勇者(脱獄犯)、ダンジョンに逃げこむ
◇ ルニーナ
「逃げるぞ!」
戻ってきた彼に手を引っぱられ、路地へと出ました。
彼がスピードを上げていきます。その速さについていけず、足がもつれました。
「ちょっ、ちょっ、速いですよ!」
彼がスピードをゆるめてくれたところで、チラッと後ろを振り向くと、役人の姿が目に入りました。
「後ろから来てますよ!」
それを確認した彼は、近くの路地へ入るなり、私を抱きかかえました。さきほどもされましたが、正直言って恥ずかしいです。
それだけじゃありません。
速いです。どんどんスピードが上がっていきます。暴れ馬にしがみついている気分です。
これが人一人をかかえた人間の走るスピードですか!?
彼は右へ左に何度もまがります。どこかへ向かっている様子はなく、追っ手をまくために、適当に進んでいるとしか思えません。
案のじょう、高い建物にはさまれたゆるやかなカーブの先で、行きどまりにぶつかりました。立ちはだかるのは高さ十メートルほどの城壁です。
それなのに、彼はスピードをゆるめずに、城壁に向かって直進していきます。
「飛びこえるぞ」
「……えっ?」
聞き返すヒマもなく、彼は飛びました。
強烈な風を感じます。城壁が真下に見えます。あまりの高さに怖くなって、目をつむりました。
今度は下から風が吹きつけてきます。たぶん、落下しています。まもなく、強い振動が伝わってきました。
目を開けると、街の外にいました。周囲の風景が一変しています。建物は見当たらず、近くに城壁がそびえているのみです。
恥ずかしながら、今日初めて知りました。たとえ巨大な城壁だろうと、人間やろうと思えば、ジャンプで飛びこえられるって。
◇
彼は走り続けました。しばらく道なりに進んでいましたが、林の中へのびる小道を見つけると、そこに入って行きました。
「どこへ行くんですか?」
「この先にダンジョンがあるはずだ」
彼の言葉通り、ダンジョンの入口にたどり着き、そのまま中へ入りました。
「追っ手は来てないようだな」
彼が入口のほうを振り向きながら言いました。そして、近くの壁に身をひそめると、息を殺しながら、入り口へ警戒の目を向け続けます。
ちなみに、私は抱きかかえられたままです。逃げている時は頭から消えていましたが、ジッとした状態だと、急に恥ずかしくなってきました。
「あの……、そろそろおろしてもらえませんか?」
「……ああ、悪い」
「バターロさんや冒険者の方たちも、無事に逃げられたんでしょうか」
「どうだろうな。まあ、負けてしまったみたいだが、連邦打倒の仲間がいるとわかっただけでも収穫だな」
笑顔で賛同を求められます。ほうっておくと既成事実にされそうです。しっかり訂正しておきましょう。
「何度も言うようですが、私はその仲間じゃないですからね」
笑ってごまかされました。仲間にする気でしょうか……。
ダンジョンにいることを思いだしました。辺りを見まわすと、スライムの姿が見受けられます。けれど、ノルダピエードのように大発生はしていません。
「ここはモンスターが少ないですね」
「そうだな……。しかし、ここもスライムばかりか。他のモンスターはどこに行ったんだろうな」
「どうしてダンジョンがあるってわかったんですか?」
「おぼえておけ。林の中へ不自然にのびているケモノ道は、たいていダンジョンの入口に通じている」
「へぇー、そうなんですか」
石の壁を素手で破壊できることや、十メートルの城壁を飛びこえられることにくらべれば、たわいのない情報ですけど。
「これからどうするんですか? こちらとしては、ぜひノルダピエードに帰りたいんですけど」
「今、外に出るのは危険だろ」
「私は別に追われていないんですけど」
「忘れたのか? お前だって脱獄してきたんだぞ」
「いえ、ただの手違いですから。私は監獄に入れられるいわれは、最初からないんです」
「向こうがそう受け取ってくれるといいんだけどな」
他人事みたいに言わないでください。あなたは私を巻きこんだ張本人じゃないですか。
「私のことはいいとして、そちらはどうするつもりなんですか? 素直に裁きを受けるつもりはないんですよね?」
「だいたいの雰囲気はつかめたし、罪人ごっこは終わりだ。最初から逃げるつもりだったしな」
どうせなら、私を巻きこむ前にそれをやってもらいたかったです。
「そこで頼みなんだが……、俺と一緒にゴルフポールドまで行ってくれないか? できるかぎりのお礼をするからさ」
◇
返答に困りました。理由がわかりません。いったい、私に何を期待しているのでしょうか。
「……どうしてですか? 私、ゴルフポールドへは行ったことありますけど、船での話ですし、道案内はできませんよ」
「道はわかってるから問題ない」
それなら私がついていく意味がわかりません。ひとりだとさみしいとか、そんな理由じゃないですよね。
ゴルフポールドには親戚がいますから、行くこと自体は嫌じゃないですけど、そこからノルダピエードまで帰る苦労を考えると……。
「だったら、なんで私について来てほしいんですか?」
「ほら……、ダンジョンってひとりで歩くと心細いだろ?」
「そんな理由で私を巻きこむ気ですか!?」
まさかの大当たりです。子供じゃないんだから、そんなことをしれっと言わないでください。
「お断りします。私以外のお友だちを見つけてください」
同情をさそうように、彼が悲しげな表情をします。別の理由がありそうですが、言いたくないのならそれまでです。
「もちろん、それだけじゃないよ。ダンジョンってアクシデントがつきものだろ。石化とか、マヒとかさ。もし治療ができる魔導士がいれば心強いなあって」
「レベルの高い方は状態異常にかかりにくいって聞いたことありますけど?」
「一般的にそうかもしれないが、一概には言えない。ダンジョンは何が起こるかわからないからな」
必死にアピールしてきましたが、ダンジョンの事情なんて知りません。
そういえば、ノルダピエードのダンジョンに入る時も、こんな感じでした。何か隠してますね。ちょっと気になってきました。
「ゴルフポールドへ行って何をするつもりなんですか?」
「前に宣言したと思うけど、連邦をぶっつぶしに行くんだ」
「これで帰らせていただきます」
冗談で言ってないところが怖いです。もう付き合いきれません。振り返ってダンジョンを出て行こうとすると、彼があわてて引きとめてきました。
「じょ、冗談だよ。オーバーに言いすぎた」
無言のまま、続きを催促するような目を向けます。
「ちょっと連邦のお偉いさんをぶん殴りに……」
再び立ち去ろうとすると、手首をつかまれました。前に進めません。ものスゴい力です。
「ほら、石化を解いてくれたお礼をまだしてないだろ? ゴルフポールドまで行けば、それを用意できると思うんだ」
「前にも言ってましたけど、当てがあるんですか? お金はあるんですか?」
「なんだよ。金があればいいのか」
彼がボソッと言いました。くやしいです。そんなつもりで言ったんじゃなかったのに!
「じゃあ、こうしよう。連邦を打倒したあかつきには、領土の半分をくれてやろう」
「もういいです。話もスケールも元に戻ってるじゃないですか」
「わかった、わかったから。全部、正直に話すよ」
神妙な面持ちとなった彼は、私の手をはなしてから、しばらく言いよどみました。




