オーガ(モンスター)、町で暴れる
◇ ルニーナ
先まわりするため、高台にある町まで大急ぎで戻ることにしました。坂道をのぼっていた途中、知り合いのおじさんがかけおりてきました。
「ルニーナちゃん、大変だ!」
嫌な予感が頭をよぎりました。連邦との間で、さっそく衝突が起こったのでしょうか。
そういえば、これまで派遣されていたのは、役人の方とその従者の方の二人だけでした。さきほど目撃したのは三人組です。しかも、役人の格好をされた方が二人いました。
実際はもっと大勢を連れてきていたり……。まあ、この間の要求に、そういった内容がふくまれていたので考えすぎかもしれません。
「町で馬鹿デカいモンスターが暴れてるぞ!」
「……モ、モンスターがですか?」
トラブルでなかったのはさいわいですが、それはそれで一大事です。馬鹿デカいと言っているからには、スライムではないってことですよね。
今日は『伝説の勇者』さんといい、アクシデントだらけです。
「俺は港の連中へ伝えに行ってくる」
「そ、そのモンスターはどこですか!」
走り去っていくおじさんに呼びかけます。
「役所前の広場だ! かなり暴れているから、行くんだったら気をつけな!」
役所前の広場って、町のどまん中じゃないですか。どうしてそんなところに巨大モンスターが……。
あのダンジョンから出てきたわけじゃないですよね。この町にはもう一つダンジョンの入口がありますが、そっちは郊外にあって、役所からはだいぶ離れています。
でも、ある意味、絶妙のタイミングかもしれません。ここはズバッと連邦の方に駆除してもらいましょう。そうすれば、連邦と町の和解ムードを演出できて一石二鳥です。
◇
役所前の広場にかけつけると、すでに人だかりができていました。
集まったみなさんが視線を向ける先に――いました。巨大モンスターです。馬鹿デカいという情報に偽りはありません。予想以上の大きさです。
モンスターは猫背なのに身長が三メートルぐらいある巨人です。凶暴そうな顔つきと、肌が赤みがかっているところ以外は人間です。あと、腰に布を巻いただけのワイルドな格好をされています。
「ルニーナ先輩! こっちです!」
声をかけてきたのは役所で働く同僚――レルノくんです。私の言うことをよく聞いてくれるかわいい後輩です。
「とんでもないことになってますね」
「今のところ、人の被害は出ていませんけど……、ああいった状況です」
レルノくんが巨大モンスターのほうを指さします。
よく見ると、住宅や塀のそこかしこに穴があいています。ちょうど今も、近くの塀を何度もなぐりつけています。その様子には狂気しか感じません。
連邦の方たちはまだでしょうか――と思ったら、すでに到着していました。町のみなさんと一緒に見物しています。戦おうとする気配はありません。
「連邦の方たちはどうして見てるだけなんですか?」
「あれはオーガっていう第三階層にいるモンスターで、連邦の方では手に負えないそうです」
「なるほど……」
確か、ダンジョンは第五階層まであるんでしたっけ。そうすると、ちょうど中間の階層にいるモンスターということですか。
連邦の方たちは嵐が過ぎ去るのを待っているようです。そういえば、前任者の方が『自分はスライムを倒せるぐらいの下っぱ役人だから』と謙遜していましたっけ。
私にはどうしようもないので、黙ってながめました。時どき、町のみなさんからどよめきが起こります。曲芸のパフォーマンスでも見ているかのような雰囲気です。
「建物ばかりをねらうのはなぜなんですかね」
「大きいからムカつくとか、そんな感じでしょうか」
モンスターの心理はわかりません。
「冒険者の方って、よくあんなモンスターと戦う気になりますね。あのコブシでなぐられたら、確実に即死じゃないですか?」
「エーテルが身を守ってくれるから、大丈夫みたいですよ。魔法と同じで、なぐられても痛いだけで、骨が折れたり傷が残ったりはしないそうです。まあ、まったく防御していないと危険らしいですけど」
「なるほど……」
スライムの炎も痛みだけで傷は残りませんからね。モンスターはエーテルのかたまりで、実体のない魔法のような存在だと言っている人がいましたっけ。
「あの、言いづらいんですけど、ルニーナ先輩のお宅ってあそこでしたよね?」
「えっ……、あっ!?」
大穴があいています。家の玄関が二つになってます。モンスターが今いる場所から少し離れているので、まったく気づきませんでした。
半年前に買ったばかりなんですよ。古くてせまいの二重苦ですけど、職場の目と鼻の先だから気に入ってたのに……。
「ボケッと見てるだけかよ」
「倒せるのはスライムだけか」
ショックでうなだれていると、連邦の方に対する不満の声が聞こえてきました。でも、直接言ったりはしていません。手も足も出ないのは、私たちも一緒ですから。
「あのモンスター、どうにかできないんでしょうか」
「この分だと、ダンジョンに帰るのを待つしかなさそうですね」
「疲れたらお家に帰られるんでしょうか。あれだけ背が高いと、ダンジョンの天井に頭をぶつけそうですが……」
そんな能天気な会話ぐらいしかすることがなくなりました。
ここが気に入ったのか、モンスターは広場から離れようとしません。見物に飽きてきたのでしょう。帰られる方がチラホラと出てきました。
「忘れてました。あれを倒せそうな冒険者の方がいます」
「この町に冒険者なんていましたっけ?」
「今日現れたんです。『伝説の勇者』が大好きな冒険者です」
「……それって、ただの冒険者ってことですよね?」
「それでも冒険者は冒険者です。とにかく、今から呼んできますね」
私はそう言い残して、彼をさがしに港へ向かいました。