ルニーナ(役人)、勇者に驚愕する
◇ ルニーナ
なんということでしょうか。
私たちがあれだけ苦しめられたスライムを、簡単に倒してしまいました。しかも、散歩しているかのように近づき、小石でもけるぐらいの感じでした。
さすが本物の冒険者です。『伝説の勇者』ごっこをするだけのことはあります。
◇
連邦の方が急きょ帰国されたのは三ヶ月前のこと。一ヶ月もたたないうちに、スライムがダンジョンから町に出てくるようになりました。
町の中心部がある高台までは上がって来ませんでしたが、子どもがあやまってふみつけ、ケガをしたら大変だと、私たちの手で駆除することになりました。
『昔、冒険者をめざしていた時期がある』
『小さい頃、冒険者にあこがれていた』
そんな我が町屈指の力自慢が、敢然と立ち向かいましたが、一匹倒すのに二時間以上もかかりました。まあ、ほとんど追いかけっこしてただけなんですけど。
スライムは強くふみつけたぐらいでは倒せないので、武器を使いました。大の大人たちが、小さなスライム相手に寄ってたかってスキやクワでなぐりかかる光景は、なんとも言えないものでした。
ちなみに、連邦の方は〈氷結〉の魔法で駆除を行います。数回拝見したことがありますが、核と呼ばれる部分を氷づけにすると、一分とかからずに消滅します。
私たちのほうはというと、回数を重ねても、一匹駆除するのに一時間近くかかりました。ハッキリ言うと、その間にダンジョンから出てくるほうが多いぐらいです。
さらに、スライムは炎を吐くので、毎日のように負傷者が出ました。魔法と同様に傷は残りませんが、のたうちまわるほど痛いそうです。
しかも、その痛みは魔法でしか治療できません。町で魔法が使えるのは私しかいないので、治療にかかりっきりでした。
キリがないので、やがてあきらめムードとなり、町の会合で『スライムが町を歩いているのも、これまた一興』という決定がされてからは、ずっと放置しています。
◇
彼は地面に残されたスライムの核――エーテル結晶を拾い上げると、こちらへ戻ってきました。
「普通のスライムじゃないか」
「はい、普通のスライムです。どうやって倒されたんですか?」
「いや、普通に」
「……普通の基準が違うみたいですね」
「俺も子どもの頃は手を焼かされたけど、レベル15もあれば、魔法なしで倒せると思うんだけどな」
「レベル15っていったら、一人前の冒険者じゃないですか。そういう方はこんな田舎に残らず、都会へ行ってしまいますよ」
「それはそうかもしれないが……」
彼は納得できない様子です。確か、この町に派遣される連邦の方も、だいたいレベル15でした。
一般的な成人男性の平均はレベル10と言われています。そのぐらいがダンジョンでモンスターと戦わず、普通に暮らしているだけで到達できるレベルだそうです。
「スライムを倒してくれたお礼というわけではありませんが、これをどうぞ」
渡しそびれていた朝食の残りものを差しだします。
「つまらないものだけど、こっちもお礼だ」
すると、さきほどのエーテル結晶を手渡されました。
「えっ、もらっていいんですか?」
「そんなんじゃ、腹の足しにもならないからな」
いかにもベトベトしていそうなので、今まで手に取ることをさけてきましたが、そんなことないですね。乾いています。しかも、宝石みたいにすき通っていてキレイです。
エーテル結晶を使うと、魔法などで消費したエーテルの回復が行なえます。空気中では数時間で消えてなくなってしまうので、早めに使用しなければなりません。
回復を行うには、手のひらの刻印から体内へ吸収します。この行為は戦士でも魔導士でも共通です。
ただ、エーテルを使用していないので、今の私には必要ない……と思いましたが、さっき彼の石化を解く時に、〈治癒〉の魔法を使いましたっけ。
「そうだ。石化を解いてくれたお礼に、この町のスライムを駆除しようじゃないか。食事の面倒まで見てもらったしな」
「やってくださるなら、こちらとしてもありがたいですが……」
「でも、外にいるスライムを探しまわるのは面倒だな。近くに元凶のダンジョンがあるんだろ?」
「あります」
「じゃあ、そこへ案内してくれ」
「わかりました」