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バンドー  作者: シサマ
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第10話 武闘大会参戦!①

これまでのあらすじ



2045年、自然大災害に見舞われた世界は、自然との共存共栄を掲げ、無駄な争いを回避する理想郷を目指して統一国家となった。


災害で壊滅してしまった、かつての日本からの農業移民、バンドー一族の青年レイジは人生経験の蓄積と、幼馴染みの元軍人シルバを捜す目的でヨーロッパへと旅立つ。


両親の仇討ちの為にヨーロッパに滞在していたシルバと再会したレイジは、賞金稼ぎの剣士バンドーとなり、名家出身の女性剣士クレア、熱血自信家剣士ハインツ、元図書館司書の魔導士リン、そして謎のフクロウ「フクちゃん」を加えて賞金稼ぎパーティー、「チーム・バンドー」を結成する。


だが、剣士として、或いは軍人として経験を積んでいるクレア、ハインツ、シルバと比較して、バンドーとリンの成長はパーティーの急務となっていた。


 第25回ゾーリンゲン武闘大会(2099年5月15・16日)


 ヨーロッパNo.1の歴史と品質を誇る刃物の街・ゾーリンゲンには、最高の武器を求める優れた剣士と、彼等に憧れる若者が集まり、互いの武器と経験をぶつけ合いながら次代の剣士が育てられてきた。


 ゾーリンゲンで武器を買うというイベントは、実力・収入ともに剣士入門を卒業し、中堅剣士以上へのステップを踏む儀式に等しい。


 さあ! 新しい武器とモチベーションをその手に、君の可能性を試してみないか?


 ◎1対1の真剣勝負! 剣士個人トーナメント。

 参加者……最大32名。

 参加料……1人10000CP。

 賞金……トーナメント1勝につき10000CP。

 順位賞金……4位50000CP、3位100000CP。

 準優勝200000CP、優勝300000CP。

 剣士ランキング、随時変動中!


 ◎剣士・格闘家・魔導士を含む最大5名のチーム戦! 総合の部トーナメント。

 参加者……最大5名編成8チーム。

 参加料……1人10000CP。

 賞金……1人1勝につき10000CP。

 順位賞金……4位200000CP、3位300000CP。

 準優勝500000CP、優勝1000000CP。


 協賛……ヨーロッパ賞金稼ぎ組合、ゾーリンゲン剣術連合会、シューマッハ・ビール、ノルトライン=ヴェストファーレン州。


 

 5月14日・13:00


 早朝にミュンヘンを飛び出したチーム・バンドー一行は、ハインツの故郷・ケルンに再上陸した後に列車を乗り換え、刃物の街・ゾーリンゲンの剣術工房を訪れていた。

 

 大金を稼いだハインツは、父親の形見の剣から剣術学校卒業後に買い換えた中級ランクの剣を経て、いよいよ一流レベルの剣を手にしようと現地に赴き、シルバもボルドーでやや妥協気味に手にしたナイフから、軍隊時代の愛用品に負けない品質のナイフへと買い換えを済ませる。

 ハインツの新しい剣は50万CP、剣士ランキング上位者の剣に劣らないレベルだ。


 クレアは剣の買い換えを必要とせず、バンドーには既に身の丈以上のレベルの剣である、シュティンドルの形見が備わっている為、互いに防具の買い換えにとどめており、リンは剣術や格闘術を使う可能性は少ないものの、簡単な防具として胸当て・肘当て・膝当ての三点セットを購入し、本格的な賞金稼ぎに一歩近づいた。


 「ハインツ、前まで使っていた剣はどうしたの?」

 

 目の前にズラリと並ぶ高級武器の鈍い光沢に圧倒されながらも、バンドーはハインツに訊ねる。

 バンドーはシュティンドルの形見の剣を両親からクレアを通して譲り受けたが、予備として初心者用の剣も右側に携帯していた。


 「あの剣も悪くはないし愛着はあったが、下取りして貰ったよ。その分の割引も加えて今の剣を買ったんだ。前の奴は12万CPだったかな? 当時の俺にとっちゃ高級品さ。4年も持ったしな」


 「そっか……俺も剣を2本持ち歩くのは重いし、下取りして貰おうかな?」


 バンドーが喋るや否やハインツは豪快に吹き出し、声を抑えられず工房内で爆笑する。

 

 「おい、お前の剣いくらで買ったんだよ? しかもここはゾーリンゲンだぜ! 二束三文にもならねえよ!」


 クレアもハインツにつられて笑う。

 この剣をバンドーに薦めたのは彼女だが、あくまで最低限の初心者用として薦めたのだ。

 

 バンドーの粗っぽい太刀筋のせいで刃こぼれが目立つ様になり、そんな剣が例え無料で提供されていたとしても、それを欲しがる様な初心者はそもそもこの工房には来ないのである。


 「バンドー、お前もそろそろ、初心者を卒業して貰わないとな……」


 ハインツは何やら意味ありげな笑みを浮かべながら、工房の壁に貼り付けられた広告チラシを眺めている。


 「……おいみんな、武闘大会、出てみるか……」


 ハインツは唐突に、毎年この時期に開催されるゾーリンゲン武闘大会への参加をほのめかした。

 

 

 ハインツ自身、毎年この時期には父親の命日で実家のあるケルン周辺に滞在している為、この武闘大会には何度か参加している。

 孤高の剣士だったつい先日までは、剣士個人トーナメントで準優勝が最高成績であり、ヨーロッパ剣士ランキングでは30位前後の評価を確立していた。

 

 ゾーリンゲン武闘大会のレベル自体はヨーロッパの中堅という位置付けである為に、今ハインツが大会に参加してもランキングを上げる事は難しいが、彼はバンドーやシルバに、泥棒や売人ではない、自分達の同類との一騎討ちを早く経験して欲しかったのである。

 大会の開幕は明日に迫っていたが、幸運な事に辞退者が出たらしく、1チーム分の参加を急募している様子だ。


 「……久し振りね。でも、今のあたし達なら何か面白い事がやれるかもね」


 クレアも穏やかな微笑みを浮かべた。

 彼女は一度だけこの大会に参加し、女性では最高位のベスト8に進出し、ヨーロッパ剣士ランキングで90位レベル、女性剣士としてはトップ5に入る評価を得ている。


 バンドーに対する評価は判断が難しい所だが、格闘家としてのシルバ、魔導士としてのリンの実力に疑いは無い。

 個人トーナメントより賞金の高い総合の部にパーティーが出場すれば、例えダメージが蓄積しても決勝戦までは行けるのではないか……ハインツとクレアはそう踏んでいた。


 「……わ、私も、戦うんでしょうか……?」


 まだ公務員としての籍が図書館にあるリンは、やや不安そうにハインツに訊ねる。

 彼女は憎しみを持たない相手とも割り切って戦えるタイプの女性ではなかった。


 「いや、リンには試合の後の俺達の回復に協力して欲しいだけだ。万が一戦う事があっても、同じ女性の魔導士以外とはやらせないぜ」


 ハインツは、まだ正式にパーティーと行動する決断をしていないリンを危険な目には遭わせない事を約束した。

 リンに安堵の表情が浮かぶ。


 「スイスに乗り込む前に、気を引き締めておきたいですね……自分はやります! 誰と戦っても良い様に、トンファーも買って来ますよ!」


 シルバは意欲満々で、剣から腕を守る防具にも応用出来るトンファーを購入する為に売場を遠目に確認する。


 「バンドー、どうする、やるか?」


 ハインツは穏やかな口調で、しかし真剣な表情のままバンドーと目を合わせた。


 彼が断れば、リンと一緒にサポートに回る事も出来るだろう。

 だが、今のバンドーの手にはシュティンドルの形見の剣が備わっている。この剣を譲り受けたいドイツ東部の若手剣士は沢山いるはずだ。


 自分だけが逃げる訳には行かない。


 「……勿論やるよ! チーム・バンドーで参加するんだろ?」


 クレアは満面の笑みを浮かべ、両手でバンドーの肩を叩く。

 そしてハインツと向き合い、互いに頷きながらパーティーメンバーに語りかけた。


 「武闘大会に参加するわよ! 目標は勿論優勝、3位進出がノルマと考えてね。じゃないと利益が出ないから!」


 金庫番のクレアらしいジョークを飛ばしながら、パーティーは円陣を組み、気合いの掛け声を上げるのだった。


 

 5月14日・14:00

 

 パーティー代表のバンドーとともに受付に向かうハインツは、流石に大会の要領を得ており、規定上リンも含めた5人フル参戦の形で「チーム・バンドー」名義でのエントリーを早々に済ませる。

 

 これで8チームが出揃った。


 まずは前回大会の準優勝パーティーで、地元ドイツを代表する若手有望株剣士、ニクラス・ルステンベルガー率いる「チーム・ルステンベルガー」。地元で無様な姿は見せられない。


 続くパーティーは、トルコの生ける伝説剣士、54歳のアーメト・ギネシュ率いる「チーム・ギネシュ」。引退を懸けた高いモチベーションを持っている。


 そして、前回大会の優勝パーティーで、日系ギリシャ人の巨漢剣士、バシリス・カムイ率いる「チーム・カムイ」。確かな実力とチームワークで連覇に死角は無い。


 スペイン、アルゼンチン、コロンビアの連合軍で、ストリートファイトからのし上がった格闘家、ダビド・エスピノーザ率いるパーティー、「チーム・エスピノーザ」。勝利への手段は選ばない。


 厳しい経済状況からの一攫千金を夢見て、模範囚から人生の再スタートを賭ける、ラトビア出身の剣士、ミハエル・カレリン率いるパーティー、「チーム・カレリン」。東欧の希望を背負っている。


 祖国を失い、差別に耐えて剣で世界を黙らせるアメリカ系剣士、ジェイムズ・ハドソンと朝鮮系格闘家、ソンジュン・パクの双頭パーティー、「チーム・HP」。欲しい物は金ではない、誇りだ。


 カメルーンの謎の黒魔術系魔導士、ピエール・マガンバ率いるアフリカ系万能型パーティー、「チーム・マガンバ」。身体能力と魔術の強力攻撃。


 最後に駆け込み参加した、日系ニュージーランド人剣士、レイジ・バンドー率いる売り出し中の総合型パーティー、「チーム・バンドー」。賞金稼ぎの覚悟を見せろ。


 

 「明日は準々決勝の4試合、明後日は準決勝と3位決定戦、決勝戦の4試合を行います。それでは、各パーティーから一人ずつ代表を選んで、こちらのボールを取り出し、合図の後にシールを剥がして下さい!」


 係員の指示に従い、バンドーを残してパーティーの4人はトーナメント抽選から離れる。

 ボールの選択は、バンドーに一任された。


 「代表の方、ボールはありますか? それでは、シールを剥がして下さい!」


 バンドーが剥がしたシールの下から出てきた数字は「2番」。

 準々決勝2試合目で、対戦相手は「6番」という事になる。


 「準々決勝、トーナメントの組み合わせが決まりました! 1番、チーム・マガンバ! 2番、チーム・バンドー! 3番、チーム・カムイ! 4番、チーム・エスピノーザ!」


 抽選に参加しないメンバーにとっては、何とも言えない緊張感の中で時が過ぎていく。

 取りあえず、優勝候補筆頭のチーム・カムイとは決勝戦までは当たらない事が決定した。


 「5番、チーム・ルステンベルガー! 6番、チーム・ギネシュ! 7番、チーム・カレリン! 8番、チームHP! 以上です。対戦相手をご確認下さい」


 ◎第25回ゾーリンゲン武闘大会総合の部トーナメント・準々決勝


 第1試合……チーム・マガンバ VS チーム・ルステンベルガー


 第2試合……チーム・バンドー VS チーム・ギネシュ


 第3試合……チーム・カムイ VS チーム・カレリン


 第4試合……チーム・エスピノーザ VS チーム・HP


 「準々決勝の試合開始は明日の10:00です! 試合時間は5分間2ラウンド制で、10分間で決着が着かない場合は審判団による判定になります。失神レベルのダウンやラウンド中の回復が見込めない出血や負傷は敗因となり、試合中の回復魔法や服薬は反則となります。剣士ルール、格闘家ルール、魔導士ルール、全てOKの総合ルールがございますので、お互い対戦相手とは事前にルール確認を行って下さい。それではまた明日!」


 係員は会場から立ち去り、慌ただしく設備の設置に追われている。

 

 残された参加者達は、組み合わせ発表の都合上隣り合わせにされた対戦相手とルール確認を行っていた。


 「あのー、初めまして。俺はチーム・バンドーの代表、レイジ・バンドーです。ギネシュさんですよね? 明日は宜しくお願いします」


 バンドーは至って普段着の、闘志などまるで感じさせないほのぼのキャラで、相手側の中央に立つ日焼けした精悍な顔立ちの中年剣士に話し掛ける。

 

 「こちらこそ宜しく。ルールの確認をしたいんだが、剣を持たない女性が魔導士で、あの大柄な男性は格闘家という事で良いのかな?」


 ギネシュは冷静にリンとシルバの素性を見抜き、バンドーにルールの確認を求めた。


 「はい、でもシルバ選手はどんな相手とも戦えますし、俺も格闘家から剣を持つようになった男です。あそこの二人の剣士は剣士専門ですが、基本的に総合ルールで構いませんよ」


 バンドーはギネシュと話しながら時折後ろを振り返り、クレアとハインツがルールに拘らない事を確認した。


 これを聞いたギネシュは途端に表情を崩し、親しみやすい笑顔でバンドー達を見回して威勢良くまくし立てる。


 「いやあ、そいつは良かった! ウチの先鋒と次鋒も、格闘家からスカウト後に剣を学んだんだよ。ウチの娘は剣も魔法も使えるんだが、どちらかと言えば魔導士寄りだから、魔導士の彼女と対戦させよう」


 偶然にもパーティーの編成が似通ったチーム同士の対戦となり、ルールで揉める事も無くいち早く解散出来る事となったバンドーとギネシュのパーティーは、互いの健闘を誓い合って別れた。


 

 「感じの良いおじ様でしたね」


 リンは時折吹き付ける強風に長い髪をなびかせながら、武闘大会というイベントが粗野な男達だけのものではなく、自らの対戦相手も女性の魔導士だと分かった安堵感に胸を撫で下ろしていた。


 「自分の娘を連れて武闘大会に出られる剣士なんて、そうそういないわ。ギネシュさんとやら、強いだけではなさそうね」


 クレアの分析混じりの雑感に、ハインツも大いに頷く。


 「現役のランキング剣士としては最年長だよ。確か54歳で、あの大災害の年に生まれた、所謂黄金世代剣士の数少ない生き残りさ。他にはイングランドのダグラス・スコットと、アルゼンチンのダニエル・パサレラしか残っていないはずだ」


 「スコットさん、昔ニュージーランドに講演に来てたよ! 俺サイン貰ったもん。剣士としては一線を退いたみたいだけど、孤児院を開いたりしている真面目な人だよね」


 

 剣士の現役寿命は短い。

 その間に稼げなかった者は勿論だが、十分な富と名声を得た者も、粗野なイメージから脱却して周囲のコミュニティに溶け込んで生きなければならない。


 ダグラス・スコットは自らの過去と同様に、孤児となってしまった子ども達を支える孤児院と、彼等の成人後ともに働ける建設会社を設立した。

 孤高の剣士が慈善家・ビジネスマンとしても成功すると言う偉業を世間に示したのである。


 バンドーをも魅了する、そんな伝説の剣士と同期の「トルコの生ける伝説」。

 彼との戦いは、きっと多くのものをパーティーにもたらすはずだ。


 

 「……そうだ! まだ、デュッセルドルフの図書館開いてますよね? 私、情報収集して来ます! 宿が決まったら連絡下さい」

 

 リンは突然思い出した様に近隣の大都市、デュッセルドルフの図書館に行く旨をパーティーに伝える。

 

 しかし、デュッセルドルフはあくまでドイツの図書館である。今から準決勝で対戦する可能性が高い、チーム・ルステンベルガーの情報収集でもしておくと言うのだろうか?


 「ジェシーさん、自分も行きますよ!」


 すかさずシルバがリンのお供に名乗り出た。


 「分かったわ。あたし達もデュッセルドルフに行って、駅前のホテルを予約しましょう。」


 クレアの号令の下、一行はデュッセルドルフ駅へと駆け足気味に向かった。


 

 5月14日・16:00


 リンとシルバは今、デュッセルドルフの図書館前に立っている。

 図書館としてのお役所感を微塵も感じさせない、洗練された建物であった。

 

 デュッセルドルフはドイツの中でも経済的・文化的に発展している街であり、伝統的に日系人のコミュニティも大きい。

 時折出合うそんな日系の人々は、ともにアジアの血を引いているリンとシルバの目にも親近感を抱かせる。

 同じ日系のバンドーがいたら、さぞ懐かしがって喜んだであろう。


 「初めまして、パリのアメリカン・ライブラリー勤務の図書館司書、ジェシー・リンです。現在当館が外壁修復で休館中である為、急用を受けましてこちらのコンピューターからトルコの図書館のデータベースにアクセスしたいのですが……」


 リンは受付で自らのパリ図書館司書の身分証を提出し、一般客が閲覧不可能な他国のデータベースに、いとも簡単に進入してしまった。


 唖然とするシルバを横目に、リンは軽くウィンクを投げ掛けて微笑む。


 「私がパーティーにいる強みですよね!」


 リンの目的は、トルコの生ける伝説剣士・ギネシュとそのパーティーの、地元でのリアルな情報を収集する事だったのだ。


 チーム・バンドーは、大会開幕前日に飛び入り参加が決まったチーム。

 明日の試合で他のチームは初めてチーム・バンドーの情報を収集出来るが、チーム・ギネシュにとってはぶっつけ本番の戦いとなってしまう。

 恐らく彼等も今頃は、ケルンの賞金稼ぎ組合からチーム・バンドーの情報を収集しているはずだ。


 戦いは、既に始まっている。


 

 リンとシルバがチーム・ギネシュの情報を持ち帰って来たチーム・バンドー一行は、ミュンヘンでの仕事で資金に余裕があった為、デュッセルドルフ駅前の大きなホテルを3日間予約する事となる。


 ホテル選択の決め手は、多彩な入浴施設にトレーニングジム、マッサージサービスの存在等、試合後のリカバリーの拠点として機能するかどうかにあった。

 リンの回復魔法は、あくまで試合後の応急処置であり、屋内開催であれば自然の力を利用する魔法に万全の効果は期待出来ないからである。


 「凄いわリン、ありがとう! こんな突っ込んだ情報、ドイツだけじゃ手に入らないわよ!」


 クレアもハインツも、地元トルコでの評判までが記された情報に興奮を隠せない。


 リンが賞金稼ぎに正式に転職してくれる事をパーティーの誰もが願ってはいたが、彼女が図書館の職員でなくなると言う事は、情報収集のアドバンテージを失う事でもある。

 悩ましい問題だ。


 リンとシルバが収集した情報は、トルコ語で書かれた裏情報まで含めるとノート1冊分にも及ぶ量である。

 軍隊時代に覚えたはずのトルコ語を少し忘れていた自分に腹を立てたシルバだったが、翻訳して行く内に、トルコ語での情報の大半は口外しにくい悪口だと判明した。


 「ハカンは気が短すぎる! いくら数合わせメンバーだからって、あれじゃギネシュが可哀想……だってよ! このハカンって奴、格闘家から転向した奴だろ? バンドー、お前の相手はこいつだな」


 ハインツは、バンドーとシルバに早く剣士・格闘家同士の戦いを経験して欲しかったが、勿論勝てる可能性があった方が良いと考えていた。


 「メロナ……これは多分ギネシュの娘さんの事ね。彼女は剣も魔法も中途半端だよ! ボロ隠しをしないで、早くどちらかに専念させるべきだ……だって。随分辛辣なのね」


 クレアはトルコ人の本音にやや辟易している様子で、シルバもスポーツや格闘技には地域の民族性の違いが出やすい事を認識していた。

 

 「匿名で投稿された意見で、しかも公用語の英語ではなく地元の人しか分からないトルコ語ですからね……。ギネシュさん自身は、引退に備えて若い弟子を育てたいから大会に参加したんだと思いますけど、トルコの人から見れば自分達の代表ですしね」


 「……このユミトさんって、凄い実績だね。この人がギネシュさんの後継者なのか」


 バンドーは、地元トルコで10年間無敗、現在ヨーロッパ剣士ランキングで推定25位まで順位を上げているチーム・ギネシュ副将、ユミト・ゼンキンに注目した。


 「10年間無敗って割に、まだ27歳だからな。剣術学校とかに行く前から強いって事になる。ランキングも俺より上かも知れねえし、こいつは俺がやる! もっとも、俺以外じゃ相手にならねえだろうけどな!」


 久し振りに炸裂したハインツの毒舌に、パーティーメンバーは揃って苦笑いを浮かべる。

 

 だが、こうして見ると出会った頃に比べて、ハインツは随分人間的に丸くなったものだ。


 「トルガイは格闘家として優秀だが、少しプライドが高過ぎるんだよな……。フィニッシュを剣で決める事を覚えないとな……とありますね。この人、かなり強そうですよ、シルバ君」


 リンはチーム・ギネシュの次鋒トルガイをシルバの対戦相手に見立て、横目でシルバに合図する。

 パーティーのメンバーはまだ、シルバが苦戦する所は見た事がない。


 「自分がトルガイの対戦相手に立候補すれば、お互い剣は必要なくなりますからね。そのプライド、真っ正面から受け止めますよ」


 シルバは歴戦の軍人だった男である。

 

 生き残る為にはルール無用の戦場での経験に比べれば、ルールの存在する武闘大会は純粋な楽しみと言っても過言ではなく、他のメンバーとは比較にならない余裕の様なものを感じさせていた。


 「ギネシュの不安はやっぱり右膝だ。技術と経験でカバーしているが、スピードの衰えは隠せない……とあるな。右膝が弱点なら、サウスポースタイルの俺の方がいいか……」

 

 「……ちょっと! それじゃあたしの対戦相手がいなくなるじゃない!」


 ハインツのやる気は頼もしいものの、ひとり蚊帳の外に置かれたクレアが慌てて突っ込みを入れ、パーティーは笑いの渦に包まれていた。


 「よし、明日から試合なんだ。夕食は喰いすぎるなよ! 深夜にお菓子とかはもってのほかだ!」


 夕食の時間が来た瞬間、ハインツは勢いよく立ち上がり、わざとクレアの顔を横目に見ながら警告した。

 自身の経験が活かせるとあって、すっかりコーチ気取りである。


 ……だが、深夜に目が覚めたバンドーがトイレの窓から見た光景は、ハインツが誰よりも気合いを入れた剣の素振りをしている姿だった。


 

 5月15日・9:30


 ゾーリンゲンの剣術工房に隣接するゾーリンゲン・アレーナ、俗称ツヴァィカンプ・アレーナは、観光客を含む剣術・格闘技ファンで大入り満員となっていた。


 ツヴァィカンプとは「1対1の戦い」の事を表しており、普段はコンサートやフットサル等にも使われているこのアレーナが、本職とも言える舞台に熱く燃えているのである。

 

 臨場感を重視したコンパクトなアレーナに収容出来る観客は2000人。

 今年の大会は例年に無く国際色が豊かである為、チケットはたちまち完売した。


 アレーナ内には二つのフィールドがあり、片方は剣士の個人トーナメント、もう片方では団体戦の総合の部トーナメントが行われる。


 準々決勝第1試合は、カメルーンとフランスのアフリカ系の選手で構成されたチーム・マガンバと、地元ドイツの若手剣士主体で構成されたチーム・ルステンベルガーの一戦であり、前回準優勝のチーム・ルステンベルガーには当然、優勝候補としての期待がかかっていた。


 一方のチーム・マガンバは、黒魔術的な魔法が話題となってはいるが、メンバー全員が高い身体能力を活かした格闘家でもあり、剣も使える万能型のチームだ。


 チーム・マガンバの恐いもの知らずの勢いを、チーム・ルステンベルガーの圧倒的な剣術が捩じ伏せる事が出来るのか、注目が集まっている。


 

 「バンドーさん、ハインツさん、また会いましたね!」


 パーティーの背後から、若々しい少年の声が響く。

 突然の大声に驚いた一行だったが、その聞き覚えのある声に笑顔で振り向いた。


 数日前、ベルリンでシュティンドルを喪った後、彼が引き受けるはずだった仕事をドイツ東部の若者達とチーム・バンドーが共同で遂行した事があり、その時に知り合った18歳の少年剣士、ティム・シュワーブが将来性を買われ、チーム・ルステンベルガーの先鋒として大舞台を経験出来る事となったのである。


 「ティム、選ばれたのか! 良かったな!」


 自分と同じファーストネームを持つシュワーブを弟の様に可愛がっていたハインツは、両手で大きく彼の両肩を叩いた。

 細身のハインツよりも更に華奢な体格で、剣士としてはまだ頼りない雰囲気はあるものの、そのセンスはルステンベルガーも認める未完の大器だ。


 彼は2倍歳の離れたシュティンドルからも息子の様に可愛がられた、言わば秘蔵っ子だが、それ故にシュティンドルの形見の剣がバンドーに渡った事に納得が行かない様子で、剣を賭けた勝負をバンドーに要求していたのである。


 「俺、準決勝に進んで、バンドーさんを必ず倒すからね! 俺に負けたらその剣を譲ってくれよ!」


 屈託の無い笑顔は如何にも少年というイメージだが、今の彼の実力ならば、格闘戦にならなければバンドーに勝てるだろう。

 

 だが、バンドーも剣士のプライドがあり、短時間ではあったがシュティンドルに弟子入りしてトレーニングしたプライドも捨てられない。


 「うん、いいよ! 待ってる。俺も準決勝に進むから、必ず対戦しような!」


 シュワーブとバンドーのやり取りを、クレアやリンも目を細めて見守っている。


 

 その頃、流石に武闘大会には参加出来ないフクちゃんはホテルに預けられ、特別料金を払ってセレブ待遇を受けていた。

 

 

 「それではこれより、第25回・ゾーリンゲン武闘大会を開催致します! まず始めに、ゾーリンゲン剣術連合会、マルク・ヴェスターマン会長より挨拶がございます!」


 試合前の独特の緊張感を煽る太い男声アナウンスに導かれ、主催者を代表するヴェスターマン会長は、如何にも武闘大会らしい勿体つけた身振りから、ゆっくりと言葉を参加者へと向けて紡ぎ出した。


 「刃物の街としての長い歴史と伝統を持つゾーリンゲンは、先の大災害から世界が立ち直らんとする中で、いち早く新しいステータスである剣士をサポートし、発展に貢献してきました……」


 大半の観客や参加者が形式だけでも真面目に会長の話を聞いているにも関わらず、ハインツは一人パーティーの列からも離れて退屈そうにアレーナ全体を見渡していた。

 何度も大会に参加した経験のある彼は、会長の話が毎年全く同じだという事に飽き飽きしていたのである。


 会長の話が終わると、社交辞令的な拍手とは対照的に個人トーナメント側のフィールドが沸き立っていた。

 今回の個人トーナメントは全くのノーマークだが、次代を牽引する新しいタレントが参加しているのかも知れない。


 お互いの盛り上がりが耳に入る事は緊張感や雰囲気を盛り上げる演出としては効果的だが、細かい戦略を練るタイプの団体戦ではチーム間の意志疎通が取り辛い一面もある。

 

 チーム・バンドーは、バンドーやクレアの声がデカいから心配は要らないが……いや、これは勿論誉め言葉だ。


 

 5月15日・10:00


 「それではこれより、第25回ゾーリンゲン武闘大会総合の部・準々決勝第1試合を行います!」


 男声アナウンスに導かれ、武闘フィールドの両端にスタンバイしたチーム・マガンバ、チーム・ルステンベルガー両チームが椅子から立ち上がって観客に挨拶する。


 アレーナの武闘フィールドは、剣術のルーツのひとつでもある旧日本へのリスペクトを表して、敷き詰めた畳で作られていた。

 実際、総合の部では試合の展開如何によって剣術から格闘戦に移行する事も多々あり、立ち技にも寝技にも対応出来る硬さである畳の使用は理に叶っている。

 

 バンドーとシルバは畳の匂いから、幼い頃にバンドーの祖母・エリサから格闘技指導を受けた時の事を懐かしく思い出していた。


 「ティム、昨日も言ったが、奴等とお前とではリーチの長さに差がある。あくまで距離を取って剣で戦え。格闘戦から逃げられなければ、チームの事は気にせずにすぐギブアップしろ」


 金髪に青い瞳の長身剣士、25歳のルステンベルガーは、ドイツの若手剣士としてはトップレベルの有望株だ。

 チームリーダーとして彼が優先すべきは、まだ18歳のシュワーブを安全に戦わせる事である。

 彼はシュワーブの瞳を真っ直ぐに見つめ、シュワーブが大人しく首を縦に振るまでは見つめ続けていた。


 「チーム・マガンバ先鋒、ジュリアン・マティプ!」


 メンバーの紹介とほぼ同時に、観客席からはどよめきが上がっていた。

 フランスの大会では、マティプは大将のマガンバに次ぐ副将扱いの実力者だったからである。


 紛れもなく、必勝体制だ。


 「ハインツ、シュワーブ君ヤバくない?」


 会場の熱気は勿論だが、バンドーは早くも額に汗をかいて少年の身を案じている。


 「この大会は、参加者の負傷に対しては十分な警戒と治療体制が整っているから大丈夫だ。だが、マガンバらを取り巻く環境は厳しい。勝てる相手に勝って少しでも目先の金を稼がないと、フランスの黒人剣士はストリートギャングに巻き込まれるからな」


 ハインツは自らの剣で学んだ、剣士を取り巻く環境をバンドーに説明した。

 地元の支持を得られるルステンベルガーや、引退と世代交代を考えるギネシュ、パーティーの経験値を高めたいハインツ、彼等は選ばれた幸せな剣士なのかも知れない。


 「俺があのガキに負ける事はない。大事なのはこの後だ。誰が戦うにせよ、負ける時はただでは負けるな。相手の身体のどこかを道連れにしろ。仲間に勝機を掴ませろ。分かったな!」


 2メートル近い褐色の長身を伸ばしながら、マティプは鋭い眼光で仲間に檄を飛ばす。


 必要最小限の防具以外はほぼ裸の上半身に、アフリカの民族衣装を思わせる装飾品を身につけ、臍の周りを黒くペイントしている。

 まるで意識的にアフリカのオカルト的な印象を与えようとしているとさえ感じる。これは何かのカムフラージュなのだろうか?


 「……まさか、臍の周りの光を反射しない様にしている?」


 朝からアレーナの窓が全開放され、魔導士の為の自然光や風を取り入れている事と、マティプが呼び出しを受けるまで窓側の位置に不動で鎮座していた事を、リンは既に確認している。

 マティプの臍にある不自然なペイントは、その部分から魔法が発せられる可能性を示唆していた。


 「チーム・ルステンベルガー先鋒、ティム・シュワーブ!」


 大会最年少のシュワーブには、どこか息子の様な暖かい歓声が送られている。

 戦いを目前に控えていても身近な歓声に応える余裕を見せ、なかなかの大物ぶりをアピールしながらフィールドへと上がった。


 「試合時間は5分2ラウンド、ルールは両チームとも総合にサインしている。間違いないな? 10カウントに間に合わないダウンや、フィールドでの治療で止まらない出血はレフェリーストップ、2ラウンドで決着が着かなければ判定決着、自分からフィールド外に出た場合は試合放棄と見なす、OK?」


 レフェリーからのルール説明を冷静に聞いて頷く両者。

 マティプの武器は短剣の様だが、身長差が30㎝近い両者だけに、リーチは圧倒的にマティプに分があった。


 「ラウンド・ワン、ファイト!」


 遂に試合開始のゴングが打ち鳴らされ、参加者と観客の視線は一気にフィールド中央に集中する。


 両者はフィールド中央で睨み合い、シュワーブは真っ正面に構えた剣をマティプの体幹に合わせて間合いを取る基本スタイル、マティプは右手に構えた短剣の刃を上に出した、所謂フェンシングスタイルで互いの出方を窺っていた。


 (右手に短剣がある以上、俺の頭を抱える飛び膝蹴りは無いな……取りあえず、相手が来てから一度剣で払って、一撃の重さを確認するか……)


 シュワーブは間合いを維持しながら、相手の感情に変化を与えて最初の攻撃を引き出す事を決める。


 「カメルーンの黒魔術なんて聞いたけど、凄く正統的な構えだね!」


 シュワーブの探りか挑発か、マティプは顔色を変える事も無く淡々と質問に答える。


 「……そうだな。黒魔術なんて馬鹿馬鹿しいと俺も思う。俺はルーツこそカメルーンだが、生まれも育ちもフランスだからな。だが、俺達みたいな人種は実力では大会に出られないんだよ」


 「……? どういう事?」


 シュワーブがうっかり見せてしまった疑問の態度の隙を突き、マティプの短剣が彼を襲う。

 剣ではガード出来ない、剣を握っている両手首を直接狙って来たのだ。


 「おおっと!」


 シュワーブは咄嗟に飛び跳ねて後退し、剣を構えたまま攻撃を避けた。

 流石にこれは通用しないか、と、マティプも確信犯的な笑みを浮かべ、両者に戦いの充実感が染み渡る。


 「黒人剣士、黒人ガンマン、黒人カウボーイ、そして黒人の神……みんないない事にされている。白人が歴史を書き換えたからだ。俺達は、わざと白人にない文化を強調した色物になって、道化を演じる特別枠でしか大会に出られないんだよ!」


 長いリーチと高い身体能力を活かし、マティプはシュワーブの懐に素早く飛び込むと、短剣で自らの頭部と肩をガードしながら、剣の刃が届かないシュワーブのみぞおち部分に左フックを叩き込んだ。


 「くっ……げほっ……!」


 剣の腕前は大人顔負けでも、まだまだ華奢な体格のシュワーブには、利き腕ではない左フックも効果を発揮する。

 シュワーブは一瞬前屈し、すぐに体勢を持ち直すものの、まだダメージが残っている表情だ。


 「お前は、最初の剣が欲しい時どうしていた? 親に頼んだか、自分で働いて買ったんだろ? 剣の持ち主に素手で挑んで勝って、刺された腹を押さえながら奪った剣ではなかったよな!」


 マティプは柔軟な筋力と自らの過去をバネに高く飛び上がり、前屈がちなシュワーブの反撃の届かない背後に回る。


 だが、これはシュワーブの罠だった。


 ドスッ!


 マティプが攻撃の届かない左側の背後に回ると予測していたシュワーブは、自らの腰の左側にくくりつけていた剣の鞘を真っ直ぐマティプにお見舞いする。


 「ぐはっ……」


 シュワーブはマティプのみぞおちを狙って鞘を突いたつもりであったが、互いの身長差から鞘はマティプの下腹部を直撃してしまい、マティプは股間を押さえて畳に転がってしまった。


 「……あっ、ごめん!」


 「ティム! 今のは故意じゃないから反則じゃない、間合いを取って基本に戻れ!」


 振り返ってマティプに謝罪するシュワーブをルステンベルガーは敢えて制止し、距離を取る様にアドバイスする。


 これを見て、自らのペースに持ち込めないと判断したマティプは軽く舌打ちしながら、ダメージを微塵も感じさせず飛び起きた。

 試合開始からのこの一連の流れも、剣士が苦手とする寝技に持ち込むマティプの作戦だったのである。


 「バンドー、お前、寝技は出来るのか?」


 緊迫の空気の合間から、ハインツの声が飛び込んでくる。

 試合に釘付けになっていたバンドーは反応が遅れたものの、我に帰り質問の意味を理解した。


 「うん、おばあちゃんから教えて貰った。でも、実戦では余り使った事はないな。寝技から逃げるのには役に立ったけど」


 「それでいい。後で寝技のかわし方を教えてくれ」


 ハインツは試合から目を逸らさずにバンドーに教えを請う。

 彼は、準決勝でチーム・マガンバと対戦する可能性も考慮し始めたのだ。


 「ファイト!」


 レフェリーの合図で試合は再開された。


 屈強なマティプでも、当たり所次第では剣の鞘でも効果はある。ましてや防具は必要最小限だ。

 シュワーブは落ち着きを取り戻し、積極的に前に出始めた。


 「だあぁっ!」


 シュワーブは惜しみ無く全力の一太刀をマティプにお見舞いする。

 マティプは短剣の刃をぶつける事で防御するが、流石に片手での防御には限界があり、シュワーブの攻撃を連続して受け止めるうちに、右腕ごと押し込まれた身体はバランスを崩してふらつきがちになっていた。


 「……いける!」


 経験値と体力面のハンディが露呈する前に勝負を決めたいシュワーブは、攻撃のターゲットをマティプの左肩の防具から左膝の防具へとスイッチする事にした。

 その為には、マティプの短剣攻撃を一度屈んでかわす状況を作らなくてはいけない。


 「とどめだっ!」


 シュワーブはわざと剣を大きく振りかぶり、その隙を突いたマティプの短剣攻撃を敢えて誘っていた。

 これはとどめではない、次の攻撃こそがとどめだ。そのはずだった。


 その瞬間、マティプは不適な笑みを浮かべ、反撃のチャンスにもかかわらず右手の短剣を畳に投げ捨てる。


 「……!」


 一瞬、状況が飲み込めず剣を掲げる両腕に迷いを示したシュワーブの顔面を、マティプ渾身の左ストレートが直撃した。


 「がああぁっ……!」


 衝撃の余り剣を手放したシュワーブはそのまま後方に卒倒し、彼のダウンを確信したマティプは即座にシュワーブの腹部にまたがる。マウント体勢だ!


 「お前、馬鹿正直だな! いい奴だから早く勝負を決めてやるよ!」


 マティプは敢えて表情から余裕を消し去り、無表情に一撃一撃、確実なパンチをシュワーブに打ち込んでいく。

 何とか抵抗を試みるシュワーブだったが、彼の体格で下から効果的な反撃は不可能に近かった。そのあどけない顔が鼻血で赤く染まって行く。


 「レフェリー! 試合を止めろ! もういい!」


 セコンドに立っていたルステンベルガーは、レフェリーに試合終了を要求するが、シュワーブが反対の意思表示をしている為、未だレフェリーストップはかからなかった。


 「なかなかしぶといな、お前。こいつでどうだ!」


 マティプはマウントからのパンチを止め、何とか顔面をガードしていたシュワーブの右腕を取り、逆関節側に固める寝技にスイッチする。


 「…………!! あああっ!」


 流石のシュワーブもこれには耐えきれず、無意識のうちに畳を左手で必死にタップしていた。


 カンカンカンカン……


 試合終了のゴングが鳴り響き、地元観客からのどよめきと、黒人観客からの歓声が一斉に沸き上がる。


 「1ラウンド3分18秒、勝者、ジュリアン・マティプ!!」


 経験不足の新米剣士とは言え、優勝候補チームが初戦を落とした事に、シュワーブと交流のあるチーム・バンドーは勿論、地元の観客も衝撃を受けていた。


 マティプはドクターから治療を受けるシュワーブの健闘を讃え、軽い握手を交わした後にフィールドの端に戻ろうとしたが、大将のマガンバに要求され仕方なくアフリカの伝統的ダンスを披露する。


 取材のギャラをせびる為に、マスメディアに自らの色物性をアピールせざるを得ないのであった。


 「俺達は金がないからな。フランスからここに来るまではヒッチハイク、ここに来てからは公園で野宿、昨日は飯も喰ってない。お前を倒した金で収支ゼロだよ、ありがとな。さあ、ここからの勝利が俺の生活費だ!」


 マティプの独白を聞きながら、シュワーブは自らの生い立ち、経験、実力全てを否定したい思いに駆られ、鼻血に隠れた涙が止まらなくなっていた。


 

  (続く)

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