勇者(冒険者)、石化から目ざめる
新規登場人物
スニード:伝説の勇者
◇ スニード
まぶたを開けると、青空が広がっていた。
……ん? 青空? なんで俺は外で寝ているんだっけ。
ダンジョンでのうたた寝は日常茶飯事だけど、地上の屋外で目がさめたことなんて記憶にない。
背中の感触は砂だろうか。波の音と潮の香りがする。海が近いな。
「大丈夫ですか?」
「……誰だ、お前?」
かたわらに見知らぬ女がいた。俺の顔を不思議そうにのぞきこんでいる。
年齢は十代後半。ひと目で魔導士とわかる格好をしている。あいつの仲間だろうか。もしかして、あの後、地上まで運ばれたのか?
それとも、すべて夢だったのだろうか。むしろ、夢であってほしい。あいつが……親友だと思っていたあいつが、俺にあんなことするなんて信じたくない。
人間にかぎれば、初めてできた仲間だったのにな。まあ、仲間というよりは、仕事上のパートナーって感じだったが。
でも、あいつはなんで俺のことを石化したんだ。まったく目的が見えない。ただ単に俺を嫌っていて、目ざわりだったなんて話じゃないよな。
「私は田舎の役人です。あなたこそ誰ですか? 『伝説の勇者』さんですか?」
なんだよ、『伝説の勇者』って。勇者と呼ばれるのは慣れてるけど。
「俺は伝説になっているのか?」
そう言いながら、ゆっくりと体を起こす。思った通り、目の前に海が広がっている。体が思うように動かない。太陽がまぶしい。頭もボーッとする。最悪の気分だ。
「あなたが『伝説の勇者』かは知りませんけど、『伝説の勇者』の像と同じ格好をしていますね。まあ、その方は何十年も前に亡くなられたみたいですけど」
何十年も前って……、俺のことを言っているんじゃないよな。まさか、本当にあいつ、俺をオブジェにしてたわけじゃないよな。
「その『伝説の勇者』ってやつの名前は?」
「『伝説の勇者』は『伝説の勇者』ですよ。名前は知りません」
ダメだ。これじゃ話が進まない。別のアプローチをしよう。
「じゃあ、どうして俺はここに?」
「なにもおぼえていないんですか? 石化した状態で、この砂浜に倒れていたんですよ」
石化した状態でか……。わけがわからない。そもそも、なんで地上にいるんだ。
確か、あの時は第五階層にいたよな。まあ、ダンジョンで石化させられて、目ざめたら町に運ばれていた――なんてことは、若い頃にしょっちゅうあったか。
「そうすると、君が石化を解いてくれたわけか」
「そうです」
この子は命の恩人か。失礼な態度を取ってしまった。
「ありがとう、恩に着るよ。今度、お礼をするから」
「いいですよ、お礼なんて」
◇
いや、待てよ。油断するな、俺。愛想がいいからって、まどわされるな。下手したら、石像ライフに逆戻りだぞ。
この子は魔導士だ。あいつの仲間で俺を管理していた――なんてこともありえる。ぬか喜びさせたところで、再び地獄の底につき落とすつもりかもしれない。
女の服装をチェックする。新品同然で汚れひとつない。ローブはローブだが、あいつが着ていたものに似たところはないな。紋章も刺繍されていない。
「見なれない格好だな」
「この前、うちの役所で採用された制服です。男と女でちょっと違うんですけど」
制服ってなんだよ。ていうか、かわいいローブだな。デザインがこっているし、裾が短いから太ももがチラチラ見えてる。そんな格好で冒険するつもりかよ。
「あまり見ないでください」
女が裾をおさえて太ももを隠す。誤解だ。いや、見てたのは事実だから、誤解でもないか。
ふと女の右手が目にとまり、反射的にそれを取ってしまった。手のひらに五芒星をかたどった赤い刻印が浮きでている。これは魔導士特有のものだ。
「なにするんですか」
女が驚いた様子で手を引きはなした。
「キレイな手をしているな」
そう言ってごまかした。ひとまず安心した。女がキレイな手をしていたからだ。
この女は黒魔法を使わない。少なくとも使った経験がほとんどない。黒魔法を使えば、刻印の周辺が少しずつ黒ずんでいくからだ。
「白魔法が使えるんだ?」
「はい、未熟ながら」
「じゃあ、頭がいいんだ?」
「そんなことありませんけど」
女は照れくさそうにした。
白魔法は複雑な呪文をおぼえなければならない。だから、直感的に使える黒魔法のほうが簡単なんだそうだ。実際、〈治癒〉の魔法が使えない魔導士とよく出会った。
もういいか。疑いだしたらキリがない。ここに放置されてた理由が謎のままだが、魔法のことを考えてると、あいつのこと思いだす。
「冒険者って感じの格好をされていますけど、やっぱり冒険者の方なんですか?」
「そうだよ。最近は、冒険らしい冒険をしてなかったけどな。冒険か……、冒険をしていた頃がなつかしいな」
遠い目で空を見上げる。急に体の力がぬけてきた。立ち上がる気力さえわかない。やっぱり、地上のエーテルはうすいな。
「腹が減った」
腹の虫が鳴ったので、つい本音が出た。暗に要求していたからか、女は少しあきれた様子でこう言った。
「じゃあ、なにか食べるものを用意しますので、ついて来てください」
ありがたい。なんて優しい子なんだ。とりあえず、腹を満たしてから、彼女へのお礼をどうにかしよう。
それが済んだら、あいつをぶん殴りに行くか。