ヴェント(人狼)、冷血卿と激突する
◇ ヴェント
向かい合うのはかつてない強敵。自身と遜色ない力の持ち主と生死をかけた戦いをするのは、これが初めてかもしれない。
戦闘態勢――四足歩行に入り、慎重に出方を見きわめる。やつが右手をかまえた。魔法はあの手の先から放たれる。
右前足を力強くふみだし、いっきに距離をつめた瞬間、やつが広範囲に向けて炎を放った。とっさに横っ飛びで回避し、相手の右サイドにまわりこんだ。
今の一撃を見ただけでわかった。これまで戦ってきた人間とは次元が違う。うかつに接近するのはマズい。特に正面からは厳禁だ。
どういった対応をするか、試しに背後へまわってみよう。相手を見すえながら、一歩ずつ横に移動する。やつはかまえた手をおろさず、こちらの動きに合わせて体の向きを変えた。
今度は三メートルほど横に飛んだ。すると、牽制するように炎を放ってきた。あわてて回避し、ちょうど入口の反対側までやって来た。窓からさしこむ光が背中に当たる。
やつは同じ場所から、ほとんど動いていない。どうあってもそこを動かないつもりか。接近戦をさけるためには、下手に動かないほうが得策ということだろう。
我々の身体能力は人間よりはるかに高い。魔法を使う連中は人間の中でも低いと聞くから、それをさけようとするのは理にかなってる。
我々はエネルギーたるエーテルの大半を、ほぼ身体能力の強化に注いでいる。卓越したスピードの源泉はそこにある。
ただ、それは欠点でもある。魔法のような遠距離攻撃はなく、打撃力が大幅に強化されることもない。武器となるのはキバとツメで、攻撃力という面では人間より数段劣っている。
したがって、私が取るべき戦法はただ一つ。エーテルの消費に気をつけながら、とにかく動いて的をしぼらせない。そして、敵の攻撃をかいくぐって接近戦に持ちこむ。
やつの魔法がノーガードのまま直撃したら、ひとたまりもないが、右手をかまえるという動作があるので、それを確認してからガードを展開しても遅くはない。
私はとにかく走りに走った。翻弄するようにスピードに緩急をつけ、時には壁を走るなどのイレギュラーな動きも取り入れた。
やつの対応は的確だった。小さな炎の球を闇雲に乱発したのだ。四方八方へ放たれたそれを回避するため、それに全神経を向けなければならなかった。
部屋のすみに追いこまれそうな気がして、私は足を止められなくなった。もしかすると、やつの得意戦法にすでに引きずりこまれたのかもしれない。
この場所は私が動きまわるのにはせまく、やつの攻撃がすみずみまで届く、ほど良い広さであることを痛感した。
何度か接近を試みたが、やつはその時だけ大技をくりだした。まるで私の動きを完全に読んでいるようだ。
距離の取り方や、接近を牽制する攻撃。すべてが絶妙で隙がない。レベルが高いだけではない。やつは戦闘技術も並はずれている。
突破口が見いだせない。このままでいいのか。
◇
「スタミナに自信はあるか?」
ふいにやつが声をかけてきた。
「お前はあるようだな」
「自信はない。だが、私にはこのエーテルリングがある」
やつが右手の指にはめたそれを見せびらかす。数は三つか。聞いた話では、結晶が消失しないよう魔法で封印したものらしい。ただの結晶だとしても、かなりの脅威だ。
「それは使わないのか?」
「それなら、お言葉に甘えようか」
やつはコブシをにぎって、ブツブツと何かを唱え始めた。ほどなく、右手周辺でエーテルの光がほとばしった。
そうだったな。口から飲みこむ我々と違い、人間は手のひらから吸収するんだった。
やつの顔に活気がみなぎっていく。余裕の笑みまで浮かべた。この回復をあと二回行えるわけだ。かたや、私は回復を行う術を持っていない。
だが、このことは私にとって好材料とも言える。力をセーブしながらの戦いだったこちらと違って、やつはずっと全力で戦っていた証明になるからだ。
どうりで攻撃が激しすぎると思った。いたずらに使っていたわけではないだろうが、回復しなければならないほど、すでに力を使い果たしていたわけだ。
もう半分も残っていないが、こちらはまだ余裕がある。劣勢であることに変わりないが、希望が見えてきた。やつは豊富に力が使えるだけで、実力的に遜色ないことが確認できた。
とはいえ、このままズルズルと戦いが長引けば、ますます不利になっていくのは明白。リスクを取ってでも決着を急がなければならないか。
やつの魔法はかまえてから炎がふきだすまで時間がある。そのわずかな時間を利用して、勝負を決めに行くしかない。
敵の不意をつき、一瞬でも油断を引きだせれば――。
壁を利用できれば、どうにかなりそうだが、やつはフロアの中央から動こうとしない。なんとかして、そちらへ誘導できないか。
私はそれを実行に移した。やつの周囲をまわるのをやめ、危険を承知で正面から接近と退避をくり返す。そして、気取られないように、徐々に壁のほうへ押しこんでいく。
やつと壁の距離がせばまってきた。近づきすぎると、目論見がバレてしまう。適度なところでそれをやめ、私は最後の賭けに出た。
渾身の力でジャンプし、やつの頭上を猛スピードで飛びこえた。そして、壁を足場に反転して、反撃を受ける覚悟で飛びかかる。
成功だ。やつの反撃より、私の攻撃が届くほうが早い。
ところが、やつは悪あがきを見せた。魔法の発動が間に合わないと見て、右手をかまえたまま、後方へ飛んだのだ。
だが、それはわずかな距離。ジャンプに勢いもない。これならいける。こちらのツメがやつに届くのが先だ。
その時だった。息が止まるかと思うほどの突風が顔にかかってきた。さらに、やつの体が加速するように遠ざかっていく。私のツメはおしくも空を切った。
そうか。やつは魔法で風を起こしたのか。
よくぞ、とっさの判断で。感嘆しながら苦笑いを浮かべた瞬間、視界のはしで炎がほとばしった。




