勇者(囚人)、明日はカーニバルだと知る
◇ スニード
監獄に入れられることになった。正式に処分が決まるまで、ここで囚人生活らしい。
「他の囚人はいるのか? それとも特別待遇か?」
「他の囚人もいる。知り合いがいるかもしれないぞ」
俺がレベル39と聞いて、偉そうな役人は頭をかかえていたが、牢に入れておけば、恐れるほどでもないということか。
思った通り、二階に連れて行かれた。ここはかつて、宿舎の部屋があった場所だ。長い通路の両サイドに十部屋ほどがズラリとならんでいる。
元々要塞だった建物だから、昔から武骨で窓も小さかった。監獄にいる気分だと言っているやつが結構いた。
中が確認できるように、扉が鉄格子付きになっていたり、さらに監獄らしくなったが、基本的に変わらないな。
個々の部屋に囚人が二、三人で入れられている。一人でもせまいと感じられるくらいの広さなんだけどな。どうやら繁盛しているようだ。
ルニーナが一緒にいるからか、やたら注目された。鉄格子に張りついて、俺たちをずっと目で追っているやつが何人も出てきた。
看守が一番奥の部屋の前で立ち止まった。中には冒険者の格好した男が一人いる。髪はボサボサで、無精ヒゲをはやしている。
「あの……、私はどうすれば?」
看守が扉を開けると、ルニーナが不安げに問いかけた。
「お前も一緒に入れ」
「えっ……。ちょっと待ってください。私は証人として一緒にいるんであって、罪人じゃないですよ。ほら、見ての通り、手かせだってはめていませんし」
「上からそうするように言われている」
「そんなわけありません。もう一度確認してきてください」
確かにそんなわけないな。ここまでついて来ている時点でおかしいと思ってたけど。
「わかったわかった。確認してくるから、中に入って待ってろ」
「なんで危険人物あつかいするんですか!? 私、ただの田舎の役人ですよ!?」
もめてるな。こっちは正真正銘の罪人なので、おとなしく中に入った。ヒゲの男に軽く頭を下げると、相手は微笑を返してきた。
「少しの間でも、ここで待ってろ」
ルニーナが強引に部屋の中へ押しこまれる。
「待ってください。じょ、冗談ですよね!?」
必死の抵抗もむなしく、看守はカギを閉めてしまった。
「そもそも、おかしいですよね! 私、女ですよ! 性別が違うんですよ! それなのに、どうして同じ場所なんですか!」
看守は聞く耳を持たずに立ち去っていく。さすがに、かわいそうになってきた。
ただ、脱獄の時にはルニーナも連れて行きたい。あとでさがしに行くのは面倒だから、俺としてはここにいてくれたほうがありがたい。
「絶対に勘違いしてますよ!」
「うるせえぞ! このクソアマ!」
他の囚人の怒号が飛び、ルニーナは押し黙った。
「ほら、囚人のみなさんがお怒りだ。ここは荒くれ者の巣窟だから、振るまいにはじゅうぶん気をつけたほうがいい」
やさしく語りかけたが、ルニーナは目も合わせようとしない。こっちもおかんむりか。
「いっそのこと、今すぐ脱獄するか?」
「そんなことしたら、本当の罪人になっちゃうじゃないですか。大丈夫です。きっと誤解はすぐに解けますから」
ルニーナがふくれっ面で答える。今後のことを考えると、機嫌を取っておきたいが、今はそっとしておいたほうが無難か。
◇
せまい部屋を見渡す。粗末なベッドとベンチが一つずつある。なんだこれ。どうなってるんだ?
ルニーナがここから出れたとしても、ヒゲの男がいるんだぞ。どっちかはベンチで寝ろってことか? ベッドは二人で寝れないこともないが……。
しかたない。今日中に脱獄するしかなさそうだな。
三メートル近い高さに小さな窓がある。これは昔からあったが、今はごていねいにも鉄格子がはめられている。もう一つ目線の高さにあったと思ったが……、埋められたようだ。
とりあえず、ひと安心だ。連中は魔法で拘束しようとするそぶりも見せなかった。レベルの高いやつも見当たらなかったし、ここから脱獄するのは、俺にとってはわけない。
ただ、ここは逃げ場がない――わけでもないが、レベルの高い魔導士がいつ現れてもいいように、逃げられる準備をしておかないとな。
ルニーナは扉の鉄格子に顔を張りつけ、通路をのぞきこんでいる。看守が戻ってくるのを、今か今かと待っているのだろう。
ヒゲの男はベンチに座っている。俺と同じように、手かせと足かせをはめられている。拘束しないと危険ってことは、そこそこレベルが高いってことかな。
「兄さん、冒険者か?」
「ああ」
「俺とおそろいだな」
ヒゲの男が手かせを見せびらかしながら笑う。
「そうだな」
「バターロだ。あんたは?」
「……ウヌオだ」
本名は隠すことにした。連邦の役人にもそう名乗った。
ルニーナによれば、俺は伝説になっているらしいし、もし有名だったら、弱点を知られていてもおかしくない。少なくとも、俺を石化させた『あいつ』はそれを知っている。
ルニーナが勘ぐるような目をこちらに向けてきた。
まだ偽名を使っていることを説明していない。口止めしたとはいえ、すでに本名を名乗ってしまったからな。軽率だったかな。
バターロのほうも似たような目つきをしていた。なんだ。俺のことを知っているのか?
しばらくして、肩すかしを食らったかのような表情をしてから、黙りこくってしまった。誰かと勘違いしてたのかもな。
「いくらなんでも遅すぎですよね。いったいどこまで確認しに行ったんでしょう」
ルニーナがブツブツと不満をもらす。
「あの……、看守の人を呼んでもらいたいんですけど」
「この扉を破壊して呼びに行けってことか?」
「そんなムチャクチャな要求はしてません。大声で呼びかけてもらえれば結構です」
さっき、他の囚人に怒鳴られたからビビってるのか。ここから呼びかけて聞こえるとも思えないが、それでルニーナの気がおさまるならやってやるか。
「お嬢ちゃん、心配する必要はない。連中はいそがしくて手がはなせないのさ」
唐突にバターロが言った。そんな雰囲気が確かにあった。広いフロアのわりに、やけに役人の数が少なかったし。
「何かあったのか?」
「まだ何もないさ。何かがあるとしたら、これからだ」
バターロは何が起こるか知っていると言いたげだ。
「いやぁ、お二人さん。本当に良いタイミングで来たよ」
「……何があるんだ?」
「明日、街でカーニバルが行われるんだ」
バターロが声をひそめながら言った。
普通のカーニバルじゃないよな。暴動を起こして、みんなで脱走するとか、そんな感じの話か?
「へぇー。それは俺たちも見物できるのか?」
「ああ。見物どころか、参加できるかもしれないぞ」
偉そうな役人がイラついていたのはそいつが原因か。――となると、向こうに計画がバレているってことになるけどいいのか?
とにかく、おもしろくなりそうだ。夜中のうちにぬけだそうかと考えてたけど、今日はここで夜を明かすか。