勇者(反乱者一味)、人狼族の長と面会する
◇ スニード
俺は全速力で逃げた。レベルはこっちのほうが高かったようだが、相手が人狼だったので、スピードはほぼ互角だった。
ただ、俺にとっては勝手知ったるダンジョン。地形を最大限に活用し、トリッキーな動きを駆使して、間一髪で相手の追跡をかわし続けた。
そして、制限時間の三時間を逃げきった。その時には、もう北方を離れて、ブルアルバーロ付近まで来ていた。
「まだ続けるか? もうここは人間の縄張りだぞ」
「たわけ、もう疲れ果てたか。まだ三時間もたっていないぞ」
「俺は続けてもかまわないぞ」
「そうさせてもらおう」
グリゾはもの足りない様子だった。俺も楽しかったので、追いかけっこを続行した。
グリゾは意地を張っていた。おたがいにバカだった。結局、まる一日走り続けたかな。逃げながらモンスターを倒して、回復したりもした。
「ほら、お前も回復しろよ」
「情け無用!」
気づいたら、はるか南にあるインテラプラーモまで来ていた。いい加減疲れたので、お気に入りの場所へ連れて行って、そこで区切りにした。
そこは『地下の泉』と呼ばれる場所で、巨大な空間に地底湖が形成され、地上からしみだしてきた水が常時したたり落ちる絶景が見られる。
ここは外海と内海をつなぐルート上にあるので、冒険者の行き来が多く、のどをうるおしたり、体を洗っているやつさえいる。
軽食の屋台が出ていたりもするので、ベースキャンプっぽい雰囲気もあるが、モンスターがしっかりいるので、寝泊まりはできない。
「俺の勝ちだな」
「人間。小僧のくせにすばしっこいな」
「小僧って、お前も同じくらいの年齢だろ。人狼のわりに背が小さいし」
確か、グリゾの年齢は俺より二つ、三つ上だったかな。人狼は全身に体毛が生えているので、その分かもしれないが、基本的に人間よりひとまわり大きい。
「約束は守ってもらうぞ」
「ふん……」
「ここは俺のお気に入りの場所だ。いい景色だと思わないか。あの縄張りにいたら、一生見れなかったかもしれないぞ?」
「ふん、地底湖などめずらしくもない。北方にだっていくつもある。ここより数倍広い場所もあるぞ」
「そこはそこ、ここはここだ。そこまで言うなら、今度連れて行ってくれよ」
「ふん……」
後日談だが、グリゾは本当に連れて行ってくれた。地上が寒いからか、大量のツララがたれさがっている場所もあって、なかなかの壮観だった。
「まあ、現時点では俺のレベルが上だったってことだ。あんなところにつっ立ってたら、レベルは上がらないぞ」
「見張りは二時間で交代だ。一日中立っているわけではない」
「俺について来れたのは、お前が初めてだ。いや、正確にはついて来たやつだけどな」
「……」
「どうだ。ヒマな時でいいから、一緒に冒険しないか? 冒険は楽しいぞ。ダンジョンは地上ほど表情が豊かじゃない。朝だってないし夜もない。でも、どこに行っても同じ顔をしたやつはいない。同じ階層だろうとまったく異なるモンスターが出現するんだ」
「……お前はなんのために冒険をする」
「たいした理由じゃない。レベルを上げて、強くなって、第四階層も、第五階層も、ダンジョンのすみずみまで冒険しつくす。わかりやすく言えば、好奇心を満たすためだな」
「ヒマなやつだ。欲もないようだな」
その日、初めて俺に冒険の仲間ができた。そして、グリゾとの付き合いはあの日まで続いた。
◇
俺たちが近づくと、見張りをしていた人狼が警戒の姿勢を取った。
「あやしいものじゃない! エスペロの伝令として来た! 至急伝えたいことがある!」
ダンツォが大声で呼びかけると、見張りは警戒を解いた。
「長のところへ案内する」
そう言った見張りが里の中へ入っていく。俺たちを里に入れてくれるのか。
人狼族が里をつくるのは第二階層と第三階層の中間あたり。開けた場所に大勢で住んでいることもあれば、せまい穴に一家で住んでいることもある。
家を建てたりはしない。地下だから、雨露をしのぐ必要がないからだ。寝る時はワラのような草の上が多いが、人間と同じようにベッドも使う。
全部グリゾの受け売りだ。この目で確かめたわけではない。
まだグリゾは生きているだろうか。期待と不安が入り乱れる。もうダメだ。我慢できない。
「グリゾという人狼はまだ生きているか?」
「グリゾ……ですか?」
「生きているなら、五十歳くらいだと思うんだが……」
あの日から二十年の歳月がたっている。人狼の寿命は五十くらいだと言われている。それをわずかに超えているから、年齢的に死んでいてもおかしくない。
生きていてほしい。俺は願った。
「グリゾという名はありふれておりますので、それだけでは……。この里の者ですか?」
「ああ。レベルがかなり高かった」
「長の父君がグリゾというお名前でしたが……、しかし、あの方は……」
見張りの人狼はそれっきり口をつぐんだ。
もう死んだということだろうか。血の気が引いていく。それ以上、聞くことはできなかった。
せまい通路をぬけると、そこは居住スペースだった。
結構な人数がいる。大半がこちらを見ている。女や子どもが多い。建物はないが、棚や箱、ベッドといった家具、仕切りなどが目につく。ほとんどが木製だ。
壁のくぼみや出っぱりを有効活用していて、雰囲気はベースキャンプと似ている。
「長を呼んでまいります。ここでしばらくお待ちを」
見張りの人狼が小さい穴の奥へ入って行ったが、ほどなく戻ってきた。
「申しわけありません。長は見回りに出ておられるそうです。今日中に戻られるかどうかも……」
「どうする。出直すか?」
ダンツォに問いかける。迷っている様子だ。帰りを待つにしても、近くに町や村がないからな。
「ここでお待ちになっていただいても結構です」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
「それではお部屋を用意いたします」
帰りを待つことになったが、長とやらは夜になっても帰ってくることなく、ワラのベッドで一夜を明かすことになった。
◇
翌朝、見張りの人狼に起こされた。昨晩も食事を持って来てくれたし、俺たちの世話係に任命されたようだ。
人狼にかぎらず、亜人は食事を取らなくても生きていけるが、娯楽として食事を楽しむやつは結構いる。グリゾもその一人だった。
「長がお戻りになられました。至急お話をうかがいたいとのことです」
案内された部屋には、屈強そうな人狼が二人待っていた。
「長、客人をお連れしました」
「ご苦労。お前はさがれ」
長と呼ばれた人狼には風格があった。格好からして他の人狼と違う。
「この里の長をつとめるヴェントだ。ここにいるのは我が右腕のブランコだ」
ブランコと紹介された人狼が頭をさげる。
ダンツォはアルト城における襲撃が失敗に終わったことを告げた。
「一週間ほど前に伝え聞いた話か」
「はい」
「なぜ失敗に終わったのだ」
「ケストハーロに向かったはずの冷血卿が、なぜかあそこに残っていました。俺たちの計画が筒ぬけになっていたんです」
「噂に聞く敵の大将か。やつはなかなかのやり手のようだな」
「俺たちはエスペロを構成するギルドのうちの一つにすぎません。けれど、戦力的にはエスペロの半分近くなんです。そんな俺たちが壊滅的な打撃をこうむったわけですから、あなたたちとの約束を果たせるかどうかは……。みんなで話し合って決めたわけじゃないんですけど、そのことだけは伝えなければならないと思って」
「それならばしかたあるまい」
「……決起は中止ですか?」
「いや、決起は予定通り行う」
「……えっ?」
「始めから、お前らの助けなど期待していなかった。お前らが協力を申し出たがゆえ、やむなく決起を二週間延期しただけだ。元々、我々は単独でも決行する予定だった」
「だけど……」
「仲間を救出したいという思いは理解できるが、大勝負を前に不要不急の戦を起こすことについて、疑問をていしたはずだ」
「不要不急だとは思いません。アルト城で事を起こせば、敵はそこを守るための戦力をさかなければいけませんし、監獄の仲間を救出できれば、こちらの戦力だってアップします」
「しかし、失敗に終わったではないか」
「……」
「やつらは我々の地に土足でふみこんだ。そして、我々が享受すべき大地からの恵みをかすめ取っている。そいつらに報いを受けさせる。我々の頭にあるのはその一点のみ。勝ち負けではない。人狼族の誇りをかけた一戦なのだ。いかなる理由があろうと、引きさがるつもりはない」
ヴェントが立ち上がった。
「お前らの大将にはそう伝えろ」




