冷血卿(魔導士)、連邦の未来を憂う
◇ ミロ卿(冷血卿)
勝負あった。決着は近い。
左足を負傷した人狼族の長は、私の攻撃をよけるのがやっととなっている。それだけに集中し、反撃することをあきらめたように見える。
私は壁を利用した敵の奇襲を回避するため、後方に飛びながら、相手に向かって〈突風〉の魔法を放った。相手に対する攻撃ではなく、攻撃を回避するために用いた。
この技は思いつきではない。冒険者との戦いにおいて、敵に接近を許した場合に実践したことがある。とはいえ、土壇場で反射的にそれをできた自分を褒めてやりたい。
おかげで、敵の攻撃を回避するだけでなく、〈火炎〉の魔法によるカウンター攻撃によって、大打撃を加えることができた。
敵の左足の負傷は痛々しい。だが、私は攻撃の手をゆるめなかった。やがて、二度目の攻撃が直撃した。
「ウオオオオオオ!」
人狼が断末魔のさけびを上げ、床をころげまわった。感服するほどの精神力だ。全力の攻撃を食らってもなお、意識を保っているだけでも驚異的だ。
人狼は片腕だけで起き上がろうするが、それすらできない。敗北を意識するほどの戦いだったのに、均衡がくずれるとあっけないものだな。
ダメ押しとばかりに、二、三度電撃を加えた。最後の攻撃ではさけび声すら上げなくなった。
慎重に人狼へ歩み寄る。まだ力が残っていて、反撃をねらっているかもしれない。念のため、〈マヒ〉の魔法をかけた。人狼はまったく動かなくなった。
足もとの人狼を見おろしながら、私は腰におびたナイフをぬいた。本望ではないが、この亜人にとどめをささなければならない。それが絶対命令だからだ。
ためらいはあったが、両手で持ったナイフを振りかざす。そして、相手の心臓目がけて、思いきり振りおろした。
突き立てたナイフをぬくと、傷口から血が流れ出てきた。私が非力だからか、多量ではない。だが、このまま行けば、確実に死ぬだろう。
私は思った――。これから荒れるな。我々連邦に対して、人狼族は総力をあげて抵抗するだろう。
ただ、私が気がかりなのはそのことではない。その戦いもまちがいなく我々の勝利に終わる。問題は反乱を鎮圧したあとのことだ。
◇
あれは一ヶ月前のことだ。
人狼族に反乱の兆候あり。私が元老院へ報告を行った際、人狼族の長――ヴェントの殺害を厳命された。
たとえ戦わずして降伏したとしてもだ。レベル75は高すぎる。見過ごせるレベルを超えている。そんなつまらない理由だった。
私は思った。もったいない。そして、愚かだ――とも。
レベル70を超える人間は、連邦の魔導士以外残っていない。少なくとも、我々は確認できていない。つまり、人間にかぎれば、私は対等に渡り合えるの敵を失ってしまったのだ。
エスペロのメンバーは高くともレベル50台。数が多いだけで有象無象の集まりにすぎない。我々にとって脅威ではないのだ。
また、エスペロに関する特別な指示はなく、『できたら、リーダーを捕まえてくれ』としか言われなかった。
亜人最強とうたわれた敵の死。これから部下たちも張り合いがなくなり、緊張感を保てなくなるはずだ。それが慢心や堕落をもたらすだけならいい。
一番の問題は、戦うべき相手を失った連邦という国家が、内向きに闘争心を発揮しかねないことだ。私はそれを恐れている。
いずれ、新たな芽が出てくる。だが、それには五年、十年とかかるだろう。しかも、連邦はそれを防止するための体制を着々と備えつつある。
◇
その時、入口の扉がバンと押し開けられた。何事かと思い、そちらへ目を向けた。
男が立っている。外で何かがあったのはまちがいない。男は私の部下ではなく、古風な冒険者の格好をしていたからだ。
おそらく、エスペロの人間だろう。連中もここまでたどり着いていたのか。アルト城で大敗をきっし、態勢を整えることさえできないと思っていたのだが。
あいつがここへ来たということは、私の部下を倒したということだろうか。いや、それほどの男がエスペロに残っていたとは思えない。人狼族と力を合わせればできないこともないだろうが……。
部下の目を盗んで、ここまでたどり着けただけの可能性もあるか。
男と目が合った。だが、相手はすぐに目をそらし、床に横たわる人狼へ目を転じた。すべてを悟ったようだ。肩を落としたのがわかった。
男が歩きだす。こちらへ向かってまっすぐと。堂々とした足どりだ。私に臆する様子がまったくないが、不思議と戦意は感じなかった。
エスペロにはアルト城でしとめたフォルトという男以外、要注意人物はいなかったはず。ギリギリ50台があと二人いたが、もう少し年を取っていたような……。
――顔に見覚えがある。そうだ、あの男もアルト城にいた。いきなり通りに飛びだしてきて、仲間を助けるために、私に攻撃をしかけてきた男だ。
あの時、寒気をおぼえるほどの気を感じた。さらに、奇妙な攻撃の正体はわからずじまいだった。〈突風〉の魔法にも思えたから、連邦の魔導士から裏切り者でも出たのかと勘違いするほどだった。
男は歩みをとめない。思わず、私のほうが後ずさってしまった。こいつは何をしに来た。戦いに来たのではないか。さぐってみるか。
「戦いの顛末を聞きたいか?」
男はさしたる興味を示さなかった。
「きびしい戦いだった。この人狼の戦いぶりは、賞賛に値するものだった」
男はこちらを一瞥したが、すぐに視線を人狼へ戻す。
「手にかけるのは本望ではなかった。なぜだかわかるか?」
男がこちらを見た。
「この人狼は我々の希望だった。脅威となる敵の存在――共通の敵は、本来なら争い合ってもおかしくない国同士を連帯させる。目先の安心ばかり求める老人どもには、それがわからないのだ」
男は何も答えず、人狼のそばにしゃがみこんだ。私の言葉が聞こえていないようなフリをした。
「すまない。遅れた」
人狼が目を開ける。しぶとい。まだ息があったのか。
「何度も言わせるな。始めから、お前らの助けなど期待していない」
人狼がかすれた声で答える。なぜかうれしげだ。
男が人狼を抱きあげた。戦う気はなしか。賢明な判断だが、つまらない男だ。ここまで来たことは褒めてやりたいが。
「この場ではかたきを討てそうにない」
「……そうか」
この場では――か。身のほどを知っているのか、知らないのか。男は無警戒な背中を見せ、立ち去ろうとした。
あの人狼は虫の息。助かる道はないだろう。だから、見逃してやってもいいが……。
男の態度が気に食わない。私など眼中にないとでも言いたげだ。
「君は戦わないのか?」
男は足を止めない。挑発には乗らないか。
「楽しめはしたが、もの足りなかった。どれほど強いのかと期待していたが、肩すかしだったよ」
男が立ち止まり、わずかにこちらを振り向く。
「結局のところ、私が負ったのはこの引っかき傷だけだ。亜人最強とうたわれた人狼でさえ、この体たらく。まったく、なげかわしいな」
男の瞳に闘志が宿る。あと、ひと押しだろうか。
「連邦の未来は暗いと思わないか? 我々が、このあふれ出てくるようなパワーを発散するには、もはや同士討ちする道しか残されていない」
お前はどうだ。私に立ち向かう心意気が、お前にはあるか。
男の顔が怒りにゆがんだ瞬間だった。全身がこわばった。それは瞬時に解消されたが、なんだったんだ今のは。この私が、恐怖でも感じたというのか。
男が扉から外へ出て行こうとする。不可解な男だ。実力を確かめておきたかったが、その勇気に免じて見のがしてやるか。




