勇者一行、コカトリスの出現で大混乱する
◇ ダンツォ
正面からモンスターが近づいてくる。肌にピリピリとした感触が伝わる。頭の中がまっ白になって、ただ見守ることしかできなくなった。
うっすらと姿が見えてきた。デカい。馬鹿デカい。初めてオーガと出会った時を、はるかに凌駕する威圧感。巨大モンスター――トロールが姿を現した。
体長が五メートルはある。全身毛むくじゃらで、顔のパーツは一つ一つが大きい。図体がデカいだけあって動きはのろい。
トロールと出会った時は一目散に逃げだすと、フォルトさんは言っていた。第四階層では最強クラスのモンスターらしい。
「うおおおお!」
いきなりウヌオさんが大声を上げた。大きく目を見開き、口をポカンとあけたまま、表情がかたまっている。
……あれ? だけど、なぜかトロールでなく、あさっての方向を見ている。その視線を追ってみると――、別のモンスターがいた。
「見ろ……、コカちゃんがいる……」
あれがコカトリス。高さ七、八メートルのところにある壁の出っぱりに、悠然とたたずんでいる。すでに俺らに気づいていて、するどい目つきをこちらへ注いでいる。
体格はそれほど人間と変わらない。一見するとニワトリのようだけど、胴体と尻尾だけがヘビという奇妙な外見をしている。
「お前ら、落ち着け!」
一番落ち着いていないウヌオさんがさけんだ。まばたき一つせずに、目がコカトリスに釘づけとなっている。トロールの接近に気づいてないんだ。
「そうだ! ルニーナ、〈バリア〉だ! 〈バリア〉を張れ!」
「前を見てください! 前にもっと危険そうなモンスターがいますよ!」
ウヌオさんはトロールにチラッと目を向けたけど、たいした反応を見せず、すぐにコカトリスへ視線を戻した。スライムでも見るかのような無関心さだった。
「あいつはどうでもいい。今はコカちゃんに集中しろ」
いや、どうでもよくないでしょ。トロールのほうが明らかに戦意をむきだしにしてますよ。
「大丈夫だ、落ち着け。コカちゃんはケンカっぱやくない。刺激しなければ問題ないんだ」
ウヌオさんが自分に言いきかせるように言った。頭が混乱して、うわ言を言っているようにも思える。
「ルニーナ、〈バリア〉を早く!」
ルニーナさんが〈バリア〉の魔法を発動した。すると、ウヌオさんはかかげるように彼女をコカトリスへ向けた。
「ダンツォ、お前も後ろに隠れろ」
「やっぱり、盾にしてるじゃないですか! 男として恥ずかしくないんですか!?」
我ながら情けなく思えたけど、石化するのは怖いので隠れさせてもらった。
レベルの近い相手なら、片腕とか部分的なもので済むけど、レベルが離れてると、高確率でかかる上に、それが全身におよぶことが多い。
右手にトロールがいるので生きた心地がしない。ていうか、ゆっくりと歩み寄ってきているので、距離的にトロールのほうが近くなってる。
ウヌオさんはいまだに完全無視だけど、本当にほうっておいていいのか。なにげなく話を向けてみよう。
「やっぱり、状態異常に一番気をつけるべきなんですか?」
「それはそうだろ」
そうだろうか。気絶だって状態異常と変わらないと思う。でも、ここまで断言されると言い返せない。
その時、コカトリスがビクッと上体をそらすように背伸びをし、雄たけびを上げながら羽をバタつかせた。
「ヤバい! 気づかれたぞ!」
いや、どう考えてもトロールを威嚇している。モンスター同士でも縄張り争いがあるから、戦ってることはめずらしくない。
こっちは眼中にないようだけど、ウヌオさんの反応は普通じゃない。〈バリア〉の後ろでおびえるように身をかがめていて、後ろから見るとかなりみっともない。
「早くどうにかしてください!」
盾にされているルニーナさんが声を上げた。ウヌオさんの顔つきが変わった。何かを決意したように表情が引きしまり、彼女をやさしく地面におろした。
「よし、先手必勝!」
身がまえたウヌオさんの手もとで、瞬間的に光がふくれ上がる。そして、コブシのような波動が、轟音を立てながら、コカトリス目がけて飛んでいった。
あんな攻撃見たことない。ウヌオさんはなにをしたんだ? ただ、コカトリスの姿は消えている。まさかこの距離で、しかも、一撃でコカトリスを……?
まるで魔法のようだ。フォルトさんに似た攻撃を見せてもらったことがあるけど、多少リーチが長くなる程度で、波動は飛んでいかなかった。何もかもがケタはずれだ。
その時、視界のはしで何かが動いた。そうだ、トロールのことをすっかり忘れていた。こっちはまったくの無傷だ。
「ウヌオさん! トロールが!」
「ん? ああ、こいつは大丈夫だよ」
ウヌオさんがのん気に背中を向けたまま言った。何が大丈夫なのかわからない。
「いやいや、もうコブシ振りかぶってますよ!」
トロールの組んだ両手が、ウヌオさんの頭上へ一直線に振りおろされる。ウヌオさんが寸前で気づく。だけど、防御態勢は取れていない。
敵の攻撃がクリーンヒットした――と思ったけど、か、片手で受けとめてる!? しかも、棚から落ちてきたものをキャッチするぐらいの感じだ。
ウヌオさんがムッとした表情でトロールを振り向くと、再び右手周辺にエーテルの光がまたたいた。
「この野郎、コカちゃんを刺激するんじゃねぇ!」
巨大な波動がトロールの心臓をつらぬき、光の粒が視界いっぱいにはじけ散った。
◇
ウヌオさんはトロールの落とした結晶を拾い上げてから、腰をぬかしていたルニーナさんを立ち上がらせた。
「ほら、今後のためにしっかり補給してくれ」
「餌付けされてる気分です」
自分は二人のやり取りをぼう然と見守っていた。
「ダンツォ。ルニーナが済んだら、お前も補給しておけよ。走りっぱなしだったから疲れてるだろ?」
「はい……」
戦ってはいないけど、八割ぐらいの力で走り続けていた。こんなペースでダンジョンを進むことはない。第四階層だから自然回復分が多いとはいえ、かなり消耗してる。
ウヌオさんから結晶が投げ渡される。トロールの結晶はデカい。手のひらにおさまりきらない。これだけあれば、まる一日エーテルに困らないだろう。
「ウヌオさんは大丈夫ですか?」
「俺はいいよ。まだそんなに疲れてないから」
あれだけの攻撃をしたのに疲れてないのか。まあ、攻撃よりも防御のほうがエーテルの消費が激しいし、見た目のインパクトほどではないのかもしれない。
「さっきの攻撃はなんなんですか?」
「俺のオリジナルだ。これがレベル39の力だぞ」
いや、レベル39はこんなことできないし、トロールだって倒せない。冷血卿とか、そのぐらいのレベルがあるとしか思えない。なぜ、ウソをついているのだろう。
この人、いったい何者なんだ。




