勇者(冒険者)、スライムと遭遇する
◇ スニード
食べ物をごちそうしてもらえることになった。彼女について行って砂浜をあとにする。
ていうか、あんなところに放置しやがって。なに考えてんだ。海に流されたらどうするつもりだ。
それより、ここはどこだ。
世界中を旅してまわったが記憶にない――といっても、地上に出るのは食事と気分転換の時で、ダンジョンにもぐっている時間のほうが、圧倒的に長かったからな。
海に用事がないから、港町に行くこと自体少なかったし、わからなくて当然か。
「ここはなんていう町だ?」
「ブルアルバーロ州にあるノルダピエードという町です」
「ブルアルバーロか……。町の名前は聞いたことないな。ブルアルバーロのどこら辺だ?」
「北の先端です」
ブルアルバーロの街なら何度も行ったことがある。冒険者ギルドがあったから知り合いも多い。ただ、いつも地下を素通りしてたからな。周辺のことはくわしくない。
でも、どうしてブルアルバーロなんだ。石化させられた時は、はるか南にいたんだけどな。まさか、石像のまま捨てられ、海をただよい続けて、ここに流れ着いたなんてことはないよな。
もしそうなら、一発、二発なぐるだけじゃ気が済まないな。
さて、いったい何年石になってたかだ。正直、聞くのが怖い。あいつとのレベル差を考えると、数年単位になってもおかしくない。
彼女が意外と早く見つけてくれたことを祈ろう。
「ちなみに、今は何年だ?」
「十五年です」
「十五年って……」
俺の記憶では七百二十五年だったんだけどな。時をさかのぼったわけじゃないよな。
「ずいぶんと数字が小さくなったな」
「ああ……。新暦の十五年です。改暦が行われたんですよ。確か、旧暦は七百三十年が最後の年だったと思います」
七百三十年が最後の年で、今が十五年ということは……二十年!? そんな長い間、俺は石化してたのか!?
「何十年も石化していたなんて言わないですよね?」
「……」
言葉を失った。信じたくないが、彼女がウソをついているとは思えない。そうか、あいつは本気だったのか。
じゃあ、なんだ。俺にとってはついさっきのことが、もう二十年も前のできごとになってるってわけか。
笑えない。冗談だと言ってくれ。
石化させられた時に、あいつに言われた言葉がよみがえる。全身が怒りにふるえた。
「そこ知り合いの家なんで、何かもらってきますね。ここで待っていてください」
彼女はそう言って、近くの家に入っていった。
◇
彼女のやさしさにふれ、気分が落ち着いてきた。まだ確定したわけじゃない。いや、彼女がウソつきだと言っているわけじゃないんだが。
おとなしく待っている時、なにかが近くの草むらで動いた。気になって見に行くと、赤い水たまりが地をはっていた。そして、それは奥の草やぶへサッと姿を消した。
見まちがいじゃない。明らかにスライムだった。
もう一度姿を見せないか、しばらく待ってみる。スライムなんか、めずらしくもなんともないが、ダンジョンの外にいるとなると話は別だ。
「どうしたんですか?」
いつの間にか、彼女が戻って来ていた。手に持った木皿には、パンと魚の干物がのっている。
「スライムがそこら辺をうろついていたんだ」
「はい……」
さも当然といった顔をされる。石化していた二十年で、常識が変わったのか? 不思議に思って辺りを見まわすと、別のスライムを十数メートル先に見つけた。
「おい、あそこにもスライムがいるぞ」
「……そうですね」
なんだ、その反応は。ダンジョンの外にモンスターがいるのは普通じゃないぞ。この町はスライムの飼育でもしているのか?
「この町ではめずらしくないんですよ」
「……そうなのか?」
「うちの町はスライムと共生する方針なんです」
「……なんだって?」
スライムと共生? なんのために?
時代が変わったのか。俺の時代より、はるかに進んでる。町にいながらモンスターが狩れる。かけだしの冒険者や、レベルの低い子供にとってはありがたいことかもしれない。
でも、スライムにどんな利益があるんだ。エーテルのうすい地上なんて、モンスターにとって息苦しいだけの場所だろ。
「じょ、冗談ですよ。真に受けないでください」
「ん? 冗談?」
意味がわからない。なんでそんな冗談言った? 別におもしろくないし、実際スライムは歩いているし。
「実は複雑な事情がありまして……。いつもスライムを駆除してくれていた連邦の方がですね、一身上の都合で本国に戻られているんです」
「……連邦の方って何だ?」
「連邦から派遣された役人の方です」
連邦……? そんな国は俺の時代になかったぞ。
「それはともかく、スライムなんか、冒険者が進んで退治してくれるだろ?」
「ご存じないんですか? スライムは物理攻撃があまり通用しないんですよ」
「知ってるよ。でも、魔法をおぼえたての冒険者とか、そういうのがくさるほどいるだろ?」
「魔導士は引く手あまたですから、今どき冒険者なんてやりませんよ」
言っている意味はわかったが、まったく話がのみこめない。
たとえ魔法が使えなくとも、ルーキーの冒険者なら、スライムなんて素手で倒せるだろ。たった二十年でなにが起こった。天地がひっくり返ったのか。
◇
俺は道ばたのスライムに目を向けた。
地をはいつくばるゲル状のモンスター。中心に輝く核が、透明な体を赤く染めている。どこからどう見ても、ただのスライムにしか見えない。
とりあえず、この目で確かめよう。なにが変わったのかを。
「あぶないですよ! ヤケドしますよ!」
ヤケドって……。大げさだな。スライムにビビりすぎだろ。
それとも、こいつは俺の知っているスライムじゃないのか? 常人じゃ手におえないぐらいのモンスターにパワーアップしたのか?
限界まで気配を消し、静かに歩み寄る。逃げ足だけは速いから、高レベルの冒険者がスライムを狩るのは意外と難しい。
目前まで近づいたところで、足もとのスライムを軽くけり上げる。エーテルの光が飛びちって、核である結晶が地面にころがった。
なんだよ。やっぱり、ただのスライムじゃないか。ワクワクさせんなよ。