勇者(囚人)、カーニバルを見に行くと決める
◇ ルニーナ
それから数分ほど後のことでしょうか。
遠くのほうから、怒声や女性の悲鳴がたて続けに聞こえてきました。いよいよ外が騒がしくなってきました。ここにもやって来そうな勢いです。
「カーニバルが始まったみたいだぞ」
「そうだな」
バターロさんが得意げに答えました。
なんだか、ここにいたほうが安全な気がしてきました。もしかしたら、手違いでここに入れられたことは、幸運だったのかもしれません。
「役所だ! 役所が襲撃されている!」
すぐ外で上がった声がハッキリと耳に届きました。彼とバターロさんが満面の笑みで顔を見合わせます。
「ルニーナ、俺たちの仲間が戦ってるぞ」
彼がうれしそうに語りかけてきます。
「訂正してください。私の仲間ではないですよね」
細かいことを言うようですが、聞き捨てなりませんでした。
「それより、私たち大丈夫ですか? 巻きこまれたりしないですよね?」
「俺はすぐにでも巻きこんでもらいたいんだけどな」
そう言った彼が小さな窓のところまでジャンプします。
「まだ近くまでは来ていないみたいだな」
「役所での用事が済んだら、こっちに来るだろう」
「冒険者どもはあっちだ!」
その時、再び外から声が聞こえました。
「ったく、何が冒険者どもだよ」
彼がイラッとした様子でつぶやいてから、下におりてきました。
「おもしろくなってきたな」
「私はまったくおもしろくありません」
「じゃあ、今すぐカーニバルに参加しに行くか?」
「何言っているんですか。安全な監獄でおとなしくしていましょうよ。第一、どうやってここから出る気ですか」
「でもなあ……」
「兄さん、そうあわてるな。いずれここも戦場になるぞ」
戦場ってなんですか。物騒な言葉で、彼を刺激しないでください。カーニバルの設定はどこに行ったんですか。
「だってさ。どうする?」
「なおさら、あわてなきゃダメですよね」
やっぱり、考えを改めました。こんなせまくて暗くて、不自由きわまりない場所が、安全なわけありません。
「バターロの仲間たちなんだよな?」
「そうなるかな」
「そうすると、あんたを助けに来るってわけか?」
「俺のためだけじゃないさ。ここに捕まっている仲間は山ほどいるからな」
彼がベンチに腰をおろします。今にも走りだしていきそうな様子ですが、待つことに決めたようです。
◇
それから三十分ほど経過したでしょうか。バターロさんの仲間の到着待ちです。でも、いっこうに現れません。
さきほどまで胸がドキドキしていたのですが、だいぶ落ち着いてきました。彼も瞑想に入るぐらいヒマしています。
「なんか、静かになったな」
彼の言う通り、少し前までは時おり大声が聞こえてきてたんですが、それもなくなりました。バターロさんの顔からも余裕がなくなりました。
「終わってないか? カーニバル」
私もそう思います。無事にプログラムを終えて、もう解散したのではないでしょうか。
彼が小さな窓から外を確認します。どんな景色が見えるのか、少し気になってきました。
「……誰もいない。カーニバルがやって来ない」
彼が元気のない声でボソッと言いました。
「あんたの仲間、ヤバいんじゃないのか?」
「……」
バターロさんは黙りました。おりてきた彼が考えこみます。
「向こうが来ないなら、こっちから行くしかないな」
もうツッコむ元気がないのでそっぽを向きました。すると、彼が両手をつないでいた手かせの鎖をいじり始めます。
そして、それをパンでもちぎるように引きさいたかと思うと、手首にハマっていた部分も、そででもめくり上げるように引きはがしてしまったのです。
床に落とされた手かせの残骸を、私とバターロさんはあ然と見ていました。同様に足かせを外した彼は、それも床にほうり投げました。
「ちょっと下がってろ」
彼が外側の壁の前に立って、後ろ手で私たちを下がらせます。まもなく、精神集中を始めました。ちょっと何する気ですか。やめてください。
彼が身がまえます。本気です。右腕に力がこめられていきます。何をやろうとしているか、一瞬でわかりました。もっと賢い脱獄の方法があるんじゃないですか?
ほどなく、かまえた右のコブシが閃光を放ちました。
私はとっさに目をつむりました。耳をつんざくような巨大な爆発音がした後、パラパラと砂や小石がくずれ落ちる音が、しばらくひびき続けました。
恐る恐る目を開けると、部屋の中に土煙が立ちこめていて、私はせきこんでしまいました。
それが晴れると、彼がすがすがしい表情でこちらを振り向いています。その先には一メートル大の穴があり、そこからは街を見渡すことができました。
「よし、カーニバルを見に行くぞ」
「あ、ああ……」
恥ずかしながら、今日初めて知りました。たとえぶ厚い石の壁だろうと、人間やろうと思えば、素手で破壊できるって。




