼻血が止まらなければ、バイスのTKO勝利となる。


 「彼には申し訳無いですけど、これが一番平和な勝利ですよね」


 ベルナルドの回復待ちの間、バイスはルステンベルガーに横目で合図しながら歩み寄り、アレーナからの歓声に無精髭を擦りながら応えていた。


 「……厳しいですね、鼻が折れてます。簡単には止血出来ませんよ」


 チーム・マガンバのベンチで治療を受けるベルナルドに対し、フィールドドクターの判断は8割方「バイスのTKO勝利」だった。


 脛以外には殆どダメージの無いベルナルドは苦虫を噛み潰し、試合を終えているマティプとゾグボは彼を慰めている。


 「……ベルナルド、もうすぐ空模様は変わる。魔法で治療しても大丈夫だ」


 ベンチの中央に不動で鎮座するマガンバは、アレーナの開放された窓を指差し、先程まで陽射しの射し込む陽気だった屋外が、どす黒い雲に少しずつ覆われてきている事を報せた。


 ベルナルドは屋外の様子に気が付くと、フィールドドクターを制止して試合続行の意思を改めて伝える。


 「出血さえ止めれば良いんだろ? 大丈夫だ。今止める」


 ベルナルドはそう切り出すと、魔法を唱えて腰の缶から水を引き出し、その水を細い紐の様にして自らの鼻に勢い良く通過させた。


 「……まさか、水魔法であんな事が出来るなんて?」


 驚きを隠せないリンの目の前で、水魔法はベルナルドの鼻腔を高圧に洗浄する。

 鼻血の混じった水は成分が大幅に変化した為に魔法ではコントロール出来なくなり、畳に零れたままその役目を終えてしまったものの、ベルナルドの鼻は鼻骨骨折とは思えない程に止血されていた。


 「……さあ、やろうぜ!」


 フィールドドクターを追い払い、平然と畳に仁王立ちするベルナルドに対し、大いなる歓声が送られる。

 流石のフィールドドクターも、唖然とした表情で事の成り行きを見守るしか無かった。


 「取りあえず試合続行する。だが、あと一発、顔面に喰らったらドクターストップだ。OK?」


 レフェリーの説明にベルナルドは頷き、この結果に落胆の色を隠せなかったバイスもゆっくりとフィールド中央に歩み寄って行く。


 「おい、バイス! 油断するなよ!」


 ルステンベルガーは、どうにも不吉な予感からバイスに用心の念を押した。


 「彼はもう、魔法は使えないですよ。そもそも顔面に一発入れたらおしまいです。少しくらいなら技を受けてやりますよ! ハアァッ!」


 バイスがいつに無く気合いを込めた掛け声を上げた瞬間、彼のうなじの辺りが蒼白い光を放つ。


 彼にはまだ、魔法が隠されていたのだ。


 「ファイト!」


 ベルナルドの止血治療中のタイムは止められており、第1ラウンド2:00から試合は再開した。

 顔面に攻撃を受ける事の出来ないベルナルドがガードを高くしている為、必然的にスペースが増えるキック攻撃を警戒するバイスはフットワークで円を描きながら間合いを保つ。

 

 試合開始時とは対照的な戦況で時間が経過していた。


 「だああっ!」


 バイスは取りあえずローキックでダメージのあるベルナルドの脛を狙い、相手の重心を下げさせて顔面に攻撃を入れやすい体勢を作ろうと試みる。


 「ぐむっ……」


 バイス自身が拍子抜けする程に、あっさりと右ローキックがベルナルドの右足脛に入り、痛みで重心を下げるベルナルドの懐に隙を見つけたバイスは、素早く自らのパンチがベルナルドの顔面に届く位置まで間合いを詰めた。


 「バカが!」


 ベルナルドは、勝負を急ぐ余りに自らの間合いに飛び込み、自分より重心が低くなっていたバイスの頭頂部に全力の頭突きを喰らわせる。


 「痛てててっ!」


 まともに頭突きを喰らったバイスは慌ててその場から逃げ出し、頭を押さえながらベルナルドの二次攻撃を避けた。

 

 観客席からは欲張りすぎたバイスの行動に対して笑いと野次が飛んでいたが、彼自身は何やら計算ずくの行動だった様だ。


 「あのバイスって人、面白いね! エンターテイナーだよ」


 初めての武闘大会の雰囲気にやや押され気味だったバンドーは、バイスの気ままなファイトスタイルを好感を持って受け止めていた。


 「……多分、あんたの方が面白いと思うわよ」


 クレアのツッコミが炸裂した。

 

 突然、アレーナの外から大音がする。


 雨。しかも大雨である。

 いつの間にやらどす黒い雲は空を覆い尽くし、今にも雷鳴轟かんとする空模様だ。


 「……これこそ、大自然の恵みだな!」


 顔面ガードに専念していたベルナルドが突然、勝ち誇った様な表情でバイスに猛ダッシュを仕掛ける。

 不意を突かれたバイスは胸部のガードを固め、ベルナルドの連続パンチを必死に受け止めていた。


 「雨が入ってきた! 窓を閉めろ!」


 警備係が連絡を取り合い、アレーナの窓は一斉に閉められたが、強風に煽られてアレーナのあちこちに雨水が浸入していたのである。


 「……! まさか……?」


 ベルナルドのパンチをガードしていたバイスは、雨水が一滴でも浸入すればそれがベルナルドの武器になる事を理解していた。


 「そう言う事さ! ハアァッ!」


 不敵な笑みを浮かべたベルナルドは後方にジャンプしてバイスと距離を取り、アレーナ中に集まった雨水を残らず全速力で自らの身体に集めようと、魔力を全開にして細長い水の鞭を紡ぎ出す。


 「……化け物か、アイツ?」


 愕然とベルナルドを凝視するハインツを尻目に、勢いを増した水の鞭はベルナルドのひと振りでアレーナの照明の一部を損壊させ、その照明が驚きの余り立ちすくむバイスの背中を直撃した。


 ガシャアアァッ!


 直撃の瞬間、電気の火花に包まれたバイスは苦悶の表情でうつ伏せに倒れ、アレーナは一瞬にして沈黙に包まれる。


 「……直撃とは言え、頭じゃないからな。まだ立ち上がってくるだろうよ」


 ベルナルドは冷徹な笑みを浮かべながら、最後に手元に残された僅かな雨水を両手で肩幅まで引き伸ばした。

 そして自らの顔面のガードと、シュタイン同様にバイスを窒息させる目的を兼ねた水の壁を作り出して決着に備える。


 「ワーン、トゥー……」


 レフェリーのカウントがアレーナにこだまする中、バイスは既に意識を取り戻していたが、ルステンベルガーとアイコンタクトを取り、カウントファイブまで身体を休めていた。


 リンはその状況を注意深く観察しながら、バイスのうなじが微かに蒼白い光を発し続けている事に気付く。


 「……逆転、来ますよ!」


 「……ファーイブ」


 レフェリーのカウントがファイブを刻んだ瞬間、バイスはゆっくりと立ち上がり、地元の観客を大いに沸かせた。


 「……おい、あんたのドクターストップと俺のダウン、どっちが減点デカいかな? 俺のダウンはあんたの攻撃じゃなくて、落ちてきた照明器具だからな! 判定ならまだ俺が勝ってるはずさ」


 バイスはややふらつきながらも、ベルナルドに冗談をかます余裕を見せつけながら、ゆっくりと間合いを詰め始める。


 「口の減らない奴だな……お前、魔法を使えると聞いていたが、使わないんだな。実は使えないのか?」


 ベルナルドは顔面のガードを第一に、とどめの一撃を繰り出すタイミングまでは直立不動の姿勢を貫いていた。

 

 今の自分は、相手より圧倒的に優位に立っている。

 ふらつくバイスの足を払って転倒させ、水の壁で窒息させれば試合終了だ。


 バイスが魔法を使えたとしても、陽射しは消え、窓も閉められた環境で使える攻撃魔法は、アレーナの空気を利用した風魔法くらいである。

 今の自分が恐れる事はない。


 「……魔法か? 使ってるよ。あんたの止血が終わってからずっとね。レセプター・リフレクターなんだよ、俺は」


 「……!!」


 バイスの言葉に、驚愕の表情を浮かべるベルナルド。観客の中に紛れている魔導士からも、どよめきの声が洩れていた。


 「さっさとケリを着けてみな!」


 バイスはここぞとばかりに前傾姿勢で猛ダッシュを見せ、ベルナルドの下半身に体当たりを喰らわせる。

 攻守ともに水の壁に意識を集中させていたベルナルドは一瞬ふらつき、そのまま自らテイクダウンする様にフィールドに跪いた。


 「あんたに喰らった攻撃をお返しするぜ! お水と一緒に痺れるんだな!」


 バイスは体当たりの勢いそのままに、ゴム手袋の両手でベルナルドの両手首ごと水の壁を全力で掴み、雄叫びを上げて身体に溜め込んでいた電気の火花を全力で放出する。


 バリバリバリバリ……


 「ぐわあああぁっ……!」


 水の壁を伝って威力が増大された電気の火花を全身に受けるベルナルド。

 一方バイスのダメージは、両手のゴム手袋によって最小限に抑えられていた。


 普通の武闘大会ではまず見る事の無い壮絶な光景に、興奮と戦慄が入り混じるアレーナ。

 自らの体内に溜め込んだ電気の火花を放出し尽くしたバイスはベルナルドから手を離し、ベルナルドは力尽きてそのままフィールドへと倒れ込んだ。


 「ワーン、トゥー……」


 レフェリーのカウントが入るも、両陣営ともにベルナルドがテンカウント以内に立ち上がれるとは考えていなかった。


 「……レセプター・リフレクターという魔法は非常に特殊で、魔法と言うより特殊能力に近いと思います。外部からの知覚を空気振動から体内に溜め込んで循環させ、再び空気振動に乗せて放出するので、ある意味風魔法に近いとは言えますが、放出しない限りはその知覚が身体中を駆け巡るんです。特に痛みを相手に返す魔法は、相当な体力と精神力を持った人しか使えませんね……」


 リンの解説にパーティーが聞き入っている間に、ベルナルドも何とか立ち上がろうと手足を動かしていたものの、試合終了の時は来た。


 「……テーン!」


 カンカンカンカン……


 「1ラウンド4分52秒、勝者、マティアス・バイス!!」


 激闘を制し、反対側のフィールドで行われていた個人戦の観客からも声援を浴びるバイスは、クールを気取る事もなく素直に喜びを爆発させた。

 時折頭頂部を押さえているのは、ベルナルドに喰らった頭突きのダメージが残っているからであろうか。


 ひょっとすると、このダメージを次の試合で対戦相手にリフレクトする可能性がある。

 急ピッチでウォームアップに取り組むチーム・マガンバの副将、フランシス・マガンバは万一の用心に備え、アレーナ内では脱いでいた革の帽子を被り直した。


 

 「……フランシス、お前の意地とやら、見せてみろ」


 フランシスはチーム・マガンバの大将、ピエール・マガンバの息子である。

 だが、とある理由から父ピエールに反発し、フランシスは魔法を一切使わない正統派の剣士となっていた。


 チーム・マガンバ内では珍しくフェアプレーを重視する熱血漢だが、故に若さを露呈した敗北も多く、大半はチームの先鋒として対戦相手のスカウティングに利用されてきたのである。


 「……フランシスは剣士だ。バイス、俺が出る。お前は少し休んで、万一の場合に備えてくれ」


 剣の整備を終えたルステンベルガーは、格闘家であるバイスと剣士であるフランシスとの相性を考慮して、自ら出陣を志願した。


 チームの大将として、ダメージを受けながらも戦い続ける仲間達への責任感もあるのだろうが、何よりも本人が「剣士として早く戦いたい」事がその理由と言えそうである。


 「……分かりました。でも、俺がレセプトしているダメージがまだあります。早く使いたいから、早めにケリを着けるか、さっさと負けるかして下さいね」


 少々皮肉混じりの笑みを浮かべ、バイスはルステンベルガーの肩を叩いてベンチに腰を降ろす。

 レフェリーのもとへ歩み寄るルステンベルガーは事情を説明し、男声アナウンスがアレーナに響き渡った。


 「チーム・ルステンベルガー、選手の交代をお知らせします。副将、マティアス・バイス選手に代わり、大将、ニクラス・ルステンベルガー選手がフィールドに上がります。尚、勝者の権利を有したまま交代したバイス選手には、ルステンベルガー選手の敗退後に、選手として再びフィールドに上がる権利が与えられます!」


 アナウンスとともに、地元の観客から盛大な歓声と拍手が沸き上がった。

 大将ルステンベルガーの登場に加え、戦況を考慮した必勝パターンの構築が可能なレベルの追い上げが実現したからである。

 

 まさかの試合開始2連敗からの巻き返しにより、チーム・ルステンベルガーが会場全体を味方に付けつつある事の証明とも言えそうだ。


 「チーム・マガンバ副将、フランシス・マガンバ!」


 ルステンベルガーに比べると、フランシスに送られた拍手と歓声はかなり疎らなものである。

 正統派の剣士であるが故、チーム・マガンバの中に於いて地味なファイトスタイルである事に加え、魔法の力で一攫千金を夢見る黒人の貧困層から英雄視されていた父ピエールを否定した事により、同胞からの人気も低い。


 今のフランシスに求められるのは、ただチームの為の勝利のみであった。


 「貴方の様な優れた剣士と戦える事、身に余る光栄に存じます」


 フランシスはフィールドの中央で礼儀正しく一礼をし、その態度から暫く忘れかけていた初心を思い出したルステンベルガーも、快く一礼で返答する。


 ある意味スポーツマンシップに溢れたこの光景には、会場からも惜しみ無い拍手が送られていた。


 「魔法を使わない、純粋な剣士が揃った事によりこの試合、意図的な格闘技を禁止する剣士ルールを採用するのが妥当である。両者、異論はあるか?」


 「ありません」


 レフェリーからのルール説明を両者同時に承諾し、今大会初の「剣士ルール」が採用された。


 「ラウンド・ワン、ファイト!」


 試合開始のゴングとともにラッシュをかけたのは、フランシスの方であった。

 彼はルステンベルガーよりも若く、経験も浅い為、胸を借りる立場で駆け引きの無いシンプルな力勝負に出ていた。


 キイイィィン……


 中肉中背のフランシスは、ルステンベルガーより上背では劣るが、黒人ならではのパワーと柔軟な身体能力で優勢に出る。

 まずは冷静に相手の出方を窺っていたルステンベルガーも、予想以上のパワーと安定感に防御へと重心を置かざるを得なかった。


 (映像のスカウティングでは、特筆すべき点の無いアベレージ剣士と言った印象だったが……どうしてなかなか、パワーだけじゃなくボディバランスも抜群だ。いなすだけでは間合いを離せないぞ)


 ルステンベルガーは受け身ではポイントを奪われると判断し、反撃のタイミングを模索する。


 「だああぁっ!」


 フランシスが全力で剣を上に振りかぶった瞬間、彼の右肘が曲がっている事を確認したルステンベルガーは、彼の攻撃が振り降ろしに見せかけた右からの横斬りであると推測した。


 「ハアッ!」


 上背で既にアドバンテージのあるルステンベルガーが更に垂直方向へとジャンプし、フランシスの右からの横斬りをギリギリのタイミングでかわす。

 そのまま降下する彼の視界には、フランシスの肩パットが捉えられていた。


 パアアアァン……


 ルステンベルガーの剣がフランシスの左の肩パットを直撃し、その防具は美しいまでに真っ二つに粉砕された。


 失態に苦み走るフランシスの表情と、自らのポイント先取を意味するレフェリーのジェスチャーを同時に確認したルステンベルガーは、一気に勝負を着けたい気持ちを抑え、後方へのジャンプで間合いを広げる。


 「関節や筋肉の状態から、相手の次の動きを見切るのは剣術の基本ね。でも、パワーで押されると相手が筋肉の塊みたいに見えて、冷静な判断はなかなか出来ないものなの。流石にドイツの若手代表格の剣士だわ。しかも長身・イケメンだし」


 冷静な試合の分析とは裏腹に、クレアの最後の言葉にはかなり主観が含まれていた。

 25歳のルステンベルガーは185㎝・78㎏の体格に金髪と青い瞳を持ち、ルックス的に近い印象のハインツに目立つ自己中心的は雰囲気は無い、冷静な好青年というイメージである。


 国中の期待と、チームを纏める責任感から羽目を外す機会も無い、バンドーとは対照的なチームリーダーであった。


 「フランシス! 挽回しようと思うな! お前に出来る事を確実にやれ!」


 これまでチームメイトの応援をする事の無かったチーム・マガンバから、マティプがフランシスにアドバイスを送った。

 

 本来ならば、チーム・マガンバの副将はマティプである。

 賞金稼ぎの必勝体制で先鋒にコンバートされたものの、本来ルステンベルガーと一番戦いたかったのが彼であるという事は想像に難くない。

 

 (俺に出来る事……足を止めず、前に出続ける事……)


 マティプのアドバイスを自らに言い聞かせる様に、広げられた間合いを瞬発力で詰めるフランシス。

 ルステンベルガーに先程はかわされた、横斬りの防御を改めて確認するかの如く、時折利き手を変えての横斬り連発で相手を揺さぶり続ける。


 (……くっ……こいつ、これだけ動いてもバテないのか……?)


 表向きは平静を装いながらも、全力の防御を続けるルステンベルガーのスタミナ消費は激しい。


 (俺に出来る事……普通の剣士の手の届きそうにない所を攻める事……)


 ルステンベルガーの防御の綻びを探し続けるフランシスは、横からの防御が染み付いた彼に振り降ろし型の攻撃はすぐには出せないと判断した。


 「うらああぁっ!」


 フランシスは右足を前に踏み出し、やや斜め上から角度を付けた攻撃でルステンベルガーの右膝の防具を狙い打ちする。


 ビキイィッ……


 ルステンベルガーの右膝の防具をかすめる様に、フランシスの剣先がヒットした。

 痛みこそ感じないものの、相手へのポイントを覚悟したルステンベルガーは敢えて右足を引く事無く、左からフランシスの胸の防具を切り裂きにかかる。


 「……させるかっ!」


 フランシスは、切り裂かれると致命傷扱いで一本負けを喰らう胸の防具を守る為に、剣を振った勢いのまま右肩からルステンベルガーに体当たりした。

 勢いよくルステンベルガーの剣に触れたフランシスの右の肩パットは大きくひび割れたが、ルステンベルガーの右膝の防具にもダメージを与えた為、レフェリーからの印象は悪化しなかった。


 「……あのフランシスとか言う奴、親の七光り枠かと思っていたが、なかなかやるな!」


 試合に集中していたハインツは、剣士としてのプライドを大いに刺激される展開に興奮を隠せない。

 決して派手さは無いが、剣士どうしの緊張感溢れる一戦に、目の肥えた常連客からは拍手と歓声が送られていた。


 「ニクラスさん! 相手のペースに合わせちゃ駄目だ!」


 ベンチから飛んだバイスの叫び声は途中からアレーナの歓声にかき消されてしまったが、ルステンベルガー自身も問題は理解していた。

 

 このままのペースで行けば何とか判定勝ちを収める事は出来る。

 だが、このままでは行かない瞬間が第2ラウンドに訪れてはいけないのだ。

 

 チャンスがある限り、早期決着は狙わなければならない。


 「くああぁっ!」


 近距離で互いに押し付け合っていた剣を外す為、ルステンベルガーは力任せに剣を押し上げると、相手から狙いやすい右側へと意図的に回避する。

 

 勢い良く弾き飛ばされたフランシスは一瞬後方に反り返ったものの、持ち前のバネで素早く重心を落とし、屈んで逃げる形となっていたルステンベルガーの左肩の防具を自らの正面、直立姿勢で狙える位置に捉える事に成功した。


 「……もらったぁ!」


 不利なポイント差を第1ラウンド中に埋める為、フランシスは迷う事無くルステンベルガーの左肩に斬りかかる。

 この姿勢のまま肩の防具を全力で切り裂けば、その衝撃でルステンベルガーは畳に崩れ落ち、暫しの間反撃不可能となる。その瞬間がチャンス!

 そう判断したのだ。


 「おおっと……悪かったな!」


 ルステンベルガーはフランシスの行動を予測していたかの様に、自ら畳に崩れ落ちる。

 その瞬間、全力で振り降ろされたフランシスの剣を省エネな横移動でかわし、その剣は凄まじい勢いと大音を見せつけて畳に突き刺さった。


 千載一遇のチャンスを逃した事に気付いたフランシスの顔色は、みるみる内に青ざめていく。


 この勢いで畳に突き刺さった剣は、簡単には抜けない!

 

 「これで……ジ・エンド!」


 畳に這いつくばった姿勢から、まさしく蛙の様に飛び上がったルステンベルガーが下から剣を突き出し、その剣先がフランシスの胸の防具のど真ん中を貫いた。


 「ストーップ! フランシス選手、致命傷と見なす!」

 

 カンカンカンカン……


 試合終了のゴングに先駆け、フランシスの胸の防具にルステンベルガーの剣先が突き刺さる瞬間を確信したレフェリーが仲裁に入る。


 「1ラウンド3分09秒、勝者、ニクラス・ルステンベルガー!!」


 地元の英雄が見せつけた貫禄勝ちに、客席は個人戦のフィールドも巻き込む程の大歓声に揺れていた。


 だが、試合時間から想像出来る程の圧勝ではなく、寧ろルステンベルガーは守勢の時間帯が長かったとも言える。

 加えて、両者のポイント差も僅かなものであった。


 流血や負傷の無いフェアな戦いぶりを貫いたフランシスには惜しみ無い拍手が送られ、クレアやリンら女性陣も剣術の醍醐味を堪能出来る、今大会の名勝負のひとつとしてこの試合が記憶される事は間違いないだろう。


 「お前がもし魔法も使えていたら、俺も危なかったよ。良いお手本がいるみたいだし、特に剣術に拘らなくても良いんじゃないか?」


 フランシスのポテンシャルを高く評価したルステンベルガーは、彼の元に歩み寄って握手を求めた。

 フランシスは快く握手に応じて見せたが、やがて表情を曇らせ、ルステンベルガーから視線を逸らして呟く。


 「……父の姿を見れば、魔法など必要ないと貴方達にも分かるはず。父は魔法に魂を売った。魔法の力を極める為に、全てを犠牲にしたんだ」


 そう言い残してチームメイトの待つベンチへと帰るフランシスの背中には、怒りや寂しさだけでは説明出来ない、何か複雑なものがまとわりついていた。


 

 「チーム・マガンバ大将、ピエール・マガンバ!」


 試合の大半をベンチ中央から不動の姿勢で眺めていたマガンバは、ようやく重い腰を上げる。

 

 全身を黒いマントで覆い、容易に想像出来る細身の体型や黒の頭巾から微かに覗く素顔からも、生気は全くと言って良いほど感じられない。

 まるで魔法によって歩かされているかの如き頼りない歩きっぷりに、客席も反応に困っている様子が窺えた。


 「……マガンバさんが凄い魔導士だとは聞いています。でも、今アレーナは窓が閉められて、雨も日光も差し込まない状態です。禁煙のアレーナには火の気もありませんし、どんなに凄い魔導士でも、せいぜい風魔法くらいしか使えないですよね……」


 マガンバの魔法について推測しているリン自身も優れた魔導士ではあるが、魔法を使う者にとって重要なのはその種類ではなく、あくまで周囲の環境である。


 マティプやゾグボは風魔法を活用していたが、ベルナルドの水魔法の様な殺傷能力を持つ魔法を操るには、事前の準備が必要だ。

 マガンバのあの黒マントの下にある細い身体に、そんな大それた秘策が隠されているとは到底思えない。


 「……あの弱々しい身体なら、物理攻撃一発でもかなり効くはずだ。バイス、俺が負けたらお前のリフレクト攻撃で仕留めてくれ」


 遠距離攻撃用に、やや重めのナイフを腰の両側に装着したルステンベルガーは、マガンバを前にして弱気になっている訳ではない。

 だが、そう容易く剣の攻撃が届く間合いを詰めさせては貰えないであろう事も覚悟はしており、バイスに自らの後を託したのだ。


 「ラウンド・ワン、ファイト!」

 

 試合開始のゴングに先駆け、歩きながら少しずつ間合いを詰め続けていたルステンベルガーが、全力でマガンバに襲いかかる。

 剣術一筋の男・ルステンベルガーと、魔法一筋の男・マガンバとの一戦に、「総合ルール」以外のルール採用はあり得なかった。


 「フンッ……」


 突進するルステンベルガーを嘲笑うかの様に、マガンバはモーションもなく軽々と魔法の力で自らの身体を持ち上げ、必要最小限のエネルギーを以て剣をかわす。


 リンはその瞬間、畳に向けたマガンバの両手の掌から微かに発せられた、蒼白い光を見逃さなかった。


 「……掌、それも両方から……これ程恵まれた魔導士も珍しいですよ。これがフランシスさんの言う、魔法に人生を捧げた理由なのかも知れませんね」


 試合開始からの猛ラッシュは、後にバイスも控えているチーム・ルステンベルガーの作戦でもある。

 間合いを広げて強大な攻撃魔法を繰り出されるよりは、物理攻撃に拘って間合いを詰め、マガンバの魔力を防御や回避で消費させた方が良いという狙いがあったからだ。


 「どうした?逃げてばかりなら判定負けするぜ!」


 ルステンベルガーはマガンバを軽く煽りながら、彼が攻撃魔法の為に安全な場所を確保して立ち止まるタイミングを狙っていた。


 「フンッ、ならば喰らうがいい」


 左手一本の魔法で空中での姿勢をキープしながら、マガンバは右手から空気を固めた球型のボールを発生させる。


 「……あの空気球、リンが図書館で出した物と同じよね?」


 クレアはリンの姿を振り返りながら、魔導士フェイを追い詰めた空気球の威力を思い出していた。


 「そうですね。でも私は、感情が高まらないとあの魔法は使えないんです。マガンバさんは片手で軽々と出していますけど、そんなに簡単な魔法じゃありませんよ」


 「止まってくれてありがとよ! 喰らえ!」


 マガンバが空中に止まった事を確認したルステンベルガーは、リンの話もどこ吹く風と言わんばかりに、すかさず腰のナイフをマガンバの黒マントへと投げて突き刺した。

 やや重めのナイフの衝撃でも上体がブレるのか、或いは黒マントの下に水や炎を隠し持っているのかを確認する為である。


 「くうっ……ええい、邪魔だ!」


 マントに刺さったナイフの重さで、マントに首を締められる形となったマガンバは、それまで肌身離さなかったマントを畳に脱ぎ捨てた。


 そして、その後の光景に会場中が言葉を失う事となる。


 マガンバの肉体は、骨と皮と形容するのも憚られる程の痩身で、全ての内蔵の形までが皮膚から浮き出ていた。

 一見すれば、生きているのが不思議に思える程の、何も無い肉体である。


 マガンバ本人が苦痛を訴えていないが故に、哀れみの声こそ無かったものの、観客の中には衝撃の余り目を覆う者も現れた。


 「……何なんだ、こいつは……?」


 対峙するルステンベルガーですら言葉を失う光景に、それまで沈黙を守っていたフランシスがゆっくりとベンチから立ち上がり、やや言葉を選ぶ様なためらいを見せながらも、父・マガンバについて語り始めた。


 「……俺達一家はカメルーンの貧困一家だった。それでもコーヒー農園で働けていたから、飢え死にする事は無かったよ。だが、父が無理な仕事を押し付けられて両手の掌を負傷してしまい、仕事を首にされた恨みから父が農園長に復讐したのさ。掌の傷から偶然魔法が使える事に気付いたんだ」


 「……自然の力が、マガンバさんに力を貸したって訳ではないのかな?」

 

 バンドーはこれまでに出会った魔導士を思い浮かべながら、自然の力が人間に協力する条件は特に無いという事実は再確認していた。


 マガンバには魔法の才能があったが、本人がそれに気付く余裕すら無い人生だっただけなのである。


 「……父は魔法に感謝の意を表する為に、コーヒー農園の仕事と同時にコーヒーを飲む事すら止めた。やがて肉や魚を食べる事も止め、自然に敬意を払う度に魔力が強力になっていると思い込んだ父は、オカルト的に魔法にのめり込み、最低限の水と野菜のみを摂取する様になった。父の身体を心配する母親とも離婚し、親族とも縁を切ってしまったんだよ」


 フランシスの独白に、マガンバは当然良い顔はしなかったが、すぐに平然とした様子に戻った。

 彼の右手には、まだ小さな空気球が握られている。


 「……強大な魔力で有名になり、カメルーンでは稼げる様になったから、フランスに来たんだろ? そして今は、マティプやベルナルドの稼ぎにも協力している。それでいいじゃないか! 人並みの魔力で、人並みの生活をしてもいいじゃないか! 魔力を高めるだけのお前の人生は、幸せなのか?」


 ルステンベルガーは、空気球の存在を恐れる事もなくマガンバの真下に歩み寄り、彼の説得を試みた。

 この勝負を終えた後から、魔力に囚われている彼の解放と、彼の新しい人生を願って。


 「……人並みの生活とは何だ? 俺に人並みの生活の権利をくれたのは魔法だけだ。少なくとも人間からは、人並みに扱われた事は無いな」


 マガンバは吐き捨てる様にルステンベルガーの説得を拒絶し、容赦なく空気球の投球モーションに入る。

 やむ無く横っ飛びでピンチを脱したルステンベルガーの脇をすり抜けた小さな空気球は、フィールドの畳にバウンドして脇見をしていたバンドーの横顔を直撃した。


 「ひぎゃああぁ! 殺す気かっっ!!」


 小さな空気球であったが故に命に別状は無いバンドーだったが、彼の全力抗議は何故か会場の大爆笑を呼び、深刻な空気が少し晴れて観客が試合に集中出来る雰囲気を再構築する。


 「この男……おいしすぎるわ……」


 クレアはどうでも良い事に感動していた。


 (一撃でいい、まずは奴の身体に喰らわせないと……)


 ルステンベルガーはマガンバの痩せこけた身体に唯一残された標的である、胸の防具を狙いすましてもう一本のナイフを投げつける。


 「……こんなものが当たると思っているのか? 舐められたものだな……ハアアッ!」


 マガンバが雄叫びを上げると、これまでに感じた事の無い、アレーナを揺さぶらんばかりの強風がフィールドを包み込み、ナイフは勿論、ルステンベルガーまでもフィールドの畳の外側に弾き出されてしまった。


 「ルステンベルガー選手、フィールドアウトです! カウント20までにフィールドに復帰して下さい! ワーン、トゥー……」


 場内が騒然とする中、カウントが始まるや否や即座にフィールドに復帰するルステンベルガー。

 カウント10まで休む事もルールとして可能ではあるが、もしマガンバに待ち伏せされて同じ魔法を使われたら、もうフィールドには戻れないのだ。


 「そろそろ休んでもらおうか!」


 マガンバは、ルステンベルガーがフィールドアウトしている間に両手で中型の空気球を作り、左右から挟み撃ちにする様に彼をめがけて全力投球する。

 これに挟まれたらひとたまりもない。

 

 ルステンベルガーは、自分の胸から腹にかけての高さで迫り来る空気球をどう避けるか、ジャンプするか、這いつくばるかの判断を瞬時に迫られる。

 今、ここで瞬間的に脳裏をよぎった光景は、ジャンプした足をすくわれて彼方へと放り出される自分自身の姿だった。


 「おうっ……」


 自らの意思に任せて畳に這いつくばったルステンベルガーの頭上で、ふたつの空気球が衝突する。

 その力は強大だったが、全く同じ力で同じ角度から衝突した為に、互いに激しく渦を巻きながらも、空中に停止している状態であった。

 アレーナはどよめきに包まれ、攻撃したマガンバ本人を含めた皆の視線が、空気球の行方に集中している。


 そんな中、ルステンベルガーにあるアイディアが浮かんだ。

 激しく衝突したまま空中に停止した空気球のど真ん中を垂直に叩けば、この空気球が真っ直ぐにマガンバを直撃するのではないか?


 深く考えている時間は無い。空気球の威力が弱まってしまっては意味が無いからである。


 「どりゃああぁっ!」


 ルステンベルガーは自らの真っ正面の畳に剣を突き立て、その剣を必死に握りながら海老ぞり状態からのヒールキックを空気球にお見舞いした。


 「!!」


 マガンバが防御の体勢を取る猶予も無く、2倍の威力となった空気球は高速でマガンバに激突する。


 アレーナを揺さぶる爆音が響き渡り、爆心地周辺の畳は大きく捲れ上がった。


 這いつくばったまま事の成り行きを見守っていたルステンベルガーは、風圧に飛ばされるマガンバの姿が発見出来なかった事から、最悪直撃を避けた彼が反撃の機会を窺っている可能性も考慮して立ち上がり、ゆっくりと爆心地へと歩み寄る。


 いや、何かがおかしい。


 ルステンベルガーは、場内が落ち着きを取り戻しても爆心地周辺だけで空気球に煽られた埃が舞い上がり続けている光景に、えも言われぬ不安を感じていた。


 まるで、誰かがわざと埃を撒き散らしている様に見えるのである。


 「ガアアアァッ……!」


 野獣の様な咆哮とともに、舞い上がる埃から勢い良く飛び出したマガンバ。

 彼の左手は空気球の激突で負傷したのか、力無く胴体からぶら下がっていたものの、その右手首は新たに生み出した大きな空気球に包まれていた。


 バキイイィッ……!


 空気球にコーティングされたマガンバ渾身の右ストレートが、ルステンベルガーの胸の防具を見事なまでに粉砕する。


 どよめく観客以上に、自分自身の現状を理解出来ないルステンベルガーは、そのままフィールドに跪いてしまった。


 「ストーップ! ルステンベルガー選手、胸部の防具損壊の致命傷と見なす!」

 

 カンカンカンカン……


 「1ラウンド4分36秒、勝者、ピエール・マガンバ!!」


 地元の英雄、ルステンベルガーの敗北による失望と、自らの魔法に巻き込まれて左腕を負傷しながらも、右腕一本で大逆転勝利を収めたマガンバへの感嘆が入り混じり、アレーナは不気味な沈黙に包まれていた。


 見事に難敵を退けたマガンバではあったが、元来虚弱な肉体に左腕の負傷、更には魔力の酷使により膝が折れ、上体も前屈みの状態から回復出来ずにいた。


 残されたバイスとの最終決戦は、お互いに最後の魔法一発勝負となりそうである。


 

 「シュタイン、もう大丈夫なのか?」


 未だ敗戦のショックを引きずって顔面蒼白のルステンベルガーだったが、バイスに後を託し、医務室から戻ってきたシュタインらと言葉を交わす事で、何とかチームリーダーとしての責任を全うしようとしている。


 「ええ、大丈夫です。ご迷惑をお掛けしましたが、明日の準決勝、出られますよ!」


 シュタインが力強く語った「準決勝」という言葉に、最後の大役を任されたバイスは大いに奮い立った。


 「……シュタイン、そのゴーグル、ちょっと俺に貸してくれ」


 バイスは突然、これまで一度も借りた事の無いシュタインのゴーグルを要求する。これにはシュタインも首を傾げた。


 「……いいですけど……私に合わせた度が入っています。貴方の視界がぼやけると思いますよ?」


 「いいんだ。もう、見えなくてもいいんだ。ただの埃避けさ」


 バイスはそう言って微笑み、未だレセプトしたままのダメージに時折苦虫を噛み潰しながら、シュタインからゴーグルを受け取った。


 「チーム・ルステンベルガー、最後に戦う権利を残していた副将、マティアス・バイス選手が入ります!」


 人気者のバイスの再登場で、再び活気を取り戻すアレーナ。

 一方のチーム・マガンバの面々は、最後の祈りをマガンバに捧げていた。


 「ラウンド・ワン、ファイト!」


 試合開始のゴングとともに、両者ともに死力を尽くした最終手段に打って出る。


 バイスは、レセプトしたダメージのリフレクト発効の為にとにかく一歩でも前に出て、マガンバに強いダメージを与えられる位置まで間合いを詰めに出ていた。


 一方のマガンバは、最後の魔法で強風と埃をバイスに浴びせる事で、リフレクトの効力を弱める間合いに相手を留めようとしていた。


 「ハアアッ!」


 マガンバは埃混じりの風をバイスに浴びせるが、右手一本の魔力では相手を弾き飛ばすまでの力は無かった。

 バイスは視界の問題から走る方向こそ不安定だったが、シュタインのゴーグルで埃が目に入る事を防ぎ、風圧に耐えながら着実に間合いを詰めていた。


 「行くぜ! まずは頭突きのリフレクト!」


 バイスは意識を集中させ、ベルナルドから受けた全力頭突きのダメージを、3メートルの距離からマガンバに叩き込んだ。


 「ぐああっ……」


 リフレクトの特徴である、空気振動によるダメージ伝達故に打撃音こそ無いものの、そのダメージは確実にマガンバの頭頂部を直撃し、その勢いのままマガンバは畳の上に卒倒する。


 マガンバが倒れた事により、アレーナ内の埃混じりの風は消え失せ、役目を終えたシュタインのゴーグルを外したバイスは安堵の表情を浮かべた。


 「……とどめだ。ベルナルドに喰らった胸部へのパンチ連打をお返しするぜ」


 「ぎゃああぁっ!」


 音の無い連続打撃がマガンバの胸の防具を蹂躙し、内側からひび割れる様に砕け散る。

 マガンバは悲鳴を上げた後、静かに気を失った。


 「ストーップ! マガンバ選手、致命傷と見なす!」


 カンカンカンカン……


 「1ラウンド0分34秒、勝者、マティアス・バイス!! 準々決勝第1試合、勝利チーム、チーム・ルステンベルガー!!」


 地元のチーム・ルステンベルガーの逆転勝利と、大会前は色物チームだと思われていたチーム・マガンバの大健闘に、大会初戦からアレーナは大喝采を呼び、両チームに惜しみ無い拍手と歓声が送られていた。


 「よっしゃあ! これで準決勝に行けたらシュワーブ君と戦えるね!」


 「……流石は優勝候補の一角だけはあるな。俺達も負けちゃいられねえ!」


 試合の結果を受けて、バンドーもハインツも興奮を隠せずにいる。


 1試合を丸々観戦したリンも、何故武闘大会がこれ程までに世界中の人々を惹き付けるのか、その理由が少しだけ分かる様な気がしていた。


 そして、彼女にとっては世界の広さ、更には魔導士の数だけ存在する彼等の生き様を知る事が、これからの人生にきっと役立つであろう事を確信させたはずである。


 

 「……大丈夫か? この身体だからな……」


 フィールド上で慎重に治療を受けるマガンバを気にかけたチーム・ルステンベルガーの面々が、心配そうに父親を見守るフランシスの元へと歩み寄る。


 「大丈夫。父は身体は弱くても、精神力は強いから。入院させて、少しずつ栄養を取らせるよ。ありがとう」


 フランシスは清々しい笑顔を浮かべ、対戦相手へのリスペクトも込めて丁寧に頭を下げた。


 「……お前、俺のダメージをあんなに溜めていたのか……大した奴だよ!」


 ベルナルドはバイスに話し掛け、肩を組んで互いの健闘を讃え合った。


 最後は爽やかな空気に満ちた第1試合が終わり、総合の部トーナメントは短い休憩時間に突入する。


 喝采を浴びる選手達の傍らで、第2試合を戦うチーム・バンドーとチーム・ギネシュの面々は、ウォームアップの為に地下のトレーニングルームへと消えていくのであった。



  (続く)

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