ヴェント(人狼)、最期の言葉を伝える
話の途中で視点が変わります。
◇ スニード
瀕死のヴェントを外へ連れだした。胸からの出血がヒドい。息が荒く、表情にも力がない。
なぜ命を奪う必要があったのか。許せない。それなのに、俺は戦わずに逃げだした。
本当にこれでいいのか。負けるとわかっていても戦うべきじゃないのか。逃げ帰ることしかできない自分がふがいない。情けなくてしょうがなかった。
いつからこんな臆病者になったんだっけ。若い頃は、自分よりレベルの高いモンスター相手に、無謀とも言える戦いをいどみ続けていたというのに。
理由ははっきりしている。状態異常があまりに危険すぎる。あいつにそれを使われたら、また果てしない石像生活が始まる。数時間で目ざめる気絶とはわけが違うんだ。
そうだ。俺は大人になった。冷静さを手に入れた。勇気と無謀をはき違えることがなくなっただけだ。パワーの回復を待ち、万全の状態でヴェントのかたきを討つ。
それこそ、最良の道だ。頭では理解していた。でも、悔しかった。グリゾに顔向けできないな。
「スニード、ここでいい」
ヴェントがかすれた声をしぼりだす。
「もう先は長くない。それより、お前に伝えなければいけないことがある」
ヴェントを地面におろし、俺はヒザをついた。聞きとどけなければならないと思った。
「『人間を信用するな』。死ぬまでの一ヶ月間、病床の父はその言葉をくり返し口にした。それは里で伝えた通りだ」
そんな言葉がグリゾの口から出たとは信じたくない。あいつとは誰よりも長く一緒にいたから。だが、あいつは人間に命を奪われたのだから、しかたがない。
「だがな、スニード。父はそれ以上にお前の名を口にした。お前との冒険の日々を語ってくれた。第五階層へ行って数々の神獣を打ち倒したことなどだ。衰弱していた父も、その時ばかりは生き生きとしていた。そして、話の最後をいつもこの言葉でしめくくった」
『冒険に出よ。ダンジョンは広いぞ』
ヴェントがこちらをまっすぐに見つめてほほえんだ。
「人間と冒険に出た父を非難する者はいた。自業自得だと言う者もいた。だがな。お前と冒険に出たことへの後悔を、父は一度も口にしなかった。それだけは伝えたかった」
「ああ……」
そうか。グリゾがそんなことを。救われた思いがした。俺もお前との冒険の日々を一生忘れない。お前は初めてできた、かけがえのない仲間だからな。
「これを使え」
ヴェントが口からエーテル結晶をはきだす。亜人はモンスターのように体内にエーテル結晶を宿す。もちろん知ってはいたが、それを取りだしたのは初めて見た。
「お前ら人間が、我々亜人をモンスターあつかいする一因でもあるが、こんな時にこそ役に立つんだ」
軽々しく使う気にはなれない。けれど、これを使えば、今ここでかたきを討つことだってできるか。
「一つ頼めるか。遺体は父も眠るあの泉へ葬ってくれ」
「わかった」
「父に伝言はあるか。あの世で会うことができれば伝えよう」
「また一緒に冒険に出よう。そう伝えてくれ」
「承知した。その時は私も供をしよう」
「俺たちの冒険は過酷だぞ」
「……それは楽しみだ」
ヴェントが力なく笑う。
それが最期の言葉となった。
立ち上がって、受け取った結晶に目を落とす。これはヴェントがこの世で生きた証。使うには忍びないが、ムダにはできない。
ふと背後から人の気配を感じた。振り向くと、あいつが近くまでやって来ていた。
結晶を強くにぎりしめ、右手の刻印から体内へ吸収する。力と共に、怒りが一気にわき上がってきた。
あいつにたたきこもう。グリゾ、ヴェント親子の無念を。奪われた二十年という年月の重みを。
◇ ミロ卿(冷血卿)
男を追って外へ出た。あいつがここまでたどり着いたということは、市街における戦いが思うように進んでいない可能性が高い。
市街の敵は部下たちに一任したが、最大のターゲットである人狼の長をしとめたのだから、私も加勢するのが筋だろう。
市街にはレベル50以上――マスタークラスの士官十名を中心に、百人以上を配置した。兵の数は敵と変わらないかもしれないが、レベル30以上の精鋭しか連れて来なかった。
彼らがやすやすと敗北したとは信じがたい。それができるとすれば人狼の長くらいなもの。やつとは絶対に交戦しないよう、前もって注意しておいた。
外へ出ると、すぐに男の姿が目にとまった。やつは門をぬけた先にいた。人狼の長を地面におろし、こちらへ背を向けたまま、話しこんでいる様子だ。
「ミロ卿!」
部下が物かげから現れた。
「どういう状況だ?」
「おそらく、士官は全員敵にとらえられました」
「……全員?」
「はい。誰の無事も確認できない状況です」
まさか、そこまで追いつめられていたとはな。
士官と対等に戦えそうな人狼は、あの長以外に二人確認している。エスペロにもそのぐらいいるかどうかだったはず。この間の戦いで、実質的なリーダーを捕縛したしな。
戦力的に苦戦を強いられても、圧倒されるとは考えづらい。つまり、イレギュラーな存在が現れたということ――。
「誰にやられたのだ」
「人狼ではありません。あとから現れたエスペロのメンバーです。それまでは我々が優位に戦いを進めていましたから。ただ、その男がケタ違いに強かったんです」
「あの男か?」
「……そうです! あの男です!」
「あの男のレベルはいくつだ?」
「それがおかしくて、たった39しかなかったんです」
「……39? レベル39の男に歯が立たなかったのか?」
「はい……。でも、39だからといって、油断していたわけじゃないんです。なのに、士官がなすすべもなく次々と倒されていったんです」
それは妙だな。確かに、レベル10程度の差なら、戦法や経験でひっくり返すことも可能だが……。よほど戦闘技術に長けているのか。
「私が相手をしよう」
さきほどリングで回復したばかりだからフルパワーに近い。加えて、もう一つリングが残っている。
「私もお手伝いしましょうか」
「必要ない。水をさすやつがいるようなら、そいつの相手を頼む」
「わかりました」




