第11話 武闘大会参戦!②
ゾーリンゲン武闘大会総合の部・準々決勝第1試合、チーム・マガンバ VS チーム・ルステンベルガーの先鋒戦は、チーム・マガンバの副将からの繰り上げエントリー、ジュリアン・マティプがチーム・ルステンベルガーの新星、ティム・シュワーブを寝技で退けた。
前回大会の準優勝チームとして、優勝候補の期待をかけられていたチーム・ルステンベルガーではあったが、先鋒のシュワーブはまだ18歳の少年剣士。止血後の悔し泣きを隠さない彼の素直な表情に、観客も健闘を讃える拍手を贈っている。
「……ティム……」
一礼して目の前を通りすぎるシュワーブにハインツとバンドーは声を掛けられず、時の流れが彼の心と身体の傷を癒してくれる事をただ願っていた。
「ティム、良くやった。お前が引き出した奴の寝技のデータは無駄にしない。悔しさは試合の後のトレーニングで発散しろ」
シュワーブを呼び寄せたルステンベルガーは彼の健闘を讃え、悔しさで小刻みに震える両肩を抱きしめて彼をベンチに座らせた。
「……ニクラス、取りあえず力で押し切るぞ。マティプが魔法も隠し持っているなら、そいつも引き出して見せる。チーム・マガンバには、肉弾戦でマティプ以上の奴はいないだろ? 俺の次で決めてもまだ間に合う」
チーム・ルステンベルガーの次鋒、カルステン・ヤンカーはチーム最年長の27歳。
スピードや技術にはやや欠けるものの、チームナンバーワンのパワーとスタミナを持つ古典的なドイツ人剣士の彼はルステンベルガーと並ぶチーム創設メンバーで、チームを立て直す時に彼を何処で起用するかがひとつの戦略ポイントでもあった。
「……厄介な奴が来るな。左フック程度じゃ倒れないからな。マガンバ、長剣をくれ」
チーム・マガンバのベンチで戦略を練っていたマティプは、手にしていた短剣を仲間に預け、一般的なサイズの剣をマガンバから受け取った。
マティプはフィールドを一望して自然光の当たる部分の面積を確認して、チームのメンバーに念を押す様な強い眼差しで語りかける。
「試合中に陽射しが動く事もある。自分の位置が陽射しを遮っていたら移動してくれ。この環境では100%とは行かないだろうからな」
「チーム・ルステンベルガー次鋒、カルステン・ヤンカー!」
地元ではルステンベルガーに次いでお馴染みの顔、ヤンカーの登場に会場が沸く。
身長190㎝で傷痕付きのスキンヘッドという風貌通りの、彼の無骨な全力ファイトには剣術・格闘技を問わずファンが多いのだ。
「ルールは互いに総合だと聞いている。OK?」
「ヤンカーとやら、それでいいのか? こちとら長剣だ。剣術ルールで構わないぜ」
マティプはレフェリーの説明を遮る様にヤンカーを煽る。
プライドの高い彼は自らが有利になる様なルールを選ばないと承知した上での、言わば駆け引きだ。
「大丈夫だ。お前の魔法とやらも見てみたいしな」
ヤンカーは余裕の笑みを浮かべてマティプの助言を受け流し、スキンヘッドの傷痕の保護の為に簡易的なヘッドギアを装着する。
「ラウンド・ワン、ファイト!」
開始のゴングと同時に、ヤンカーは猛烈なラッシュを見せる。
自分の役目はマティプから魔法を引き出す事。
その上で勝利する事は、彼にとって必須条件では無かった。
身長ではマティプにやや分があるものの、体格ではヤンカーが圧倒している。シュワーブを相手にしていた時の様な、パンチで一発ダウンを奪うという様な奇策は通用しない。
マティプは試合開始から重心を下げざるを得ず、防戦一方に追い込まれていた。
「……くっ……こんなものを何度も受けていられねえよ……」
パワーだけではなく、剣の重さも倍近いヤンカーの攻撃は上から振り降ろすシンプルなものだったが、防御に必要な集中力が高すぎるが故、間合いを見切る為の思考回路が働かない。
マティプは追い込まれる様に、フィールド上の自然光の溜まり場へと後退りする。
「……魔法が来ますよ!」
マティプの魔法に注目して試合を観戦していたリンは、直感的にパーティーのメンバーに声を掛けていた。
「来たな……さあ、魔法とやら、出してみな!」
ヤンカーがとどめの一撃とばかりに剣を振り上げたまさにその時、マティプは汗に濡れた臍の周りを手の甲で素早く拭き、意識を集中させて臍に蒼白い光を呼び込む。
ブオオッ……
一瞬、フィールドの畳を吹き飛ばさん勢いの強風がアレーナに巻き起こり、足下をすくわれたヤンカーは剣の重みで右手側に大きく傾いた。
「ぬおおっ!」
ヤンカーは自らマティプの魔法を誘っている。
自らを引き離す風系統の魔法の使用は予測しており、フィールド上の右足に力を込めて重心を左側に移動してマティプとの距離間を維持するが、それこそがマティプの狙いであった。
ビシイイィッ!
マティプは魔法を唐突にストップし、重心を移動した勢いのまま左側に倒れかけるヤンカーのヘッドギア目掛け右ハイキックを喰らわせていた。
「……がはっ……!」
受身を取る事よりも剣を離さない事を優先したヤンカーは、強風で捲れ上がった畳の間に後頭部を直撃してダウンする。
壮絶なダウンと魔法の強風を目の当たりにした客席からは、一瞬の沈黙後に歓声とどよめきが上がるも、数秒後には魔法の使用を快く思わない地元の観客からマティプへのブーイングが起きていた。
マティプ自身も、やむを得ない状況での魔法の使用を自覚したのか、シュワーブ相手の試合の様なマウントラッシュをかけず、ダウンカウントを聞いて待機する選択を取っている。
マティプは確信していた。
頭部へのハイキックとは言え、自らは長剣を持っていてキックに全身の力を込められなかった事。
キックが直撃したのはあくまでヘッドギアだった事。
そしてカウント5まで休んだら、ヤンカーは立ち上がってくるであろう事。
「ワーン、トゥー……」
会場全体が固唾を飲んでヤンカーの再起を見守る中、リンを始めとする各チームの魔導士達は一斉にマティプの魔法への対策を頭に思い描いていた。
「カール! まだ立つな! カウント5までそのままだ!」
フィールド上に卒倒している様に見えるヤンカーだが、呼吸で上半身は動いており、瞳を閉じながらもルステンベルガーのアドバイスはしっかりと聞いている。
「……ファーイブ!」
レフェリーのカウントが5を数えると、お約束の様にヤンカーは瞳を見開き、ゆっくりと立ち上がる。
同時にハイキックを受けたヘッドギアの紐は切れ、ヤンカーは役目を終えた防具に感謝の一礼を捧げてセコンドに立つルステンベルガーに蹴り返した。
アレーナは大歓声に包まれ、事の顛末を予測していたマティプも落胆の色を微塵も見せずに剣を構える。
「……あのマティプの攻撃は、殆どが相手のプライドを逆手に取ったカウンターね。でも、相手のプライドを信じて戦いを組み立てているマティプにも、確かなプライドはあるわ」
これまで冷静に戦局を見つめていたクレアが口を開いた。
「あの人の魔法は臍から自然の力を受ける事で使えますが、魔法の使用を前提とすると上半身の衣装は限定されますし、裸で戦うと自然の力を示す光を反射させてしまう汗をかきやすいので、汗を拭く何らかの動作で魔法を使うタイミングは読まれやすいと思います。この試合では、もう魔法は使わないでしょうね」
リンは、魔導士としてのマティプの弱点を早々に見抜く。
彼が剣術や格闘にも優れている理由は、魔法にばかり頼れない裏返しなのだ。
「後は、ヤンカーにハイキックのダメージがどのくらい残っているかでしょうね……。いずれにせよ、早く決着をつけないとヤンカーは不利ですよ」
分析を行うシルバの奥では、これまでになくストレッチを入念に行うマティプの姿があった。
「ファイト!」
試合再開と同時に、今度はマティプが猛然とラッシュを仕掛ける。
剣の一撃一撃はヤンカーに力負けするものの、巧みにポイントをずらす事でヤンカーに頭を使わせて反撃の機会を与えない作戦だ。
頭を使う時間が長ければ長い程、ヤンカーのダメージは蓄積されていくのである。
キイィィン……
マティプのラッシュに痺れを切らしたヤンカーは、持ち前のパワーで防御の剣を高く掲げ、相手の剣を持ち上げて重心を上げさせた。
ヤンカーの腕力にバランスを崩すマティプ。
堪らず後ろに反り返りそうになる所を強引に姿勢を落とし、ヤンカーの胸の防具を下から突き刺そうと試みる。だが……。
「かかったな!」
ヤンカーは自らの懐にマティプを呼び込んで剣を捨て、指を組んだ両腕で思い切りマティプの脊椎周辺を殴打した。
「…………!!」
場所が場所だけに、マティプは悲鳴を上げる事も出来ずに畳の上に崩れ落ちる。
この状況を確認したヤンカーは敢えて剣を拾わず、うつ伏せに膝をついて呼吸を整えていたマティプに馬乗りのマウント体勢を取った。相手のお株を奪う格闘戦である。
「早くギブアップしな!」
ヤンカーはうつ伏せになっているマティプの後頭部を絶え間なく殴り付け、態勢逆転の見せ場に観客も大いに沸き上がる。
辛うじて片手でガードしながら致命傷を避けているマティプだが、馬乗りのヤンカーの体重もあり、潰されてとどめの一撃を喰らうのは時間の問題だろう。
バンドーはこの戦況からヤンカーの勝利をほぼ確信していたが、チーム・マガンバのベンチに目をやると、パーティーの誰一人としてマティプに声援やアドバイスを送らず、淡々と自らの剣の素振りや魔法のイメージトレーニングに時間を費やしている光景に強い衝撃を受けるのであった。
「……危ない! 今魔法を使ったら……」
アレーナがじりじりとした緊張感で沈黙する中、突然のリンの悲鳴は観客の耳にも真っ直ぐに届いた。
マティプが苦し紛れに、汗だくで臍の周りの光を反射する状態での魔法に踏み切ろうとしていたのだ。
マティプから発せられた蒼白く目映い光は、魔法としての体を成さず、乱反射してアレーナ中を席巻する。
光を直視した者は瞬間的に視力を失う程の明るさである為、リンの警告により大会参加チームは全員顔を伏せて瞳を閉じていた。
「くああっ!眼が!」
光の乱反射を避けられなかったヤンカーは両手で顔を押さえ、ハイキックのダメージも影響したか、マティプの身体からゆっくりと転げ落ちる。
「…………!」
脊椎を殴打されて未だ完全に声の出せないマティプは無言で体勢を立て直し、関節技を決める為にヤンカーの手を顔から引き離そうとしたが、ヤンカーも戦況と自分の立ち位置をどうにか理解し、全力で顔面にしがみつく。
「……ならこっちだっ!」
マティプは制御出来ない魔力の使い過ぎでふらつきながらも、今度はガードのないヤンカーの右足を取り、ハイキックのダメージからか、やや力のない左足の攻撃に耐えながら、右足首の関節を一気に決めにかかった。
「……ああああぁっ!」
ハイキックのダメージに加えて一時的な視力の喪失もあり、屈強な剣士ヤンカーも顔面から両手を離して畳をタップしていた。
カンカンカンカン……
「1ラウンド4分30秒、勝者、ジュリアン・マティプ!!」
魔力を使い果たしたマティプに勝者の余裕や歓喜は一切見られなかったものの、前評判では全くのノーマークだったチーム・マガンバが連勝を飾り、アレーナは大歓声とブーイングの入り交じる異様な雰囲気に包まれている。
だが、力が全ての武闘大会、優勝候補の先鋒と次鋒の二人抜きを達成したマティプには、彼の未来も切り開く熱狂的なファンがついた様子であった。
「……あの憔悴しきった表情、魔力と体力の限界にきた彼はもう怖くないですね。ルステンベルガーさん、私が行って宜しいですか?」
これまでの戦いの最中、殆ど試合を観る事もなく黙々とウォームアップを続けていた、眼鏡着用の細身な剣士、ドミニク・シュタインは剣のメンテナンスを急ピッチで終え、肩で息をするマティプを横目に出番を伺っている。
「分かった。マティプを倒せば、残りのチーム・マガンバのメンバーにお前以上の剣士はいないだろう。頼んだぞ」
「こんな所でおだてても、何も出ませんよ」
柔和な笑みを一瞬浮かべた後、再び集中力を高めたシュタインは、眼鏡をルステンベルガーに預けて彼専用の戦闘用ゴーグルを着用する。
彼はクレアやハインツのひとつ下の世代に当たり、一流大学からの推薦を蹴ってまでドイツの剣術学校に通った学術エリートだ。
『大学にはいつでも行ける』が彼のモットーであり、幼い頃の病弱な身体を鍛える目的で入学した剣術学校でも圧倒的な学力で技術を高め、体力面のハンディを補って卒業試験をトップで通過したのである。
剣術学校卒業後、すぐに剣士として賞金を稼いでいたクレアやハインツとの面識は無かったが、校内に貼られている年度別優秀卒業者ポスターを眺めていたシュタインにとっては、クレアやハインツと戦う事はひとつの目標でもあった。
現在では体力面の課題も改善されてきたものの、長期戦や力勝負には向かないタイプである事に変わりはない。
彼がチーム・ルステンベルガーに招集される時は、決まってヤンカーの様なタフガイの後に配置され、ダメージの深い難敵の秒殺を任される「必殺仕事人」の役割を担っていると言えるだろう。
「チーム・ルステンベルガー中堅、ドミニク・シュタイン!」
マティプの魔法の影響で慌ただしくなっていた会場が、シュタインへの期待で再び熱気を取り戻す。
シュワーブ程ではないが華奢な印象のシュタインは、体力のある内の早期決着が多い為、チーム内での勝率は非常に高かったからである。
「そんな身体でまだやるんですか? 貴方はもう、十分ドイツで名前を売りましたよ」
魔力と体力の限界に到達し、肩で息をしながら何とか剣を構えるマティプを諭すシュタインであったが、彼も当然、マティプが素直に言う事を聞くとは思っていなかった。
「……試合開始の前に俺がギブアップしたら、ヤンカーとの試合は引き分け扱いになるからな……。賞金半額はゴメンだね」
マティプは悪態をつく余裕を見せようとしてはいるものの、かつて魔力が尽きた瞬間のバンドーが駅のホームで倒れた様に、もはやまともに戦う体力は残されていない様子に見える。
「ラウンド・ワン、ファイト!」
試合開始のゴングと同時にマティプは最後の力を振り絞り、全速力でシュタインの懐へと飛び込んだ。
武闘大会ではガードの無い肉体への直接的な刃物攻撃は禁止されており、肩・首・胸・腰等の防具を破壊する為の攻撃が主体となる。
その中でも首と胸は、防具が破壊された時点で致命傷と判断され、試合の流れによる判定を待たずに勝敗が決する。
マティプは最後の逆転に賭けていたのである。
「そらっ!」
マティプは半ばダメ元でシュタインの胸元を剣で貫かんと奮闘する。
この攻撃で、相手のスピードやガードテクニックを観察する余裕は既に彼からは失われていた。
ビキィッ!
シュタインはマティプの太刀筋を冷静に見切った上で剣を弾き返し、相手の右手が剣から離れた瞬間を見計らい、その右手に剣の狙いを定める。
無意識に剣を怖れる右手を背後に引っ込める事により、マティプの身体は斜め向きとなる為、シュタインに左胸を差し出す形になるのだ。
「ボケっと待ってんじゃねえ!」
マティプはこの瞬間を待ち望んだかの様に剣をサウスポースタイルに握り直し、残る力の全てを剣に乗せてシュタインの右膝の防具へと叩き込む。
パアアアァン……
マティプ渾身の一撃を受けたシュタインの右膝の防具は粉々に砕け散り、致命傷ではないが右膝に喰らった衝撃の大きさにシュタインの顔は瞬間的に大きく歪んだ。
「……くそっ!」
自らの不注意を恥じながらも、最後の攻撃を出し尽くして左肩から畳に崩れ落ちるマティプを必死の追跡で追い詰めたシュタインは、迷う事なくその剣をマティプの胸の防具へと突き立てる。
「ストップ! 試合終了!」
カンカンカンカン……
マティプの胸部の致命傷という判断による、レフェリーストップで試合は終了する。
だが、自らの不注意による余計なダメージを右膝に受けてしまったシュタインの表情は後悔に満ちていた。
「1ラウンド1分36秒、勝者、ドミニク・シュタイン!!」
観客の大半がこの結末を予想出来た事もあり、会場の空気は穏やかなものであったが、シュタインはやや右膝を気にしながらも勝ち名乗りに一礼を返し、大健闘したマティプに肩を貸して立ち上がると、会場は大いに沸き上がる。
「貴方はもう、セコい賞金を気にしなくてもいいんですよ。明日からはヨーロッパ中から仕事の依頼が届くはずです」
シュタインはマティプの右手を高々と上げ、会場に更なる拍手と歓声を求めた。
「マガンバ、行ってくる。幸運のまじないをかけてくれ」
マティプが自分の言葉通り、シュタインの右膝を道連れにダメージを与えた事を確認していたチーム・マガンバの次鋒、ジャン・ゾグボは、小柄な身体に全身黒づくめのタイツ姿と黒ヘルメット、そして黒く大きな盾を構えた異様な風貌であった。
ゾグボはマガンバの前に跪き、マガンバの掌から放たれる回復魔法の様なものを全身に受け止めると、タイツから露出した彼の褐色の背中が共鳴する様に目映い光を放ち、会場が再びざわつき始める。
「あの人の魔法は背中から? 一体どんな魔法を使うんでしょうか……」
リンは様々な魔導士を魔法学校で見ては来たが、自分の目が届かない所から魔法を管理する事は極めて難しく、背中や後頭部から魔法を放出する者が魔導士を諦める場面を何度も目の当たりにしていた。
しかし、魔導士を名乗らずとも、自らの能力にプラスアルファする超常能力として背後からの魔法を使いこなせれば、それは相手が対応し辛い最強の武器となる可能性もある。
「……妙な奴が来たな……。あいつの事は調べようとしたんだが、何やら毎回衣装やヘルメットを変えるらしく、武器や防具のデータは殆ど参考にならない。ただ、あの大きな盾だけは常に抱えている。あんなものを抱えていれば、スピードで振り回される事は無いだろう」
ルステンベルガーはシュタインに近付き、ゾグボについての情報を耳打ちした。
「あんな大きな盾を抱えるのは、よほど剣に自信の無い臆病者か、そもそも盾を武器にする力自慢か、どっちかじゃないですかね。でも、あの体格を見ると、力自慢には見えませんよね……」
シュタインがゴーグルに手をかけ、ゾグボに対してやや見下した様な態度を取った事を不安視したルステンベルガーは、檄を飛ばしてチームを引き締め直す。
「相手を舐めるな! まだ俺達は一人分奴等に負けているんだからな!」
「チーム・マガンバ次鋒、ジャン・ゾグボ!」
男声アナウンスに呼び出されたゾグボは、その見た目の通りゆったりとフィールドの中央にやって来る。
盾の大きさに似合わず、武器は短剣とナイフである。盾で全身をガードしながら、ナイフで遠隔攻撃を行うつもりなのだろうか?
「ラウンド・ワン、ファイト!」
試合開始のゴングとともに、シュタインはゾグボのナイフ攻撃を警戒して相手の盾側へと間合いを詰める。
ゾグボが右手でナイフを左側へと投げる為には、左手に抱えた巨大な盾を身体から離さなくてはならない。
スピードと長剣のリーチにアドバンテージを持つシュタインを相手に、ゾグボが盾を離す事はないと判断したのだ。
「やっぱり様子見ですか?」
シュタインはわざと力を抜いた一撃を、ゾグボの盾と身体の隙間ギリギリの所へと浴びせる。
ゴオオォォン……
ゾグボは右手のナイフを一旦腰に戻してまで両手で盾を構え、シュタインの攻撃を専守防衛する。音だけで盾の重量が推測出来るというものだ。
「やれやれ……攻撃はしないんですか?」
シュタインは軽めの攻撃を連続して浴びせている間に、ゾグボの狙いと盾の急所を探っていた。
盾の上部中央に覗き穴らしきものを発見するも、そこへの攻撃は自らの剣の大きさから考えて難しいとの結論が導き出される。
このまま攻撃を続けていれば判定でシュタインは楽勝出来るだろうが、ゾグボが試合終盤に一発逆転の奥の手を隠しているであろう事を、この会場にいる者全てが容易に予想出来ていた。
「そんな腕で、よく武闘大会に出ようなんて思いましたね……真面目に戦って下さいよ」
シュタインはわざとゾグボの感情を揺さぶり、強引な攻めに出てくる事を期待している。
「ビービー騒ぐなよ!」
黒ヘルメットで表情こそ窺えないものの、明らかに怒りのトーンを感じさせる大声を発したゾグボは素早く右手で腰のナイフを抜き、狙いも定めずにシュタインの上半身へと投げつけた。
「おおっと!」
耳をつんざく高音とともにナイフを剣で弾き飛ばしたシュタインは、力なく自らの背後の畳に突き刺さったナイフを横目で確認し、ジャンプでゾグボから距離を置く。
「……拾いますか? それまで待ちますよ。貴方が攻撃してこないとお客さんが退屈しますからね」
シュタインの煽りに客席も反応し、試合を観戦している他の参加チームからもブーイングが飛び交っていた。
「……ちょっと変だねケンちゃん。もうすぐ1ラウンドも終わるよ? 前半で大差の判定がついても良しって判断なのかな?」
バンドーは自分の背後に陣取るシルバに戦況を確認し、シルバは顎に手を当てながら微動だにせず試合に観入っている。
「この試合、今まではずっと接近戦です。ゾグボがナイフを投げたのは、意識的に距離を取りたいという行動の表れなんでしょうけど……」
「……欲しけりゃくれてやる、モノは良いはずだぜ」
不穏な空気を切り裂いたのは、その空気の張本人、ゾグボの思わぬ逆挑発だった。その傲慢な態度に会場のブーイングボルテージが更に高まる。
シュタインは苛立ちを努めて抑え、取りあえず隙を作ってみても大丈夫かと判断し、ゾグボに背中を向けてナイフを拾いに歩き始める。
その瞬間……。
「はああああぁっ!」
怒号の様な叫びとともにゾグボの背中が蒼白い光に包まれ、異変に気付いたシュタインが振り返る間もなく、凄まじい追い風を背にしたゾグボは空を飛び、身を隠した盾を全面に押し出してシュタインへ体当たりを試みる。
「……くっ、だあああぁっ!」
受け身を取る時間すら与えられず、ゾグボの体当たりと巨大な盾の直撃を受けたシュタインは衝撃の余り宙を舞い、突然の出来事に固まるルステンベルガーの足下の床に叩きつけられて気を失った。
一瞬の静寂の後、アレーナは怒号と歓声渦巻く異様な雰囲気に包まれる。ゾグボの魔法の使い方を批判する意思と、試合が劇的に動く興奮とが交差しているのである。
「ワーン、トゥー……」
フィールド中央に仁王立ちしたまま微動だにしないゾグボが見下ろす中、レフェリーのダウンカウントが刻まれるものの、ガードの意思も見せない状態で強烈な盾ごとの体当たりを喰らったシュタインは起き上がる事が出来ず、カウントは無情にも積み重なっていく。
「ファーイブ……」
カンカンカンカン……
「第1ラウンド終了です!2分間の休憩後、第2ラウンドが始まります!」
ダウン中のゴングに辛うじて救われたシュタインは、ダメージが蓄積されてきた右膝の具合を気にしながらも立ち上がり、ルステンベルガーに試合続行の意思を示す。
痺れる様な試合展開を見守っていたバンドーら参加チームの面々も、ゴングによるシュタインの救済に胸を撫で下ろしていた。
「……お前、随分と頭が良いらしいが、そんな奴ほど勝ち方を選り好みしやがる。いいか、教えてやるよ。俺の魔法はこれしかないんだ。だからお前がいくら攻撃でポイントを稼いでも、終盤にダウンを喰らう事で俺が逆転する。第2ラウンドでも全く同じ事をやらせて貰うからな」
感情を押し殺した表情で自陣へと戻るゾグボの背中からは、放たれる魔法以上の悲愴な覚悟が伝わってくる。
勝負の美しさや己のプライドを捨て去った、勝利という骨格だけの武闘マシンである彼には、魔法と強力な盾さえあれば、承認欲求の為に肉体や顔を他人に晒す必要すら無いのだ。
「ドミニク、奴の体当たりは至近距離では機能しない。ナイフや短剣に惑わされずに距離を詰めて攻撃し続けるしかないな」
ルステンベルガーはシュタインの右膝をアイシングしながら、ダウンで失ったポイントを取り戻して判定勝ちする選択を推奨している。
だが、学術エリートのプライドを捨てられないシュタインは、ゾグボが捨てたナイフを自らの腰に装着しながら物思いにふけり、ルステンベルガーのアドバイスを受け入れる素振りは見せなかった。
「ラウンド・トゥー、ファイト!」
「ちいっ!」
右膝の痛みと自己の葛藤に心を乱されながらも、シュタインは開始のゴングとともにゾグボに確実な攻撃を浴びせ続ける。
ゾグボは相も変わらず盾で専守防衛するばかりであったが、レフェリーから無気力を指導されてポイントを失わない程度の反撃は行っていた。
それ故の短剣とナイフ攻撃であり、ナイフを投げて距離を取る戦術は同じ相手には2度と通用しない。
ゾグボにとって、ナイフをシュタインに拾われる事にリスクは全く無い……この判断が勝負の分かれ目となる事に、今はまだ誰も気付いてはいなかった。
……シュタインを除いては。
「どうですか? 仲間を巻き込めますか?」
シュタインは右膝の痛みに耐えながら猛烈なラッシュをかけ、ゾグボをチーム・マガンバのベンチ目前まで追い詰める。
ゾグボが攻撃から逃れる為にフィールドから降りれば試合放棄と判断されてシュタインの勝利となり、今ここで魔法を使った体当たりでシュタインを押し戻せば、魔法の強風をチームメイト達に浴びせる事になるのだ。
「うががっ」
シュタインのラッシュに根負けしたか、ゾグボはフィールド上の畳に仰向けに倒れてしまい、巨大な盾に小柄な身体を隠す様に、亀の様なガード体勢を整える。
「危ないな、奴は浮上するぞ」
観戦と同時に対戦相手の対策も進行させていたハインツは、特に声を荒立てる事もなく淡々と独り言を呟いたが、これは会場の大半の観客も感じている事であろう。
「かああぁーっ!」
ゾグボは最初の魔法よりも大きな咆哮で背中に強大な魔力を溜め、盾の重さも含めた自らの身体を天井へと引き上げる準備を始める。
アレーナを蒼白い光が包み始め、観客はヤンカーの二の舞を避けようと一斉に目をガードして上半身を屈めた。
「……今だ!」
魔法によりゾグボの身体が浮上するその瞬間、シュタインはゾグボの盾の上に飛び乗る。
ゴオオオォッ……
盾の重さとシュタインの体重を垂直に押し上げる、強大な魔力を惜しみ無くつぎ込んだゾグボ渾身の攻撃は、アレーナ天井に設置された作業場を目指していた。
ここと盾とでシュタインを挟み撃ちにすれば、例え途中で自己保身を優先して魔力を弱めても、試合続行が不可能な程の重傷を負わせる事が出来るからである。
だが、シュタインは顔色ひとつ変えず、ゾグボが風圧のあまり盾と身体を密着させたまま動けない事を冷静に確認すると、自らの腰からゾグボのナイフを取り出し、盾の覗き穴から差し込む形でゾグボのヘルメットに突き立てた。
「!!」
ゾグボが非常事態に気付くと同時に、シュタインは彼に軽く一礼し、作業場に激突せんとする直前にゾグボの盾の上から飛び降りた。
ガシャアアァッ……
ナイフの刃渡りは短く、ゾグボの顔面に突き刺さる事は無かったが、作業場への激突の衝撃でヘルメットは原型をとどめない程に粉砕され、ショックで気を失った彼は緩やかにフィールドへと降下する。
「マットを出します! 手伝って!」
フィールドの脇に常備されている安全マットをゾグボの落下点に敷く為、シュタインは大声を上げて参加者に協力を求める。
真っ先に飛び出していたのは、バンドーだった。
「よっしゃあ!」
バンドーはシュタインからマットを受け取ると、持ち前のパワーで素早くゾグボの落下点にマットを投げ出し、辛うじてゾグボをマットに降ろす事に成功した。
「やったぜシュタイン! 完全勝利だ!」
ゾグボのヘルメット粉砕は致命傷と判断され、気を失った相手を救う機転も利かせたシュタインとバンドーに、いち早く一人の観客が雄叫びを上げた。
やがて、それに釣られるかの様に会場が沸き上がり、この日一番の拍手が巻き起こる。
カンカンカンカン……
「第2ラウンド2分02秒、勝者、ドミニク・シュタイン!!」
止まぬ大歓声の中、シュタインは視界の曇ったゴーグルを一旦外し、ゾグボを指差して健闘を讃えるとともに、人命救助の為にいち早くフィールドに入ってきたバンドーの右手も高々と掲げて見せる。
バンドーは全く悪びれる様子も無く、美味しいポジションを堪能しながら大歓声に満面の太字スマイルで応えていた。
「……厄介な借りを作っちまったな……」
大歓声に目を覚ましたゾグボが、独り言の様に感謝の意を呟く。
素顔の彼は剣士や魔導士とは程遠いイメージの、気の弱そうな青年だった。
「貴方は何故、誰からも賞賛されない様な戦い方を貫いてまで、目先の勝利に拘るんですか?」
ゾグボの元に駆け寄ったシュタインは、それが失礼とは承知しながらも、彼の人生を覗かずにはいられなかった。
「……俺は黒人だが、チビだし、運動神経も悪い。お前らのイメージとは違うだろうが、足が遅い黒人だっているんだ。だが、俺には魔法があった。たったひとつの使い道しかない魔法が」
バンドーはゾグボの独白を聞きながら、偶然に彼の盾の取っ手付近を目撃する。
巨大かつ重い盾を使いこなす為の鍛練により、彼の手から出血が止む事は無く、盾の取っ手付近には幾層にも及ぶ血の跡がこびりついていた。
「……俺だって、ヒーローにはなりたい。だが、俺の器量と実力で金を稼ぐには、正義の味方は諦めなければならなかった。それだけの話だ。でも、こんな俺でさえ、本当に貧しい子ども達には夢と希望を届けられたと思っている」
アレーナの盛り上がりの片隅で、シュタインとバンドーは武闘大会の、そして自分達賞金稼ぎの意味を改めて問いながら、自分達にしか聞こえないゾグボの独白を噛み締めていた。
「……あのゴーグルの男、まだやれるのか。マガンバ、そこの空き缶を取ってくれ。小さい方でいい」
チーム・マガンバの中堅、サミュエル・ソン・ベルナルドは、剣を持たない純粋な格闘家であり、魔導士の中でも数少ない水魔法のエキスパート「水使い」の称号を得ている強者でもある。
彼が実力を最大限に発揮するシチュエーションは当然、川や湖のある野外での戦いだが、水の無い屋内での戦いには水筒代わりの缶を持ち歩く事により、攻守に水の力を利用する事が容易になった。
水は火と違い、強風や豪雨、圧迫による酸素不足での消火等の魔法消失はあり得ない。
高熱を浴びて蒸発の可能性が無いとは言えないが、蒸発の過程である沸騰現象を利用すれば火にも負けない殺傷能力を発揮させる事も出来、戦闘時以外は傷の治療や体力の回復にも活かせる優れた魔法対象と言える。
つまり、屋内の武闘大会レベルであれば、コップ一杯程度の水を使い回すだけで十分に戦えるのだ。
「……シュタイン、右膝は大丈夫か? 相手は格闘家だ。お前がキツかったら俺が代わるからな」
チーム・ルステンベルガーの副将、マティアス・バイスはチーム唯一の格闘家タイプで、剣術を学んだのはルステンベルガーに腕を見込まれた2年前からである。
更に、1年前からは魔法の才能も芽生え始めた、チームナンバーワンのポテンシャルを持つ期待の若手だ。
彼が、ベテランのヤンカーや学術エリートである同世代のシュタインを差し置いて副将の座を射止めた背景には理由がある。
彼はハイスクールを中退して働かざるを得ない環境の苦労人だったが、堅気の社会人経験とコミュニケーション能力があり、ドイツの若手剣士とルステンベルガーとを繋ぐ窓口として、シュワーブの様な隠れた逸材を発掘する彗眼を発揮していたのだ。
「……正直、ちょっとキツいですね。でも、私が戦う事で貴方やルステンベルガーさんにヒントは与えられると思います。ま、しんどかったらすぐギブアップしますから」
シュタインは苦笑いを浮かべながらも、中堅同士の対決にまでチーム成績を引き戻せた達成感から、目先の賞金やヨーロッパでの売名に拘らない、フォア・ザ・チームの実験台になる覚悟を決めた様子である。
「チーム・マガンバ中堅、サミュエル・ソン・ベルナルド!」
水使いに特化した魔導士は稀少である為、一部の観客席に陣取る賞金稼ぎと思われる集団も、スカウティング目的にフィールドを注視していた。
バンテージを左右の拳に巻き付けたベルナルドは、そんな視線や歓声にも応える様子は見せずにフィールド中央へと歩み寄る。
「……バンテージの巻き方からして、彼は右利きの様ですが、水の入った缶は左の腰にありますね……ジェシーさん」
ベルナルドを観察していたシルバは、隣の席に座るリンに自分の予想をそれとなく問い掛ける。
「……そうですね。多分、あの人の魔法は左手から出ると思います。缶の位置から推測するなら、掌より少し上……手首の関節辺りでしょうか」
「そんなとこから魔法が出る事もあるの? 何か色々やり辛そうだね」
バンドーはリンの素早い推測に感嘆しつつも、魔導士が魔法の放出口を自らの意思で決められない現実に同情を寄せていた。
「仮に魔法の放出口が手首の関節辺りだとすれば、剣士との両立は難しいですよね。でも格闘家なら、両手で相手と組み合っている最中に、動けない相手に向かって魔法が撃てるんですよ。ベルナルドが格闘技を選択したのはある意味必然だと思います」
シルバは自らの手首を折り曲げながら、自分が格闘家としてベルナルドの様な相手と戦う場合のイメージトレーニングを模索する。
「ラウンド・ワン、ファイト!」
試合開始のゴングが鳴り響き、両者はフィールド中央で睨み合った。
ベルナルドは剣は勿論の事、ヌンチャクやトンファー等、格闘家が相手の剣を払う攻守兼用の武器すら持っていない。腕の防具だけは大きめではあるが、パンチとキック、魔法だけで勝利を納める自信の表れなのであろう。
「……総合ルールとは言え、自分が魔法を恐れる様に、相手も剣を恐れているはず……」
シュタインはベルナルドとの睨み合いからの離脱のタイミングを図り、わざと右足を2回前にステップしてから痛みは無い左足から一気にダッシュをかけた。最初の狙いはベルナルドの左腰、水の入った缶だ。
「水がこぼれたらどうなるんでしょうかね……そらっ!」
シュタインは右膝への負担を減らす為、ベルナルドの左足にスライディングタックルを仕掛ける要領で滑り込む。
この位置ならベルナルドの左の拳は届かない。そして左キックが来る前に缶を切り裂いて逃げる算段だ。だが……。
バキイィッ!
ベルナルドの攻撃は、何と軸足の右足だった。
自らバランスを崩す事を厭わず、スライディングするシュタインの身体で最後までベルナルドの視界に残る頭頂部に、強烈な蹴りが直撃する。
「くああっ……!」
頭には革の帽子しか被っていないシュタインは激痛に意識を失いかけ、バランスを崩して倒れてきたベルナルドの右肘打ちも胸の防具に喰らった。
突然の事態に声も出せない会場の観客の視線は、攻撃を受けたシュタインから、ベルナルドのキックによる転倒で空中に投げ出された水へと瞬間移動する。
「勝負はもう着いたな! だが、魔法が見たいんだろ? 見せてやるよ!」
ベルナルドの左手首の付け根、関節部分から放出された蒼白い光が空中の水を目にも止まらぬスピードで追いかけ、光に捕らえられた水は人間の拳程の大きさに集まった。
「よく見ておけ! この世で最強の武器はこいつなんだよ!」
ベルナルドが空中に集まった水に右の拳を喰らわせると、みるみる内に彼の拳は水と一体化し、拳の大きさに合わせた湖とでも言うべき、水の塊が完成する。
「……さあ、死にたくなければギブアップしな」
ベルナルドは集中した表情は一切崩さず、水の塊と化した右手で意識朦朧のシュタインの顔面を握り締めた。
「……やめろ! レフェリー、試合を止めろ!」
顔面蒼白なルステンベルガーがレフェリーに大きなジェスチャーで合図する。
これは所謂、プロレス技に見られるアイアンクローではない。
流れ落ちる事のない水の塊が顔面に固定される事で、シュタインは窒息するのだ。
「………!!」
シュタインは我を忘れてもがき苦しみ、必死に畳をタップしていた。
「ストーップ! 試合終了!」
カンカンカンカン……
「1ラウンド1分08秒、勝者、サミュエル・ソン・ベルナルド!!」
余りの壮絶な決着に、チーム・マガンバを応援していた黒人の観客も言葉を失い、不気味な沈黙がアレーナを包み込む。
魔法の真の恐ろしさを知るリンは、シルバに肩を抱かれながら一人瞳を閉じて首を横に振り続ける。
戦慄に打ち震えるバンドーのすぐ傍で、対戦相手への対話と人命救助に尽力した誇り高き学術エリート剣士、ドミニク・シュタインは満身創痍で力尽きるのであった。
(続く)