勇者(冒険者)、ダンジョンを調査する(前)
◇ スニード
ルニーナを連れて、ダンジョンへ足をふみ入れた。
ダンジョンに入るぐらいのことで、かなりしつこく抵抗されたな。まあ、ビビってるのは俺も同じだけど、こっちは死活問題だからしかたない。
とはいえ、我ながら情けない。第一階層をちょっと歩くだけなのに、レベル5の魔導士におもりを頼まなければいけないとは。
◇
地面や壁のいたるところに、スライムが張りついている。相当な数だ。こんな光景、今まで見たことない。外に出てきてしまうのも納得できる。
ここは知っているダンジョンのようで、俺の知らないダンジョンだ。ていうか、なんでスライムしかいないんだ。他のモンスターはどこ行った。
スライムであることはありがたい。こいつは害がないからな。もし大量発生したのがトードだったら、俺は年がら年中毒にかかっていただろう。
ふと不安になった。後ろを振り向き、ルニーナがついて来ているか確かめる。
「ちゃんとついて来てますよ」
ルニーナがおびえた様子で言った。
メチャクチャ警戒している。これは完全に誤解してるな。すぐにでも、それを解きたいところだが、あのことはできるだけ秘密にしておきたい。
「……何かわかりましたか?」
そんなにすぐわかるわけがない。どんだけ帰りたいんだ。
「まだわからないが、こういう時はたいてい奥に強力なモンスターがいて、スライムたちがそれに押しだされてるんだよ」
「なるほど……」
なんて適当なことを言ってみたけど、それだけでは説明がつかないんだよな。
その場合、一時的に大量発生しても長続きしないはずだ。周囲の環境に変化がないかぎり、そのダンジョンで生息できるモンスターの数は決まっている。
エーテルの濃度に見合わない数のモンスターがいれば、いずれ共食いを始めるだろう。つまり、大量のスライムを養うだけのエーテルが、この場所に存在するんだ。
「なんでスライムしかいないんだ?」
「奥のほうがどうなっているか知りませんけど、この辺りのダンジョンは、みんなこんな感じですよ」
「……そんなバカな」
地域によって偏りはあっても、トード・ラット・バットとかは一定数いるもんだろ。
いったい、何があったんだ。
スライムは物理攻撃がききにくいから、こんな状態だと戦士系の冒険者は苦労させられるな。
◇
奥に進んでも状況に変化はない――というか、スライムの数がどんどんと増えていっている。
「モンスターの数はどうだ。以前とくらべて増えてるのか?」
「昔の事情がちょっとわからなくて……。町に出てくるようになったのは、駆除を担当していた連邦の方がいなくなってからです」
役人にモンスターを駆除してもらうって、本当に異常事態だな。昔は冒険者がモンスターを奪い合っていたのに。
「あの、足もとに気をつけてくださいね。スライムをふみつけるとヤケドしますよ」
「スライムは身のほどを知っているから大丈夫だよ」
モンスターとの間に歴然としたレベル差がある場合、全身に軽くエーテルをまとうだけで、進んで道を開けてくれる。そもそも、俺はスライムの吐いた火でヤケドなんてしない。
注意すべきは状態異常をともなう攻撃だ。なぜなら、俺はそれにかかりやすい。自慢じゃないけど、防御しなければ百発百中だ。しかも、ほうっておいてもなかなか治らない。
ルニーナを強引に連れてきたのも、それが理由だ。ただ単に、回復役が欲しかった。もうパートナーなしでは、ダンジョンを歩けない体になってしまった。
第一階層のモンスターでいうと、トードの粘液による毒と、バットの金切り声による耳鳴りあたりが要注意だ。
まあ、治らないのはやっかいだが、毒で気持ち悪くなって体力をすり減らすのも、耳鳴りで耳が聞こえづらなくなるのもガマンできる。
マヒや石化といった凶悪なものにくらべれば、その二つはたいぶマシだ。
「やけに明るいな。第一階層とは思えない」
「……そうなんですか?」
普通なら、第一階層は足もとが見えづらいぐらいの明るさだ。スライムがかすかに光っているとはいえ、ここまで明るくなるとは思えない。
「第二階層ぐらいに思える。エーテルの濃度が高いんだよ。スライムの大量発生はそれが原因かもしれない」
感覚的なものだが、エーテルの濃度は明るさだけでなく、空気感や肌ざわりでもわかる。
「なるほど。じゃあ、原因がわかったことですし、外に戻りましょうか」
「濃度の高い原因がまだわかってないだろ?」
「……そこまでやっていただかなくてもいいですよ」
ルニーナは嫌そうな顔をしている。モンスターが怖いのか。それとも俺が怖いのか。どっちだろう。どっちでもいいか。
もう決めた。意地でも謎を解明して、こいつを見返してやる。乗りかかった船だしな。奥で何が起きているのか、正直気になっている。
ただ、油断はできない。このぐらいの濃度があれば、第二階層のモンスターが現れてもおかしくない。
第二階層にはマヒの攻撃をしかけてくるのがいる。一番やっかいなのがスネークだ。うっかりふみつけて、かまれでもしたら、全身マヒコースだ。
石化と違って、マヒは意識があるから、精神的にもダメージが大きい。石化の心配はいらないだろう。さすがに、リッチは第一階層まで上がってこない――と願いたい。