ルニーナ(役人)、ダンジョンに連れこまれる
◇ ルニーナ
この町にはダンジョンの入口が二つあります。スライムが大量発生しているのは浜辺に近いほうで、そこまで彼を案内します。
「そういえば、まだお名前をうかがってませんでしたよね?」
「スニードだ。それが『伝説の勇者』の名前だからな」
あくまで『伝説の勇者』の設定で通しますか。名前を知らないので、判断のしようがありません。
だいいち、何十年も石化することなんてありえるんでしょうか。数年前にゴルフポールドで見た石像が彼だったりしませんよね。
「君の名前は?」
「ルニーナです」
「太陽と月か。運命的だな」
「ああ、言われてみるとそうですね」
「ルニーナは冒険者じゃないんだっけ?」
「違いますよ。言いませんでしたか、役人だって」
「ああ、聞いた気がする。魔法が使えるのにもったいないな」
ダンジョンに向かっている間、スライム大量発生の経緯をざっと説明しました。
「どうも納得いかないんだよな。魔導士の冒険者だっているだろ? 俺の時代はいくらでもいたぞ」
「昔はそうだったのかもしれませんが、今の魔導士は役人をめざしますから」
「役人って……。役所にいてもレベルは上がらないだろ」
「はい。私も役人ですけど、レベルは上がらないです」
「ちなみに、ルニーナのレベルは?」
「計ったのは二ヶ月ぐらい前ですけど、その時はレベル5でした」
「5か……」
笑いをこらえる彼から、小動物を見るかのような目を向けられます。
笑われるのもしかたありません。同年代でも低いほうですから。魔法の効果を上げるために、レベルを上げろとよく言われます。
「そのくらいあればいいんですよ。黒魔法が使えないから、モンスターとは戦えませんし。使うのは〈治癒〉の魔法くらいです」
正確には、ダンジョンに入ってモンスターと戦いたくないので、黒魔法を勉強しないですけど。
◇
「着きましたよ。ここがそのダンジョンです」
「普通のダンジョンだな。安心した」
この入口は、海に向かって大きな口を開けています。彼は入口付近を念入りにチェックした後、ダンジョンをのぞきこみました。
「大量のスライム確認。ここが発生源でまちがいないな」
スライムが暗いダンジョンでかすかに光を放っています。外から確認できるのだけでも、二、三十匹はいます。中の状況を想像しただけでゾッとします。
「よし、中に入って調べてみるか。ルニーナも一緒に来てくれ」
「えっ、いいですよ。私は遠慮します」
「……なんで?」
「勝手に入ると連邦の方に怒られますから」
「なに言ってんだよ。お前らの町のダンジョンだろ」
怒られるというのは言いすぎでした。嫌味っぽいことをたまに言われるだけです。
「それにダンジョンは誰のものでもない。入るための許可なんていらないし、入ったことに文句をつける権利もない」
察してください。さっき言ったことは口実です。単純にモンスターの巣窟に入りたくないだけです。
「『自分たちが管理するから、よけいなことはしないでほしい』ってキツく言われてるんです。私たちはスライムの駆除ができませんから、連邦の方に従うしかないんですよ」
「でも、そいつらは管理もせずに、どこかへ行っちゃったわけだろ?」
それは事実ですが、私たちが追い返したも同然なので、文句を言える筋合いではありません。
「とにかく中に入ろう。スライムが出てくる原因は、俺がつきとめてやるから」
「おひとりで行けませんか? 私はここで待ってます」
「いいから、一緒に行くぞ。せっかく魔法が使えるんだから」
「私、白魔法しか使えませんよ」
「それで十分だって」
どうして、そんなに連れて行きたがるんでしょう。急にイライラしてきましたし。
「本当に困ります。この前なんか、ちょっとダンジョンのことを口にしただけで、『素人はすっこんでろ』って小声ですごまれましたから。それに私、モンスターが苦手なんです」
「大丈夫だって。モンスターは俺がひとりで片づけるから」
だったら、ひとりでお願いします。それは引きとめませんし、私も連邦の方に怒られなくて済みます。
「ほら、行くぞ」
そう言った彼に手首をつかまれ、強引に中へ連れこまれそうになりました。
「待ってください。私がわざわざ中に入る理由ってなんですか?」
「そっちも自分の目で確かめたほうがいいだろ?」
「私、ダンジョンのことくわしくないですから、見てもわかりませんよ」
「……いいから来いって」
顔が本気です。本性むきだしです。どう考えても別の目的がありますよね!?
「行くぞ!」
「ま、待ってください! 心の準備がありますから!」
懸命に訴えかけても、彼は聞く耳を持ってくれません。
「だ、誰かー! 助けてくださーい!」
外へ向かって呼びかけると、彼は足を止めて、私の腕を強く引き寄せました。
「おい、やめろよ。誤解されるだろ」
おさえた声量ながら、それは怒気をふくんでいました。
「じょ、冗談ですよ」
別種の危険を感じたので、なだめるように笑ってごまかします。もう彼の言う通りにするしかないようです。
……きっと私の考えすぎですよね?