ヴェント(人狼)、ケストハーロ市街へ突入する
◇ ヴェント
人間たちがケストハーロと呼ぶ街を丘の上から見渡す。
北方の地を侵すべく、やつらがあの街を築いたのが数百年前。今まで問題視することはしなかった。なぜなら、地上で得られるものが少ないからだ。
我々は地上で食料を得なくても生きていける。だから、ダンジョンの縄張りを守ることだけに専念してきた。種として近いオオカミと、獲物を奪い合うのがしのびなかったという理由もある。
だが、我々が本来得るべきエーテルを、やつらが横取りするようになってからは事情が変わった。ダンジョンのモンスターは目に見えて減り、腹をすかす子らが増えた。
いよいよ見過ごせなくなり、我々は立ち上がる決断をした。噂を聞きつけた冒険者たちから、共同作戦を持ちかけられ延期することとなったが、ついにこの日がやって来た。
我々、人狼族の誇りをかけて戦う日が――。
「長。もうそろそろ正午かと思われます」
「……冒険者たちは来ているか?」
「報告は入ってきておりません。まだ到着していないように思われます」
約束は守られなかったか。父と仲間だったというスニードとかいう男。あの男だけは見込みがあると思ったのだが、口先だけだったようだな。
やはり、人間は信用ならん。
「どうしますか? 彼らを待ちましょうか」
「いや、その必要はない。ただちに出発するぞ」
丘をかけおり、身を隠しながら林を進む。何ごともなく、城壁のそばまでたどり着いた。
眼前にそびえる城壁を見上げる。思わずうなってしまった。これだけのものを作る技術と心意気だけは評価したい。
だが、我々の侵入をふせぐために築いたのだろうが、この程度の壁をのぼることなど造作もない。
「手はず通りだ。私について来れるものだけがついて来い。他の者は無理せず、門が開くのを待て」
懸念は冷血卿という敵の大将だ。受け入れがたい話だが、私に勝るとも劣らない実力の持ち主だとか。
事実、我が里の手練がそいつの手下から返り討ちにあっている。人間――特に、魔法を使う魔導士たちのレベルが、この数年で格段に上がったのは疑いようもない。
さらに、魔導士たちは不思議な指輪を用いて、地上でもダンジョンにいるかのような力を発揮するとか。
それが事実なら、そいつとの対決に備えて、少しでも力を温存しておかなければならない。そのためには仲間の力を最大限に借りる必要がある。
だから、いたずらに犠牲をだすことはさけたい。できることなら、冒険者の手も借りたい。冒険者たちは我々と数百年にわたって抗争してきた仇敵だが、背に腹はかえられない。
冒険たちは反対側の南から攻撃することになっている。ここからでは状況がうかがえないが、偵察に向かわせた部下からは報告が入っていない。
まだここへ向かっている途中で、他の場所で戦っていることは考えられる。もしそうなら、攻撃を遅らせるのは約束をたがえることにもなる。
私は戦端を開くことを決断した。
◇
「行くぞ」
城壁の上に立つ敵の配置を確認してから、そばに控えていたブランコとトンドロに呼びかけた。
「「はっ」」
この二人にだけは、私と共に先陣をきるように前もって伝えておいた。まだ私には遠くおよばないが、いずれ後継者となるであろう逸材だ。
いっきに城壁へ接近し、やや傾斜のあるそれをななめに進みながら、少しずつのぼった。
我々人狼は、ダンジョンの横壁を走る技術を、子供の頃より身につける。二本足でも四本足でも走れる我々の特性である。
敵の攻撃が頭上からいっせいに降りそそいだ。敵を翻弄するように、左右に大きく移動してそれをかわす。直撃はさけられたが、何度か攻撃がかすめた。
私ならいっきに壁をかけのぼることもできたが、よけいな力を使いたくなかった。また、それができないであろうブランコ、トンドロのためにも、少しでも敵の攻撃をひきつけたかった。
どちらかはわからなかったが、敵の攻撃に耐えかねて、地上に引き返していくのが見えた。
私はあっさりと城壁をのぼりきった。下から見た時と同様、上にいる敵はまばらに立っている。最も近くにいた敵は、私の姿を見るやいなや逃げ腰となった。
猛然とかけだして飛びかかる。反撃を受けることなく、一撃で敵をしとめた。すぐに、次のターゲットへ矛先を移す。
一人、二人と敵をたたき伏せていく。恐れをなした敵は、次々と持ち場から逃走を始めた。逃げ場がないとみるや、自ら街のほうへ飛びおりる者までいた。
たわいない。骨のあるやつなど一人もいなかった。敵の大将以外は、私の足もとにもおよばないか。いや、この分だと冷血卿という男も評判倒れかもしれん。
ブランコが城壁の上までやって来た。敵がいないのを確認してから、こちらへかけ寄ってくる。
「遅れました。なんの力にもなれず、申しわけありません」
ブランコが頭を下げる。少し遅れて、トンドロも姿を見せた。
「かまわん。ここをのぼりきっただけでも上出来だ。それと、お前らにはこれから大暴れしてもらうぞ」
城壁の上から市街を見渡す。壁に囲われた場所に、これだけの街が存在するのか。土地は広くないが、所せましと建物が建ちならんでいる。
敵の姿はほとんどない。逃げるように走り去っていく一人を発見したくらいだ。どこかに身を隠し、我々を待ちかまえているのだろうか。
同じく冒険者たちの姿も見当たらず、戦闘が起こっている様子もない。やはり、まだここに到着していないか。
「長、急ぎましょう。敵が態勢を整えないうちに」
「お疲れなのでしょうか?」
「いや、そういうわけではない」
バカらしい。何を期待しているのだろう。ここへ向かっているかも定かでない連中だ。気にするだけ時間のムダか。
街の中央にひと際目立つ建物が存在する。おそらく、あれが敵の本拠だな。とにかく、門を開けて仲間たちを中へ引き入れなければ。
街へおりる階段のようなものはない。点々と存在し、城壁と一体となった塔から下におりるようだ。
だが、あんなせま苦しいものに、わざわざ入るのもバカらしい。飛びおりたほうが早いな。
「下におりるぞ」
近くにちょうど良い高さの建物があり、そこの屋根へ飛び移った。さらに、そこから地面へおりて、城門のほうへ向かった。




