勇者(反乱者一味)、昔を思いだす
◇ スニード
「ウヌオさん。今はどこら辺にいるんですか?」
ふいにダンツォが尋ねてきた。
「ブルアルバーロの領内には入ったんじゃないか」
「もうそんなに来ましたか」
「えっ! 今、ブルアルバーロにいるんですか?」
ルニーナが食いついてきた。マズい、故郷が恋しくなってきたか。気持ちは痛いほどわかるが、今帰られたら困る。
「いるのは外海側だけどな」
「そうですか……」
あきらめたか。外海方面をめざしているのは事実だが、実際はどうかわからないんだよな。
もう五、六時間は走ったか。出発は午後だったから、日が暮れているのはまちがいない。
ダンジョン内では時間感覚が狂う。外に出たら、夜が明けていた。そんなことがしょっちゅうあった。時間は勘に頼るか、眠気で判断するしかない。
「お腹がすきましたね」
エーテルは俺たちのエネルギー源だ。下層ならば、食事を取らなくても力があふれてくる。一日中動き続けることだって可能だ。
とはいえ、眠くはなるし、いずれ体にガタがくる。お腹だって減る。三日ぐらい何も食べないと、体に異変が出てくる。決して、エーテルは万能じゃない。
ただ、毎日地上に戻るのは意外と面倒だ。特に下層へいる時はなおさらで、自宅に戻るのに数時間かけたら、ダンジョン探索がほとんど移動時間になってしまう。
そんな時に活躍するのがベースキャンプだ。それはたいてい第三階層に作られる。エーテルの濃度が高くて、ほどよく道が広いからだ。
この辺りにそれがあった。もうなくなっているという考えが頭をチラついたが、記憶を頼りに探してみた。
「何か探しているんですか?」
「昔、この辺りにベースキャンプがあったんはずなんだが……」
「自分はかけだしのルーキーですから、よく知らないんですけど、ベースキャンプがどんどんなくなってるって、先輩方が嘆いていました。あるところにはあるそうですけど、それも連邦が『管理』しているらしくて……」
冒険者を敵視する連邦が、その拠点たるベースキャンプを野放しにしておくわけないか。そもそも、ダンジョン全体を『管理』しようとしているわけだしな。
それはわかっていたが、ほそぼそとしたものでも残っていてくれたら……。
見おぼえのある穴を壁に見つける。人がなんとか通りぬけられる大きさだ。
「ここに入ってみよう」
「ずいぶんせまい穴ですね」
「モグラが気まぐれに掘ったんだろう。穴の先はたいてい広い空間につながっていて、ベースキャンプが作られることが多い。結界を使って、モンスターの侵入をふせぐのに都合がいいからな」
◇
思った通り、穴をぬけると広々とした空間に出た。さらに、そこにはテーブルやベッドと思われる残骸が散乱していた。
まちがいない。ここにベースキャンプがあった。
「ベースキャンプの跡地みたいですね」
「ああ」
「この場所に特別な思い出でもありました?」
感傷にふけっていたら、ルニーナが声をかけてきた。
「何度か来たことはあるんだが、そういうわけじゃない。ただ、俺はベースキャンプで生まれたからな」
「ダンジョンで生まれたってことですか?」
「ああ。両親がベースキャンプで料理屋をやっていた。記憶には残ってないが、三歳の頃まではそこで育ったらしい。なんでも、俺をおぶったまま地上へ仕入れに行ったり、モンスターと戦うこともあったらしい」
「それはまた、ワイルドな親御さんですね」
第三階層より下なら、山菜やキノコといった食材が調達できるが、さすがにそこへ連れて行くことはしなかったそうだ。
ダンジョンで遊ばすわけにはいかないということで、三歳の時に地上で暮らす親戚のもとに預けられた。
その後、八歳ぐらいからダンジョンへ入るようになって、十歳の頃にはダンジョンに入りびたっていた。
時間的に地上よりもそっちにいるほうが長かったかな。朝から晩までアホみたいにモンスターと戦って、冒険者ギルドに登録したのは十二歳。最年少記録だと驚かれたっけ。
楽しかったというのもある。だけど、一番の理由は第三階層で暮らしている両親のもとへ、早く自分の足で会いに行けるようになりたかったからだ。
ふと笑い声が聞こえた気がした。
ベースキャンプはライバルとも言える同業者が集まり、フラッと立ち寄ったよそ者も多い。だから、殺伐とした雰囲気があった。
でも、楽しかった。あそこにいると落ち着いたんだ。
◇
「しかたない。いったん地上に戻ろう」
時間のロスは大きいが、朝から何も食べてないし、ダンジョンで寝るわけにもいかない。そんなことをしたら、ルニーナの機嫌が悪くなるだろうし、いずれ愛想をつかされる。
昔はそこら辺でうたた寝することもあったけど、レベルがマイナスになってからはやってない。
第一階層でも、起きたら毒をもらってたり、耳鳴りになっていたりするからな。いくらなんでもリスクが大きすぎる。
「何ごともなく地上に出れればいいんだが」
連邦の魔導士と出会ったり、入口がふさがれている可能性もある。多少の戦闘は覚悟しないとな。
「ブルアルバーロなら極端なことをやってませんよ。連邦の国ではありませんから」
「そうなのか?」
ブルアルバーロの住人であるルニーナの確認を取る。
「連邦の国でないことは確かです」
ノルダピエードとかいう町では、結界を張って『管理』をしていたようだが、極端でないことは確かか。
一時間近くかかったが、なんとか地上に出れた。近くに小さな町があり、宿を取ることもできた。
「少しの間でもノルダピエードに帰れませんか?」
「ダンツォの用事が済んでからではダメか?」
「……わかりました」
ルニーナは不満げな様子だったが納得してくれた。
希望をかなえてやりたいが、今帰らせたら、ホームシックを起こして、今後の協力を拒否されるかもしれない。
今はルニーナの善意に頼っている状態で、強く出れる立場じゃない。見返りを与えなければならないが、お金で喜ぶとも思えない。
それに、俺の弱みをにぎっているルニーナが、もし状態異常の魔法をおぼえたら……。下手したら奴隷になりかねない。最大限に気を使わなければ。
「ダンツォ。お前たちの仲間に魔導士はいないのか?」
見つかるかどうかはともかく、代わりの魔導士を探しているところを見せよう。
「仲間にはいません。普段はギルドと契約している人に、お金を払ってやってもらってます。今は冒険者になる魔導士なんて、よほどのもの好きですよ。連邦の魔導士になったほうが出世できますからね」
これは難航しそうだな。無事にダンツォを送り届けたら、小銭をかせいで、それをルニーナに渡そう。連邦と戦っていく上では、どうしても白魔法を使える魔導士が必要だ。
捨て犬のような目をルニーナに向ける。彼女はしかたがないとでも言いたげな様子で、軽くため息をついた。




